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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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神語り 4 -九尾 2-

長くなったので分けます。続きは明後日。

 ケルサス王ルーメンが魔晶に秘めていた魔術によって、ケルサス兵は力を取り戻すかにみえた。それまで戦場を支配していたエンジェル・ボイス、九尾の狐の虐殺の神術は解かれるはずだったのだ。

 しかし、エンジェル・ボイスが奉じる神、ホアンの力は絶大だった。ケルサス兵たちは正気をこそ取り戻したものの、大規模魔術を紡ぐだけの魔力は依然封じられたままで、かといって隊列を組もうにも、神術の転移によって望まない一対一の近接戦闘を強いられていた。

 結局、ルーメンの水の魔力の恩恵を受けたところで、なにも変わらない。むしろ正気を取り戻したことで、血に狂うことすら出来ないのだ。

 彼らは、神術によって肥大化させられた罪悪感を抱えながら、それまで蔑んできた亜人やヤーヘンらと、血みどろの決闘を、正気を保ちながらしなければならないのだった。


*****


 雲ひとつない空には、真っ赤な月が浮かんでいた。

 狐が舞って、王が吼える。

 足掻く兵たちの蠢くさまは、まるで停滞しているかのように単調である。

 そんな無限に魅入られた戦場に、二筋の閃光が走った。

 ケルサス、ヤーヘン、そして亜人、三軍入り乱れた乱戦の真っ只中を中心に向かう。魔力の残光を曳きながら、軌跡には血しぶきが舞った。

 まるで隕石が堕ち来たようなクレーターを穿って、土煙の中に二人はいた。


「神に見捨てられた月を預かるオクトーベル騎士団団長にして、メラルクの修道女、“聖杯”のファンティーヌと申します。

 御高名はかねがね」


 身の丈をゆうに超える巨大な鎌を手にした修道服姿の女が目を伏せる。


 並び立ったのは、口ひげを豊に蓄えた筋骨隆々の男。


「同じく、セプテンベル騎士団団長、“老骨”のポンメルシー伯爵だ。

 今宵の満月、不足はあろうが、我らがお相手つかまつろう」


 言い終わった瞬間、エンジェル・ボイスの死角から光の矢が降り注ぐ。

 しかしエンジェル・ボイスが軽く手を振ると矢はことごとく弾かれた。


「うん。不意打ちなんて通用するわけない、か。

 失礼しました。僕はマイ騎士団副団長、“無垢”のコゼットです」


 小柄な少女が中空で朗らかに笑っていた。


「ルーメンの子飼いね。邪魔よ、死になさい」


 エンジェル・ボイスが微笑むと、魔力の音色が響いた。

 空にいるコゼットは風魔術で真空を作り出して音を遮断するが、ファンティーヌはポンメルシーの前に立ってかばう。術をまともに受けて、彼女だけではなく巨大な鎌すら塵になって消え去った。


「たあいのない」


「霊歌、殉教者の惑い」


「!!」


 消滅したはずの修道女の声が響いて、エンジェル・ボイスの魔力の統制が乱れた。


「ここか」


 ほころびた結界の隙間を突いて、ポンメルシーの大剣が結界をこじ開ける。

 エンジェル・ボイスはさらなる結界を紡ごうとするが、その前に間隙に向かってコゼットが弓を引いた。

 鏑矢(かぶらや)の金きり声が、歌声で形成された結界をかき消す。エンジェル・ボイスの肩口に突き刺さり、鏃にこめられたコゼットの純粋な魔力が呪いを中和する。


「っく!!」


 結界を失い、思わず膝を突くエンジェル・ボイス、その眼前に巨大な鎌が振り上げられた。


「こんな、ことで!!」


 エンジェル・ボイスの尾の一本が鋼となって刃を受け止め、修道女を弾き飛ばした。

 コゼットが矢で追撃しようとするが、エンジェル・ボイスはすでに結界を張りなおしていた。


「あっちゃー、駄目か」


 コゼットが天を仰ぎ、ファンティーヌが鎌を構えなおす。

 ポンメルシーは口ひげを捻り上げた。


 狐女は、肩で息をしながら三人を睨みつける。


「聖杯、と言ったわね。貴女、マーテルのおもちゃね?」


 聖杯のファンティーヌ、月の女神マーテルがケルサスに与えた聖杯と契約した彼女は、聖者に列することが約束されている。マーテルの計画に奉仕することが使命であり、与えられた役割を演じる限り、どんなに傷つけられようとも死ぬことはない。擬似的な眷属であり、人生を放棄した上で成り立つ契約であった。


