あなたの騎士となり 1
カイは、窓から差し込む日差しで眼を覚ました。
昨日居室としてもらった屋根裏の物置は、もとから物が少なかったせいもあり、眠るのには不自由しなかった。
肩を回し、首を傾け、ふむ、と頷いた。
昨夜は、灯りを消してベッドになってみると、思いのほか自分が疲れているのに気付き驚いた。なんと不自由な体なのだろうと、すこし不安になったことを覚えている。ベッドの上でいろいろなことを考え、感傷的になってしまったのも、あるいはそのせいかもしれない。
しかし、こうして目覚めてみると、十分とはいえない睡眠であったものの、体のだるさは取れて、気分もよくなっている。
ふむ。
もう一度頷いて、さて、これからどうすべきか考えることにした。
夜のうちにサラから通りいっぺんの決まりごとや、覚えておくべきことは教えられたが、とても十分なものではない。というのも、そのサラ本人が気を張っていたのか、彼女のほうが先に眠くなってしまったらしく、途中で話を切り上げてしまったのだ。
苦笑すると、厳しい一瞥をくれて、
「何があっても、たとえあなたが心臓の発作を起こしたとしても私たちの部屋には入らないで」
そう言ってサラは階下(二階)の自室に行ってしまった。
階段の上から様子を伺ってみると、念入りに部屋の前に結界を張っているらしかった。呆れもしたが、力が人間並みになってしまったのだから、もしかしたら性欲もそうなのだろうかと思ったが、確かめるには大いに危険が伴いそうなのでやめることにした。
そんなこんなで、未だに状況は把握しきれてはいないが、なんとかなるだろう。
使い魔といっても、来たばかりであり、何も分らないということは、それはつまり受け入れるほうに問題があるのだ。
そうこうしているうちに、階下で物音がしだした。いや、もっと早くから彼女達はおきていたのかもしれない。
昨夜準備してもらった木綿の服に袖を通し、洗面台で顔を洗うと、まだ肌寒い居間に下りていった。
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そこでは、働きやすいように髪を束ねたサラが忙しそうに歩き回っていた。カイに気付くと、挨拶するより早く箒を渡してきた。
「外を掃いてきなさい。終わったら、バルコニーに花を出しておいて」
カイは何か言おうとしたが、サラはさっさと行ってしまった。仕方なしに外に出ようとすると、エプロンをしたレオーネがキッチンから顔を出した。
「おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?あのような場所しか準備できなくて、申し訳ありませんでした」
カイがまじまじと見つめると頬を染めた。
サラとは違い、カイに物置をあてがったことを気にしているようであった。いつまでも見つめていると、居心地が悪そうに目を伏せた。
「いえ、あれで十分です。朝が早いですね、朝食の準備ですか?ありがたいことです」
レオーネは微笑むと、たいしたものは作れませんが、と言いキッチンに戻って行った。後ろ姿を眺めていると、遠巻きに見ていたサラが仕事しろと指差してきたので、手を振り玄関に向かった。
外は快晴だった。空は高く、吐き出す吐息が白くなり、何処までも昇っていくような気がした。
カイは箒を手に取り、かつて住んでいた屋敷で配下がやっていたように、せっせと石畳を綺麗にしだした。
レオーネの屋敷は小ぢんまりとした二階建ての一軒家で、通りから奥まった場所にある。周りに住宅はなく、かわりに針葉樹に囲まれ、住宅密集地から独立している。内観、外観ともにゴシック風で、部屋数は居間とキッチンを入れて六部屋しかない。しかし、家内はよく調和しており、趣味がいい調度品も安くはないようだった。外には、小さな庭が付いており、何種類かの花が植えられていて、季節ごとに色を変えるようであった。
カイは庭の椅子に腰掛けて家全体を眺めた。年代を感じさせるものであったが、清潔に保たれている。二人で維持するのが大変であろうことは容易に想像できた。けれども、規則正しく植えられた花々は良く考えられた配色で、木々もよく剪定されて見事だった。家にたいしての愛情が感じられるようであった。
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「庭ですが、良く手入れされているようですね。大変だったでしょう」
パンを口に運びながらカイが言うと、レオーネはにこやかに微笑んでサラを見た。
「そうでしょう?とても素敵ですよね。大事に育てているんですよね、サラ」
「なに?」
