神請い 3 -演出者たち-
白くぼやける光りの渦が、魔法陣から緩やかに湧き出していた。
中央にいるのはレオーネ、その両手首を天上から伸びた鎖が噛み、だらりと前傾する体を無理やり引き上げている。膝立ちになって、上半身は大の字に開いているが表情は見えない。下を向いているから、淡く蒼色に輝く銀髪が、ベールのようにその顔を覆っているのだ。
それまで身につけていた軍服とは違い、薄水色のドレスをまとっている。今まで着ることを許されなかった、グラナトゥム公国の王族であることを示す、豊饒神マイヤの聖布で編まれたドレス。
初めての誉れは、彼女と使い魔の縁を切り離す儀式だった。
-どうして、こうなったの?-
ゆめうつつの中で、レオーネは自問する。
-私は、ただ、王族として正しくありたかっただけなのに。
そうすれば、皆、幸せになれるって思っていたのに-
赤い雫が瞳から零れて、魔法陣に滴り落ちる。
固まる間もなく光りの粒子となって舞い上がり、秘術の源となる。
-なんて嫌な魔術。
私の苦しみも、悲しみも、思い出さえも、全部カイさんと私を切り離すための魔力になる。
カイさんがいなくなってしまうというのなら、せめて痛みだけは感じたかったのに。
・・・一緒に、死にたいって思っていたのに-
レオーネの心が乱れたことを察知した魔具が鈍く光り、天幕に充満した白檀の香りが濃くなった。
-ああ、頭が蕩けてしまう。何も考えることが出来ない-
レオーネが吊るされた半径二メートル足らずの魔法陣を囲うようにして、何重もの魔法陣が描かれていた。
三十人を超える魔術士が言霊を唱え、それ以上の魔具が周囲を囲む。レオーネの正面には、王直属対魔術戦隊センチュリオン指揮官のダミアン中将が目を瞑って正座していた。
額には玉のような汗が浮かび、レオーネが悶えるたびに目元がかすかに痙攣する。奥歯を噛み締めて、整えられていた髪はかき乱されたかのように荒れている。
経机には、王から下賜された神器『コギトの勾玉』が置かれていた。
-もう、分らない。私がなにを求めていたのか、何のためにカイさんを戦場に連れてきたのか。
私という世界は、もう、壊れてしまった-
使い魔が受けた衝撃から主の身を守る秘術、それはつまり、二人のかけがえのなさを踏みにじることに他ならない。まして、死に備えることなど、主にとって縁そのものを切断することに等しかった。
*****
レオーネが吊るされていた天幕から数キロ先の最前線、邪教徒エンジェル・ボイスが張った紫色の結界を前に、彼女の半身は特攻隊として死地にいた。
「何がどうなっているんだ!!」
叫んだのはアマゾフだった。
何も持って帰ることが出来なかった。軍票を回収するどころか、末期の声を聞くことすら出来なかった。
涙ぐんで止めを刺して欲しいと訴える部下を見捨て、決死隊とカイを目標地点まで連れてきた。だというのに、決死隊が紡ごうとした魔術は、魔晶の力で邪教徒をヤーヘンもろとも葬り去るのに必要なそれではなかった。
「俺たちを騙したのか!!」
自らも脇腹に深い傷を受けたアマゾフは、苦痛を忘れて決死隊の隊長の胸倉に掴みかかった。
「そういう指示です」
隊長は顔面を蒼白にしながらも、不敵な笑みを浮かべた。
「中佐殿こそ、陛下の御下命をお疑いになるのですか?」
挑むような視線に、アマゾフは隊長を突き飛ばした。
「くそっ、どういうことだ!!」
背後にいるカイに振り向いた。
カイは胸元から小袋を取り出し、中に入っていたものをつまみ出した。
一見、掌におさまる程度の卵型の石にしか見えない。
けれど、砲弾が戦場に落ちるたびに震え、カイの手の平からまろび出ようとするさまは、言いようも無い嫌悪感を抱かせた。
戦場で命が失われるたび、笑うように転がって、それがどうしようもなく嬉しいのだと悶えているよう。
「贋物ではないだろう」
カイは眼を細めて言った。
「じゃあ、何でこんなことになっているんだよ!!」
アマゾフは、転がり続ける魔晶から眼を背けた。
「暴発すれば、皆死ぬ。誰も逃げられない。範囲内の命すべてを喰らい尽くし、大地すら汚染する。
それは、そういうシロモノだ!!」
「結界なんて必要無い。私たちの任務は、魔晶のすべてを余さず記録すること。
陛下は、そう仰いました」
笑みを浮かべていた隊長は、もうこらえ切れないと、ヒステリックに笑い転げる。
涙がその頬をつたう。
「陛下のお考えは私の知性の及ぶところではありません。陛下が御命じになったということは、それが最善なのです」
思わずアマゾフは拳を振り上げ、しかしどうすることも出来ずに、だらりと下ろした。
やはり、陛下は俺たちを殺す気なのか?
