生まれいずる刃 5 血の理2 -5年前- 完
初陣であったオーギュントが森の中で出会ったのは、邪教徒たちであった。
圧倒的なその力の前に、回復術の持ち主であったミルボーが倒れる。
オーギュント過去編、最後です。
あれだけ離れた間合いを一気につめ、ミルボーにかかっていた騎士団国の結界をいとも容易く突き抜けた男の魔力はいかほどだろうか。
カチカチと言う音が耳に響いて、メーテルリンクは自分が恐怖に歯を鳴らしていることに気付いた。
-絶望-
最強と自負するカルブルヌス騎士団国、その騎士である彼は初めてその意味を知った。
オーギュントは、金色の仮面の男の剣筋、そして魔力をつぶさに見ていた。
自分たちが決して生きては帰れないことを示す歴然とした実力の差。
それでも、闘志は衰えなかった。むしろ、かつてないほど漲っていくのを感じていた。
「来ます!」
オーギュントの叫びに、メーテルリンクは反応できなかった。
彼我の戦力差、戦場で味わう恐怖の暗闇に彼は囚われていたのだ。
メーテルリンクの前に、それまで静観していた五人のうちの一人、最も体格の良い男が斧を振りかざした。
オーギュントが剣を担ぎ、正面から防いだ。
筋肉の裂ける音が聞こえ、足が地面に沈む。
「ここは防ぎます。ミルボーの様子と本部との連絡を」
オーギュントが魔力弾を斧の男に放つと、男は距離をとった。
「しかし!」
「ありったけの魔力をこめれば届くはずです!ミルボーを叩き起こして治癒の準備を!
出来なければ皆死にます!」
オーギュントのその言葉に、金色の仮面の男は笑った、ような気がした。
メーテルリンクは、自分がもはや戦える状態に無く、魔力のタンクとしてしか役に立てないことを悟った。
血が滴るほど唇をかみ締めたメーテルリンクは、ミルボーに振り向いた。
そこに、すぐ目の前に、雌山羊がいた。
熱さを感じて見下ろすと、胸から短剣が生えていた。
声を上げることなく、メーテルリンクは崩れ落ちた。
小柄な邪教徒がメーテルリンクから短剣を引き抜いた。
血があふれ出すその体を蹴り飛ばし、雌山羊がオーギュントに向き直った。
背後の邪教徒の数は、斧の男を含めて変わらず五人。
しかし、そのうちの一人がかすんでゆき、やがて消失した。
幻覚か?そして本体は、迷彩を施し潜んでいた?
違う。
あれには強烈な殺気があった。
気配を持った幻想を作り出す高度魔術。
短剣へ施された、結界を突破しうる強化術。
そして、魔術師でありながら騎士への奇襲を成功させる迷彩と体術。
どれもが圧倒的だった。
ミルボーは痙攣を起こし、メーテルリンクの出血はすぐに致死量に達するだろう。
もはや、1対8。
しかも、敵は皆、狂っていた。
****
風が吹いた。木々がざわめき、森そのものが囃し立て、殺戮の宴を楽しんでいるかのよう。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
それも、一つや、二つではない。
そこかしこで、サバトが催され、騎士団の血が流れている。
汚らわしい文様が、流れ、留まり、吹き荒れた。
月光を満身に浴びながら、邪教徒たちは、嗤った。
どうする?と問うかのように、金色の面の男がオーギュントを見つめた。
恐怖に怯えて然るべき。
これから彼を襲うのは悲劇に他ならない。
それでも、オーギュントは歓喜に身を震わせていた。
馬鹿なことを。
僕は生きていて、敵は元気いっぱい。
ならば、続けるに決まっている。
こんなに強い奴らと戦えるというのに、止めるはずがないじゃないか。
そうだ、殺されるというのならば、せめて楽しまなければ。
男が頷き、三人を見つめた。念話による指示であろう。三人は剣を握りなおした。
オーギュントは盾にも使える厚みのある剣を捨て、メーテルリンクの剣を右手に、自身のサーベルを左手に取った。
破壊力よりもスピード、相手の剣が届くよりも先に相手を屠る。
生存よりも殺害、それがオーギュントのこの場で選び取った答えだった。
金色の男が片手を高く上げた。
邪教徒たちが魔力を高める。
高度な結界が生じ、辺りは何者も干渉不可能なコロッセウムと化した。
さあ、お前の力を見せてみろ。
相手にとって不足はないだろう?
