日常、オーク、ゴブリン、憲兵の青年
*話が込み入ってきたので、2/14日を目処にあらすじを追加します。
オーギュントの物語から、カイたちへ話は戻ります。
カイの召還されてからの日常です。
次話でオーギュントが登場します。
カイが召還されてから、もう既に二週間が経っていた。
心配していた他国のスパイも、サラの張った家の防護結界とコールが手配してくれた憲兵の一団のおかげで、あまり表立った動きは見せていなかった。
しかし、サラは何事かにつけぴりぴりし、カイは買い物にも不自由する有様だった。
といっても、サラはカイの安全だけが心配だったのではなかった。
「どうして、一人で外に行かせてくれないんだ?なにもしやしないぞ」
「信用できるはずがないじゃない。
あなた、召還の儀で何したのか分っているの?公国に害が及ばなかったのは幸運だったとでも思ってるの?」
サラが言っているのは、カイが召還された際、覗き見していた連中をカイが昏倒させたことだった。
昏倒と言っても、重度のショック状態に陥り、何人かは危うく植物人間になるところだった。
これに嬉々として、公国に被害を訴え出た者が居たらしい。
しかし、公国の飴と鞭を使い分けた外交努力によって、召還の儀は万事つつがなく執り行われ、問題など何も無かった、ということになった。
「カイさんは、ここに来たばかりで、何も分らなかったのですから・・・・・・」
「その通りです、姫様。もう、二人に迷惑はかけません」
「じゃあ、果物が高いとか言って、果物屋の露台を叩っ切ったのは誰かしら?」
それは、召還から三日後のことだった。
初めて市場に出向いたので、カイはもの珍しさに少し興奮していた。
果物屋に来たとき、値段を訊いたレオーネが困った顔をしていたので、ついかっとなってやってしまったのだ。
貴族相手に吹っかけたのだから、他の者ならば手打ちにしたことだろうと思った。それをこれだけで済ませたのだから、広い心を示したつもりでいた。
しかし、レオーネは青い顔をして、店主に謝った。そして、騒ぎを聞きつけたサラは、露台を弁証したばかりか、落ちたものを全て言い値で買い取った。
「市場でこんなことをして、生活の苦しい私たちが、これから何処で物を買えばいいの!!」
そう言って、サラはカイをどやしつけ、一人での外出を禁止にしてしまった。
それ以来、カイは首輪を付けられたかのように、おとなしくしていたのだが、未だサラからの信頼は得られていなかった。そんなカイが外に出ることが許されたのは、レオーネが授業を受けるときのみで、しかもレオーネがサラに頼み込んでのことだった。それすらサラと交代で行くのであり、サラはカイが何かしでかさなかったか、翌日に確認をするのだといって聞かなかった。
とはいえ、毎日授業があるわけではなく、レオーネは魔術を満足に使えなかったから、座学しか出席を許されていなかった。つまり、大抵は暇だった。そこで、カイは家の中で家具を直したり掃除をしたりして過ごしていた。レオーネといえば、サラと書類仕事をしたり、勉強したり、時間が空けば料理の研究をしていた。暇をもてあますあまり、レオーネを唆して外へ出ようとでもすれば、サラのこみかみに青筋が立った。
カイにとって張り合いの無い生活ではあったが、レオーネがいたので幸福と言えたし、楽しみなこともあった。
それは食事だった。
あちらの世界にいるときも、あまり楽しみと呼べるものがなかったから、摂る必要はなかったものの、三食いろいろなものを食べていた。
レオーネの屋敷での食事はそこに比べればはるかに質素ではあったが、レオーネはとても腕が良かったし、なにより一生懸命作ってくれるのがうれしかった。
「レオーネ様は本当に料理がお上手ですね」
カイはそう言ってよく食べた。
レオーネはカイの食べっぷりに、終始にこにこしていた。サラは呆れながらも、レオーネが誰かに必要とされていることを感じて、やはり嬉しそうだった。
そんな食卓だったから、食材の質素なことなど気にもしなかったのである。
「ですが、このようなまじないじみたことは・・・・・・」
カイが言ったのは、毎度食卓にのぼる魔力を強化すると噂されている怪しげな肉のことであった。
「少しでも可能性があるならば、やってみるべきでしょう?」
サラはむきになって言った。
不味くて高価、少ない食費から工面しているのだから、たとえ効果が無くても、いまさらやめることは出来ない。
ふんぎりがつかないのだ。
カイはそんな健気な思いに気付いていた。
しかし、こんなものに金を取られていることに我慢なんて出来なかった。もっとレオーネに、たくさん良いものを作らせたかった。
そして、何より、それの存在が許せない理由がカイにはあった。
「これが何の肉か知っているのですか?」
「いえ、実は誰も知らないんです。仕入れているところの人も、行商から買うらしくて。ですが、魔力に効くと言うのは本当らしいですよ」
「確かに、これは魔力に効きはします。ですが、悪いことは言いませんから、やめてください」
「あなた、これ、何だか知ってるの?」
「・・・・・・」
「教えてください。知りたいんです」
レオーネとサラは、真顔でカイに詰め寄った。
やはり気になっていたらしい。
「いや、なんと言えばいいのか」
「いいから、さっさと教えなさい」
「お願いします」
頭を抱えたくなった。
始めての食卓では、気のせいだと思っていた。
しかし、今は確信がある。
カイが知っているものと、まったく同じというわけではなかったが、それが持つ独特の臭みは忘れることなど出来なかった。
(どうして、これが、ここに、あるんだ・・・・・・)
それは、カイが出陣前に、戦神に無理やり食べさせられたエルフの秘薬だった。
それを作ったのは勿論エルフで、戦神と夫婦神の間柄だった。何度原材料を聞いても、彼女はいつもとびきりの笑顔を見せるだけで、絶対に教えてはくれなかった。
そして、彼女は性格に重大な問題を抱えていた。
(こんなところで、あいつ何をしているんだ?人体実験か?)
