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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
貴族たる者、優美たれ
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ブリギッタ・ラスコーシヌイ・ペトロヴナ 2

幼くして魔術の才能を見出されたブリギッタは、天才として公国中に名を馳せた。

勧められた本国行きではなく、公国で王家を助けることを選択し、レオーネの近衛騎士となる。

 貴族たるもの、野望ではなく希望で民を導かなくてはならない。それが力を持つものの責務である。そのためには皆を従える気品が必要であり、優美でなくてはならない。

 ブリギッタはそう胸に言い聞かせて生きてきた。だからこそレオーネを歯がゆく思ったのだ。


 王家に物申すことが出来る公爵家の姫君、ゆくゆくは国の中枢を担うことになる美しくてたおやかな少女。自分も容姿には自信を持っていたが、初めて拝顔した瞬間に、かなわないと思った。造形云々ではない。グラナトゥム特有の美しい銀髪と吸い込まれるような蒼い眼、そして彼女には何とも言えない憂いがあった。そんな彼女を気味悪がる輩もいたが、それは見る者が疚しさを隠しているからだと信じた。あの姫を前にして、それまでの自分を省みない者などいない。人の醜さを露にする力が、姫にはある。

 このお方なら剣を捧げるのにふさわしいと、ひそかに心躍らせた。しかし、レオーネは致命的なまでに魔術の才能に欠けていた。それは貴族として許されることではなく、もはや政略結婚の駒でしかなかった。ブリギッタが否定する貴族のあり方、そのままだった。

 けれども、ブリギッタはレオーネが貴族然としていれば満足だった。グラナトゥムという、豊饒の神マイアの祝福を受けし聖なる血族。その血こそが力であり、(かしず)くべき存在だと思っていたからだった。が、当の本人はいつも一歩身を引いて、さびしそうにしているだけであった。何度も注進し、せめて態度だけでも改めさせようとしたが、変わらなかった。

 それでもブリギッタは訴え続けた。

 居るだけで、君臨しているだけで貴女は尊いのだと。

 貴女を貶め、穢すものを打ち倒すために国軍はあるのだと。

 けれども、レオーネは王族として民の期待に応えるために魔力にこだわり続けた。そして、ブリギッタはそんなレオーネに苛立ちを募らせていった。

 

 ある時、ブリギッタはレオーネがサラの胸で泣いているのを見た。自分もレオーネを支えているという自負があったから、動揺した。どんなに無碍に扱われようとも、自分の前では涙を見せなかった姫様が、サラの前では本心を見せるのに気付いてはいた。厳しく接するのが自分の役目だと思ってはいたから、自分には甘えてくれなくても構わなかった。しかし、いざ目の前にしてみて、役割など関係なく、彼女たちの間には決して入り込むことが出来ない絆があることに気付かされたのであった。


 ―私は姫様にとって小うるさいだけの近衛騎士にすぎないの?心を開いてはくれていなかったの?じゃあ、私はなんなのよ―


 ブリギッタはそれを確かめるために、レオーネの近衛騎士としての役を降りたい旨を公王に直接申し上げるという暴挙に出た。

 引き止めてもらいたいのではない。ただ、何か言ってもらいたかった。レオーネにとっての自分が何であるのか、ブリギッタはただ居場所が欲しかった。同時に、彼女が自分が離れることで、自分の価値について考えてくれるならば、嫌われても構わないとも思っていた。

 上役であったサラは剣こそ抜かなかったが、怒りで顔面を蒼白にした。レオーネは困ったような顔をした後、仕方ありません、ご希望に通りにさせてあげてくださいませんか、と父である公王に申し上げた。その言葉が、寂しそうな顔がブリギッタをどうしようもないくらい締め付けた。

 そうして、ブリギッタの一世一代の刺激療法はなんの効果を見せなかったばかりか、自分を傷つけただけであった。


 -なんであんな顔をするのよ。必要ないなら、そう言ってよ・・・-


 レオーネは自分を貶めた。

 ブリギッタを憎むどころか、自分にすべての原因があるのだとして、己の価値を見つめ用ともしなかった。

 それからしばらくした後、ブリギッタがレオーネのことを何とか自分なりに消化できたと思ったころ、王室から使いが来て一つの命を下した。レオーネがマルブ魔術機関付属の学園に入学することになったから付いていけ、ただし自分の生活を持っても構わない、ということだった。

 使いが帰った後、ブリギッタは大切にしていた高価な花瓶を台ごと叩き斬った。

 けれど、活けてあったサラのマジックフラワーだけは切ることが出来なかった。


 学園に入ってから、レオーネは変わるどころか、ますます惨めな境遇に置かれることになった。

 まるで下級官吏のように本に顔をうずめ、ノートの上で小刻みに手を動かしている公国の姫君を見たら、誰もが幻滅するだろう。心無い者はからかい、迫害し、わきまえているものは距離を置いた。いつしかレオーネから微笑みは消え、いつも下を向いているようになった。いっそ城に帰ってしまえば良いのにとブリギッタは思い、ある日、レオーネに直接伝えた。二人きりで話したのは数ヶ月ぶりのことだった。レオーネは、皆に迷惑がかかりますので、とか細く言った。体のいい厄介払いとして、学園に放り込まれたことは誰にでもわかる事だった。


