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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
あなたのために
13/131

あなたの騎士となり 2

 塔を中心として、その地域では育たないはずの緑の深い木々が森をなし、その内側をレンガ造りの壁がぐるり敷地を囲んでいる。

 正面には半透明な、薄紫の魔術結晶で出来た門が中の様子を透かせて見せて、その前には、身の丈四メートルもあろうかという重装備のオーガの衛兵が二人立って目を光らせていた。

 秘密主義的な学術機関でありながら、開放的であることが求められる学び舎として、相反するものが同居する歪な構造を端的に表している。

 その門の奥には噴水があり、高く吹き上げられた水は空中で幅十メートルほどの魔術機関の紋章となってゆっくりと回転している。まったくセンスが感じられない、とってつけたようなオブジェであった。

 増改築を繰り返したのであろう、大小さまざまな建物が立ち並び、統一感はないが、多くの人々が朝の肌寒い空気の中を闊歩する様は活気が溢れていて、若い学生も年嵩の研究員も自信に満ちているよう。

 この場こそ、この魔術機関マルブの中枢部であり、学生が魔術を学ぶガル=マルブと呼ばれる場所だった。


***


 慣例に従うならば、召還された使い魔はここで調査を受けなければならない。周囲の安全確保と有事の際の徴用が目的であった。しかし、使い魔の能力のほどを知られることは、主と主が仕える国にとってデメリットでしかない。だから、調査に立ち会うのは高位でかつ中立を誓った者のみである。けれど、どんなに機密を保とうとしても、いつかは漏れる。そうなった場合に誰が責任を取るのか。その不可能性に納得しないケルサス王国と公国からの要請により、レオーネに関しては調査は免除されてあった。しかしここは治外法権であるから、強引に押し切られる恐れがある。公国の秘密とあれば誰もが知りたかったし、召還されたのが人間であるならば、学術的資料としての価値は計り知れない。

 どうするにせよ、一度は顔を出さなければいけなかったから、うわさが広がる前にということで、授業のついでにレオーネは今日来たのだ。サラも付いてきたがったが、カイのことは自分がすべきだと思ったから断った。その代わりということで、書類仕事はサラが受け持った。

 挨拶、そして調査断りの言葉を脳裏に浮かべ、深呼吸をするとレオーネは門に向かって一歩踏み出した。


 ***


 門をくぐると、こちらを伺うぶしつけな視線をあちこちから向けられた。レオーネはいたたまれないようで、立ち止まってしまった。カイはどうしたものかと、あたりを見渡していると、赤毛の女性がこちらに向かってゆっくりと近づいてきた。二人の前に来ると、眉をひそめてあたりを見渡した。そして空をつかむようなしぐさをしたかと思うと、皆は慌てふためき、視線はちりぢりになった。彼女が使用したのは気圧を変化させる魔術で、配慮に欠けるものは叱責を受けた。魔術の使用が制限されている場での使用が彼女の立場を示している。女は唇をゆがめ、冷淡な笑みを浮かべた。レオーネが戸惑っていると、いらだたしげに口を開いた。


「ごきげんよう、レオーネさん。

 そちらがこのたび召還された使い魔のかたですね。私は、ここ魔術研究機関領、領主ガイゼリックの秘書をしておりますクシェルと申します。これからのことについてのご説明のため、百目の塔にご案内します」


 口調こそ穏やかだったが、その目と口元にはあざけりがあった。

 年は二十台前半、地位を考えれば異例の若さ。実力でその地位を勝ち取った彼女からしたら、魔力を持たないレオーネは、歯がゆく、いらだたしいものであったのだ。そして、それが普通、レオーネの世界だった。

 女はカイを見ることなく、先に立って歩き出した。


 ****

 

 百目の塔と呼ばれた(くだん)の塔は赤黒いレンガ造りで、そのレンガ一つ一つの中心に水色の玉が埋め込まれていた。そこから魔力が塔全体にひろがっている。クシェルが塔の壁に手を当てると、半径二メートルほどの裂け目が広がった。そこからクシェルが内部に入った。レオーネは緊張しているのか、上の空である。カイはそんなレオーネを見ながら、クシェルの後ろに従って塔の中に入った。

