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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
101/131

泣いて、笑って、咲いて、散った 2 -白銀の姫-

二首の竜人の誕生を受けて、北方の三国がケルサスに宣戦布告する。

商会から支援を受けた三国は亜人の軍隊を率いて国境に強襲をかける。

壊滅寸前の辺境の地に、今、ケルサス王国最強の魔術士と騎士が到着する。



語字報告を受け付けない、にチェックしていたことに今気付きました・・・。

間違い多いのに!!

 ケルサス王国、北の国境、低い山々が連なって、大型の鳥類が飛び交う。

 命あふれる山々らしい所などどこにもなく、ただ血のような夕日が山間に沈む。

 北風が吹き込む谷底には、数千年も前に討たれた魔獣が静かに横たわり、残存する魔力の残光にほのかに輝く。

 いまだ雪は見えない。

 赤色の砂が風に舞うばかりで、あるべき大樹や草いきれもない。かすかに生えるのは、穢れの証の毒草だけ。

 かつての戦争で打ち込まれた魔力が大地を汚染しているのだった。

 そんな有様の中に、汚染されていない一帯がある。交通の要所であり、多くの兵を通すにはそこしかない場所。最も苛烈に魔力を浴びた砦で、それゆえ浄化に力が注がれた場所であった。

 今、その砦は、かつてのように激しい魔力に晒されていた。

 攻めるのはケルサスの同盟国であるはずのラヴァ王国、頑健な歩兵を主力とする農業国だった。

 これまでの彼らならば、ケルサスに攻め入るなど、恐れ多くて思いもしなかった。安定と引き換えに、多量の穀物と魔力資源を援助してくれるケルサスをまるで主国のように仰ぎ、王宮に彼の国の要人を招くことをなによりの名誉とすら思っていた。

 だが、今現在、その忠誠は見る影もない。国境を守るケルサス兵を背後から貫いて、風になびく王国の旗を踏みにじって歩を進める。

 どうして、こうなったのか。何が彼らを駆り立てたのか、たとえ彼らに尋ねたとしても、確かな答えなど返ってはこないだろう。彼ら自身にもよく解っていないに違いなかった。

 

 かつて、狂王の時代にあっても、いや、そんな苦難の時代にあってこそ、ケルサスを支えることに誇りを持っていた。けれど、ケルサスに安定の兆しが見え、狂王に比肩するカリスマ性を持った現王ルーメンに拝顔するにいたり、彼らの心の奥底に不信が芽生えた。

 決して侮辱されたわけではない。それどころかルーメンは、いまだ復興に慌しいケルサス王宮にラヴァ国王を招き、物資が不足していたにもかかわらず、せいいっぱいのもてなしで彼らを迎えた。そして、狂王の時代にあってもケルサスを裏切らなかった事への感謝を伝え、同盟を強化する旨を手に手を取って伝えた。さらに、ケルサス王国内での交易の拡大を許し、マルブ魔術学院への推薦状をも差し出したのだった。

 どれもが破格でさらなる忠誠を誓ってしかるべき。事実、ラヴァ国王は微笑むケルサス王に(ひざまず)き、涙を流して喜んだ。献身が報われたのだと、誇りを胸に国に帰った。

 けれども、どこか居心地の悪さを感じていたのも確かだった。民と共に狂った父王を滅ぼした英雄王の眼差しに自分たちを鑑みて、こんなはずはないだろう?という疑念を感じていた。

 彼らはこれまでずっと、大国のいいようにされてきた。脅かされ続けることが日常であった彼らにあったのは、見上げることしか出来ない小国のマゾヒズムの歴史だった。他に振舞いようなど知らなかった。

