第2話 切り替え。そして、ゾンビ。
十月 二十日、土曜日。
起床。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
私は、朝は強い方である。
朝日に意識が覚醒し、昨日の鬱屈とした気分に光がさす。
「寝て正解だったな。」
メイクは昨日、シャワーを浴びたので落ちていたが、帰宅してからは浴びてなかったので取り敢えず朝シャンをして、スカッとする事にした。
然し、心の隅に残る痼りが、いつも通りとはいかせてくれなかった。
「よし、どうしようか。」
うん。
こんな気分のままじゃいけないな。
私は部長との品は全て、捨ててしまうことした。
取り敢えず、奴は上司で仕事はあるのでブロックは出来ないが全履歴消去。
もらった化粧品や、アクセサリー、雑貨や写真までもゴミ袋に放り込んでいく。
なんとゴミ袋一つにまとまった。
部長との思い出もあっけないものだ。
ゴミ袋一つ分の思い出しかないのであるから。
部長との思い出は振り切って心機一転。
だが、しかし私は既に三十路だ。
友人といえば、既に結婚報告ラッシュ。
29.30の頃の私の焦り様ったら無かった。
昨日までは私もそろそろ仲間入りかな、などと思っていたのに。
比較してみると、まあなんと無様な私。
いかんいかん。
一旦そういう事は忘れよう。
まぁ取り敢えず、ここまでこれば貫くしかあるまい。
アラサー独女。
アラフォー独女になろうと気にしねぇ。
そんな精神で行く事にした。
よし、独身への第一歩として、あの忌々しい部長との結婚のための預金から引き落とそう。
そう言えば、数百万も入ってたな。
いま思うとバカみたいだ。
よし、心機一転、自分に贅沢しよう。
今日は私復活の日のご褒美だ。
私は朝から電車に乗ってデパートに向かう。
色々新調した。
ティファニーやらシャネルやらその他もろもろ贅沢に数点新調した。
気分をあげたくてすぐに着替えてお色直しをした。
気分は最高。
朝だって、先のゴミ袋を勢いよく振り回しながら投げたところを、ご近所さんに見られて微笑まれたり。
居た堪れなくて逃げたけれど。
お昼には、おしゃれなカフェでランチを食べたり。
そこで思いだす。
ああ、今日、大学のサークルのOB集まるじゃない。
青太に会うのも少なくなるだろうし、ここはひとつ愚痴を聞いてもらおうじゃあないか!
青太は大学の四回生の後輩で、仔犬っぽいイメージ。
前にも何かで、愚痴を聞いてもらった覚えがあるけど、聞き上手で、嫌な顔一つせずに聞いてくれるので、愚痴を言う側としては、とても心地いい。
大学のサークルが借りている部屋につく。
青太発見っ!
早速話しかける。
「やあ、青太。調子はどうだ?」
「久しぶりです、佐奈さん。会社で課長になったって聞きました!凄いですね。」
へえー。
知ってたんだ。
どっから聞いたんだろう。
有田かな?
「ああ、知っていたのか。そうなんだよ、でもやっぱり位が上がると余計に忙しくなってね。買い物は楽しくなるけど、その分忙しくてね。癒しが欲しいよ。」
本当だよ。
もう。
癒しぷりーずだよ。
もう疲れたよ。
「あー。やっぱり大変なんですね。お疲れ様です。俺にも何かできる事があればなんでも言ってください!」
「頼もしいな。じゃあ何かあれば連絡する事にするよ。」
「はい!」
そう言って青太はめをキラキラと輝かせながら返してくる。
やはり青太は仔犬だ。
何かあれば連絡、と言うか、今日はこのままサークルで飲み会だから、たっぷりと愚痴らせてもらう。
愚痴を言わないとやってられん。
◆◇◆◇◆◇◆
午後十時。
一頻り、他の後輩達や、同期のOBとも酒を楽しんだ後、端っこの方に青太を発見した。
因みに今の私は、酔っ払いのおばさんと化している。
「如何した青太。ちびちびしてないで、もっとのめのめー!はっはっは。」
青太は、面倒くさそうな視線をこちらに向けてくる。
む、仔犬の癖に。
「俺、余り飲めないんですよ。勘弁してください。」
ああ、そうか。
青太飲めなかったな。
だからこういう絡み嫌いなのかな。
兎も角切り出そう。
「あー。そうだなー。青太飲めなかったなぁー。そうだ、聞いてよ。こないだねー、付き合ってた部長振ってやったの。奴、まさかの家族持ちでさ。うっかり結婚指輪外し忘れたとかで。まじでふざけんなってのー。青太ーどー思うー?ひどいよねー。うー。」
「ああ、大変でしたねそれは。不倫なんて絶対許せませんよね。俺なら絶対許せませんよ。」
今迄、見た事のない真剣な青太の返答に少し救われる。
だよね。
私悪くないよね。
「もー大変だよー。本当だよー。うあー。」
それから数分間、愚痴を聞いてもらった。
青太はやはり文句一つなく、嫌な顔さえもせず聞いてくれた。
優しいなぁ、青太は。
青太の優しさに触れてると、荒んでた心を和らげてくれているのか、今迄出てこなかった涙が溢れそうになる。
こぼれない様に必死に堪えている姿を見て頭を撫でてくれる。
数年も年下の子に慰められてあたまなでられるってどうなんだ。
と、思いつつもそのあとも愚痴をきいてくれるのがうれしかった。
「青太こそ、なんかあったら連絡してきな。愚痴付き合ってくれてありがとね。今度はなんかあったら、聞いたげるから。」
「そうさせてもらいます。」
ありがとうね。
青太。
元気でたよ。
鬱屈とした気分と、心の痼りを少し取り除いてくれた青太に感謝しながら帰路に着いた。
◆◇◆◇◆◇◆
十月二十一日。
午前零時を少し過ぎた頃。
インターホンが鳴り、誰だろう。
と、カメラを覗くと、映し出されたのは、虚ろで下を向き、ゾンビの様な様相の人が立っていた。
「うわあああっ!」
な、なに!?なに!?ゾンビ!?
