決闘後、それぞれの思い
二章 終了です。
次話から三章に入ります。
部屋の中に運び込まれたカイが目を開けると、すぐそばにレオーネがいて心配そうに見つめていた。少し離れた場所にサラが腕組みをして立っている。
レオーネがサラに視線を送ると、頷き、ベッドのすぐ脇に来た。
一言つぶやき、目を閉じ集中すると、こぶし大の光りの玉がカイの傷口の上に浮かび上がり、サラの魔力が青く光る雫となって、しとしとと降りそそぐ。
光りを受けるサラの顔が、貴く思えた。
清冽なサラの息吹を感じて、カイは瞳を閉じる。
ただただ、心地良い。
癒しの術。肉体に己の魔力を注ぎ込み、失われた組織を再生させて、美しく繋ぎ合わせる。
未熟なものが施せば、非常な痛みを伴い、傷跡が残るばかりか、細胞の寿命を消費してしまう。
けれど、サラが行う儀式は、痛みどころか安寧すら与える。
漏れ出した雫が、ベッドの上から床にこぼれ落ちて、蒸発して大気に昇り、柔らかなベールとなって部屋を覆った。
顎を上げ、言霊をつぶやくサラの髪は中空に舞い上がり、魔術で編み上げられたリボンがほどけて、広がる。
淡い光りを受けて広がるそれは、まるで慈母神の後光のようで。
サラの顎が上がり、最後の言霊がつむがれた。
部屋に光りが満ちて。
カイの傷はふさがった。
「さすがです。サラ」
サラは髪を結びなおしながら、ぎこちなく微笑んだ。
唇がかすかに震えている。
カイは治癒を受けながら、サラの心の奥底にある感情を感じていた。
それは戸惑いと恐怖だった。
****
「説明して」
カイに向けるサラの表情は硬かった。
「侮辱された」
「いえ、侮辱されたのは私です。カイは私の尊厳のために戦ってくれたんです」
そう言うレオーネにサラは微笑みかけた。
「そんなこと、今はいいの。あなたにだって分るでしょう?あなたが呼んだ使い魔は、普通じゃないの」
サラが横たわるカイに目を合わせた。
瞳には恐怖があらわに、うっすらと涙が浮かんでいる。
サラのこんな顔は見たことが無かった。
かすかに覚えた憂いに、自分がサラのことを気遣っているのに気付いた。そして、自分がレオーネ以外の人間に対して思いやりを抱いたことに驚いた。
「魔術を施された騎士に迫る戦士を、私は一つしか知らない。あなた、黒騎士ね」
「何だそれは?」
「東の大陸に住む少数民族です。魔術を持たないのですが、高い身体能力を持ち、剣術は騎士を凌ぐといわれています。
本国に数人おりますが、私も一度しかお会いしたことがありません」
それはなんだろうかといぶかしんだカイであったが、レオーネから説明を聞いて、それが何であるか思い当たると憮然とした。
一緒にされては困る、が、先延ばししていた問題がカイにとっては些細な事でも、二人にとってはそうではないことは理解していた。
それでも二人の優しさに甘えて先延ばししていたののだ。
「いや、黒騎士ではない」
「お願い、ごまかさないで」
サラは眦を挙げ、口元にうっすら笑みを湛えようとした。
なんとか恐怖を押し殺し、自分が怖がっていないことを示そうとしている。
必死に、いつもどおりの自分を見せて、味方であることを示そうとしている。
しかし、その顔は歪み、今にも泣き出しそうだった。
「サラ、どうでもいいのはカイさんが誰であるか、の方です」
レオーネがサラに向き直った。
「カイさんはこんなになってまで私の体面を守ってくれました。
それが、今の本当のことです。それに、傷ついてしまったけど、剣を向けてしまったけど、オーギュントはとっても楽しそうでしたよ?」
レオーネはサラ手を握り、微笑んだ。
サラはいつの間にか流れてしまっていた涙を拭った。
「無茶ばかりして」
そう言って、ようやくカイに微笑んだ。
なるほど、人の友情というものは美しいものだな、いや家族愛か、とカイは頷いた。
