大家 -アンダルシア、シュナイデル-
ケルサス王国首都からわずか十数キロ離れた所にその屋敷はあった。
白銀の鎧を纏う門衛は一般兵ではなく、一人残らず騎士。胸当てには、流れる流水に浸るアネモネがほころぶ。象徴するのは、アンダルシア家。ケルサス、いや大陸で知らぬ者のいない大家。
けれど敷地は際立って広いわけではない。おおよそ4平方キロメートル程度、手入れされた芝生の中を一本の道が通っている。曲がりくねって数百メートルほど、池を見て、花々を見て、針葉樹の木立を抜けると、ぱっと視界が開けて灰色の屋敷が目の前に佇んでいるのを見る。こんもりとしたドームが天蓋をなし、背は高くはないが裾広がりで、全体的に円形を帯びていた。
母屋の脇には、増築したのであろう、様式が違う尖った印象の兵舎が散らばって、一見無造作でありながら、前庭の花々と道を覆うアーチとが相まって独特の調和がある。
鳥の鳴く声、花のにおい、草を刈る庭師の姿、木立から透かして見える空の青、一つ一つの風景が一期一会の心象となり、心に迫るのだ。美しいのだ。
振るう権力からすれば考えられないほどの慎ましさ。成金貴族たちは、この屋敷を訪れると少なからず落胆したものだった。大陸一富裕な国ケルサス、その中でも王を除いた最高の権力者の屋敷がこの程度とは、とため息を漏らした。けれど、趣味を理解する者は別の意味のため息を漏らした。調和と誇り、王の権力を害しない洒脱。桃色の微笑みを浮かべた乙女のような美があった。
しおらしく畏まりながらも、儚い身を精一杯誇ろうとするアネモネの花。
それが、小川に囲まれた敷地内に咲き誇っていたのだった。
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大陸における貴族には様々な有り方があったが、ケルサス王国では統治にやや婉曲的な方法をとっていた。
貴族が恐ろしいのは魔力であり、その領内にどれ程の兵がいようとも、強力な魔術士、騎士団がいなければ雑兵に過ぎない。だからケルサスは、首都付近に貴族の屋敷を建設させ、強力な魔力制限の結界を敷設し、そこに王家の指定する者を人質として住まわせた。貴族の立場を保障するのは力なのだから、人質になった彼らに何かあれば、領土内の部下らが謀反を起こす可能性がある。たとえ僅かな可能性でも貴族たちは無視できない。その代わりとして、莫大な冨と魔力資源、そして権益を分配することで貴族たちの領土統治を助けていた。
けれど、王都に近いのだから反乱の危険は常に付きまとった。そこでケルサス王室は、反逆の芽を摘むために、各貴族屋敷の監視と対魔術結界に国家予算の多くを裂いていたのであった。
それらの慣例に縛られないのは、自治権を持つグラナトゥム公国の公家、カルブルヌス騎士団国のデュルイ家だけである。各王族は、特異な契約を身に宿していたがゆえに裏切ることができなかった。裏切れば禁呪により死ぬのであった。
現在、アンダルシア家が人質として出していたのは、クラリス・エトワール・アンダルシア、当主本人。
つまり、その屋敷は檻であると同時に、アンダルシア家の中枢でもあるのだった。
その屋敷に1両の馬車が止まっている。
「御別家様におきましては、ご健勝のようで、なにより」
若い魔術士が上座から降りてきて、客である叔父の手を握りながらそう言った。
華美すぎず、むしろしっとりと色鮮やかに飾られた部屋。
技法、装飾品、全てが王宮並に整えられている。
「御託はいい。それよりもミミが聖騎士の名を授かったそうだな」
ケルサス王国でも彼とルーメン国王だけの深緑色のケープ。最強魔術士慧聖に近しい証を示す男は、若い魔術士の手を軽く握ると、すぐに振りほどいた。
若い貴族と、その甥、二人の胸元には、青色の花弁をかたどったブローチ、次期アンダルシア家当主候補の証がある。
「ええ、本当に。ミミもようやく一人前になったようで、喜ばしいことです」
若い魔術士のケープの色は白で、叔父に遠く及ばないにも関わらず、気にする様子も、媚びた様子もなかった。
「何を言う!アンダルシアこそがケルサスの要。そのアンダルシア直系の者がアーティファ信教の守護者になるなど!
