笑うゲームメイカー
「ルシアーノ少将閣下でございますね!!」
甲高い声がして振り返ると、廊下の向うから、赤毛の女がで大またで歩みよって来るところだった。
困り顔の警備兵たちが彼女を引きとめようと取り囲み、当の本人は憤懣やる方なしといった様子で意志の強そうな目を吊り上げている。
「いかにも、私がカルブルヌス軍の指揮を預かっているルシアーノです。貴女は?」
目の前に来た女は、挑むように腰に手を当てた。
「お止めになって、知っているくせに。下らない作法は無用です」
「では、マルブのクシェル殿、私は忙しい。貴女に私の時間を奪うだけの打開案がおありなのですか?」
学術機関マルブ、オーギュントやレオーネたちが通い、この戦場にも卒業生は多い。
カルブルヌスでは重く見る者はほとんどいなかったが、所属する魔術士、騎士の質は高く、その影響力は無視できない。さらに、現在の領主であるガイゼリック伯爵は三王の師で、目の前のクシェルは伯の養女である。
そんな彼女に、つい詰るような言葉をかけてしまった自分に舌打ちする思いで、ルシアーノは取り繕うように微笑んで見せた。
「レオーネさん以下、マルブに学席を置いているものをすぐに戦線から退避させてください。もちろん、オーギュントさんも、です」
ルシアーノの脇に控えていた騎士たちが、あまりの言葉に噴出してしまう。
-マルブの理想主義者が-
兵たちに一瞥を投げ、ルシアーノは兵たちを抑えた。
しかし、そう言いたくなる気持ちは痛いほどよくわかった。むしろ、些細なミスで数千の兵を死なせてしまう指揮官であればこそ、だれよりもそう思う。
「お気持ちはうれしいが、今は無理だ。解るでしょう?そのようなことならば、失礼します。
そんな下らないことは、戦場で口にしないほうがいい」
またこんな口を、と心の中で吐き捨てた。
「下らない、ですって?」
クシェルの目が据わる。
「そうね、ここは戦場なのだから合理的な理由が必要よね。いいわ、聞かせてあげましょう」
引き裂いたスリットから大きく足を踏み出してルシアーノにつめよった。
「若者が死んでいる、貴方たちの外交政策の失敗で、です。
それに伴う犠牲は職業軍人が負うべきもので、学生がその責任を取るようなことはあってはなりません。
かつてケルサスでは内乱で多くの命が失われました。その復興も道半ばというのに、その担い手である若者をこのような負け戦に留め置く必要があるのですか?」
影響力のある彼らを退却させてしまえば、より多くの命が失われるではないか?そうならないように、彼らは戦場にいる必要があるのだ、と胸の内で反論した。決して口には出さない。理想主義者には何を言っても無駄なので、売り言葉に買い言葉、言い争いになるのは目に見えている。彼女たちは立つ地平が違う。倫理観の基準が違うのだ。
めまいがするのを何とかこらえてルシアーノは答えた。
「しかし、君が連れかえろうとしているのは、それぞれ国の重役ばかりだ。責任は多分にある。
もし彼女達が戦場から逃げ出しては、誰も命を賭けて戦わなくなるだろう。
残念ながら政治も絡んでいる」
政治、そう政治。私が今、最も聞きたくない言葉。
戦争も外交政策の一つだなんて開き直る軽薄な政治家的な信念は持ち合わせていない。そもそもこれは殲滅戦なのだから、下らない権益を固持して何になるというのか。ケルサスは生き延びなければならないのだ。
そう思っていたルシアーノの口から出たのは、しかし、政治という誤魔化しだった。