「貴方は、・・・思い出した。セプテンベル騎士団の団長は、過去の団長の記憶と経験を受け継ぐ。

 でも、罪を犯した記憶も受け継ぐのだから、制限しなければ精神は持たないはず。それなのに貴方、どれだけの記憶を保持しているのかしら?よく、人格を保っていられるわね。

 ・・・上の子は、見た目どおりの年じゃない」


 ファンティーヌは表情を変えずに、一礼する。

 コゼットは舌を出していたずらっぽく笑った。


「はい。僕は純粋性を維持するために、魔術で心身の成長を止めています」


「壊している、でしょう?」


 コゼットは笑みを大きくした。

 けれど、その笑みは氷のように冷たい。


「それが、ケルサスのためならば」


 ポンメルシーが言うと、三人は魔力を放出する。

 水色の穢れが満ちた。


「あら、そう、とっくに堕ちていたのね。

 内乱のせい?それとも、狂王の頃からからしら?

 ああ、答えなくていいわ。どうせ、すぐに死ぬのだから」


 戦場に割り振られていたエンジェル・ボイスの神気の一部が、彼女に還る。

 九つの尾が扇状に広がって、能楽の音が響く。


「私の神は、降臨したの。

 たとえ魔晶がなくとも、貴方たちごとき敵じゃない」


 ポンメルシーが大剣を正眼に構える。


「それはことらとて同じこと。

 見上げてみろ。マーテルは、いつもそこに御座(おわ)します」


 視線の先で、紅く染まる月輪(がちりん)が、煌々と戦場を見下ろしていた。


 ***知聖ブリギッタの段***


 川岸に、衆人がひしめき合っていた。

 直垂(ひたたれ)姿の男どもがいて、子袴を身につけた女たちもいる。

 襤褸(ぼろ)を腰に巻きつけただけの乞食が眦を釣り上げ、急場しのぎで設えられた段上では貴族たちが扇子で口元を隠す。

 普段であれば決して混ざることのない雑多な者らが、押し合いへし合い集っている。

 声高に、あるいは沈黙でもって表す感情だけが同じだった。


 罪人は後ろ手に縛られ、むき出しの憎悪と侮蔑の前に首を晒していた。

 蝦夷(えみし)、すなわち野蛮人と見下された森の民の頭領は、物言わない静かな水面を見つめている。


 - 黙れ-


 嘲笑う声が、厭わしい。


 -何故だ-


 答えなど得られないだろう。

 判然としていて、尋ねたところで意味がない。


 -答えろ-


 けれど、尋ねずにはいられないのだ。


「何故、笑うのだ、笑っていられる?

 うぬらは騙し、裏切り、誇りを捨てたのだ。どうして鬼畜に堕ちた己が身を呪わずにいられるのか!!」


 嘲笑が巻き起こる。

 男が言葉をしゃべったことすら笑いの種にされた。

 その(なまり)が滑稽だと、犬の鳴き声をまねろと罵る声がする。


 -これが都というものなのか?

 我らは、このような者らを信じたというのか?-


 刻限を知らせる太鼓が響く。

 見上げる陽光がまなこを焦がす。

 髪をつかまれて、地べたに叩きつけられた。

 それでも、血の慟哭を、魂の叫びを、届けずにいられようか。


「許さぬぞ、魔性の徒よ。未来永劫、呪ってくれる。

 貴様等の子々孫々、水子といえど、我が恨みから逃れること叶わぬとしれ!!」


 誇り高き首長の呪いすら嘲笑って、首切り役人の刃は振り下ろされた。

 

 森から風が起こる。水面を渡り、真夏には涼しすぎる風が吹く。

 

 歓声、狂喜、恍惚の声を乗せて、どこか、どこか遠くへ連れて行け。


 舞い上がった首長の首、その目に、遥かなる郷里の山々の威容が浮かんで、消えた。


 *****


 ブリギッタが召喚した大太郎法師(ダイウダラボッチ)とは、大地を切り開く巨人。

 あらゆる世界の山林においてその境界を定め、新たなる土地を開拓する役目を持つ。

 ある世界では巨人そのままにあって、ある世界では目に見えない山の意志としてある。時には訪れる者を受け入れることで生態系を更新し、またある時には排除することで森の恒常性を維持する。つまり自然の守護者であり、バランサーでもあった。それは一つの理であって、摂理とも呼ばれる存在である。


