生まれいずる刃 3 -5年前-
国境を越えると、隊は陣形を整えた。先方を騎士団の精鋭とその兵が固め、中段には工作兵を含む正規軍と従軍した大部分の騎士が、そして後方にはオーギュントとザイール、そしてデュルイ家に関わりが深い騎士が入った。オーギュントは中段に入ると思っていたから、不思議に思ってザイールにそのわけをたずねた。
「わざわざ、カルブルヌス騎士団国の退路をふさごうなんて、度胸のある奴なんていないでしょうよ。ここが安全でさあ」
先任下士官であるザイールがそう言ったから、オーギュントは納得した。
戦闘は騎士団と軍にとって全く面白くないものだった。元一般市民である略奪者は騎士団国の旗を見ると取り乱し、戦う前に降伏した。中には安堵の表情を浮かべ、今後の生活を相談するものもいた。それもそのはずで、彼らの多くはケルサス王国で労役を課された後、上手く行けば市民権を得ることが出来るからだった。
不安視されていた流れの騎士による襲撃も、騎士団が張る結界を突破できずにいたために、脅威となるものはなかった。覚悟を決めて特攻してくる者もいたが、結界により魔力を封じられては、なすすべなく軍の銃で蜂の巣にされるか騎士に首をはねられた。
「このぶんじゃあ、骨のある奴はいないでしょう」
戦況を知らせる報告を受け取ったザイールが、オーギュントに報告を見せながら無精髭をなで上げた。
「良かった。軍に被害は出ていないようだね」
オーギュントはほっとしながら言った。いざ国境を越えて各地で戦闘が始まってしまうと、それまで戦果に焦れていたオーギュントは落ち着きを取り戻していた。周りの優秀な騎士の動きを見ると、騎士による襲撃を心配していた自分が臆病者に思えた。騎士として、デュルイ家の子として、心配すべきは軍そして無辜の民のことであるという普段の教えが胸を占めた。
「おや、若。大分落ち着いたようで」
「怖がらせたのは君だろう?僕が馬鹿だったよ。心配なんて要らなかった。たとえ僕が適わない敵が現れようとも、みんなが何とかしてくれる。皆カルブルヌスの騎士なんだから」
騎士たちが笑い、その通りです、とオーギュントの肩をたたいた。戦の規模からは考えられないほど腕利きの騎士達がこの戦に参加していた。自分を守るために父が派遣してくれたのだ。
「そうだ、坊ちゃん。良いことを教えてさしあげましょう。もしやられそうになったら、尻尾を巻いて逃げ出すか、降伏すればいいんですよ。お上品な貴族は恥なんていって無駄死にしてますが、生きてこそです。たとえ捕まったって、デュルイ家の坊ちゃんなら丁重にもてなしてくれますよ。後は国が身代金を払っておしまいです」
「そうなのか?」
「考えてみてくださいよ。流れの騎士だって、デュルイ家の男子を殺してしまったら、かえって雇い主が見つからなくなることくらい分かっています。我われは執念深いですからね。騎士団国に属する全ての騎士がそいつを見つけるために奔走し、正々堂々と勝負を挑む。それが生涯続くわけです。そんな爆弾を雇う奴は、帝国ぐらいでしょうね」
軽口をたたきながら進軍していても、彼らは決して油断してはいなかった。奇襲されても彼らなら対処できるが、魔力を持たない一般の兵達はなすすべがない。そのために、常に索敵を怠らず、広範囲に結界を張っていた。仮に奇襲を許しても、彼らの結界を突破するための魔力と、火力が敵方にはなかった。
だから、油断ではなかった。
オーギュントは、彼我の戦力差とオブス国の状況を考えた結果、戦場ではありえないことが起こるという決まり文句で自分を納得させることにした。
それは、夜が更けたころ、とある森を前にしての宿営地でのことだった。
歩哨に立っていた騎士が結界の内側で魔術の発動を確認した。脅威となりうるほどの規模ではなかったが、如何なる手段で結界を潜り抜けたのか、それが問題だった。もし兵站を突かれれば、退却せざるを得ない。そして、考えられる中での最悪、非魔術兵を狙われれば、一方的な虐殺が繰り広げられる。
さすが騎士団国の騎士達の対処は早かった。非魔術兵に出来うる限り補助をかけ、結界を補強したうえで、さらに内側に結界をはった。しかし、いくら補助がかかっているとはいえ、非魔術兵の防御には限りがあるから、結界内に侵入した魔術師、騎士を排除することが急務だった。
そこで、戦力が均等になるように騎士を幾つかの部隊に分け、目標を排除することになった。広範囲にわたる大規模な魔術を使用するには入念な下準備が必要であり、大きな魔術反応が観測されるが、その兆候は見られなかった。だから、セオリー通りの作戦が立てられた。相手が何かする前に、神速で持って各個撃破。その編成された幾つかの部隊にオーギュントも加わった。新兵とはいえ、騎士が待機しておくことなど状況が許さなかった。
オーギュントの部隊には、回復を得意とする騎士、従軍中でも腕利きの者、そして随行していた者の中で、オーギュントと年が最も近い騎士が入った。名をオブザルと言い、この年16になったばかりだった。
「若様、中段に入ってください。決してはぐれぬように。狙われます」
オーギュントが頷いたのを見ると、魔術師がありったけの補助を掛けた。
「無茶をしないように、張り切りすぎると補助切れを起こします。万が一切れたら、自分の魔術で防御を固めて下がってください。限界はありますが、若の腕前ならば、やられることはないでしょう」
オーギュントの体が薄黄色に輝く。
それはデュルイの色。
大陸中の騎士の憧れであり、帝国には憎しみの太陽の魔力。
みなの注目が集まる。
オーギュントがデュルイの紋が入った特製の肉厚の剣を担ぎ、ザイールが敬礼とともに叫んだ。
「オーギュント・エンロケセール・デ・デュルイ殿下、ご出陣!」
迷彩が施された四人は、闇夜に沈む森の中に疾風のごとく飛び入った。
弱きものを守るために、自らと同じ人を殺すために。
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月が見えた。
それを背にして、黒色の水晶が浮かび、女が腰掛けている。
紅色の髪を風になびかせ、森を疾走する騎士たちを、髪と同じ色の瞳で見つめていた。
宵闇の中に、幾つもの光源が見える。赤、青、黄、それら全てが魔術の発動であり、騎士達の命のきらめきだった。
森の中からは風の囁きに混じって、苦悶の声が聞こえ始めた。
それは予想されていた結果を意味するものではない。戦場において確実なことなど無かったし、これからもあるはずが無い。
女は、何処までも優しく、慈しみ、見つめ続ける。
それが彼女であり、この世の神の理。
微笑みながら、彼女は流れる血をそっとなぞった。
その先に、恐れることなど何も無いと言い聞かせながら。