「でも、罰は受けてもらうわ」
「ん?」
「そうですね。私やめてって言ったのに、カイさんやめてくれませんでした。使い魔失格です」
「いや、ん。まあ、いい」
****
「若様、これは大問題ですぞ」
デュルイ家、家礼ザイオンがオーギュントに治癒を施しながら、怒声を発した。
「聞いておりますか!」
「何だって?」
オーギュントはデュルイ家の地下にある一室で横になっていた。
周りには高度魔術の文様が浮かび、床に描かれた魔方陣は強い魔力を秘め、一学生の屋敷にあるとは思えない。
「お分かりですか?デュルイ家の者が決闘騒ぎに首を突っ込み、あまつさえ、仕留めるどころか引き分けなど。気が緩んでいたではすみませんぞ。旦那様のお耳に入ったらどうなるか・・・」
温和なザイオンとは思えないほど厳しい顔をしている。
「ああ、そのことか。引き分けじゃない。完敗だ。殺されなかったのは、彼の気まぐれだね」
ザイオンは綺麗に整えられたカイゼル髭をねじ上げた。瞳につめたい光りが宿る。
「どういうことですかな。是非お聞かせください」
オーギュントは傷を忘れたかのように飛び跳ね、喜びをあらわにした。
「レオーネの使い魔、彼はすごいよ!!まったく歯が立たなかった!!あの殺気、君の兄さん、ザイールより、もっと、もっとだ」
「ほう、あの痴れ者よりも」
「ああ、生まれてこのかた、あんな思いをしたことはない。死を義務に感じたんだ。可笑しいだろ?」
あっけにとられたザイオンは、
「なんと!それは、まったく素晴らしいですな!!」
そう叫んで、大きく手を打ち鳴らした。
「初陣から帰って来られてからというもの、まるでクラゲのように軟弱になってしまわれて。私は心配しておりました。
それが、ここでそのような強者にお会いになられるとは!まっこと、嬉しゅうございます。この機を逃してはいけませんぞ!!」
ザイオンの言うとおり、オーギュントは初陣後、それまでの成長が嘘であったかのように伸び悩んでしまっていた。生来まじめであったから、稽古をさぼったというわけではない。むしろ、より一層厳しい稽古をしたほどである。
しかし、剣筋が美麗でも切れが無かった。
敵の動きが手に取るように分っても、体は鉛のように重くなった。
魔術は精神力、そして剣術も同様である。
自らの才能に恐怖し、孤独を恐れた彼は、可能性にふたをしてしまったのだった。
心配した両親は彼をいろいろなところへ連れ出した。本国の晩餐会や他国の祝祭に、嫌がる彼を無理やり伴った。行く先で良き指導者に出会うか、何か刺激を得ればと考えたのである。
しかし、彼には何の影響ももたらさなかった。グラナトゥム公国に赴いた際は、何かうれしいことでもあったようだったが、彼の剣は未だ沈黙したままだった。
仕方なしに、両親は彼を同年代の少年少女たちの中に突っ込んでみたのである。
それが二年前のことであり、サラに再会して今に至る。
「しかし、レオーネ公女がそのような使い魔を召還されるとは・・・。
失礼ながら見くびっておりました。耳にしたところ、黒騎士でしょうか?しかし、ずいぶんと強力な」
「どうなんだろう?良く分らない」
「して、どうされます、もう一度挑みますか?」
「それは、無礼だよ。こんなに弱い僕が挑むなんて。とりあえず傷が治ったら挨拶に行ってみるよ。僕には彼が必要だ」
大きく頷いたザイオンは、手土産に何を持たせるべきか、何十種類もの品を頭に思い浮かべた。
まさにデュルイ騎士団国の家礼である。思考が通常の貴族とは、大事なところでずれていた。
カイが脅威であるとか、国に警告を出さなければいけない、といった考えは、彼にはまったくと言っていいほど無かった。
ただ主が強くなること、それだけを考える。
