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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
123/131

神語り 2 -払暁の虎と試練の鬼姫-


「厳重に警護されているから、どれだけ重要な人物かと思えば、誰ですか貴女は?」


 炎の魔術がサラの眼前に踊っている。


「あなた、どうやって・・・」


 ケルサスの軍服に身を包んでいるが、その魔力は間違えようもない。

 オーギュントに敗れたヤーヘンの筆頭騎士ルーナイア女男爵、その子息はケルサスに囚われているはずだった。


「騎士ではないからでしょうか?甘くみて監視を緩めたケルサスが悪いんですよ、っと」


「!!」


 サーベルに伸ばした手が蹴り上げられた。


「無駄な抵抗はしないことです。痛い目に会いたくはないでしょう?」


 そう言って見渡した先では、無数の焼け焦げた死骸があった。


 サラは、ブリギッタの手によって最前線から脱出させられていた。

 カイが特攻作戦のために陣を離れた後、ブリギッタがレオーネを救いに行こうとしていることに気付いたサラは、自分も付いていこうとしたのだったが、薬を盛られたのだろう、目を覚ますとグラナトゥムの馬車に揺られていた。すぐに二人の下に駆けつけようとしたものの、疲弊した体では兵たちを振り切ることなど出来なかった。

 それでもどうにか逃げ出す隙をうかがっていたところ、奇襲を受け、馬車ごと跳ね飛ばされた。

 動かない体を引きずって何とか外に出たその先で、サラを警護していた兵たちが燃えていた。


「手だれのようでしたが、甘かった。

 傷病兵のふりをしたらこの通り。ハハッ、こんな平和ボケした連中に殺られたなんて」


 遺体を蹴り飛ばした。


「止めなさい!!」


「ああっ!?私たちは邪教徒と手を組んでいるんですよ?王子は黄金の山羊になってまでお前らを殺そうとしている。

 そうさせたのは、誰だ?飢餓に苦しむ私たちを見捨てた、お前らだ!!

 こいつらはさほど苦しまずに逝けたんだから、これくらい良いだろうが!!」


 踏み潰された遺体の炭化した皮膚が剥がれて、みずみずしい赤い肉が見えた。


「あはっ、ケルサスにも赤い血が流れてらあ。てっきり、そんなものは枯れていると思っていたのになあ・・・。

 最高だな!!

 私は、人を殺したんだ!!」


 落ち込んだかと思うと、狂ったように笑い出した。

 手の平に創りだした火球は乱れ、制御を失った魔力が彼そのものを飲み込もうと、境界が曖昧になる。


 魔力崩壊。戦場に漂う負の魔力と、自身が秘めた恨みが呪いとなって干渉し合い、精神が暗転する。

 己の内にある世界にもぐるのではなく、冥界を見て、引かれてしまう。

 このままでは魔力が穢れ、じきに廃人となるだろう。


 (この人は、もう・・・)


 ならば適当に話を合わせて、自分を人質にするだけの価値があると思わせれば、きっと生き残ることが出来る。


 (でも、そんなの)


 男はもう、サラを視ていなかった。

 いることすら忘れてしまっている。

 ただ、殺した兵の遺体を踏みつけ蹴り飛ばし、跪いて涙を流す。


 サラは胸の前で腕を組み、術式を編む。

 魔力が尽きているから、術を紡ぐにはよほど無理をしなければならない。


 (私、死ぬかも)


 自嘲ぎみに笑って、瞳を閉じた。


 いつものように世界の深奥に沈んで、それでも足りないと、もっともっと潜る。

 彼我の境が曖昧になって、神経が軋みあげる。

 ならばと、その痛みを錨として自意識を保つ。

 激痛と、魔力を消費することによる快感がサラを恍惚とさせる。

 例えようもない、世界との一体感が脳髄を駆け上がってきた。

 術式がさらなる魔力を求める。けれど、もう何処にも残ってないから、命そのものを吸い上げようと、術式が体を侵食する。

 内臓が波打って、細胞が破裂したのだろう、血を吐き出した。

 急な貧血と、脳への過負荷によって視界が赤く染まって、鼓膜が破れたのか、音が消えた。

 それでもかまわずに、世界と一つとなるべく言霊を紡ぐ。


「・・・このようなわけで、不義者は正の真実を誤るのです。彼の魂は冥界への橋において立腹するでしょう。

  己が罪を省みず、少しばかりの不自由に苛立ち、超越者たる神を罵るのです。その厚顔無恥は、彼の罪をさらに、さらに深めることでしょう。

 しかれども、頂礼をもって遇されるべき神よ。彼は、まるで赤子のようではありませんか?

 頑是無い赤子であることは、はたして彼の罪なのでしょうか?

 神の愛を知らずにいることは、彼の不徳といえるのでしょうか?