全力を持って、互いの生存を賭けて切り結べ。
剣が折れても、歯があり、爪がある。
四肢がもげ、糞尿垂れ流し、それでも汚れぬ命のきらめきを見せてみろ。
言われるまでもない。ここは僕の舞台で、僕が主演。
デュルイの名にかけ、最高の歌劇を見せてやる。
始まったのは死の舞踏。
戦いの中で、オーギュントの剣技が加速度的に高まっていく。
デュルイの血に当てられ、好敵手もまた、自らの血残り一滴まで絞り出す。
観戦者にも狂気は伝染し、誰もが愉悦の吐息を漏らした。
しかし、その中で、ただ一人、主演であったはずのオーギュントだけが、次第に心に虚無を抱いていった。
どうしたんだろう、僕は。
一人の片腕を切り落とした。ぐらつく邪教徒を守ろうとして、一人が割って入った。
駄目じゃないか、そんな無防備に。
オーギュントはその邪教徒の首を踊るようにして切り落とした。
血しぶきを見て、激高した一人が切りかかってくる。
隙だらけだ。
その隙をオーギュントはわざと見逃し、距離をとった。
観戦していた邪教徒の一人が術を展開する。
腕を切り落とされた男に仮の腕が形成されていく。
四肢創造。
こんな短時間でこれだけの物を為しうるのは大陸広といえども、十人もいないだろう。
こんなところでお目にかかれるなんて。でも。
オーギュントがその邪教徒を凝視する。
騎士の力は戦場でこそ花開く。
どんなに苛烈な稽古も、崇高な教えもそれに勝るものではない。
魔術は精神、本質は超越的な視点で持って世を眺めることにある。
戦場で純度を増した彼の才能は、もはや剣術の極みの一端を垣間見てしまっていた。
なんだよ、こんなの。
残りの四人を見る。オーギュントは彼らの術、そして剣技の底が理解できてしまった。
それは、剣に夢を見ていた少年には、なんと残酷なことであったことか。
たいしたことないじゃないか。
あどけなさの残る少年は、あとどれほど剣技を高めれば彼らに追いつき、抜き差ってしまうか、それがどれだけ容易いことか、自分の才能が如何に他の騎士にとっての屈辱となるか、あまさず全てを理解した。
「つまらない」
それからは、きわめて事務的だった。
斬られることなく斬り、殺害した。
何の感傷も無く、感慨も沸かなかった。
三体の遺骸を前に、静寂の中でオーギュントは立っていた。
いつの間にか増えていた観戦者たちもまた、何も言わなかった。
オーギュントは、金色の仮面の男を見た。
「それで、この後はどうすればいいんだ?」
体を開いて、殺気を高めた。
けれど、どうしようもなく、気だるかった。
「ザイール」
***
金色の男が仮面を取った。顔に剃刀をあて、髪を整えた、まるで別人のようになったザイールがそこにはいた。
「やはり、お気づきでしたか、若様」
滴る血をぬぐいながら、オーギュントは力なく笑った。
「うん。やっぱり騎士だったんだね。一度会ったことがある。その時も、父上を旦那様と呼んでいたね。そんな風に呼ぶのを許されていたのは、ほんの数人だった。
で、そちらは母上ですね。あなたの魔術を見たのは久しぶりです。もっと早く気付くべきでした」
小柄な騎士が仮面を取った。
いつも優しかった母の顔がそこにはあった。
しかし、目には緊張をはらみ、口元はきつく閉ざされていた。
「そっちの君はオブザルだね。まったく、騙されたよ。他の方たちも、皆、感じたことのある魔力だ」
他の騎士、魔術士たちが仮面とマントを取る。
それぞれが各騎士団でも選りすぐりの者たちだった。その胸元に光る紋章には見覚えがあった。
「教導騎士団。幹部は誰も知らないらしいですが、あなた方だったのですね。では、これも教育の一環ですか」
わきでは負傷した二人が手当てを受けていた。もうしばらくすれば二人とも意識を取り戻すだろう。
「いかにも。騎士の腕は、危機に瀕しなければ伸びませぬ。ゆえの我ら。国の命運を預けるのですから、腑抜けは不要でございます」
「手荒いな」
血に染まる二人を見ながら言った。
「メーテルリンクは副団長就任の推挙を受けてのテストでありました。この様子では当分先でございますな。
