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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
129/131

むき出しの世界

 九尾の狐の一撃が、ポンメルシーの利き腕を切断した。

 修道女ファンティーヌの祈りがたちまち再生させ、コゼットは光の矢を放つ。

 狐は舞い踊りながら矢をつかんで、矢の勢いそのまま回転し、空中のコゼットに向かって投擲する。

 防御結界が広がるが、容易く貫き、少女の半身を切り裂いて呪いの魔力が浸食した。


「どうか、私の寝台から立ち去って下さい。

 あなたは、私の父なのですから」


 けれど、コゼットの無垢を主張する修道女の箴言(しんげん)が癒し、浄化する。


「彼らは、私と同じように坂を下り、洗礼(バプテスマ)を受け入れ、神の道を歩むと約束したのです」


 続けて言霊を唱える修道女に月光が降り注ぎ、祈りが、三騎士を包み込む。

 魔晶から魔力が流れ込んで結界を形成し、神に抗う衣をまとった。


「精霊装甲、それは誰の術だと思っているの?

 神衣を編む縁神ホアンのものでしょう?その眷族である私に向かって!!」


 高笑い、狐、エンジェル・ボイスは神術を繰り出す。

 世界と存在を破断する唄声が響く。


『ミシャグジは岩屋にいる、沢にいる、祠にいる。木の葉の上にて我らを見守り、そこかしこに住んでいた。

 ああ、精霊よ、世をまとめ為す普遍の存在よ。

 反転されたし。

 偏り散り散り、縁をほどいて、いざ、虚無へと返したもう』


 この現世、あまねく全てに広がるなにか、普段意識することのない感覚、私はこの世界に存在しているのだという確信を繋ぐ糸が、ほぐれた。


 悲鳴をあげることすら出来ずに、三騎士は塵となった。

 肉体だけではなく魂すら解きほぐされて、冥界に向かって墜ちていく。


 エンジェル・ボイスがルーメンに向かって笑みを浮かべたとき、ルーメンは東の地を指さした。


「・・・ルーメン、あなた!!」


 東の地から、金色の魔力が立ち昇る。

 乙女の恋情の魔力、織りなす思いは朝露に濡れる朝顔のように晴れやかに、水底にある砂金のように淑やかに。

 ブリギッタが、ダイダラ法師を召喚したのだ。

 けれど、その輝きは悪意の手に包まれている。背後で、洗脳の勾玉の使い手が彼女を狙っていた。


「なんて悪辣な、ホアン様のご息女を弄び、利用しようというのか!!」


 エンジェル・ボイスの九つの尾のうちの五本がちぎれ、形を消して神気の波動となった。

 大地の龍脈をたどり、ブリギッタに神気を注ぎこむ。


「穢されてなるものか」


 神気をブリギッタに分け与えたことにより、エンジェル・ボイスの神術がほどける。

 ルーメンが口角を上げ、魔晶に働きかけて、さらなる魔力が修道女だった塵に注がれる。

 しめやかな声が響きわたった。


「祝福あれ。

 主の御名において来られる王に。

 天には平和。

 栄光は、いと高きところに」


 マーテルこそが絶対で、気高き御身が定めし王こそが恩寵を授かる。

 ならば、その意思を宿すわたくしどもが、命を果たしていないというのに冥界に墜ちてよいはずがないではないか。


 逆巻くように再生する三騎士。

 エンジェル・ボイスの目からは嘲笑が消え、憎悪が燃えた。


「ケルサス王、どこまで穢れる!?」


 消耗した狐は、戦場に張り巡らせた神術を維持するだけでせいいっぱいで、地面に突っ伏した。


「魔晶の力はこちらにある。

 狐よ、神気をブリギッタに与えた貴様では、もう、どうすることも出来ん」


「なめるな!!」


 残った四尾が広がる。

 噛みしめた唇から血が滴り落ちて、手足は痙攣する。

 美声はしわがれ、それでも彼女は唄う。

 四尾がそれぞれ魔力を帯びて、魔術を紡いだ。


「あなたのように傲慢で、尊大な憐れみを振りかざす奴には、負けられない」


 空にたたずんでいた獣使いの咆哮が大地を震わし、三騎士は武器を構える。

 