そのためなら、自国の騎士がカイに殺されようとも眉一つ動かさないだろう。それは彼がかつてカリブルヌス騎士団所属の魔術師であったからかもしれない。
戦争とは関係のないところで大怪我を負ってしまい、その罪滅ぼしとして家礼などしているのだが、やはり心はいつも騎士団とともに戦場にあった。
優れた騎士を得るためならば、多少の犠牲を払っても構わないと思っていたのである。
「そういえば、そんな男といてサラ様は大丈夫ですかな。早いとこ押し倒してしまわなければまずいのではありませんか?」
「・・・やっぱりお前はザイールの兄貴だな」
****
「だから、黒騎士じゃない」
「誰も信じないわよ、そんなの。この私も!」
先ほどはもう気にしない風のサラであったが、いざ元気を取り戻してみると、カイを質問攻めにした。
「あの、カイさんは嫌がっているようですから、無理に聞き出すことは・・・」
「姫様、よろしいですか?カイはよりによってデュルイの子息と引き分けたのです。たとえオーギュントが手を抜いていたと皆が思っても、全員がそうとは限りません。ガイゼリック伯などは、決闘でどちらが手を抜いたかなど見破っておいででしょう」
「そ、それはそうかもしれませんが・・・・。
あっ、でもカイさんがあんなにお強いなんて。私、びっくりしました。隠していたんですか?人が悪いです」
「ふむ。そんなことはありませんよ?俺はそれなりにやるとお伝えしたはずですが」
「限度ってものがあるでしょう!!」
サラが爆発した。
「カイ、レオーネ、いい?カイが黒騎士とみなされた場合、最悪王国に召抱えられてしまうのよ。
そうなるとレオーネはここを退学、私も付いていけるとは限らないし、カイと二人きりであの伏魔殿みたいな所で暮らさなくてはいけないの!!どうする気?」
「そんなっ!」
「なに?」
そのとき、ドアがノックされた。
玄関を開けると、外にはガイゼリックの秘書クシェルがいた。
****
「やれやれ、またずいぶんなことをしでかしてくれたものだな。デュルイとグラナトゥムの決闘とは。しかも、黒騎士だと?ここは物語の中の世界かね?」
「申し訳ありません。ガイゼリック伯」
サラは頭を下げた。
カイたちがいるのは百目の塔の最上階にあるガイゼリックの執務室だった。
コールがガイゼリックの脇に立ち、クシェルは室外で控えていた。
決闘直後にいきなり呼ばれたのは、この間カイとレオーネが唐突に訪問したことへの意趣返しに違いなかった。
迎えに来たクシェルは相変わらずレオーネとカイに敵意を示していたが、コールは決闘騒ぎなど何処吹く風といった様子で、普段となんら変わるところがなかった。
カイはガイゼリックと会うのは初めてだった。
「いや、わしは怒ってはいない。むしろ感謝している。馬鹿なガキ共は刺激を欲しがる。定期的に餌を与えてはいるが、それも面倒でな。
今回は、奴らもさぞかし肝が冷えたろう。今までレオーネ君をからかっていた者共は泡を食っているぞ。ああ、わしは気分がいい」
そう言って含み笑いをもらした。
「わしは若気の至りだとか、そんな甘っちょろい考えが大嫌いでな。どんなに若かろうとも、責任は取らされる。それで詰め腹を切らされるのは決まって配下の者らだ。たまらんな」
そう言って、同意を求めるようにサラを見た。
サラは恐縮して目を伏せた。
「皮肉を言うのか、持ち上げるのか、はっきりしたらどうです?」
サラがカイをにらみつけた。
その視線だけでカイを殺してしまえそうだった。
「全て主たる私の責任です。責めは私が負います。二人とオーギュント卿にはどうかご容赦を」
レオーネはカイを心配そうに見ながら言った。
カイとてけんか腰になるつもりは無かった。ただ、頭に響く声がわずらわしかったのだ。
それは控え室にいるときに始まったのだった。
****
(聞こえるかしら?)
