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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
114/131

古の皇 1 -ワーカー・ホリック-

 カルブルヌス騎士団国の指揮所は、本軍とは離れた場所にあった。

 本軍が国境である長城の西方に陣を敷いているのに対し、指揮所はさらに西、ライラが傭兵団を打ち破った森のはずれにある。守るのは三十名に満たない近衛のみで、その他は戦闘に向かない通信兵と兵站参謀だけである。

 表だっての指揮は、本軍に随行している、ルシアーノの姉であるフォーネリアが、いかにもな天幕でふるっている。敵が見ればこちらこそがカルブルヌスの頭脳だと思うだろう。しかし本当はルシアーノがいる孤立したその小さな天幕こそがそうなのである。

 なぜ危険を冒してまで孤立しているのかといえば、そのほうが確実だからであった。軍を指揮するに当たって最も重要なのは意思伝達の精度と速度であり、それでいて、刻々と変化する戦場ではリアルタイムに情報を伝達することはとても難しい。最前線では多くの魔術が紡がれることによって魔力が干渉し、通信魔術は乱れ、通信の受け取り側、発信側の魔術の精度がよほど高くなくては、混線してしまうからだ。そこで、ほとんどの軍では、指揮所に多くの魔術士を配置し並列的に処理することによって、通信の確実性を担保していた。

 しかしカルブルヌスはそんな無駄なことをしない。貴重な魔術士の多くを通信で裂くよりも、少数の魔術士を通信に特化させ、さらに指揮所を魔力の干渉外に置くことで精度の高い通信を行っているのである。もちろん保険としての影武者兼、代理の指揮官を軍に常備させている。それが本戦場ではフォーネリアなのであった。そして、実のところ、強力な防御結界と幻影魔術によって保護されたルシアーノの天幕こそが何処よりも安全なのである。ルシアーノいる指揮所が機能不全になる確率は、統計的な見地からいっても、本軍に囲まれているよりもはるかに低いのであった。

 そのような事実があったとしても、今回の戦は国の命運が掛かっているのであり、ケルサスから見れば、とてつもなく危ういものに思えたのも確かであった。いくらフォーネリアがいつでも指揮を引き継げる体制をとっているのだとしても、ケルサスにとって納得できるものではなかったのであった。

 ケルサスは指揮所の安全を確保するため、ケルサス軍のように本軍内部に設置するようカルブルヌスに求めた。しかし、カルブルヌスとしても国難であるからこそ譲れなかった。戦に絶対の自信をもっていたカルブルヌスは、自国のやり方を曲げるつもりはなかったのだった。


 全軍退却後に残す一部の兵のことを考えた結果ということにして、押し通そうとするカルブルヌスと、主国という立場を盾に要求を飲ませようとするケルサス。怒号が飛び交う会議の場で欠伸をしていたフォーネネリアは、突如、口を開いた。


 -国同士の意地の張り合いって、ほんと、面倒ね-


 顔に掛かった絹のベールをまくり上げ、おっとり、微笑んだ。


 -戦争のことでカルブルヌスに意見しようなんて、ケルサスは随分と偉くなったものね。

 これ以上、ぐだぐだ言うつもりなら、今度はうちが反乱を起こすわよ-


 ケルサス王国の衛星国家のひとつで、国防の要所に嫁いでいたフォーネリアの、わがままで 開けっぴろげな殺気に、ケルサス本営はカルブルヌスの要求を飲まざるを得なかった。


 ****


「閣下、第206銃砲騎馬大隊、並びに第308騎士大隊、撤退に移りました。これで全軍の撤退は完了となります」


 ケルサス軍がカイを犠牲とした特攻作戦を準備する一方、カルブルヌス軍は速やかに撤退を完遂しつつあった。特攻が実施される前に、彼らは主力の一部を残し、背後に退かなければならなかったのであった。ハイデンベルグ城に新たなる防御線を築き、各種結界を速やかに敷設せよ、との王命を受けていたのである。


