ブリギッタ来訪
本章はこれで終わりです。
次章の前に、幕間をはさみます。
いつかはこんな日が来るだろうと思っていた。
最近のブリギッタの行動、それまでは授業などほとんど出てなかったくせに、カイが来たあたりからこまめに出ている。目的がなんにせよ、遠くから観察などというせせこましい手段を取るような子ではなかったのだから。
今、玄関の前で額に手を当てるサラの前に、自慢であるウェーブのかかったブロンドの髪をつば広帽子で包み、派手ではないが趣味のいいワンピースを着たブリギッタが当たり前のように立っている。
「今日は日差しが強いわね。焼けてしまうわ。早く中に入れてくれないかしら」
「帰りなさい」
ドアを閉めるよりも速くブリギッタの手が忍び込んできた。
「邪険にすること無いじゃない。学友が遊びにきただけよ。レオーネはいるかしら」
「あなたには関係の無いことよ」
「サラ、どなたかいらっしゃったのですか?」
レオーネがキッチンから顔を出し、固まった。ブリギッタは微笑んで軽く手を振った。
「いるじゃない。入っていいかしら?」
そう言いながら、サラを華麗によけてブリギッタは入ってきた。その後から、ライラが子猫のように様子を伺いながら続いた。
「こんなところに住んで。公爵も相変わらず厳しいのね。この子はライラ、あなたも話には聞いているんでしょう?ほら、ライラ挨拶しなさい」
サラがなにか言うよりも速く、ライラを前に出した。ライラは目を二、三しばたいた後、消え入るように、宜しくとだけ言った。
「さあ、挨拶も済んだことだし、お茶にしましょう!」
くるりとワンピースを翻し、いかにもわがままな貴族の令嬢宜しく言い放った。
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窓際にあるテーブルに腰掛けたレオーネは緊張していた。ライラも下を向き黙っている。ブリギッタだけは何が面白いのか、両手で頬を包みこんで含み笑いをしている。サラはカップに注ごうとしていたお茶を頭から注いでやろうかと思った。
「サラ、あなたがお茶を入れるの?あなた下手っぴだったけれど上手くなったのかしら」
「・・・あはっ」
サラが顔を引きつらせてサーベルに手を伸ばした。
「私がやります!」
舌をだすブリギッタと顔を真っ赤にするサラをなだめるようにレオーネが紅茶を入れた。テーブルの上には、レオーネがカイに食べさせようと作っていたシフォンケーキが乗っている。ライラはそれをじっと見つめていた。レオーネが勧めると、ライラは遠慮などせずに、一口大きく口に含み、目を見張った。
「どうでしょうか、御口に合いますか?」
「すごく美味しい!」
大きく叫ぶと、ライラは無我夢中に食べ始め、それを見たレオーネは幸せそうに微笑んだ。
「レオーネ、あなたまた腕を上げたのね。ここまでくると、何を目指しているのか分らなくなるわね」
「あなたに食べさせるようなものではないのだけれど。それに、レオーネ様にその口の利きよう。失礼よ」
「あら、今の私はレオーネの近衛騎士ではないの。レオーネも認めたことでしょう?」
それを聞いたレオーネは悲しそうに微笑んだ。
「だからただの学友。これからもよろしくね」
ブリギッタの笑顔にレオーネはキョトンとした後、うれしそうに、ハイと言った。せめて昔のようにお話だけでも、多くは望まないレオーネの望みを思い出し、サラは押し黙った。
「まだある?」
ライラがお替りと皿をレオーネに突き出した。
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「でも、なんの風の吹き回しかしら。あなたは貴族としての規範を重んじる。魔力無いものは、貴族あらず、の立場ではなかったかしら」
レオーネの顔が不安に染まる。しかし聞かないわけには行かなかった。ブリギッタが近衛騎士を降りたことはレオーネに大きな傷を与えた。それを許すわけにはいかなかったし、これから先も付き合っていくのなら、そのままにしておくなんて出来るわけがない。そう自分に言い聞かせた。
実のところ、レオーネは強い。けれど、サラはそうではなかった。共にレオーネを守ってゆくと誓ったブリギッタが近衛騎士を降りたことで、一番傷ついたのは他ならぬサラであった。