(誰だ貴様)
カイは集中し声の主を探した。
(あら、あなたとはここで一度お会いしていますのよ。お分りにならない?)
(・・・貴様か。みだりに人の頭に話しかけるとは。すぐに会えるだろうに・・・)
(ふふ、そうね。でも皆の前でいきなり、という訳にはいかないでしょう?私のことは他の子供たちには秘密なの。そこにいるお二人にも気付かれちゃいやよ)
(で、なんのようだ)
(使い魔同士、仲良くお話したいの。お嫌かしら)
扉を開けて、コールが呼んだ。
中に入ると、屋根にはめ込まれたステンドグラスを見上げ、描かれた鷲の隻眼に己の目を合わせた。
(で、何が聞きたい?)
****
その後、ベルタと名乗った隻眼の鷲はカイに矢継ぎ早にあれこれ質問してきたが、どれもくだらないものばかり、からかわれているようで、カイはどうも肩をすかされたような気分だった。
しかも、主ガイゼリックも飄々として、意地が悪い。
カイは徐々にいらだってきていた。
「先ほど、サンサの家と、デュルイの執事が大事にしないようにと言ってきおった。言われずともそうするつもりだ。お前たちの実家からぶつぶつ文句を言われてはかなわん。使い魔のことは、主たる自分でなんとかしなさい」
「それでは!」
レオーネとサラが驚いたかのようにガイゼリックを見た。
「デュルイに感謝しておけ。サンサを含めて、皆に圧力を掛けたのはあやつらだろう」
「ありがとうございます!」
サラとレオーネは腰を九十度に曲げて何度も礼を言った。
カイもしぶしぶ礼を言うと、上から声が響いた。
(またお話しましょう、怖い人)
(気が向いたらな。その前に、お前のご主人様と二人きりで話がしたい。聞いているのでしょう?ガイゼリック伯。
良いですか、二人きりで、です)
(ふん、偉そうに。貴様、これ以上の面倒を掛けさてくれるなよ。わしは貴様と話などしたくないのでな)
****
「いかがでしたか?」
三人が退出するのを見届けて、コールがガイゼリックにたずねた。
「貴様はどう見た?ベルタ」
(私?あら、自分の目に自信が無いのかしら)
頭上から声がした。面白そうに笑っている。
「良いから答えんか!まったく、どいつもこいつも」
(係わり合いにならないほうが良いと思いますわ。あの人、とっても怖いもの。本当に人間かしら?)
「娘のほうは?」
(とっても素直で可愛いわ。でも、面倒ごとは多そうね。追い出してしまえれば楽なのだけれど)
「だが、貴様は評価しているな、コール」
コールは頷くと、笑みを浮かべた。
「はい。いろいろと問題がありますが、心根は優しい子です。あの子に召還されたのですから、あの青年もそのうち落ち着くでしょう。手助けする者もいることですし」
コールは、決闘騒ぎの後、誰よりも早く怒鳴り込んできて、サンサに非があることをまくし立てていったブロンドの少女のことを思い出していた。
「貴様、楽しんでいるな?ふん、まあよい。もうしばらく様子を見ることにしよう。グラナトゥムに恨まれたくはない」
(それだけ?)
「貸しもある」
「サンサとオーギュントを殺さなかった」
「そうだ。信じられんことにな。しかし、オーギュントが手も足もでんとは。悪魔かあれは!」
「違うと思われますが」
「当たり前だ!」
突然の怒声に、聞き耳を立てていたクシェルが転げる音がした。
-二章 あなたのために 完-




