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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
貴族たる者、優美たれ
27/131

ブリギッタ・ラスコーシヌイ・ペトロヴナ 1

かつてレオーネの近衛であったブリギッタ。

優美であり、自身に溢れた彼女のそれまで。

続きは、明日か明後日。

 ブリギッタは瀟洒なドアを、高鳴る胸を精一杯抑えながら、いつもの様に優雅に開けた。使用人が着替えの準備をして待っていたが、やめさせた。彼女は今日の出来事を同居人に早く知らせたくてたまらなかったのだ。

 ブリギッタが借りているのは、生徒用に貸し出されている中で一番値が張る物件であった。それは王族専用のものであったから、そうではないブリギッタが借りることにとやかく言う者もいたが、地位と実力でねじ伏せた。公国の最年少宮殿魔術師であり、王国でも五人しかいない白のケープをまとうことが許された大魔術師、おまけに近衛騎士。中立地帯であるマルブ機関であっても彼女に逆らう勇気のある者などそうは居るものではない。さらに、法外な報酬を払ってでも、彼女に研究を手伝ってもらいたいものは山ほどいたのだから、高すぎる家賃を払うことも容易いことであった。

 彼女は自分を傲慢だとは思っていなかった。そう振舞うだけの力が彼女にはあったし、才能にかまけて努力を怠るようなこともなかったのだから。

 彼女が同居人にあてがった部屋のドアを大きく開け放すと、肩口まで黒髪を伸ばした十四、五くらいの碧眼の少女がベッドに腰掛けてクッキーを頬張っていた。少女はブリギッタに気付くと慌ててクッキーを隠した。そして、なんでもないかのようにブリギッタを見つめた。普段ならば小言を言うブリギッタであったが、今ばかりはそんなことなど気にも留めなかった。そして、貴族の位を忘れたかのように、大きく両手を広げ、叫んだ。


「ライラ、どうだった!あれが黒騎士よ!」


 呼びかけられた少女は目を丸くして、反芻するかのように胸の中でその言葉を繰り返した。クッキーで口の中がパンパンだったのである。


「ねえ、見ていたんでしょう?どうだった。あいつはオーギュントと引き分けたのよ。あのオーギュントに!」


 オーギュント?誰だっけ?

 

 ブリギッタは、悩むライラに説明してあげた。ようやくライラはブリギッタが言っていたオーギュントとやらに思い至った。

 さっき、ブリギッタの後ろを所在なさげに歩いていた二人の騎士。その金髪のほう。ちょっとかっこいい。


「王都の近衛に勝るといわれたあのオーギュントに。やっぱり父様のおっしゃったことは本当だった。あいつと引き分けるなんて!」


 黒騎士。父や教師から御伽噺として聞いていた剣の魔人達。戦場において、貴族を凌駕しうる存在。とても信じることができないものが、レオーネによって召還された。

 興奮するブリギッタを尻目に、ライラは落ち着き払っていた。なぜなら彼女の言うことがある意味外れていて、その実を知っていたからだ。


 あの二人が互角?

 そんなことはありえない。


「ライラ、聞いてるの?ねえ、感想を聞かせてよ!」

 

 スカートがまくれるのを気にもせずに、ぴょんぴょん飛び跳ね、嬌声を上げるブリギッタをライラは見つめた。はしたないなあ。


「ありえない」


「そうよねえ、貴族と引き分けるなんて、考えられないわよねえ。でも私、自分で見たんだから!」


「違う」


 ライラはかぶりをふった。


「あの人、オーギュントより、ずっと強い」


 言葉を失ったブリギッタに、ライラはゆっくりと言った。


「あの人、私に気付いてた。他の誰にも気付かれたことなかったのに」


「そんな、嘘よ。あの子を使ったんでしょう?」


 ライラが手を伸ばすと、空間にわずかな裂け目が生じ、そこに黄色い瞳が覗いた。それはライラの使い魔の目であった。

 ブリッギタは彼女の親友を信じていた。そして、ライラが自分よりも魔術の扱いに長けていることに誇りを持っていた。


「・・・何かされなかった。私はひどい目にあったのだけれど」


「呆れられちゃった」


 ブリギッタは、ライラの隣に腰を下ろした。そして、ライラの顔を覗きこんだ。


「じゃあさ、あなたとどっちが強い?」


 ライラははっきりと、それこそ、愚問だというように答えた。


「負ける」


 ブリギッタは、今までの人生で見出すことのできなかったもの、畏怖の感情とともに、うっとりと微笑んだ。


****


 ブリギッタは公国の一地方の領主で、歴史はあるが決して力が有るわけではないシェストフ家の長女として生まれた。

 男爵位を持っていた父は謹厳実直を絵に描いたような男で、決して不正には手を染めず、人物は出来ているが面白みの無い男という評判の男だった。母はそんな父の幼馴染であり、優しく、おっとりとした人だった。