「残念ながら、何の肉かは知りません。しかし、どうか、お願いです。やめて下さい」
今まで見せたことの無かったカイの真剣な表情に、二人はしぶしぶ納得し、肉を食べることを辞めた。
しかし、翌日から、食卓にはとある飲物が付く様になった。
「こっ、これはどこから?」
「何言ってるの、前から飲んでいたでしょ?」
カイは愕然とした。
「どうしてでしょう。何故だか無性に、これを飲まなければいけないような気がしてくるんです」
それは、どうしても食べたくないカイに戦神が工夫を施したものだった。
(私も飲んでいるのだから、頼むから飲んでくれ)
そう言って懇願する彼の後ろでは、傾国の美女である彼の妻が、いやらしく笑っていた。
運命を悟ったカイは、絶望とともに諦めた。何処からとも無く、彼女の哄笑が聞こえてくるようだった。
カイが召還されてから、二週間。
日常はこんなふうに至って平和だった。
神の身でありながら、なにをしているんだろう?と思わないでもなかったが、そういえば、戦のとき以外はあまり変わるところがないのかもしれないと、あまり深く考えることはなかった。
****
「よう、ナスィーム」
待合馬車の駅で、背広姿の小柄なオークに声を掛けた。初めて登校したとき、馬車の上に乗っていた、中年のオークだった。
「どうも、どうも、レオーネ様、カイ様。いいお天気で」
空はどんよりと重く、今にも雨が降りそうだった。
「雲っていますが」
「いけませんなあ、レオーネ様。グラナトゥムのお姫様ともあろうお方が」
大きな鼻を、ふんふんと鳴らして、空を指差した。
「グラナトゥムと言えば、ケルサス王国の、いえ、大陸の穀物庫。公国民にとって、いい天気とはまさに、雨!それを申しておるのですよ」
「なるほど。さすがナスィーム、商人はよく心得ている」
カイがそう言うと、ナスィームは得意げに大きな腹をゆすりながら、馬車の屋根に上っていった。
ナスィームはとある新興商業団体に属する商人だった。
その団体自体はあまり良い噂は聞かなかったが、本人が明るく、よく気の回る性格だったおかげで、こうして邪険に扱われることなく商売に励んでいた。小型の亜人にありがちな、卑屈なところがなかったのも大きい。
それでも、亜人であるから、住人から軽んじられることがあったが、本人は気にしたそぶりを見せなかった。あまりに物怖じしないので、カイはその訳をコールから派遣された憲兵に聞いたことがあった。
「あいつはひどいところから来たらしくて、そこに比べたらここは天国なんだそうですよ」
そう言って憲兵は同じく憲兵であった子鬼種の若者に目をやった。
「ここにいる連中はみんな、気のいい奴らですよ。あいつだって実家に仕送りするために懸命に働いています。人間なんかよりよっぽど信頼が置けるくらいです。
こういう仕事をしていると、種族より人柄を気にするようになりますから」
「そういえば、君も俺に敬語だな。君は貴族だろうに」
憲兵はにやりと笑った。
「あなた、かなり出来るんでしょう?コール様に聞いていますよ。スパイをたたきのめしたとか。それを聞いたとき、ここに通う金の無かった自分ら貧乏貴族は喝采したものですよ」
「それだけか?」
憲兵は懐から、一通の手紙を取り出した。
「・・・・・・お願いできますか?」
白百合の君へ、か、またなんと歯の浮くような。
「懲りないな。俺を伝書鳩かなんかと勘違いしてないか?」
しかし、憲兵はいたって真剣だった。
サラのきつい目が、頭をよぎる。
可愛そうに。彼は今夜、色よい返事に期待して眠れないだろう。そして、明日涙で眠れないだろう。
それを見ていたゴブリンの若者は、ため息を付いて、一人警邏に出かけていった。




