神請い 2 -剣神-
「そろそろだな」
そう呟いてカイは馬を下りた。
「何故、分る?」
アマゾフが隣に並ぶ。
「月が天上を指す」
訝しげな視線を投げかけるアマゾフ。その背後で通信兵が叫んだ。
「伝令、これより十分後に作戦開始!!」
片眉を上げて見せたカイに頷き、アマゾフは中隊に命を下した。
「始まるぞ。特務中隊、作戦通りに行動を開始しろ」
大隊から選りすぐりの者らを集めて編成された特務中隊の隊員たちは、静かに魔石解放の準備にとりかかった。
****
エンジェル・ボイスが張った結界が解かれると同時に、ケルサスは一斉攻撃を開始する手はずになっていた。
始めにありったけの砲弾を結界周辺に撃ち込み、邪教徒を守護するために出てくるであろう亜人を潰す。続いて、急遽編成された騎兵師団による突撃で残った敵の数を一気に減らし、統率力を失った亜人を確固撃破する。その際にヤーヘンの砲撃が予想されるが、ヤーヘンにはエンジェル・ボイスの反撃を受けるだけの防御力がないのだから、牽制程度に留まるはずで脅威にはならない。
その後は、軽装銃兵、騎士を前衛に殲滅に移る。敵を討つ攻撃魔術よりも、補助魔法で前衛を強化し、城から出てきたヤーヘン兵を接近戦で仕留める。魔術士が足りないヤーヘンは、その前衛を潰すことで一時的にせよ城に釘付けにすることが出来るはずだ。
上空に控える獣使いは邪教徒の保護に専念するだろし、エンジェル・ボイス自身は竜人を回収すればこの戦場に用はないのだから、損害が大きくなれば亜人たちを引かせるだろう。戦況を左右しうる魔獣は、ケルサス本隊とカルブルヌスが残した精鋭騎士が相手をすることになっていて、殺しつくすことは出来なくとも、いくらでも時間を稼ぐことは出来る。
そうなってしまえば、竜人に望みを託して何とか乱戦に持ち込むつもりだったヤーヘンに打つ手はない。いかんせん火力も防御力も足りなないのだから、城にこもるしかなくなってしまう。
しかしそれは、決してヤーヘンにとって悪い結末ではない。長期的な視点から見れば、どん詰まりであるのだが、兵力の整ってしまったケルサスが相手なのだから、ここいらで講和を結ぶことが落しどころとしては十分だろう。内乱の痛手からいまだ立ち直れていないケルサスにとっても、泥沼に陥ることは避けたいだろうし、邪教徒相手に精一杯の抵抗をしたという名分も立てられるのだから、ヤーヘン有利の講和にも応じるだろう。
ヤーヘンがそういった筋書きを描き、ケルサスはそう動くだろうと思いこませることがルーメンとクリトンの作戦だった。そのために、総攻撃を思わせるだけの布陣を引いていた。
しかし、本当の作戦では上記の流れの砲撃だけである。
砲撃にあわせて幻影を作り出して敵を混乱させ、カイとアマゾフの中隊のみが進軍する。結界の中心点、邪教徒に出来るだけダメージを与える地点まで魔晶を持ったカイを運び、発動まではアマゾフの部隊に同行する決死隊が命と魔具を消費して結界を張る。アマゾフたちは結界の発動を見届けたあと退避し、魔晶の力で邪教徒をヤーヘンもろとも皆殺しにするというのが、ケルサスの本当の作戦だった。
いかに内乱で国内が乱れようとも、ケルサスが侵略者と邪教徒を生きて帰すはずがない。小国であろうとも、歯向かったもの共らには死よりも深い絶望を与えてきたからからこそ、ケルサスは大国足りえるのだった。
そのような理由があった中で特攻作戦は立案された。
大国の、裏切り者への凄まじい憎悪と自尊心が特攻への忌避感を上回り、王の命令が後押ししたのだ。