理想家の言うことは大体が正しい。たとえ理論的でなくとも、道理、倫理に潔癖であるからこそ、彼女たちは理想を抱くことができ、また眩しくもある。もし彼女と議論してしまえば、自分がいかに堕落しているか、戦争という獣に支配され、人間性を失ってしまっているか、赤裸々にされてしまうのだ。
ルシアーノは軍人にありがちな、戦争が倫理から最も離れているという考えを否定していた。戦争とは理想を実現するための最悪の手段なのだから、すくなくとも友軍に対しては極めて倫理的にあらねばならないと思っていたのだ。
つまり、心情的には彼女に同意しながら、指揮官としてレオーネたちの離脱を実行するわけにはいかないと、ジレンマに陥っていたのだった。だからルシアーノは彼女との対話を、「政治」という卑怯な言葉で拒絶したのだった。
「政治、ですか。ならばこう言いましょう」
クシェルは、大きく息を吸って、人差し指をピンっと立てた。
出来の悪い学生に言い聞かせるように呆れながらも、かすかな期待があった。そしてそれらを上回る罪悪感も。
「グラナトゥム第一公女レナータ殿下、並びにレークス殿下がケルサス王国内の戦場にお出になりました。一見、グラナトゥムはケルサスに最大限忠誠を誓っているように見えるでしょう。しかし、裏では宮が動いています。そう、ベリル陛下がおわします聖種の宮こそがグラナトゥム。あの方のご真意こそがグラナトゥムの意志なのです。
で、この戦場でベリル様の命を受けているのはグローリアの聖騎士であるコール卿と、最後のエルフ、ライラことルクサーナ王女殿下です。その殿下はエルフ体を解放し、ヤーヘンの傭兵部隊を壊滅させました。
これは、ケルサスにとって素晴らしいことです。これまで立場を明らかにしていなかったルクサーナ王女殿下がケルサスに加勢したと内外に示すことが出来るからです。これからは、アーティファ信教の力も利用できるかもしれません。
しかし、殿下はケルサスではなく、グラナトゥムと共闘しているのですよ?
別の見方をすれば、もう、グラナトゥムにケルサスは必要ないということではありませんか?なぜならば、ルクサーナ王女殿下を立てれば、大陸中に散らばるアーティファ信教の教徒がグラナトゥムに味方するのですから。
あなた方は、ケルサスと親交のあった聖騎士コール卿にご期待なさっているようですが、それは楽観というものです。彼の、ライラ、ええ、あえてライラと言わせていただきます。あの子にかける思いは貴方はご存知ないでしょうが、私は存じております。彼はその気になれば、ライラさんを守るためにケルサスを見棄てることになんら呵責を感じませんよ?
ケルサスとグローリアを結ぶ紐帯は、とても脆弱といわざるをえません。
ケルサスはライラさんの亡命を拒否した。しかし、グラナトゥムは受け入れ、現在に至るまで庇護し、信頼を勝ち得ている。いざと言うとき、果たしてライラさんはケルサスに従うでしょうか?
ケルサスはグラナトゥムに見切りをつけられつつある、そう考えるならばレナータ公女殿下とレークス殿下の出陣、これもまた別様に捉えるべきでしょう。最後の奉仕、あるいは牽制。グラナトゥムの最後通牒だと、考えることはできませんか?
それだけではありませんよ。聞けば、ミミ・アンダルシアが聖騎士の位を授かったとか。アンダルシア家は、どうしてそれを許したのです?アンダルシアはこたびの戦争に兵を出していませんから、たいそう力が有り余っていることでしょう。もしかしたら、アンダルシアはグラナトゥム、グローリアと手を組み、王室にとって変わるのでは、と皆、考えるのではありませんか?
そんなことは世迷言だと、貴方は断言できますか?
