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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
115/131

古の皇2 -鬼との邂逅-

「お待たせしました」


「ん?」


 草を刈り、木を切り倒し、せっせと決闘の場を整えていたワーカー・ホリックことキサラギは、木々の間から現れたオーギュントを見て肩を落とした。


「行き違いだったか・・・」


「なんのことです?」


「いや、なに、・・・うむ」


 どうしたものかと、困ったように腕を組む。


「もう少し、軍全体のことを考えたらどうだ?」


 まずは兄のことを、軍司令官の無事を確認すべきだろうに。


「作戦通りであれば、撤退は完了しているはずです。

 なにより、兄はカルブルヌスですから」


 ですが、その言いよう、もしかして兄を殺したんですか?


 オーギュントの口元が歪む。

 剣気が漏れ出て、足元の草々が切裂かれる。


「いや、無事だが・・・」


 そう言って、オーギュントに背を向ける。

 切り込もうとしていたオーギュントは間合いを外され、たたらを踏んだ。

 キサラギはそのまま、警戒心など微塵も感じさせることなく草むらに入り、人を抱えて出てきた。

 木にもたれかけさせると、体が冷えないようにマントをかける。


「クシェル、さん?」


「眠っているだけだ。何もしていないぞ。お前の兄には別のことを言ったが、それは嘘だ」


 随分脅しつけてしまったと、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「いろいろやることがあってな。

 お前をおびきだすために本陣を強襲したんだが、つい壊滅させてしまった。

 しかたなく保険で攫っておいたこの娘を使ったわけだ」


「攫った?保険で?」


 オーギュントの剣気が鋭利になる。


「そうだ。まあ、こう言ってはなんだが、お前らといるよりも俺といたほうが安全だ」


 キサラギが口角を上げる。

 噴き出す殺気。


「雑魚だろう?お前たちは」


 オーギュントは、剣を手にはじけた。


 ************


 そのころオブザルは、教導騎士団と合流すべく森の中を駆けていた。

 オーギュントと共にルシアーノのもとに向かう道すがら邪教徒の存在を掴み、本軍に随行するフォーネリアに伝えた。そのフォーネリアから、ルシアーノがいるはずの指揮所からの連絡が途絶えたことを知らされ、魔眼でもってルシアーノの無事を確かめよとの命を受けた。そして、ルシアーノが森の奥地、邪教徒がいるであろう地点に向かっていることを突き止め、フォーネリアが救助に派遣した教導騎士団との合流地点に向かっていたのである。


 (ルシアーノ様、一体、なにが・・・)


 ルシアーノの足は速い。死に物狂いで突き進んでいる。しかし、魔力が安定しない。どうやら消耗しているらしい。偵察と思われる騎士隊が先行しているが、魔眼で足跡を見ても魔力の輝きが鈍い。彼らもまた消耗しているのは明らかだ。


「オーギュント様、早まった真似はしないでくださいよ」


 一人、邪教徒の下へ向かったオーギュントに、届くはずのない声をかけた。


 ****


 オブザルがオーギュントと共にカイの特攻を止めさせるため、本軍に向かったのは日没前のことだった。とっぷりと日がくれてから、どうにかフォーネリアとの面会の許しを得たものの、結果は惨憺たるものだった。


 -貴方が気に入らないからといって、作戦が中止になるわけがないでしょ。

 私?むしろ賛成、かしら。

 使い魔の命一つでこの戦争に片が付くというのなら、今まで温存してきたことにこそ、腹が立つわ-


 背後に控えていたオブザルからも、その言葉を聞いたオーギュントの怒りは明らかだった。

 矛先に立つフォーネリアはニヤニヤ笑みを浮かべていたが、急に真顔になった。


 -使い魔の使命は主を助け、守ることにある。

 そうでない者もいるが、カイとかいう黒騎士もまた、これまで主の安全を省みない行動を取ってきたのではないか?