「ご苦労」


 幕僚はルシアーノが告げても下がろうとぜず、唇を引き結び答えを待っていた。


 ケルサス軍を残して、カルブルヌスが退却するということ。それはつまり、ケルサスだけでヤーヘンと邪教徒の相手をするということであった。けれども、新たなる防御線の構築なんて、増援として徴集された王国兵に任せれば良いのであり、いくらカルブルヌスが築城を得意としているといっても、打撃力においてケルサスを大きく勝るカルブルヌスがやるべきことではなかった。


 ルシアーノは幕僚から目を逸らした。


「王命だ」


 幕僚が失望を表すことがなかったのは、カルブルヌスの将校として長く軍務に就いていて、ルシアーノの能力をよく知っていたからであった。そして彼はきっと、ケルサス軍の参謀でもあったルシアーノが、その馬鹿げた命令の意図を知っており、それでいて話せない何かがあると納得したのだろう。

 だが、ルシアーノは何も知らされていなかった。

 ただ、撤退しろと告げられたのだった。


 あっけに取られるルシアーノに王は薄く笑うだけであった。

 王の意図を把握しかねていたルシアーノに、さらに父であるカルブルヌス王から撤退を急ぐように催促が来たのがほんの数時間前のこと。


「なぜ、そんな?邪教徒どもの争いに決着が付いた後にこそ、我らの力が必要なのではないですか?」


 父王エルネストは、獰猛な視線を投げかけた。

 思わず跪いた息子に、何も言わずに通信を切った。


「私などには計り知れぬ思惑があるということか」


 それとも、グラナトゥムに犠牲を強いた以上、カルブルヌスは大怪我を避けるべきだということだろうか。

 ルシアーノは父の思惑をなんとか理解しようとしたが、出来るはずがなかった。父王は戦争に対して独特の感性を備えていて、それゆえに特別だったのだから。


 (ルーメン陛下は、魔獣をどうするおつもりなのか)


 机上の戦力図を眺め、考えても無駄か、と頭を振った。

 防御線の要であるハイデンベルグ城の見取り図を映し出させようと、参謀に声を掛けようと、顔を上げた。


「?」


 天幕の中央、慌しく幕僚たちが駆けるなか、マントに身を包んだ誰かが立っていた。

 フードに覆われているから顔は見えない。

 背は高くなく、むしろ小柄。

 痩せているようだが、骨ばった様子で、これは男だろうか?

 ここはカルブルヌスの天幕であり、こんな面妖な恰好をしていいはずがない。

 そもそもこんな恰好では、たとえ本軍からの伝令であっても、衛兵に止められて内には入れないだろう。

 いったい、誰だ?


 男に気付いた兵が男の肩に手を伸ばす。

 その手が、肩に触れる瞬間だった。

 ルシアーノは、風が吹きぬけたと思った。

 思わず顔を背け、手で覆った。

 その指の隙間から、鮮血が広がるのが見えた。

 天幕内にいた約半数が、ぐしゃりと、ぬめりを帯びた音を立てて崩れ堕ちた。


「戦闘態勢!!」


 机を蹴り飛ばし、叫ぶと同時にサーベルを抜き放つ。

 兵たちが瞬時に動き、武器を手にとり、ルシアーノを守るかのように取り囲む。


 -なにが起こった-


 -誰だ、この男は-


 -天幕には幻影魔術だけではなく、結界が張ってある。入れるはずがない。万が一、結界が破れたとしても魔力探査に掛かるはずだ-


「黒騎士だ!!

