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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
貴族たる者、優美たれ
29/131

ブリギッタの挑戦

メルキドから警邏任務を授かったカイは、ブリギッタのおかげもあって、無事やり遂げることが出来た。

その後の話。

次話で現章終了予定です。


*無事、100K字突破できました。今までお付き合いいただきありがとうございました。

よろしければ、モチベーション維持、改善点把握のため、評価のほうよろしくお願いいたします。


 それから、何日かは、何事も無い日々が続いた。

 カイにとって授業は興味深いものではあったが、それは数日間だけのことですぐに飽きてしまった。だからといって寝てしまうわけにはいかなかったが、どうしても船をこいでしまうことがあった。そんな時は、オーギュントやその他の学生にちょっかいを掛けて眠気を覚ますこともあった。彼らにしてもカイに興味があったから、いやな顔をしなかったばかりか、率先して話しかけてきたりもした。いくら貴族とはいえ、未だ若く、黒騎士などと接する機会が無かったのだから、監督者が居なければこんなものである。

 レオーネにしてみれば、授業の邪魔であったに違いないが、カイがそうして親交を深めることに反対だったはずもなく、むしろうれしく感じていたのだった。

 だからといって誰もがカイのことを歓迎しているわけではなかった。魔力原理主義といった魔術師・騎士以外を見下す連中は、黒騎士を反魔術師の象徴と見る傾向があったので、それらとは極力近寄らないようにしていた。彼らにしてみれば、黒騎士であるカイが大陸の騎士の象徴とされていたデュルイ家のオーギュントが親しくしているのが面白いはずは無かった。

 ある日、オーギュントの授業に珍しくザイオンが付き従ってきた。いつものタキシードではなく、デュルイ家の魔術師としての礼服をまとっていた。彼は衆目の中でカイに親しく話しかけたかと思うと、主が世話になっていることにうやうやしく礼を述べた。いまさら何を言うのかとカイは訝しがった。しかしこれは必要なことであった。ザイオンは、オーギュントがカイと懇意にしているのは学生として個人的な間柄ではなく、デュルイ家として正式に交流を持っているということを知らしめたのであった。情に厚いデュルイ家がカイを友と認めたことは、中立地帯であったマルブにおいて非常に大きな意味を持っていた。国家の力が及びづらいからこそ、味方同士で固まらなくてはならない。何かあったとき助けになるのは遠く母国ではないのだ。利害が一致した共同体か、それを超えた友人同士である。

 実際、影響は少なくなかった。魔力原理主義の連中は、カイを排除するための工作活動を水面下で準備していたのだが、それは立ち消えになった。幾人のも学生、研究者、そして亜人が彼らの手でマルブを追い出され、あるいは殺害されていたのだから、カイ達は命拾いしたといえた。そして襲撃者も。

 相も変わらずカイたちに話しかけていた商人のナスィームも安心したようであった。


「んー。これでカイ様たちも一安心でございます。デュルイ家が付いているとなったら、誰も手出しで来なくなりますからな」

 

 ナスィームは樽のような腹を揺らした。


「そういえば、お前は怖くは無かったのか?オークならば、主義者に真っ先に狙われそうなものだが」


「何をおっしゃいます。グラナトゥムのお姫様とお近づきになれるのならば、これしきのことなぞ、なんでもありません」


 商人ですからな、と言ってナスィームは笑ったが、それだけではないだろうとカイは思った。カイが黒騎士であるとの噂が流れ、力ない平民たちは誰もが一旦は距離を置いた。しかし彼だけは変わらない彼でいた。それどころか取り扱っている剣の目録を持ってきたりもした。無神経なのではなかった。気遣っているからこそ、普通であり続けたのだった。カイはそんな彼に感謝していた。少なくとも、失望しなくてすんだのだから。


 そうして日々を過ごしているうちに、レオーネに対してのからかいの入った侮蔑は眼に見えて減っていった。オーギュントやカイが眼を光らせていたこともあったが、意外なことにブリギッタがそれを許さなかった。レオーネをからかう声がすると、ブリギッタが容赦の無い言葉や視線を浴びせかけた。それでいて、ブリギッタはこちらに何か言ってくることは無かった。ただ、たまに眼が合うと微笑んできた。さらに、警邏の時には親しげに話しかけてくるようになった。不気味だった。

 聞いていた通りだったならば、彼女はレオーネと関わりあうのを極力避けていたはずである。サラの言うところでは、古い家の出で、実力のみで現在の地位に登りつめた誇り高い貴族であった。そういった貴族は原理主義者に近く、黒騎士を忌み嫌って平民よりも地位の低い奴隷とみなしていたのだから、カイは訳が分からなかった。