 ハイデンベルグ城のことが良い例だ。初めてのことではないのだろう。

 ならば、その使い魔はレオーネ姫殿下にとって不適格で、危険だ。

 特攻によって始末する手間が省けたわけだな。それもケルサスの役に立ってくれるという。反対する理由などない-


 -姉上、貴女は!!-


 -まだ何か言いたいことがあるのか?

 良かろう。皆を代表して聞いてやる。

 外にいるのは、私が愛するカルブルヌスの兵たちだ。筆頭騎士でありながら軍を抜け出し、勝手気ままに振舞った貴様が見捨てた民だ。

 特攻が取りやめになれば、この者らが邪教徒と対面することになるだろう。どれだけ死ぬか、想像したことはあるのか?

 それでもなお反対するというのならば、ほら、言ってみろ。今の貴様にどんな理屈があるという?

 私を言い負かし、貴様の言葉で止めを刺すがいい-


 オーギュントの足元から剣気が漏れ出る。殺意すらまとって姉に向かう。


 -姫様-


 -なんだ、オブザル-


 -そこまででございます-


 -ふん-


 フォーネリアは手を振った。


 -去ね。ここは貴様が居て良い場所ではない-


 天幕を出ると、オーギュントが振り向いた。


 -姉上の言ったことは正しい。

 でも、僕は諦めない。

 オブザル、君は僕を軽蔑するだろうか-


 -まさか-


 そして、今度はルシアーノのもとに向かうことになった。


 オブザルは、先行するオーギュントを追いながら思う。

 姫様の仰ったことは、もっともだ。将官としても、そう判断するのが当然なのだろう。

 でも、カルブルヌスとしてはどうか。ルシアーノ様やエルネスト様であったならば、きっと違うことを仰ったんじゃないか?

 カルブルヌスは矢面に立たなければならない。それこそが誇りで、存在意義だ。グラナトゥムの姫君の使い魔に特攻させ、自分たちは退却するなんて冗談じゃない。

 戦場で血にまみれて死ぬことこそがカルブルヌスだ。


 -フォーネリア様、貴女は優しすぎる-


 だから、その上の姉が国内に留め置かれたのに、貴女は国外に嫁がされた。

 カルブルヌスに居ては幸せになれないのだと、不敬にもそう思ってしまった。


 彼はどうだろうか。

 オーギュントを魔眼で凝視する。

 凄まじい剣気と切断を求める在り方。

 サラ様の清冽な魔力に包まれていながら、這い出そうとする闇。

 拮抗する聖と悪。

 オーギュント様は、違う。

 存在そのものが剣。まさに、これこそがデュルイの血。

 そのオーギュント様が仰るんだ。カイ殿を殺してはならない、と。

 友人だから?師だから?愛する人の大切な人だから? 

 きっと、そうなんだろう。オーギュント様が初めて出会った、見上げることが出来る人だから、情念に引きずられている。

 でも、それだけじゃない。


 私のこの魔眼は、見た。

 いや、観ようとしても、あの人だけは出来なかった。


 怖かったから。


 カイ殿を観ようとしたときに囚われた恐怖。

 それは、邪教徒を観るときのような、嫌悪感を伴ったそれではない。

 本能的なものだった。

 けれども死ではなく、闇でもない。

 ただただ、恐ろしい。

 もちろん畏怖でもなかった。

 観ることが、観えてしまうことが恐ろしかったのだ。

 私の存在、それとはまったく断絶した彼岸にある存在を観たとき、私は私でいられるのだろうか。


 私の魔眼でも捉えきれない、黒騎士を名乗る何か。

 あの恐ろしいカイ殿を追いつめれば、きっと邪教徒誕生よりも恐ろしいことが起こる。


 つらつらとカイとオーギュントのことを考えていたオブザルは、ふと、森の違和感に気付いた。


 (・・・?)


 魔眼に鈍痛が走った。


「止まってください!!」


「!!」


 急制動をかけて、木の根元にうずくまる。駆け寄ってきて肩を掴むオーギュントの手を跳ね除けて、意識を集中させる。魔眼でもって違和感を、森に漂う魔力の揺らぎを見る。


 これは、なんだ?