ケルサスは、見棄てられようとしているのではありませんか?」
いつしか、彼女を取り囲む騎士達の目つきは剣呑なものになっていた。
横目にルシアーノの顔を伺い命を待っているが、動揺が無いわけではなかった。
「そして、貴方たちカルブルヌスの国王陛下は、皇帝、狂鳴姫ウラニアにお会いになった」
-この娘、どこまで・・・。
いや、マルブは?-
クシェルの言ったこと、ケルサス内にいる者としては妄想として一笑に付すべきもので、私もそう確信している。確かにグラナトゥムは怪しげな動きを見せ、父は剣聖ウラニアと会談をもった。しかし、グラナトゥムは一国で生きていくには国土が魅力的過ぎて、保護する大国の軍事力がいるから、ケルサスを裏切ることなんてありえない。たとえアーティファ信教が味方につこうとも、所詮は本尊を失った烏合の衆、まとめあげるには時間がかかる。
父に関しては、まあ、そういう人だからで片付いてしまう。政治のことなんて面倒くさくて、ルーメン陛下に丸投げしているのが現状なのだ。
アンダルシアにしても、ケルサスを裏切ることはしないだろう。彼らは自分達が一番大事なのだ。この状況でケルサス王室を敵にまわしてしまえば、せっかく手に入れた批判者としての心地よい地位、なにより王室という民や国外に向けられた盾が無くなってしまう。
そういう、この女、マルブがケルサスを裏切っていない証拠があるのか?
ルシアーノは、慎重に言葉をえらんだ。
「王都では反王室派が排除された。今、カルブルヌスを含む、私達ケルサス王国は一枚岩だ」
しかし、それは苦しい言い逃れだった。
「どこの誰がそれを信じるというのですか!!ええ、仲がおよろしい王さまたちはそうでしょうとも。
ですが、つつけば崩れる砂の城です!!」
そう、私の見解は、あくまでケルサス内に深く食い込んだ者からの見方で、他国や国民からのものではない。
ただでさえ弱国ヤーヘン相手に苦しい戦いを強いられ、さらには中央では政変まで起こしたのだから、国民は不信感と不安に包まれ、他国はケルサスの弱体化に手を叩いて喜んでいるだろう。
「こんなところに大陸の要であるレオーネさんたちを置いておくわけにはいきません。
はっきり言わせていただきます。私達マルブは貴方がた大国の都合なんてどうでもいい。ただ平穏が乱されるのが我慢ならないのです。そのためにレオーネさんとライラさんをマルブが匿うと言っているのです!!
シュナイデル家の動きが不確かな以上、貴方では力不足。邪教徒が争っている今しかチャンスはありません。彼女たちだけでも引き上げさせてください!!
レオーネさんたちに何かあれば王国が分裂しかねない。貴方が首をかけたところで、少しの時間も稼げない!!」
残念ながらその通りだ。
今しかそのチャンスはなく、匿う先はマルブしかない。
ヤーヘンはこのケルサス辺境の地を占領するだけで精一杯だろうが、邪教徒はどうするつもりか。本営はエンジェル・ボイスが竜人を回収するだけで去ると確信しているが、本当にそうか?
邪教徒がグローリアを攻め滅ぼしたのは、エルフを殺すためだ。黄金の仮面が二人揃っているのを好機と捉え、ルクサーナ殿下を殺めようとするのではないだろうか。彼らどうしで争っている以上、その可能性は低いと考えられるが、だからこそ、今をおいて、殿下を退避させる機会は無いのではないだろうか。
しかし、そう本営に具申したとしても無駄だろう。クシェル殿が言うとおり、私が首をかけたとしても聞き入れられはしない。当然だ。この戦場において、レオーネ姫殿下やルクサーナ王女殿下はあくまで道具でしかない。特にルクサーナ王女殿下は、諸刃のツルギだ。その力はケルサスにとって有用だろうが、世界中のアーティファ信徒達はグローリア再建に向けてケルサスからあらゆるものを引き出そうとするだろうから、いくらケルサスでも、軍備増強と内乱復興に金を取られている国庫は窮乏する。国債を発行しようにも、ヤーヘンに遅れを取り、邪教徒に狙われるケルサスに投資しようとする豪商はいるだろうか。魔石の採掘権を要求されれば、国はどうする?
ならばいっそのこと、ルクサーナ王女殿下は死んでしまっても良い、そうケルサスは考えるかもしれない。悲劇の王女の仇を討つのだと国をまとめ、失地回復の足がかりにするのでは?