 神々の実験場である現世においては、どういった形態を取っているのだろうか。

 答えは、存在しない、というものである。個々の村落、民族の信仰対象として存在してはいたのだが、あくまで名残のようなものであり、実体はなかった。法師を信仰することによって森林の持つ生命の豊かさを再確認するだけのものに過ぎなかった。

 マーテルの法則に支配された現世では、ヒトの多様性と能力の促進を妨げる神は存在を認められないのだ。自然に留まる意志よりも、互いに殺しあってでも力を伸ばす、力への意志こそが優先されるのだ。


 だというのに、大太郎法師は強制的に召喚された。

 在りうるべきではないと規定された神が顕現する。それも、憎悪と恨みを媒介にして。

 だから、呼び出された神もまた狂っている。

 いかにブリギッタが己の恋情でもって制御しようとしても、神には敵うはずがない。

 ブリギッタの失敗は、呼び出したモノが、彼女の想像をはるかに超えるものだったということだ。

 それに気付いたときには、もう遅かった。彼女には、それを召喚するための魂が宿ってしまっていた。


*****


 ブリギッタの黄金に輝く両の瞳が、はるか過去を捉えて、益荒男(ますらお)の歓喜に染まる。

 それは、文明と文明の衝突。自然の法に従う者らと人為の法に従う者らの邂逅の時。


「我等は頭を垂れて、うぬらの武勇に感服した。

 つわものどもの弓引く力、山を駆け巡る健脚、我が身に食い込む刃の鋭さよ。

 まさしく、益荒男。

 我等に比肩する武者ども、称えるべし」


 刃を交えた敵を敬い賞賛する。

 例え信じるものが違っていたとしても、その勇気と鍛え抜かれた剣技は、誇られてしかるべきなのだ。


「幾度もの戦を経て、我等は剣を収めて手を取りあった。

 酒宴を開き、語りあった場での、うぬが言葉よ。忘れることなど出来ようか。

 耽美なる都の有様、幼子が飢えず、女を飾る玉の美しさ、まさに夢想のようであった」


 戦士たちは戦いの果てに文化を越え、互いに互いを認め合い、武勇を称えあった。

 

 しかし、友情は裏切られる。


「それら全てが甘言であったとは!!

 うぬが王が下した、我らを斬首すべしとの勅。

 首をさらして、我らが同胞へ見せ付けるべしとの命」


 急転直下に呪に染まる。


「許さぬぞ。

 忘れぬぞ。

 我らに浴びせられた罵詈雑言を」


 巨大な影が立ち上がる。

 法師の憎悪が、恐怖に震えるセンチュリオンを捉える。

 眼球があるべきところ、ぽっかりと空いた空洞から、血が溢れる。


「我等を、蝦夷(えみし)とのたまった、貴様等の嘲りを!!」


 慟哭する巨人が、標的を定めた。


 狂った神を突き動かすのは、自然を敬うことを忘れ、そこに住まう生命を道具としてしか見ない功利主義者への憎悪だ。

 かつて法師を信奉していた山の民は、首領を殺され生きる土地を簒奪された。木々は欲望の法によって切り倒されて、聖地は同胞の血に紅く染まった。

 功利主義の道徳は、未開人に文明を授けるという大義名分と絡み合って、己の欲望を正当化する。


 -未開人は野蛮の法に支配されている。目を覚まさせるためには、多少の犠牲はやむを得ない-


 山の民らは、自然を敬うからこそ開拓の許しを得るのだと信じる。自然を己の一部だと見なすからこそ、山林はヒトの生存を認めるのだ。

 彼等を攻めた都の民らは、戦いのすえに彼等の生き方を理解し、尊重すると約束した。だから山の民は降伏したのだ。約束は守られると信じたのだ。同じヒトだから。

 しかし、戦士たちを、はるか遠く都から指揮していた者等は、山の民らと法師を裏切った。

 山の民の首領を参内させて首を刎ね、和睦に湧く村落では、寝込みを襲わせ火をつけた。

 所詮は土人だと見下しているからこその所業なのだ。それは相手に関する知識不足が引き起こす恐怖のせいに違いない。そうでないのならば、都に住まう者らは生まれながらの屑になる。