「そうね。それは変わらないわ。私たちを貴族たらしめるているのは力であり、責任、その主張を変えるつもりはないわ。その点レオーネは駄目ね。依然、魔術は使えないし、責任を担おうにも自信がまるで無いわ。見てくれはいいのだから、それを武器にすればいいのに、それも出来ない」
レオーネの肩がだんだんと小さくなっていく。そろそろ出番であろうかと、機会をうかがっていたカイは顔を覗かせた。オーギュントはつまらなそうに果実を浸した水を飲んでいる。気楽なものだ。
「でも、あなたは力を手に入れた。誰もが敵わない、最強の力を。個人で黒騎士を保有するなんて、世界を見渡しても何人もいないわ。それは賞賛されてしかるべきことよ」
レオーネは顔をあげ、ブリギッタを見た。
「おめでとう、レオーネ。あなたは最高の使い魔を召還したわ」
微笑んだブリギッタの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。サラはため息をつき、ライラはケーキを食べ続けていた。
「なんだあいつ。あれを言いたいがために此処に来たのか」
カイはいつの間にか、半身を乗り出しながら話を聞いていた。オーギュントもボトルを片手に顔を出した。
「めでたし、めでたし、だな」
二人は頷きあった。そのとき、レオーネ越しにブリギッタと目が合った。微笑が広がり、肉食獣のそれに近くなった。オーギュントは逃げ出そうとした。
「どうしてばれたんだよ!」
「そりゃ、ばれるだろう。お前ときどきものすごい馬鹿だな」
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「貴女が私を許してくれるなんて、とても不思議」
サラは、片目を瞑るブリギッタを見た。おどけてはいるが、目には力がある。彼女はいつもこうだった。明確な回答を求め、決して問題をあいまいなままにしておかない。その目が言っている。言いたいことがあるのでしょう?
「私がどんなに頼んでも、召還を認めてくれなかったコール卿が、賛成に回ってくれたばかりか、監督者になってくれたわ。あんたでしょ?」
にっこりと、ブリギッタ微笑んだ。
「他にも、私が手に入れることが出来ない魔具を、なんでだかナスィームが手に入れて届けてくれたわ」
「まだ、あるでしょう?」
「・・・反対派の筆頭だったイライジャ卿が急に何も言ってこなくなったわね」
「あの人、頭の足りない息子をここに入れたいみたい」
足を組み替えて、ブリギッタはレオーネを見た。レオーネはライラと共に、カイとオーギュントが椅子を直すのを見学していた。二人は笑いあい、ライラはレオーネの作った菓子を頬張っている。
「私はただ、あの子に王族として立派になってもらいたかった。それだけを考えていたの。でも、私が見ていたのはレオーネじゃなくて王冠だった」
「そうね。レオーネはあんたに憧れていたから、王族なんかじゃなく、魔術師になりたかったの。そうすれば、みんなに認めてもらえると信じてた。そして、みんなの力になれるって。強情ね」
カイが、凄まじい勢いで小刀を動かし、椅子の表面を削っていく。ライラが目を丸くして歓声を上げる。
「あんたがライラと暮らし始めたと聞いたとき、また同じことを始めたと思ったわ。場合によっては、止めようと思ったけど、ライラ、幸せそうね」
「とっても、いい子。今年で十四になるの。いろいろ学ばせてあげようとしたけど、逆に教わってばかりよ」
「へえ。あんたがねえ」
「レオーネとは合うと思うわ」
「近衛騎士に戻りたいというのなら、とりなしてあげるけど?」
ブリギッタは、サラをはすかいに見て、口を尖らせた。
「いやよ。私は学友としていたいの。いまさらお姫様扱いしたくはないわ」
それこそが、レオーネが求めた二人の関係であった。けれど、宮殿ではそうはいかなかったから、近衛として求めた。けれど、ここでは、学生としていられるマルブでは、レオーネの願いは叶うのだ。
「そう。姫様にも、新しい友達が出来たみたいだし。良しとしないとね」
優しそうに微笑むサラを見て、しかしブリギッタは嫌らしい笑みを浮かべた。
「本当は心細かったんでしょ?」
「だまって」