いや、もしかして、死神?
何のために?
私が間女って事になってんの?
ええっ。
そんな理不尽なっ!
まて。
落ち着こう、私よ。
落ち着いて考えると、そんな筈がない。
インターホンをもう一度よく見てみる。
ああ、良かった、青太だ。
ちょっと尋常じゃない様相だけど、青太だったので、招き入れる。
「あの、泊めてもらえませんか。」
青太が突然とんでもないことを切り出し、更には土下座をする。
それも、玄関先で。
額着いちゃってるし。
えっ、泊めるって、え!?
驚き数秒固まる私。
数秒の後、思考が回復する。
いや、この様相から察するに、青太は何かがあったんだろう。
其れも、簡単な事ではない筈。
何せ、私に土下座までして泊めて下さいなどとお願いしているのであるから。
つい先程まであれだけ青太は元気であったのに、酷い変わりようだ。
昨日から、私も辛い思いをしていたので、辛い時の気持ちは十二分に分かるというもの。
取り敢えず落ち着く為に眠ってしまうのが最善。
だと言うのに、恐らく寝る所もないのであろう。
ああ、何と無く予想がつく。
彼女関係か、確か同棲していたのであった。
では此処は先程のお礼も込めると同時に先輩として面倒みてやろうではないか。
「大丈夫か?青太。安心しろ、泊めてやるよ。青太が話したいと思うまでは此方からは聞かない事にする。」
「それと、聞いて欲しくなったらいくらでも聞いてやるよ。だから今は休め。お姉さんが面倒見たげるから、任せな。其れと土下座なんてしなくて良いから。」
我ながら良いことを言った。
どん底の同志としてこの言葉は自分がいっておいて来るものがある。
私も青太の優しさに助けられたからな。
今度は私が返す番だ。
そして、当人である青太と言えば、表情は沈んだままであるが、目に涙をためている。
「ありがとう、ございます・・・。佐奈さん。」
「ああ、お互い様だ。いつでも頼れ。」
「はい、本当、本当、ありがとうございます。」
「うん。じゃあ取り敢えず風呂に入ってきて。」
私は、微笑で答える。
あ、青太の着替えどうしよう。
確かクローゼットに、ジャージがある筈。
「はい、これ、バスタオルとジャージとシャツ。上がったら夜食食っても良いし、寝ても良いよ。今日は青太がベット使って良いよ。」
「・・・では、お言葉に甘えて。」
少し渋ったが、了承してくれたようだ。
私は夜食でも買ってこようかな。
あ、明日の青太の朝食もか。
冷蔵庫に何かあったかな。
冷蔵庫には魚の味醂干しと、キャベツと胡瓜の塩漬けなどがあった。
「うん、問題なさそう。ご飯だけ炊いとこうかな。」
そうして米のみ炊飯の予約をして、青太もお風呂から上がって寝室に向かったようであるので、私も入る事にした。
む、お休みなさいくらい言えっての。
「うーん、青太は何があったのかな。あの負のオーラは、並大抵の事じゃ出ない筈。私みたいに、人生諦める年でもないからなぁ。大丈夫かな。話してくれたら嬉しいな。」
そんな事を思いながら、お風呂から上がった私は、寝室から毛布を取り出し、ソファに横になる。
ふと青太の方を見てみる。
「・・・な・き・・・なつき・・なんで・・」
青太は天井に向かって手を伸ばし、何かを掴むような動作をした。
すると、力が抜けたように手が降り降ろされ、すぅすぅと寝息が聞こえる。
青太の瞼からは、一滴の涙が頬を伝っていた。
私は突然のことに驚くが、察して平静に努める。
寝言かぁ。
私も寝てるときあんなだったのかなあ。
私は明日、青太が話してくれるかな、まぁ気長に待つとしよう、お姉さんですから。
などと思いながら眠りについた。
おい、今、いやおばさんだろっておもったやつでてきやがれ。
読んでいただき、有難うございます。
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