 その小心さを商会に利用された。ありもしないケルサスの野望を吹き込まれ、心を乱したところ、目の前に力を広げられた。

 もう、彼らの進むべき道は一つしかなかった。そう、思わされた。

 思い込みを確信へ、恨みへと変えて反逆する。

 間違っているなどとは思うはずが無い。跪いていることこそが望みだったのに、裏切り壊したのはケルサスなのだから。友であることなど、決して望んではいなかったのだ。


 ケルサス王ルーメン。国難のすえに、彼は平和裏に国を治めようと決意した。

 しかし、魔術兵器が驚異的なスピードで進歩しつつある時代では、もはや一国でその国の平和を維持することは不可能になっていた。そのため、同じ理想を持った国々による強固な同盟が、友が必要だと考え、それを最後までケルサスを裏切らなかった小国に求めた。

 けれど、彼は思い違いをしていたのだった。狂王の時代にあっても小国が裏切らなかったのは、気高さゆえではない。そうするより他に振舞い方を知らなかったから、卑屈が身についていたからだった。

 ラヴァ王国もまた、間違った。荒廃の極みにあったケルサスがなぜ滅びなかったのか。どんなに忠誠を誓っていても、王国の中にいなければわからないものがあったのだ。

 空気、雰囲気。

 ケルサスの王族が民や貴族にとってどんな存在であったのか、理由ではなく必然が解らなかった。

 いや、だからこそラヴァは取るに足らない小国であり続けたのかもしれない。

 理解する機会を自ら投げ捨ててしまうから、いつの時代でも報いを受けるはめになる。

 

 ラヴァがはねつけた地位、それを足がかりにして時代をへ、友と言うには甘すぎるかもしれないほどに熟成された強いつながり。憎しみと愛情が入り乱れ、お互いに無くてはならない関係がある。なかでも恐ろしいと呼ばれていた国、ケルサスの剣カルブルヌス騎士団国、そして、騎士団国に並ぶ大国であり、威信と伝統でいえば主国に勝るとも云われる豊土と地獄の神を崇める凶信の徒、グラナトゥム公国。

 

 戦場に絶大な魔力が沸き立った。

 戦況を有利に進めていたラヴァ王国の物ではない。

 ケルサスを憎みながら愛する地母神の化身が、まさに到着したのだった。


 ****


「レナータ、お前に前に出られると、私が困るのだが?」


 最前線の砦を見る山腹で、オオトカゲにまたがったエウペ朝フィスィ新国王ラディが、空を見上げ魔術を紡ぐレナータの脇にならんだ。

 話しかけられた女、フィスィの千年の敵とされた国の王女は、豊饒の女神マイヤに奉仕する修道女のローブを纏い、顎を上げて言霊を紡ぐ。

 けれど、白銀の髪はあらわで、スカートには挑むようなスリットが入っている。縁にはレースがあしらわれ、腰を絞るそのデザインが豊な胸を強調する。

 冒涜的とすら思えるいでたちだが、そうではない。彼女の為すことが神に(かな)っているのであり、たとえ聖典であっても、彼女を非難するものが涜神である。彼女に流れる血は神に祝福されたものであるという事実、そして彼女のグラナトゥムでの立場がそう規定する。

 天与の美を惜しみなく振りまいて、神に愛された尼僧は戦う男たちに地母神の愛を注ぐ。神の力を代理する。


 戦端が開くよりも前、行軍中から補助魔術をかけ続けてきた。だというのに汗一つかかず、涼しげな顔で戦場を支配し続ける。信じられないほどの魔力量と精度。

 ラヴァの防御結界を容易く切裂いて、砕けた術式が反射し戦場に虹をかける。彼女の思念が大地の妖精を招きよせ、彼女の見栄えではなく、魂の美を褒め称える。その光景、まるでマイヤの楽園であるかのように錯覚させる。

 しかし、祝福を受けるのはグラナトゥムとフィスィの軍だけで、敵にとっては地獄に他ならない。一方的に血が流れ、叫喚が響く下、胸の前で手を組んだ乙女は、眼には見えない何かを包み込んで、そっと解き放った。

