警邏に出る剣神、ブロンドの少女と共に
カイはレオーネの家族との面通しを済ませた。
第一公女であるレナータはカイのことで思い悩む。
カイが黒騎士であった場合生じる国家間の軋轢など、問題は山積みであった。
そこで、もう一人、近衛騎士であるサラのほかに送り込んであった魔術師に連絡をとることにした。
「そうして五年前、邪教徒の襲撃により神聖グローリアは滅亡することになりました。唯一エルフの血統を維持し続けた王族は惨殺され、アーティファ信仰はその総本山を失いました。教会は建て直しを図っていますが、現状は芳しくありません。城周辺は呪いに沈み、未だ復旧のめどは立っていませんから、聖遺物の回収も不可能で、権威付けの根拠が乏しいわけです。
保護国であったケルサス王国は滅亡を防げなかったことで世界中から非難を浴び、復旧を主導することに及び腰です。帝国は、その軍が国土侵入を警戒する諸国の反対もあり手が出せません。そんな有様ですから、現在のところは放置されています。嘆かわしいことですが・・・・」
教室には教師の声が響いているが、大多数の生徒はそれを聞いていなかった。声と共に教師の背後の空間上に白い文字が浮かび上がり、生徒のノートにもそれと同じように文字が浮かび上がった。貴族であり魔術師でもあった彼らは、ペンで持って何かを書くということをしない。全て魔術で行うから、なんとも楽なものである。
しかし彼らが授業そっちのけに遊んでいるのは、そのせいでは無い。彼らにとっての関心ごとは自らの魔力を高めることだけで、歴史などにはなんら興味がわかないのである。
そんな風に皆が遊んでいる中で、魔術による自動筆記が出来ないレオーネは、教室の隅にすわり、必死にその話を聞き、手を動かしてノートに書き込んでいた。その周りに他の生徒はいない。ノートを書き取る音が五月蝿い、そんな心無い声を、カイは授業が始まると共に何度も聞くはめになった。彼等がわざと聞こえるように言っていたのは明らかであった。
そんな様子であっても教師が彼らを注意することは無かった。この教師はメルキドという、五十がらみのくたびれた男だった。
「ああ、五月蝿いなあ」
「言うなよ、かわいそうだろ」
一際、大きい声がした。カイが席を立とうとすると、それを察したレオーネが微笑んで、小さく首を振った。
「授業がきこえないな。神聖グローリアの滅亡について知るのは僕たちの義務だろ?」
立ち上がったのはオーギュントだった。彼が一瞥するとおしゃべりはとまった。メルキドは振り返り、静かになったのを確認し、また授業を続けた。カイがオーギュントを見ると、手を振ってそれに答えた。
そんなとき、カイを見つめる視線があった。皆と異なった制服を着用した、レオーネと同年代のブロンド髪の少女だった。ただし、レオーネと異なり、とても大人びて見える。カイが振り向くと、少女は口元に微笑を浮かべた。背筋を伸ばし、顎を引いて、見据える瞳はまっすぐで透き通っている。ゆったりとした白色のケープを羽織り、藍色の制服にブロンドの髪を前にたらしている。白く長い指は机上の上で軽く折り曲げられて、何かを包み込むかのように組まれていた。
まるで肖像画中から出てきたかのようであった。貴族である事を忘れてしまったかのような者たちのなかで、少女は尊く、自らの美しさを誇っていた。
何処かで見た顔だな。
カイが眼を細めると、少女は微笑を消し、教師に向き直った。
ここまでよ。
レオーネは、ただ下を向いていたが、またノートをとり始めた。
***
しばらくすると、レオーネがノートを差し出してきた。そこには青い字で、授業後話があります、そう書かれてあった。レオーネはきょとんとしている。二人で顔を見合わせていると、メルキドと書き込まれた。
***
チャイムがなると、メルキドが授業の終わりを宣言する前に、みんな教室から出て行ってしまった。残っているのは、レオーネとカイ、それからオーギュントだけであった。
