生まれいずる刃 番外 戦禍の魂 現世の神と冥界の神
「生まれいずる刃」の続きで、番外編です。
抽象的な表現が多いです。
次話でレオーネとカイに話は戻ります。
オーギュントが登場します。
世界観更新しました(ver2.0)。
よかったら、見てください。
雲の合間から、星の光りがきらめき、戦場には静けさだけが残った。
いたるところ、森の木々には刀傷が刻まれていたが、もはや、遠い昔のようであった。
虫も、うさぎも、鹿も、そして草すら眠り、もはやここで多くの命が散ったことなど、忘れ去られているようであった。
けれども、ただ宵闇に浮かぶ満月だけは全てを見ていた。
騎士達が切裂き、切裂かれるのを。
ただ優しく、そして何もせずに。
そして、今、
月は、紅い女は、誰もいなくなってしまった戦場でたたずんでいた。
未だ血の乾ききらない亡骸は、死んでしまったそのままに、手足を大地に投げ出している。
その遺体、オーギュントに首を刎ねられた非道な騎士は、もう、誰も傷つけることはない。
そして、傷つけられることも。
女は微笑んだ。
そして、手をかざした。
草むらから蛍の灯火がわきあがるように、
うち捨てられた亡骸から、七色の光の粒子が湧き出した。
それが女にまとわり付く。
怯え、嘆き、限りない恨みを纏って。
女は手に、それを集めた。
光は震えて、消えてしまいそうになりながら、女にすがって顫動する。
ひび割れた声が聞こえた。
「何故だ、どうしてこうなった?
俺が悪いのか?
いや、そんなはずはない。
悪いのは、生まれた時代と場所、そして運。
なぜなら、俺はただ、女房と子供を守りたかっただけだから。
たった一つの、幸せを守りたかっただけだから。
それを、誰に責められるだろう。
それなのに、ああ、ちくしょう。
皆、死んでしまった。
俺のちっぽけな幸福は踏みにじられてしまった。
炎に巻かれて、たった一人の幼いわが子は消し炭になった。
助けを呼ぶ、あの子の叫びが耳を離れない。
ぼろぼろになったあの子をかき集めた時の、敵兵の嘲笑う声が、まだ頭の中に響いているんだ。
愛した女房は兵共に慰み者にされて、舌を噛み切った。
あいつの眼差し、俺に眠ることを許さない。
最後に俺を見て微笑んだあいつに、俺はなにもしてやれなかった。
どんなに温めても、あいつの手は、途方も無く冷たくて、握り返してくれなかったんだ。
だから。
全てなくしてしまったから、今度は奪う側に回ってやっただけだ。
ああ、兄貴と弟はとんでもない下種だったよ。
嫌っていた。
憎んでいた。
殺してやりたいと思っていた。
けれど、誰よりも女房と子供のことを悲しんでくれた。
だから、三人で暴れてやった。
俺が奪われたものを持っている奴らがどうしても許せなかったから。
それがこの世から消えてなくなるまで、壊してやりたかった。
幸せなんて、嘘っぱちだ。
平穏なんて、ありえない。
あったとしても、この世の何処のどいつに、それを手にする権利があるというんだ?」
女が光りに語りかける。
「つらかったでしょう?大丈夫。次はきっと幸せになれるわ」
「おまえがそうしてくれるのか?
神様。
俺にはわかる、あんたは慈悲深い神様だ。
俺を地獄に落とした神様だ」
「あんたを殺してやりたい。
犯して、俺の子供のように火の中に投げ込んで、その光り輝く面を歪ませてやりたい。
でも、頼むよ。
そんなことは、もう、どうでもいいんだ。
俺はどうなってもいい。
ただ、つらい思いしかしなかった女房と子供を何とかしてやってくれよ。
虫のいいのは分かってる。けど、なあ、頼むよ」
光りが、強まり弱まる。
消え入りそうになったかと思うと、激情をたぎらせる。
「ごめんなさい。
あちらの世界は、私の領分ではないの。
手が出せないの。
でも、安心して。
あなたたちを導く子はもう生まれているの。
あんまり優しいから、この世では長く生きることは出来ないけど、
あちらの世界で、あなたは彼女に出会うから」
「ああ、そんな子に出会っていたら、きっと俺はこんなふうにはならなかった。
その子を守るために力を使って、きっといい気分で死ねたんだ。
なあ、神様。
でも、もう遅いんだよ。
皆死んじまったじゃあないか」
「時間、空間、物理の法則、全てが私たちから出たのです。
それを生んだ私たちが縛られるはずがないじゃあありませんか。
いとしい私の子供たち。
誰も不幸にはさせませんから」
女の言葉とともに、男の魂は空を見上げて、昇り始める。
過酷なる贖罪の旅路の果てにある楽園を夢見て。
女が空を見上げた。
月がそれに応えるように、赤く染まる。
そして、巨大な瞳になった。
瞳の見つめる先、雲が裂け、異界への入り口が開いた。
「この世界は仮初。
だけれども、彼らの受けた痛みは本物。
それが無駄だったなんて、言わせない」
立ち上った光が吸い込まれ、空間の裂け目から、獣の雄叫びが世界にとどろく。
審判者の持つ無謬性、誰もが逃れることの出来ない神の一属性。
惜しまれた者には聖女の尽きることの無いいたわりを、
そうでない者には激甚たる破滅を。
大狼は顎を開き、誰一人逃さない。
紅い女は、両手をいっぱいに広げた。
「お願い、サイレス。どうか彼に優しくしてあげて」
この世の神は血の涙を流し、冥界の神は牙を研いだ。
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全てを見通す、神々の頂。
其処に座す黒髪黒眼の女は、簾の奥、灯明の下で髪をすく。
あらゆる業、無限の世界を抱きながら、妖艶に微笑む。
「たとえ、地獄の責め苦が待ち受けようとも、
彼が現世で受けた苦しみに比べれば、それはまるでそよ風のよう。
冥界の王は冷徹である分、罪以上の罰を与えることは無い。
罪をあがなったそのとき、彼は愛する者との再開を果たす。
なぜなら、そう決められているから。
なぜなら、そうなるよう創ったから。
生きとしいけるもの、全てが幸福になるように出来ている。
私たちが在る限り、それは義務。
それを阻むものは、在ってはならない。
涅槃寂滅ほども許さない。
そうでしょう?
カイ」
ひび割れた世界、混沌が支配する世界に剣神は赴く。
果ての無い戦いは、全て無限の世界を維持するため。
混沌の侵攻を防ぎ、仮初の世界が侵されてしまわないために。