 質量を持った光りが兵たちに降り注ぎ、背後から抱きしめ耳元に口を寄せて語りかけた。

 母の慰め、父の叱咤、恋人の囁き、効果は折り重なる。

 重層して、兵達は楽土(パライソ)を守護する戦士となる。


 (すめらぎ)の息吹を解き放った彼女は、ラディに振り返り、勝気に微笑んだ。


「何を言うの?妹たちを戦場に出しているのよ。自分ばかり安全な場所でお姫様よろしく祈っているなんて御免だわ」


 彼女こそがグラナトゥム公国第一公女、次期王位継承者レナータ。神話の彼方より目覚めた現グラナトゥム王妃、真なる皇后ベリルの魔力を強く受け継いだ宝玉であった。


「それに私が出たほうが死人は減るの。貴方もそのほうがいいでしょ?」


 味方のはな、とラディは応えた。


「うちとしては、ケルサスに威張れるだけの戦果を挙げさえすればいい。そうすれば、結果がどうあれ、俺たちに生きる道が開ける。深入りはしたくないんだよ。

 しかしお前、自分が出陣することを敵に流したな?ケルサスが下がらせろと(やかま)しい。フィスィが無理強いしたと思われてはたまらんぞ」


「心配いらないよ」


 血まみれの暗殺者が空から落ちてきた。


「そろそろ本国の援軍が国境に到着したころだ。これから彼らも忙しくなるから、適当にあわせていればいい」


 血をぬぐって、思いのほか返り血を浴びてしまったことに青年は眼を曇らせた。

 胸元には二つの紋章がある。ケルサスとグラナトゥム。彼が、ケルサス国王ルーメンの弟にして、かつて暗殺、虐殺の中心には常に彼がいると噂された忌むべき騎士、レナータの夫レークスであった。

 両手には、極度に細く鍛えられたサーベルが握られている。力のない者が握れば、根菜一つ切ることは出来ずに砕け散ってしまうだろう。まるで針のように細くしなやかに、彼だけが扱うことが出来る刃、神器三千四百八十九代目ヒストリカ。ケルサスが遥かなる昔に攻め滅ぼした国の宝で、その国が崇拝していた神、あらゆる智を記述し伝える蛇神ホクマの舌をかたどった刃であった。


「ケルサスもお前みたいに、リハビリに手こずらなければいいんだがな」


「汚しすぎよ、レークス」


 ラディが憎まれ口を叩いて、レナータは呆れた様子で眺める。

 レークスとレナータは、二人が傷つくことでラディが難しい立場に追い込まれることを、まったく心配していなかった。ラディもまた、そのことを懸念していたのではない。ただ、レナータが前に出たことで、ケルサスの貴族たちが、さっきから通信の全チャンネルを通して怒鳴りつけてくるのが(わずら)わしかったのだった。


 -レナータ公女に何かあったらどうするつもりだ!!-


(あるわけないだろう)


 -退路の確保は出来ているのだろうな?!-


(いるか?レナータとレークスだぞ?)


 -何かあれば、貴国の責任だ!!-


(それは困る。しかし、本当にそんなことを心配しているのか?)


 もちろんそ応えたわけではないが、丁寧に返信する中で、ラディはいつしか通信を無視するようになった。というのも、彼女たちが苦戦することなんてラディには想像することすら出来なかったし、低く見られてはいるが、ラディの軍はつわものぞろいで、レナータの奉ずる神マイヤとラディの神白雲は相性がよかったこともあり、想定以上の戦果を挙げていたからである。そんなことは、ケルサス王宮にあっても確認できるはずであったのだから、心配性な貴族のアリバイ作りと理解していた。

 

 目の前の戦場では、いまや敵軍は壊乱しつつあった。

 レークスが戦っていた断崖では二体の魔獣が両断されて死骸を晒し、魔獣が殺されたことで敵の戦略は崩れ、苦し紛れの突撃を繰り返すばかり。混乱する亜人たちを砂漠の民たちが左右から挟撃して血祭りに上げてゆく。