アンダルシアに二心ありと民が噂しておるわ!!」
その言葉に若い男は眉根を寄せる。
「アンダルシアが謀反を?馬鹿なことを。そのようなことを気にするとは、叔父上も気弱になられたものだ」
苦笑して、椅子を勧める。
「我々にその気のないこと、ルーメン陛下が未だご無事であることが証左でしょうに。
それよりも、シュナイデル家の今後について話し合う必要があるのでは?」
苛立つ男に、にっこりと微笑んで、さも当然であるかのように上座に腰掛けた。
「貴様ではらちがあかん。当主に合わせてもらう」
「代理の私では不足と?」
「ミミは、貴様の姉であろうが!!」
「ええ、だからこそ、誇らしいと思うているのです」
両手を広げて、目を輝かせる。
「己に惑い、道に迷っていたミミが、部下どもと力を合わせて魔石部隊を創り上げた。
亡き母の無念を晴らすかのように、従姉妹である姫君を助け、神の福音をアーティファ信徒に届ける裨益となった。
正道を取り戻せし姉こそ、アンダルシアの息女にふさわしい!!彼女こそがアンダルシアを体現していると、叔父上は思わないのですか!?」
「では、ミミはグローリアの姫君を連れてケルサスに帰参するというのか?グローリアにいては、ケルサスに何の恩恵ももたらさん」
「まさか!もう、赤い鳥は飛び立ったのです」
「それでは貴族どもの邪推を招くではないか!!
クレメンス、何ゆえ貴様の母がアンダルシアに嫁いだ?その意味を忘れたというのか!?」
「それを私に問うのですか?この、クレメンス・ローテスタ・アンダルシアに?」
瞳がかすかに翳ったのを男は見逃さなかった。
-失望、だと?ふざけるな、ガキが-
「ミミは部隊で、こともあろうに副官の男と契りを結んでいる。その男を飼うというのならば力を貸そう。しかし、アンダルシアとグローリアが混ざり合った血、どこの馬の骨ともわからん血に穢されることがあってなるものか」
「馬の骨?」
クレメンスが小首をかしげ、失望から諦めの表情に変わる。
「実父は、あの薄汚い子爵だ。しかも母は東国の縁神ホアンを信仰する異教徒、許容できるものではない。
どうしてもと言うのならば、男は去勢して縛りをつけ、洗脳する。そしてミミにはしかるべき種馬を用意しなければならん」
「養父は確認したのですか?」
「もちろんだ。北方の田舎貴族で、容姿も醜く、教養もない。そんな男に育てられた男になぞ、期待するものなど何一つない」
「叔父上、一つ、よろしいですか?義理を通すのは結構ですが、いつまでも同じ出入りの者を使うのは、いかが?しかも本家の長女の内情を探るのですよ」
「なんだと?」
「私の調べでは、あのデューイとか言う男は素晴らしい。父は凡人ですが、どうやら母の血が並外れていたようです」
そして養父も、と男の目を見た。
「回帰する縁、ホアンの教義ですが、さすが強力な神ですね。
忘れましたか?狂王の怒りが本家にまで及ぶのを恐れ、自ら追放の道を選んだ弟君のことを」
「何を・・・」
「偉大なるケルサス王国において、我らが当主以外で、ただ一人の残命剣の使い手。魔術師に生まれていれば次期当主間違いなしといわれていた、永遠の名を冠する騎士。
カシウス・エテルネル・ヨカナーン。それがあの男、デューイとやらの養父です」
「そんな、カシウスは・・・」
「ええ、死んだと聞いていたのでしょう?」
男は椅子に崩れ落ちた。
王の一撃を受けて瀕死になたったあいつを、私が追放した。
身代わりを用意し、王には流刑地で死んだと伝わるように工作したのだ。
けれど、あいつは妻と子共らを虐殺された事実に耐え切れずに自ら命を絶った。
そのはずだ。
隠密に遺体を確認するかと聞かれた私は・・・。
見上げた私を、甥が見下ろしていた。
-それがお前の弱さだ-
その通り。
-だから、アンダルシア家は、いまだ婆様が隠居できないでいる-
「どうすればいいか、お分かりですね?」
-もちろん、すべては血族のために。それが、アンダルシアだ-
年若い甥に向かい膝を突く。
「直ちに王宮に向かい、シュナイデル家の動向を探ります」
「いえ、それはよしましょう。ひとまず私に任せてください」
「では?」