 どうか、神よ、彼の無知を許したまえ。貴女の愛を知ったのならば、彼は産着を脱ぎ捨てるに違いないのです。貴女の前に頭を垂れて跪き、喜びと共に御名を呼ぶに、違いないのです。

 ゆえに、御慈悲を。せめて冥界の大狼の裁きのときまで、その道筋に迷うことのなきよう、光りをもて照らしたまえ。

 私は、御身に縋る罪人は、彼の道程を祝福しようと思うのです。そして、神よ、貴女もどうか祝福したもう。

 光りあれ(レーヴェ・エスト)、と!!」


 神聖魔術の最高峰、堕ちる魂を浄化する奇跡が発現する。

 光りに包まれて、憎らしいヤーヘンの男は引き戻される。


 正気に返り、目を見張って驚く顔が見えた。

 

 消失する意識の奥底で、声が響く。


 -偽善-


 その言葉が私の魂を突き刺して、どこかで、朽ち果てた僧侶が高笑うのが聞こえた。


 ****


 鬼は目覚める。

 髑髏の僧の嘲りが、沈んでいた修羅の自意識を浮かび上がらせた。

 喪失の衝撃は、二度目だからこそ強く爪を立て、かつて兄を失ったときよりも深くオーギュントを闇に落とす。


「・・・誰だ」


 教導騎士団が張ったカルブルヌス最硬の結界に、剣気の刃が刻まれる。


「何があった!!」


 知らせを受けて駆けつけたルシアーノは、包帯で腕をがんじがらめにしたまま魔術士に詰め寄った。


「分りません、なぜ、このような・・・」


 そこはワーカー・ホリックとの対決の場所から少し離れた林間。教導騎士団の先遣隊と合流したルシアーノは、フォーネリアが派遣した治癒術士の到着を待っていた。

 オーギュントは、実兄トドロフ、そしてワーカー・ホリックと戦ったことで心身ともに傷ついて昏倒した。魔力が極度に不安定になり、治癒魔術すら受け付けない状態におちいった。動かすことは危険だと判断したルシアーノは、その場で停滞の結界を張ることでオーギュントの容態を安定させようとしていたのであった。


「羅刹神、雫の力を受け入れすぎたのか?

 多重結界の準備を。魔具と魔石をありったけ使え!!覚醒を押さえ込むんだ!!」


「駄目です、術者が足りません。このままでは保護結界が反転し、逆にオーギュント殿下に致命傷を与える恐れがあります!!」


 ルシアーノが結界に取りすがろうとするが、教導騎士団に羽交い絞めにされた。


 そのとき、目の前の結界内から、かすかに読経の声が聞こえた。

 その場にいる誰もが動きを止める。

 かすかでありながら、確かに聞こえた。

 隣あった魔術士たちの視線がぶつかって、それが幻聴でないことを知る。

 唾を飲み込む音がして、冷や汗が額を流れる。

 なんと言っているのか、耳をすますうちに、ますます大きくなる。

 一人ではない。

 気付けば、数十、いや数百の声が折り重なって、質量を伴っているかのように、ずっしりと陣内を包んだ。


 オーギュントの、辺りかまわず傷つけていた剣気が収斂する。

 腕を組んで仰向けに寝ていたその額に、一本の角が生えた。


 読経が止んで、静寂が満ちる。

 どこかで、ごぉおんと、鐘が鳴り響く。

 

 呼応するように、結界の内側に毬を持つ鬼の少女が出現した。


「あれは?!」


 とどろく鐘の音に耳を押さえていた魔術士は声を張り上げた。


「まさか、羅刹神、雫!!

 どうして形を得ている?そんな馬鹿な!!」


 少女が手招きして、オーギュントが起き上がる。

 雫が何事かをオーギュントにささやくと、剣気が急速に温度を下げた。

 ヒトとしての表情が消え、怒りに染まり、鬼になる。

 真っ白な雪が周囲に舞って、雪原の無垢が広がる。オーギュントのヒトとしての理が覆いつくされる。

 マーテルが定めた律法から転落して、悪を観た。四つんばいになって、大地に染みこんだ罪を舐めた。

 吐息を吐く。流れる血が固まる。肉に食い込んで筋肉を補強する。骨がきしんで、骨格が変化してゆく。まるでオーガのように牙が生え、ぎょろり、周囲を見渡す眼から血が溢れた。


 鬼姫が毬を蹴って喜んで、指差した地面が盛り上がる。鉄分が抽出され、無骨で巨大な肉斬り包丁が形成された。

 刻まれた銘は、鬼人大王(キジンダイオウ)。遥かなる異世界で、鬼が鍛えたという謂われを持つ魔剣と同じ。


「あの子、さらわれちゃったね。人質にされちゃったね。

 命までは取られないだろう。でも、敵にとって生きてさえいればいいんだ。若い女の人質がどんな目に会うか、古今東西、決まっているよね。

 あははははっ、君が愛した彼女の純潔はどうなるだろう?君の順番が回ってくるまで、あの子は何人の男を上に乗せることになるだろうね?!」


 笑う鬼姫の声は高く響いた。

 血反吐を吐いて結界に縋りつくオーギュント。場に飲まれていた魔術師たちが、慌てて結界を補強しようとするが、もう遅い。

 鬼は一刀のもと、結界を切裂いていた。


 一本角の鬼は、紅い月を背負って駆ける。

 すぐ側で毬を蹴飛ばし、裾を翻す鬼の姫。


 神頼みしても晴らそうとする恋の恨みは、若騎士を運命を呪う鬼に変える。


 ヒトを呪わば穴二つ?

