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次元の魔法   作者: キート
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17/20

斯くもこの世界とは平穏で退屈なものである

「はぁ~」

 ベッドの上に仰向けになりながら息を吐く。夕飯も風呂も済ませ、あとやるべきは布団にもぐって寝る事だけなのだが、今はまだそういう気にはなれない。しかしようやく一息つけた気分だ。

 少しずつ暗くなり始めたころ、優斗は帰宅し、すぐに自分の部屋に来た。当たり前だが何も変化はなかった。

 雑然と積まれた教科書類、脱ぎっぱなしにされた衣類、挿入する相手が一人では満足できず故郷を離れて探し求めているイヤホン、その役割を務めることなく片隅に追いやられた何のために買ったのか覚えていない箱、臓物を抜き取られ無残にもそのまま放置されたコンビニの袋、溢れかえったゴミ箱など、足の踏み場もない、散らかり放題散らかった汚いこの部屋がひどく懐かしく感じた。

 ようやく帰ってきたと実感できた。

 ぼんやり天井を眺めていると、自然と脳裏にはここではない世界の事が浮かんでくる。そのどれもがここではありえない、それこそマンガやゲームのような世界でしか実現できないものばかりだ。そんなところにいたなんて、こうして自分の部屋のベッドで寝転がっている今、夢だったのではないかとさえ思えてくる。ましてやそんな空間を己が創り出したなんて我が事ながら信じられない。あいつに騙されているんじゃないかとか、幻を見せられているのではないかとか、結構最近まで思っていたが、その認識を改めざるを得なかった。武器の重さや身体の動き、魔法を放った時の衝撃、そして殴られた痛み、そのどれもが本物であった。

 紛れもなくあの空間は実在し、確かに俺はあの世界に存在した。

 強くてカッコよくて、自分を認めてもらえて頼りにされて、やりたい事は何でも出来て自分が本当は一番、信頼できる仲間がいてそれなりに友達は多く、異性からモテて何不自由なく過ごせ、過程にどんなことがあっても乗り越え、最終的には幸せになる。そんな夢のような世界を誰もが一度は望むだろう。俺もそうさ。誰よりも望んていた。だからその話をされた時は嬉しかった。やっと願いが叶った。考える余地などあるはずもなかった。意気揚々と希望と願望と、ちょっとの欲望に満ち溢れ、強い意思で突入した…はずだった。

 しかし今はどうだ。乗り越えれば自分の望む先があるとわかっているはずなのに、ちょっとしたいざこざがあっただけで自信喪失し、おめおめと逃げ帰ってくるこの体たらく。己のダメさ加減には笑うしかない。

 しかし思い出の全てを塗りつぶされたわけではない。始まりから今までが次々と思い出される。

 戦闘、人の温もり、刀の感触、楽しい交流、実際に己の手で魔法を撃った感覚、抱き寄せた時の華奢さや柔らかさ、斬った時の手応え、気配、そして痛み、つらさ……ダメだ。どうしてもそこにいってしまう。無理やり別の事に意識を向ければ今も耳に残る己の名を呼ぶ声。すぐそこにいるような覚えを受ける。それに少しだけ癒され、なんだかくすぐったい気持ちになる。

 しばらくすると寝息を立て始め、翌日目を覚ますまで夢を見ることはなかった。









まだ寝ているべきだと脳が指令を出しているのか、一度は開いたまぶたが段々下がってくる。何も考えられなくなり、本能に身を任せてしまいかけたが、わずかに覚醒した理性がそれを押しとどめた。重いまぶたを無理やり抉じ開け、目覚まし時計を見ればAM10:52と無機質なデジタル文字で表示されていた。それをしばらくぼんやり眺めると、やがてもぞもぞと起き上がり、Tシャツとジャージに着替えて階下に下りた。

 トイレや洗顔などの習慣を終えるとリビングに向かう。

 テーブルの上にはラップにかけられた皿が並んでいた。作られてから時間が経っているのか、蒸気が付着し中は見えない。手で軽く押してみれば、白い海の上に黄色い島がその存在を主張していた。それに何か思うこともなく、レンジに入れてスタートボタンを押す。その間に冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出す。持ち上げた時の重さであまり中身が入ってないことがわかった。試しに振ってみると底の方でパチャパチャと力のない水音がした。コップに注げばいつもの半分もない。再び冷蔵庫を開けるが、同じものはなかった。代わりに目に飛び込んできたのは『乳』だけは同じだが、その実体は似て非なる悪魔の液体、その名も『豆乳』であった。

 以前牛乳がなかったので代わりに飲んでみたのだが、その時のことは忘れない。こんな不味いものがあったのかと衝撃を受けた。一度出してしまった手前戻すわけにはいかず、捨てるのは生来の性格が許さず、悩んだ末一気に中身をあおって切り抜けた。後に母親がたまに飲むことを知り、しばらくの間尊敬の眼差しを向けていたときもあった。

両者をブレンドするなどという愚行を犯す気も起きず、いつもより少ない飲料をいつもと同じように二回に分けて飲んだ。

 電子レンジを止めて中身を取り出す。ちょっとやりすぎたかな…、触った感触でそう思いながら運び、飲み物を持って席に着いた。

 しばらく黙々と食べ進めると、テーブルの端に置いてある新聞に手を伸ばす。とはいっても全てに目を通すわけではなく、テレビ欄、たまにスポーツ面程度だ。ほぼいつも通りにテレビ欄を見て、今日一日の番組をチェックすると、席を立ちテレビをつけた。ただ単に無言で、音がほとんどしない空間で食べているのが嫌だっただけで、観たい番組があるわけではない。その証拠にただ何となく観ているだけで、頭には入っていない。

 大して面白い内容ではなく、司会者がいて、どっかのおっさんおばさんが偉そうに発言しているだけの非常につまらないものだ。〇〇大学の△△教授と表示されている。それがあると権威があるようで、偉いんだと思ってしまうが、それがなきゃただのオヤジだよな。つーかテレビに出てていいのかよ、仕事しろよ。そんなことを思いながらボーっと眺める。やがて食べ終わるとシンクに食器を持っていく。

「あら、起きてたの」

 今まで姿を見ていなかった母親が後ろから声をかけてきた。

「早く洗濯物入れちゃいなさい。ついでにあんたの部屋にあるやつも」

 と言うと、優斗とポジションを交代する。それに何か言うことなく、歯磨きをすると自室に戻り、選別を始めた。

 これはこの前着たばっかだし、これがないと不便だよな。これは……うん…洗った方がいいな。これは…どうしようかな…天気も良いしすぐ乾くだろ。

 決め終わると両手に抱えて階段を下り、洗濯機に放り込んだ。

 さて何しよう…。なんもやることねぇんだよな…。

 部屋に戻ったはいいものの、何をするか考える。まず最優先でやるべきは部屋の掃除&片づけなのだが、ここまで散らかっていると、まったくと言っていいほどやろうという気が起きない。あまりに強敵過ぎる、俺一人ではとても勝ち目がない。そして戦いは軽く一週間はかかるだろう。そこまで戦い続ける気力も体力もない。何かきっかけがあればやるんだけどなぁ、と言い訳をして逃げると、すぐそこにあるほこりを見て見ぬふりをして、窓を全開にする。とりあえず最低限換気だけはしておこうか。暑いし。

 ベッドの上にあぐらをかくと、壁との隙間からゲーム機を取り出した。昨日ほこりを被った状態で発見された。電源ボタンを押しても何も反応しなかったので、充電しようと思ったが忘れていた。ほんとは良くないんだけど今回は仕方ないと言い訳すると、コンセントに差す。一分も待てば十分だろう。オレンジランプが点灯している状態で、優斗は電源ボタンを押した。

