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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
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欲望ではなく

 正しい道とは何処に通じるものなのか。

 名誉か死か。

 交戦か退却か。

 いや、前者は選択肢には入らない。

 無駄だから。

 勝てるはずがないから。

 邪教徒に殺されるなんて、誉れなどないのだから。

 尻尾を巻いて逃げるのが正解で、それは誰にも解っていることだった。


 ばらば、問題はどう逃げるか。

 全軍で後ろを向いて、はいおしまいと立ち去ったところで見逃してくれるわけがない。さらなる追撃を仕掛けてくるのが当たり前だ。

 ならば、通常通りの手順を踏むのがよいだろう。使者をやって、交渉して、落し処を見つけて、随時退却。ケルサスにとって負けに等しいが、領土を失うだけで死人は減らせる。これからのことを思えば、悪くはないのではないか?本国では政変があったのだから、戦争で兵を失うわけにはいかないのだ。反乱に備えなくてはならない。

 議場に向かう面々は、そう考えていた。納得してはいないが、そうするより他はないことを理解していた。邪教徒の凄まじさが、ケルサスからプライドと戦意を奪い去っていたのであった。


 だから、軍議でもたらされた急報に誰もが唖然として、言葉を失ったのだった。


 一人の騎士が議場に駆け込んできた。

 中央に来ると崩れ落ち、喘いで、頬を引きつらせ、ルーメンを見た。


「敵後方にこれまの襲撃を超える数の亜人が観測されました。さらに、戦時法にしたがい休戦の申し出に向かった男爵の一隊、全滅。生存者ありません」


 混乱に包まれる議場。

 ありえないと、どよめく。

 大陸だけではなく世界を照らすマーテルが定めし法、邪悪が誕生したときには、いかなる戦争行為も止めて対処する。

 それを無視するとヤーヘンは言う。

 ヤーヘンの身内から出たのだから、適当な理由をつけて決定を先延ばししてくることは予想できた。けれど、まさか戦争の手段としてつかうだと?


 ルーメンは、口元に笑みを浮かべた。


「なるほど、ヤーヘンは本当にケルサスを滅ぼすつもりのようだ。邪教徒の力を借りてでも」


 議場が静まりかえった。


「クリトン、策を聞こう。これまで戦ってきたのは貴様らで、奴らのことを一番知っているのも、またそうだ」


 クリトンは立ち上がって王に応えた。

 脇には、彼の実兄で隻眼隻腕の騎士アザール男爵がいた。

 彼が説明したのは退却の手順だった。どれだけ殺して、どれだけ生かすか。どの街を見棄てて、どこまで引くか。どこに拠点を構えて国境を築くか。

 実務的に、声が上ずらないよう注意して屈辱を吐き出した。勝つと誓ったはずの死んでいった兵を裏切った。それを聞いてもルーメンは怒らず、他の貴族たちも口を挟まなかった。領土を失うハイデンベルグでさえ、民への保障と移住先を確認しただけであった。けれども、議場の一角、邪教徒に国を滅ぼされたコールのほうだけは、誰も見ることが出来なかった。

 彼らが唯一もめたのが、邪教徒に対面した際の義務を果たすべきかどうかだけ。邪教徒に対面した軍は、その能力を探るため出来うるだけ交戦する、という規定を何処まで遵守するか、ということだった。 

 それまで戦ってきた士官たちは、ヤーヘンが協力するどころか邪教徒を利用するのだから、義務は果たさなくともよいと主張し、他方、援軍として到着したばかりで、なんら戦果を挙げていない士官たちはせめて活動条件だけでも探るべきだと反駁した。しかし、情報を得るためには決死隊を組まねばならず、それすらヤーヘンに邪魔されることが予想され、期待どおりの結果が得られるかどうかわからない。参謀長のニコライ大佐は、いたずらに兵を死なせるだけだと説得したが、プライド高いケルサス貴族たちは納得しなかった。

 まとまるはずのない議論を続けるわけにも行かず、クリトンは一つの結論を下した。

 前線をありったけの防御魔術師で固めて退却の準備を整える。こちらからは攻めず、ただ出方をうかがう。そうすれば民の逃げる時間を稼ぐことも出来るというものだった。なおも反論する貴族たちは、国政の中枢を担うシュナイデル家、その嫡男であるフィルマンが難民の受け入れを調整することを匂わせたことで沈黙した。どんなに力のある貴族であったとしても、難民の受け入れにかかる費用と領土の治安の悪化は避けたいのであった。