 しかし、防御に重きを置かない強襲作戦が失敗したとはいえ、侵略者の被った被害は大きすぎた。砂漠の民の火力と防御力は異常で、一太刀で蛇人の鱗を切裂き、大型の亜人の一撃を受けても結界は破れずに、それどころか反撃の魔法陣が展開される。それを可能にしているのは、レナータの魔術だった。大地の力強さを顕現して防御の力を授け、地母神としての属性で包み込み、励まし、膂力を引き出していた。


「他の戦場は大丈夫かな?」


「今通信が入った。うちのガキがケルサスの援軍とで魔獣をしとめたらしい」


「へえ、あの可愛い子でしょ?ラルクル、だっけ?」


「ああ。少し眼を離すと、敵味方問わず殺しまくるが、指揮しているのは俺の腹心であいつの爺さんだから問題はない」


「そう、良かった。中央でなら何してもいけど、辺境では困るわ。可哀想よ」


「うん。大都市の貴族たちからなら、略奪して欲しいくらいだ」


「止めてくれ。これ以上、砂漠の民の評判を下げないでくれるな。ただでさえ、同盟国を略奪して回ったせいで人非人扱いされているんだ」


 思わずラディが口を挟むが、それを聞いたレナータは胸を張った。


「ふふん、大丈夫よ。かばってあげる。私たちに反論できる奴なんていないんだから、貴方たちのことも良くしてあげるわ」

 

 ラディがレナータに訝しげな視線を向けると、彼女は蒼い瞳を細めて、艶やかに微笑んだ。


「いい、ラディ?私とレークスの婚姻を防げなかったことで、ケルサス諸侯の敗北は決まったの。どんな政治も策略も、力と愛の前には小手先の手品。私たちがその気になれば、ケルサスだって落として見せるわ」


「のろけるな。フィスィは、ただ生き残りたいだけだ。お前たちがストレス解消にどれだけ暴れようが構わんが、それは忘れるな」

 

 手に余る子供を押し付けられた教師のように呆れて、釘を刺した。


「勿論よ。よし!!残党を刈って、一部の兵を残して次に行きましょう。

 何なら、敵の本国に攻め入ってもいいわ!!この私が結界もろとも城に大穴を空けてあげる。

 レオーネやサラに、お姉さんも頑張っているってことを示してあげなきゃ。私は頑張るわよ!!」


 レークスは苦笑してラディを見た。彼はため息をついて、お転婆な公女に続くよう騎士団に伝令を送る。

 号令とともに、砂漠の騎士団はラディが見たこともないようなスピードで駆け抜ける。レナータの補助魔術の効果だけではない。最強が味方についた喜びと安堵。しかも、彼女はとびきり美しくて可憐だ。砂漠の民は満腔の力でもって、切りつけて貫いた。応え、先陣を駆るのは、また最強でありながら可哀想な騎士。そんな彼女たちを助け、敵に魔力の刃を降らすのは、己の主。

 燃えないほうが、イカれている。この瞬間、世界で最も強いのは彼らなのだ。

 最強の魔術が風となって後押しし、狂った亜人たちが恐怖に震えて、救済と破滅のひづめは駆け回った。

 けれど、戦場は広大で、グラナトゥム一軍で収めるには時間も戦力も足りなかった。だから、グラナトゥムと砂漠の民がこの戦場を攻めている間に、グラナトゥム本軍とケルサス連合軍が別の戦場を攻めていた。さらに他の戦場では、砂漠の民とグラナトゥムの連合軍が増援に来た知らせを受けたことで、領内の兵たちが士気を取り戻し、思いがけない戦果を挙げつつあった。


 グラナトゥムとエウペ朝フィスィ。千年の敵であった彼らは、救援物資の受け渡しを通して触れあい、敵であっても友となれることを知った。そして、主達が示した理想が、国境という概念がなんとつまらないものであるかを知らしめた。