「今すぐにカシウス殿の元に行き、姉について忌憚のない話をしてきてください。本来は私が行くべきなのですが、ここを離れられない。是非、貴方に頼みたいのです」
「しかし、カシウスは私を恨んでおりましょう」
「本当にそう思うのですか?」
-カシウス。私の、自慢の弟-
「いえ、馬鹿なことを申しました」
-狂王を封じ込め、王国を再建するのだ。それが、ケルサスの、ひいてはアンダルシアのためになる-
二人で綿密に計画を練り、実行までもうすぐだった。
けれども、同士であったクリトンが狂王に堕とされて、弟も家族を殺され心を引き裂かれた。
助けることが出来なかった。
アンダルシアなのに。
兄なのに。
-あいつを正道に帰すのは私の務めだ-
「お任せください」
あれは私の大事な弟。けれど、どうしようもないほどに潔癖で、優しすぎた。
だからこそ、国を守りとおせた。
だからこそ、穢された。
男、ロドリガ・ビブリア・マルチバーストは、立ち上がる。
よくぞ、戻ってきた弟よ。
望まぬかもしれぬが、その思い、アンダルシアの力でかなえてやる。
貴様が取りこぼした幸せは、私が種をまいて咲かせ、見せつけてやらねばならないのだ。王に、そしてグラナトゥムに、カルブルヌスに。
ロドリガは、当主候補の証である青色のブローチを引きちぎり、甥に捧げた。
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ケルサス王国にあり、シュナイデル家と権力を二分するといわれるアンダルシア家。
シュナイデル家が実際的にあるのに対して、彼らは常にロマン的にある。
冷酷の面を被っているのは、そうしなければ親愛に揺れてしまうから。
彼らの行動規範の第一は、家族の情。
魔力が遺伝的で閉じているのをそのままに、家族を囲って慈しむ。
他家が親族内で血みどろの惨劇を繰り広げて滅び行くのに対し、彼らは情けでもって統治した。
だからこそ、ここまで権力を広げることが出来たのだ。特別なことなど何一つしていない。ただ、家族で争わず、肩を組んで立ち向かっていただけなのだ。
それこそが、マーテルが示した世界法則の彼らなりの解釈。誰もが従わざるを得ない遺伝という自然法則を受け入れた姿だった。
大陸で歴史を成した大家に共通した一点、それは魔力が宿る血を保ち続けるだけの思想があることに他ならない。
ケルサス王室が示すのは、法則神マーテルの教義を体現した、近親相姦すら厭わない計算されつくした系統主義。
グラナトゥム公国では、豊饒神マイアから祝福を受けた王家への狂おしいほどの信仰心。
同じケルサス守護国のカルブルヌスは、血にまみれても穢れることのない英傑主義。
シュナイデル家の主君への奉仕を基礎にした実利主義は、他者へ理想を委ねながら、それゆえに利己心を滅することに成功した。
その一方で、アンダルシア家はケルサス王国内で最も権力的と恐れられていた。
だが、それは家族こそを第一と考え、王室すらも血を守るための道具とする深い家族愛ゆえ。
慈悲を旨とするマーテルが、法則に縛られているから実現できなかった救いを、家族に限定することで成し遂げたアンダルシアこそケルサスの裏面として最もふさわしいだろう。
そして、そのあり方は、マーテルがうらやんで認められなかった慈愛の女神アーティファの教義に類似する。
歴史の結節点、剣神と二人の姫が交わる点に、二人の女神の理念が混ざり合う。
アーティファとマーテル、デューイとミミ。
手繰り寄せるのは縁の神、マーテルを食い殺そうとし、アーティファを陵辱した狐神ホアン。
神としての権能を制限され、現世でただ遊び呆ける神は、悲劇の女神たちを救うために深森の中で命の旋律に舞い狂っていた。
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砲撃響く戦場の中にある大天幕。
連隊番号が掲げられているが、その規模、厳重さはクリトン将軍のものに勝っていた。
一歩陣中に入ってみれば、忙しく歩き回る士官の数、下士官の精強さ、兵卒の練度、全てが連隊の規模ではない。
中でも際立ってているのは魔具の量と解析兵の優秀さだった。