 最終的にケルサス王ルーメンがこの消極的な作戦を採用したのは、邪教徒の力の源である呪いをコントロールしていたからであった。竜人がどれだけの呪いを吸収したか知らないが、大規模会戦を開いたわけでもなければ、戦地に吹きたまる呪いを放置してわけでもなかった。それゆえ、呪力は限られていて、簡単にブレスなんて吐けるものではないだろうというのが、ケルサスの考えだったのだ。

 事実、竜人は一度大きなブレスを吐いた後、ヤーヘン兵に被害が出ないかぎり沈黙していた。解析魔術も竜人の残存呪力が多くはないだろうという知見を得ていたが、それを保障したのは、なんとライラだった。コールらが止めるのにも関わらず軍議に出ていた彼女は、目を逸らし続けてきた過去を、滅び行くグローリア城で体験したことを語った。ケルサスの解析兵たちはライラの証言を下に、再度解析、過去のエンジェル・ボイスとの対比からブレスに必要な呪いの量、そしてそれを防ぐのに必要な結界強度を割り出した。

 こうしたことから、ケルサスは防御陣を敷いて民の逃げる時間、そして国の体制を整えることにしたのだった。それが可能であると判断したのであった。


 ****


 本営の命の下、部隊の急な配置換えが行われ、レオーネたちも駆けずり回ることになった。

 ブリギッタは王命で部隊から引き離されて解析部隊に、サラはブリギッタの部隊の生き残りと共に防御結界部隊へと、そしてレオーネは国に返される傷病兵の世話をする部隊に配属された。

 グラナトゥムに帰属する者らはレオーネの帰国を主張したが、聞き入れられなかった。既に戦争は挙国一致の体をなしており、ケルサスの衛星国家であるグラナトゥムの王族が真っ先に逃げ帰ることなんて許されるはずがなかったのだ。しかもレオーネは傷病兵、避難民に人気があったのだから、逃げ出してしまえば全軍の不信感をあおることになるのだった。

 密かにレオーネを国に帰そうと画策していたダミアンは歯噛みした。


(だから、前線についてくることには反対だったのだ!!)


 けれど、レオーネは既に多くのものを巻き込んでしまっているのだった。

 傷ついた軍は救いを求め、それを他でもないレオーネに求めているのだった。


 それまでケルサス兵は勝ち続けてきた。初戦でパンデミックに結界を汚染されていながらも、ヤーヘンの将を討ち取り、各都市を開放してまわり、さらには敵の最新兵器である魔槍をグラナトゥムの手を借りたとはいえ打ち破り、ついにはハイデンベルグ城を取り戻した。そして、グラナトゥムと辺境の民の軍が亜人の奇襲に大きく兵を減らすなか、亜人を討ち滅ぼしたのはケルサスの砲弾だった。

 グラナトゥムの軍だから損害がここまで広がってしまったのだと、思ってしまっていた。

 それが、邪教徒の一撃で目を覚まされた。

 もしかすると、自分達は優れてなんていないのではないか?

 死んでしまうのではないか?

 一度悲観してしまった彼らは、心のよりどころを探し始めた。

 柱となるべく期待されたダミアンが他の貴族たちに押さえ込まれていたこと、有力貴族が反王族派を押さえ込むのに忙殺されていたことが災いしたのだろう。その目はレオーネに向いてしまった。

 彼女自身、何かしたわけではない。ただいつも通り謙虚に振舞っていただけ。

 傷病兵のために走り回って介護し、飯を作り、話を聞いてやっていた。けれど、兵たちはそんな彼女をまるで女神でも見るように崇め始めていた。

 戦場で最も輝かしい戦果を挙げたグラナトゥム公国、その姫の振る舞いに豊土の血族としての謙譲と献身を見たのだった。


 彼らは、貴族たちの目を避けながら彼女を祭り上げる。

 人の口に戸は立てられない。まして戦場で(すが)るものを探す兵たちにはなおのこと。


「本営の者らは隠しているが、ヤーヘンの巨大火炎弾を防いだのはフラーダリーの生き残りで、レオーネ様の御付魔術師であるらしい」


 情報源もまた嬉々として語った。まだ死ぬと決まったわけではないと、希望はあるのだと、惜しみなく情報を漏らした。


「それだけじゃない。術を成したのも、亜人の追撃を防いだのも、同じグラナトゥムのラスコーシヌイ家の娘の補助術があったかららしい。しかも、その娘の魔力は本国の魔術師のだれよりも強大だそうだ」


 広まってしまえば、さらに掘り起こされる。


「まだまだある。姫の天幕にいる智天使の部隊の生き残りは、なんと領主の子を身ごもっているらしい。つまり、姫様は天使の加護も受けているってことだ。なんせ智天使が本営ではなく姫に身を寄せるんだからな。ハイデンベルグ様も彼女の天幕にいらっしゃる」


「だからか!!あの一国主義者のシュナイデル家のフィルマン様が護衛に付いているのは!!