指揮官として、あるいは貴族として唾棄すべき特攻などという作戦を立てながら、背徳者のむごたらしい死骸を思い浮かべて高揚し、兵を死地に送る指揮官としての悲劇に酔っていたのだった。
当初本営は、アマゾフに中隊程度に辿りつけるはずがないと、最低でも大隊規模の支援を与えようとした。しかし、アマゾフはそれを拒否した。大隊なんて大人数では、砲弾が雨のように降り注ぐ中で指揮を採ることは不可能であると進言したのだった。
本営はアマゾフの提言を全面的に受け入れ、アマゾフが言う通り砲撃を防ぐためのケルサス最高の魔石と魔具を各軍から徴集して中隊に与えた。もちろんそれはアマゾフを信頼していたからでもあったのだが、それだけではなかった。哀れみからでもあった。
計画では、アマゾフたちは結界の発動を確認したのち退却する手はずであったのだが、できるはずがないのだ。そもそも索敵にかからずに目標地点までたどりつける可能性は高くはなく、目標地点にたどり着く前に魔力を使い果たしてしまうことも考えられた。その場合に備えてカイという魔力を使わずとも動ける黒騎士が投入されているのだし、さらに、無事に目標地点まで進軍できたとしても、決死隊が張った結界が魔晶の発動まで持つとは限らないのだ。
つまり、アマゾフたちにも死ねと言っているのだった。そのような命令は下されていないが、状況はそれを強いていた。
作戦前、アマゾフは特攻作戦の柱であるカイに、遺書は書いたのかと問うた。
「死ねば同じところに行くんだ。そんな物は必要ないだろうが」
カイは何でもないかのように言った。
(狂信者め)
その言い様にアマゾフは鼻白んだ。
グラナトゥムの民は死んだ後、豊饒神マイアに導かれて天上に至ると信じている。
今回の作戦は、そのマイアに祝福された王族のために死ぬのだ。レオーネ姫殿下の使い魔であるこの黒騎士は、自分が誰よりもその資格があると思い込んでいるのだろう。だからこそ、特攻なんてものに志願する気になった。
(おめでたいことだ)
アマゾフは軽蔑に口元を歪めた。
「不思議だな。だというのに、貴様らは無駄に詩的な遺書を残す。
あちらの世界で再会したとき、恥ずかしくはないのか?
国からの保障や、これからの生活のことだけを書けば良いだろうに」
心底不思議そうに言ったカイに、アマゾフは思わず噴出してしまった。
「そうか、そうだな、確かにそうだ」
「だろう?貴様も今から書き換えたらどうだ」
「いや、その必要はねえよ」
「何故だ?」
「出陣前に書いて、とっくに送ってあるんだよ。書き直そうたって、もうおせえ」
「そうか。しかし、特攻なんてものに付き合うんだ、特別な手当てが出るのはずだ。国に貸しを作ったのだから、年金も増額されるだろう。俺は書類仕事をしていたから詳しいんだ。追加で出すのが良い」
「はっ、知るかよ。俺の身内は内乱で旧王に付いた側だ。金が入っても、なんにもならねえんだよ」
妻の実家は狂王の下で大臣として無体なことをした。
金が手に入っても、どうせ下らない理由で没収されるにきまっている。
たくさん人を傷つけたんだから、当たり前だ。
民の旧王に対する憎悪、そして新興貴族たちの金に対する執着は想像を絶する。旧王派が手に入れたものは、どんなに正当なものであったとしても、奪う権利があると思っているのだ。
手短に説明すると、カイは頷いたあとに言った。
「ほう、ならば一筆添えてやる。グラナトゥム王が何とかするだろう」
(グラナトゥム公王が、フラーダリーを謀殺することに協力した俺たちのために?
