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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
117/131

古の皇4 -正義の悪-

 ワーカー・ホリックにはじき飛ばされたオーギュントは、視線の先に大木を見た。

 マントに施されていた風の魔力を開放して急制動かけるが、それでも勢いは弱まらず、空中で体を回転させ、手を伸ばせば幹に触れてしまう距離でようやく自由を得た。

 腹ばいに落ちて、口に入り込んだ土を血と共に吐き出す。大剣を支えに立ち上がり、えずきながら息を整えた。


「申し訳ありません、兄上。

 せめて近寄らないようにしていたんですが、誘導されたようです」


 傷だらけの体で大剣を正眼に構え、かすむ目を凝らして兄を見た。

 しかし、ルシアーノは答えない。

 彼を守るように立つザイオンもまた、何も言わない。


「兄上?」


 (いぶか)しげに、オーギュントは兄たちが相対していた敵に視線を向けた。


「久しぶりだなオーギュント」


 彼は、満面の笑みを浮かべていた。


 ****


 (会わせたくはなかった)


 ルシアーノは魔石を使い、骨の見えた自身の腕とザイオンに応急処置を施しながら舌打ちをした。


「オーギュント、気をしっかりと持て」


 震える背に声をかけた。

 ザイオンは動かない。いや、動けない。トドロフだけではなく、ワーカー・ホリックも合流してしまったのだ、意識をそらせばその瞬間に絶命する。


「・・・この時を待っていました。死ぬわけがないと、思っていました」


 しかし、返ってきた弟の言葉は喜びに満ちていた。


「此処に来るまで随分と時間がかかってしまった。本当に長い間待たせてしまったな」


 トドロフは深くため息をつき、応えた声には安堵があった。


「お前の望みは変わらないか?」


 離れた場所に立つキサラギは腕を組んで、じっと二人を見つめている。


「なにを、言って・・・」


 ルシアーノは、剣を握り締めて弟の前に出ようとした。

 しかし、ザイオンが首を振る。


 オーギュントに任せろと言うのか?