けれどもそれは当たり前のこと。ここは、アンダルシアと対壁を成すシュナイデル家の天幕。領土を持たない公爵と称された大家、その次期当主フィルマンの部隊のものであるのだから。
彼らは王宮の天秤。莫大な資産と人脈、そして凄まじい数の魔術士と騎士を保有することでケルサス王室に多大な影響力を有していた。
幕内に並ぶ座椅子は、戦場ではお目にかかれない、安楽さを追及した高級品。体に負担を掛けないようにして、解析兵が情報を集めている。射程は戦場だけではない。いや、むしろ、戦場が引きおこす影響にこそ注力していた。
集まる情報を取捨選択し、羽ばたく蝶がどれ程の影響を本国に与えるか、ありえない精度で計算し、コントロールする。
彼らこそが調停者、王国の守り手、情報という権力でもって世論と王宮内のバランスを司る。
法則の神マーテルの冷徹さを現す、ケルサスの一側面だった。
個々人の能力という面ではアンダルシアが勝っていただろう。けれども、アンダルシアはその在り方のために孤立していたのも確かで、純粋な影響力ではシュナイデル家の右にでるものは無かった。
その嫡子ともなれば、誰もが畏まる。シュナイデル家は慢心することがなく王室に絶対の忠誠を誓い、そのために実力主義に徹していたのであるから、甘言を弄して取り入ることも不可能。清廉潔白に、まさに守護者としてふさわしくあったのだった。
けれど、その天幕内、フィルマンの執務室のドアの前からは衛兵が立ち退きを命じられ、隔離の術が掛かけられていた。
フィルマンは、髪をかきむしり、机の上で組んでいた手を激しく打ち付ける。
どんなことがあっても冷静に貴族としての立ち居振る舞いを忘れない男の表情は怒りに染まり、その自尊心は揺らいでいた。
それほどまでに強烈で、認めることが出来ない事実が突きつけられたのだった。
机上には、レオーネの下より引き離されたブリギッタから、主と部隊の身を案じる手紙がある。
見張りが付いていて通信では伝えられないのだろう、走り書きで記されている。人を食ったような態度をばかりの彼女からは考えられないような切迫感。どうかレオーネたちを助けてくれと、知らせをくれと懇願して、文字が乱れていた。
けれど、彼の心を乱しているのは、ブリギッタの悲痛な手紙ではなかった。
言われなくともレオーネの身は守るつもりでいたし、ブリギッタの部隊も無事に帰す算段を整えていたからだ。求められてから行動を起こすのは、情報を司るシュナイデルにはありえない。フィルマンは次期当主なのであり、自他共に優秀さを認めていたのだから、手抜かりなどあるはずはなかった。
「なんて様だ!!」
問題は、届けに来た者にあったのだった。
そして、その口から告げられた忌まわしい事実に。
ブリギッタの面影を宿した少年。
忙しく立ち回るフィルマンの前、天幕にひょっこりと顔を出した。
もじもじして、声をかけるまで隅のほうで縮こまっていた。
近くによったフィルマンに、上目使いで語りかけてきた。
「姉さん、いえ、ブリギッタ子爵令嬢から手紙です」
彼女の弟君かと微笑み、手を握ろうとして気を緩めたフィルマンに、少年は血の匂いがする笑みを向けてきた。
「お茶でもどうですか?」
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人払いをしたフィルマンの執務室。
机に腰掛けたフィルマンに、そよ風のようなはにかみを浮かべていた少年は静かに口を開いた。
「姫様になにかあれば、シュナイデル家を根絶やしにします。幼子一人残しません。もちろん証拠も残しません」
らんらんと、まるで今にも殺してしまいたそうな少年の目にフィルマンはたじろいだ。
「ああ、つい、御免なさい。あなたは残します。他にも役立ちそうなのは、うん、生きていても良いでしょう。腐ってもシュナイデルですから、滅んでしまっては困ります」
「貴様・・・」
けれど、歯をかみ締めるフィルマンの声に力は無かった。
「王国の天秤が聞いて呆れる」
ベネディクトは苦笑するが、怒りは隠しきれない。
「あんたの親父さんは、レオーネ様がこうならないようにあんたを出陣させたはずだ。それが、なに?この状況は!!