 一時期大流行したゲームで、この田舎ですらほとんどの中高生が持っていた。その人気は凄まじく、発売一ヵ月前の段階で、予約ができる店がほとんどなかったほどだ。優斗もそのあおりを受けて、自転車で走り回り、隣町まで行ってようやく予約ができた経緯がある。そんな風に必死の思いで手に入れた人もいるゲームだったが、時の流れというものは途轍もなく早く、たった二年前の事なのに、今ではやっている人はいない。とりあえず周りには一人もいないどころか、話題にすら上らない。休日ゲーム機片手に集まり、協力プレイでモンスターをハントすることはなくなった。その日々を懐かしく、またもう帰ってこないと思うと寂しくなる。何だかんだで楽しかったなぁ、と思いながらゲームを進めていく。ネットを利用すれば、顔を合わせなくても出来るそうなのだが、やり方もわからないし、そもそもパソコンを持っていない。去年までは授業があったので、無い事に苛立ちを隠せなかったが、それが終わった今、特に不便はしていない。しかしそういう話を聞くと欲しくなってしまう。あればあるで便利だろう。

 今まで四人で倒していたモンスターを一人で倒せるようになったのは、成長した証か。できれば盛り上がりが全盛期の頃にそれだけの力を持っていたかった。

 久しぶりにプレイしたゲームにすっかり熱中してしまい、一日が終わってしまった。




 次の日も似たような時間に起床する。リビングに行けば、昨日終日姿を見なかった父親がテレビを観ていた。

 テンションがどん底まで下がり、一気に不機嫌になり、何だかイライラしてくる。

 手早く食事を済ませ、やる事をやると、さっさと自室に戻った。

 しばらく部屋をうろうろしていたが、ある一点に目が留まり、着替え始めた。

「あれ?学校行くの?部活あるの?」

 洗濯機から洗い終わった衣類を取り出しながら母親が尋ねた。

「ないけどある」

 よくわからない返事をすると、黙って家を出ていった。



 三十分ほど自転車を漕ぐと、目的地が見えてきた。優斗が通う北山学園瓜田高等学校、通称瓜高。

 校門前に止まって改めて校舎を眺める。記憶にある学校と比べると、何かが違っているように見える。というより何だか古く見える。オンボロとは言わないが、こんなに古かっただろうか。シンボルたる三年校舎も、都会に行く為に田舎者が精一杯背伸びをして、思いっきりおしゃれをしているように見え、なんだか恥ずかしくなってくる。こんなところに通ってたのか、俺は。

 白凪はもっとこう威厳に溢れて、格式と伝統を感じさせた名門と呼ぶに相応しい感じで、イラスタードは巨大で立派、誰もが認める実力を持っているように感じた。そのどちらも中身もしっかりしている、外見だけではない。そんなところに通っていたのか、俺は。

 ウチはどうだ。比べるまでもなく全ての面で見劣りしている。魔法とか対邪神とかいう話ではなくて、校舎とか、生徒とか、レベルとか。もはや比べるのもおこがましい。

 今までが今までであった分、落差が激しい。内心ため息を吐くと、敷地内に入っていった。

 静まり返った校内を歩き、第二部室前に立つ。プレートも立札も何もなく、傍から見たらただの空き教室にしか見えない。俺も案内されるまではそうだと思っていた。

 背後を確認すると、扉に耳をつけて意識を集中させる。気配なんてものはわからないが、特に音はしない。一応外からもしばらく観察していたが、窓が開くことはなかった。

 たぶん誰もいない。もしいたらどうしよ。俺は大体知ってるけど、向こうは知らない。明らかに俺が不審者になる。ばったり鉢合わせてしまったら、何と言っていいものか。頼むから誰もいてくれるなよ…。念じながらゆっくり扉を少しだけ開けて様子を窺う。見える範囲にはいない。もう少しだけ開けてみるが、人も、人がいた形跡もない。それがわかると安堵し、中に入った。





 少し練習をすると、休憩がてら窓を開ける。さわやかな風が火照った体を包み、心地いい。そうしてしばらく風に当たると、イスに腰かけケータイを取り出した。

『今部室にいるんだけどお前来ねぇの?』

 本文を作成すると送信した。どの口がほざくのか。

 運動部のものと思われる声が聞こえてくる。こんな暑い日にまでご苦労さん。完全に他人事に思っていると、ケータイが震えた。

『今日は行けんわ

 帰ってくるの夕方だし、つーか夕方に帰れるかもわからん

 渋滞に捕まらんのを祈るばかり』

 渋滞?なに言ってんだコイツ。

『どっか行ってんのか?』

 約一分後に返信。

『言わなかったっけ?連休中に旅行行くって』

 文面を見て記憶を探る。…………………遠い記憶にそんな事を言ってた光景があった気がする。サラッと言われたから俺もサラッと返したんだっけ。たしか連休前最後の学校の日だったか。そんなに時間が経っていないはずなのに、何だか随分昔のように感じるなぁ。つーか今連休か。どうりで親父は家にいるし、学校には人がいない訳だ。ようやく謎が解けた。ただの休みじゃなかったのか。

『そうだったな

 土産よろしく』

『楽しみにしてな』

 短い文章のやり取りを終えると席を立つ。

 昨日観たテレビでも、連休最後にまだ間に合う!思い出いっぱい日帰りツアー!とかピンクの人がテンション高く言ってたな。わざとらしく。俺には関係ないし、興味もなかったから忘れてた。昔はウキウキしてたもんだったけどなぁ。どっか行こうとかねだってたし。ところが今では会話らしい会話もなし、ただ同じところに住んでるだけの関係とさえ思えてくる。

 あの時の純粋な俺はどこに行ったんだろうな。目をキラキラさせて、休みや旅行を楽しみにしてたあの頃の俺は。本当に同一人物か?

 急に虚しく、悲しくなってきた気持ちを紛らわすため、練習を再開した。





 練習を終えて、優斗は駐輪場にいた。

 本当ならまだまだ練習しなきゃいけないんだろうけど、一回ガーッとやったからってどうなるもんでもないし。やる事は大体終わったのでまぁいいでしょうと一人釈明してみる。途中休憩を挟んだり、けっこう遊びながらやってたけどそれなりにできたんじゃないかなぁ。疲れたのでこれ以上はちょっと。

 さて、これからどうしよ。

 ケータイで時間を確認すれば、四時半ちょっと前。中々に良い時間だが、季節のせいか実感が湧かず。まだ大丈夫だとついつい帰りが遅くなる。そうしたいからそれでいいのだけど。しかし帰りが遅くなる何か小言を言われる。聞き流すのもかなり大変なのだ。だからそうなる前に帰らないと、でもなるべく遅くしたいというジレンマに悩まされる。あんまり関わりたくないし、家にいても暇も持て余すだけだし。

 皆何してるんだろうな。家とか放課後とか休みとか。どこか寄り道したり、お喋りに興じて有意義に過ごしたり、どこか出かけるんだろうか。いいなぁ、俺もやってみたいよ……ムリだけど。友達いないし。いや、いるにはいるんだけど、真面目な奴らだから寄り道しないで真っ直ぐ帰るし。てゆうか寄ってくってどこに?みたいな奴らだし。俺もだけど。そんなわけでまぁ無理でしょう。