「死んでも、消えてしまっても構わない。ただ、ルーメン、お前を殺せれば、それでいい!!」


 ポンメルシーが距離を詰める。エンジェル・ボイスは繰り出された大剣を受け流し、その腹を爪で切り裂く。瞬く間に修復されるが、蹴飛ばし、魔術で追撃した。

 しかし、空中から放たれた矢が彼女を捉え、尾が大地に縫い付けられた。目の前には、修道女の大鎌が迫り来る。

 強化した爪でなんとか受けとめ、足が大地にめり込んだ。

 至近距離でにらみ合う修道女と狐、その頭上から光の矢が降りそそいだ。

 修道女もろとも貫いて、狐の唄は絶叫と共に乱される。


「お願い!!」


 恋人の願いを受けて、獣使いは鞭を振るう。

 嵐が来る。

 転移されたグリフォンが雷を放ち、光の矢をかき消していた。


 血まみれで息を荒げるエンジェル・ボイス。守るようにグリフォンがコゼットとにらみ合い、セイレーンと土龍が立ちはだかった。


「魔獣を呼び寄せたか。

 しかし、良いのかな?魔獣がここに来れば、カルブルヌス軍も前線になだれ込む。亜人たちは全滅するぞ。

 貴様の神術は個々の兵に掛けられたもので、カルブルヌスは術の範囲外だろう?」


「望むところよ。戦場が狭まれば、わたしの広域魔術の範囲に、より多くの兵が入ることになる。

 神術を使わないで魔術で焼き尽くしてやる」


「我が精鋭たちが、その隙を与えるとでも?」


 ルーメンを睨みつける。


「あなた、何を考えているの?」


 おかしい、と思った。

 縁神(ホアン)が現世に干渉し、わたしは神の力を授かった。それは魔晶の力のおかげで、しかし、実は魔晶はルーメンの支配下にあった。

 どうしてルーメンは、みすみすわたしに神術をつむがせたのか。

 わたしを前線に留めるためだろうか?ブリギッタを人質にとれば、わたしを殺せると思ったのだろうか?

 違う。


 エンジェル・ボイスは、立ちはだかる三人の騎士を見た。


 代々受け継ぐ記憶から敵の攻撃手段を読んで防御を固める騎士。

 絶え間なく再生し、同時に味方を癒す修道女。

 敵を空中からけん制して、かき乱す魔弾の射手。

 どうして、彼らだったのか。なぜ、彼らだけだったのか。

 

 わたしを殺すには、火力が足りない。

 神術を解いて防御を固めれば、私が死ぬことはなく、カルブルヌスを含めて皆殺しにすることすら可能だ。

 でも、亜人たちを見捨てることなんて・・・。

 

「そう、そういうことね」


 エンジェル・ボイスは魔力を抑えて、構えを解いた。

 三騎士がルーメンに目配せすると、彼は全軍への通信を切り、音を立てて玉座に座り込んだ。


「・・・どうして、お前が来たのだ?

 お前でさえなければ、良かったのに」


 エンジェル・ボイスは、殺気を放つ土龍とセイレーンに口づけた。魔獣使いに命じて、もといた場所に転移させる。


「貴方がしていたことは、すべて時間稼ぎね」


「そうだ。死なないようにし、それでいて隙を作らせない者らを選んだ。

 この時のために準備してきたのだ。竜人が生まれるのはもう少し後だと思っていたから後手に回ってしまったが、それでも上手くやれていた」


 苦笑して、目頭を押さえる。


「竜人を迎えに来るのは『商会』のはずだったんだ。奴らが収集した神器でもって怒りを鎮め、眠りにつかす。

 その時間を稼ぐために特攻してくるだろうヤーヘン兵への対処ため、ケルサス諸将は魔晶を発動させるに違いない。そうなれば、神々は魔晶に魅かれ降臨する」


 だが、貴様が来たことですべての計画は狂ってしまったのだ、と言う。


「貴様が来ると知り、我らは焦った。

 計画を中断しようにも、ヤーヘンは引かず、滅亡を恐れずに最後まで戦い抜く気だ。

 ここは耐えて、次回に期待するか?

