第1話 終わり。そして、泣き寝入り?
十月十九日、金曜日。
今日も今日とて、私は仕事をしていた。
先の人事異動でなんと辞令がありまして。
私は係長から課長へと昇進した。
因みに私はアラサー。
しかも、over。
ちっ、仕事し過ぎていき遅れてるからって同情して役職とかじゃないだろうな。
なんて毒ずく。
それにしても、この歳で、さらに女性で課長って言うのは、かなり早い昇進なのではないだろうか。
平社員からの昇進。
普通はないだろう。
それにしても、私の場合、自身の人柄のせいか昇進しても、妬まれるようなこともなかった。
まぁ、内緒ではあるのだが、社内に彼氏がいて、会社一筋な彼をみて学んだからだろうか。
私も会社一筋で頑張ってきたバリバリのウーマンなのだ。
とは言え、今回で課長。
係長の頃よりも管理する幅が広がり、忙しい。
兎に角忙しい。
そりゃあ給料も増えるし、お買い物が楽しくなるのは良い。
でもそのメリットと相殺するほどの忙殺ぶり。
やはりお金を稼ぐのは一筋縄ではいかないのだと、この歳になると実感する。
気分と忙しさで言うと、平社員は本当に良かったと思う。
今となっては平社員の給料に戻るのは辛いと思うが、上からのノルマと少しのプラスαさえこなせば問題ない。
なんとも楽だった。
私の場合はその"プラスα"を頑張り過ぎて、現在、こんな所なのであるが。
今はと言えば、上からの圧力。
そして、膨大な仕事量を下に押し付ける罪悪感。
書類仕事も大量で、字を読むのであれば、小説でも読みたい。
なんて叶わない夢を見る。
やっと一区切りつき、後小一時間あればできる程度になった頃。
部下が、コーヒーを淹れてくれて、気が効くな。
と思いつつ、取り敢えず落ち着く。
「コーヒーありがとうね。有田さん。嬉しいよ。もう上がりだっけ?お疲れ。じゃあまた月曜ね。また今度飲みに行こうね。」
「はい、お疲れ様です。またご一緒させてください。では失礼します。」
「はーい。お疲れ。」
ふう。
有田さんは良い子だなぁ。
そう思っていた所に、稲田部長がやって来た。
慌ててコーヒーを起き、シャキッとする。
「あ、三枝さん。この書類目通しといて。宜しく。じゃあ、後ちょっと、頑張ってね。」
「はい。分かりました。お疲れ様です。」
「うん、そういうことで。宜しく。」
部長が自分のデスクに戻った後、私は書類に目を通す。
そう思ったら、左上にクリップでメモが付けてあった。
なになに。
《今日、十時にいつものカフェで。待ってるね。》
横目でそのメモを見て嬉しい気分になる。
それと同時に少し寂しくも感じる。
部長から言われたことであるが、付箋だったりメモだったりは、基本シュレッダー行きであるからだ。
シュレッダーの音と一緒に消えていく稲田部長のメモ。
なんとも言えない感覚が胸に来る。
そう、稲田部長が先程言っていた、社内恋愛の彼氏である。
黒髪がきちっと揃えられていて、もう少しで四十なのに、体も引き締まっていて、とてもそんな年とは思えない。
しかし、ちゃんと色っぽい雰囲気はあって大人の男。
私には勿体無いんじゃないかって程のイケメンでもある。
何故、部長の方が帰宅が早いのかって?