「三人とも、こちらに」
メルキドが手招きした。メルキドは教卓に片手をおき、まっすぐにカイの眼を見つめてきた。先ほどとはうって変わって、眼には力があった。
「あなたには、こらえ性がありませんね。主は自制を促したのではありませんか?」
「そうですが、侮辱されれば、俺が何をもって返すか」
オーギュントを示した。
「彼の件で、分ってもらえたかと思ったのですが」
オーギュントは肩をすくめ、レオーネはカイの袖口をひいた。
「なるほど、しかし騎士としては正しくとも、使い魔としては失格ですね。主を見習ってください。私は彼女を認めています」
「使い魔ですか、そう言えば、使い魔として召還されるのは大抵が獣だそうですね」
「なるほど、彼らは理解すべきですね、君も獣になりうるということを。しかし私の目の届く範囲で流血沙汰は困ります」
「では、あなたが注意なさったらどうですか。あれでは授業が成り立たないと思いますが」
「確かに君の言うとおりです。しかし、私の本職は研究者であり、彼らに授業をしているのは片手間に過ぎません。私の授業は長い目で見れば役立つことではありますが、彼等がそれに気付かずにどのような目に会おうが、私の責任ではありません。彼らもそれに同意していると思います」
オーギュントは急に水を向けられたので、ただ苦笑いを返しただけだった。それを無視してメルキドは続けた。
「君たちを呼んだのは、お互いの職業倫理について議論を交わすためではありません。今度から君にも警邏を担当してもらいます。今日はそれについての了解を取りたかったのです。構いませんね、レオーネ君、カイ君」
警邏は、本来、憲兵の仕事であるのだが、人手が足りない場合や、綱紀粛正を目的に学園の生徒にも担わせることがあった。
レオーネは困ったような顔を浮かべた。カイも同様にメルキドの意図を測りかねた。
「何故ですか」
「本来であれば、学生のグループには幾人かの警護担当者を付けるのですが、それで人手が足りなくなっては本末転倒でしょう?そこで、腕が立ち、時間が自由な者を探していたのです。君は適任ではないですか。ああ、断ったら、サラ君に頼むことになるでしょう」
つまり拒否権は無いらしい。断った場合サラが怒り狂うのは目に見えている。
そして、ガイゼリックが言ったこと、刺激が必要な若い貴族には餌を与えているということがどういうことかを理解した。
「承知しました」
いやいやながら、承った。
「気は進まないでしょうが宜しく頼みます。ああそうだ、できるだけ足手まといにならない者を選ぶつもりですが、いかんせん学生です。どうにもならないときは教育してくれて構いません。私の名でそれを許します。ではオーギュント君、あとは君に。では、下がりなさい」
****
「ああ見えて話のわかる先生でさ。さて、痛めつける権利はもらったけど、今回はやめてくれよ。一応正式な任務なんだから、もみ消せない」
そういって、オーギュントは詰襟のホックをはずし、自分の肩をさらした。そこには、カイが付けた刀傷が残っていた。あれ程度の傷であれば、ザイオンの魔術で跡形もなく消せるはずだが。
「その傷、どうしてですか?」
「勲章として。あとは自戒のためかな」
「気持ちが悪いな、弟子よ」
「言葉がすぎるな、師匠」
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集合場所は授業棟のサロンであった。カイがオーギュントに連れられて到着したときには、ほぼ全員がそろっていた。ある者は貴族らしく与えられた使命を全うするために緊張感を漲らせ、ある者は酒が入っているのか赤ら顔でおしゃべりにふけっていた。オーギュントとカイを見つけると、彼らは興奮した様子で隊長、黒騎士と口々に叫んだ。
