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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
魔晶戦争
100/131

泣いて、笑って、咲いて、散った 1 -クリトン将軍-

100話だ!!

「高い魔力を示した者をリストアップしろ」


 隻眼隻腕の騎士は、クリトン将軍の執務室に入るなり言った。


「こちらに」


 本営付きの少佐が魔石を渡すと、立ち止まって情報を展開する。


「戦場で力を高めた者を含めて・・・、ふん、予想通りの面子だな。魔力の回復はこいつらを最優先だ」


「しかし軍規というものがあります、少将閣下」


「ほう」


 マントを脱ごうとしていた少将は止め具から手を離し、少佐に向き直った。


「おい、そんなものを守っている余裕があるのか?相手は、『黄金の仮面』だぞ」


「もちろん存じております。しかも、この眼でその破壊力を確認しています。

 ところで、少将閣下におかれましては、長旅のこと、お疲れかと推察いたします。ひとまず天幕にお下がりになられては?」


 皮肉に満ちた少佐の言い様は階級を考えれば不遜極まりなく、許されることではないが、本営付きの士官として、たった今到着したばかりの援軍の将官に大きな顔をされてはたまらないという思いがあった。

 これまで戦場で命を賭けてきたのは、ここに居るこぎれいな軍服を纏った男ではなく、敵の攻撃で風呂に入ることすらおぼつかなかった、汚れきった自分たちなのだ。


 嘲りすら込める少佐に、少将は口角を上げるとサーベルに手を置いた。


「度胸があるな少佐」


「はっ!!クリトン将軍の配下でありますから」


 クリトン以外の指図を受けないと、少佐が胸をはる。

 少将はその様子に踵を打ち鳴らし、うれしそうにクリトンに向き直った。


「クリトン、なんとも良い兵じゃないか」


 クリトンはため息をつくと、少佐に命を下した。


「少将の言うとおりだ。回復には優先順位をつけろ。ただし、その順位は参謀部の指示通りに。そして、貴様は下がって、わしと少将に話をさせろ。誰も入れるな」


「はっ!!」


 少佐が立ち去るのを確認して、少将はマントを放り投げた。 


「待たせたな、クリトン。で、どうする気だ?このままでは国土回復はおろか、兵の大半を失うぞ」


 クリトンの前に勢いよく座ると、執務机に足をあげる。


「それどころか本土も危うい。邪教徒の誕生を許すとは、貴様ら一体何をしていた?」


「言うな」


 少将、代々尚武の家系であるアザール騎士男爵は、鼻を鳴らしてふん反り返った。


「使える魔術士はどれだけいる?あれが見せたブレスをいくらかでも減衰させなければならない」


「騎士はどうだ?」


「馬鹿か?あれの前に騎士に何が出来るという。近寄っただけで八つ裂きにされるのが眼に浮かぶぞ。

 山羊はこの戦場で誕生したのだ。ここには奴の存在意義がある。それを刺激するかぎり奴の魔力は無限に等しい。反撃なぞもってのほかだ」


「では、貴様は・・・」


「ああ、退却しか手はないと確信している。魔術士の状況を把握しだい陛下に進言する。貴様も手伝え」


「ハイデンベルグの民や、国許の貴族たちが納得するとは思えん」


 それがどうしたと、少将は口元をゆがめ、空中にそれまでの戦闘記録を呼び出した。

 どうやって手に入れたのか、機密のものもある。


「魔術師の数は多く魔石もそれなりにあるが、本当のところはどうだ?

 これを見るかぎり、研究者どもが言っていたよりも魔石の限界ははるかに低い。ああ、このデータは退却の材料になるな・・・」


 クリトンのほうを見ようともせずに戦闘記録と少佐から受け取った魔術師の情報を確認していく。


「結局、あれに対抗できそうな魔術士はそう多くはない。カルブルヌスに頼ろうにも、奴らもまた自国の戦場を守るのに精一杯だろうから、思っていたほどは投入できんか」


「正念場だ」


 クリトンの言葉に少将はしばらく黙考していたが、急にクリトンを睨みつけた。


「本当に魔術師はこれだけなのか?」


 見つめ合った二人の間に沈黙が流れる。

 クリトンは耐え切れずに、背後に掛かるケルサス王国の紋章を見た。


「本命と睨んでいた奴らがいない。俺と情報部が間違っていたとでも言うつもりか?」


「・・・」


「フラーダリーの娘、それにラスコーシヌイの養女はどうした?」


「あの娘たちに、壁になれと言うのか?」


「より多くの兵を生かすにはそれしかないだろう?」


「恥を知らんのかアザール男爵!!」


 クリトンの魔力で、天幕の気温が氷点下まで一気に下がった。


「ラスコーシヌイの娘がどれほどの兵を失いながら、我らに有益な助言をくれていると?!フラーダリーが恨みを押し殺してどれだけのことをなしたと思っておる!!