ミルボーは最近、気が緩んでおりまして、治癒を行うものが、なんと無様な・・・」
ザイールは首を振った。オーギュントは、自らが殺めた三人を見た。
「彼らは?」
「昨今、ケルサス本国で家々を襲う非道な三人の兄弟騎士の噂は若様もお聞き及びのことと思います。奪うよりも、殺すことが好きな下種でございます。本来であれば、すぐに斬首するところでありましたが、腕は確かでしたので、せめてもの奉仕をと」
囚われた三人は、騎士団国に移された後、とある任務を授かった。
オーギュントたちを殺せば、命だけは助けてやる。
約束が果たされるかどうかは別として、それしか希望が無かったから、彼らは必死だった。
そうして、殺された。
「トドロフ兄さんは、あなたたちに殺されたのかな?」
何でも無いかのように、口走った。
オーギュントの目は何も見てはいなかった。
ただ、どうしようもなく空しかった。
母の唇が震え、ザイールの顔が苦渋にみち、それまで乱れなかった騎士団の気配が憤怒に大きく乱れた。
「トドロフ様の死は我らの無能がそうしたのです。騎士団が到着する前に、帝国と通じていた指揮官により、暗殺されたのです」
ザイールから溢れ出た殺気と魔力の奔流に、木々がざわめき、落ちた枝葉が切り刻まれる。
「そのとき、我らは誓いました。もうデュルイの若者を殺させないと。
実力が無かったのならば、結構。
しかし、謀殺など許しませぬ。デュルイが死ぬのは、戦場で、強者の剣でのみ」
デュルイの紋が光りを放ち、居並ぶ騎士団がザイールの思いに応える。
その意思、誇りが、叫んでいる。
我らはツルギ。
戦場を、最強の敵を与えよ。
わが祖国、パライーソにいたるまで、怨敵討ち果たしてみせよう。
オーギュントは彼らのただ中にあって、それだけの覇気を浴びていても、心の虚無は彼を蝕み続けていた。
なぜならば、そう。
「そのための、戦場に耐えられるのかのテストか。それで、僕は合格したのかな?」
それまで黙っていた母が口を開いた。
「あなたは優秀な騎士団国の騎士です。これ以上ないくらい。ですが」
母の目には涙がうかんでいた。
「よく聞いて、私のオーギュント。あなたの孤独を、苦しみを解って上げられる人は、この世界には誰もいないの」
僕は一人だから。
少年は空を見た。月が見えた。
柔らかい光りがその場を包む。
けれど、オーギュントはたった一人、暗闇の中にいた。
あれほどまでに憧れた、最強を信じた騎士団国の騎士たち。
そんな彼らですら、オーギュントには追いつけない。
何処までも一人、最強の名を約束された少年騎士を理解できるものなど、この世には誰もいない。
この先、どれほどの人を殺めるのだろうか。
手にする数々の賞賛と栄誉は、すべて空しいがらくたに過ぎない。
彼から見れば、敵すべてが弱者、そんな者を打ち倒して手に入れたものがなんであろうか。
はるかなる高祖、かつて最強の名をほしいままにした剣聖メリザンド、彼女は最期、自らの喉をかき切った。
「だから、オーギュント。愛する人を、守るべき誰かを見つけて。その人のために剣を振るう限り、あなたは、きっと大丈夫だから」
幼い剣鬼は、初めて涙し、嗚咽をこぼした。
オーギュント・エンロケセール・デュルイ。
父母は未熟児だった彼に、せめて人並みに強くなって欲しいと狂気と名づけた。
しかし、神は、彼に最強の業を背負わせた。
叫びは、慟哭となり、月に、神に問いかける。
どうして、どうして、どうして。
魔術の炎が立ち上り、流す涙が蒸発する。
その激しさ、業火はどこまでも悲しく燃え上がる。
剣に憧れ、民の安寧を願った少年は、最強となる。
しかし、それはまぎれもなく呪いであった。
居並ぶ誰もが彼に同情し、自分たちの力のなさを悔いた。
戦場の騎士はいつも悔やむものだ。しかし、こんな思いは、御免だった。
―どうして、我らはこんなに弱いのか―
そして、祈った。
彼が名前の通りに狂ってしまわないように。
どうか、剣神よ、少年をお導き下さい。
-生まれいずる刃 完-