馬鹿かこいつは)
「ありえねえよ」
「何がありえないだ。俺たちの働きが今後のレオーネ様を左右するんだぞ。貴様らが信用出来ないのならば、そもそも貴様らはこの任務に着いてはいないはずだ」
だろう?と首をかしげたカイに、
「それなら、部下たちのことを頼む」
アマゾフは真摯に頭を下げた。
たとえゼロに近い可能性であったとしても、部下たちには手厚い保障を与えてほしかった。
「心配ない。ブリギッタのところの爺さんも口添えしてくれるだろう。兵士には働きに見合った対価が与えられねばならない、というのがラスコーシヌイの誇りだと、さんざん言っていたからな。
だが、貴様は別だ。ブリギッタに聞いているぞ。サラを泣かせただろう?ブリギッタは烈火のごとく怒っていた。差をつけようとは思わないだろうが、シュナイデルはどうかな。あいつらは、どうにかしてグラナトゥムに貸しを押し付けようとしている。俺が何か言わねばなるまいて」
(シュナイデル、王国の天秤、か。人非人どもが。バランスを取るためならば、フラーダリーすら利用するってか。あの娘が政争なんてものに巻き込まれて良いはずがねえだろうが)
「あんな奴ら、糞くらえだ」
思わず、唾を吐いた。
「俺が何とかしてやるから安心しろ」
「期待しないでおくよ。どうせ俺はろくでもない軍人だったんだ。金や名誉を貰ったって、これまでの行いでチャラよ」
「そういうものか。しかし金や名誉なぞ、どうせあの世には持っていけないものだ。
王もいずれ死ぬのだから、ケチらず好きなだけくれてやってもいいだろうに」
まじまじとカイを見た。
「黒騎士の言葉とは思えんぞ」
名誉を重んじるのが黒騎士であり、そのために死ぬと聞いていた。
「そうかもしれんな。
ほら、さっさと紙を出せ。暇なんだよ、何かさせろ」
これから死ぬくせに、本当に暇であるかのようなカイに呆れながらも遺書用の魔術紙を差し出した。
ラスト・ラブレター、それ自体魔術の産物であり、強固な結界が施されている。どんな魔術を受けても破れず、燃えず、書き換え不可能な代物だった。
「感謝する」
カイは肩をすくめた。
「共に戦場に立つのに、遠慮することはない」
そうだな。
それ以外、なにも考えることはねえ。
俺も、このハイデンベルグ城の英雄も、どうせみんな死んじまうんだ。
なら、最後くらいグラナトゥムを信じてみるのも悪くない。
「ところで、嫁は何人いるんだ?」
「なに?」
「ブリギッタが言っていたぞ。貴様のような奴は、そこかしこに女を作って子種をばら撒いていると。
遺産でもめないよう手は打ってあるのか?」
(やっぱり、グラナトゥムは糞だな)
****
砲門が開かれた。
しかし、予想される敵兵の悲鳴も、着弾の轟音も無く、夜のしじまだけがあった。
砲弾にかけられた迷彩魔術によって火炎は見えず、砲音すら吸い込んで、観測兵のカウントダウンの声だけが殺戮の道標だった。
次々と砲弾が着弾し、衝撃波が大気を振るわせる。目標どおりにケルサス軍と結界の中間地点に土煙が上がる。
誤差は無い。魔術と使い魔によって精密に調整されたそれが目標を過つはずがない。
けれど、ヤーヘンに眠りを妨げられて混乱する様子もまた、ない。
彼らも邪教徒たちの戦いが終局を迎えていることに気付いている。さらに、パンデミックによってケルサスの迷彩は剥がされているのだから、攻撃のタイミングなんて手に取るように分るのだった。
「出るぞ」
決死隊を囲むようにして中隊は魔石を発動させる。
虹色の輝きが広がって、兵たちの体を魔力の鎧が覆う。アマゾフが腕を振ると、中隊の面々が静かに進軍を開始した。
(ヤーヘンがこちらの意図を察するのに、それほど時間はかからないはずだ。
だが、邪教徒の結界が完全に解かれるまでは出てこられない。
ケルサスの砲の威力と、布陣が示す総攻撃の可能性、そして亜人への恐怖が奴らを縛り付ける)
アマゾフは凶悪な面相で口角を釣り上げた。
(そして、命のお値段が高いケルサスが特攻なんて下策をとるはずがないという思い込みが、判断を鈍らせる)
中隊つきの観測兵がアマゾフに合図を送る。