 なんだかんだダラダラしながら学校を出る。結局決まらないままペダルを漕ぐ破目になる。無理して決めるくらいなら素直に帰ればいいものをと思うが、一度そう考えたら変えることは難しいし、何だか悔しい。

 自転車を走らせていると、コンビニの前を通る。ここが学校から一番近いコンビニなので、放課後直後は瓜高の生徒で賑わう。というか、瓜高の生徒しかいないのではないかとさえ思えるほど、揃いの格好で溢れる。緊急的に必要な物があったので一度だけこの魔の時間帯に入ったことがある。結果、無事手に入れられたが、いつもの十倍は時間がかかり、自由に動けずにかなりイライラした。それ以来放課後に寄る場合は五時以降と決めた。

 今日は休みということもあり、制服を着ている者の姿は見られない。人数が多いんだし、一人くらいいてもいいようなもんだけどなぁ。あ、俺がその一人か。

 立ち読みでもして適当に時間を潰そうかなと思ったが、ふと考え足を止めた。幸いにもセンサーが反応する前だった。そして自動ドアに仕事をさせることなく、優斗はコンビニを後にした。





 四十分ほど自転車を走らせると、目的地に到着する。『いちみき書店』という看板が大きく掲げられていて、少し目を引く書店だ。優斗の住んでいる地域では一番大きく、品ぞろえも充実しているので、ここに来れば大体解決する。家から少し距離があるので時間はかかるが、それだけの価値はあると思っている。一応近くにもあるのだが、あまり数を置いておらず売り切れもしょっちゅうなので、必然的にこちらに来ることになる。

 本を読むのは嫌いじゃない。知識が増えていくのを感じて、頭が良くなった気がする。

 小学生の時は、景品が欲しくて学校の図書館に通い詰め、バカ真面目に一冊読んでまた借りて、ということを繰り返していた。その結果、月間図書貸出数ランキングで一位を獲得したこともあった。今ではなんでシャーペン一本のためにあそこまでやったのか、自分のことながら理解できない。

 最近になってからは、自分で買うことも増えてきたが、一つ問題が発生した。

 買っても読まなくなってしまったのだ。

 借りる場合は期限内に返さなければならない。読まないで返すのはもったいないので、何とかして読むのだが、買った場合はその時点で自分の物になる。いつ読もうが自分の自由である。

 また、買っただけで満足してしまうクセがあり、手に入れた途端興味を失くしてしまう。

 それらの結果、一ページも読まないどころか袋から出すこともせず、部屋の肥やしになることがほとんどだ。

 しかしそれを繰り返す。

 何故か?

 見てると欲しくなっちゃうんだよ。

 そのため最近はあまり本屋に寄りつかなくなった。寄ったとしても、文芸書コーナーへの立ち入りを固く禁じている。

 しかしマンガは別である。買って店を出ると、即座に袋から出して読み始める。ちょっと迷惑な客に変身する。

 だが末路は同じ。また無造作に放り投げられ、無駄に資源が増え、そして迷子になっていく。代金分の中身は確認しているだけマシと言えるだろうか……。

 一歩足を踏み入れればいらっしゃいませ~、という事務的な声が飛んでくる。

 まず真っ先に向かうのは新刊コーナー、普段読んでいる雑誌の作品を探す。一応出るには出ていたが、名前だけは知ってるものと、雑誌に載っている分だけで充分なものたちだった。買ってまで読みたいものではないのでパス。今回はなかった。

 その雑誌系列のコーナーを一通り見て、他誌や月刊誌コーナーなどのマンガエリアをぐるりと一周。

 次に店の奥に進むと、一際異彩を放つコーナーがあった。

 表紙は基本的に女性キャラクター。ファンタジー色の強いものや、光やら光線やらでバチバチと派手なものや、制服モノ……こういう言い方だとイケナイ妄想してしまうか。などの賑やかなもので、背表紙も赤や青、黄、緑に紫と単色ながらも強烈な色で、来る人を選ぶ、凄まじい存在感を放っている魔の一角、ある意味地獄の一丁目、ラノベコーナーだ。

 表紙は確かにアレだけど、中は大体文字だけだし、それなりに楽しめるし、読みやすい。そこをアピールすれば学校でもイケる。実用的ながら娯楽や欲望を満たせる要素を兼ね備えた完璧な、見方によっては裏ワザのような存在だ。

何見てんの、と突然覗き込まれても、高確率で文字だけのページを見せて誤魔化せる。本を読んでいると付け加えれば尚良い。カバーをしていれば死角はない。挿絵のページなどタイミングが悪い時や、カバーを外させられる暴挙が行われるといった、余程の事態が起こらない限り、平穏が脅かされることはない。タイトル聞かれたら?わからんけどなんか小説とか適当なこと抜かしとけ。

 難点といえばレジに持っていく時か。その時にはやはり表紙がネックになる。

 だってヘタなエロ本やエロマンガよりよっぽどエロいんだもん。

 キャラはいかにもアニメみたいな感じだし、可愛すぎだし、露出度もかなり高い、というか際どい。ぶっちゃけそんな格好で戦ったら全身生キズだらけですよ。防御力?ナニソレ?のような水着みたいな装備とかあれ意味あんの?大事なところだけ守られてればいいの?いや、ダメでしょ。危ないじゃないですか。色んな意味で。柔肌にキズがついちゃうし、何かの拍子にハラリしちゃうし、ポロリもあるじゃないですか。もう話が別モンになっちゃうじゃない。

 そんなハプニング?大歓迎ですよ。それだけで一週間は自家発電出来る自信がある。まぁそういうのはないとしても、サービスショットはないとね。妄想が捗りますねぇ!

 あとさぁ、ほぼ高確率で胸の谷間が見えてるのあるよね。水着みたいにあからさまなものじゃなくて、普通の服の時の。どちらかといえばそっちの方がいいよね、よりエロさを感じる。それだって露出度が高いものの時が多いんだけどさ。

 それとは別に制服みたいなジャケットの上からでもわかるほどの大きさって良いよね!乳袋っていうの?巨乳は男のロマン!夢!あこがれ!ですので私はロリ派ではないのです。同年代~年上好きです。可愛いとは思うけど、その認識を出ない。性的な対象としては見れないよ。それってもはや病気でしょ。まったく理解できんね。両方のいいところを取ったっていわれるロリ巨乳だっけ?そんなジャンルもあるみたいだけど、俺は…そんなに…。乳だけあればいいってわけじゃないんですよね。やっぱりトータルで評価するもんなんで。

 あと思うのは、ヒロインが巨乳でも、主人公って滅多なことがない限り目が行かないし、意識してないよね。学園モノでさえ大体そうなんだから、ファンタジー系とかバトルものとかはまずないし。お前は男か、本当に。小一時間ほど問い詰めたい。

 主要キャラも身内を意識するのもあんまりないよね。あっても最初だけとか、少なくても常に意識してることはない。もちろん胸や脚とか露出度の話です。お前ら本当に男か、バカか、と熱く説教してやりたい。 常にいるから慣れて意識しなくなる?なるわけないでしょそんなモン、なってたまるか。むしろ意識しまくりだろ。ガン見しろとは言わないけど、チラチラは見ろよ、近くにいるからヘンに意識するでしょ。十秒に一回は見るでしょ。別に普通じゃね?とかそんな贅沢言うヤツ、俺と代われ。そこがムカつくんだよ。どうやるべきか、どうあるべきかその真の姿を見せてやる、目に焼きつけやがれぇい!!まぁ実際目の前にいてもそんなこと言えないんですけどね。

 俺?もちろんしっかり、ばっちり、がっつり意識してますよ。チラ見どころの騒ぎじゃないよ。女の人を見る時、顔よりもまず胸に目が行きますから。それから顔を見ます。最初に胸にあいさつする感じですね。悔しいことにほぼ全ての女に対してそうなんだよな。具体的に言えばお婆から小学…おっと、これ以上は止めとくか。捕まりそうだし、救いようのない変態になってるし、俺もドン引きしてるし。こんなのがバレたら羞恥で死ねるわ。まぁ実際そんな中に飛び込んだら意識してるのに、それを隠そうとして挙動不審になるよ。だから大変だったぜ。

 あ、言い忘れてたけど脚も好きですよ。あのスラッと伸びた、あのムチムチの感じ…たまらんですねぇ!