 それは、主従の関係にあったグラナトゥムとケルサスの関係を、ある意味超えるものである。預かり知らぬところで定められた盟約よりも、剣を交えた怨敵のほうが信頼できるというもので、親しげに語り合う主たちの姿は眩しく、己の国の未来を託して剣を振るうには十分すぎた。

 それは、ラヴァがはねつけた、もう一つの可能性に他ならない。

 思い知らせるように、彼らのつながりを見せ付けるかのように、レナータの魔力の輝きが、敵軍にオープンチャンネルで語りかける。


 -裏切り者が、この私に歯向かうの?-


 既に、撤退戦の様相を呈していたといっていい。

 敵は恐れのあまり狂乱して、前線から本国へ停戦と退却の許しがひっきりなしに投げかけられていた。

 けれど、彼女は容赦などしない。


 -なにを言うのかしら?貴方たち、蹂躙する気だったんでしょう?この地を、そして、私を!!-


 そうなのだ。攻め入った三国は、グラナトゥムの公女レナータが参戦していると知ると、さもしい情欲の虜となった。

 グラナトゥムの宝石。聖王直系の女神の美。伝説から来たベリル皇后の血を引く最美の乙女。組み伏す己を夢想して、男根を膨らませて戦場に駆け参じたのだ。

 各国の王族もまた彼女の生け捕りを命じ、どんな体位で彼女を犯すか想像を豊にした。それが権力争いを産み、精鋭を援軍として派兵することを邪魔し、そのために戦場の士気はおおいに下がった。彼らは自業自得とはいえ、本領を発揮するまでも無く敗れ去ろうとしていた。もちろん、それはレナータが意図したことである。彼女が参戦すると決めたときから、侵略者たちは彼女に弄ばれていたのだった。


 そんな気の毒な彼らを追い詰めるように、ケルサス最強の刃が迫る。

 蛇の舌を操る、人と呼ぶのもおこがましいほどの殺意の塊に、虐殺される。


 -彼女は、僕が見つけたんだ。僕だけの姫だ。こんなにも呪われた生で、彼女だけが祝福なんだ。

 貴様ら、それを奪うというのか?

 許さない。下郎めら、死にさらせよ-


 破廉恥な思惑の元に繰り出された兵は字義通りに八つ裂きにされた。

 ケルサスの忌み子によって、姫に欲情したその罪、許すまじと。

 後に続く砂漠の民の操る大トカゲが、死骸もろともついばんで行く。

 聖に刃を向ける罪人ども、すべからく死すべしと。


 彼らの殺気は、敵の通信魔術を通して本国に伝えられ、祝杯を挙げるために集ったラヴァ本国の中枢は、混乱の極みに陥った。

 戦場からもたらされるのは信じていた吉報ではなく、今まさに殺されようとしている兵らが上げる恐怖の叫びだった。

 急いで戦況を解析しようとした本国の将官たちであったが、ただ落ち着くように言うことしか出来なかった。

 やがて、返信することすら出来なくなり、頭を抱えて耳をふさいだ。

 彼らは決して戦下手なのではない。むしろ、ケルサスを狙う異民族や亜人たちと戦い続けてきたのだから、戦い慣れていた。だからこそ、破滅を理解していた。もう、どうしようもないことを感じ取っていたのだ。

 響く彼らの子、婿、部下たちの悲鳴の中で、彼らは、ついに言葉を紡ぎ始めた。

 下を向いて、あるいは誰かに怒鳴りつけた。

 けれど、本当に語りかけているのは、自分自身だった。


 これは楽な戦で、略奪も思いのままのはずではなかったか?


 ケルサスはヤーヘンとの戦いが長引いたせいもあり、辺境にまわせるを守兵は僅かで、疲弊している。王宮では戦争の責任逃れに忙しく、増援を寄越すのにも時間が掛かる。

 カルブルヌス騎士団国は帝国を牽制するために派兵でず、同じ大国のグラナトゥムは砂漠の民に釘付けにされている。


 そうなると聞き、自分たちもそうだろうと思った。

 しかし、何故だ。

 どうして、グラナトゥムと砂漠の民は、共に戦場に?