 無理だ」

 

 このような殲滅戦争の後では、統治は困難なものになる。国が疲弊するのは必定だ。

 いや、そもそも内乱を経たケルサスに余力は無いのだから、勝ったところでヤーヘン領は放棄せざるを得ないだろう。

 しかし、そうなれば帝国が介入してくる。『商会』も黙ってはいない。

 国境のすぐそばで、帝国、商会とにらみ合えば、いかにケルサスといえど持たない。

 泥沼だ。

 だから、この機に賭けるしかなかったんだ。

 

「貴様は、ヤーヘンの所業を許さない。薬と魔術で亜人を狂わせて兵器にするなんて」


 グリフォンの首を撫で、エンジェル・ボイスは頷く。

 微笑んで、空に放つ。


「これが貴方の計画なの?この様で?」


 戦場は、未だ混乱の中にあった。

 魔力を剥奪された兵たちは、剣や槍を掲げ、奇声を発しながら得物を敵に叩きつけている。

 原始的で、文明など何処にも無い。

 互いに互いの血肉をむさぼるようにして、殺意で恐怖をかき消そうと足掻いている。

 殺すために戦うのか、守るために戦うのか。それとも、殺意から逃げるために戦うのか。


「それでよく王を名乗っていられるわね」


 ルーメンは戦場から目を背け、東の地を見た。


「ああ、ますます自分が嫌いになったよ。

 しかし」


 玉座から立ち上がる。


「私の勝ちだ」


 エンジェル・ボイスの視線を受けて、その顔が苦渋にゆがむ。


「貴女の気高さ、弱者への思いやり、それが報われる世界であったならば、どれほどよかったことか」


 東の地で、蒼い光の泉が沸き上がる。

 宵闇を照らして、高く高く。

 果てしのないほど、美しく。


「魔晶による神々の召喚は果たされなかった。貴女がいたことで、ホアンだけが力を持ってしまったからだ。

 ホアンは私たちの世界には興味を示さない。干渉はしても、この世の理を歪めることはない。

 だからホアンの目を引くためにブリギッタを追い込んだ。

 そして、レオーネを目覚めさせるために」


 縁の神の愛娘は慟哭し、魂を導く使者が目覚める。


 マーテルが規定した現世と冥界の関係。死ねば冥界に至って裁きを受け、次の肉体を得て再び現世に舞い戻る。

 その絶対の理を超越する姫、レオーネ。

 彼女に導かれた魂は、この鳥かごの現世から抜け出して、本当の理、最高善の支配下に戻る。


「解脱を求めていたの?この世界からヒトを開放するために」


「たとえレオーネに導かれたとしても、魂が次なる世界に行けるとは限らない。

 聖女ナスターシャに殺された魂が未だ迷っているのが証拠だ。・・・(マーテル)が許さないからだ。

 私は、邪教徒に墜ちることでそれを知った。

 解脱なんて、この現世の苦しみから逃れることなんて、ヒトには過ぎた願いなんだ」


 憎悪を吐き出すルーメンを、エンジェル・ボイスは悲しみと怒りを込めて見つめる。


「我らは、より多くの神の力が必要だった、それだけだ。そのために、友の娘のレオーネすらも利用した。

 神の力が不足したさいの手駒が、レオーネとブリギッタしかいなかったからだ。もしもの時のために、置いていただけなんだよ」


 貴女のせいだ。貴女の思いやりが、私を、ヒトを追い込んだんだ。


「レオーネは覚醒し、彼女を求める神と縁神ホアンは我らの世界に干渉する。

 綱渡りだったが、上手くいったよ」


 自虐的に微笑んで言ったルーメンは、それまでの自身に満ちた顔からは、嘘のように疲れ果てて見えた。

 そんな王を、エンジェル・ボイスは、かつて兵隊を慰め続けてきた彼女は許すことが出来なかった。


「だったら、喜びなさい。

 ええ、貴方の望み通りになったわ。

 でもどうかしら?