駄目だ。
そんなことは許されない。
許してたまるかよ。
父母を殺され、トラウマに苦しむ少女を生贄にするようなやつは、アルファスの戦斧に両断されるがいい。
力が無いばかりに迫害され続けてきた少女を戦争のイコンとして飾るやつなんて、冥界の大狼サイレスの牙に切裂かれるべきだ。
今、ケルサスは邪道に落ちようとしている。
楽園の子と豊土の直系を道具とするなんて、内乱で否定した狂王の所業そのものだ。
ルシアーノはいつしか混乱の極みにいた。
いつも冷静であったはずの思考は乱れ、信念すらも揺らいでいる。戦場、国元、考慮に入れていたあらゆる要素に、いつのまにか異物が混じってしまっていたのだ。
すべては敗戦、それのせいであった。
常勝を誇っていたカルブルヌスの王子にとって、敗戦がもたらす恐怖は彼が思っていたものよりも遥かに制御不能なものであったのだ。
「政治、だと?」
何時しかルシアーノは、戦場で考えてはいけない政治という奔放な道化に囚われていたのだった。
そして、最悪なことに、その政治と捉える思考に感情が入り込んでしまっていたのだった。
ルシアーノはさらに思考を進める。
しかし、クシェル嬢が言うとおり、カルブルヌスだけで本営の命を覆せない。力が足りない。
ケルサスを止める。これは、バランサーであるシュナイデル家が負うべき役目だが、これまでの戦況を鑑みるに、彼らは機能していない。
国内のバランスを取るための仮の姿である一国主義に染まり、戦争に興じている。いや、本営からの無茶な戦略をこれまで押し付けてきたのだから、シュナイデルは軍内で折り合いをつけるために、大分無茶をした。そのために身動きがとれないのかもしれない。そう考えるならば、いくらシュナイデル家でも大胆な手は打てない。戦争に関わりすぎて、貸しと借りを作りすぎているだろうから。
ならば、実行に移すかどうかは別にして、手段だけは確保しておくべきだろう。
それには。
「あなたの言いたいことはわかった。しかし、どう連れ出すという。ここはケルサスでも東端、その領内を通らねばマルブには辿りつかない」
「そんなの、どうとでもなります!!」
根拠のない言葉ではなかった。
傷病兵と民に好かれているレオーネ公女。そして戦場で一等の戦果を挙げた御付きの魔術師たち。ケルサスは彼女たちが戦線を離脱することで、兵の彼女たちへの思いが逆に彼女たちを恨むことになるのではないかと危惧していた。
しかし、全軍が撤退に動いた今はどうだろうか。
グラナトゥムの兵は彼女たちを逃がすことに全力を尽くすだろうし、兵らの洗脳はグラナトゥムの十八番とするところだ。実際、ケルサス兵すら一部は彼女たちに傾倒している。敵を討つためではない。彼女たちの存在に魅かれている。
グラナトゥムという強固なイデオロギーに奉仕する、その快感を跳ね返すだけの反発心を持っているものが、負け戦のなかで、果たしてどれほどいるのだろうか。
ルシアーノは毒づきたくなるのを必死にこらえた。
ケルサス軍は、レオーネたちを助けるという点では望ましいことではあるが、軍集団としては瓦解しようとしていると、ルシアーノには思えた。
兵の行動が予想できず、士気のコントロールも不可能に近い。
「なんということだ」
ルシアーノはよろめいた。
「閣下!!」
「え!?ちょっと、大丈夫?」
クシェルや周囲の兵はルシアーノの思いがけない反応に、息を呑んだ。
「戦争どころか・・・」
全てが混乱している。
私の思考も、冷静さを欠いている。
全てが想像で、仮定ですらない。
情報が足りない。
こうなったのは、そう、王たちが要らないことをしたからだ。
どうしてこのタイミングで父上たちは政変を起こしたのだ。
一歩間違えば国が滅びるではないか。
たとえ、父上たちの積年の思いであったとしても、あまりにも無策だ。
撤退においても、そう。民の財産を運び出すために時間をかけるとは。そんなもの、焼き捨ててしまえばいいだろうに。補償は兵を出し渋った日和見主義者どもに負わせればいいのだ。民が、私た兵士が死んでいっているにも関わらず、何もしようとしない奴らには、首筋に剣を突きつけてでもそうさせて見せる。
そもそも、これは負け戦なのだ。
国が揺らいでいる今こそ、力を示さねばならない。
理念では無理に決まっている。ケルサス王のカリスマ性だけでは、民や兵の不安は解消しない。不平不満を押しつぶす、途方もない力でもって道を示すことが必要なのだ。
まして、したたかな貴族たちを、まとめあげることなんて・・・。
本営や三王の行動は、まるでちぐはぐだ。
何故だ?