グラナトゥムに手を貸したことへの口封じなのか?そのために、俺たちをここに送り込んだのか?
だとしても、グラナトゥム公女の使い魔を道づれにするか?
そんな、馬鹿な。
下手を打てば、公女が死ぬんだぞ。
いや、カイにも何かがあり、陛下やグラナトゥム公王が抹殺するつもりなのだとしたら?
しかし・・・。
カイを見るが、とうのカイは結界と魔晶を見比べ、もの思い耽っていた。
「おい」
「なんだ?」
「何も知らんということはないだろう?
聞いた通り、こいつらは魔晶を発動させる術を知らない。なら、そもそも陛下に魔晶を発動する気が有るのか無いのか。あるいは、それすらヤーヘンと邪教徒を欺く計略だったのか、俺にはさっぱり分らねえ。
だが、このままでは俺達は犬死にだ。ここに来るまでに死んだ部下も、殺した亜人やヤーヘン兵も、だ」
アマゾフはサーベルを抜く。
カイを睨みつけると、振り返った。
魔術士たちは身を固くする。
「中佐、私たちを殺しますか?」
泣き笑いながら、それでもいやと言うほどに誇りに満ちている。
「騙されたまま死んでたまるか」
こいつらは、肝心なことは何も知らされていない。
起動しない魔晶を眺めながら、来るか分らないその時を待って死ぬつもりだ。
狂っているんだ。
王に心酔するこいつらは、もし俺たちが逃げようとすれば背後からでも撃つだろう。
ならば、殺すしかない。
「止めろ」
カイがアマゾフの腕を掴んで首を振った。
「ケルサス王の考えたとおり、この作戦が最も利にかなっている。確かに結界や発動術式なんて必要ない」
「どういうことだ、何を知っている!?」
カイの言葉に、アマゾフの殺気が隊長からカイに移る。
それで緊張の糸が切れたのか、決死隊の隊長はどっとその場に崩れ落ちた。
「やはり所詮ヒトだと侮っていたのだろう。してやられた。
・・・おい、なにをへこたれている、死にたいのか?」
隊長の目が狂気から覚め、弾かれたようにカイを睨みつけた。
「私達は、ここで死ななければなりません!!
