血を浴びる騎士、公女の記憶
「黒騎士か・・・」
グラナトゥム公国第一公女にして、レオーネの姉であったレナータ公女はため息を漏らした。
肘掛にもたれてしばし瞑目する。
考えなくてはならないことが沢山あった。
レナータはカイが黒騎士である可能性を知らされると、直ちに各国にいる間諜に黒騎士が行方不明になっていないかを調べさせた。黒騎士は暗殺目的にも使われるのだから、国家の後ろ暗いことに関与している恐れがある。カイがそうであった場合、対処を誤ればその国との関係が悪化しかねない。幸いどこにもそんな様子は見られなかったが、機密である黒騎士の動向など一朝一夕で分ることではないのだから、事態はあまり変わらない。先の会見では聞ける雰囲気ではなかったし、まずは関係を築くことが重要だと考えたから、無理に問い詰めるようなことはしなかった。
もし、カイが東の大陸から直接召還されたのならば問題はない。本国との折衝は父王と国王の弟である夫が頑張ってくれるだろう。国単位ではなく、個人で黒騎士を所有するなど言語道断であったが、グラナトゥム王家の特異性を考えればハードルは低い。王家が滅べば、グラナトゥムの穀物生産量は激減するのだから、輸入している各国が何かいえるはずが無い。ただ、体面の問題がどうかだけだ。
「とりあえずは、黒騎士が手に入ったということで、喜ぶべき、かしら」
意見を求めたレオーネとサラは、カイの正体に関しては気にすることをやめたようだ。無用心ではないかと強く言ってみたが、レオーネは信頼しきっていた。召還の際になにかあったのだろう。使い魔と主との間は微妙なもので、周りが推し量ることは野暮なうえに無駄である。
気になるのはサラのほうだ。
「カイ君が他国の元にいたかどうかだけでもはっきりしないと、困るのだけれど」
「どうかしら?カイを国が制御できるとは思えないけど。それに確証なんてどうせ得られないわ。いつもどおり突っ切れば?」
「・・・あなたらしくないじゃない」
「私は、確証じゃなく確信があればいいの。カイは怪しい奴だけど、レオーネ様を大事にしている。それでいいの。後はそっちで何とかして」
「だから、そのために聞いてるんでしょ!」
「頑張って!」
それ以上は暖簾に腕押しだった。まるで、先の通信と立場が入れ替わってしまったようであった。けれど、どうしてサラがカイを探ろうとしないのか、それは十分すぎるほど分っていた。
「孤独と他人が怖いのはレオーネだけじゃないのよね」
公国の名門中の名門、国政において代々要職についてきたフラーダリー家に生まれ、将来を約束されていたはずのサラ。数年前に起きた政争は彼女の大事な物を奪いさった。父、母、兄、そして名前すらも。
そんなサラが出会った、階級に縛られない初めての友人。
同じ目的で、より強く結ばれているから、裏切られることはない。
それがサラにとってどれだけ重要なことか。
切り離すことなど、出来はしない。
「本当、お姉ちゃんはたいへん」
最も年長であったレナータは、二人の妹のことを案じながら、そのことで思い悩むことがどんなに幸福であるか、かみ締めるように微笑んだ。
気を取り直して、再びカイのことを思案する。
レオーネの脇にいた黒髪黒目の青年。サラの言うとおり印象に残らない顔立ちをしていた。こちらが見えず、聞こえないはずなのに、そうでもないような・・・。あれが身体能力に優れた黒騎士の持つ勘なのだろうか。黒騎士には数度しかあったことがなかったから、どうも正体を掴みかねた。
レナータ個人の持つイメージのせいかもしれない。彼女の黒騎士にまつわる思い出は愉快なものではなかったのだから。
****
レナータが初めて黒騎士を見たのは、幼い頃、本国に招かれたときだった。
華やかな宮殿にあって、漆黒の衣装に身を包み、いつ如何なるときであっても帯剣を許されている特異な存在。誰も話しかけることがなく、また、話しかけもしない。いるのが当たり前でも、存在そのものは異常だった。
