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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
112/131

魔晶5 -共演者たち-

 ダミアン中将は、たまらず指揮所を飛び出した。


「なにが、必要な犠牲だ。特攻だぞ?」


 軍帽を目深に被り、息を整える。 

 待ち構えていた騎士が緊張した表情で身を寄せて来た。


「隊長、出番ですか?」


 首を振ると、唇をかんで下を向く。

 見ていた衛兵が、何か言いたげな表情で口を開くが、ダミアンは無視して馬にまたがった。


「王の剣と称される者が、無様だな」


「・・・」


 後を追ってきた騎士は無言でたずなを握る。


 ダミアンを先頭として、センチュリオンの旗を掲げた小隊が駆けていく。

 道すがら追い越す兵たちの視線を避けるようにして馬に鞭を入れる。


 ケルサス王国軍、王直属対魔術戦隊センチュリオン。率いるのは先の内乱で狂王に止めを差した英雄ダミアン中将。彼らこそが王国最強の魔術兵、戦争を終わらせる打撃力。


 -なぜ、ここに居る?-


 -前線に出ないで、一体なにをしているんだ-


 兵たちの声が聞こえてくるような気がして、ダミアンは血が滲むほどに手綱を握り締めた。


「陛下の判断は正しい」


 邪教徒が互いに争っているかぎり私たちに出番はない。

 前線に出るのは、邪教徒の手が本格的にケルサスに伸びたときだ。奴らに対抗できるのは、センチュリオンにおいて他にはいない。


「だからといって」


 血と硝煙の匂いが濃くなって、ダミアンは馬をとめた。

 目指していたドーム状の結界が良く見える。

 両側面には、狂ったはずの亜人たちが殺気を漲らせて隊列を組み、彼らの虐殺の衝動を抑えているのは、空に佇む獣使いの巨人。鞭を携えて、静かに戦場を睥睨している。

 奥の長城では、ヤーヘンの兵たちがケルサスを皆殺しにすべく長城に立てこもって牙を磨ぐ。


「邪教徒さえ出てこなければ」


 ダミアンの背後でセンチュリオンの隊員が吐き捨てた。

 この小康状態は、邪教徒二人が争っていることによってもたらされていた。

 二人が争い始めると、亜人たちをコントロールしていた獣使いの巨人は鞭を鳴らして、亜人たちを乱戦から引き上げさせた。それをうけてヤーヘンもケルサスも兵を引くしかなかった。邪教徒どもの邪魔をすれば、亜人たちが襲い掛かってくるのが明らかだったからだ。ヤーヘンは長城に立てこもって兵と魔力の回復に努め、ケルサスはなすすべもなくそれを眺めるよりほかはなかった。


「ここまで戦ってきて、その終いが特攻だと?」


「公女殿下の個人使い魔に魔晶を使わせるというクリトン将軍の作戦、陛下はよくお認めになられました。

 さぞ、ご心痛のことでござりましょう。悔しいですが、他に方法がありません」


 -陛下は、はじめから、そうするつもりだったのだ!!-


 心の中でダミアンは叫んだ。


「隊長、本営から通信が来ました。急ぎ戻り、レオーネ姫殿下の守りにつけとのご命令です」


 本営からの通信魔術を受信した通信兵が、恐る恐る背後から声をかける。

 ダミアンが振り向くと、額から汗が滴り落ちた。


「使い魔の死によるフィードバックから殿下をお守りしろというのだろう?」


 グラナトゥムの聖なる血、豊饒の息吹。魔力が皆無に等しい姫殿下であったとしても、使い魔が死ねば無事ではすまない。殿下になにかあればケルサスはグラナトゥムから責任を追及され、三国に亀裂が走るだろう。万が一、死んでしまうようなことがあれば内乱に陥るかもしれない。

 最善を尽くす必要がある。

 使い魔の消失によって生じる衝撃を打ち消すだけの魔力を持つのは我らしかいないし、グラナトゥムの機密事項である術式を使用する権限を持っているのは、この戦場で王直属である私だけだ。

 ゆえにセンチュリオンが、王国の危機において最前線に立つべきである私が、本営にこもらなければならない。


 善悪なんて存在しない戦場で、友軍の盾となり助けることだけが正義である、そう思っていたからこそセンチュリオンなんてものを組織し、指揮官を引き受けた。

 それなのに。

 前線で兵を鼓舞することすら出来ず、特攻の手助けをしなければならない、だと?