 まるで世界に穴が開いたような、マーテルの法則に抗う何かが通ったような・・・。

 あの、エンジェル・ボイスに似た何かが・・・。

 巧妙に隠されているが、見られないほどではない。


 視神経と同化した魔力の網が幻の熱を持つ。


 あと、もう少し・・・。


「ギッ!!」


「大丈夫か!!」


 倒れ掛かったオブザルは、目から血を流していた。


「無茶をするな」


 地面に寝かせようとするオーギュントの腕を掴んで言った。


「もう一人、この森に邪教徒が、黄金の羊がいます」


 肩で息をして、目元を拭う。

 オブザルが見上げたオーギュントは、何かを堪えているかのように感情を押し殺していた。


「居場所は突き止めました。動いてはいません。まるで誰かを待っているかのようです」


「待っている?」


「はい。ですが、それよりも足跡に問題があります。呪いの残滓は、ルシアーノ様がいる天幕の方向から続いています」


「兄上に通信は?」


「無理です。私たちではノイズがひどくて届きませんし、補助として持ってきた魔石は本軍との連絡に消費してしまいましたから、全然魔力が足りません。様子を探ることも、指揮所にある魔具が邪魔をして不可能です」


「姉上には?」


「退却にあたって多重に結界を張り、幻術を使っているようで、こちらも同様、私たちの魔力では連絡できません」


「かといって信号弾では邪教徒だけではなく、ヤーヘンをも刺激する、か」


 オブザルは頷いた。


「ならばオブザル、君は通信が届く範囲まで引き返し、姉上に知らせろ」


 立ち上がったオーギュントの顔は、闇に溶け込んで見えない。


「オーギュント様は?」


「なにをしようとしているかは分らないけど、探る必要がある」


「危険です。見つかれば殺されます。いくらオーギュント様でも、お一人では太刀打ちできません」


「数がいれば良いってものでもないだろう?」


 月光を受けたオーギュントは、笑っていた。


 (なにを言っても無駄だ。この目は、初陣のとき、喜んで死地に飛び込んで行ったときのものと同じだ)


「無茶をなさらないように。見つかっても、出来るだけ時間をかせいでください」


「解っている」


 (そんな見え見えな嘘、つかないでくださいよ)


 オブザルはオーギュントから顔を背けて、急ぎフォーネリアの元へと闇夜の中へ飛び込んでいった。


 ***+


 カルブルヌス本軍の指揮所から連絡が途絶えて、いまや指揮権はフォーネリアに移っていた。

 ルシアーノの身を案じる幕僚の戸惑いを抑え、指揮権交替の影響を最小限に抑えるべくフォーネリアは撤退のスピードを速めた。

 多少無茶な命令を出しておけば、余計な心配に煩わされることはないと判断したのだった。

 嵐に包まれたような天幕の中、フォーネリアの心中は落ち着いているかのようだった。しかし本当は、渦巻く竜巻のように荒れ狂っていた。


 (一体、ルシアーノの身になにがあったの?)


 握り締める肘掛に、暴走した魔力が切り傷を刻む。


 (あれほど入念に私が幻術と結界を張り、陣を張る位置もルシアーノ本人が十分な時間をかけて(けみ)したはずなのに)


 混乱を静めようと頭を振る。目をつむって、深呼吸を繰り返した。

 教導騎士団を呼び出すと、音もなく初老の男がフォーネリアの前に跪いた。


「ザイオン、ルシアーノの身に不測の事態が起こったようです」


 目元が痙攣するのが押さえられず、おもわず顔を手で覆った。


「お任せください」


 ザイオンはそう言って、なにも言わずに下がってくれた。

 思い出の中の彼はいつもこうだった。私が困っているときには余計なことは言わずに、よく計らってくれる。

 何時までも子どもではないと気張ってみても、いつも側に居てくれた彼にはつい甘えてしまう。私だけではない。兄妹たち誰もが、そうだった。

 ザイオンとザイール、父王の側近でもある二人が居てくれたから、私達はカルブルヌスの王族という重圧に負けずにここまで生きてこられたのだ。

 きっと今回も、弟を救ってくれる。


 フォーネリアは心が落ち着ちついて行くのを感じた。

 ようやく頭が回りだして、指揮権移行のもっともらしい言い訳を考えようとしたときだった。


「フォーネリア様、アエス騎士団、オブザル卿からの緊急入電です」


「ん?」


 (さすがはオブザル、指揮所の異変に気付いたのね)