 貴方の足掻きこそが、神の狙いだとは思わなかったの?」


 思わないはずがない。貴方は、ずっと神を求めてきたのだから。

 だから、許せない。

 貴方は、神を見る前に兵を民を見つめるべきだった。


「貴方は、『魂引き』を求めているのがどの神か知らないでしょう?

 何を巻き込んだのかを!!」


 エンジェル・ボイスはルーメンを追い詰める。

 けれど、彼の絶望には届かない。

 父を殺して王位を簒奪したルーメンは、とうにヒトの限界を定めていたのだから。

 神がヒトを駒としてしかみないということを、神の道理の残酷さと正しさを、だれよりも理解していたのだ。


「ああ、知らない。

 だが、神の意思なんて、考えるだけ無駄だということは分っている。

 幼子が無残に殺されても、恋人の帰りを待つ乙女が無法者に犯されても、神は見向きもしないのだからな!!

 だが私は、どうしようもなく神を信じているんだ。裏切りたくても、裏切れない。どれだけ憎んでも、ののしっても、信じる思いは消えてくれない!!

 だってそうだろう?

 善く生きようとしても、正しく理解しようとしても、私たちには、あらゆるものが足りないんだから!!

 神に縋るしかないんだ!!

 マーテルをたしなめて、ヒトを救ってくれるよう、他の神にお願いするしかないんだ!!

 この現世のありのままを見せつけることでな!!」


 紅い月が、割れる。

 異なった世界、異なった理が現世に流れ込む。

 ホアンでなければ、マーテルでもない。

 『魂引き』に引かれた、もう一柱の神が彼方の世界から這いずりだす。

 

 真っ赤な鳥居があった。

 他には何もなかった。

 ただ、凄まじい意志が鎮座する。


 -斬る-


 (うごめ)くなにか。

 ヘドロのように見えるのは、現世の者がそうとしか認識できないからだ。

 それが、静かに、冷徹に問いかける。


 -なんだ、貴様らは。

 斬ってよいのか?駄目なのか?

 ああ、分らん。

 ならば、斬り裂いてから考えよう-


「なるほど。

 これか、これだったのか。

 カイ、か。

 その名は、トバル・カイン、カイネウス。

 戒めを切り裂く神。最高善のために、己を刃へと変えた最強の理。刃を鍛造し続ける無間地獄。

 対話なんて出来はしない、純粋な意思を宿した神。

 なるほど、我らの手に負えるものではなかった。

 だが、エンジェル・ボイスよ。神気は飽和する。これで、私の計画は叶った。

 たとえ私がこれに斬られ、地獄に墜ちようとも、神々はヒトを、もう一度見つめてくれる!!」


 ****


 現世は鳥籠。

 神々の実験場。

 眷族を生み出すために遺伝は操作され、ヒトの意思すら容易く捻じ曲げられる。

 愛する者と子を成すことも、父母の幸福を願うことも、この世界では神々の計画の内にある。


 ならば、当たり前だと思い、信じていること。それは、真理なのか?