 夢か、これは?

 しかも、グラナトゥム軍は苦し紛れの弱兵ではなく、王弟レークスが率いた精鋭。無理に兵を分けのでなければ、士気を上げるためにレナータ公女が仕方なく参戦したのでもない。 

 ケルサスが到着するのを待つための時間稼ぎではなく、打ち破るために戦場にいるという。 

 

 グラナトゥム公国。

 王族を崇め、守るためならば玉砕することすら厭わない、狂った者ら。

 戦ってはいけない、異常者たち。

 ケルサスですら恐れ、出来うるかぎり兵を削減した。

 そんな者たちを相手にしろと?


 そうだ、帝国はどうした?

 奴らが軍を起こせば、ケルサスの援軍はそちらに向かうはずだ。

 早く知らせを!!

 ・・・なぜ応えない!!

 商会は、必ず動くと言っていたじゃないか!!

 ケルサスの援軍も続々戦場に到着しつつある。このままでは、皆殺しだ。

 あの子が(彼が)(あいつがetc・・・)、殺されてしまう!!


 何故、こうなった?

 どうして、グラナトゥムはここにいるのだ?

 東方の守りは?ケルサスの援軍がこうも早く到着したのは何故だ?

 違う!!

 そうじゃない!!

 理由をこそ聞いているんだ!!


 ・・・情報が漏れていたのか?はめられたのか?

 まさか、帝国はケルサスと示し合わせ、わが国の弱体化を狙っているのか?


 何もかもが、わが国を狙って仕込まれたことのように思えてしまう。


 ここまできて、兵を引くことは出来ない。

 我らは、ケルサスを裏切ったのだ。あの、ケルサスを。

 攻め続けるより他にない。勝たねば、生き残ることはできない。

 だが、それ以前に、次期グラナトゥム女王になにかあったら?それが、わが国のせいであったなら?

 商会は容易く自分たちを切り捨てるのではないか?

 内乱からこれまで、諸国が工作してきたケルサスの大貴族離反の計なぞ、聖王の血の前には意味ないものではないか?

 ケルサスは、グラナトゥム公女解放のためならば、一致団結するに違いない。

 いや、世界が、だ。


 私たちは、一体、何をしているのだ?

 誰と戦っているのだ?

 敵は、ケルサスなのだぞ?