 塔の内部は直径三十メートル以上。がらんどうで、中心部に一辺が四メートルほどの立方体があるだけだった。

 そこに、先ほどと同じようにしてクシェルが入って行った。レオーネはカイを見た。何か言いたそうであった。


「どうしました、レオーネ様」


 カイがたずねると、口を開いた。


「お早く。時間がございません」


 何も言うことが出来ずに、レオーネは急いで箱の中に入って行ってしまった。


***


 クシェルが箱に魔術を施すと、立方体の壁面に幾筋もの緑色の線が走った。明滅し、それが十秒ほど続いたかと思うと、立方体の正面の面が開き、面前に廊下が現れた。階下から見たときは何も無かったはずであるのに。困惑するレオーネに対し、カイは箱によって最上階付近まで運ばれたことに気付いていた。そして、階下から内部構造が見えなかったのは、魔術の迷彩のせいである。それをレオーネに言うと、驚いてレオーネはあたりを見渡した。クシェルが初めてカイをまともに見た。侮蔑はそのままに、警戒心を抱いたようだった。

 廊下にはシンプルな絨毯が敷かれ、壁には数メートルおきに抽象画が飾ってあった。廊下は何処までも続いているように見え、果てが無い。物音一つしない空間に三人の歩く音だけが響く。壁に掛けられた抽象画が誰によるものかレオーネにはわからなかった。あるいは、実際には存在していないのかも知れなかった。それらをまともに鑑賞する間もなくクシェルが早足に先を行く。背中にははっきりとした拒絶があり、、話しかけることは出来なかった。

 不意に、クシェルが一つの部屋の前で立ち止まった。


「こちらになります」


 室内は華美なところが無い、質素なつくりの部屋だった。向かって奥に部屋の主の執務机があり、その前には二つのソファが向き合うようにして縦に置かれている。中央に置かれた机の上には、既に紅茶が湯気を立てていた。全体的に茶の色彩で統一され、ここでもやはり抽象画が掛かっていた。ただその画は廊下に架かっていたものと違い、時間とともに変化していた。上を見上げると、ステンドグラスがあり、描かれた隻眼の鷲が三人を見下ろしていた。

 クシェルが座るように勧め、二人はソファに腰掛けた。前に座ったクシェルが術式を起動し、空中に学内の規則次項が示された。二人に茶を勧めもせずに。クシェルは事務的な口調で話し出した。それは理解を求めるものではなかった。早く終わらすことを目的とした、ただの処理であった。

 カイは紅茶を飲んだ。渋みが強く、特徴的な味だった。こういう種類のものなのかと思い、同じく口をつけたレオーネを見ると、頬を引きつらせてそれ以上飲もうとしなかった。

 途方も無く馬鹿な女だと思ったが、こんな嫌がらせをされてみるとおかしみが沸いてくるのが不思議だった。


***


「以上がマルブでの注意点となります。ご質問はありますか。・・・なにかあれば、通信でお知らせください。お答えいたします」


 魔術による通信のやり取りには多くの魔力が必要だった。術者だけではなく、設備のほうも重要で、レオーネの屋敷では国許への直通回線、緊急通信のほかには、簡単に繋ぐことができる回線は無かった。実力第一の教育方針であったので、その許可を与えられていなかったのである。公王も他の貴族の手前、そんな条件を飲まざるを得なかった。


「学生である私に、ご説明のお時間を割いていただき、ありがとうございました」


 ぞんざいだった説明は、最後には書類を読み上げるだけのものになった。いろいろ言いたいこともあるだろうに、レオーネは礼儀を尽くしている。


「いえいえ、公爵には多大な寄付をいただいております。本来であれば、領主も同席する予定だったのですが、あいにく多忙でして。ふふ、まさか人間だとは思いもよりませんでした。レオーネさんも、女二人ではいろいろと心配事も多かったでしょう?だから、心強いのではなくて?」


 カイは、説明も終わったことだしさっさと帰れるだろうと思っていたが、二人は世間話を始めてしまった。受け答えするレオーネはぎこちなく笑い、何かを切り出そうとしているらしく、どうにも落ち着かない様子だった。あまり人と話すのが得意ではないからだろう。女の仕草からは、仕方なく相手をしてやっているという本音があからさまなほど出ていた。困るレオーネを見て、日ごろの憂さを晴らしているのかも知れなかった。

 来る前にサラから言われていた通り、何もせずにおとなしくしていたカイであったが、そろそろ限界だった。


「せっかく、使い魔を召還したんですから、力を見せ付けたいのでは?大陸に名高いグラナトゥムの使い魔、さぞかしお強いのでしょうね」


 安い挑発だった。しかし。


「俺の実力か?示そうか?この場で」


 女の目がカイのほうを向くよりも前に、大きな音をたてて奥の扉が開いた。


「下がりなさい」


 昨日、召還の場にいた中年の男が立っていた。目には怒りが浮かんでいる。クシェルはなにやら言おうとしたが、その男、コールの厳しい一瞥に、なにも言わずに引き下がった。コールはレオーネの前に来ると頭を下げた。


