生まれいずる刃 2 -5年前-
道中では横槍が入ることなく、予定通りにオブス王国国境付近まで進軍することが出来た。といっても、カリブルヌス騎士団国の軍に奇襲を仕掛けるような連中は帝国軍以外存在せず、そして帝国とは休戦中であった。
進軍中、オーギュントは初めての戦場ということもあって、緊張から周りが見えなくなりがちであった。しかしそこは世話係の下士官ザイールが、戦場での気の保ち方、剣の手入れの仕方、自分の武勇伝と年がいってから授かったという年頃の娘の話などを、面白可笑しく話すことで、オーギュントの気持ちを上手くほぐしていた。
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国境前の最後の宿営地で、オーギュントはザイールに教わった通りに武具の点検を行っていた。政治など気にもしない騎士団国の軍らしく、皆オーギュントをこき使い、誰も彼を新任騎士以上の特別扱いをしなかった。騎士として無双の腕を持っていても、敵味方入り乱れる戦場では足手まといになりうる。オーギュントが優秀な騎士になってくれれば御の字で、ここでは未だただの新兵に過ぎなかった。
「おや、若、まだ国境も越えていないのに緊張しておいでですか」
ザイールがタバコを手に、短銃の手入れをしながら話しかけてきた。
「怖いのですかい?」
オーギュントは、目が皿になるまで見つめ続けた肉厚の剣を脇に置いた。
「・・・トドロフ兄さんはとても優秀な人だった。そんな人でも初陣で命を落としたんだ。怖くないわけないよ」
7年前、初陣で命を落とした兄。剣の腕は確かで、誰よりも将来を嘱望されていた。彼の死は、幼かったオーギュントの心に染みのように広がり、今でも戦の怖さの象徴として深く根を下ろしていた。
ザイールはタバコの火をもみ消した。
「私もあの戦場におりましたが、トドロフ様の剣の腕はぴか一でした。その上のお兄様よりも。惜しい人をなくしましたなあ」
「戦場では何が起こるかわからない、ということだろう?でも、やりきれないよ。トドロフ兄さんは兄弟の中で一番僕に優しかった。僕はあの人が大好きだったよ」
ザイールは、オーギュントの目をしっかり見た。無精ひげが伸びた口元に力がこめられ、目やにがたまった眼球には古強者の射すくめるような迫力が満ちた。
「我われが来たことで、戦場には流れの騎士共が集まって来ております。トドロフ様が亡くなられた時と同じでさあ。名のある騎士をしとめることが出来たら何処の国でも雇ってもらえる。行くところがない奴らにとっちゃあ、この戦は大きなチャンスなんです」
ならば、そんな奴らにとって一番美味しい獲物は何か。
何も分からない新兵であろう。
そしてオーギュントはずば抜けて若く、しかもデュルイの名を持つ。狙われるに違いない。
流れの騎士にしてみれば体面などどいうでもいいから、奇襲ででも首を取ってしまえばいい。死人は何も言わないから、何とでも言える。
殺されるかもしれないという恐怖と、騎士としての名誉さえ奪われかねないという苛立ちに、オーギュントの顔面は蒼白になった。
「ま、若には関係ありませんがね」
肝が冷えましたかい、と言ってザイールは笑った。
「国境を越えたら、若はわしと一緒に後方で味方の兵隊に囲まれてもらいます。若は戦いにこられたんじゃあないです。戦場の空気ってやつを感じてもらえればいいんでさあ。旦那様もそうおっしゃっていたでしょう?下手に前に出られたら、わしの首が飛んでしまいます」
オーギュントは、ザイールの口ぶりにはっきりとしない違和感を覚えたが、それよりも自分の思い描いていた初陣との違いに反感を覚えた。
「そういう訳には行かないだろう?仮にもデュルイの名を持つ者が後方で縮こまっているなんて、民は許さない」
「困ったことをおっしゃいますな。今の若はデュルイ家のお坊ちゃんじゃあなくて、あくまで新任の騎士なんですから、先達の言うことは聞いてくれませんと。
・・・まあ、お聞きなさい。トドロフ様のまずかったところは、威力偵察なんて危険なまねを申し出たことです。初陣の騎士に少数の兵をつけただけで送り出した上官は軍法会議ものですがね。・・・そういや、あの野郎どうしてるんだか。よろしくやってるって話だが、見つけたらぶっ殺してやる」
デュルイ家の騎士として、修練場ではなく戦場でこそ光り輝く剣であることを証明するためにやってきたというオーギュントの抗弁は無駄だった。もし無茶をしようものなら、騎士たち総出で封印術をかけて馬車に放り込むとまでザイールは言った。果ては、旦那様のご意向ですと、オーギュントにとって神からに等しい言葉でやり込められてしまった。
「観念してください。若は逸材って奴なんでしょう?大事に育てられてるんでさあ。これ以上デュルイ家の若者が死んでしまったら、皆が、国が悲しみます」
兄のほかにも、父の兄弟もまた若い頃に戦場で命を落としている、それを言っていた。涙を浮かべるザイールに、オーギュントはもう何もいえなかった。