 結界をどういうわけかすり抜けたのだ。こいつらは、魔具を持っていない限り魔力探査には掛からない!!」


 混乱する兵たちに怒声を飛ばすルシアーノ。

 フードの奥で男が感心したように、嘆息した。


「さすがだ」


 周囲で倒れた兵たちが呻く。

 首からとめどなく血を流し、絶命していたはずなのに傷口がない。

 幻影だろうか、いや、感じた殺気は本物だった。

 男の動きに注意しつつ、周囲を見渡す。


 片腕、片足を切断された兵士が痙攣し、今まさに息絶えた。

 しかし、その腕が、足が、ある。


 -どういうことだ、これは。切断されたはずの手足が、なぜ、そこに?-


 生き残った兵たちも呆然としている。

 死んだはずの仲間たちの体が、何時のまにか再生している。


 ルシアーノの全身の毛が逆立った。


「通信兵、兵站将兵は引け!!」


「ふ、負傷者の救助は」


「無理だ!!」


 剣を構えて、カチカチと鳴る歯を噛み締める。


「この男は・・・」


 まるでライフ・ワークのように、毎日、ヒトを一人殺す。

 どんなことがあっても決して休むことなく、その手で命を奪い続ける。


 彼は言う。


 許さぬぞ、悪人どもよ。

 貴様らは存在してはならぬのだ。

 余は、皇。

 悪を滅し、世を正すことこそが使命なり。


 それが男の、この世界に蔓延る悪への憎悪。

 悪を許す神への呪い。


 ならばと、神はヒトの命を祝福する。


 命に差異はないのです。

 悪も善も、全ての命、等しく罪深くて愛おしい。

 それは貴方も同じこと。

 ええ、許してあげますとも。どんなにその手が血塗られようと、決して貴方を見棄てません。

 毎日、一人、殺すが良いでしょう。

 慟哭を聞き、返り血の温かさを感じ、己の罪深さを知ることこそが、悔い改める機会となるのです。

 でも、それ以上はいけません。

 どんな悪人であろうと、たとえヒトを救うためであったとしても、私が貴方の剣を無に返しましょう。


 よかろう。

 毎日、一人、殺してやる。

 余は、悔いなど抱かない。

 悪の存在を許す神の理など、余に響くはずがない。

 月となった貴様が見下ろし続ける限り、貴様が愛しいとぬかす罪人を殺し続けてやろうではないか。


 その男は、毎日、一人殺す、それだけが許された。

 それ以上は決して殺せない。

 たとえ首を落したとしても、神がすべてを巻き戻す。

 男の断罪を許すことはない。


 まことしやかに伝承されてきた御伽噺が真実であることを、ルシアーノは知った。


「ワーカー・ホリック、年老い痩せさらばえた群れの主、苦笑する羊」


「いかにも、そうだ」


 男はフードを取る。

 黒髪黒目、四十がらみの人のよさそうな男だった。


「こいつが」


 ある兵が呟いた。


 こんな男が剣聖に迫る剣技を持つというのか。


「さえない親父ですまんな」


 笑いかける男の様子に、取り囲むカルブルヌスの兵達は毒気が抜かれてしまった。


「気を抜くな!!」


「そのとおりだ」


 鍔鳴りがした。

 血しぶきがあがり、ルシアーノの両脇に立っていた騎士の首が飛ぶ。


「っつ!!」


 ルシアーノが抜刀による衝撃波を作り出す。

 しかし、まるで結界でもあるかのように弾かれる。


「ん?」


 見上げた男の目に、小石のようなものが飛び込んできた。


 破裂し、魔石に封じられていた風の魔術が刃となる。

 同時にルシアーノの背後から魔銃の一斉掃射の音が響く。

 ただ闇雲に撃つのではない。魔術士が魔力によって眼を強化し、動きを先読みする。


 しかし、当たらない。


「何故だ!!」


 悲鳴が響き、魔術士たちが切裂かれる。

 血を噴出して、絶命し、巻き戻される。


 ゆらり、ワーカー・ホリックが揺らめくと、ルシアーノの胸に衝撃が走った。


「がふっ」


 見下ろした胸に穴が開いていた。

 意識が闇に包まれる。


 頭に浮かんだのは、ただ、死にたくない、それだけだった。

 抗って、眼を見開く。

 ルシアーノの生きようとする意志に群がるように、なにかが足元から這い上がって、絡み付いた。