 グラナトゥムには大きすぎるほどの犠牲を強いた。それに彼女らこそ、これからのケルサスには必要なのだ!!これ以上、前線に出すことはまかりならん!!」


「ぼけたか、クリトン!!奴らはグラナトゥムだ。ケルサスの盾になることにこそ存在意義がある!!その甘さがヤーヘンの侵略を許したと、なぜ気付かん!!」


 クリトンが眼を見張った。


「貴様は政治家か?違うだろうが。一介の卑しい軍人だ。国の行く末なぞ、王宮でさえずっているオウムどもに任せておけばいい」


 机に寄りかかったクリトンに、男爵は容赦なく言葉を投げつける。


「陛下のお心を斟酌したな。間違っていないかもしれん。しかし、軍人としては失格だ。貴様が失ったものは何だ?」


 口元が緩み、顔中の筋肉が伸びきるのを抑えられなかった。


「わしは・・・」


「水面の踊り女マリヤ」


 クリトンの肩がはね、男爵に(すが)るような眼を向ける。


「そんなにあの女が恐ろしいか?智天使の一族を捨て駒にして殺そうとするほどに」


「ち、違う!!」


「何がだ?いったい、何が違うと言うのだクリトン」


 両手で顔を覆って呻いた。

 あの日の屈辱が、貴族としての己を切裂いた記憶が、甘い匂いと共に、宮殿の一室が浮かび上がって来た。


 狂王の寝室。

 ひかえる近衛騎士たちに表情はない。感情を失くしてしまったかのように、ただそこに居た。

 黒色の鎧に身を包んだ黒騎士ヒトカベマルが刀を手にベッドの脇に立っていた。般若の面の奥に光る暗黒の瞳は何も映していない。

 天蓋が取り払われたベッドの上で、狂王は少女を組み伏していた。

 反響する吐息と、少女のすすり泣く声。

 快楽を増すための五感強化の香の煙が、まるで雲海のように煙る中、クリトンは居た。


 白い肌の上を狂王の舌が這い、少女が悲鳴を上げた。

 逃れようとして、手足を広げた華奢な体が、青白いシーツの上で踊るように、しなやかに。

 長い髪が乱れて、狂王がその髪を掴んで、苦悶に呻く少女の顔をクリトンに見せつけた。

 光る狂王の瞳。助けを請うて、伸ばされる手。

 応えようと、手を掴もうとしたその先に、柔らかなその手の平に、氷の刃が突き刺さった。


「──────!!」


 ベッドに縫い付けられた手から赤い血を流し、少女は声にならない声で絶叫した。

 狂王は恍惚とした表情で自身を少女に沈み込ませる。

 リズミカルに動きながら、しかし狂王はクリトンをこそ見ていた。


 -さあ、どうする?-


 こぶしを握り締めて、唇を噛んだ。

 少女の涙は海すら満たしてしまえるほどに流れ出て、小さな口からは、ただ助けてと。

 怒りと冷静がせめぎあって、クリトンは喉を振り絞った。

 娘にも及ばない少女を犯す王に向かい、ようやくかけた言葉。それがクリトンを時間を越えて苦しめる。


 口から出たのは、聞くに堪えない、ふしだらなおもねり。

 拒絶された少女マリヤの瞳の色、そして狂王のけたたましい(わら)い声が、クリトンの脳裏から消えることはない。


 そう、犯されたのは少女だけではなかった。クリトンの誇りもまた穢されたのだ。

 国のために、当時近衛騎士団長を勤めていたカシウス伯爵(デューイの養父)と共に、国体を維持し続けてきた。

 その柱が、折れることのないと思っていた尊厳が、そのとき瓦解したのだ。

 冷静に、自らの使命を思って自らを押し殺したゆえの行動ではなかった。クリトンは恐怖に負けたのだった。侮蔑して、己は違うと見下していた貴族たちと同じ選択を、したのだった。


 顔から手を離し、その節くれだった両手の平を見つめた。

 豆がつぶれて固く岩のようなのは、魔術師でありながらモーニングスターを手に、戦場で先頭に立って勇猛果敢に挑み続けてきたからだ。

 恐れるものなど何もないと思っていた。体に剣が突き刺さる痛みも、炎で焼かれる匂いすらも呵呵大笑(かかたいしょう)、部下どもをその背でもって導いてきた。

 そのわしが、眦を下げて、下卑た笑みを浮かべた。

 あざとく、あさましく、犬のように懇願したのだ。

 助けてください、と。

 少女の絶望を餌として。


 その少女、見棄てたマリヤがようやく手にした幸せを、打ち砕いた。

 夫を罠にはめて、彼女が何よりも大切だったぬくもりを、友軍の砲撃で跡形も無く消し飛ばした。

 死んでくれと、もう、わしの記憶から消えてくれと願ったのだ。

 恥ずべきこと。許されないこと。己でなかったならば八つ裂きにしてしまいたいほどの汚らわしさ。

 だが、マリヤは生きていた。

 夫やその兵たちが死に行くのを背後に、ケルサスの罪の証であるフラーダリーの娘を守るために、やるべきことをなしたのだ。

 はたして彼女は気付いているだろうか?

