生まれいずる刃 4 血の理 -5年前-
父王に命じられ、初陣を飾るオーギュント。
その戦は簡単なものであるはずだった。
しかし、結果内で魔術の発動が検知されたことで状況は一変する。
オーギュントらは、原因を特定し、敵を排除するために夜の森に出る。
「魔術師からの誘導は私が引き受けます。続いてください」
索敵に秀で、魔術師からの通信を受けるための魔道具を携えたオブザルが先頭を行く。
補助を与えたのは一流の魔術師であり、受けたのもまた一流である。
闇夜の中、疾風のごとく駆け抜ける、迷彩を施された彼らを認識することは同じ騎士でも難しい。
逆に、獲物を刈るために五感を強化した彼らに見つけられないものなどなかった。
巣穴で眠る野生動物の寝息を聞き分ける聴覚と、木の葉に擬態した蛾の総数すら数え上げる視覚と集中力。
つまり彼らは万全で、難なく障害を排除するはずだった。
***
オブザルが合図をして、四人は止まった。
「一斉通信です。・・・魔力を探知した地点に向かった小隊との連絡が途絶えました。生死は不明です。これから目標地点を変えます。敵をいぶりだすため、森の外延に向かえとのことです」
「さらに奥へ行けだと!?敵の戦力も分からぬうちにか!!」
ある騎士団で幹部をになう騎士、メーテルリンクが色めきたった。
「異常が無い地点です。徐々に内側へと索敵範囲を狭めていきます。途中、他の部隊に会うはずですから、そこからは共闘です」
「くっ!本部は本当にそんな通信を?」
回復を得意とする騎士、ミルボーが吸い込まれそうな闇を見渡しながら、吐き捨てるように言った。
オーギュントは、取り乱す彼らをただ見ていた。
計画が頓挫した今、暗がりの中でいたずらに戦力を分散させる、確かに、愚策だろう。
しかし、本部の命は絶対のはずだ。
それに今は緊急事態で、選択の余地など無い。
「残念ながら、何度聞いても返答は同じです。他の部隊は行動を開始したようですが、どうします?」
「どうもこうもない。行動だ。一般兵が殺されてからでは遅い。我らは騎士、敵を討つ力がある」
メーテルリンクはそう言って、オーギュントを見た。
「このような事態になり、申し訳ありません、若。しかしこれが戦場ですので。若にはいっとう素晴らしい経験をしてもらいます。恐怖、これに勝る経験はありません」
オーギュントは期待を込めて答えた。
「ああ、ぜひとも頼むよ。とても楽しみだ」
「その意気です、若。行くぞ、初陣の若に気を使わせるな」
それまで、目に恐怖の色を見せていたミルボーが頷き、顔を引き締めた。
その奥でオブザルが微笑んでいた。
オーギュントは、その青い瞳が蛇のように冷たいものであることが気がかりだった。
****
先頭で駆け抜けるオブザルは、防護の結界で迫る枝葉を弾きながら進んでいた。そのすぐ後ろをメーテルリンクが追随していた。補助を受けたオーギュントの目には、暗いはずの森が薄暗い朝焼けのただ中のように見えていた。
擦過し、落ちた枝に驚いた鹿が飛び跳ねる。
ミルボーが過剰に反応し、隊列が乱れた。
(無理も無い。せめて剣に自身があればな)
最後尾にいたオーギュントには、最も力の劣るミルボーが限界に近いのが分かった。オーギュントが先頭に合図を送り、士気を整えるようにしようとしたその瞬間だった。
「がっ!」
先頭を走っていた、オブザルが何かに弾き飛ばされた。
メーテルリンクが急停止し、気付かずに通り過ぎようとしたミルボーを抱きとめた。オーギュントは彼らの前に、守るように降り立った。
「どうした、何があった!!」
ミルボーが事態に気付き、動揺する。それをメーテルリンクが落ち着かせるように強く抱きしめる。
「小隊長、左前方に開けた場所があります。ここでは剣が振れません。移動しましょう」
オーギュントは、歓喜に打ち震えそうになりながらも、つとめて冷静に言った。
デュルイ家の者として、恥ずかしい所は見せられない。しかし、みなの命が第一であり、戦果を上げるのは二の次だ。
そう思う心に嘘は無かった。
****
警戒しながら、三人は開けた場所に移った。ミルボーは一度取り乱したものの、今は落ち着き、オブザルを探すための術を展開していた。
「囲まれているな・・・。」
即座に、メーテルリンクは自分たちが複数の敵に囲まれていることを察知した。
「奴ら、いつの間に。この森にはどれだけの敵がいるんだ」
「オブザルの居所は分かりません」
ミルボーが、いつでも治癒術を展開できるように魔力を高めながら言う。