 心の中で熱く語っていると、ふと我に返った。一言も口に出してないとはいえ、ちょっと浸り過ぎた。流石に今のはマズイ、ドン引きだ。しかもこんなところに突っ立って。誰も見ていないことを確認すると、改めて平積みにされた本たちを見る。

 中身も表紙通りというか、裏切らないものが多く、とりあえず買ってるところは誰にも見られたくない。純粋に中身に興味があって、楽しむために買うの!とあくまでも中身重視の姿勢を打ち出す。決して誤魔化しではない。しかし見られたくないことには変わりはない、レジの人にも見られたくない。コイツこんなの読んでるんだぁ~とか思われたくない。

『瓜高ノッポ、ラノベ買ったなう』『人目を気にしながら買う姿キモスギwwwワロタww』『あいつ表紙だけで買ったわ。三回は表紙で抜くな』とか書かれかねない。覚えてないって?気にしてないって?俺がヤなの!一刻も早く立ち去りたいし。カバーをかけてもらう時間すら惜しい。待たされている時間がめちゃくちゃ長く感じ、まるで拷問を受けているような錯覚に陥る。それだけ渡して!あとはコッチでやるから!と本当は言いたい。ていうかそれ以前に持つことすらはばかられる。照れちゃうんだよね。

 でも、あんな事いいな、できたらいいなと思いながらコーナーを離れる。長時間いては目撃される恐れがある。

 結局何も買わずに、チェックやインプットだけすると店を出る。時間を確認すれば六時ちょっと前。このぐらいならいいだろうと思い、ゆっくり家路に着いた。

 何事もなく、何もしないまま、どこに行くことなく、いつもの週末と同じように連休最後の日を終えた。




 朝七時、いつも通りにうるさく騒ぐ目覚まし時計に眠りを妨げられる。それにチョップを喰らわし黙らせる。しかし母親によってたたき起こされ、覚醒を余儀なくされる。いつも通りの朝の番組をボーっと眺めながらもそもそ食べていると、父親が玄関から出ていく声がした。優斗もまた朝の習慣を済ませると、慌ただしく玄関を飛び出し、自転車に跨ると、全力で漕いでいった。

 今日からいつも通りに学校が始まる。しかし連休明け初日だからといって甘えはない。学校が始まるということは、制限時間内に到着しなければならない最重要かつ最難関のミッションも同時に発生することを意味する。そのため最初からクライマックス、というか最初がクライマックス。あとは基本だらけて、下降線をたどってゆくだけである。

 こうして間が空くと、学校がないことに物足りなさを感じ、何だか恋しくなる。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけね。それもわずかな時間。授業が始まれば早く終われよと思い、どう時間を潰そうか考え、早く休みにならないかと、休みが待ち遠しくなる。

 それとは別に感じることがある。クラスメイトたちの間で何かが変わっていたり、自分のいないところで楽しい思い出を作っていて、それに自分が含まれておらず、仲間外れにされ、置いてけぼりを喰らってやしないかという不安だ。

 特に夏休み明け初日は最悪だ。不安しかない。俺のいないところで楽しかったですねぇ~!良い思い出ができてよかったね!俺がいなかったからかなぁ!また来たいねぇ~!俺をノケ者にしてなぁ!!

 次が年末年始だな。年賀状は一通も来ないし、メールも来ない。仲良くなったと思っていてもこれなのだ。所詮はつもりだったのか。俺だけだったのか、仲良くなったと思っていたのは。正月はずっと家でゴロゴロしてるし、友達同士で初詣なんて一回もないよ、俺。そんな話を教室でされると殺意が湧いてくる。初詣を最後の思い出にしてやろォォかァァ!!俺たち年越し・初詣一緒に行くほど仲良いもんな?血染めの年始にしてやろォォかァァ!!!

 とまぁこのように長期休みの後というのは大概憂鬱だ。今だって行きたくない。けど行かないわけにはいかないので、ほんのわずかなうれしさと、拒絶反応を起こしかけるほどの不安、押しつぶされそうな気重さを抱えながら、いつも通りの時間に到着した。



「はい、おはようございます。みんな連休どうだった?楽しかった?とりあえず、事故や事件に巻き込まれた人が一人もいなくてよかったです。ちょっとはしゃいだ人もいるようだけど、まぁいいでしょう。ただみんなよく来たねぇ、連休明けでつらいのにね。みんなもそうだろうけど、ぼくもねぇ、つらいんだよ。ちょっと休みが入っていきなり戻せなんて、無茶もいいとこだよねぇ。まぁグチってばっかでもしょうがないんでね、来た以上は頑張りましょう。次まで長いけどね。それじゃあ連絡事項は―――」

 担任の文明が相変わらずの訛り口調で言う。しかしそれを真面目に聴いている人はほとんどいない。もちろん優斗もそうだ。

 制限時間までに教室にたどり着くという特A級のミッションを見事クリアした。これで仕事のほとんどは終わったようなもんだ。消化試合を適当にやって、後は休憩モードで過ごすだけだ。つまりその場に居るだけの存在になる。居るだけマシのサボリ。

 こういう風に以前と同じように席に着いて、他のクラスメイトと同じ教室にいるのも久しぶりで、なんかヘンな感じだ。

 悪くないと一瞬だけ思った。今はもう違う。考えていることは一つだけ。早く終わんねぇかな…。

「―――っていうように、多少は大目に見てもらえるだろうけど、あんまりそういうのはナシにしようね。では、今日も一日頑張りましょう。それじゃあHR終わり。あ、大村と井上はちょっと来て」

 HRが終わったことによりクラスが騒がしくなるが、優斗の心もザワつく。

 え?何で?何で俺呼ばれた?何も悪い事してないんだけどな…

 しかし呼ばれた以上無視するわけにはいかないので、担任の元へ。

「お前たち今日日直だよ?ぼくのところに取りに来てよ」

 そう言うと黒い表紙の当番日誌を二人に見せる。

 え?マ~ジでぇ~?俺今日?