 知るか。

 この呪い、返せるものなら返してみろ。己のはらわたを引きずり出し、邪法に身を染めることも恐れはしない。

 どこまでも追いすがり、この恨み晴らしてくれる!!


 対して、鬼が向かう戦場は狐の理に包まれている。

 それは、暴力で弱者を犯し、無残に殺した者に贖罪の機会を与えるものだ。暴力を志向する鬼の愛は、まさに罪そのもの。


「だけど、どうかなあ?

 どんなに醜く穢れ、肉欲に満ちていても、鬼の純粋な愛を否定することが君に出来るのかなあ、狐。

 愛されることに君は苦しんだ。暴力によって届けられる愛を嫌悪して、背後に積み重ねられた屍を見ようともしない恋人を憎悪した。

 でも、そもそも男女に紡がれる愛は下の下、きっかけにすぎない。結ばれて、共に成長して、やがて世界に広がることで初めて意味を持つんだよ。

 恋とは、愛の入り口のレパートリーの一つにすぎないんだ。

 求愛と愛は違う。それを理解していた君がどうして未だに恋なんてものに苦しむのだろう。

 男女の契りを偏重することは、表象しか見ないことではないのかい?

 君に求愛した男女は、暴力でしか愛を表現できなかっただけだ。君は、彼らがそうせざるをえなかった環境、ヒトの歴史精神の限界をこそ嘆いたのではなかったのかな?

 過程は過程であって、いまだ進歩が足りなかっただけのこと。そして、今回もまた、それは十分ではないこと、君は知っていたはずだだろう?」


 鬼姫は首をひねって、むうむう唸る。


「まあ、どうでもいいや。

 マーテルたちはハッピーエンドが好きだけど、ぼくは結末なんて気にしない。見たいものを見るだけさ。

 汚らわしくて、血に飢えたこの世界の純愛。虫唾が走るほどに誤っている。

 鬼は暴力で女を組み伏して、快楽で酔わすことすら出来なくて、逆に縋りつくことしか出来ない。

 それでも、互いに腕を回し口付けを交わす彼らは幸せだと言うだろう。

 はははははっ。ほんと、笑わせるなあ。こんなの成就してはいけないんだよ。

 殺しまくったけれど、弱い者をさんざ切り刻んだけれど、自分も辛い思いもしたから、はい手打ち、ハッピーエンド、なんて馬鹿にしてるよね。呆れるほどに、歪んでいるよね。

 神様が、マーテルたちが必要としているから許される、勝手にどこかで辻褄が合っている、なんて理屈は僕が認めない。

 ちゃんと試練を与えて、神に奉じるだけの価値があるのか、この僕が判断してあげよう」


 笑みを浮かべて、軽やかに鬼の背に乗る。

 オーギュントの瞳から流れ出る血を、背後から白い指で掬い取って口に含む。


「神の計画なんて、いくらでもやり直せるじゃないか。ヒトなんて、死に絶えたって良いじゃないか。また始めから繰り返せばいいんだ。

 それでも僕が邪魔だっていうなら、ここに来きなよ。

 鬼をも包む百合の抱擁とやら、いっしょに見ようじゃないか」


 ヒトの死が満ち、新たなる法則が生まれ出でた丑三つ時、わら人形に突き刺さった図太い釘は男根であると鬼姫はみなす。

 戦場で繰り返される殺戮も全ては欲望の帰結であって、神が汲み取るべきものなど何もない。

 ヒトは容易く妄執に囚われ、鬼に堕ちる。たとえ自由意志を得ても、いやそれこそが神を無視した利己主義への契機だと、ヒトの欲望と情念を絶えず見てきた鬼姫は断じる。

 

 この穢れた世界で、ヒトを自由に振舞わせたらどうなるか。

 今こそ試練が必要だと、鬼姫は言う。

 神が定めた恋物語を試すことで、ヒトというものを神々に見せ付けるのだ。

 修験の世界にある彼女にとって、幸せとは絶望の先に無くてはならない。絶望をも貫いてしまう強さによって切り開かれなくてはならない。罪を犯したことよりも、乗り越えようとするものにこそ、鬼姫は祝福を授ける。

 大罪を止揚して、見たこともない形相目的因(本質)を現世に出現させるために、鬼姫は試練を課す。

 そう、試練。それが雫がこの世界に与える法則だった。


 跳ねる試練の神は、にっこりと微笑む。


「うん。百合の抱擁、まさに喜劇だ。

 何処かの世界では、百合とは同性愛を隠喩するらしい。

 ホアンは随分と馬鹿げた仕掛けをしたものだね」


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