剣神、弟子をとる
設定、更新しました(宗教関連)。
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ガイゼリックから決闘の罰として、カイは10日間の自宅謹慎を命じられた。しかし、それは形だけの罰で、本来ならば相当に重い処罰を課されるところであるのだが、グラナトゥムとデュルイという名門同士の決闘を公にすることを機関は恐れ、軽い処罰で済ませたのだった。結局は、決闘などではなくただの喧嘩として処理された。
それは幸運なことではあったが、せっかく現世に降りてきたというのに、ただ何もせずに家に引きこもっているというのは、カイには耐えられることではなかった。現世に興味を持たなかった以前ならば、何もしなくても苦痛には感じなかったろう。しかし、滅びゆく肉体をもった今はそうではなかった。レオーネと同じ肉体を持った自分が、何を美しく、楽しく、そして心地よく感じるか、知識としてではなく体験として持ちたかったのである。
「外に出たいです。レオーネ様」
「駄目ですよ。反省しているなら、それを示さなくてはいけません」
素行の良いレオーネは頑として聞かなかった。一方、意外なことに、サラはカイに同情的だった。
「なんにせよ、あなたはサンサから姫様を守ったのだから、堂々としていればいいのよ。そうだ、なにか買ってきてあげようか?」
カイは早速、数冊の本を買ってきてもらった。それらは歴史の本で、カイの知っている歴史とは大分異なっていたが、人間ならではの解釈を面白く読むことが出来た。しかし、それをいつまでも、というわけにもゆかず、いい加減我慢が限界に近づいてきたころ、大きな木箱を持ったオーギュントがやってきた。
「オーギュント卿、御自らお出ましとは、どういったご用件でしょうか?」
玄関にでたサラを見て、オーギュントはうれしそうに走り寄ったが、その硬い声音を聞いて、見る間に青くなっていった。
「いや、ご挨拶に」
「そういった場合、まず使いを立てられるのが筋ではありませんか?それとも我らにはそんなものは不要と?」
オーギュントは、木箱も下ろす余裕もない様子で、どうにか自分の真意を伝えようとあれこれ並べ立てた。
「サラ、取りあえず中にお入りいただいて」
見かねたレオーネが口を挟んだ。その言葉にほっとしてオーギュントは中に入った。そして、カイを見つけると、にっこりと微笑んだ。
「怪我は治ったか?僕のほうはすっかりだ。今日は君に頼みがあってきたんだよ」
木箱を下ろすとカイのところに来て、両手をしっかりと握って言った。
レオーネは屋敷に人が来てくれるのがうれしくて、いそいそとお茶の準備をしだした。サラは必要以上によそよそしくオーギュントをリビングに案内した。
「で、なんの御用でしょうか?オーギュント卿」
オーギュントでいいよ、と言った後、木箱を開けた。
それを見たレオーネは、勢い良く木箱の上に覆いかぶさるようにして顔を輝かせた。
そこには色とりどりの食材が入っていた。
むっちりとした羊肉や牛肉は、赤色の中かにうっすらと淡くピンクが混じり、脂肪にもつやがあった。根菜類はどれも丸々としていて、土の香りが匂う。葉茎類も茎がしっかりとして、葉も大きく広く伸び、緑の色が強くてみずみずしい。そのほかにも、良く身の締まった魚貝まであり、どれも貧しいレオーネ達には買うことの出来ない一級品ばかりだった。木箱には鮮度を保つ魔術まで施され、取れたて新鮮に保たれている。
サラはつぶさに、品定めするように見ていたが、飲み込むつばを大きなため息で隠した。
「レオーネ、君は料理をするんだろう?実家に言って取り寄せてもらったんだ。装飾品なんかより、こっちのほうがいいと思って」
「こんなに沢山、よろしいのですか?」
恐る恐る品々に手を触れたレオーネが、うっとりと眼をとろけさせて言った。
「ああ、その代わり僕にも食べさせてくれよ」
その言葉にサラが戸惑い、何か言おうとしたが、それをさえぎるようにしてカイは口を開いた。
「で、頼みというのは何だ?」
せっかくレオーネが喜んでいるのに、何か言ってオーギュントがへそを曲げでもしたら困るじゃないか。
「それなんだけど、僕の稽古相手になってくれないか?」
「?」
ありえないことではなかった。黒騎士は剣術に優れるから、騎士は彼らから手ほどきを受けることがままあったのだ。しかし、黒騎士の立場は貴族よりも低く見られていたから、回りくどく稽古相手などと言って体面を保った。さらに、それは黒騎士を嫌うものの批判をそらすためでもある。
「そんなことだと思ったわ。でも、家の許可は取ったの?デュルイ家の子息が黒騎士を稽古相手に選ぶなんてほかの貴族が黙ってないわよ」
「私も良いことだと思いますが、立場というものがありますし、難しいのではないでしょうか」
「大丈夫だよ。僕はしばらく伸び悩んでいて、ここにいるのもそのためなんだ。両親はむしろ喜ぶんじゃないかな?デュルイの家風は知っているだろ?報酬も払うからさ」
「報酬?いいじゃないですか。引き受けるべきです。生活が苦しいんでしょう?」
サラは険しい顔をした。レオーネもあまり乗り気ではないようだ。
「駄目かな。彼の剣術を漏らしたくは無いのは分るけどさ。そこを曲げて」
オーギュントは手を合わせた。
「いえ、私は反対ではありません。カイさんがここでの生活を知る良い機会ですし。ただ、報酬はいただけません。お金をかせぐのは私の役目と決められていますから」
「そうね。カイのことで金銭を受け取ってしまったら、ちょっと面倒ね。詳しい説明を求められかもしれないし。カイのことはあまりつつかれたくはないのよね」