「何故、我らは、前線に居ることができないのだ。

 カイ君は何故、命を懸けねばならないのだ」


 ケルサスのために戦った若者を、その友人たちの喉に剣を突きつけ人質とするなど。


「本当に、無様だ」


 ****


 アマゾフ少佐は作戦を下知されたにもかかわらず、いまだ部下たちが待つ天幕に帰らずに、本営の外で佇んでいた。


「ケルサスに背き、グラナトゥムのために動いたことへの意趣返しのつもりか?」


 背後には副官が控えている。


「悪趣味だな」


 アマゾフは、無表情に命を待つ副官に向き直った。


「どう思う?」


 呼びかけられた副官は、動じることなく素早く頭脳を回転させた。


「邪教徒の火力を防ぐことが出来るのは魔石部隊だけです。

 そしてその中で、今なお定数を維持しているのは我らだけなのですから、陛下のご決断は戦力を推し量った上でのご英断だと考えます」 


「大貴族の兵を特攻なんてものに関わらせたくないだけじゃねえのか。今さら、王室に気を使ってなんになる。正直に言え」


 副官は襟を正して頷いた。


「最善の選択をなされたのだと。

 罠ではありません」


「こんな物をくれたのにか?」


 憎々しげに中佐の階級章を突き出した。


 アマゾフがグラナトゥムの間者に将軍の盗聴を命じられた際、一人では実行不可能と判断し、副官にだけは全てを話した。副官は、ただ頷いただけだった。冷静な男だった。

 その男は、没落した騎士の家に生まれついたせいで、士官学校を優秀な成績で卒業したにも関わらず、最前線に送られていた。同じ戦場で戦っていたアマゾフは、その冷静さと才能に惚れ込んで副官待遇で迎え入れた、ということになっている。

 しかし、違うのだった。本当は彼に憎悪を見たからであった。

 如才なく貴族たちの間を歩き回って身を低くし、それでも一族を苦境に落とした大貴族たちへの恨みを忘れずにいる闇の深さに、自分の影を見て取ったのだ。


「グラナトゥムの企みに加担した者らに責任を負わせるつもりじゃねえのか?

 レオーネ公女殿下が命を賭けることでグラナトゥムとは手打ちにして、事情を知る俺たちの口は封じる。

 全部なかったことにして、今後ともグラナトゥムとよろしくやろうって腹なんだよ」


 副官は、初めて微笑んだ。


「違います。それは中佐殿も理解しておられるはずです」


「・・・」


「ケルサスには余裕がありません。宮殿騎士も派遣されていますが、彼らは有名すぎて自軍、敵軍どちらからも眼を引きます。本作戦には不適格です。カルブルヌスも同様で、ヤーヘンにマークされていますから、特攻の手助けなど出来るはずがありません。

