stage.1 スター平原 その9
うさみと角ウサギさんの、鬼ごっことかくれんぼ。
そのさなか、うさみは新しい技術を生み出しつつあった。
ひとつはフェイント。
右に跳ぶふりをして左へ。あるいはその逆。
角ウサギさんが地面を蹴る直前に一方に避けるそぶりを見せることで、角ウサギさんが追随する。
そこで、実際には見せかけた方向と逆に身をかわすことで、最小の動きで突撃を回避する。
成功すれば回避時の速度のロスが少なくて済む。失敗すると回避の難易度が上がるしロスもおおきくなるのだが。
もうひとつは馬跳び。
すれ違う際に横ではなく上に飛ぶ。馬跳びの要領で角ウサギさんの身体を利用して跳び越える。
馬ではなくてウサギを飛ぶのでウサギ跳び、というと別ものになってしまうので要注意だ。
ただこれは失敗すると角が腹部にグサーするので勇気がいる。とはいえ、痛いのは一瞬で、すぐにスタート地点行きとなるのでそれほどでもない。
どちらも、体育を真面目にやっていたからできた技である。成功率はまだまだだが、新たな動きを習得できれば、今後の可能性を広げることだろう。
なお、隠れつつ相手の位置を把握する技はまだ確立していない。
そして、うさみが成長している一方で、角ウサギさんの側からも、新たな要素が持ち込まれるのだった。
そのときうさみは、世界が大きく変化するのを見ていた。
夕焼けだ。西の空が、そして周囲の風景が赤く染まっていく。
そして、東の空へ向けて紫へ変わっていくグラデーション!
絶景だった。
「これがゲームだなんてね」
これを見ることができただけでも、今日このゲームをやった価値はあったかもしれない。
うさみがそう思うくらいに美しい光景だった。
思わず見入ってしまっていた。
だから気づくのが遅れた。
「っ、なに!?」
周囲に紫色の霧のようなものが湧き上がる。足元を見れば、うさみを中心に淡く光る円が展開していた。
尋常な事態ではない。
逃げないと。
しかし、理解を超えた状況に足がすくんでいた。動けない。
それでも何かないかと視線を走らせる。赤から宵闇にゆっくりと移り行く世界の中に、うさみは見つけ出した。
黒いウサギ。そしてその顔にある一対の目が青く光っていた。なんとなくわかった。これはこのウサギさんの攻撃だ。
見つめ合ううさみと黒ウサギさん。
直後、猛烈な眠気がうさみを襲い。
抗えず、うさみの意識は落ちて行った。
目を開けると、例によってスタート地点だった。
街の中はところどころに篝火や、原理不明の光がともっている。ファンタジー世界ということだから、もしかすると魔法だろうか、とうさみは思った。
ともあれ、夜である。
なるほど、夕焼けの後は夜になるのは正しい流れだ。
「ゲームの中でも夜になるんだね」
夜である。しかし不思議と視界は明瞭だった。暗いことはわかるのだが、それが見ることの妨げにならない。
うさみはゲームだからかな、と思ったが、実際はエルフという種族の特徴である、暗視能力によるものだ。
エルフとドワーフは暗視能力を持っている。ヒューマンは持っていない。それだけだと、ヒューマンだけ理不尽に不利だと思われるが、別の部分で有利な点があるので、一方的に不利なわけではない。
さておき、うさみは何度目かもう数えていないが、駆けだした。
先ほどの紫の霧と光る円、そして黒いウサギさん。
新しい障害の正体を早く確かめようと思った。
しかし、北門の外は大変なことになっていた。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
月が東の空に浮かんでいた。満月だ。柔らかな光がスター平原を照らしている。
北に目を向けると、星降山の頂上がうっすらと光を放っているのがわかった。
満月のせいで印象が薄いが、星々も空を美しく彩っていた。
現実世界で見る空とは比べ物にならない数の星々が輝いていた。
そんな夜に。
うさみは恐ろしいものに追われていた。
「い、犬はだめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
犬だ。
ウサギさんと比べるとデフォルメの方向性が違う。よりシャープで、見るものが見ればカッコいいと思うだろうデザインだ。人によっては怖いと感じるかもしれない。うさみは後者だ。
実は犬じゃなくて狼なのだが、うさみは犬だと認識していた。というか犬と狼の見分けとかつかないし。
そして犬はダメだ。奴らは噛むのだ。あと吠えるし、追いかけてくるのだ。群れで!ほら今だって!
BowWow!
こいつ、舶来者か!
などと馬鹿なことを考えて必死で気を紛らわせながら、うさみは逃げていた。
犬は本当にダメなのだ。物心ついたときにはもうダメだった。2軒隣のお宅が飼ってた犬は家の前を通るときいつも吠えてきたし、野良犬にかまれたこともある。幸いそれが原因で病気にはならなかったが。
夜のスター平原(北)はすっかり犬(注:狼です)の支配下に置かれていた。
ウサギさんたちは姿を消し、犬(注:狼です)が、群れで徘徊する危険地帯になっていた。
うさみがそれに気づいたときにはすでに引き返せない状況だった。
気づけば犬の群れに追いかけまわされる事態に陥っていたのだ。
「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
半泣きどころかガチ泣きで逃げ回るうさみ。
一方、犬(注:以下略)の群れは遊んでいた。大声で泣き叫びながら走るうさみに、犬()の中でも小柄の、年若いものと思われる個体が飛びかかる。
手頃な獲物なので若い個体に狩りの訓練でもさせようという意図か、一回り大型のものたちは吠えながら追いかけてくるだけだった。
そして大騒ぎしているせいでさらに犬()が集まってくる。
生かさず殺さず追いかけられる。
うさみにとってはさながら地獄のようだった。
いっそやられてしまえば事がすむのではと心のどこかで誰かが言ったが、身に沁みついた恐怖がそれを許さない。
全力で生き残る方に力を注いでいた。
昼間、角ウサギさん相手に培った技術も役に立った。そして役に立ってしまったことが、うさみの苦難を余計にを長引かせる。
そして。
吠えかけられ、飛び掛かられ、どこかで誰かの悲鳴が聞こえ、ますます群れが大きくなり、小一時間になろうかという、そんな時。
うさみは見つけてしまう。
「なんで!?」
それは、白い毛玉だった。ただし、昼間見た毛玉よりずっと小さかった。そしてプルプル小刻みに震えていた。
それは、うさみの進行方向にいた。
子ウサギだ。
この世界のウサギさんと何時間も向かい合っていたせいか、一目でわかった。
なんでこんなところに。ウサギさんは居なくなったのではなかったのか。
あんなところに居たら。……大変なことになる。
想像したくないのに想像してしまった惨劇が混乱している頭を一周回ってクリアにした。
今から向きを変えたところで、犬()の余波が子ウサギに流れないという保証はない。
というかもうどう転んでも巻き込むだろう。
「ああ、んもう!」
もうどうしようもなかったので、うさみは子ウサギに向けて走り。
硬直している子ウサギを、通りがかりに掻っ攫った。
子ウサギに触れた時点でスタートへ戻るかもしれないと思ったが、もうそれならそれでいいとも思った。
そしてその直後。
うさみの背筋を悪寒が走った。
階段を踏み外した時のような、喪失感。
「ふえ?」
次に感じるのは浮遊感。これは。
落ちる。
うさみは、まだ震えている子ウサギを両手で抱き込んだ。
最後に考えたのは、なんで平原走ってて足踏み外して落ちるのよ、ということだった。