すべてを魔石に記録しなければならないのです。任務を果たせば、落ちぶれた私の家でも爵位を受けることが出来る。残された家族には、家を立て直せるだけの報奨金が出るんです。
死など、今さら恐れてはいないんですよ!!」
「それがどうした。爵位なんて、マーテルが治める世界でなんの価値がある?聖典には記されていないぞ。
死に急ぐ兵なぞ、目障りだ」
嘲笑って、アマゾフを見る。
「ケルサス王は生きて帰ってこいと言ったらしいな。慰めではない。その希望があるから、そう言ったのだ。
王は、お前たちを捨て駒にする気はない。俺としても、今死んでもらっては困る。
お前にはレオーネたちに俺の言葉を伝えてほしい。出掛けに言っておいたのだが、どうしてだろう、大事なことは何一つ言えなかった」
「・・・」
「あいつらに、俺が残してきた者らに、すまなかったと。こんなはずではなかったと、伝えてくれ」
「卑怯じゃねえか、それは」
「違いない」
苦笑したカイは銀色の仮面を外した。
アマゾフたちに背を向けて、歩き出す。
戸惑いの視線を振り払い、自己に埋没して行った。
またすぐに会える。
そう言ったのは、俺だ。
なのに、なぜ、謝罪の言葉を他人に託したのだろう。
分らない。
この俺が?
ヒトのことであるならば、当然だ。分りたくもないのだから。
しかし、己自身を把握できないことなど、これまで歩んできた悠久の刻の中で初めてだ。
初めて、そう、初めてだ。
ありえない。
無限に在る神にとって、初めては存在しない。
例え肉に身を落としても、無限を無限回繰り広げてきたのだから、感じ得るのは既視感のみであるはずだ。
それなのに、どうして、だ?
思えば、ヒトに身をやつしてからというもの、己自身に戸惑うことが多かった。
足を止めて、同胞の眷属が創り出した結界を見上げた。
取り囲む世界を拒絶して反発する。
この結界を張った者は今ある世界を認めていないと、ヒトであれば解釈するだろう。
だが、本当にそうだろうか?
違う。
守っている。
今まさに生まれ出ようとしているものが、健やかに育まれるように雑菌から遠ざけて、しめやかに産褥を整えているのだ。
それだけを願っている。他のことなど、考えてはいない。
カイは握り締めた魔晶を見た。
無邪気に命の輝きを寿いでいる。
この戦場にいる誰よりも、命の尊さを感じている。
ヒトが死ぬことを怒りや恐れでなく、新たなる旅路として喜んでいるのだ。
死の肯定、命を限りある物とする者から見れば、恐怖しか感じないだろう。
しかし、そこに秘められた魔力、濃縮されて、極限まで密度を高めた願い。
存在意義は、決して命を軽んじるものではない。
邪悪ではないのだ。
レオーネとブリギッタ、二人の愛姫と共に見上げたヒトの王。
ケルサス王ルーメンよ、お前は信じられないほどに楽天家なのだな。
「俺とは真逆だな。俺はヒトに身をやつしても、ヒトなど好きにはなれない。
ヒトの持つ可能性など、信じることは出来ない」
だから、肉に囚われた俺は、こんなにも惑っているのだろうか。
アマゾフと魔術師達は、カイが結界に手を指し伸ばすのを見る。
結界がまるで一個の生命体のように震え、黒騎士を歓喜と共に招くのを、ただ見つめることしか出来ない。
そして、結界が粘液のように延びて、ゆっくりと、おそるおそる黒騎士を抱きしめた。
飲み込まれる瞬間、結界が放った光り。邪悪でなければならないのに、どうして聖性を感じるのか。
招かれるカイが纏った衣、そこに刻まれた紋章、互いを貫く二本の逆さ十字が表すものは。
「おい」
アマゾフは隊長に声をかけた。
「記録したか」