 黒板に目を向ければ右隅に、大村・井上と四角で囲まれていた。なぜか俺の名前だけ赤字で書かれ、囲んでいる線も二重になっていた。マジだった。

 ヤッベ~…すっかり忘れてた…。あまりに非日常が起きていたので、こんなカスみたいな、くだらない仕事など頭になかった。

「まぁ今日はしょうがないよ、連休明けすぐだもんね。でも次からは気をつけてよ。とりあえずお願いね」

 返事をするが心境は正反対。メンドクサイ。ただこうなった以上はやらないとな。

「じゃあ俺が書くから号令かけてくれる?五時間目からは俺がやるから」

「うん、わかった」

 事務的なやり取りだけして、ノートを手に席に戻る。すると今沢がニヤニヤしていた。

「…なんだよ」

「いや、マヌケだと思ってよ」

「あんなの覚えてるわけねぇだろ。連休明けの日直なんてハンデありすぎだ」

「おれがやったじゃん。順番的にわかりそうなもんだし、わざわざわかりやすくしてやったのに」

 そう言って、黒板を顎で示す。そうか、あれはお前がやったのか。

「お前と違ってどうでもいいことは覚えてないの」

 悪態を吐くと、日誌を机に仕舞う。

「でも意外とイケてたじゃん」

「なにが?」

「女子と話すの苦手だって言ってたけど、普通に話してたように見えたけど」

「これを見てもまだ同じ事が言えるか?」

 そうして額を指差せば、そこには水滴が付着していた。

「え?なにそれ?汗?」

「そうだよ。緊張しすぎてドキドキバクバク。ほぼ一方的だったわ、早く切り上げたかったし。で、今それが吹きだしてきた」

「…重症だな。じゃあお前絶対彼女とかできねぇな」

「軽く死ねるわ」

 そうして会話を続けていると、一時間目を告げるチャイムが鳴った。





 昼休みになり、優斗たちの姿は第二部室にあった。わざわざここに来なくてもいいだろと思うが、騒がしくなく、自分たちの空間にできるので何かと都合がいい。特にあまり聞かれたくないような会話であれば。

 今回は今沢の希望でやってきた。同席しているのは優斗と佐倉。いつものメンバーと言って差し違いない。会話しながら食べ進めていく。その内容とはやはり連休中のことであった。

「そういやぁ楽しみにしてろっつったよな、土産」

「マジで!?あんの!?」

「ああ、一応佐倉の分もな」

「よっしゃ!どんなの?見せて!」

「楽しみは最後まで取っておくもんだぜ。つーか今渡したら色々面倒じゃん。特に佐倉、自慢しそうだし」

「それは…あるかも…。聞かれたらたぶん言うね」

「だろ?そうするとちょっとな」

「たしかに友達が貰ってるって知ったら、じゃあ俺はないのかって思うよな。仲間外れにされてるみたいというか」

「あいつらには最初からそのつもりはなかったし。大して仲良いわけでもないんだから、そんなこと思われてもどうでもいいんだけどな。てか本当に思ってたらどんだけ図々しいんだよ」

「それはそうだな。わかった!放課後まで待ってるわ、貰えるだけ嬉しいし」

「こっそりな。どうしようか迷ったんだけど、ま、一応な、一応」

「今ので感謝半減だわ!」

 その後は終始今沢の話になる。今は無理だから代わりの土産話というように。そういう話は聞いてるだけでも楽しい。そこに行ってみたいと思えてくる。いつか行けたらいいな、そんなことを思いながら進んでいく。

「そういやぁさぁ、鈴木さんいるじゃん?同じクラスの」

「…鈴木萌さん?」

「そう、その鈴木さん。おれさぁマジでビックリしたんだけどさぁ!会ったんだよ!」

「現地で!?」

「そう、現地で。目ん玉飛び出るかと思ったわ。他人のそら似かもなぁなんて思ったんだけど、気になってさ。何回も確認したんだけど、やっぱりそうなんだよ」

「へぇ~!すげぇ偶然だな!」

「そんなこともあるもんなんだな。まるでマンガみたいに」

「な。鈴木さんっておれと小・中と同じでさ、何回かクラスも同じになったんだよ。そのせいか親同士が友達でさ、その場で立ち話よ」

「あら~今沢さんじゃない!」

「え…あら!鈴木さん!」

「もしかしたらって思ったんだけど、やっぱりそうよね!うわ~!すごい偶然ね!」

「本当にそうよねぇ!こんな偶然ってホントにあるものなのねぇ!」

「世間って意外と狭いものねぇ~!」

「そうそう、大体そんな感じ」

 突如始まった寸劇にうんうんと頷く今沢。

「その間今沢はどうしてたの?」

「別に何も。お互い、ああ…どうも…みたいな気まずい感じで」

「まぁそうなるわな。外で会うとなんかよそよそしくなるよな。それに小中同じってだけで、特別仲良かったわけじゃないんだろ?」

「話もあんまりした覚えないし。ホントに小中高同じ、たまにクラスメイト、そんだけの関係だよ。だから不思議でさぁ、なんで親同士があんなに仲良いのか」

「そういうもんじゃないの?親って」

「そうかぁ?おれたちが仲良かったらわかるんだけどなぁ」

「けど、これをきっかけに仲良くなろうぜ、みたいにならん?会話のきっかけとかさ」

「大村、今まで大して話してない、お互い顔見知り程度にしか思ってない。そんな状態で、たった一回の偶然で仲良くなれると思ってんのか?おれができると思ってんのか?」

「…ならないな」

「だろ?向こうにとっちゃ忘れたい出来事だよ。よりによってコイツかよ!って」

「そ、それにしてもそうあるもんじゃないよな!そんな偶然!っていうか運命…そうだよ!運命じゃん!運命的な出会いに感謝!」

「再会な。どうせなら、まったく知らない女の子と運命的に出会いたかったよおれぁ。それでおれだけ別行動して、その娘に案内してもらって、連絡先交換してやり取りして、こっちに来た時は今度は俺がさ。そしてどんどん仲良くなってさ。ある日突然やって来てさ、しばらく泊めてくれとか言って。双方の親に了解取る訳さ。それでドキドキしながらおれの部屋で過ごして、いずれ…」

「それは高望みしすぎだ。んなのあるわけねぇだろボケ」

「…だよなぁ~」

 ため息を吐いた。

「想像力たくましいな」

 佐倉の一言が、なぜか優斗にもグサリときた。

「運命使い果たしたかもしんねぇ」

「逆に考えるんだ、これはチャンスだと。お前と鈴木さんが結ばれるのだと。神が言っているのだと。運命は鈴木さんに向かっているのだと」

「実際どうなの?鈴木さんのこと」

「一時期好きだったけど…今はそんなに…あ」

 しまったという表情をする。しかし

「マジか!お前鈴木さんを!」

 時すでに遅し。聞かなかったことにはできなくなっていた。

「いやぁ~そうなのか~!俺は応援してるぜっ!」

「昔の話だよ!今は違げぇっつってんだろうが!!」

 ここが防音設備のあるところで、三人しかいなくてよかった。もしクラスであったなら色々大変なことになっていた。そんなことは毛ほども考えず、騒ぎ、からかい、あおっていく二人を今沢が怒鳴る構図がしばらく続いたが、時間は過ぎていくもので、予鈴のチャイムが鳴った。

「おら!戻るぞ!」

 怒鳴るとニヤニヤする二人をひと睨みし、片づけ始める。優斗たちは今後どうやってからかっていこうかと思っていたが、ふと持ってきたものに目が留まった。

「ちょ、ちょっと待って!これ書いちゃうから!」

 日誌の記入ページを開くと、急いで書き始める。

「終わってからでいいんじゃないの?」

「昼休みに交代するって言ったからさ。やってないと悪いじゃん」

 口を動かしながらも手は止めない。しかし急いでいるため勢い、雑になってゆく。

「へぇ~真面目だねぇ」

「字がキタネェ、読む気も起きん。もっと強く書けよ、真っ直ぐ線引けねぇのかよ。かわいそうだなぁ、こんなヘタでキタナイ字を見せられる井上さん」

 先ほどの仕返しとばかりに今沢の嫌味攻撃が炸裂する。もっとキレイに書けよ、サインじゃねぇんだよ何様気取りだと散々グチグチ言われ、最終的に真面目系クズという評価になった。解せぬ。