 さすがの一国主義者も姫の御威光には平伏するよりなかったわけだ!!」


 そしてライラやコール、オーギュントとの関係も暴かれた。

 レオーネの立場を思えば、随行する軍が強力であることも、辺境の民マリヤが身を寄せるのも、不思議でもなんでもないのに、奇跡であるかのように騒ぎ立てた。


 どうしてこうなったのか。決め手となったのは、ハイデンベルグ城の虐殺であった。

 ある男が、既に広まっていた噂をもっともらしく語る。


「ハイデンベルグ城、あれは地獄だった」


 しみじみと、祈りを捧げてから語る。

 

「何人の亡骸を葬ったか分らん。子供も女も貴族もみんな殺された」


 男の言葉に誰もが息を飲んで、遺骸を火にくべた手の感触を思い出す。


「隊長が浄化魔術を何度も何度も掛け直して、それでも燃やす死体は山のように積み重なっていた。

 若い奴は泣きじゃくり、もう声なんて出なくて座り込んで、俺も叫ぶことしか出来なかった。

 そのときだったんだ。真っ白いグラナトゥムの軍服に銀の仮面を被った騎士が城から出てきたのは。後ろには、あのカルブルヌスを従えて、まるで御伽噺に聞いた戦神アルファスのようだった」


「「その、男は!!」」


 話す男を取り囲む兵たちが口々に問いかける。

 男が静まるように、身振りする。


「俺はぼんやり眺めていたよ。目の前に来たとき、カルブルヌスの騎士が俺に跪くように言った。しかしだぞ、俺は誇り高いケルサスの兵だ。誰か知らない奴に膝を突く義務なんてない。

 そんなふうに頑なだった俺に、カルブルヌスの騎士は囁いたんだ。


 『彼こそが黒騎士カイ様、この地獄を終わらせた男、レオーネ姫殿下の使い魔であらせられる』


 俺は涙を流して、思わずその手に口付けをしてしまった。強要されたわけじゃあない。気が付いたら、そうしていたんだ。そのときのカイ様の目、なんともお優しい」


 恍惚とする男に、周囲の兵達は羨望の眼差しを向けて嘆息する。


 しかし、カルブルヌスはカイの存在を隠していたし、カイが優しい目をするなんて、まして口付けを許すなんてことはありえない。話に尾ひれがついて、本当に男が体験したのかどうかすら怪しい。

 あくまで誇張された噂話であり、けれど、そんなことは誰もが解っている。それでも彼らは縋るのだ。生きて帰りたいからこそ、ケルサスが負けるはずがないのだと、戦場に夢を見るのだった。


 レオーネにとっての不運は、カイにまつわる噂話があながち嘘ではない点にあった。カイが自重すべきところを虐殺に心を乱され、ハイデンベルグ城を占拠していたヤーヘンの騎士、魔術師たちを一人で皆殺しにしてしまったのだ。それまで、カルブルヌスのルシアーノやオーギュントは彼の存在を隠しておくつもりだったが、カイが自ら表に出てしまったのだ。もう、隠蔽することは出来なかった。それでも、力のかぎり隠し、緘口令をしいた。カイの力を知ったケルサス首脳陣もまた、グラナトゥムの影響力が高まるのを恐れ、最大限情報の拡散を防いだ。

 けれど、ここにいたって全てが露見した。

 

 レオーネ本人に力がないのだから、連れてきた兵がどれだけ強かろうと、戦場で崇められることなんてありえるはずがなかったのが、使い魔であるカイの力が明らかになったことで、レオーネの庇護者たちの目論見は狂ってしまった。ケルサスが戦場に黒騎士を派遣していなかったことも大きいだろう。カイの凄まじい力に縋る兵たちが次から次へと現れた。

 

 噂を聞いた兵たちの前には献身的に振舞う黒騎士の主、豊土の女王の血を引く美しい乙女がいる。


 グラナトゥムの出来損ない。

 気味の悪い造花。

 人とは思えない、あるいは人外。


 レオーネに魔力が無いということは否定から肯定に捉えられるようになり、神秘性は高まった。

 忌避感は容易く反転するものだ。双極は最も離れているがゆえに、最も近しい。ある見方が悪魔であるのに、他方から見れば天使であろうかのように。

 そうなることを恐れていたダミアンとフィルマンの心配をよそに、兵達は彼女こそが救世主であるかのように崇め始めたのだった。

 力がないからこそ、弱者に祝福を授けると。

 何時しか、レオーネの天幕は聖域と化した。


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