「僕は・・・」


 オーギュントが胸当を外す。

 百合が、可憐で清純なマジック・フラワーが咲き誇っていた。


 *****


 強くなりたい。

 己の欲求が命ずるままに、剣技を鍛えて(いただ)きにのぼる。

 それがデュルイ。

 最強騎士集団の長たる者の血に刻まれた宿願だった。 


 でも、斬って斬って斬り続けて、斬れないものが無くなったのなら、私はどうすればよいのだろうか。

 生きる目的を見失ったなら、どう生きればよいのだろうか。

 大義を胸に、さらに斬り続けるか。しかし、最強になった私にとって、果たしてそれは正しいことなのだろうか。


 デュルイの奥義とは、己を捨てて剣と一体化し、その後に剣のすべてを自己に飲み込むことにある。

 己すべてが剣となり、すべての剣が己となる。

 ならば、剣の道筋は私に続く。

 私という自意識こそが大義となる。


 奥義を極めた私は最強だから。

 味方するものを容易く終点に導いてしまうから、私の理想は叶えられるに決まっている。


 でも、ただ最強を目指してきた私に大義なんてものがあったのだろうか。

 ・・・解らない。


 高祖メリザンドが抱いた密かな疑念。

 そしてそんな彼女が、悪魔に堕ちた聖女ナスターシャと試練の剣聖ハルベルトから投げかけられた問は、最強を目指すというデュルイの理念に大きな傷跡を残した。


 -女、貴様の最強を目指す思い、どこに大義があるという。

 最強とは孤高。斬れぬものが無いのならば、貴様はヒトの理とは断絶するもの。

 安寧をもたらすと貴様はのたまうが、ヒトの道を外れた者にそれを求める資格があるのか。

 ヒトの安寧はヒトが求めねばならない。ヒトが血を流さねばならない。

 ヒトならざるものが与えるなど、神意に背いている。

 ならば、畢竟(ひっきょう)、我ら最強は隠遁すべきなのだ。出来ぬというのならば、死ぬべきだ。

 それでも貴様が焦がれ、追い求めずにはいられないというのならば。

 堕ちろ。

 我らのように悪魔に堕ちて、悪という暗黒の鏡でもって世界の闇を照らすのだ。ヒトの理想の障害となり、(マーテル)の愛の光りを満身に受けたヒトに滅ぼされるのだ。

 それが、絶対神の描く楽園の道程となる-


 -気の毒な人。剣神の教えまで受けてヒトを殺して。人外に足を踏み外した貴女は、もう戻れない。

 ヒトであればこそ、その理想は輝くというのに。

 最強になってもなおヒトの理想を求めるのは、ヒトの可能性を信じていないということ。自分の力抜きでは、何も成し遂げられないと、ヒトを下に見ているということでしょう。

 天使を気取るのならば可愛げもあるのだけれど、今の貴女はただの鬼。全てを剣に捧げて、失くしたものを取り戻すかのように切裂いて、貴女はただの魔物に過ぎない。

 もう、愛の意味すら解らないのでしょう-


 剣を構えたメリザンドをハルベルトは賞賛し、ナスターシャは嘲笑した。


 -神を試すほどの我らの愛、滅ぼしてまで追い求める桃源郷、どれほどの物か、見せてみろ-


 -愛の灼熱、憎悪の凪。堕ちた私たちを殺せるのなら、さっさと殺して。悔いはないわ。

 私は殺した全てを覚えている。でも、貴女はきっと、数えたことすらないのでしょうね-


 彼らを討ちメリザンドは剣聖となった。

 世界を救った彼女は、しかし自分を救えなかった。

 かつての最強を斬り、斬れるものが無くなった彼女は、自分の喉笛を掻き切ることで彼らの問いに答えたのだった。


 最強にとっての大義とは何か。ヒトであったときと同じものを抱くのは、正統と言えるのか。

 正当性と正統性を問う争いは、敵と味方、互いに信じる正義の問題なのだから、同じ存在同士でしか成り立たない。

 それを、ヒトから外れた存在が、神でもない最強が決め付けて良いものか。


 メリザンドはハルベルトの問答に対する答えを死に見出し、生きるための選択を次代に放り投げたのだった。


 -答えが見つけられないのならば、せめて歩んだ人生を否定されぬよう努めよう-


 それがメリザンドの後のデュルイの出した答えだった。


 最強に至った者がどう行動すべきか。

 解らない。

 剣聖の先にある道なんて神の領域だ。

 ヒトに至れない存在こそが神なのだ。その思惑なんてヒトの力では推し量れない。

 だというのに、神は応えてくれない。

 理想なんてヒトの数ほどあるのだから、神が示してくれなければ、解るはずがないのに。


 結局、不可知論に陥った。最強を求める衝動に抗えないデュルイは、ヒトを殺さざるを得ない自分たちを正当化するために解決を放棄した。


 そんなふうに自己欺瞞で誤魔化した彼らに待ち受けていたのは、聖女の嘲笑だった。


 -愛の意味すら解らないのでしょう-


 嘲笑う声にこそデュルイは胸をかき乱された。

 自分たちを正当化する数々の物語り、例えば姫を救うために剣を振るう英雄譚、あるいは主君のために悪を斬る、良民のために、理想のために、他もろもろ、それらは愛を知らなければ、まやかしに過ぎない。

 斬る事しか考えていないデュルイにそんなものがあるはずがないと、全てが偽りであったことが白日の下に晒されたのだった。


 デュルイの一族では、奪った命の重さと最強に近づくにつれて失われていく人間性に絶望し、剣を折るものが続出した。

 耐え切れなかった、許せなかったのだ。気付かせた聖女ナスターシャが、そして、それでも最強を求める衝動を押しとどめることが出来ない自分こそが。

 だから、彼らは情動に従うことにした。

 恋愛感情に身を焦がして、支えきれないほどの愛を求めた。

 子を成して血を繋げて、肯定してくれる者らを生みだして、一族と言う垣根を作った。

 浅ましいとも言えるだろう。しかし、彼らは必死だった。彼らもまた、理想に猛ることもあり、義憤に突き動かされることがあったのだから、他のヒトと変わらないと信じていたのだから、自らの欲望のためにヒトを殺さざる得ない自分たちの自我が崩壊しないように、家族という絆で守ろうとしたのだった。