サラのほうを向くと、すました顔でスープを口に運んでいる。
ほら、この花、とレオーネは食卓の上に活けられた一本の白い花をなでた。
その花は白く輝き、周囲に白い雪のようなものが舞って、その雪が日差しを受ける。まるで、花自体が光りを放つようであった。
マジックフラワー。
魔術は特定のものに影響を与える。生きているもののほうがその度合いは大きく、マジックフラワーとは種子の頃から丹念に魔力を与え続けることにより、花でありながら魔力の結晶として生育された植物のことである。その術者の魔力と園芸の技術、両方必要であることから、名匠の手になるものは高額で取引されていた。
サラの育てた花は百合をベースにしたもので、頭を垂れた花の周りを花弁よりも白い結晶が粉雪のように舞っている。雪はお互いにぶつかり合うことなく、緩やかにふり、しとしとと消えては生じる。下手なものが育てたならば、そもそも百合の姿をとることがない。まして魔力の結晶を雪にみたてて舞わせることなどよほどの力量がなければ出来ることではなかった。
「美しい。これだけのものを創りあげるとは、素晴らしいぞサラ」
カイは感慨深げに目をこらして言った。サラはぎょっとして、スプーンを落としそうになった。
「あなた、何を言っているの?」
カイは不思議そうな顔をした。レオーネはニコニコと微笑んでいる。
「何って?ほめているんだ。素晴らしいものは素晴らしい。それを作った者は賞賛されるべきだ」
「あなた、そういう奴だっけ?」
サラはカイを不審者でも見るかのように怪訝そうに眺めたが、当のカイは百合を真剣に見つめ続けていた。
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カイは家の仕事よりも、レオーネの登校のお供をすることになった。
普段はサラが付いて行くのだが、働き手が増えたので、普段使っていなかった部屋の片付けをする余裕が出来たらしい。そしてなにより、サラはカイが来たことによる諸々の手続き、書類仕事をしなければいけないとのことだった。
カイはサラから絹とウールで出来た白い服を差し出された。詰襟で白地、縁が赤く塗られており、前は銀のボタンが六つ並んでいる。胸元に公王家の紋章が金糸で飾られ、襟に階級章がついた近衛士官の軍服だった。言われるがまま袖を通したカイは首をかしげた。
「サイズは大丈夫なようね」
「よくお似合いですよ」
二人は頷きあって喜んでいるが、カイはあまり面白くなかった。軍服を身に着けるということは、権力の下に組こまれることを意味しているからだった。
「お気遣いありがたいのですが、俺は国に仕えた覚えはないのですが」
「もちろんそうよ。あなたは姫様の個人使い魔。王家の命令も姫様が承知しなければ受けることはないわ。ましてや軍なんて」
サラは心外だといわんばかりに言い立てた。
「サラの言うとおりです。私はカイさんに王家の務めや、軍務を課そうなんて思っていません」
レオーネも、はっきりと同調した。
では何故、とたずねるカイにレオーネが答えた。
「王族は必要に応じて個人を近衛として雇うことが出来るんです。もちろん私以外の命を聞く必要もありません。お給料は国から出ますし・・・。お嫌ですか?」
カイを伺うような目でレオーネは言った。サラが腰に手を当て、きついまなざしで見つめてきた。
レオーネ以外の命を受けることは無いというが、それが何処まで保障されるか疑わしかった。国に何かあれば否が応にも軍務を命じられるだろうし、個人的な兵などという便利な制度には必ず穴があるのが常である。困ったことに、実力があるのだから、なし崩し的に便利家扱いされるのがおちだろう。しかし。
悩んでいると、鏡に映った自分の胸の紋章が王家のものとは少しばかり異なっているのに気付いた。豊饒を表すエニシダが垂れ、それを麦の輪が包み込むようにしてレオーネの家の紋章は出来ていた。しかし、カイの胸にあるのは、その下にライオンの横顔があしらってあった。
「レオーネ様、これは?」
「あっ、気付きました?これが私の象徴です。王家の紋章に、私の名であるライオンが入っているんです」
「私のにも入っているわよ」
サラは誇らしげで、だからあなたもそうしなさい、といっている様子だった。
「他にも誰かいるのですか?」
レオーネの顔が寂しそうにかげり、サラは目を伏せた。
「前にもう一人いたのですが、役目を降りてしまいました」
「では、これは彼の服ですか?」
「そんなわけないでしょう。準備してあったのよ。それに前任者は女よ」
まなじりを吊り上げたサラは、あくまで冷静を装っていた。レオーネは苦笑している。
準備してあった?