「・・・はい」
「今、俺たちの任務は完了した。
これより帰還する。
生きて帰るぞ」
無言で頷く決死隊の魔術師たち。視線の先で、結界に罅が入る。
亜人たちは戦闘を止めて空を見上げ、ヤーヘンもまた武器を取り落とした。
戦場に着弾する砲弾が、慣性と熱エネルギー、そして魔力を消失する。
超越者の気配が、戦場から魔力を、あらゆる意志を奪い去った。
神が、来る。
****
空には、まん丸な月があった。
(私は、一体なにをしているのだろう。いや、私とは一体何者だったのだろう)
三つ首の竜人はまどろんで、夢の中で揺籃を揺らす。
(分らない。けれど、どうしようもなく心地よい)
まるで剥きだしにされた己の存在が、初めて本当の居場所に居るような、途方も無い安心感。
賛美歌が響く。
(ああ、なんて素晴らしい歌声だ。こんなに美しい声音は聞いたことがない。
けれど、どこか、おかしい。ここには、似合わない)
沈んでいるのだった。
ただ一つの声であるはずなのに、フルオーケストラの旋律よりも圧倒的なボリュームを持ち、大聖堂の聖歌隊よりも荘厳に響きわたるのに。
こんなにも、堕ちた私の心を振るわせるのに。
うっすらと眼を開けた先で、女が舞っていた。
導いて至らず、信じられて裏切った、どうしようもない女。
妙なる歌声を響かせながら、涙を流して健気に舞う。
(どうして、そんなに泣くのだろう。完璧でなくとも、それだけの声があるではないか。
お前はヒトなのだろう?ならば、お前はその極地にいるはずだ。
そう、お前は美しいのだ。
悲嘆にくれるなど、傲慢ですらある)
-でも、私はXに相応しくあるべきだから。こんな歌声では、お耳を汚してしまうのよ-
女が囁き、私は再びまどろみに包まれる。
そして、知った。私もいまだ相応しくないのだと、満足してはいけないのだと。
何故なら、私達はXに見初められた眷属であるのだから、高みを目指さなくてはならない。
-そう、私達は、完璧を目指す。そして、完璧は、あの世界にこそ在る-
結界の中から見上げる月が崩れて、本来の姿、魔法陣に変化した。
-僕たる私たちは、あの方たちを幻滅させてはならない。
あわよくば、少しでも哀れんでいただいて、この世界にイデアの理を注いでもわなければならないの-
現世の全てにかけられていた、肉という牢獄へと魂を封印する魔術が解呪され、すべての魂が露になる。
放りだされた幾億の魂は惑って拡散、眩しいものに引き寄せられて深奥に至ろうと足掻き始めた。
(私たち眷属とは、少しばかり有為なベクトルを与えられた存在なのだ)
イデアを目指す果てしの無い旅路、光年を越えて、次元を踏破してまだ辿りつかない。
ヒトであるかぎり不可能な放浪を強いられているのだ。
眷属とは、神の哀れみ(あるいは、手慰み)という方向性が与えられた存在にすぎない。
そして、それでも至れないほどに彼の世界は遠いのだと、絶望した。
-でも、私たちの力は、ヒトが存在する現世では絶大なの。ただ嘆いていることなんて、出来はしないのよ-
歌姫の声に、深奥で、黒髪黒眼の女が微笑んだ。
神でない者が知ることのない無辺の存在、神の中の神が髪をとぐ。
『なら、せめて私たちの意に背かぬよう、慄きながら踊りなさい』
ひび割れる現世。
神に求められた舞姫は引き上げられる。
無限の次元を飛び越えて、あらゆる法則を見下ろして、イデアに至る。
あれほどまでに遠かった完璧が、眼を開けばそこにあった。
<おぬしの出番じゃ、良い舞を見せてくれよ>
縁の狐が手招きして、神の僕は真の姿を得る。
魂の広がりが三次元を超えて、超弦理論の十次元に広がっていく。