(俺たちのほかに大隊が三つか、なるほどねえ。砲弾による魔力の乱れに乗じて進軍するのがこの作戦の肝なのに、他の部隊を出すなんて、ケルサスが何かたくらんでますって教えてやるようなものじゃねえか。
俺の中隊がたどりつけなかったときの保険も兼ねているとしたらお粗末だな。
ならば、俺たちが知らされていないサブ・プランがあるということだ)
足を魔石で強化し、亜人に気付かれないよう、計画された経路を最速で行く。
「中佐、来ます!!」
「時間通りだ、手はずどおりに魔装の属性を切り替えろ」
火と風の魔術が施された砲弾がアマゾフたちの近くに着弾する。
魔石によって炎に特化した鎧がダメージを吸収する。
この場には、四分ほど留まらなくてはならない。
魔力の奔流に、決死隊の魔術士が悲鳴を上げて恐怖に青ざめる。
アマゾフは舌打ちをして、下士官に目くばせした。
魔力の鎧につつまれていてもそれと分る筋骨隆々の下士官が、怯えた決死隊の隊員に優しく微笑みかけた。
「中尉どの、お気を静めてください」
「曹長、わ、私は」
「武者震いですか、さすがです。ですが、ご覧ください」
震える大きな手を差し出す。
「こんな図体をしておりますが、私は怖くてたまりません。もう既に下帯びはびしょぬれでございます。ですが、中尉殿のことは命に代えても目的地にお送りすることを誓います」
手をつつみこんで、眼を見て頷いた。
-恐怖は当然だ。しかし、やるべきことがあるだろう?-
中尉は意志を取り戻し、強く頷き返した。
下士官がアマゾフに視線を寄越した。
(手間をかけさせてくれる。しかし、あんな弱虫が決死隊だと?まったく、イカれてやがる。
・・・いや、待て)
違和感を覚えて副官を見た。
しかし、副官は燃える眼でアマゾフを見返した。
アマゾフは視線を転じて、中隊の面々を見る。
(どいつもこいつも浮かれやがって。そんなに王に認められたことが嬉しいってか?
副官まで熱に当てられるしまつだ!!)
苛立たしげに顔を上げ、部隊を叱咤しようとするが副官が時間を告げた。
(ぐずぐずしている時間はねえ。魔石が切れる前に行けるところまで行かねえと)
手で合図すると、中隊が動き出す。
淀みなく行動する面々に、ひとまずほっと胸をなでおろす。
しかし、カイを見失っていたことに気づいた。
-ここだ-
肩を叩かれて後ろを向くと、すぐそこにカイはいた。
頷きあって、前進する。
先頭の副官が経路を東に変えたとき、その足元に衝撃波が刻まれた。
慌てて立ち止まった副官の目の前に砲弾が落ちて、ダメージを受けた魔装にノイズが走る。新しい魔石を装着した副官は背後を振り返った。
カイが腰に下げたサーベルを叩いて頷いた。
副官は目礼し、前進を続ける。
(護衛対象に助けられるなんてな)
アマゾフは歯噛みしながら下士官に指示し、僅かに陣形を変化させた。
(防御結界の内側から容易く剣閃を放ちやがった。やはり、この男は普通じゃない。指示を仰ぐべきだ)
手信号でその旨を伝え、カイは頷く。
後方から中段に配置を変えて、通信兵を脇につけた。
密集した状態なら、通信魔術は砲弾の魔力による干渉を最小限に防ぐことが出来る。
カイの四方に守護の兵たちが付き、中隊が前進しようとしたときだった。
迷彩がはがれた爆炎の向うに蠢く無数の影がある。砲弾に引き裂かれながら、凄まじい速さで中隊を追ってきた。
アマゾフはサーベルを抜いて、笑った。
敵の出現にざわめく中隊を見渡し、通信を通して声を張り上げた。
「予定よりだいぶ早いが、亜人どものお出ましだ。
てめえら、黒騎士と決死隊を守れ。
残念ながら、死守だ。俺たちの命は二の次だ。
この期に及んで俺を信じろとは言わねえ、俺たちが搔い潜ってきた死線をこそ、信じろ。
神に祈れとは言わねえ、だが、神を見返してやれ」
砲弾降り注ぎ、煙幕の中で発動する魔石が乱反射する。
形成される鎧は、牙と爪。
殺して、殺して、殺しまくることを志向する。
「見捨てられた誇り高い貴族の末どもよ、行くぞ。
ここに王はいない。しかし、見ている。