 大貴族たちの兵は政変がありましたから信用できず、他の兵では火力、防御力共に足りない。

 それに引き換え、我ら重装魔術歩兵は各部隊に分散されましたから、そこまで注目されないでしょうし、魔石さえあれば御期待に沿う働きができる」


「都合よく考えすぎじゃねえか?」


「今、ルーメン陛下は、強大な兵を率いながら、確かな兵は持っていない。

 偉大なるケルサスは危機に瀕し、我らを頼っているのです。

 陛下は、我らをこそ、当てにしているのです」


 副官の微笑、それはアマゾフが初めて見るものだった。

 王の期待を受けて熱に浮かれているのではない。

 誇りを示すことが出来ることに、笑っている。

 落ちぶれても己は騎士なのだと、一度は切り捨ててくれた大貴族と王に、胸に秘めた矜持をぶつける機会を得たことに、全身全霊から笑っているのだ。


 恨みを晴らしてくれる。

 王国民が戴く王族が縋るのは、グラナトゥムでもカルブルヌスでもない。

 見捨てられた者なのだ。

 貴様らが信奉するマーテルの法を守るのは、踏み潰され、命の値段を最も低く見積もられた者たちなのだ。


 副官の冷たさと熱を秘めた視線からアマゾフは目を逸らす。

 きまりが悪くなって、空を見上げた。


「まったく、くそったれだ」


 薄紅に染まる空には、一筋の雲がかかる。日が沈み、月が出るまでもう少し。


 -生きて帰ってこい-


 優しげに微笑んで、通信であったから実体が無かったけれど、アマゾフの肩に手を置き、眼を合わせてそう言った。


 アマゾフは唾を吐いた。


 -情け深いことだ。

 だが、特攻して死ぬグラナトゥムの使い魔には、なんて声を掛けるつもりだ?-


「ちくしょう」


 -俺たちは裏切れない。

 グラナトゥムの企みがばれている以上、行動を起こせば家族が殺される。-

 どんなに理不尽な命令であろうとも、聞くしかない-


 アマゾフの脳裏に、肩を震わせるサラの姿が浮かんだ。

 

 -結局、最後に犠牲になるのは抗えない者か-


 見上げることを拒絶したアマゾフは、己の無力感に涙を流す。

 見上げるために見下す機会を求めた副官は、彼の涙の意味が分らずに困惑の表情を浮かべていた。


 *****


「叔父さん、ミミお姉ちゃん、なんとかして!!」


 グローリアの天幕に帰ってくるなりライラは叫んだ。


「ライラ様、落ち着いてください」


 デューイがなだめるが、ライラは地団太を踏んでその腕を振りほどいた。


「カイが死んじゃう!!そんなのいや!!」


 歯を食いしばって、嗚咽交じりに事情を説明する。

 ミミが怒りに顔を青く染め、デューイは信じられないというように両手を広げる。

 グラナトゥムの天幕から移されていたマリヤは、努めて冷静さを保とうとしているが、捨て駒にされた夫のことを思い出したのだろう、視線が定まらない。

 マルスは目を大きく見開いてぶるぶると握った手を振るわせる。

 コールは椅子に腰掛けたまま、黙ってライラの話を聞いていた。


「どうして、なんでケルサスはそんなことをするの!?カイは関係ないじゃん、レオーネに付いてきただけじゃん!!

 ケルサスがグラナトゥムの言うことを聞かなかったから、こんなことになってるんでしょ!!

 なのに、なんで、レオーネの使い魔のカイが、死ななきゃならないの!!」


 マルスが、下を向いたまま口を開いた。


「王の、ケルサスの、主国の決定だから、です。ですがそんなこと、ルーメン陛下がお命じになるはずがありません。これ以上グラナトゥムに損害を出させるなんて、しかもレオーネ殿下の使い魔に特攻させるなんて、何かの間違いです」


 親指の爪をかみながら動き回っていたミミが顔を上げた。


「そ、そうだ。それではグラナトゥムからの信頼を失ってしまう。ラスコーシヌイ家の連隊を見殺しにしたうえに、王族の使い魔を捨て駒にするなどありえない。反逆を招くようなものだ」


 赤い髪をかき乱しててまくし立てる。


「そんなこと、陛下が許しても、アンダルシアが認めない。陛下はグラナトゥムの民の王族への忠誠を甘く見ている。あやつらは王族こそが命。ケルサスを仰ぐのも、グラナトゥムを守ってくれると信じているからだ。

 王族が傷つけば忠義は容易く揺らぐ。戦後の混乱に乗じ、『宮』の保護を言い訳として軍備を整えかねない。駄目だ、三国のバランスが崩れる。

 くそっ、フィルマンめ、シュナイデルは何をしていたんだ!!」


「カルブルヌスは?」


 コールが座ったまま静かに、指を肘掛に打ちつける。


「カルブルヌスがどう動いているかだ。彼らが許容しているならグラナトゥム王も同じだろう。

 ルーメン陛下は決して二王を裏切らない。自国の軍を犠牲にしたとしても、彼らの友情だけは守るだろう」


 ライラは口ごもっていたが、キッとコールを睨みつけた。


「何も言ってこないからって、オーギュントが話しに行ったよ」


「ならば、そういうことだ。もう話はついている。

 グラナトゥムは承諾済みだ。カイ君を犠牲にする決定は覆らない」


 ライラはコールの胸元に掴みかかった。


「叔父さん、なにを言っているの!?