「ふむ、いいでしょう。レオーネ様の騎士である証だというのなら、頂戴します」
真の意味で近衛と呼べる者、無条件に信頼できる誰かを探していたのだとしたら。
「これを着るのは、俺しかいないでしょう」
「ありがとうございます!」
レオーネは飛び跳ねてカイの手を取った。屈託のない笑顔で笑うその姿は、やはり16歳の少女だった。
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いざ玄関の外に出ようとしたカイに、サラは逡巡しながら声を掛けた。
「本来であれば、ちゃんと手続きを踏まないといけないのだけれど」
カイに小ぶりのサーベルを手渡した。刀身は短く軽い。けれどもつくりはしっかりしていて、レオーネの家の家紋も入っている。
「いいのか?」
「使えるんでしょう?でも、抜いたら、だめよ」
真剣なまなざしで言った。もちろんと、返答したがサラは不安げだった。
レオーネは微笑んでいる。家紋入りのサーベルを、カイが身に着けてくれることがうれしいのだと言った。
さすがに昨日の今日で何か問題が生じることはないだろうが、いかんせん人が多いから、二人にちょっかいをかける者がいないとも限らなかった。
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登校の際、馬車がとまる駅までは徒歩でいくのだとレオーネが言った。
カイはあたりをものめずらしげに見渡しながら、レオーネの脇に着いていった。
そんな時、通りかかった屋敷から、レオーネと同年代の貴族が数人の使用人に見送られて出てくるのに出くわした。レオーネは挨拶をしようと顔を向けたが、しかし、貴族はこちらに気付いても視線を合わせようとしなかった。無駄だと解ると、レオーネは寂しそうに目を伏せた。カイの視線に気付くとぎこちなく、すみません、とだけ言った。
「自分で言うのもなんですが」
カイは貴族の背中を見送りながらレオーネに語りかけた。
「俺はそれなりに使えるんですよ」
レオーネは目をしばたいた。
「そんな俺を呼んだのですから、レオーネ様が軽く見られるいわれはないと思います。しばらくすれば、あちらから挨拶してくるでしょう」
レオーネは、きょとんとした後、ありがとうございますと微笑んだ。
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レオーネの家から歩いて約五分のところに、乗り合い馬車の駅があった。
馬車は既に停車しており、中にも数人の乗客がいた。カイとレオーネが乗り込むと、皆ぎょっとし、挨拶もおざなりに二人から距離をとった。どうやらカイが召還されたことは知れ渡っているらしい。前を歩いていたはずの貴族の少女は、自前の馬車に乗っていってしまったのか、姿が見えなかった。
御者が定刻になったので出発しようと馬車の中に入ってきた。カイを見つけると、貴族ではないものが貴族席に座っていることに文句をつけようと口を開いた。しかし、カイが身につけている近衛の軍服を見ると、すごすごと御者席に座った。
遅れてやってきた数人の平民が席に座ると馬車は出発した。彼、彼女らはレオーネを見つけると、にっこりと微笑み、レオーネもそれに答えた。そしてカイを興味ぶかそうに見つめた。その視線は嫌なものではなく、親愛の情から来るものだった。レオーネは貴族からは蔑視の対象となっていたが、付近の平民からは好かれているようだった。
馬車が何度かとまり、そのたびに人が入れ替わったが、カイとレオーネに向けられる視線は変わらなかった。
視界が開け、召還の場から見えていたレンガ造りの塔が間近に見え始めると、道が土から石畳に変わり、馬車はとまった。
馬車の屋根から、スーツに身を包んだ子供ほどの背丈のオークが飛び降り、脇にかばんを抱えて、足早に近くの建物に向かっていった。途中、知り合いの人間と挨拶を交わし、肩を叩き合っていた。それを見ていたレオーネは、ここは良い所なんです、と微笑んだ。
けれど、そう言ったレオーネに話しかけてくる者はいなかった。