「申し訳ない。礼を尊ぶように指導はしているのだが。優秀なぶん自分以外馬鹿だと思っている節がある」


 そう言って、二人にぬるくなった紅茶のお替りを勧めた。自分にも注ぎ、それを飲むと、青筋を立ててクシェルが去った扉をにらみつけた。

 レオーネが立って、紅茶を入れなおした。コールはまず匂いをかぎ、納得したように頷くと、ようやく微笑を浮かべた。


「クシェルから説明は受けたか?この調子ではどうせくだらないことばかりのたまったことだろう」


 ため息をつくと、一から説明しだした。途中クシェルから聞いていたことは、カイがその旨を告げた。それを嫌がる風もなく、コールは話を先に進めた。レオーネはコールが現れたことで、少し落ち着きを取り戻していた。


 ****


「まあ、こんなところだ。要点は後で書類にして渡そう」


 コールは魔術で空中に描いていた図表を消した。それを見たレオーネが、急に大きな声を出した。


「あ、あの、先生!」


「何かな、レオーネ君」


 コールは椅子に深く腰掛けた。


「カイさんの調査の件ですが」


「ああ、その件か。不要だ」


 レオーネは拍子抜けしたようで、言葉を失った。


「君の国の不評を買うようなことは、当方ですることはない。面倒は御免こうむる」


 コールは、口角を上げて二人を見た。


「それなりに便宜も図ろう。しかし勘違いしてもらっては困るが、庇護しようというわけではない。そちらが問題を起こした場合の尻拭いもしない。我々の立場は理解してくれるね?」


「そちらから何か干渉してくることはないから、出来るだけ静かに過ごせ、ということですか」


「そうだ。とはいえ、ここには多くの国の者がいる。そやつらが何かしでかそうとしていたなら、それなりの手段は講じるつもりだ」


 よろしいかな、とコールはレオーネを見た。レオーネはしばらく考えた後、答えた。


「構いません」


 レオーネがはっきりと答えるのを聞いて、コールは眉をひそめた。


「君たちの置かれている状況を考えれば、かなり厳しい条件だと思うが、よいのかね?こちらは何も出来ないと言っているに等しいのだが」


 確かにレオーネの家、グラナトゥム家は大陸の中でも名門の部類である。だれも表立って手を出してくるものはいないだろう。しかし、状況が変わった今、これまでの通り安全が保障されるわけではなかった。ここには助けてくれるものはいないのだ。居るのは召還されたばかりの使い魔と一人の近衛騎士だけだった。いかに力があろうとも、圧倒的に人が足りないのは誰にでもわかる。敵にも、だ。だから、コールはこんなにも簡単に頷いてしまうこのお姫様は少し頭が弱いのかな、と思った。サラがいない状況でこんな話をするべきではないのかもしれない。


「はい。ここにおいてもらえるだけで、私には十分です。それ以上は多くの国の子弟を預かる学園としてはどうしようもないことは分かっています。

 力ない身の上ですが、私の身の上に起こった問題は私が何とかしないといけないと思います。

 それに、カイさんとサラがいれば、きっと、大丈夫です。何も心配などしておりません」


 さっきまでの戸惑いは何処へ行ったのか、言い切るレオーネの言外の力強さにコールは胸がすくような思いだった。さっきまでの表情とは明らかに違う。彼女がサラとカイを語る姿は、まさに公女だった。信ずるべき者たちへの、無為で絶対的な信頼があった。

 決して恵まれた環境にあるといえなかった少女がどうしてそんなに信じることが出来るのか。そして、どうしてカイはそんな信頼を勝ち取ることが出来たのか。これが人を召還した使い魔と主なのか。いや、きっと二人は特別だろう。多くの使い魔と主を見てきたコールは確信した。


「よかろう、レオーネ君。私が個人的に力をかそう。君とはもっと早くに話をすべきだった」


 そう言うと、隣室に向かい声をかけた。クシェルが急いで入室してきた。


「私の授業は休講だ。連絡しておきたまえ」


「し、しかし」


 クシェルはカイとレオーネに敵意を示した。


「彼女たちと話をする以上に、今の私に重要なことはないのだ」


「レオーネ様にも授業はあるのですが」


 カイが、あたふたするレオーネを見ながら言った。


「だそうだ。そちらにも連絡しておきたまえ」


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