 勝てるはずが、ない・・・。


 死、皆殺し、という言葉が脳裏に焼きついたとき、彼らは壊れた。

 戦争責任、いつも攻められる側であった彼らには、その重さに耐えることが出来なかったのだ。


 命乞いとともに、神への祈りが捧げられる。

 ここに至って、短かった侵攻は終わりを告げた。


 *****


「終わりだ、レナータ。ケルサスから停戦の命が出た」


 ラディは、はき捨てるように言った。


「意気地なしね」


 レナータはオオトカゲのとさかを引っ張り、いらだたしげにつぶやいた。


「十分じゃないか?」


 レークスはサーベルを拭った。


「駄目だ。彼らには商会を裏切らせなければならない。どんなに手間が掛かろうと、今ケルサスに向けている軍を商会、ヤーヘンに向けさせねばならないんだ」


 ラディは軍に伝令を送りながら、レークスに応えた。


「そうよ!!どんなに小さな確率でもいい。レオーネたちが助かる見込みを高めなきゃいけないの。このままじゃ、ケルサスの思いのままよ!!」


 ここまではケルサスの読み筋。辺境の砦もろとも砲撃するなど、非情な手段を取ればグラナトゥムが出張らなくとも対処できた。ここから一手差さなければ、奴らの思い通り。


 レナータは悔しさにオオトカゲの首に覆いかぶさった。


「邪教徒がいるのよ。誕生した竜人を守るために、他の邪教徒まで参戦したら?グローリアを滅ぼした奴らが来たら、きっとケルサスはレオーネたちを生贄にするの!!」


 邪教徒にとってレオーネの命、聖王の血を手に入れることは、たまらく魅力的なことに違いない。しかし、いたずらに大陸の穀物庫であるグラナトゥム公国の公女に手出しすれば、ケルサスだけではなく、大陸中の国々に邪教徒討伐の口実を与えることになる。なにより、レオーネに力が無いことが、これまで邪教徒に二の足を踏ませていた。搾りかすを手に入れたところで、何にもならない。デメリットの方がはるかに大きい、そう思っていたのだ。

 しかし、従軍したことで彼女の名声が高まり、さらに使い魔が黒騎士であることが知られてしまった。レオーネに力が無かったとしても、何かがあると邪教徒は考える。邪教徒には躊躇する理由は無くなっていた。加えて、彼らは新たなる同士、二首の竜人、広範囲に壊滅的な被害を与えうる力を得たのだ。交渉に使えば、戦場でレオーネを手に入れることは、むしろ容易とすら思うだろう。

 そして、ケルサスは誕生した二首の竜人を抑えることが出来るのならば、レオーネを邪教徒に差し出してもいいと考えることは、戦場を見たものならば想像がつく。これ以上、兵を失うくらいならば、レオーネ程度、差し出しても構わない。安い代償なのだ。

 国民や世界がどう思おうと関係はない。どうとでもなる。真実を隠して、姫自らがその身を差し出したのだと物語を作ることで、逆に国威を高めることだって出来る。たしかに、一時はケルサスは国民だけではなく、大陸中から責められはするだろうが、喉下過ぎればなんとやらで、すぐに冷静になって考えはじめるに違いないのだ。グローリアが滅びたときがそうだった。

 他の国々も同じことで、邪教徒討伐に向けて意気軒昂し、連合軍を作ろうとするかもしれない。しかし、大規模火力を手に入れた邪教徒に立ち向かうことの愚かしさに気付き、剣を収めるだろう。

 また、グラナトゥムの血が失われることに対する穀物生産量の減少も気にする必要も無かった。レオーネが退場することで、レナータが唯一となるのだから、容易には操れないレナータの動きを制限する名分が立つ。これはむしろ、大陸の国々にとってメリットといえることだ。

 プライドさえ捨ててしまえば、ケルサスがレオーネを守る理由など無い。そして、それは大陸中の世論に適うことなのだ。


「僕の兄さんへの専用通信が・・・駄目だ。権限が却下された」


 レークスが舌打ちして、なんとか兄、ケルサス王ルーメンへの伝令を繋げようとチャンネルを探る。


「大丈夫だ」


 ラディは、二人に向かって微笑んだ。


「フィスィが兵站(へいたん)部隊として一軍を送り込んである。足だけは負けないから、最前線にもすぐに辿りつく。お前らの妹たちをさらってくることくらいは出来る」


「ラディ!!」


「追加としてララクルと、そうだな、お前らはケルサスに妨害されて無理だろうから、代わりにグラナトゥムの精鋭も連れて行こう。乗り継いでいくから、数は少なくなるだろうがな。コラード陛下に部隊を送り込む伝令を出してもらえ。

 ・・・ん?何だ、この通信は、くそっ、馬鹿にして!!」


 新たなる伝令を受け取ったラディは顔をゆがめて、いらだたしげに戦場を見渡した。


「通信が来た。どうやら、停戦の命は下ったが、敵の亜人や魔獣はコントロールを離れているらしい。狂っていて奴らの手に負えないから、退治しろ、だとよ。そんな世迷言(よまいごと)、信じろというのか!?」