 例えば、1+1は、本当に2なのだろうか。

 鏡に映る自分は、本当に自分の写像なのだろうか。

 そう思い込んでいるだけで、神によって論理が捻じ曲げられた結果なのではないのか。

 私たちは、そんな不確かな存在であるというのか。


 整合性は保たれていて、論理的必然性も満たされている。

 ならば、当然、神に依らずに真であるべきだ。

 けれど、それを反証するための基準を、私は神以外の何かに求めることが出来ない。

 どんなに理論を練り上げても、実験を繰り返しても神に行きあたる。神の意志を見つけてしまう。

 私の思考や世界は誘導されていないという証拠を見つけることが出来ない。

 科学は、普遍的な法則というものは、神の見せるまやかしに過ぎないのか。

 そも、神の意志が法則となるのならば、それに依存する私たちは、神の手から逃れることなど、出来るはずがないのではないか。

 ならば、畢竟(ひっきょう)、私が私であるということは、神の見せる夢だということを否定できない。


 けれど、神が私たちのためだと言うのならば、受け入れよう。

 神は、いつか私たちを救ってくれるのだから。


 そう願って、邪教徒の前身である”神の知”は誕生した。 

 たとえ、科学というものが普遍的な法則性を有していないとしても、神の力を理解することで救いへの助けとなるのならばと、真を求めて世界を見つめようとしたのだった。

 

 しかし、神への理解が深まるにつれて、彼らば絶望してゆく。

 神の救いというものが、彼らの望んだものとは違った過程と範囲をもっていることを、あらゆる証拠が指し示していたからだった。

 積み重ねられた実証研究の成果が、彼らを拒絶したのだった。


 神は、己の眷族になりうる者しか、見てはいない。

 他は、すべて塵で、神の愛は限定されている。


 彼らは、彼らの導きだした真理を握り締めて、発狂した。 


 嫌だ、そんな在り方、認められない。

 こんなに苦しいのに、こんなに頑張って生きているのに。こんなに、御身を頼り、祈っているのに。

 それがすべて、無意味だなんて。


 神を疑ってはならない。神を試してならない。

 神には、決して、敵わないのだから。

 それが、神。


 ならば、そうだ。

 この世界を規定した(マーテル)ではなく、別の神の力に頼ってみてはどうだろうか。

 彼らは、彼ら独自の世界を持っている。そこでは、独自の法則があるはずだ。そこから法則の法則を窺い知ることが出来るかもしれない。

 そうして、神の力の限界を明らかにしたならば、私たちは私たちを救おう。(マーテル)に依らない、この世の楽園を創り上げるのだ。

 

 でも、駄目だった。

 たどり着いた神々は、すべてマーテルとの契約によって縛られた神であって、現世の存在する目的を、神の眷族を生み出すという点でマーテルと共有していた。

 ゆえに彼らは何も語らない。ヒトを助けない。


 結局、ヒトは、鳥籠(摂理)からは逃れることが出来ない。

 それはまさに、恩寵という名の呪いだった。


 ****


「私たちの真理が、法則が神によって定められたもので、それが神にとって都合の良い僕を生み出すためのものでしかないのならば。

 もはや、知ることは求めない。

 その法則(ルール)をひっくり返してやる!!

 私たちを縛る法則に、私たちの思惑をねじ込んでやる!!」


 満ち満ちた神の力によって、魔晶が暴走する。

 魔力が瀑布となって、降り注ぐ。


「マーテルの法を記した聖典において、複数の神々の降臨は記されていない。

 しかし歴史書では、わずかながらも記述があった。

 アルファスとアーティファが反逆の旗を掲げたとき、神々は戦い、異界の神の調停を経て二人を神として迎え入れた、と。

 これが示すのは、神々にも付け入る隙があるということだ」


 許容できないほどの神気の密度に魔晶が崩壊する。


「さあ、爆裂する魔力で、我らは死ぬ。

 貴重な奴隷が、無残に砕け散るのだ。

 耐えられるか、マーテルよ。他の神々との契約は完了していないのではないか?

 ここにはブリギッタが、レオーネがいる。

 邪教徒に墜ちることなく、神の力を宿した娘たちだ。

 どれほど大事な商品なんだろうな!?