 彼女の夫を犠牲にするよう仕向けたことを、恐れのあまり少女だった彼女を見棄てた男がその罪を隠蔽するために、あわよくば彼女すら殺そうとしたことを。


「わしは、わしは、なんということを・・・」


「では、貴様は間違っていたのか?迫り来る亜人の群れと幻獣を前に、最善を尽くしたのではなかったと?」


 ・・・違う、それは違う。

 あの場で、敵を食い止めるには、それしかなかった。

 エゼキエルたちを前線に配備したのも、奴らの力ならば戦況を打開することが出来ると信じたからだ。辺境の蛮族なんて信じることが出来ないと言う将らを説得して無理を通した。

 そして、その通りに奴らは力と誇りを示した。裏切られたことを知りながらも呪いに染まることなく最後まで戦い抜き、侵攻を食い止めた。フラーダリーの娘も、ラスコーシヌイの養女も生き延びることができたではないか。

 確かに邪道。ヒトのすることではない。

 だが、それを成すことが、将。

 勝つためにあらゆる方途を模索し見出して、兵を欺瞞で導き、罪悪感を消してやる。

 そう、今までと、何も変わらなかった。

 ここに来るまでに積み上げてきた犠牲と勝利。わしは、いつも選別し導いてきたのだ。

 信頼を得、騙し踏みつけ、殺戮の狂気に躍らせる。

 それは、勝利のために。

 信じるがゆえに、(けが)し、殺したのだ。

 国が勝利を求めたから、時には、蛮行がもたらす影響を計算しつくして、それすらも許してきた。

 それが戦争だからだ。

 偽らざる戦争の正体なのだ。

 

 過ちだと認めてしまえば、詫びてしまえば、全てが嘘になる。

 彼らの誇りも、戦果も、犠牲の下で生き延びた兵たちの物語りも。


 ただ、こたびはそれが己の過去に密接に絡み付いていただけのことなのだ。

 いつもの通り、仰ぎ見る主のために、思想を持たないわしが奉仕できる唯一つのことをなしたのは確か。


 ならば、なにも変わらないのだ。

 変わるというならば、それは、なんという傲慢なのか。


「わしは、最善を尽くした」


「そうだ。その選択において貴様は何も間違ってはいない。亜人を止めるにはそれしかなかった。

 だが、なんだ、その有様は。まるで間違ってしまったようではないか。それで、兵がついてくるのか?」


「わしは、間違ってなぞいない。

 すべては陛下のためになしたこと。全身全霊を持って勝利を掴みとるために、なしたことなのだ!!」


 裏切ったのは初めてではない。

 兵に赤子を殺すこと、女を犯すこと、略奪を命じたことすらある。

 

 戦場には、人生の全てがある。


 我々は、泣いて、笑って、咲いて、散った。

 

 凄惨と激烈に彩られた生と死、わしが受け止められることではない。

 命の(きらめ)きは神に帰するものに違いない。ヒトに耐えられるものではないのだ。

 だが、わしらはケルサス。神が、マーテルが認めた法の守護者なのだ。

 戦わねばならぬのだ。

 その事実から眼を背け、己の狭い感傷に浸るなど、己の分を弁えぬ慮外者(りょがいもの)のすることだ。

 召命果たさねばならない。

 恨まれても、罵られても、殺されたとしても。

 

 我らの剣に貫かれし者らよ、来るが良い。

 もてなしてやろうではないか。

 マリヤ、エゼキエル、貴様らの怨念、来るが良い。

 語り合おうではないか。

 わしは誇りを持って応えてやろう。

 大儀であったと。

 よくぞ、今まで生き抜いてくれたと、そして死んでくれたと。

 神の意思を宿した王のために。


「ようやく、気付いたかクリトン」


 少将はクリトンに魔石を投げた。

 展開されたそれには、援軍を含めた全軍の指揮を取るむね、王の署名があった。


「励めよ、クリトン。この戦は、俺たちがかいくぐってきた中で一番厳しいものだ。だが、俺が側にいるから安心しろよ」


 アザール少将はクリトンと額を合わせて、子供のように微笑んだ。


「ガキのころからそうだったろう?俺とお前は、二人で生きてきたじゃないか」


 クリトンはいつかのように、幼く、にやりと笑った。

 けれども、その体が震えてしまう。


「苦しいよ、兄貴」


 クリトンの呟きに、アザールがその肩を抱く。


「ああ、そうだな。無理だったら俺が介錯して引き継いでやる。そして全てが終わったら、俺も死んでやる」


「ごめんな」


 二人は抱き合って、涙を流した。

 一つ間違えば万の兵を死なせてしまう。そのくせ、許しを請うことすら、詫びることすら許されない。

 犠牲になった兵と、殺した敵、総大将はすべての責任を負う。

 勝ち戦の栄誉を満身に受けるのは彼。

 負け戦の責任を負わされるのも彼。 

 殺戮の狂気に酔って戦争犯罪を犯した部下のために、非難と嘲りを友にして断頭台に送られるのも彼。

 そのプレッシャー、それを支えるのは何なのか。

 クリトンにとって、最も卑近な家族の親愛こそが、力強いものであるのだった。


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