 無事に担当部分を書き終えると、慌てて三人は教室に戻っていった。授業開始のチャイムが鳴る二分前であった。


 その後は何事もなく退屈な授業を終え、待ちに待った放課後。優斗たち三人の姿は、再び第二部室にあった。しかしその様子は昼休みの時とは違い、優斗と佐倉は机に置かれた物体を凝視していた。

『将軍』『もやし』堂々と印刷されたTシャツが存在感を放ち、その横には白いせんべい、茶色のまんじゅうが鎮座していた。

 色々言いたい事はあるが、Tシャツはこの際置いておこう。問題は後の二つ。とりあえず見た目は良い。見た目は。しかしパッケージに書かれている文字が不吉すぎる。

『ソーダせん。ソーダとおせんべいのハーモニーが心地よい未来のお菓子!ヤミツキマチガイナシ!』

『コーラまん。コーラとおまんじゅうのキセキのハイブリッド!新世界へのトビラをイマ開けよう!』

 ………お前コレ…どこで買ってきた。旅行先じゃなくて、どっかその辺の怪しい雑貨屋みたいなところじゃねぇーの。

 未来のお菓子って一体何億年先なんすかねぇ、居間に常備されてて、お茶うけに当たり前のように出てくる未来って。ヤミツキってお前…中毒の間違いじゃないっすかね。新世界へのトビラって、それ開けていいものなんですか?この世から旅立ちを意味してないっすか?戻って来れるんですか?

 今沢を見ればどうだ、と言わんばかりの笑顔。マジか…。作る方も作る方なら、選ぶ方も選ぶ方だわ。

 あまりの品々に、そして今沢のセンスに苦笑も出てこない。これから選べと…

 佐倉とアイコンタクトすると、無言でジャンケン。三回目に勝負が着き、佐倉はコーラまんを選んだ。渋々優斗はソーダせんを選ぶ。俺は白に呪われているのか

 Tシャツは選ばせてやるという上から目線にイラッとしながらも、将軍Tシャツを選ぶ。裏返せば『愚民どもよ!我輩の前に跪くがいい!』過激な文言が書かれていた。将軍じゃなくて暴君じゃねぇの。

 佐倉の方を見れば『オレはもやしだ!!』と力強く書かれていた。文字のタッチと内容が一致してないよね。マッチョが着たらネタになりそうだけど。

 こうして無事に受け渡しが終わったが、なんだかどっと疲れた。

「おれの想像通りになってよかったよ」

「お前、俺をどう思ってるんだよ」

「なんとなくわかったよな。今沢っていう人間が」

「いや、意外とイケるんだよ。第四の珍味って書いてあるだろ?」

「『珍味』だからね。必ずしも美味いわけではないからね」

 なんというか、ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんでいいのかわからない。とりあえず、外国人の土産にはいいかもなぁ、とまとめてみる。

 一大イベントを終えて、なんだかんだ各々の連休中の話題になる。佐倉は握手会に行っていたそうだ。

「俺は…特に何も。ずっとダラダラしてた」

「暇人め」

「お前には言われたくねぇわ!何が握手会だ!オタクがっ!」

「オタクで何が悪いっつーんだ!むしろ大村みたいなヤツの方が、なんやかんやオタクだって決まってんだよ!このむっつりオタク!」

「残念でしたぁ~オタク趣味なんてないですぅ~。ていうか趣味も何もありませぇ~ん」

「それはそれで悲しいだろ」

 今沢の痛烈なツッコミが胸に突き刺さった。










 本日は土曜日、世間一般からいえば休日に当たる。しかし優斗の姿は学校にあった。もちろんきちんと制服を着て。部活?違う。普通にあんだよ。

「なんで土曜も来なきゃいけないんだよ…普通休みだろ……」

「今更何言ってんだよ。そう決まってんだからしょうがねーだろ」

「何でよ?中学まで土日と二日もあったんだぜ?それが今じゃ一日しかねーって、オメーおかしいだろ」

「半日なんだからその後どうとでもできるだろ。てかお前の場合ただ寝てたいだけだろ」

「寝て隊隊長だからな。休みだったはずの日にまで、なんで早く起きにゃならん」

「一年も経ってんだからそろそろ慣れろよ」

 HRが終わった朝の教室の一角で、二人はこんな会話をしていた。終始優斗のグチに聞こえるが、仕方がないといえば仕方がない。

 そこへ佐倉がやって来た。

「はよー!」

 佐倉は元気がある方だが、今日はいつもの三割増しくらいで元気があるように見える。

「はよ、どうした?何かあった?」

 ニコニコと機嫌の良い佐倉に今沢が尋ねる。その声を待ってましたと言わんばかりに、一回りほど大きい声で喋り出した。

「いやぁーねぇ!こんなこともあるもんだなって思ったんだよ!昨日の今日でさ!」

「…なにが?」

「もう嬉しくてうれしくて!興奮して昨日ちょっとしか寝れなかったんだよ!!」

 たっはー!嬉しさと喜びを全開にしてウザいくらいにアピールしてくるが、一体何のことやら…

「嬉しいのはわかったよ。で、何があったんだ?」

 ややイラつきながら優斗が言う。この手の相手は話にならないから、こちらから強制的に振らなければずっと平行線のままだ、というのが定説だ。

「聞いて驚けよ!TKDのファン感謝祭に当たったんだよ!!ほら!」

 と言ってケータイ画面を見せてくる。そこには、『佐倉透様、当選おめでとうございます!』と表示されていた。

「明日行ってくるんだけどさ!もう楽しみすぎる!神様に感謝だよ!」

「……明日なのに昨日発表って遅くねぇか?こういうのって、一ヵ月前ぐらいには連絡があるもんなんじゃ」

「あるにはあったんだけどさ、キャンセル待ちの枠だったんだよ。絶対キャンセルなんて出ねぇから、実質的にダメなんだけどさ、もしかしたらって思う分普通に抽選に漏れるよりたち悪いんだよ。だから呪いまくったよ!絶対行きたいから通った人全部!」

 願いが通じたなぁ~と快活そうに言う。

 呪いを成就させる神って…。神っていうより悪霊じゃね?つーかそこまでして行きたいもんなのか。それがわからないので、こんな風にファンのアイドルのイベントに参加できて、狂ったように喜ぶ人間に対してかける言葉など、俺は持ち合わせていない。

「よ、よかったな」

 無難にそう言うしかなかった。

「まぁせっかく当たったんだから、楽しんでこいよ」

「おう!!」

 そうしてテンションの高い佐倉に振り回されて、あっという間に学校が終わった。









 そして月曜日、今日からまた一週間が始まる。そう考えると憂鬱になり、何もなかったが昨日を恋しく思う。まず予定はないだろうけど、次の週末が待ち遠しい。

 今日もギリギリで滑り込み、無事クエストクリア。HRが終わり、教室が騒がしくなるが、ふと違和感を感じた。

「大村、ちょっとアレ見てみ」

 一瞬ドキッとしたが、今沢が指差す方を見て納得した。

 佐倉だ。

 ほとんど毎回俺がギリギリで入ってくることをからかってくるのだが、今はそれがなかった。それだけなら、別に、そうか、で済ませられるのだが、あの様子を見ていると、何だかただ事じゃない気がする。

 まるで魂が抜けたように虚空を見つめ、クラスメイトの呼びかけにもうわの空。元気がないとかそういうレベルではない。土曜日、ウザいくらいに、テンション高くはしゃいでいたとは思えないこの落差。この一日の間に何があった。