政変を起こした以上、敗戦の原因を貴族たちに押し付けることもできず、せっかくの改革すら、潰されてしまう。
すべて無駄。王の権力が弱まるだけ。
そこまで考えたとき、ルシアーノの脳裏に、光矢のようにある光景が差し込まれた。
出兵する前、父が冗談めかして言っていた。
-俺たちは、神の力に触れたよ-
-?-
-先の内乱で、先王はどうしてあれを使わなかったんだ?いや、狂王は、自分以外信じていなかった。だからだな-
愕然として、ルシアーノは立ちすくんだ。
どうして、ケルサスは亜人の軍の存在を確認しても攻めようとしなかった?
魔石部隊は限界に近かった。もう、全力で押し込んで、亜人のコントロール部隊を潰してしまうほか、無かったのに。
ケルサスとカルブルヌスの騎士、魔術士であれば可能だったはずだ。
魔獣は手ごわいが、戦地を誘導してやれば運用は難しくなる。同士討ちに持っていくことも可能だったのではないだろうか。
私も、どうして兵の温存にこだわったのだろう?
長城さえ取り返してしまえば、ケルサスの魔力ならば長城から敵をつるべうちに出来ただろうに。
誘導されていた?
誰に?
クリトン将軍、そして、そうだ。
もう一人。
彼は、有力貴族に苦言を呈された程度でおとなしくしている男ではないはずだ。
ダミアン中将、あいつめ。
それに、ああ、父上。
百戦錬磨の将とはそういうものか。
あなたらしくて、なんて厳しい。
私では経験が足りないということか。
姉上が随行したのはそのため、私では対処できなくなったときの保険。
この戦争は、ケルサスにとって経験を積ませる場でしかないと?
ルーメン陛下、この戦争で積極的な発言を避けたのは、有力貴族の反発を恐れてではなかった。
苦戦しても、しなくても、とるべき手段は決まっていたのだ。むしろ苦戦してくれたほうが良かったのか。
権力基盤を強固にするために、真の愛国者を探していたのか。
そして、王宮の出方を伺っているすべての勢力を従えるために、圧倒的な力を示すショーを。
ルーメン国王、グラナトゥム公王、カルブルヌス国王、そうだ、彼らは確信が無ければ、決して動かなかった。逆に、傍から見てどんなに無謀であっても、彼らなりの論理があれば反対するもの、あらゆる手段を用いて排除して、成し遂げた。
彼らは動き出したのだ。
ヤーヘンの侵略という契機に乗じて。
神の力を、その手にして。
「なるほど、ウラニア皇帝陛下も焦るわけだな」
「何を、さっきからぶつぶつ言っているんですか?私の話を聞きなさい!!」
「ああ、クシェル殿、申し訳ない。
うん。ところでなかなか魅力的ですね。私にそんなふうに突っかかってくれる人なんて今まで居ませんでした。
どうです?これから、食事でも?」
「閣下・・・」
「やはり、馬鹿にしているのね!!」
クシェルは怒り狂うが、兵達は微笑んだ。
「ところで、先ほどから教導騎士団の姿がみえない。ケルサスの戦場に出ているのかと思っていたが、違うな。ようやく理解できたよ。私としたことが、冷静ではいられなかった。自他の新兵器に惑わされていたのかな?」
「白旗を揚げるのですね」
「まさか。中尉、中将閣下に伝令を。邪教徒どもの戦いに巻き込まれない程度のところに防衛線を引いて、防御に徹しろ」
「撤退の準備は・・・」
「しなくていい、無駄だ」
「訳がわからないわ」
「クシェル殿、前提は変わっていなかったのです。私たち全てが謀られていたのです」
いぶかしむ面々にルシアーノは疲れ果てた顔で微笑んだ。
「これは、勝ち戦ですよ」