「じゃあ、たまにここで食事を取らせてよ。そのための報酬ということなら、文句は言われないだろう?」
用意していた回答だった。こうなるであろうことを予想していたオーギュントとザイオンは、そのために食材を用意したのだ。渡してしまえば断れまい。上手くいけば、サラとの距離も縮まる。強引であったが、この期を逃してはならないとザイオンが強く勧め、オーギュントもそれに乗った。
「それなら大丈夫だとは思いますが・・・」
「決まりだ!」
オーギュントは喜んで、ソファから飛び下りた。
「いや、あの、私の料理はたいそうなものでは・・・」
「ちょっと、公王陛下に確認しないと・・・」
「さっそく行こうか。準備は出来てるんだ」
そう言って、ろくに話も聞かずに飛び出して行ってしまった。
「行ってしまったぞ。俺は外出禁止なんだが」
「しょうがないわね。行ってきたら?もう一週間も経ったんだし、あなたを閉じ込めておくほうが怖くなってきたわ」
「そうですね。デュルイのご子息をお待たせしたら、怒られちゃいます」
困ったように、それでいてうれしそうに言う視線の先にはサラがいた。当のサラは何でも無いような顔をしていたが、うっすらと頬が染まっていた。
「そう言うのなら、行ってまいります」
カイはデュルイ家の馬車に乗り込んだ。
****
そして、今、カイの目の前には血まみれになったオーギュントが転がっていた。
左腕はあらぬ方に曲がり、右手は何とか剣を離さずにいるものの、骨にはひびが入っているだろう。うつぶせだから顔色は分らないが、頭からは大量に出血している。きっと内臓も損傷を受けているに違いない。その手ごたえがあったのだ。
やってしまった。
オーギュントがうれしそうにしていたものだから、ついつい興に乗ってしまい、気がついたらこの有様だ。
何とか生きてはいるが、そう長くはもたない。
サラが泣き叫ぶ姿は想像できないが、きっと泣く。
そして自分は殺される。
レオーネはどうするだろう。同盟国の子息を殺害した自分を受け入れてくれるだろうか?それとも見捨てられ、自分は城に幽閉されるか処刑されてしまうのだろうか?
・・・・・・。
とりあえず早く手をうたなければ、ザイオンとか言うデュルイの執事は、ただ笑みを浮かべてこちらを見ている。
可哀想に。
若君がこんなになって、狂ってしまったに違いない。
どうすれば良いのだ。そうだ、コールあたりに連絡をつけて・・・。
「まったく、惚れ惚れしますな!その剣技、若がなすすべも無いとは!」
執事が感極まった声を上げたので、カイは驚いて振り向いた。
「おっと、いけません。このままでは死んでしまいます」
そう言って、血まみれのオーギュントをひょいっと担ぎ上げた。
肺に血が詰まったのか、オーギュントが荒い呼吸を繰り返しているのを気にも留めずに、ザイオンは鍛錬場の脇にしつらえてあった簡素なベッドの上に彼を放り投げた。
そして、懐から魔力の結晶を取り出すとオーギュントの上にかざした。
すると、ベッドの下の魔方陣が起動し、薄黄色に光りだした。
ザイオンの手を離れた結晶は、薄黄色の雫を降らせながら、オーギュントの体の上をゆっくりと浮遊した。見る間に傷がふさがってゆく。
「見事なものだな。こんな強力な魔術をいとも容易くやってのけるとは。それにこの結晶、これだけの魔力を秘めるとは、大した品だ」
「ほう、お分かりになりますか。わたくしはその昔、カリブルヌス騎士団の末席を汚しておりまして。結晶は、デュルイ家のために作られたオーダーメイドでございます」
「デュルイの名を持つものは皆このようなものを持っているのか?」
「結晶は城に補完してございます。が、使う機会はほとんどありませんな。というのも、このように強い回復魔術の術式を起動するには、ここにあるような良く編まれた魔方陣と、対となる魔結晶が必要なのでございます。しかし、これの敷設には数十年掛かりますから、城や砦ぐらいにしか置けませぬ」
「それをこんなところに敷いたのか」
カイは呆れたように言った。金も時間も掛かるだろうに、学生の屋敷などに敷くとは。
「ここに送り込んだ魔術師の鍛錬にもなりますからな。それに、実のところ結晶は有り余っておるのです。勢いづいて作ってみたものの、攻め込まれるようなことはめったにありませんし、他に使用することはできませんから」
だから、これからも痛めつけてやってほしい、とザイオンは言った。
この執事は気が狂ったのではなく、元からおかしいようだった。
結晶が左手の上に止まったかと思うと、鈍い音が響き、骨が整形された。オーギュントは悲鳴を上げた。
どうやら意識が戻ったらしく、薄く眼を明けてカイとザイオンを見た。
「悪かった。やりすぎてしまったらしい」
オーギュントは眼をしばたいて、起き上がった。
「何を言ってるんだ。ザイオンの術を見たろう?傷なんてすぐに治るんだから、死ななければいいんだ!」
「若のおっしゃる通りでございます。カイ殿のような方に稽古をつけてもらえる機会は、人生でそうあるものではございません。これからもこれ以上に厳しくお願いしたい」
なんなんだこいつらは、と心の中でつぶやいた。しかし、彼の先祖の剣聖を授けた少女もこんな感じだったことを思いだし、こいつらはこういう連中なんだと思うことにした。
人間にもいろいろいるものだ。
「でも、なにか足りない気がするんだよ」
「・・・」
いやな予感がした。
「刃引きした剣ではなく、真剣を用いてみては?」
「それだ!」
「やめろ馬鹿」