「佐倉で…いいんだよな…?」

「だと思うけど…」

 答える今沢もどこか自信なさげだ。

「何であいつあんなんになってんの?」

「さぁ…何か聞くのも怖いからまだ喋ってないんだけど……」

「気になるけど、たしかに怖ぇな。あいつだと何が出てくるか」

「とりあえず今はそっとしとくか。こっちも心の準備しとかねぇと」

 今沢に同意すると視線を外した。何だかこれ以上見ていると、こっちまで魂抜かれそうな気がする。今は何もしない事が出来る事だ。

 時間と場所を移し昼休み、第二部室。佐倉と向かい合うように優斗と今沢は並んだ。

 朝とまったく変わらないこの状態、学級委員であるため、授業中に指名されることも多々ある。そんな彼だが、ただ事ではないこの姿に教員たちも当てることはなかった。そして今日が体育がない日でよかった。

 こうして連れ出すことに成功したが、果たして何をどう聞いたらいいものか思案する。

「…やっぱり昨日のが原因かな。そう考えた方が自然なんだけど」

「昨日?………ああ、アレか。なんか言ってた…なんかのイベント」

「TKDな。TKD49」

「ああそんな名前だったな。てかなんだその名前、数字が不吉だわ……」

「だぁおい!!!」

 突如佐倉が叫び声を上げた。

「おおぅ!?」

「な、なんだ!?」

「ヤメロぉぉ!!ヤメテくれェェェ!!その名を言うなァ!!その穢れた名ォ!!」

 豹変した佐倉に呆気にとられる二人。その後も喚き、怒り、悪態を吐き、仕舞いには机に突っ伏して泣き出す佐倉をただ、呆然と眺めるしかなかった。

 何とか静まるまで待つと、二人は顔を見合わせ、頷き合う。そして佐倉の背中をさすりながら語りかける。

「どぉしたぁ?なんかあったのかぁ?」

「大丈夫だぞぉ、おれたちがいるからなぁ。遠慮しないでなんでも言えぇ。ドーンと受け止めてやるよぉ」

「そうだぞぉ、今沢くんが力になるぞぉ」

「大村くんも力になるからなぁ」

 そうしてやさしく語りかけていると、ようやく顔を上げた。

「ほら、とりあえず鼻かめ」

 優斗は常備しているティッシュを渡した。

 ンブーーーッ!!ブビィーーーッ!!ジュルジュルジュルッ!!…ジュバッ!!ズビッ!!

 ようやく落ち着いたようで、一息つくと真っ赤になった目で二人を見た。

「あのさ…オレ…昨日TKDのイベントに行ってきたんだよ…。5000人限定でさ、すげぇ嬉しかったんだよ…。初めてで…他の友達に自慢したり…ともピーのコミュニティでも自慢したり…写真撮ってきてって言われたり、限定アイテム買ったり…他のファンの人とも仲良くなってさ…。イベント自体は楽しかったよ。けどさ…」

 ため息を吐いた。その先が気になるが、黙って佐倉が話すのを待つ。

 やがて意を決したように口を開いた。

「歌い終わってさ、報告がありますとか言うんだよ…。したら何て言ったと思う?わたし、結婚します!だってよ。もう意味がわかんなかったねオレ!もう会場ポカーンでシーンだよ。頭真っ白!どうやって帰ったかも覚えてなくてさぁ!でさぁこれだけじゃないんだよ。さっきのおめざめでさ、ともピーおめでた!とかほざいてるんだよ。妊娠二ヵ月とか…もうね、テレビガン見だったね。動けなかったよ。つーことはだよ、じゃあ何か?あの笑顔は最初からたった一人に向けられてたってか。俺たちを騙してたのか。ただ金を巻き上げるだけの手段だったってか。あの笑顔の裏ではオレの知らない誰かのいきりたったモノに突かれて、ア〇顔イ〇顔さらして、いいっ!いいのっ!!ああ~~~~~~~っ!!!とか喘いで欲望を吐き出されてたってか。オレたちゃ知らないうちに性生活の手助けをして、踊らされてたってか………ケケケッ……!んだよ…何だよそれ……結局ただの〇ッチじゃねーかァ!!ザケンのも大概にしろやぁこのメス豚がァ!!オレたちゃテメェの穢れた性活を支える財布じゃねーぞォ!!!」

 再び怒り狂い、暴れ出した。

「な~にがおめでただぁゴラァ!ただのデキ婚だろぉがァ!!なに良い感じに言ってふわっとさせてんだよォ!!何も変わっちゃいねぇよ!!現実見ろよボケッ!!」

「落ち着けって!あとそれブーメランだから!!お前にもブッ刺さってるから!!」

「ただテメェの紙より数百倍薄っぺらい貞操観念を世の人々にさらしただけじゃねぇか!!んなクソみたいなもんに公共の電波使うんじゃねぇぞ!!特別キドってんじゃねぇぞハゲ!!」

「それにはちょっと同意する!!」

「生まれる命に罪はない?産んだ方には大アリだろうがっ!!計画性もなくポンポンパンパン!ガキがガキ産んでどうすんだ!!二人の愛の結晶?穢れた性活の産物のマチガイだろォがよォ!!デキちゃっただけだろうがッ!!所詮ズ〇婚バ〇婚でできたガキなんざたかが知れらぁなっ!!怨むならテメェの汚家おやを怨むんだなぁ!!」

「待て!!色々マズイ!!色々マズイぞ!!」

「わたしのことは嫌いでも?最初から嫌いじゃボケェ!!テメェラみてぇなクサレ〇ッチ集団なんざなぁ!!祝ってもらえるとでも思ったかぁ!?代わりに呪ってやろう!!呪ってやるぞぉ!!!一家一族郎党まとめて呪って地獄に突き落としてやるからなァ!!!浮かれてられんのも今だけじゃあァ!!!」

「だぁー!!大村!!見てないで止めてくれっ!!おれだけじゃ無理だよっ!!」

 暴れ狂う佐倉を止めようと一人奮戦していたが、限界が来たようで、悲鳴に近い叫びで優斗に助力を求める。その要請に応えるように優斗はゆっくり立ち上がる。「すまん、佐倉」と謝ってボディーブロー。続けて顎にフックをキメた。

 不意打ちを喰らった佐倉は、それまでが嘘のように崩れて、静かになった。

 ふむ、コッチでも意外と出来るもんだな。

「お前…えげつねぇな…」

 崩れた佐倉を机にもたれかけさせると、恐れをにじませた。

「意外っつーか…想像できねぇーっつーか…」

「ああなったら口じゃ止まんねぇよ。殴った方が早い」

「すげぇ行動力だな…おれにはできねぇ…」

 奇妙な静寂が部屋に漂う。それを払拭するようにわざとらしい声を上げて、座った。

「しかしまぁ…すげぇな…」

 チラリと佐倉を見ながら言う。

「まぁそんだけ夢中になれるもんがあるのは良いことなんだと、前向きに捉えようぜ。じゃねぇと浮かばれない」

「熱狂っつった方がいいんじゃねぇか?」

「かもな。しかしとんでもねぇサプライズになったもんだ。感謝祭ってなんだっけ…?」

「てかさっきから気になってたんだけど、それTKGだっけ?アイドルか何かか?」

「TKDな。大村知らない?すげー人気でよくテレビにも出てるんだけどさ。ほら、握手会がどうのって言ってるじゃん」

「…あ~……なんか見た気がする。守銭奴のあくどい商法」

「…まぁ…そうだな…」

「それがアーティストを冒涜してるとかって言ってたな」

「なんでお前はそんな情報ばっか知ってんの?まぁそれはともかく、そこのメンバーの川崎朋子、通称ともピーが佐倉の推しメンなんだよ」

「推しメン?」

「イチ推しメンバーの略。お気に入りって考えればいいよ。その娘がデキ婚したらしいな、今の話だと」

 そう言ってケータイを操作し出した。

「ああ~やっぱりそうみたいだな。うわ、すげぇな、いっぱいだぁ」

 ホラ、と言って画面を見せてくるが、興味無いと言って断る。

「こりゃダメージでけぇよな…。結婚宣言で戦闘不能にされたところにデキ婚判明だからな。トドメ刺されて跡形もなく消し飛ばされたようなもんだよ。しかも奇襲。これはもう立ち上がれないかもしれねぇな…」