 サラに相談してみた。


「あいつの話はしないでちょうだい。今、そして、これからも私は忙しいの」


 それで終わってしまった。かといってなにかしてくるわけではなさそうなので、カイは放っておくことにした。

 だから、油断していたのかもしれない。


 ある日、警邏を終えてオーギュントとともに気分よくぶどう酒を飲みながら歩いていた。暗い路地に入ると左後方から、矢のようなものが飛んでくるのを感じた。体をひねると同時に、前傾、駆け抜け、手刀の衝撃波でたたき落とした。放った者の後ろに回り込み、髪をつかみ引き倒した。抜き放ったサーベルの刃を首筋に当てた。何が起こったのか理解したのか、襲撃者は息を飲んだようだった。顔を確かめようと、髪をつかんだ手に力を入れた。


「お前、ライラか!」


 オーギュントが駆けてきて叫んだ。ライラと呼ばれた襲撃者は覗き込むカイの視線を直視したまま小柄な体をよじった。


「・・・痛い。起こして!」


 そういえば、この少女を見たことがあった。授業中、いつもブリギッタの隣に座っている少女だった。カイはライラから身を離した。


「何で、こんなことを・・・」


 言い切る前にライラがマントで顔を隠した。それと同時に柱の影から円筒が投げ込まれるのが眼に入った。山なりに投擲されたそれは、カイの間合いには距離があった。カイはオーギュントをつかみ、地面に押しつけた。


「は?」


 オーギュントが間抜けな声を上げ、円筒は地面すれすれで破裂した。閃光が走り、眼をつぶされた。消音の方術がかけてあったのか、音が消えた。


「あまい」


 それでもカイは相手がどこに潜んでいるのかを把握する自信があった。五感を麻痺させたとしても六感がある。むしろ五感なぞカイにとって肉に縛られた不確かなものでしかなかった。しかしその頼りの全能感が消失した。


「なんだと?」


 先ほどの円筒にカイの力を消失させる何かが入っていた。神の力を制限させる強大な呪いを秘めた何かが。そして、それを為しえるのもまた神しかありえなかった。

 カイの脳裏に、レオーネに怪しげな肉を売りつけたという行商が思い浮かんだ。

 そして、カイをからかって笑う、エルフの女王の切れ長の目が。


「くそっ、あの女!」


 舌打ちをしたカイは、地面に手の平を当てて、伝わる振動から敵の場所をつかもうとした。しかし相手は動いていない。ライラを連れて逃げるでもない。ただ、両者とも其処にとどまっている。一秒にも満たない逡巡が命取りになった。カイが背後の空間に突如として幾本の黒い手が現れ、カイを羽交い絞めにした。もがくが、手はたくみに絡みつき、動きを封じられた。襲撃者とライラが立ち上がったのがわかった。オーギュントはうめき声を上げて転がっている。

 無様な二人の姿を見てよほど気分が良いのか、襲撃者は小躍りしながら駆け寄ってきた。


「計画通りね。ライラ、まだ離しちゃだめよ。襲われちゃうわ」


 声をかけられたライラは頷き、土がついたマントを小さな手でパタパタとたたいた。


「どう、参った?」


 襲撃者であるブリギッタは満面の笑みを浮かべてカイを覗き込んだ。恨めしげに顔を上げるカイを見て、さらに上機嫌になった。

 ようやく拘束を解かれたカイは、ぶどう酒と土まみれになったオーギュンをたたき起こした。


「なんでこんな目に」


 オーギュントは、酔いと次から次へと痛めつけられたせいか、文句を言う気力すら失っていた。そんな二人を前にして、ブリギッタは満足そうで、ライラはどうでもよさそうに星を眺めていた。


「いかに黒騎士といえども、知略をもってあたれば白兵で勝てない理由はありません。お分かりかしら」


「・・・」


「帰っても良いか、風呂に入りたい」


 オーギュントの声には諦観がこもっていた。


「怖い顔をしないでって。あら、オーギュントあなたまだいたの?ちょうどいいわ。私が黒騎士に打ち勝った証人になってくださらない?」


「言いふらされるのは面白くないのですが」


 カイは気色ばんで言った。何よりレオーネの面子にかかわる。


「私はそんな狭量な女ではありません。勝敗の結果というものは私とあなた、そして双方の証人だけが知っていればいいのです。ただ、作法は守らなくてはなりません」


「よく言う」


「よろしいですね。じゃあ、ライラ帰りましょう」


 軽やかな足取りで帰る二人を見送り、カイとオーギュントは大きなため息をついた。


「作法なんていっていたが、不意打ちじゃあないか。納得いかない」


「常在戦場、それが黒騎士の心得らしいからしょうがない。まあ、俺はそんなこと言ってないが。それよりあの黒い手はなんだ?気配を感じ取るのにえらい苦労したが」


「ライラの使い魔だろう。正体はわからない」


「知らないのか?」


 オーギュントは鼻を鳴らした。


「将来、どうなるかわからないだろう?使い魔の正体を明かすなんて、よっぽど自信がなければやらないよ」


 カイはオーギュントのその言葉に頷きながら、ある疑問を頭に浮かべていた。


 あの使い魔、俺は知っているぞ。

 しかし、何故こんなところに?


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