*****
「ヤーヘンの侵攻、予想外だったが、結局お前の読み通りになったわけか、ルーメン?」
どこかの一室。
通信用の水晶の灯りだけがある薄闇の中で、三人の王達はテーブルを囲んでいた。
「そうでもない。ここまでの戦運び、もう少し上手くやると思っていた。まさか、智天使の一族、そしてグラナトゥムにこれほどの損害が出るとは。
すまなかった、コラード」
「ええ、本当に」
グラナトゥム公王コラードはケルサス王ルーメンをにらみつけた。
「おかげで妻が本気になってしまいました。あやうく私もその気になるところでしたよ」
「必要な犠牲などとは思っていない。クリトンの無能、任せた俺に責任がある」
「ルシアーノもだ。教導騎士団までつけてやったというのに。あれが息子だと思うと、情けねえ」
なんて様だ、と舌打ちをしたカルブルヌス騎士団国国王エルネストは背もたれに体を預け、天を仰いだ。
「私たち全員に等しく罪があるでしょう。
レオーネも情動を正しく導くことができなかった。その結果、偶像に身をやつした。あれもグラナトゥムの娘なのだから、ハイデンベルグ伯や傷病兵を味方につけたことなんて、なんの手柄にもなりません。あまつさえ、指揮を高めるどころか兵に弱さを植えつけるなんて。
狂わせてこそのグラナトゥム。あれでは姉の代わりはつとまりませんね」
「しかし、これで奴らも学んだだろう」
エルネストは、顔を下ろしてそう言った。
「高すぎる代償だ。内乱を経験しなかったガキどもめ。戦争というものをわかっていない。理解するのも遅すぎる。教育を誤った」
皮肉な笑みを浮かべるルーメンの目は笑っていない。それどころか憎しみすらこもっていた。
「若者らに関しては、そうと言われても仕方ありませんね。
彼らは殺し殺されるということへの恐怖が足りない。ただ体を貫けば終わりだと思っている。そんなことでは神の悲哀に至れない。
果てしのない意志と、どうしようもない不運とささいな見落とし。そんな理が支配する戦場は、試練として設計されたこの世界の端的な現出。この世界が、次なる世界への新兵訓練として設計されていることを解っていないのです。
クリトン将軍に関しては・・・、まあ、一度堕ちた者はあの程度でしょう。
やはり、ダミアンとアンナさんにより強い権力持ってもらいましょうか?貴族たちからの反発を考えれば、避けたいところですが」
「いや、もう一人。アンダルシアのロドリガ・マルチバーストが、北に向け王都を発った」
「へえ」
「待たせてくれたな」
「ああ、アンダルシアの剣、カシウスが帰還する」
ルーメンは微笑み、エルネストは手を叩いて喜び、コラードはグラスを掲げた。
カシウス・エネルテル・ヨカナーン。
エヘクトル、殺戮者のあざなを持つ、かつての狂王の近衛隊長。説く者。戒める者。悔い改め、殺す者。
舞踏技・残命剣を操り、王族に仇なす者を処刑して回った。
ケルサス王室のために、最悪の反逆者である狂王を戒め、妻子を虐殺された。
三王の同胞で、彼らがもっとも高潔だと信じた騎士。
「同志に」
コラードの声に二人はグラスを上げ、そして飲み干した。
「アンダルシアといえば、シュナイデルには可哀想なことをしましたね」
「ああ、まさかこのタイミングで政変とはな。奴らも当然気付いていたが、ヤーヘンの思いがけない抵抗が読みを狂わせた」
「戦場では、次期党首のフィルマンが慌てふためいているらしいぞ。
ったく、この程度の戦場をコントロールできないとは、先が思いやられるな」
