生まれいずる刃 1 -5年前-
「戦場を見てこい」
修練場で、打ち倒した団員の首に木刀を突きつけた僕に、通りかかった父が、馬を止めてただ一言そう言った。
この世界には三つの大陸があった。
それぞれを結ぶと正三角形の頂点になり、カイが召還された場所で、レオーネ達が暮らしていたのは北の大陸である。その大陸では三つの大国がそれぞれ西部、北部、東部を治めていた。大陸の形は上に弧を描く三日月状であり、北部に位置するかつての覇者、シュテルクス帝国が版図の多くを失ったとはいえ、いまだに大きな影響力を持っていた。
東部に位置する大国であり、レオーネの実家であるグラナトゥム公国の宗主国ケルサス王国は、長い歴史の中で帝国の侵攻に幾度となく脅かされてきた。それをことごとく退けてきたのが、公国と同じケルサス王国の衛星国家で、数千年に渡る歴史を持つ軍事国家カリブルヌス騎士団国であった。
特にこの数百年の間、帝国は再び覇権を握るために魔術資源開発に目をつけ、その研究に必要不可欠であったケルサス王国の豊富な資源を得るために、王国侵攻を国是とした。そして、そのために国境を接する騎士団国を打倒すべく、幾度となく大規模な兵を起こした。しかし、騎士団国は多くの強力な騎士を抱えるうえ、国境である山地が天然の要害となり、都市部進攻どころか、国境付近でただいたずらに大きな損害を出すのみであった。
戦の長期化を図ってみたところで、資源に恵まれた王国と豊かな穀倉地帯を抱えるグラナトゥム公国から絶えず資金と補充兵、そして兵糧が送り込まれたため、撤退に追い込まれるのは帝国の方であった。さらに、騎士団国は他国の要請を受けて、紛争解決と人道支援の派兵を行っていたから、その宗主国であるケルサス王国を好意的に見る国々は多く、反帝国の機運は自ずから高まった。国際情勢が不利に働くと判断した帝国は、東部進行をひとまずあきらめ、王国と休戦協定を結ぶに至った。
その後、帝国は国内安定化のために、その王国に資源と穀物を依存するようになっていった。
大陸西部と帝国は未だいがみ合ってはいたが、大陸にはひとまずの平穏が訪れていた。
そんな世相の中、ケルサス王国の剣であり盾、騎士団国事実上の王であるデュルイ伯爵家の四男としてオーギュント・エンリケセール・デュルイは誕生した。
年の離れた兄達は、長男が父の騎士団の要職に、三男は王国軍の参謀に着いていた。長男と三男の間にいた兄は、初陣で敵兵に囲まれて命を落とした。男は皆軍関係者という生粋の軍人の家系だったのだ。国王をして戦場こそ彼が家、国は戦のための補給基地に過ぎないと言わしめる豪胆さは、古くから大陸じゅうに響き渡っていた。
兄たちの他にも姉が二人いたが、彼女達は男達に囲まれて育ったせいか、幼い顔立ちに似合わず二人とも癖が強かった。
「女みたいな顔をして、強くならないとお嫁さんが来ないわよ!」
「剣を学ぶのは早いほうがいいの。さあ、かかって来なさい」
そう言って、面倒見の良い彼女たちは、毎日頼まれてもいないのに物心付いたばかりのオーギュントを稽古場に引きずって行った。さすが王国最強騎士団団長の娘だけあって、二人とも平均的な騎士の水準を大きく超えていて、剣筋は正統、魔術には無駄がなかった。それゆえに二人は良い教師となった。
姉たちが手を焼き始めると、オーギュントは異例の若さで正式に騎士団で稽古を受けるようになった。一見華奢に見えるお坊ちゃんが非凡な才能に溢れていることを団員達はすぐに見抜き、ある者は大いに喜び、ある者はひそかな恐怖を覚えた。
オーギュントが数ある騎士団の中でも目立った存在になるのにそう時間は掛からなかった。最強の騎士団であり、オーギュントの父が団長を務めるカリブルヌス騎士団の団員たちには未だ及ばないものの、十代も中盤に入る頃には、もはや並みの騎士では相手にはならなくなっていた。
オーギュントは優秀な騎士として成長し、賞賛の声に包まれていながら慢心せず、自分なりの強さの形が見え初めていた。
初陣が告げられたのは、そんな14歳のときだった。オーギュントは自分の腕を発揮する機会が与えられたことを心から喜び、父、そして王国に感謝し、戦果を誓ったのだった。
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派遣されたのは騎士団国の西方、帝国の南方に位置する小国で、名をオブス王国と言った。人民と少数のオークとが共同で牧畜を営み、毛皮とわずかな麦が取れるほか何もない国だった。
争いが生じたきっかけは、帝国が治安強化の名目で、オブス王国に隣接する地域から武具の素材となりうる魔術資源を吸い上げたことにあった。その結果、生活の糧を失うことを恐れた帝国民達は暴徒となり、あるいは隣国であるオブス国に難民としてなだれこんだ。暴徒たちは精強を誇る帝国騎士団にまたたくまに鎮圧され、難民はさらにその数を増した。
ようは資源が不足がちな帝国による、練兵をかねた口減らしだった。
帝国に対抗できるほどの兵力を持たないオブス王国では、戦になれておらず、帝国から追われた人々が略奪者となっても対応が後手に回らざるを得なかった。
同盟を盾に帝国に訴えてみても、派兵を口実とした侵攻を許す羽目になるのが落ちである。さらに、昨年を襲った蝗害の復興に、主戦力であるオーク兵を割いていたことも災いし、なんら有効な手を打つことは出来なかったのだった。
見かねたケルサス王国が助け舟を出した形ではあるが、一連の事件は数世紀にもわたって繰り返されてきた予定調和といえる出来事だった。
「ですから、気負わずに行きましょうや、若」
オーギュントの脇で轡を並べていたのは、平民上がりの老兵ザイールだった。
「許せないよ。国民を捨てるなんて・・・」
「この世とはそういうものですな。弱くっちゃあはじき出される。楽園なんてどこにもない。かといって、下手に強くても我々のように他人のために損な役回りを演じる羽目になる。まあ、世渡り上手が一番ですな」
ザイールは老兵らしく、わざとらしい憂いを含んだ表情を見せた。
「僕らは損をしているのかな」
「それをこれから確かめに行くんで」