 父からは公国貴族としての尊厳と振る舞いを、母からは美しい容姿とブロンドの髪を受け継いだブリギッタは、二歳年下の弟と共に愛情を持って厳しく育てられた。幼少時の魔術教育は、例に漏れずに家庭教師によって施された。その魔術師は、当時逗留していた紅い目をした、ひょうきんな年老いた女だった。ブリギッタはその老女から、魔術にとって重要な、発想力の飛躍というものを学んだ。

 毎日、父と母は領地の田畑をめぐり、領民のために汗を流し、ブリギッタと弟もそれに付いてまわった。家を継ぐのは勿論弟なのであったが、女といえども貴族であり、なにかあれば領民を背負っていかねばならないという公国貴族らしい教育をブリギッタは施されたのである。

 かといって彼らは領民と近すぎたわけではない。彼女の家系は長く土地を治めてきただけあって、民との接し方を良く心得ていた。民のために尽くしながらも、誇り高い天上人として、時には母のように慈しみをもって、そして時には父のような威厳を持って領民たちに接していた。そんな家風と教育が、いつも誇りを忘れず、優美でありながら決して自分を軽く見ない貴族令嬢ブリギッタを作り上げた。

 しかし、両親と共に領地をめぐったことが穏やかだったブリギッタの人生を劇的に変えることになった。ある日、彼女はほんの遊びのつもりで、領地にかかっていた結界を解析し、補強してしまった。それを知った両親は驚き、急いで戦支度を整え、王宮に急報を出した。敵国の工作により結界が弱っていたから娘にそんなことが出来たのだと思ったのである。王宮から急いで派遣されてきた宮殿魔術師が結界に問題が無かったことを確認し、それを為したのが10歳にも満たない少女であることを知ると、その魔術師は卒倒した。何人もの一流魔術師が研究を重ね、効率と強度の天秤を揺らしながら決定した公国基準の結界の術式を、遊び半分で見破られてしまったのだから無理も無い。

 その後、彼女はすぐに王宮に呼び出され、魔術の才能を計る試験を受けさせられた。そこで彼女がたたき出したスコアは、公国だけではなく本国の一級魔術師を凌ぐものであった。

 王室から正式に宮殿魔術師として奉公の打診を受けると、彼女の両親は涙を流して喜んだ。そうして、家族の期待を一心に背負ってブリギッタは王都へ来ることになった。

 そこでブリギッタは、父の教えを守り、一心に勉強に励んだ。そのおかげで、一年もたたないうちに公国の魔術体系は物足りないものになってしまった。魔術はセンスによるところが大きかったので、各国が欲しがる公国の秘奥も、彼女にとっては少し工夫をすれば再現可能なものだったのである。

 幾つかの術式を改良し、新たなる術を発明したところで、ブリギッタの名前は公国中に響きわたった。それでも慢心することなく熱心に勉強を続けた結果、気付くと彼女には教わることなど何もなくなってしまっていた。

 公国の貴族達は彼女の才能をどうすれば最大限に活用できるか考えた。そして、彼女を王国の王室学校へやることにした。しかし、なんとブリギッタはそれを固持してしまった。彼女はあくまで領地を持ち、王を助け、民を治めることが貴族の責務であり、学者のような生き方は自分にはふさわしくはないと考えていたのである。

 さらに、皆が慌てふためいているうちに、母の遠縁にあたる、当時落ちぶれつつあったラスコース子爵の名ばかりの養女として納まってしまった。いくら魔術を極めたところで大した爵位はいただけないのだから、公国だけではなく王国にコネがあった家を乗っ取ってしまえという腹積もりだった。ラスコース子爵も、力のある子供がいなかったので、ブリギッタの提案に飛びついた。

 周囲の貴族達は激怒したが、公王コラードは笑ってそれを許した。ブリギッタは、王国へ行けば学者としてしか生きる道が無くなり、下手をすれば帰って来られなくなることに気付いていたのである。公王も王国へ遣るよりも、国で王家を支えてもらうほうが得策だと思っていた。

 そうして公王の後ろ盾を得たブリギッタは、十二歳という異例の若さで公国近衛騎士、兼レオーネ第二公女個人近衛騎士となり、宮殿内で確固たる地位を築くことに成功したのである。


 宮殿魔術師として申し分の無いキャリアを手にいれ、弟が継ぐシェストフ家の名声も高め、自分は子爵家に入り込んだ。王室を支え、貴族として国のために尽くすというブリギッタの夢はこれ以上ないくらい順調かに思えた。しかし、いざレオーネに仕え始めたところから、自分に厳しいと同時に他人に厳しい彼女は徐々にストレスを溜め込むようになっていった。


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