 過去も、未来も、そして現在も、技術を信奉する者らの未開地への傲慢は、あらゆる世界で展開されてきた歴史の法則である。特に取り上げるほどのことではない。

 しかし、だからこそ森林の世界の恨みはあらゆる世界において適用され、普遍性をもってしまう。裏切りと憎悪は、積み重るのだ。


 -華美に彩られし都の者らよ。退廃と高慢に身をやつし、肥え太った豚どもよ。

 裏切りの代償は、根切りである-


「ひっ!!」


 調和の化身がケルサスに迫る。

 間近に見て、兵たちは気付く。法師を形作っているのは死体なのだ。

 貫かれた傷口からどくどくと血を流し、身を焼く炎に身悶える。吊るされて伸びた首を捻じ曲げて、喘ぎながら呪いを吐く。

 無数の死がそこにあって、そうだ、彼らは今現在も殺されながら呪っているのだ。

 積み上げられた屍、その高さは山を越えて雲間にそびえ、その分の痛みと、無念と、憎悪があった。


 高みから、法師はぬっと大地に首を伸ばす。

 頭をぐりぐり左右に振って、眼球の無い目が、センチュリオン一人一人の顔を覗き込む。


「あー、あ、あー、・・・あー?!」


 暗闇よりも暗い空洞から憎悪の吐息が漏れ出て来て、センチュリオンの顔にかかる。


「くふふふふ」


 ブリギッタの背後で、法師に憑依されたグラナトゥムの兵たちが痙攣する。


「「けらけらけらけら」」


 前後左右に激しく首を振り乱しながら笑う。


 法師の黒く細い指が、センチュリオン兵の頬を撫であげた。


 ブリギッタは、いや彼女に宿った魂は嗤う。

 かつて己を嗤ったそれよりもはるかに酷薄な笑みで。

 その頭上に、首切りの刃が月光を反射して煌いた。


「あははははははははははははははははははは」


 狂い咲く喜びの中で、ブリギッタの首に刃が迫る。


 その口が、声にならない言葉を紡ぐ。


 -夜行、一の条、結点、-


 -邪法(聖法)、神降ろし、おいでませ、悪路王(英雄王)-


 *****


「ベネディクト、どういうことだ!!

 これは神が近すぎる。ブリギッタ殿を生贄にする気か!!」


 シュナイデル家フィルマンは、傍らに立つ少年に叫んだ。


「くそっ!!」


 ベネディクト、ブリギッタの実の弟であり、フィルマンを脅迫してブリギッタをこの戦場に導かせたグラナトゥムの間者は、懐から豊饒神マイヤに祝福された数珠を取り出し、姉の術への干渉を試みた。


「早くマイヤの力で術をキャンセルしろ!!

 ・・・何をやっている、術の弱体化なんて無理に決まっているだろう!!」


「分っている、しかし、このチャンスは逃せないんだ!!

 センチュリオンの精鋭を殺せば、ケルサスは弱体化する!!」


「何を馬鹿なことを・・・」


 ベネディクトは、ブリギッタの恋慕の情が紡いだ魔術が、恨みに支配されていくのを見てもなお、術の弱体化を求めていた。ケルサスを殺しきる、それだけの恨みがベネディクトにはあったのだ。


「姉さん、どうにかコントロールを取り戻して。

 くそっ、駄目だ!!ここで、僕が術を無効化して神に捧げられた生贄を取り上げれば、姉さんだけじゃなく、部隊みんなが殺される!!」


 呪いに染まった神を鎮めるには、生贄が必要なのだ。

 それも、呪いにつりあうだけの供物が。


 祈りを捧げるベネディクト、しかし、数珠は弾けた。


「なんで・・・」


 ベネディクトは四つんばいになって数珠を拾い集める。


「君は、分っていない」


 つぶやいたフィルマンを、睨みつける。


「君の姉さんは、違う」


 フィルマンの脳裏に、巨顔のグリフォンと対峙したブリギッタの恍惚とした表情が浮かんだ。そして、その肩を抱く銀色の仮面の騎士が。


「彼女は、きっと、そうなのだ」


 フィルマンの視線を追ったベネディクトは、満面の笑みを浮かべる法師をみた。


「神の、供物だ」


 呆然とするベネディクトは、首切りの刃がブリギッタに振り下ろされるのを見た。


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