「強化通信兵を私の部屋に。まずは私が聞き、それから指示を与えます」


 部屋に入り、通信の水晶に向き直る。

 通信兵の魔力が高まって、声が響く。


 -邪教徒が、もう一人-


 私の大好きな弟たちの運命の糸が、ぷつりと切れる音を聞いた。


 *****


「好き勝手暴れてくれてくれるものだ」


 キサラギがオーギュントの剣を防ぎ、後方に飛んで間合いを取る。

 しかし衝撃波が追撃する。


「筋は良いが、まだまだ荒い」


 剣筋、角度、打ち込む強さのすべてを経験で読み取ったキサラギは、衝撃波の道筋に爪先で最小限の衝撃波を刻んで弾く。


「ははっ!!」


 キサラギが何をしたか見て取ったオーギュントが賞賛の笑いを漏らし、太い木の枝に着地した。


「さて王子様、次は?まだまだ手があるんだろう?」


 オーギュントは喜びに顔を歪ませる。


「春雪」


 体に無数の刃がまとわり付く。


「こうかな?」


 刃が蠢く。風に吹かれて舞い散る刃が、狂い乱れてぶつかりあい、まだらになる。


「違う。・・・なるほど、こうか」


「!!」


 キサラギは、毬を蹴る鬼姫を幻視した。


「女郎の糸」


 ぶつかりあった刃が捩れて、玉になる。

 オーギュントの眼前に浮かんで吐き出され、糸となってキサラギを包みこんだ。


「おいおい、春雪は防御の技だろう?」


 冷や汗を流しながら、高速で切断していく。


「もっとだ」


 そう言って微笑むオーギュントの剣気が膨れ上がって、神速の剣戟で蜘蛛の巣が紡がれる。


「やれやれ、冗談じゃない。

 お前のひいひいひい爺さん『乱れ斬る剣聖』でも、こんなでたらめな剣筋は見せなかったぞ」


 キサラギは自分を中心として、円を描くように剣を振るう。

 女郎蜘蛛の糸が千切りにされ、消失した。


「この剣気、羅刹神、雫の理だな。

 こんなものを身に宿してどうして正気でいられる?鬼に堕ちるのが道理だろうに」


 オーギュントは笑う。


「勘違いしているようですが」


 そう前置きをして、


 -僕はもう、とっくに堕ちているんですよ-


 オーギュントの姿がキサラギの視界から消えて、上空から突きが放たれた。

 かわしたキサラギに向かって、十字の剣閃が迫る。


「宿地か!!」


 キサラギは居合いで弾く。

 しかし目の前にオーギュントがいた。


「やるじゃないか」


 柄で殴りつけるようにして、横薙ぎの一閃を弾いた。


 オーギュントが飛びのき、キサラギも構えをなおす。


「これも、受けますか」


「いやいや、大したものだよ。

 一撃を放った後、後方に避ける相手に向かって、宿地で間合いを混乱させながら衝撃波を放ち、返す刀で十字を刻む。さらにその勢いで間合いを詰めて、本命の一太刀を振るう。

 東の大陸でも出来るものは滅多にいないぞ。

 お前は知らぬだろうが、それは飛燕剣と言うんだ。

 まったく、剣を交えるたびに驚かされるな」


 オーギュントは剣を構えた。


「それでも貴方はかすり傷一つ負っていない。

 ワーカー・ホリック。

 聞きしに勝る化け物ぶりですね」


「ばれていたか」


 キサラギは笑う。

 

「だが、鬼には良い相手だろう?」


 だらり腕を下げて、構えることなく歩を進める。

 キサラギがはじめて自らオーギュントの間合いに入った。


「じゃあ、次はこちらからだ。付いてこいよ、ガキ」


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