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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
あなたのために
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公女と騎士、二人の姉

 サラは高密度の魔力結晶を前にして、薄暗い室内にいた。

 そこはレオーネが昨夜祈っていた場所である。

 高度の魔術を展開するために、壁には多くの護符が貼られている。盗聴対策と、魔力増幅のためで、全て公国から持ち込んだものであった。

 本来、通信は魔術機関から提供された魔道具を使用するのが規則であり、情報の漏洩を恐れる学園の処置であった。しかし、各国の王族や大貴族たちは、その学園からの盗聴を恐れ、秘匿性の高い通信を行うために自前の物を用いていた。もちろん違法ではあるが、サラが、たった一人の魔術師がそれを為しえるとは誰も思ってはいなかったし、力ある貴族であれば誰もが使う手段でもあった。

 空間には魔術の影響から、いくつもの幾何学文様が浮かんで、結晶の中央にはレオーネの家紋が浮かんでいた。

 結晶から祭壇の前に光りが伸びて、映像を結んでいる。その中に、妙齢の女性が、質素ながら荘厳さを感じさせる椅子に腰掛けていた。


「・・・以上が、使い魔としてまかり越した者に関する、現状分かりうる限りでございます」


 女性は面白そうに微笑んでいる。きつそうな目に諧謔(かいぎゃく)を浮かべ、指に髪を巻きつけながら、サラをじっと見据えている。


「いくら使い魔といえども、年頃の姫様と同じ屋根の下に、素性もわからない男を住まわせるのはいかがなものかと思いますが?」


「別に、あの子がいいと言っているのなら、構わないんじゃないの?」


 サラの目が据わる。


「あっ、年頃といえば、あなたもそうね。それで意識しているの?意外といい男なの?ちょっと、連れてきてくれない?」


「レナータ!私は関係ないでしょう!ああっ、もう、これ記録されているのよ。殿下が後でご覧になるかもしれないのに!」


 レナータと呼ばれた女性は、からからと声を上げて笑った。その目は青く、髪は暗闇の中でも銀色に輝いている。


「で、本当のところはどうなのよ。あなたの言葉で伝えて。そんな他人行儀な言葉使いでは、伝わるものも伝わらないわ」


 サラは部屋の隅から椅子を引いてきて、音を立てて座った。


「変な奴よ。本心は何処にあるのか分からないし、どこから来たのかも言おうとしない」


「あなたの尋問が下手だからじゃないの?」


「ふん。でも、姫様に素性を聞かれたとき、答えられないのを苦しそうにしていたわ」


「誓約でも効いているのかしら?それでいて話せない?」


「どうかしら?誓約の苦しみというより、呵責、といった感じだったけど。ただ腕はそれなりに立つようだから、護衛には役立つわね」


 レナータはまぶたを伏せた。


「それなり、それなり・・・か。昨夜、ガイゼリック伯爵から通信が届いたわ。彼、召還の儀でなにかしたようね」


「なにか?」


「召還の儀を隠密していた他家の魔術師数名が突如こん倒、重度のショック状態らしいわよ」


 サラは勢いよく椅子から立ち上がった。


「どういうこと、聞いていないわよ!」


 いきり立つサラを前に、レナータは静かに目を閉じていた。

 言わなかったのではない。言えなかったのだ。事態が起きた後、ガイゼリックは対応を迫られたに違いない。なにがそれの機嫌を損ねたのか、結界をすり抜けることが出来るそれの力はどれほどのものか、出来うる調査したことだろう。しかし、ガイゼリックの力を考えれば驚くべきことだが、確たる結果が得られなかったに違いない。使い魔が拘束されるどころか、放って置かれていることがそれを物語っている。それならばと、法の下で強硬手段に出てしまえば、火傷どころか、辺りが血に染まる恐れがある。それが列国の耳に入れば、規模によっては対処不能と判断され、機関の自治を奪われかねない。

 だから、苦肉の策でレオーネとサラに丸投げしたのだ。なにかあれば公国のせい、召還の儀は滞りなく終わったはずだと(うそぶ)いたに違いない。幸い、使い魔として召還されたのは人型で知恵があるから、話は通じるだろうし、レオーネたちに制御が出来るようなら、機関としてはなんら問題は生じえない。そうでない場合は、大規模戦力で制圧すればよい。きっと、サラたちが食事でもしている間に、憲兵の戦力が緊急招集され、付近の住民たちは避難もしくは警護が付いていたことだろう。

 腹立たしいが、そうするより他は無かったのだろう。こんなとき、無知はぞっとするほど、恐ろしい。


「使い魔が、よほど恐ろしかったようね」


 サラは押し黙った。召還の成功した家に憲兵が付くのは聞いていた。しかし、昨夜は、一介の生徒のためとは考えられないくらい厳重だった。公国への配慮だろうと感謝したものだが、そうではなかった。当然のことだから、それを責めるつもりはない。しかし、問題は明らかだった。