「発信元はケルサスでしょ?私たちをここに釘付けにしたいのよ。

 なら、考えるだけ無駄。お望みどおり全て始末してあげる。レークス?」


「うん。皆殺しにしてやろうじゃないか。

 馬鹿どもがケルサスと商会、どちらにもいい顔をしたいと言うなら、それがどんな結末を見るか思い知らせてやる。

 ケルサスが僕たちを封じ込めようとするなら、おごり高ぶった本国の騎士様らに戦争の悲劇というものをご覧になっていただこう」


 たとえ魔獣相手であっても、すまし顔だった。亜人の後方で指揮をとっていた人種兵の命乞いを聞いても、眉一つ動かさずになで斬りにした。

 そんな彼が、感情を露にする。

 ここにきて、はじめて戦端は開かれたのだと思わせるように、剣気が淀んだ。


「ラディ、他の戦場の兵は無理に攻めないように伝えてくれ。ここの戦場の有様はすぐに伝わるだろうから、そのとき、彼らがどう動くか見てやろうじゃないか」


「うちの軍は走り通しだ。消耗させたくはない。これからもっと走らねばならないからな。予備隊は出せんぞ」


「グラナトゥムの軍に命を出す」


 レークスは、伝令を呼んだ。


「全力だ。友である砂漠の民を守り、傷を癒してやれと伝えろ。亜人の攻撃のパターンは掴んでいるな?・・・よし、進軍しない魔術士は全力で魔力の刃を降らせるんだ。殺し尽くせ。

 回復のための魔石はケルサスから僕の名を出してふんだくれ。・・・聞かないというのならば、斬れ。僕が許可する。グラナトゥムは王族こそが国体、ケルサスではない。それをケルサスが忘れたというならば、罪は彼らにある」


 ヒストリカを手に戦場に飛翔した。

 レナータが微笑みながら、言霊をつむぐ。

 神器が黒色に輝いて、刀身に刻まれたかつての現在、虐殺の記憶を掘り起こす。


 レークスが空中で逆さ十字を描いた。

 黒色の衝撃波が亜人の群れを十字に切裂く。


 サタニック・ソード。

 最強クラスの魔術士と騎士による合体魔術。使用できるのは大陸広しといえども彼らだけ。

 その範囲を逃れたものも無事ではすまない。体にたちまち悪性の腫瘍が現れ、体中の生体エネルギーを奪って膨れ上がり、免疫機能が低下し高熱にうなされる。眩暈(めまい)とともに血へどを吐いて、息絶えた。

 地獄の中に着地したレークスが叫ぶ。


「悪魔王の息吹を逃れたものらにも、等しく死の洗礼を。サイレスはそれを望んでおられる。

 砂漠の民、白き虎百雲の業をむかい入れし者らよ、商会によって狂わされた亜人らを、正しい輪廻の輪に帰してやろうではないか!!前進!!」


 レークスの激によって戦意を滾らせ、レナータの術によって強化された砂漠の民は、凄まじい勢いで亜人たちを屠ってゆく。強化術の片手間に紡がれた魔力弾が、亜人たちの背後の兵たちに降り注ぐ。混乱し、歪んだ結界を容易く貫いて着弾した魔力は土に命を注ぎ込み、兵たちを土石流で飲み込んでいった。


 レナータ・グラナトゥム。

 最古の王女ベリルとグラナトゥム建国以来もっとも攻撃魔術に優れたコラード王の娘にして、ケルサス王国を形成する国家群における最強の魔術士。

 伴侶は、ケルサス王弟レークス。ケルサス最強の、近親相姦の末に生まれた呪われた騎士。

 愛情で持って結ばれた二人は、豊饒のグラナトゥムの名に恥じない慈悲の魔力で、大地に死骸という肥料を与え続けていく。

 友として隣に立つのは、千年の敵といわれた砂漠の民の王。グラナトゥム打つべしと命じる国是をくだらないと切り捨てた王と軍団は、聖王の祝福の下に歴史を刻む。


 魂引きのレオーネ、知聖ブリギッタ、二人の愛姫が超常の力でもってヒトの意志を押しつぶしていくのに抗い、ヒトとしての誇りを維持するために。

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