stage.8 星光竜の棲家 その3
星光竜は定命の存在の中で最も偉大にして限りなく悠久に近い時を生きる竜族の一柱であり、身勝手で欲深な色を冠する竜や高慢でずうずうしい金属を冠する竜、堅物で陰険な石を冠する竜、そしてもちろん竜とも呼べない下等な眷属ども。これらのどれとも違う孤高の存在である。
下等生物どもはそのあたりをわかっていないようで、別に欲しくもない宝物などを供して機嫌をうかがい、庇護を受けようとするのだが、そのようなことは知ったことではないのである。そもそもわざわざ下等生物どもを襲うような真似をする必要もないのだ。もちろん逆に襲わない理由もないのだが。
もっとも、捧げられた宝物には罪はないのでやむをえず受け取りはするのだが。やむをえず。
また、まれに思いあがった愚か者が現れることもある。そういうときには速やかに間違いを正してやる。なんて慈悲深いのだろうか。こんな優しい竜はほかにいないのではないだろうか。
そんな星光竜は世界で唯一星が降る山に居を構え、眠りについていることが多い。
いつかの傷を癒し、またいつかのために力を蓄えているのだ。
この度はほんの何十年かのうたた寝であった。
目が覚めたのは何ゆえか。どうにも、寝所が騒がしいのだ。耳元を跳ぶ虫けらを、寝ている間に幾度かつぶしていたらしい。
そうして起きてみれば、地中で長虫どもが、外でも翼の眷属どもが騒がしくしているようであった。
また思いあがった下等生物が、ドラゴンスレイヤーなどと嘯いて自殺願望を満たしにやってきたのだろうか。まあさして気にするほどのことでもあるまい。稀によくあることである。たどり着けるのならば教育してやればよいだけのこと。
そんなことを思いながらうとうとしていると。
「ごめんください!」
それがいた。
それは小さな卵であり、はじめは見た目よりも上等な、しかし歯牙にもかからぬ獣を連れていた。
そして驚くべきことに、星の吐息を堪えて見せたのである。
なんたること。
いたく誇りを傷つけられたが、しかし相手は卵にすぎず。さらにはいつの間にやら獣は姿を消していた。これまた驚くべきことに、獣は卵の眷属であったようなのだ。
卵を相手に本気を出すのはためらわれたが、それでも星の吐息を堪えた存在でもある。
そしてその言を顧みるに、どうも寝所を通路としたいようで、一目散に通り抜けようとしている様子。
何たる思い上がりであろうか!
星光竜を路傍の石と同様に扱うものなど未だかつて存在しなかった。
不遜なるこの卵を教育してやることに決め、魔法で身の程を知らしめ、改めて星の吐息を打ち込むと、今度こそ卵はこの世から消滅した。
これでこそ正しい現実の姿である。
星光竜は満足し、再び夢うつつの世界へと戻ろうと、
「ごめんください!」
うるさいので尻尾で払いのけようとしたがちょろちょろと動き回るので炎の壁で囲んで焼いた。
「ごめんください!」
なんやかやあって氷漬けにした。
「たのもう!」
雷光を落とした。
「たのもう!」
巨石で押しつぶした。
「まだまだ!」
轟風で引き裂いた。
「もういっちょう!」
吐息で消し飛ばした。
そんなことをしている間に、次々に現れるそれらが先ほどの卵と同一個体であることに、ようやくはっきりと目を覚ました星光竜は気がついていた。
よもや精霊の加護を受けているとは。
星光竜の知識にあるそれは、死んでも死なない厄介な存在である。下等な存在であっても、時に驚くべき位階にまでたどり着くこともあるという。
面倒なものに目を付けられたらしい。
とはいえ、たとえば位階を上げたエルフは下等生物なりに面倒な存在になることもあるが、何度も現れるそれは、どう見ても卵にすぎない。すぎないのだが。
なのに妙にしぶとく、拙いながら魔法も使い、ちょろちょろと煩わしい。
そして何度も絶対的な格の差を優しく教え諭してやっているにもかかわらず、繰り返し現れる。
なんだこれは。
正直気味が悪……あいや、そんなことはない。ないったらない。
偉大なる竜の英知をもってしても理解できない。
さて、そろそろ次がやってくる頃である。どうすればあれを正してやれるのか急いで考えねば……。
来ない。
何度か繰り返した間を考えればとっくにきてもよい頃合いなのだが。
もしやようやく身の程を知ってあきらめたか。
ならばよい。
分をわきまえる者に対して星光竜は寛大だ。
今までの無礼は不問として、
「たのもう!」
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星光竜は寛大にも、それをにらみつけてやることにした。これは存在を認めてやったということであり、これから丁寧に教育を施してやろうという慈悲のあらわれである。
さてどうしてくれようか、と一考。
その間にそれは動きだす。
だが、動きだしたそれを見て、星光竜は何とも言えない気持ちになった。
笑ったのかもしれない。
嘲ったのかもしれない。
驚いたのかもしれない。
このような気持ちになったのは初めてであり、思わず口を出していた。
『影がないな』
小賢しくも魔法をもって星光竜を欺こうとはまったくもって。うむ。
星光竜の脇を駆け抜けようとする幻像ではなく、コソコソと壁沿いに進む本体へ火球の雨を打ち付ける。
たまらず跳び出してくるそれに竜尾を一閃、当たらないと思っていたが、どうやら見破られたことに動揺していたようで衝撃波をよけきれなかったらしく、身体を打ち砕かれて消えていった。
光の魔法による幻像を作り囮に使う、などという賢しさはあるのに影も生み忘れるというのはいかがなものか。なかなか足りていない。
「たのもう!」
またやってきたそれが、また同じように幻像を披露する。
『移動するものは風を伴うものだがな』
闇魔法を加え影を生やして修正してきたのはいいが、別の欠けが満たされていない。なんとも残念な奴である。
星光竜は優しく本体に激流を叩きつけてやった。
次は風を伴ってくるかと思いきや、土魔法で実体を持たせてきたが本体の速度と鋭さがない。焼いた。
その次こそ風で動きを補ってきたが、結局のところ魔力の圧も質もが違うのでまるわかり。叩き潰した。
その次は、「ねえねえ、雷の魔法ってどうやるの!?」とさえずっていたので雷撃を喰らわせてやった。しばらく間が空いた。
もう来ないかと思ったが、違ったらまたイラッとくるので待ってみた。いや待ってない。待ってないぞ。来ない方がよいのだ。そうこうしているうちに来た。
さらにその次も、
そしてそして、
そしてそしてさらに。
このようにして、偉大にして寛大なる星光竜は取るに足らない卵に身の程をわきまえさせるための慈悲を与え続けたのである。