「では、奴らに聞きましょう」
オーギュントが言った。
顔立ちの整ったオーギュントの、戦場には場違いで、欲情ともとれる歪な笑み。二人はそれが示すものを正しく受け取った。
戦場にあって沸き立つデュルイの血、それを鎮めるのもまた、血のみである。
(若がいる限り、負けはしない。彼に流れる血は、誰よりも、父王よりも濃い)
メーテルリンクが剣に魔力を流し込み、細身の剣が赤く染まる。
オーギュントが肉厚の剣を、肩越しに、担ぐようにして抜いた。
もはや笑みではない。
肉食獣の牙を剥きながら、若き剣鬼はその産声を上げた。
****
森の中に呪いが満ちた。
木々の間から、におい立つような濃密な殺気とヘドロにまみれた歪な文様が漏れ出す。
まるで、這い出すように、そう見えたのは錯覚だろうか。
獣が、殺戮に飢えた怨敵が姿を現した。
苦痛に歪み、よだれを垂れ流す山羊の面。
世界を否定し、何物にも染まることを拒否する穢れた灰地のマント。
覗き見る瞳は皆、曇色ににごっている。
生きとし生けるもの、全ては神の傀儡。
この世は劇場、意志など、自由などありはしない。
神の脚本のもと、ただ踊り狂うのみ。
そうではないと言うのならば、証明せよ。
さもなくば、絶望せよ。
神の御名において救済を求めよ。
さあ、我らに神を見せてくれ。
獣が、絶望の器が呪いを吐き、至高の愛の祝詞を唱える。
混沌への贄として、我を捧げん。
寿がれし世界創生と神の理、その全てを憎み、犯し、穢し奉らん。
その後に、ああ、神よ、どうか御姿現したまへ。
異形にして、世界の敵、カオスを信仰する許されざる邪教徒たち。
戦場において最も出会いたくない相手。
一度敵とみなせば、あらゆる手段を用いて、幼子であろうと惨殺する。
二年前、大陸中央部に位置する神権国家を滅ぼしたのは彼らだった。王族は皆生きたまま火に投げ込まれ、城の周辺一帯は呪いに沈んだ。
生き残りは、ゼロである。
数は総勢8人。幸い、亜人はいない。耐久力に優れた彼らがいれば、魔術師のいないオーギュントたちでは補助切れを起こす危険がある。
リーダーと思しき金色の面をかぶった邪教徒が手を挙げると、前方の三人が剣を抜いた。
「抜かせるか!」
抜ききらぬうちに、メーテルリンクが三人に向かい、突貫した。
同時にミルボーが、斬られる前から治癒の術式を起動した。彼ら相手に残力を計算に入れた戦闘は死を意味する。
中央の騎士が、メーテルリンクの突進を受け止めた。
その瞬間、メーテルリンクの赤く染まった剣が爆ぜ、魔力の刃となり周囲を襲った。
邪教徒たちは結界、あるいは剣ではじいた。
左にいた邪教徒がメーテルリンクのわき腹に剣を突き入れようとする。
オーギュントがその胸を寝かせた刃で突く。
間一髪かわした邪教徒が距離をとる。
そして、剣戟の間にミルボーに襲い掛かろうとしていた一人に、メーテルリンクがオーギュントの腰に下げられていたサーベルを投げつけた。
オーギュントがミルボーの守りに付き、メーテルリンクは一歩後ろに下がった。
一連の動きを見ていた金色の仮面の邪教徒が手を叩き、彼らを賞賛した。
「遊んでいるのか?」
「好都合です。数を減らしましょう」
オーギュントは、前にいる三人よりも、控えている五人の実力が数段勝っていることを見て取っていた。
早く殺らないと、あの五人と楽しめないじゃあないか。
先ほどの三人の邪教徒が剣を構え、間合いをつめた。
「若。もう一度、今度はパターンを変えて行きます。隙が生まれるはずですから、殺してください。
迷っていては・・・、その心配は不要ですね」
一撃必死。多数相手では、手足を落として戦力を削っている余裕はない。
メーテルリンクが補助に自分の魔力を乗せて、一時的に限界を超える。
一気に間合いをつめて、下段から切り上げた。
虚を付かれた邪教徒は、両断されるかに思えた。
しかし、その剣を金色の面の男がメイスでもって片手一本で防いでいた。
そして、金色の男の空いた手には膨大な魔力がこもっていた。
(まずい!)
オーギュントが、メーテルリンクのわき腹をけり、弾き飛ばした。
しかし、男の魔力は、メーテルリンクではなく、背後にいたミルボーを防御結界ごと吹き飛ばした。
短い悲鳴を上げてミルボーは木に体を打ちつけた。
肉の焼ける匂いが立ち込め、えぐれた腹からは腸がはみ出ていた。
吐血したミルボーはそのまま気を失い、オーギュントらは回復の手段を失った。