 -ヒトを殺し続ける私たちの生の行く末が無であってもかまわない。

 でも、私たちがヒトとして生きて殺したことだけは否定しないで欲しい。斬ることしか出来なくても、愛を知らないなんて言わないでくれ。

 こんな私たちでもヒトであるのだから。ヒトの歴史の中で、ほんの少しくらい役に立ったと認めて欲しいんだ。

 誰か、ほんの少しでもいいから-


 戦争の中で、きらびやかな英雄譚に彩られながらデュルイの心は磨耗していった。

 ヒトから羨望を集めながら、その心はしかし、虚無にまみれていった。


 やがて信仰心に薄かった彼らは、信仰対象であった戦神オーク・キング、アルファスを見つめ直した。

 安寧を求める妻のために剣をとって、最強に至った果てに神に滅ぼされ、戦神となった醜いオークの帝王を自らに重ね合わせた。

 走ることしか出来ないのなら、走り続ける。それが罪というのならば仕方がない、滅ぼされよう。

 けれど、愛を知らないということだけは許容できない。

 私たちは、アルファスのように愛のために戦うのだ。欲望の赴くままに力ずくで奪い去ったエルフの女王のために全てを投げ出したアルファスのように。

 まるで自己暗示のように思い込む。

 歪んでいても、それが戦争が生み出したデュルイという血に濡れた一族なのだった。


 ****


 トドロフは、かつて胸あてに刻んでいたアルファスの戦斧を模した国旗を、まるで今でもそこにあるかのように撫でた。


「私達はカルブルヌス。求めるのは大義、歩むのは血に汚れた剣の道、慰めてくれるのは女だけだ」


 鬼となった(オーギュント)を、身を呈して浄化した可憐な娘。

 反逆者に仕立てあげられ、家名すら奪われた悲劇の一族。

 オーギュントに愛を教えてくれる少女。


「見ていたよ。フラーダリーの娘だろう。

 良い子だ。清澄で美しく、誰よりも強くて儚い。

 嫉妬するよ」


 オーギュントがマジック・フラワーを撫でる。

 花びらが揺れて、花粉を模した魔力の結晶が、しん、と降る。


「穢してしまえば、斬ってしまえれば楽なのに。

 それが、どうしても出来ないんですよ、兄さん」


「私には分らないが、そういうものか。

 私は理想を見つけたよ。そのためならば、きっとあらゆるものが斬れてしまう」


 トドロフが両手を広げる。


「だから、駄目なんだろうな」


 魔力が爆発的に高まり、ザイオンとルシアーノを相手にしていたときには見せなかった天衣無縫の剣気が湧き上がる。具現化して、泥が、周囲の草々に降りかかった。


「なら、あの子を離すなよ」


 空を仰いだ。

 世界を見下ろす月(神)を見上げて、降り注ぐ神気、月光を満身に浴びる。

 法則を感じて同化して、絶対神(マーテル)の理念を捉える。

 無我に神秘を体験して、神の一端を理解した。

 しかし、トドロフの胸に抱いた思い、それは信仰ではなかった。献身でもなく、まして懺悔でもなかった。


 神は応えない。

 それこそがカルブルヌスがたどり着いた世界の摂理。

 ならば、好き勝手にやらせてもらうと、高をくくる。

 (マーテル)の前におもねって、その信心の背後に短剣を隠す。裏をかいて誤魔化して、神の理に秘められた隙を突く。


 トドロフは、高まる剣気で真理に泥を塗りつけた。


 -天神誤水(てんじんごすい)-


 鶴となって遊ぶ神が、大地から飛び立とうと翼を広げる。

 しかし、泥に足を取られて、思わず視線を転じた。


 -大空にあるはずなのに、どうして未だ泥沼にあるのだ-


 惑う翼が空を掻く。

 首を振って、取り乱す。


 全ては己が作り出したもの。

 なのに、どうして私が囚われる。


 神が戸惑い、機会原因の法則が乱れた。


 ****


 世界を定義づける無謬(むびゅう)の魔法陣の中で、かつて世界に君臨した英雄が口角を釣り上げる。


 マーテルよ、惑え。

 お前の疑念、それこそ私たちが仕組んだ企み。

 ただお前に頭を垂れたのではない。この腐った世界に傷をつけるために、その軍門に下ったのだ。


 神となったオークの帝王アルファスと、エルフの女王アーティファが仕込んだバックドア。

 (マーテル)を幻惑させる奇手。


 -お前の法則には、我らの悔いという名の変数が混じっている-