部長は朝早くから出勤しているから夜が少し早めってだけ。
と言っても平社員より確実に労働をしていますが。
私もほとんど同じ時間なのであるが、仕事熱心なところを見せたくて、率先して残業している。
私は先のメモに元気を貰い、一時間より早く、パパッと仕事を終わらせてしまい、残業せずに済んだ。
「うーー!やりきったー!今日も激務だったなぁ。」
両手を伸ばして、伸びきった所で脱力して仕事モードから解放。
激務だったと毒づきながらも、表情は笑顔。
何故なら、今から彼氏ーー稲田部長とカフェで食事だから。
なんならホテルだってあるかもしれない。
洗濯物も取り入れてあるし、問題なし。
私は会社近くのデパートに寄って、丁寧にお色直し。
その後、足早に何時ものカフェに向かう。
途中、ぶつかりそうになって焦ったが、それがきっかけで落ち着いて歩いた。
カフェではあるが、夜は大人向けにバーとしての顔もあり、お酒が出る。
九時五十五分。
店に入ると、辺りを見渡し、稲田部長を見つけ、私の心は浮き足立つ。
勿論の事、頬が上がりそうになる。
嬉しそうな顔全開だと恥ずかしいので、頬を押さえて深呼吸し、平静を保つ。
「すみません、お待たせしました。」
「いいよ。仕事お疲れ様。ここの雰囲気は好きだから、待ってても全然苦じゃなかったよ。」
微笑を浮かべる部長から漂うこのオーラに弱冠ときめいてしまう。
然し、平静を保つ。
「そうですか?」
「うん。じゃあ何食べようか。」
「うーん。これにします。」
「じゃあ僕は、これにするよ。」
私はキノコのオイルパスタ。
部長はマルゲリータ。
二人ともセットを頼み、スープ等のサイドメニューが付いてきた。
飲み物はそれぞれお気に入りのカクテルを頼む。
「やっぱりいいですね。この店。」
「そうだね。何回も来てしまうよね。」
この店は木造建築で真のみが金属なのかな。
ログハウスの様な雰囲気で、観葉植物や、インテリアが洒落ていて、今座ってる椅子の座り心地もとてもいい。
音楽も、落ち着いたジャズの音楽でとても落ち着く。
このお店は二人で偶然見つけてからは入り浸りになってしまっている。
二人でしか来ないが、常連と言ってもいいであろう。
「美味しかったですね。」
「そうだね。じゃあ、行こうか。」
「…はいっ。」
少し意味深な微笑を浮かべ、行こうか、と言ってくる部長にドギマギしながら返事を返す。
◆◇◆◇◆◇◆
ホテル。
そう、ホテルだ。
流石部長である事もあって、スイートルームと言って差し支えのないレベルのホテルである。
高層ビルの一角から見る夜景はとても綺麗でロマンティック。
二人の雰囲気を盛り上げてくれる。
現在、二人ともシャワーを浴び、バスローブ一着で、ベッド横の窓際のローテーブルとソファーにむかいに座って、ワインを嗜んでいる。
「綺麗だね。」
夜景に映える部長の微笑はとても魅力的で、私の心臓は主張が強まる。
「はい…。」
部長と視線が交差する。
数秒の沈黙。
部長の手が私の頬に添えられる。
あれ?冷たい?
彼の手の一部に、何時もの彼の手の感触とは違う異物の感覚。
私は恐らく、この瞬間、既に気がついていただろう。
いや、本当はもっと以前から分かっていたのかもしれない。
その影に。
私は訝しげに、しかし、目を背けたい其れでない事を、内心神に祈りを捧げながら彼の手を見る。
ああ。
そうなんだね。
いや、やはりというべきか。
彼の薬指には金属。
そう、結婚指輪が付いていたのだ。
今迄は見なかったのにな。
外し忘れてたのかな。
やっぱ、そうなんだね。
部長の傍に、奥さんの影が見える。
私は、邪魔者だよね。
ああ、嘘だったのか。
あの笑顔も。
あの照れる仕草も。
まあ、気づいていた。
職場で彼処まで徹底して、関係を隠す必要なんてないのだから。
メモまでもシュレッダーにかけて欲しいなんて、ばれたらまずいことがあると言っている様なものだ。
私はこの会社に入った時から、彼だけを追い掛けて来たつもりだった。
関係を持ってもいなかった新入社員の頃から、一度たりとも指輪は見なかった。
恐らく、部長に籠絡されていたものは、私だけではないだろう。
妻にだけでなく、社内にそう言った人が他にいるからこそ、隠していたのだろう。
一体何人の人を騙してきたのだろうか。
あの笑顔。
あの嘘だらけの笑顔。
私の全ては貴方だった。
その貴方は嘘。
偽物。
嘘。
嘘。
嘘。嘘嘘嘘。
じゃあ、私はなんなの?
私は、何者なの?
◆◇◆◇◆◇◆
気がつけば、私は自宅のマンションのベッドにいた。
何があったのかを思い出してみる。
一度、ビルから出た時にはっと意識が戻った。
私は部長を罵倒していた。
「何その指輪!」「今迄のことは全て嘘だったのか。」「私の事は、なんとも思ってなかったんだね。」「ひどいよ。私なんて、遊びだったんでしょう。」
暴言なんていくらでも出てきた。
彼は。
「ちがう。そんなつもりじゃあーーー」
などと言っているが、言語道断。
ふざけるな。
不倫しておいて、そんなつもりじゃあだと?
ふざけるな。
私をなんだと思ってるんだ。
いや、私は何でもないのか…。
もう今の私は空っぽ。
私の中の大半は、あの人が占めていたのだと思い、胸がきつく締まったような感覚に陥る。
着替え終わっていた私は、最後にバッグをもって出て行き、呆然としながら帰宅したのであった。
時間が経過してもこの痛みは変わらない。
寧ろ、一人になってからの方が実感して辛いというもの。
ああ、そうだ。
私、終わったんだな。
明日からどうしようか。
いいや、明日考えよう。
もう寝よう。
疲れたよ。
本当。
読んで頂き、有難うございます。
続いて22時に二話目を投稿します。