 そんなの、駄目!!また、わたしの大事な人が燃えちゃう。

 邪教徒のあの手が、あの火が、わたしを壊しちゃうの!!」


 曼荼羅が広がる。輝き天幕の結界を切り裂いて、慈愛の魔力が旋風となって荒れ狂う。

 浄土ではなく、炎獄を描いて迸る。


「だったら、わたしが、邪教徒なんて殺してやる。全部燃やして地獄に落としてやる」


「ぐっ!!」


「うう」


 マルスが壁に吹き飛ばされ、ミミが自身に流れる血脈に殺意を感じてうずくまる。

 その側で冷笑を浮かべるマイヤ。彼女に頬ずりするのは呪われた馬。戦争を体現して、ヒトを嘲笑う。


「やれやれ」


 コールの魔力が茨を形づくる。伸張し、ライラの体に巻きついた。


「お、叔父さん!?」


「落ち着け」


 魔力を吸収されたライラが崩れ落ちて、デューイが抱きとめた。


「取り乱したところで何も解決しない。お前の母もすぐに頭に血が上ったものだった。

 懐かしいな。随分と手を焼かされた」


「で、でも」


 コールは立ち上がり、アーティファから受け継いだ美しい瞳を覗き込んだ。


「あれが、そんなことで死ぬものか」


 コールの瞳に楽園が広がる。荘厳な大樹が枝を伸ばし、あらゆる種族が遊び戯れる。


「どんなに力を振り絞っても至らない。殺しつくそうと世界が剣をとっても、傷一つつけることすら出来ない。

 それが」


 -神だ-


「え、あ、」


「眠れ」


 ライラの首筋に指を当てると、ライラは崩れ落ちた。


「ミミ、あらゆるコネを使って作戦の詳細をケルサス本陣から聞き出せ」


「・・・はっ」


「デューイ、そこで伸びているマルス中佐を叩き起こし、グローリアの名で魔石を手に入れてこい」


「承知しました」


 コールはライラを抱き上げて、閉じたまぶたに口付けをする。

 茨が縦横に駆け巡り、生命力に満ちた神気が満ちる。

 嫉妬と激情、そして慈愛に狂うアーティファの心眼が、世界の深奥で開かれた。


 コールは両手で髪をかきあげる。

 口角を釣り上げて、指を大地に突きつけた。


「聖騎士たるミミ・アパテイア・アンダルシア、デューイ・カノイ・ヨカナーン、両名に告げる」


 ケープが魔力に吹かれて、眼が神気を帯びる。


「信託が下った。

 楽園への船出である。

 櫂を取れ。遥かなるパライソに至る戦道は開かれた。

 我ら安寧を求めし旅人、これより先、激甚の暴力の突風となりて失地回復せむとす」


 聖騎士、聖の騎士。聖は主体か、はたまた客体か。聖を宿すのか、それとも対象として追い求めるのか。

 聖を冠するとは独善。

 数多の神が君臨するこの現世にあって、一柱の神の信徒が聖を名乗るとは、なんと恐れ知らずなことか。

 グローリアが滅び去ったのは必然にして運命だったのだ。許されるはずがなかったのだ。生き延びた者たちも、やがて死ぬしかない。神々が見逃すはずはないのだから。

 では、滅びの運命を避けるにはどうすれば良いのか。アーティファとアルファスは、愛し児らを救うために、運命の神をその計画に引きずり込んだ。

 マーテルの法則が支配するケルサスに咲いた、アネモネという仇花の血を引き入れることによって、その蜜に引き寄せられた狐の縁者を惑わした。

 アーティファとアルファスの目論見は、マーテルから運命を司どるよう信託された縁神ホアンを味方につけることにあったのだ。


「さあ、聖騎士たちよ。

 時は満ちた。

 請願成就、アーティファとアルファスの御世で成し遂げられなかった願い、今こそ果たすべし。

 我が名はコール・イラ・パラノーマル、慈愛という暴力の女神、アーティファの眷属なり。

 聖の騎士、クルセイダーよ、失地取り戻すぞ」


 *****


 世界の頂き、桔梗の間にろうそくが灯る。


 暗闇の中で運命の狐が鳴いて、法則の女神が嗤う。

 安寧を求め涙するオークの帝王が、哄笑する慈愛のエルフを犯す。

 

 神々の長は櫛をおいて立ち上がる。

 紅を差した唇をすぼめて、詔を下した。


「さあ、神請いの儀を、はじめましょう」


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