 ****


 (かみ)の羽ばたきが無為となる。

 尊い法則はヒトの口を膾炙(かいしゃ)し、巷間に集う民の語りとなる。


 神よ、堕ちろ。

 空を求めて泥に足掻く滑稽さ、まるで講壇の笑い話。

 所詮、お前はその程度。

 踊って笑われ、ヒトの語る物語に囚われろ。


 トドロフの奔放な剣気が、神を引きずり下ろす。


 法則からの自由はありえない。

 絶対なる神が定めたのだから、その足元に跪くしかない。

 ならば、その足を捉える。

 私の居るところまで堕としたなら、きっと私は解放される。

 なぜなら、自由とは神の属性であるのだから、それに近い私は自由である。


 剣が泥にまみれて、トドロフの背に泥の翼が広がった。


 -陰段、泥濘(でいねい)の鶴-


 ****


 オーギュントが、大剣を担いだ。

 切っ先の先にあるまほろばを、花咲く大地を忘我に観る。

 蓮の上で優しい夢を見るのは白き虎。

 安寧を喜び、蹴鞠で遊ぶのは鬼の姫。


 降り注ぐ日の光りよ、かぐわしい花の香よ。

 豊土のぬくもり、祈りの響きの心地よさよ。


 ああ、まほろば。


 愛する人に手を引かれて、笑い、駆けて、ともに花の内に倒れこむ。

 夢心地にまどろんで、ふいに気付いた。


 こんな幸せ、ありえない。


 罪にまみれて殺し合う、穢れたヒトには、あってはならない。


 起き上がって、世界を見る。

 見ようとしなかったものを、見ようとする。

 その目が捉えるのは、まほろばの真実に他ならない。

 白虎がしゃぶるのは貧者の骨、鬼姫が遊び蹴るのは高僧のしゃれこうべ。

 色とりどりに咲き誇る花々は幼子の死体に寄生して、祈りの声は母を地獄に送る御詠歌だ。

 それら全て、幸福を得る代わりに払った対価である。


 戸惑う僕を不思議そうに見上げる君は、自慰する僕の妄想で、犯した罪を慰めようとする滑稽な僕自身に他ならない。


 まほろばは、無残の果てにこそ花開く。

 残虐非道の先にこそ、浄土の光りは降り注ぐ。


 無垢な者など存在しない。

 ヒトは、生きるためには殺さねばならないのだから、等しく罪にまみれている。

 だから、ヒトは斬らねばならない。

 斬り刻んで、その罪に苦しむことすら偽善。


 剣を頭上に掲げる。

 一閃に振り下ろし、愛する君を両断した。


 血しぶきを浴びながら、思う。


 ・・・けれど、善悪など涅槃(ねはん)において何の意味があるというのか。


 夢から覚める。

 鐘の音が、割れんばかりに鳴り響く。


 僕という鬼が、修羅がいた。


 愛して愛され、悶えて、斬る。


 見上げた先には。


 -暁の寺-


 そうだ、そうなのだ。

 僕は斬ることしか出来ない。

 裁くことも、弁護することも、許すことなど、さらにない。

 善悪もまた、僕には何の意味もない。

 でも、それでいいのだ。

 それ以外の在り様は、偽りなのだ。


 今というときを何度繰り返しても、僕は彼女を斬るだろう。

 愛することすら、切断の理に依存する。

 そんな、どうしようもない存在が僕なのだ。


 理解したオーギュントの体が腐る。

 死んで、生まれ変わって蛆になる。

 百合になって、虫になって、億兆年。再びヒトになった。

 殺戮の果てに無常を知り、仏道に帰依して即身仏となっても、専心、斬ることだけを思う。

 108煩悩、他愛なし。

 然れども、切断の快楽、逃れることあたわず。


 悟れ。

 それが、刃。理念の世界の僕の、実在。

 僕の求める、絶対神(剣神)の理。


 戦場で剣神が、ようやく気付いたのかと溜め息を漏らす。


 羅刹となりて、ヒトを斬る。

 仏に逢うては仏を斬り、親に逢うては親を斬る。

 白虎に逢うては白虎を斬り、姫に逢うては姫を斬る。


 虚空を背に、剣神は語る。


 -理想など後から付いてくる。たかが刃の分際で理想を語ることがそもそもの過ちだ。

 お前のいる世界は神が溢れている。理想なんて、斬った先で適当な神が理屈をつけてくれる-


 オーギュントは、剣神(カイ)の神気を浴びて叫ぶ。


 -だからこそ、善悪を超越したまほろばを目指すことが出来るんだ。