「それがなに?公王も、お妃さまも、レナータ様もあなたを愛しているわ」


「そうであるからこそ、これ以上のご迷惑はかけられません。民に後ろ指を指される王族はいらないんです」


 呆然とレオーネを見送ったその日、ブリギッタはレオーネを思い、ライラをかき抱いて泣いた。


 その後、学園に来て一年程がたったころ、レオーネが使い魔召還の儀を執り行うことが伝わってきた。ブリギッタは密かに国もとの大貴族連中から、説得してやめさせるように申し付かった。最初は彼女自身もそのつもりだった。失敗すれば命さえ落としかねない儀式など、レオーネに許されるはずが無いと思っていたのだった。


 あの子は、レオーネは、居てくれるだけでいいの。

 他のことなんて、私たちが全部してあげるから。

 だから、危ないことなんて、お願いだからしようとしないで。


 しかし、それこそが、レオーネを人としてではなく位階でしか見ない俗な権威主義であることに気付いたとき、初めて本当のレオーネと対峙した。

 レオーネが何のために努力してきたのか、誰に憧れて耐えてきたのか、いつも目で追っていたのは誰であったのか。

 国許のレナータ公女からの手紙は、ブリギッタを叱責し励ました。


 監視するために送り込まれたのではない。共に成長するためにここに来たのだ。


 それから、ブリギッタは召還が成功するために、ありとあらゆる手段を用いた。研究で得たコネを使って、通常手に入らない護符や魔具がレオーネの元に届くように手配した。立会人としてコールを推して、ガイゼリックを説得したのも彼女だった。真面目すぎるサラが正規の手段で足踏みしている中で、彼女は裏から手を回して反対派を排除した。自分も立会人として参加したかったが、レオーネの集中力が乱れるのを危惧してこらえた。同じ理由でサラが立会人になることを妨害したりもした。

 全てはレオーネのために、結果として見捨てる形になってしまった主のために全力を尽くした。そのために多くの敵を作り、財産も目減りしたが、後悔なんて微塵も感じなかった。

 現世の者は神に祈る。しかし、彼女は神なんて当てにしていなかった。人を救うことをしない超越者など、気取っているばかりで存在しないのと変わらない。だから、偉業は人の手によるものだと、そう信じて戦ってきたのだ。


 そして、今、彼女の努力が実を結ぶときが来た。


****


 月の柔らかな光りに照らされ、レオーネは魔法陣の中でわずかに浮かび上がる。

 ローブの切れ間から見える王家の紋より、蒼い光が溢れだす。

 銀髪が波打ち、白い顔が空を見る。

 魔方陣から立ち昇る光りの帯が手足に絡みつき、空を見上げ言霊をつむぐレオーネは、囚われ、許しを乞う生贄のよう。


 -あの子が逃れたいのは何?-


 ブリギッタは木陰からそれを盗み見ていた。同じく同席を許されなかったサラは、きっと王家から頂いた剣に向かい祈っているだろう。


 -祈ってどうにかなるものなら、いくらでも祈ってあげる。だから、何処の何か知らないけれど、レオーネの声が聞こえているのでしょう?どうかお願い、あの子に応えてあげて-


 力の限り、ついぞブリギッタには見せなかった涙を術式に乗せて、レオーネは限界を超えた。世界に溶け込み、浸透する。恍惚とした頬に紅い涙が伝わる。


 -危ない!深すぎる。戻ってこられなくなる!-


 止めようと、一歩を踏み出したとき、レオーネがブリギッタを見た。いつも向けてくれた、やさしい微笑で。

 

 -そうね、あなたなら出来るわ。さあ、見返してみせて、馬鹿なやつらを、私を!-

 

 誰もが異変に気付いたが、止めるものはいなかった。場に飲まれる者、美しさに心奪われる者、止めることが許されないもの、けれども思いは同じだった。


 -これほど美しい光景があるのだろうか。あっていいものだろうか?-


 光りが収まり、レオーネが崩れ落ちた。コールが抱き起こすのが見えた。


 ―まさか、失敗?―


 そのとき、方陣から一人の青年が現れた。二十歳くらいであろうか、黒い目と黒い髪。遅れて、立会人の貴族たちの蔑みの声が聞こえた。


 -ふん、まだ解らないじゃない。まあ、あまりパッとしない顔しているけど。でも、スキャンしてみないと・・・え?-


 ブリギッタが涙を拭い、結界を解析し、忍び込み、スキャンをかけようとしたとき、首筋に剣が突きたてられた。

 乾いた笑いが、耳に響く。誰が笑い、誰がブリギッタを殺そうとしているのか。明白だ。遠く離れたあの青年が、見えない刃で首をはねようとしている。

 喘ぎ、青年を見ると、月明かりの下、黒い瞳が殺意で持ってブリギッタを見ていた。

 汗が額を伝う。

 笑い声は大きくなり、もはや耳元、すぐそばで聞こえるようになっていた。

 

 助けは、来ない。


 気が付くと、ブリギッタは流れる涙をそのままに草むらに座り込んでいた。あたりを見渡すと、同じく覗き見ていた幾人かが倒れていた。息はあるようだが、ショックが大きいのか、目を覚ます気配は無い。

 

 -覗き見は許さない、ということかしら・・・。-

 

 よろよろと立ち上がると、レオーネが先ほど召還を行った魔方陣へと近寄り、滴り落ちて乾いた血に触れた。


 -レオーネ、あなた、何を呼んだの?-


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