 カイは今のところおとなしくしている。レオーネに害を為すとは思えない。守ると言った言葉に嘘はないだろう。

 問題は被害にあった貴族の所属する国家が、レオーネの魔力の暴走と考えた場合である。実際は、レオーネの魔力は驚くほどに弱いのだから、その可能性は限りなく低い。けれども、血に刻まれた力が不意に目覚め、召還によってはじけるということがないわけではない。レオーネの場合は残念ながら魔力に変化は見られなかったが、強く主張されれば問題は大きくなる。不可抗力とはいえ、他国の貴族をレオーネ自身が危害を加えたとみなされれば、対処せざるをえない。恥知らずは対価を要求してくるだろう。金ならばよいが、事件解明にかこつけて、王族の能力を探られてはたまらない。暗澹(あんたん)たる思いでサラは、椅子に座りなおした。


「また、面倒なことになったわね。あいつなんてことをしてくれたのよ・・・」


「そっちのことは、あなたは考えなくていいわ。痴れ者の言い分は聞きません。なにか言ってきても蹴散らして見せる。格の違いを思い知らせてやるわ」


 髪を掻き揚げながら、レナータは含み笑いをこぼした。その笑みを見たものは、無条件で頭を垂れるか、恐怖心を抱くだろう。上に立つ者としての圧倒的なカリスマ。レオーネには無くて、レナータが持つ生まれついての才能。彼女は女としての愛らしい顔と、王族としてのそれを使い分ける術も心得ていた。有象無象の貴族などとは、まさに格が違った。


「機関、学園には?あまり敵対したくは無いのだけれど」


「怯えさせときましょう。あの子を甘く見たつけは払ってもらいます。そうであるかぎり、機関はあの子を守らざるを得ない」


 サラはため息をついた。強気なことを言っているが、サラがうまくバランスを取ることは計算に入れているのだ。そのせいで余裕があるはずのサラの仕事はたまる一方である。


「今まで無視したきたのは、あちらのほうなんだけどさあ。警護ぐらいは要請してよ。ここには、あなたが想像も付かないような馬鹿がいるのよ」


「心配しなくても、増えるわよ」


 増える?何を言っているのかサラには分からなかったが、レナータがそう言うのだから、心配は要らないはずだった。わずかばかり、不安ではあったが。


「ふふっ。でもまさか昨日の今日で使い魔に出向かれるとは思っていなかったでしょうね。問題は無い、と判断した手前、文句も言えない。きっと慌てているわよ。それよりも使い魔君のことね、あなたにまかせるわ。しっかりと教育して」


「任せるって?はあ!!」


「だってサラ、あの子の使い魔が化け物であるはずがないでしょう?使い魔は魔術師の半身。あの子ほど優しい子を私は知らないわ」


 いや、そんなことを心配しているのではない。


「あなたも気にしているのは、女としてのことでしょう?あの子は大丈夫よ。その点はしっかりしているし、あなたのほうが心配よ」


 笑みを広げるレナータをサラは睨みつけた。幼馴染であり、同じ乳を飲み育った王位継承権一位を持つ公国第一公女は、いつもこうして自分をからかう。それでいて誰よりも信頼してくれているのだから始末が悪い。いたずら好きな彼女は、いつも冒険をしたがる。綺麗なドレスを着ながら、泥だらけになるのが好きなのだ。洗濯するほうの身にもなってほしい。でも、彼女ならしょうがない、気持ちよく洗ってあげよう。そう思うのは泥の中にあっても、なんら損なわれることがない天性の気高さゆえで、誰もがそれに(かしず)いた。サラはそんな彼女が誇らしく、愛おしかった。レナータも、自分のわがままに振り回されながらも、いつも自分に付き合ってくれるサラを肉親のように感じていた。

 親友同士は、お互いの大事な妹を守ろうと決めていて、そこにどんな珍客が舞い込もうと適切に対処する。カイの場合も同様だった。


「何より私は、レオーネを信じます。あの子の召還した、あの子の使い魔ですもの。悪しきものであるはずがありません。お父様も同じお考えです。

 大丈夫、あの子の味方であってくれる。すべての責任は私が負います」


 姉としてそう述べるレナータの瞳は優しくて、サラは三人の絆を確かに感じた。



****


 通信の終わり際、レナータが思い出したかのようにサラにたずねた。


「そういえば、ちょっと前からデュルイ家があなたのことを知りたがっているんだけど、どうしてかしら?」


「知らないわ」


 目を合わせないようにして、サラは言った。いつも、頼んでもいないのに何かと世話を焼きたがる一人の青年騎士を思い浮かべた。


「へえ、そっかあ、あそこの末っ子が、朝一番にレオーネとの正式な交流を申し入れてきたんだけど、文面にはやたらあなたの名前が出てくるのよ。不思議な偶然ねえ」


 サラの肩がはねるのを見て、レナータは手を叩いて笑った。


(あの人、本気なのかしら?嫌いじゃあ、ないんだけど・・・。でも駄目よね)


 サラ・マンスフィールド、かつての名前はサラ・プロテイル・フラーダリー。位階は子爵令嬢。国賊と判を押された家の名は公的には消えてしまったが、彼女はその名に誇りを持っていた。

 胸に覚えたかすかな疼きを忘れようとしながら、サラは部屋からでた。


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