 この身を貫くこの快楽、追い求めて、切裂き続けて、斬れないと絶望する結末に至れるんだ!!-


 けたたましく笑う白虎と鬼姫。


 -殺せ、むさぼれ、しゃぶりつくせ。そして、絶望の中で、死ね-

 -穢せ、犯せ、踏みにじれ。そして、恍惚と共に、ヒトを捨てろ-


 オーギュントの剣気、剣神の教えに修羅の理が生じる。


 もう、惑わない。


 愛する人よ、僕の愛に擦り切れろ。

 きっと、いつか、殺してやる。


 オーギュントの剣気が凝縮し、額に一本の角を形作る。

 担いだ大剣が、殺意に耐え切れずにひび割れる。刃が欠け、まるでノコギリの乱杭歯。

 鬼が、オーギュントの穢れた本質が這いずり出た。


 -修羅道、堕罪(だざい)の理-


 ****


 兄はヒトの紡ぐ物語に神を堕とす。

 弟は、剣に宿した修羅で神を斬る。


 ****


「やれやれ」


 兄弟が邂逅の刃を交えようとした、まさにそのとき。


「阿呆どもが」


 キサラギが、ぶつかり合おうとしていた二人の剣先を両手人差し指と薬指で挟んでいた。


「俺は忙しい」


 ため息をつくと、二人が手刀で弾かれた。


「ぐっ」

「がっ」


 ただ弾き飛ばされただけなのに、どうしてか、受身すら取れずに地面に転がる。


「二人とも殺気の使い方がいまいちだ。それではどんなに並外れた技であっても攻撃の目的と目標、タイミングが手に取るように分ってしまうぞ。

 弟君は仕方がないとして、トドロフ、お前はもうちょっと何とかなるだろう。

 まったく、駄目だな!!」


「先生、どいていただけませんか」

「邪魔を、しないでもらいたいですね」


 ワーカー・ホリックことキサラギは眉根を押さえる。


「ゼーリャといい、こいつといい、さっぱり俺を尊敬してくれない。どうして俺の弟子はこんな奴らばかりなんだ?

 ・・・そっちも苦労するな」


 そう言って、ザイオンに笑いかけた。


「なっ・・・」


 歩みを進める。

 殺気がその場を包みこんで、まるで森全体を覆ってしまうかのよう。

 オーギュントも、ルシアーノも、トドロフすら動くことが出来ない。


「弟君の力は見た。もう帰って一杯やりたいところだが、まだこの場ですることが残っている」


 懐に手を入れて、懐中時計を取り出す。


「トドロフと昔語りに花を咲かせたいだろうが、こっちにも都合というものがある」


 ザイオンに向けて、申し訳なさそうに苦笑した。


「日が変わった」


 キサラギはそう言って、黄金の山羊の仮面を被った。


 ****


 ルシアーノが気付いたとき、そこには血溜まりだけがあった。


 兄を見るが、目を見開いて口元を震わせている。

 弟を見る。オーギュントは何も見ていないかのように、ぼんやりと佇んでいる。


 足音がして、ソレが近づいて来た。


 父よりもはるかに多くの時間をともにして、もしかして心の内では彼こそが父と思っていたかもしれない。

 それなのに、殺されたのに、別れの挨拶すら出来なかったのに。

 仇が脇を通っても何も考えることが出来ない。目を合わせることすらできない。

 仇だと認識することすら、実感がない。


 その片手にはザイオンが握っていたはずの宝剣の一振りがあった。

 弟のすぐ前を通り、血たまりにかがみこんで、もう一方を拾い上げる。

 周囲を見渡し、伸びをして、軽く兄の頭を叩いた。


「行くぞ」


 トドロフは弾かれたようにキサラギに向き直り頷いた。


 そのまま、去ってくれればと思った。


「ルシアーノの坊ちゃん」


 話しかけられて、思わず肩が跳ねる。


「俺を放っておけば全軍に影響が出ると思ったのだろう?

 だから、弟君が俺を追っていることを察知したお前は、合流して俺を討てないまでも時間をかせごうとした。

 教導騎士団が撤退を指揮している以上それしかないだろうし、俺もそうする。

 戦場指揮官としては有能かもしれんな。

 ・・・だけどな」


 -お前、赤毛の娘のことは、気にも止めんのだな-


「え?」


「くずだよ、お前は」


 去り行く邪悪の手には、罪を裁く聖なる両短剣があった。


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