まだ子供だったレナータは、その顔を見たくて兜を取るように命じたことがある。黒騎士は何でもないかのように取って見せた。ただの東国の壮年の男性だった。やや白髪の混じった黒髪に、細く黒い目。とても温和そうな顔をしていた。どうして彼らが恐れられるのかレナータには解らなかった。聞けば、忠義に篤く何処までも勇敢であり、主のためならば進んで命を投げ出すという。まさに理想の騎士の姿だとすら思った。誰もが敬遠していたが、それでも不平を言わずに職務を果たそうとしていた。レナータはいつしか彼らに注目するようになった。
そうして、周りから疎んじられながらも忠義を尽くし続ける彼らを、尊敬の眼差しで眺めるようになったある日、事件は起きた。
その日は本国王室主催の園遊会が催されていた。
楽団の奏でる軽やかな音楽が鳴り響き、まるで子鳥のように着飾った貴族達がそこかしこでさえずっていた。花束のような小さな集団がいくつもある。その中心にいるのは、どれも有力な諸侯たちで、彼らの一言一言に囲んでいた貴族達が笑い、泣き、嬌声を上げる。自分を売り込むために、小鳥達はグラス片手にあちこち飛び回っていた。
レナータの父も例外に漏れず、おべっかを使う貴族や貴婦人たちに取り囲まれていた。年端も行かないレナータも、父よりも年上の貴族に恭しく扱われていた。しかし、賢明であったから、下心を素肌で感じて不快なだけであった。
こんなことならば、サラを連れてきてくればよかったと思った。サラがいれば退屈しない。そうぼんやりと、洋ナシのパテをかじりながら考えていたとき、レナータより二、三年嵩の少年が、ぶどう酒を盆に載せて王に近づいた。
少年は蒼い顔をしていた。足が震えているようにも見える。
少年が跪き、盆を掲げたその時、血しぶきが上がり、少年は崩れ落ちた。遅れて、少年の首がテーブルの上に落ちてきた。前には剣を抜き放ったあの黒騎士が立っていた。
悲鳴が聞こえ、衛兵が武器を手に駆けてきた。血溜まりの中で、あたりを見渡した黒騎士とレナータの視線がぶつかった。その目、まるで初めて二輪車に乗れた子供のように、らんらんと輝いていた。少年を切裂いて、それはまぎれもなく歓喜していた。
レナータはそれがどういう生き物なのかを理解した。忠義や勇敢さの薄皮をはいだ内には、悪鬼がいた。殺戮の中でしか生きられないのだ。遠く離れた国に来てまで、存分に血を浴びたいのだ。だからこそ、それと自分は相容れない。
しかし、その出来事からもう十年以上たっていた。すでに自分は頑是無い少女ではないのだから、直感ばかりに頼ってはいない。黒騎士を生み出す国の知識も増えたから、皆がそうではないことは知っていた。かの国がこちらの需要にあわせて送り込んでいるうちに、あのような者ばかり送り込まれるようになったのだ。汚い仕事を担わせるために、見るも恐ろしい黒の鎧をまとわせ、憎悪と恐怖を意図的に向かわせているに過ぎない。背徳の責任が命じた者たちにあることを悟らせないために。全ては権力者の策略による偏見なのだ。
だが、それでも民衆はどうとらえるだろうか。彼らは通説にどっぷり漬かってしまっている。今は戦時ではないから、使い魔が武功を立てて、民衆にわかりやすい物語でもって英雄に仕立てあげることも難しい。逆に、何かあれば民衆がレオーネの使い魔に忌避感を示すのは目に見えている。そうなれば、ただでさえ魔力がないレオーネは民に疎んじられているのだから、風当たりは一層強まるだろう。
ならば、先手を打つべきだ。こっちで何か事件を起こして、彼に解決を・・・。
「だめね」
レナータはそこまで考えてから頭を振った。
全く面白くない。捏造などして世論を操作するなど、小ざかしくて自分らしくない。
それに、
「まだ、何も解ってないじゃない」
レナータはそうつぶやくと、もう一人、レオーネのために送りこんである魔術師へ連絡をとることにした。