オーギュントはこの警邏の責任者であり、聞けば決闘の罰らしい。全員が前もってメルキドから何をするのか伝え聞いている筈であるが、これでは早速落伍者を出さなくてはいけないとカイは落胆した。はじめは、レオーネに害を為すであろう奴らに、お灸をすえる計画であったが、仮にも貴族の子弟を預かるわけであるから、無事に終わらせることにしたのである。カイはオーギュントに耳打ちをした。
「おい、大丈夫なのか」
「君はどう思う?」
「責任は取れないな。何かあったとして、俺がこいつらを守ると?そんな義理が?冗談じゃない」
「そういわないで頼む。君が来るから志願したやつもいるんだ」
そのとき、廊下から、例のブロンドの少女が現れた。
「ブリギッタ、なんだお前もか」
ブリギッタと呼ばれた少女の登場に、皆が色めきたった。服装の乱れを直すものや、あからさまに色目を使うものまでいた。
ブリギッタは、制服ではなく動きやすいシャツに白銀製の胸あて、そして腰にサーベルを佩いていた。その姿は整った顔立に引き立てられ、誰よりも様になっていた。彼女は、カイとオーギュントの前に来ると、居並ぶ生徒に向き直り、ざっと全員を見渡した。すると、皆がおしゃべりをやめ、背筋を伸ばした。全員が彼女を見つめていた。これが本当の彼女なのであろう。天性のカリスマと自信、後から身につくものではない。その彼女が口を開いた。
「どうして、私がここにいるかですって。ならば、私も問いましょう。あなた方は何をしに此処に集ったのですか?」
高く澄んだ声が響いた。誰もが声を失った。カイはその様をただ見つめていた。
そうだ、忘れていた。ここには貴族しかいない。ならば、本物の支配者がいてもおかしくは無い。
「私たちは、与えられた責務、警邏をしに来ているのです。それなのに防具すら着用せず、あまつさえ飲酒など言語道断。早急に立ち去りなさい」
断定する言葉は厳しく、言い訳を許さなかった。カイはオーギュントを盗み見た。最低限の装備をしていていたので、カイは安堵し、ひじで彼をつついた。呑まれていた彼は、驚き、カイを見つめたので、視線で示した。オーギュントは遅まきながら気付き、声を上げた。
「ブリギッタの言うとおり、どうやら勘違いをしている者がいるようだ。学内の警邏といえども危険をはらんでいる。自信の無い者、任務を正しく理解できていないものにはお帰り願おうか」
不満げなささやきが聞こえたが、ブリギッタがすまし顔で見つめると黙った。そして、人数は当初の半分程度にまで減った。
「半分になったな」
オーギュントは、ため息をつきながら、そうこぼした。
「あら、いいじゃない。あんな人数は要りません」
ブリギッタは口元に笑みを浮かべた。確かに彼女の言うとおりだった。まさかあれだけの人数を連れてぞろぞろ警邏もないであろう。面白半分で来たやつは邪魔でしかなく、除かなくてはならない。癪だが、やり易くなったのはたしかだった。ブリギッタは考え込むカイを真正面に見つめた。
「お初にお眼にかかります。ラスコース子爵が娘、ブリギッタと申します。以後お見知りおきを」
「初めて・・・ですか。ご学友、レオーネ様の使い魔、カイ。よろしくお願いします」
「あら、あくまで使い魔、というわけ。じゃあ私がお嫌いかしら」
「?」
オーギュントは我関せずとばかりに、地図を広げている。
「聞いていないの?なら、都合がいいわ」
「レオーネ様との間に何があろうが、今は任務をこなすことが最優先です。あなたは、良く心得ているようだ」
ブリギッタは、微笑み、落伍者が立ち去った廊下を見た。
「ええ、ここでぬるま湯につかっているうちに、己がが何なのか忘れてしまうような愚か者と一緒にされては困ります。ちなみに私はあなたのこと好きよ。強いもの」
カイは、淡い金色の瞳に見つめられ、戸惑った。
何故だか、目がそらせない。
俺が、こんな小娘に?