「好き勝手やっている貴様がいうことか、エルネスト。
俺は奴を買っているぞ。シュナイデルには珍しく根が真面目だ。命令さえ与えてやれば、正しく動く。
シュナイデルの重責にもきっと耐えられるだろう」
「はっ、どうだか」
「貴様がなんと言おうと、この戦争が終わった後は、修験の白虎、白雲の試練を受けさせ、正式に跡を継がせる」
「勝手にしろ。俺は、知らねえぞ」
「まあ、ぐちばかり言っていてもしょうがありませんよ」
「そうだ、確かに成果もあった。サラが神聖を再び宿し、貴様の息子、オーギュントはようやく目覚めた。帝国と相対するには、鬼の力が必要だ」
「二人ともまったく。奥手ですね」
「オーギュントめ、戦場ではいつ死ぬか解らんとか言いくるめれば最後までいけただろうに・・・」
「くくくくくっ、女にかけては意気地がない。父親似じゃないか?」
「あ?」
エルネストが立ち上がり、ルーメンは頬杖をついたまま含み笑いをやめない。
「・・・剣聖は?エンジェル・ボイスのことを知らせてきたそうですが?」
コラードが音を立ててグラスを置くと、二人は居住まいを正した。
「面を合わせたかぎりでは、悪い娘には見えなかったぞ」
「その代わり、ワーカー・ホリックのことを見逃せということだ」
そう言ったルーメンはグラスの縁を指でなぞりながら、二人を見渡した。
「むしの良い話ですね。私はエンジェル・ボイスや竜人より、彼のほうがはるかに恐ろしいですよ」
「・・・」
「だが、剣聖には貸しを作っておきたい。西の汎神論者たちが目覚める前に、邪教徒どもの体制が整う前に」
西の大国が統べる、眠る国々。
神々が入り乱れた霧深い蜃気楼。
眠り、沈黙する魔地。
「皇は動かないと思うがな。少なくとも他の邪教徒に手を貸したりはしない。
動けば全てが嘘になっちまう。
ようやくたどり着いた安住の地を手放したりはしないだろうよ」
「やけに帝国に肩入れしますね、エルネスト。
何か、隠してしますね」
「ああ、だが、お前の嫁の件に比べれば、たいしたことじゃねえよ。
あくまで個人的なことだ」
「エルネストの個人的な事情なぞ、たかが知れている。しかも、帝国がらみだ」
エルネストは肩をすくめる。
「彼のことは?」
「ああ、そうだな。
カイ、その力、思わずこぼしたな。
・・・悪魔、天使、神の眷属か」
「はたまた、それ以上」
「・・・なんにせよ、目的を達した以上、そろそろ終わりにしなければなりませんね」
「ああ、今も兵が死んでいる。無能な指揮官どもに、これ以上、奴らの命を預けておくのは気の毒でしょうがない。こんな乱れきった戦争はもうたくさんだ」
ならば。
そう、ならば。
「決着をつけるとしよう。俺たちの手で」
「仕方ねえな」
「ヤーヘンは、どれだけ死ぬでしょうね」
****
ゲームメイカー達は、新たなる局面を描く。
ヤーヘンが国運を、全国民の命すら賭けた一手を容易く受け流し、大局の布石とする。
彼らは動じないのだ。
この世で最も恐ろしい敵は既に討ち果たしたのだから。己の身を鞭打ちたくなるような、下劣な手段に頼る必要はもう無いのだから。
王道を歩む喜びを胸に、彼らがゲームを作る。
ここから先は詰めの段階。
けれど、その王手は、勝利とは?
危うい局面を作り出すどころか、ゲーム盤をひっくり返しかねない邪教徒の誕生を許したのは、何ゆえか。
笑う王達は、歩む王道がどこまでも血に穢れていようとも、決して立ち止まらない。
神の矩が示す神の意志。
それを促進するかぎり、彼らは、絶対的に正しいのだから。