 見てはいけないと、水中にあるように水面を目指して悶える。

 だが、見てしまう。

 眼の端に、白いなにかがあった。

 無数の手。

 小さい手が這いずるように腰に縋りつく。

 節くれだった力強い手が、力のかぎり肩を掴む。

 手弱女の白魚のような手が口内に忍びこんで、干からびた老人の手が、むんずと髪を掴んだ。

 手を振り乱して泣き叫んで、見上げた空に獣の目がある。

 大狼の血眼がルシアーノを捉えた。

 生臭くてたまらない息を吐いて、赤い、赤い口が、地獄の門が開く。


「う、あ、あああああああ」


 絶叫し、気付くとワーカー・ホリックが見下ろしていた。


「やはり地獄行きか。

 まあ、気にするな。兵士はみな同じだ」


 涙が口に入り、塩からさが口内に広がる。

 思わず肩を抱いた。

 己の体温に、生きているのだと気付いた。


「俺は一日に一人しか殺せん。

 それ以上は、たとえ致命傷を与えても、お前のように戻ってきてしまう」


 ワーカー・ホリックは、無精ひげを撫であげた。


「神は俺の剣を通してヒトに死を見せ、それまでの己を省みる機会を与えているのかもしれん、とも思ったが、どうも違う」


 目を周囲に向ける。

 視線を追った先では兵たちが座り込み、あるいは倒れたそのままに寝そべっていた。

 微笑んでいるものがいれば、口を大きく開け放ち、涎を垂れ流しているものもいる。


「ああなると、もう駄目だ。

 回心するどころか言葉を発するのがやっとというところだな。

 肉体の傷は癒えても、心の傷は治らん」


 神も案外抜けている、と呟いた。


「貴様っ」


 剣を握ろうとするが、震えて取り落としてしまった。

 ワーカー・ホリックはルシアーノの胸倉を掴んで、無理やり引きずり起こす。


「さすがはカルブルヌスの直系、幾度か戦場で見たが、おまえは上等な部類だ。

 しかし、剣を取るのはひさしぶりのようだな。

 あまり軍学にばかり励んでないで初心に帰るがいい。死を傍らに置かずに立てた作戦なぞ、容易く崩される」


 ルシアーノを突き放して、辺りを見渡す。

 数人意識はあるようだが、他は気を狂わせている。

 戦闘が可能な者は、いない。


 しまったと、ワーカー・ホリックは天を仰いだ。


「あまり簡単に片付けてしまったな。

 待ち人、今だ来ず、か」


 仕方がない。


「おい、王子様」


 なんとか立ち上がろうとするルシアーノの前に屈みこんで、眼を合わせる。


「マルブの赤毛の小娘だがな」


 ・・・なに?


「優しい娘だ。魔力が枯れているくせに、兵のために血を吐きながらも治癒魔術を施そうとするとは」


 なぜ、こんなときに彼女のことを。


「あまり、無茶をさせるな」


 見ていられないから、攫ってしまったじゃないか。


「なんということを、それが、皇の正義か!!」


 掴みかかろうとして、倒れこむ。


 ワーカー・ホリックは、邪教徒になにを期待しているんだと苦笑した。


「さっさと、助けを寄越せ。

 二、三度殺してみたが、気丈な娘だ」


 だが、いつまで保つかな?


 怒りのあまり視界が明滅し、ルシアーノは再度、剣に手を伸ばす。

 ワーカー・ホリックはルシアーノの髪を掴み、顔面を地面に叩きつけた。


「マルブ領主ガイゼリック伯爵、その養女だ。見殺しにすればカルブルヌスの名声は地に落ちる。しかも、攫われたのがその陣内とくれば、いらぬ詮索を招くぞ。

 馬鹿馬鹿しく辻褄が合わなくとも、権力を削げるのならば理由なぞどうでもいいのが政争というものだ」


 よっこらせっ、と声をあげて立ち上がる。

 一つ伸びをして、ルシアーノを見た。


「さあ、軍を動かしている時間はないぞ。俺を追えるのは貴様らの最強だけだ。誰を呼んで欲しいか分っているな?

 一応言っておくが、それ以外の奴が来たならば、呪いを込めて四肢を切断する。間違いなく再起不能になるぞ」


 後ろ手に手をふって、正義の男は消えた。


 ルシアーノは両手を、血が流れるのもかまわずに、何度も何度も地面に叩きつけた。



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