顔を背けると、ブリギッタが意地悪く笑うのが眼に入った。
****
警邏はつつがなく進んだ。残った者たちはオーギュントの、というよりもブリギッタの言うことをよく聞いたし、特に問題らしいことは何も起きなかったからである。オーギュントは、道すがら誰が隊長だかわからないと嘆いた。
****
解散するとどっと疲れを感じた。警邏のような仕事をしたことはあったが、か弱い者を引き連れたことが無かったからだ。さらに、ブリッギタのような存在は苦手だった。気位が高く、自分では気付いていないが気分屋。面倒なことこの上ない。これから週に何度もこんなことをするかと思うと、気が滅入って仕方が無かった。
(ただ、まあ、美しい娘だったな・・・)
そんな気分で家に戻ると、サラとレオーネが応接間で待っていた。それに気付いたカイは、うれしくなったが、あえて難しい顔をして入っていった。
「どうしたんですか、カイさん?」
「差別されたんでしょう。まさか自分が対等だなんて、虫のいい話あるわけないのに」
サラの本音が聞けたような気がした。
「何でもありません。レオーネ様、待っていてくれたんですか?」
「そんな訳ないでしょう?あなたが問題を起こしたら、飛んで行ける様によ」
お前には聞いていないと、圧力をかけたが気にしてもらえなかった。
「レオーネ様はお勉強よ。で、あなたはどうなの。いつかみたいに、癇癪起こさなかったでしょうね」
「つつがなく」
「へえ、オーギュントもやるじゃない。見直したわ」
「いや、ブリギッタ様が」
勢いのまま、その名を口にしたとたん、空気が重くなった。レオーネは笑顔のまま氷つき、サラは見るからに不機嫌になった。
「へえ」
サラの声は、今にも鯉口をきりかねないものがあった。
「立派ですよね。とても綺麗で、なんでも出来て、自信があって」
やはり、地雷だったようだ。レオーネの声には自虐が多分に含まれていた。私とは違って、最後にそうつぶやいたとき、サラの視線には鬼気迫るものがあった。
何か言いなさい、いやお前が、無言のやり取りがあった。
「あの方に使い魔はいるんですか?」
下手に避けると、傷口を広げてしまうような気がした。ならば使い魔としての立場を利用しよう。
「いえ、召還の儀は執り行っていません。でも、数代前にグリフォンを召還した方がいました」
すごいのかすごくないのか解らなかった。ただ、同僚が飼っていたのでグリフォンは知っていた。
「はあ、グリフォンですか」
「なによ、気の無い返事して。彼女はすごいわよ。学生となっているけれど、立場だけよ。魔術の理論分野では天才ね」
「幼い頃からそうでしたが、何でも出来るんです」
「やはり、お知り合いでしたか」
レオーネが言葉につまった。
「レオーネ様の御付として派遣された騎士がもう一人いるって言っていたでしょう。それがあの子よ」
「では、辞めた個人近衛というのは?」
「はい、あの方です。以前は仲が良かったんです。でも私があんまり情けないから、呆れられちゃったんです。それに、あの子の気持ちを裏切ってしまった。大事な、友達だったのに。ここにくれば、せめて昔みたいにって思ったんですけど、駄目でした」
涙を浮かべるレオーネは、顔を両手で覆ってしまった。
サラが、その手を取って、レオーネの顔を両手で包み込んだ。
「私はあなたの努力を知ってる。魔術とは、煎じ詰めれば心の強さ。努力し続けるあなたは、誰よりも強い。情けなくなんてない。かつての近衛騎士団団長フラーダリーの名において保障します。いつか、あの子もそれに気付いてくれるわ。それに、ほら、あなたの使い魔は黒騎士、最強の剣。最強と結びついたものが弱いなんてありえないじゃない」
すこし、間が抜けているけど、そう付け足した。サラはレオーネを抱きしめた。
貴族の証は、魔力。その絶対の掟が支配する世界の中で、レオーネはどれだけ生き辛かったことだろうか。きっと、学友の蔑視など、取るに足らないことと思えるような目に何度も会って来たに違いない。カイは自分を恥じた。侮辱され、一番悔しかったのは、レオーネ自身だったはずだ。いざとなればカイに命じて、報復することだってできたはずだ。けれども、しなかった意味、メルキドがレオーネを認めていると言った意味、理解していなかったのは自分だった。レオーネの嗚咽が胸に響いて、締め付けた。
「泣いても良いのよ。感情を表に出すことは悪いことではないの。あなたは、造花なんかじゃないんだから」
どうしてレオーネが造花姫などと言われているのか。レオーネがカイ達の前でしか表情を変えないことに気付いていた。そして、自分が来てから、そうではなくなってきたことをサラから聞いて、得意になっていた。自惚れだった。かつて何でも出来た自分そのままに、ここに在れると思っていたのだ。しかし、それも、果たして出来ていたのかも、カイには分らなくなっていた。
「でも、何も無くて本当に良かったです」
「保護者が多かったんですよ。メルキド卿なんかは面白がっていたようです。見かけによりませんね、あの人。それにコールまでいましたから」