 法則を捻じ曲げて彼女らを救うか?やってみるが良い!!」

 

 月輪が砕け散る。

 けれど、光暈はそこにあって、真っ赤な瞳が現世を視る。


「竜人は、自由は誕生した。授けたのは、古竜の王、カグツチだ。

 かの神はヒトなぞ眷族にはしない。貴様の法になんて縛られない。だからこそカグツチは気高く自由で、王なのだ。

 分っているのか?マーテルよ。

 貴様ら神々の定めた法則に、切っ先は差し入れられたのだ!!」


 空が震えて、大地は黙した。


 鎌首をもたげるのは、火の公方。

 白き虎は蓮華の上で牙を研ぎ、毬を蹴り蹴り踊るは鬼姫。

 縁をつむぐ狐の尾が次元をこじ開け、蠢く刃が切り裂いて、世界は剥き出しになる。


 聖檀のように停止した世界に、神が、墜ちて来た。


 *****


 遥かなる頂。

 無限の世界を見通す奥座敷。

 (すだれ)の向こうで、十二単を纏った黒髪黒目の女が髪をすく。


「ありがとう。

 こんなにも苦しんでくれて」


 視線の先には、戦場を映す大きな鏡がある。

 傍らには、小麦色の髪をシニヨンにまとめたメイドがを侍る。


「まあまあ、ですね。

 いろいろ不備はありましたが、許容範囲内なのです。

 無事、自由も誕生し、公方(カグツチ)も満足するのですよ」


 麦色の髪をしたメイドは、黒髪の女、桔梗に振り返って満足げにうなずいた。


「一時はどうなることかと思いましたが、何とかなりましたねえ」


「所詮は息子(アンチ・クライスト)が目覚めるまでの繋ぎにしかすぎなかったけれど、随分頑張ってくれました。

 はあ、公方さんだけではなく、白雲と雫、さらにはホアンまで出てきてしまって・・・。

 随分と肝を冷やしました。

 ここまでたどり着けたのは、マーテルさん、あんな塵を長持ちさせてくれた貴女のおかげです」


 桔梗は襟元に手を置いてしみじみと語り、(たお)やかな微笑を浮かべた。


狂王(クライスト)息子(アンチ・クライスト)に比べればカスでしかなかったのですが、血反吐を吐きながらも良くやってくれたのです」


「ええ、ほんとうに。わたくしたちの思惑通りに泣き、喚き、絶望してくれました。

 やり直しも最低限で済みましたし、冥界に墜ちる際には一筋の光でもくれて・・・」


 マーテルが指さして、言葉を遮った。


「甘やかしてはいけないのです!!

 どうせなら、もっともっと苦しんでもらうのです。

 オーギュント君にサラちゃん、ライラちゃんもいるのですよ。

 『私に信頼するものは、失望させらることがない』。

 まだまだ忙しいのです!!」


「そうねえ。でも、カイも随分うっぷんが溜まっているでしょうし、あの塵たちはカイにおもちゃとして、あげても良いんじゃないかしら。

 さっきから、ぬめぬめ、のたくって煩わしいのよ。

 魂が消滅するまで、少しは持つんじゃない?」


「駄目なのです。アンチ・クライストの抑えに使える駒は一つでも確保しておきたいのです。

 カイには、お姫様たちの心配をさせておけば良いのです」


「だから」


「ええ、だから、です」


「悲劇という入札額をさらに高めましょう。

 ヒトが死んで、肉体から魂が解放されて輪廻に戻る。錬磨された存在は階級(ヒエラルキー)を駆け上がって、さらなる高みへと至る」


「そのためには戦が、恨みと正義でもって命を燃やす地上の地獄が必要なのです。

 神の国、天上の王国を顕現するには、その前に罪の国がなければならないのですよ」


「ええ。塵が、せめて小石くらいには高まるように」


 流した裾をちょっと直す。

 紅を引いた口元をすぼめて、ゆっくりと言葉にした。


「頼みましたよ」


 -戦乙女(ヴァルキュリア)-


 そして、世界は、地獄になった。


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