爵位を取り上げられようとも、俺たちは、それでもケルサスだ」
アマゾフ・イガール・サルトル騎士中佐を指揮官とする、内乱で旧王に付いたがゆえに没落した貴族家の徒弟達は、内に秘めていたすべての憎悪を解き放つ。
私達は、こんなところにいるべきではないのに、もっと輝かしい未来があったはずなのに、と。
高貴な身であるがゆえに表に出せなかった不満のすべてを剣に乗せて、敵兵を不倶戴天の敵であるかのように見なす。
「今こそ王に、俺たちの実存をぶつけてやろうじゃねえか!!」
「「The will of the gods!!(神の意思を)」」
自分たちを排除したケルサスの、かつて誇りと共に叫んだ号令をもう一度。
雄たけびを上げ、残虐性をむき出しにして戦士たちは爆炎の中に飛び込んだ。
血しぶきが舞って、砲弾が着弾する。
弾き飛ばされた肉が、ミキサーにかき混ぜられたかのように辺りに散らばる。
皮肉を顔に貼り付けた剣神は、彼を守るために死ぬ行く兵たちの肉片を掻き分け進む。
焦げた肉の匂いに顔をしかめ、見知った兵の四肢を踏みつけて、神はやがて表情を消した。
-守るために戦うと言った貴様らが、どうだ、敵と同じものになってしまっているのではないか?-
己がほんの少し力を貸せば兵は死なずに済むのに、神は決してそうしようとはしなかった。
どんなに人に染められようとも、彼は神。その理は天上にある。
ゆえに、兵たちが口にする戦う理由、その背後に隠されているものなんて、微塵も知りたくないのに解ってしまう。
-汚らわしい。さっさと死ね。血に飢えた獣どもよ-
彼をかばって体の半分を吹き飛ばされた男の首をかき切るときも、安楽死への哀れみなんて微塵も感じなかった。
ただただ目障りだと、目の前を飛ぶ蠅を叩き潰すのと、なんら変わるところは無かった。
*****
カイが軍行動を開始したその頃、ケルサス本営から離れて退却の途上にあったコールは馬を止め、微笑んだ。
「コール様?」
コールらを保護するため、実際は監視するためにケルサスから派遣されていた兵たちもまた馬を止めた。
「急ぎ後退を」
彼らを無視して、コールは胸の前でアーティファの紋を刻んで瞳を閉じた。
「時は満ちた、神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」
口角を上げて祈りを捧げるコールに恐怖を覚え、振り払うかのようにあえて強気に前に出る。
しかし、騎乗する馬が、使い魔が怯えて前にでない。
「下郎が」
声がしたほうを見ると、燃えるような赤い髪の中に碧の眼があった。
「ひっ!!」
馬が泡を吹いて後ろ脚で立ち上がって、兵たちは振り落とされる。
使い魔は眼を剥いて、主とのつながりを引きちぎろうと悶えた。
なんとか部隊を立て直そうと隊長は立ち上がる。激をとばそうとして、その肩を後ろからがっちりと掴まれた。
耳元で、美麗な獣が囁いた。
「大きな声をだすなよ、無礼だろう?」
そのまま頭を地面に押し付けられた。
隊長はその瞬間、目の端に碧の髪と楽園が刻まれた曼荼羅を見た。
-グローリア、アーティファとアルファスの楽園。王族はエルフの血を引く、聖の巫女-
鮮烈な色とりどりの原色が曼荼羅を彩って明滅する。自我を塗り替えられるような魔力の波動を感じて、ケルサス魔術小隊、全員が意識を失った。
静かに傅く聖騎士たちと信奉者。
マルス中佐が祈りの言葉を口にし、頭を下げたまま立ち上がって背後に向き直った。
そこには、いつしかオオトカゲにまたがる騎士と魔術士たちがいた。
コールがライラの左前方に立ち、異国の騎士に祝福の祈りを捧げると、先頭の少年騎士がうやうやしく顔を上げた。
「遅くなりました」
コールが頷き、ミミとデューイが立ち上がり、マルスがライラに何事かを囁いた。
曼荼羅に映る楽園に心を奪われていたエルフが振り向いた。
「皆で幸せになろうよ!!」
例えようもない、朗らかで無垢な笑顔。
戦場という地獄の中に、一輪の花が咲いた。
かつて世界を制覇したオークの帝王アルファス、その側に咲いた花とまったく同じものだった。