一つ一つの次元にそれぞれの尾が当てはめられて、原初の次元である神の世界においては、己自身の存在を定義付けた。
極小なるヒトの足跡を無限の彼方に押しやって、経験を超越してこそ観照を果たす。
己の内にある神の前に跪いて、天使の歌声を持つ舞姫はそこに在った。
エンジェル・ボイスの眼前で、黒髪の女が無限の世界にしなだれかかる。
『イデアに至った歌姫の意志。見せてもらいましょうか』
その一言、それでエンジェル・ボイスは再び現世に舞い戻る。
私は、歌姫。
神を楽しませるために存在する。
ならば、私の歌と舞で、神々をこの穢れて腐った世界に呼び寄せて、現世の有様を知っていただくことも出来るはずだ。
かつて私は、ヒトを愛して呪って殺された。
後悔はまるで奈落のようで、怒りは太陽のように燃え盛り、恨みはしとやかに照らす月光のように染みわたる。
全力で駆け抜けた人生、その全てを、全身全霊を持って神に示すのだ。
大母マーテルよ、貴女の思うがゆえに救わないという理、その無残な世界に存在しなければならないという恐怖を、不肖ながら、この私、遥かなる無限の過去で御身を食い殺そうとした縁神ホアンの眷属セシリアが、その舞でもって御覧にいれましょう。
マーテルの示す自愛のごとく、柔らかで慈しみに満ちた月光の下に、白拍子が舞い降りる。
どの神よりも優しいがゆえに助けることができない神を、呪って否定するがゆえに、その愛を満身に浴びる。
-世界の悲劇、とるに足らない命の足掻き、神を恃みて、加持そうらえ-
紫色に染まる結界に亀裂が走る。
まるでひび割れるガラスのように、はじけて、月光が破片に反射する。
それは、舞い散る桜のようだった。
花びらが世界を覆って、再び開けた世界には、能楽の舞台がある。
段上には、一人の女。
広がる満天の星空に、星の瞬きを数えるように見上げる化外が一匹。
背後には尾があって、頭の上には一対の獣の耳があった。
鈴のような蟲の声と吹き渡る風の声、透明な時の流れと泡立つ魔力の渦巻き、あらゆるものが正しく狂ってしまった世界で、宴が催される。
酒の肴は、一人の女の悲劇の喜劇。舞うのは、もちろん、本人。
舞台の上に、神代の衣を纏いし九尾の狐女が顕現した。
****
盗聴防止の護符が隙間なく貼られた一室で、戦場を映す水晶が、エンジェル・ボイスの放出した膨大な魔力に耐え切れずに暴走した。
個別に映し出されていた各戦場が消えうせて、天幕中にエンジェル・ボイスの結界内の景色が広がる。
通信は沈黙し、兵の声は届かない。
唯一分るのは、戦場に張り巡らされていた防護結界が消失しているということだけだった。
エンジェル・ボイスの紫色に輝く結界に異界が映る。
藤棚が見事に咲き誇って、見渡す限りの深森が取り囲む。
すぐそこに、山の夜気と草いきれが忍び寄ってきた。
「陛下!!」
アザールが王に振りかえった。
暗がりの中、ケルサス王ルーメンは玉座に片肘をついていた。
「これが邪教徒の奥の手だ。マーテルの世界に干渉し、その神気を遮る。
貴様も見ただろう?
神聖グローリアの城が落ちたときに」
「ですが、これは、この波動は・・・」
王が立ち上がる。
「そうだ、あの時とは違う。
この魔力、邪ではない。神聖、精神界の光りだ」
戦争が己の手を離れてしまったことにアザールは恐怖する。
見上げた王は、しかし、笑っていた。
アザールが今まで決して見たことのない喜色を顔面に貼り付けて、待ち焦がれていたものが来たのだと、両手を広げて、声が震えて裏返る。
「さあ、さあ、さあ、さあ、神が来るぞ!!