確かにレオーネ様には魔力が無かった。だけど、それだけのはずが無いじゃないか、ベリル様のご息女だぞ?それを、あんたら、途方もないほど馬鹿なのか?!」
使えない奴隷を見るような目。
「ラスコーシヌイの血を流させるだけではなく、姫様を偶像にするなど!!ましてフラーダリーのエメトまでこんな戦争で衆目に晒すだと!?
恥を知れ、シュナイデル!!」
フィルマンは侮蔑されたことに対する怒りよりも、グラナトゥムがどういった行動に出ようとしているのか、計算に狂いはないのか、頭の中で素早く確認した。
その上で、これまでの戦場で自分が情報将校として間違っていないこと、それが示す己の愚かさに気付かされた。
父が出陣前にかけてくれた言葉を思い出したのだった。
我らは、天秤。
戦においてもそれは変わらない。
王国の均衡を保つために、一方に肩入れし、他方を謀殺する。
王国を左右するほどの力を振るいながら、けれど、はかりに載る錘を選ぶことはできない。
理想なぞ、描くことはできないのだ。
「戦争に酔っていたか、シュナイデル?
ヤーヘンを打ち滅ぼすため、三国で一丸となって力を尽くそうと?
思い上がるなよ、バランサー。
たとえ、どれ程の兵が死のうが、それがなんだという?
貴様らの使命は別にあったはずだ」
軍のこと、戦の勝ち負けなぞ、私になんの関係があったのだ?
私がすべきだったのは、コントロールだ。
バランスを取らなければならなかったのだ。
グラナトゥムと、智天使の一族に被害を集中させるなんて、なんという無能。
「良いか?これは、グラナトゥム王の御言葉ではない」
フィルマンは顔を上げた。
ベネディクトは察しが悪いと、悪態をつく。
「聖種の宮からの命を賜っている」
「なっ!?」
ベネディクトは懐から一枚の懐紙を取り出した。
刻まれた紋章は、数千年もの間用いられることがなかったもの。
エニシダ茂る上に、薔薇が咲く。
表すのは、神話の王女。
ベリル・アルケー・グラナトゥム。
真名、『零れ落ちる神意をくみし古の斎宮』。
書かれていたのは、ただ一言。
ハナヒラク。
「レナータ様とレークス殿下、お二人の子種は定量を得、グラナトゥムの血の薄まりは解消された」
「ま、待て!!」
「受精するはずが無い。己らの計算が過つことはない、そう思っていたか?
愚かな。
奇跡こそ神の理。マイヤの直系、ベリル様の神気を甘く見たなケルサス」
呆然とするケルサスの守り手シュナイデル、その次期当主フィルマンに背を向け、グラナトゥム古の魔術士は歩き出す。
ドアノブに手を掛けて、振り返ることなく言った。
「ケルサスを守って見せろ、シュナイデル」
ドアが閉まる音と共に、フィルマンは生まれて初めて、泣き叫ぶ己の声を聞いた。