一柱ではない、数多の神が降臨する。新たなる法則を導くために、神々の宴が催されるのだ」
ルーメンの魔力に何かが混じる。
汚らわしき黄金がその体を覆い、誇りと共に見上げていた王が地獄に堕ちた。
しかし、アザールが硬直したのは一瞬のこと。
流れるように腰のサーベルに手を伸ばし、破魔の術式を展開する。
-法則神マーテルよ、御身が定めし律令において、邪悪を討ち果たさん。
貴女の法を犯さんとするものの身に、蛆が尽きることも、火が消えることもない-
王は通信を通して、遥か先の王都にいた。
剣など届かない。
ならば、思いで殺そう。
-オプティカル・パラドクス、αの次元断、ゲヘナ、彷徨-
次元を超えて届くのは、たった一念。
お前は死ぬべきだ、ということ。
なぜなら、この世界の絶対であるマーテルを信じていながら、裏切ったのだから。
マーテルを神と認めていた者には、決して逃れることは出来ない滅びの一撃だった。
背教者をあぶりだして処刑する、魔女狩りの刃がルーメンを捉える。
いかに誰よりも優れた戦争機械であった彼でも、主が魔に落ちた際に採るべき手段を心得ていたわけではない。けれど、剣を抜くのに戸惑いはない。
思考ではないのだ。生まれてから此処に至るまでに刷り込まれてきたケルサス貴族としての無意識がそうさせるのだ。
光りが収束していく中で、眼の端にアザールを収めているはずなのに、しかしルーメンは歓喜とともに、邪悪を叫び続ける。
「世界の誰もが求めていた新たなる法則、自由意志が誕生する。
だが、第一幕が幕を下ろすだけだ。神々は、まだまだ満足しない。喜劇はまだまだ続く。
どれだけ我々が苦しみ悶えようとも、てんで足りないのだ。
この世界は真なる世界の映し世、フィクションにすぎず、決して実在に至ることはない。全ては天上、イデアの世界こそが本当で、この世界は神々の戯れでしかないのだから、我々が苦しみの中で生きて死のうとも、神々はなにも気にしない。
それでも、我が神マーテルよ。貴女は愛を注ぎ続ける。ヒトの幸福を願っては、手を差し伸べられずに涙する。
全てが無駄なのに。
私たちの生、そのものが偽物なのに!!
この世界の運命論は、救われるものすら予定されているから、平等に思いやる貴女の涙には意味が無い。
しかし私は、貴女がそうであるように、認めない。救済の予定に含まれない者の人生が無駄だなんて、許してなるものか。
だから、決して救わないと決めた貴女を翻意させてやろう。涙を流す暇がないほどに、この世のあり様を突きつけてやろう。
どれほどの血が流されようとも、貴女が法の書き換えを決意するほどに完璧な地獄を作り上げて見せる!!」
アザールの剣技が完成する。
ルーメンの首筋に光点が浮かび、その一点に向かって次元を重ね合わせて切断する剣が振るわれる。
マーテルの律令に逆らいし魔に地獄を、冥界の大狼の牙によって無限に咀嚼され続けるという救済の道を。
マーテル神教の理、この世界で真に守られるべきだと彼らが信じる教義が、あらゆる防御結界を切裂いて、空間を超える。
「私は、貴女の愛に基づいて貴女の世界を否定する。
神々の眷属を作り出すという世界の目的論なぞ、知ったことか。
この世界から争いを、神々の計画を消し去ってやる!!」
空間の揺らぎがルーメンの首筋に届く瞬間、サーベルが乾いた音を立てて地面に転がった。
アザールは地面にうずくまって、大声をあげてむせび泣く。
私はなんと不見識だったのだろう。
王の、なんと慈悲深いことか。なんと惨たらしいことか。
彼の眼が捉えているのは、一国どころではない。
世界を、見通してくださっているのだ。
この穢れきった世界に、神を呼ぼうとしておられたのだ。
ヒトが本能で求めずには居られない果てしの無い闘争を終わらせるために、世界を炎に包む決心をなさっておられたのだ!!
何時しかアザールは、まるで土壇場にあるかのようにすべてを王に投げ出していた。
その震える口が、歓喜に開かれた。
「The will of gods!!」
紡がれた言葉は、絶対神を奉じるケルサスの誉れ。しかしそれは、神への反逆を意味していた。