「そういうもんかねぇ…」

 不思議そうに言った。

「というと?」

「だって所詮アイドルとファンだろ?絶対に超えられない壁があって、その向こうにいるアイドルに向かって騒いでるだけだろ?付き合えるわけでも、自分のものにできるわけでもないのに」

「いや、まぁ…そうなんだけどさ…」

「で、その弁えを失くした連中がこうなってんだろ?ただのバカだろ」

「それを言っちゃあ…でもなぁ…」

「よくわかんないけど、そういうのはほどほどの距離ってのがあるんだよ。遠くから眺めてるくらいで丁度いいの」

「それがねぇ、できないもんなのよ。こうグッと心を掴まれて引き込まれるっていうか」

「そういう連中をターゲットにしてんだろ?人が持つ当たり前の欲望とか欲求を食いモンにして。金を出させて夢見させる、貢いでる間は自分を見てくれる、一種の詐欺さ。笑顔一つでバカな奴隷ファンどもから大金が転がってくんだから、いい商売してるよな」

「…お前なんでも素直に楽しめなさそうだな。そんな捻くれてると」

「いやいや、俺ほど純粋で素直な人間もいねぇって」

「どの口が言うんだよ!でよぉ…何の話してたっけ?」

「デキ婚がどうとか」

「ああ、そうだった。例えばさぁ、お前の好きな芸能人がいるとするじゃん?」

「そのともP?」

「ともピーじゃなくていいからさ、いるだろ?」

「いねぇよ。つーか誰もわかんねぇ」

「いると仮定して!で、その人が『結婚しました。現在妊娠二ヵ月目です。良い母親になれるよう、そして家庭を築いていけるように彼と力を合わせて頑張ります』って言ったらどうする?」

「勝手にどうぞって」

「ああ~…じゃ、じゃあお前の好きな人!誰でもいい!あ、恋愛対象な、その子が彼氏いないって言っときながら実はいたって発覚したらどう思う?」

「ん~…勝手な妄想に巻き込んで申し訳ねぇなって。誰と付き合おうがその子の自由なんだし」

「本心は?」

「死ねクサレ〇ッチ」

「だろ?そうなっても不思議じゃないっておれは言いたいのさ」

「ああ、そうか」

「本当のところ大村が言うように、誰と付き合おうが結婚しようが関係ないよ。でも心を動かされた分その反動が大きくて、なんか騙された気分になるんだよ。今までのは全部ウソだったのかってさ」

「なるほど」

 それならわかる気がする。

 たった一回の不祥事で、何かでイメージが崩れて許せなくなる。見たくない事実が発覚した途端、手の平を返し攻撃する。それまでの全てを否定し、嫌悪し、憎む。

 可愛さ余って憎さ百倍。

 全ては好きだったが故。

 そう考えれば同情してくる。

「佐倉、おい、佐倉」

 気絶中の佐倉を起こした。

「あれ…オレなんでここに…てか、ハラいてぇ…あと顎も…」

「気のせいだ。いいか、佐倉」

「?」

「お前の気持ちはわかった。確かにつれぇよな。結婚だけだったらまだ、時間はかかっても受け入れられたかもしれないけど、何段階もすっ飛ばしてぶち込まれりゃな。心中察するよ」

「…おう……」

「だがな、彼女はアイドルだ。アイドルっていうのは何よりもイメージが大事らしいな。そんな存在がこんな事しでかしたらその後はどうだ?関係各所、団体、業界、ファン等からのバッシングの嵐。グループ脱退、活動自粛、制限、制裁…等々。その内勝手に消えてくよ、お前が何もしなくてもな。再起は不可能だろうよ。掟を破った者には死あるのみ、いかなる弁明の余地もない。無様に消えゆく様を遠くからじっくり眺めようぜ」

 あくどい笑みを浮かべた。

「お、おい…トドメ刺してどうする…」

「そうか…そうか!そうだよなぁ!何でこんな簡単な事に気づかなかったんだ!オレってヤツぁ!!ありがとう大村!おかげで目が覚めたよ!」

「いいってことよ」

「よっしゃー!帰ったら全部捨てるぞォー!!いや、この手で破壊してやるよォ!!それがお前への最期の手向けだァ!!」

「窓開けて叫ぶんじゃねぇ!つーか大村、いいのかアレ?てかさっきのアメニウスだよな?ゴッドソウルの」

「まぁな。ああなったらヘタに慰めない方がいい、頑張れとか絶対言っちゃいけない。逆効果だ。それなら現時点での判断に賛同した方がいい結果になる…と思う。最終的にあいつが納得して立ち直ればいいだろ?どういう形であれ」

「あ、ああ…。うん?そういう…もんか…う~ん…」

 唸る今沢を横目に未だ叫ぶ佐倉を見つめ、二ヤリと笑った。









 翌日登校してきた佐倉は、まだ本調子にはほど遠いが最悪の状態は脱したように見える。あれならそのうち元通りになるだろうと優斗は思う。しかし今度はその代わりというように前の席の男が消沈していた。

「どうした今沢。お前までこの世の終わりみたいな顔して」

「……ああ、大村か。別に…なんでもねぇよ…」

「なんでもないようには見えねぇから言ってんだよ。おら、言ってみな?気になんだろ、気になって睡眠学習できねぇよ。ほら、オッチャンに話してみ?」

 しばらくの沈黙の後、息を一つ吐くと話し始めた。

 どうやら朝の番組を担当していたアナウンサーが結婚の発表をしたというらしい。正直昨日の今日でまたかと思った。不幸な出来事っていうのは連続して起こるもんなんだなぁ、とズレた感想を抱いたのは関心がないためか。まったくどいつもこいつも。

 アイドルやアナウンサーのどこにそんなに入れ込むのか理解不能だ。アイドルはまぁまだわかるとして、アナウンサーなんてテレビに出てるだけの会社員だぞ。テメェラのお父さんお母さんと同じだぞ、それがテレビに出てるだけだぞ。そう考えたらどうだ、正確に距離を認識できる気がしないか。とまぁこのように思うが、こんなことは今の今沢には言えない。死体蹴りみたいなもんだ。

 どう声をかけたらいいものか。

 誰かに奪われたという憎悪、その人を失ったという喪失感。

 しかし本当に好きなら、その人の幸せを願うのなら、笑顔になれなくても、今は無理でも祝福してあげて。好きだった気持ちを黒く染めないために、素敵な思い出に、キレイなままでいるために。などとキレイ事をほざく昨今の風潮やドラマ、小説に影響され、洗脳され、それが美徳だと思わされている。

 何もわかってないな、反吐がでらぁ。そんなのは結局自分が犠牲になるだけじゃねぇか。欲しいものは手に入れられないまま、他の男と一緒にいるところを、笑い合ってるところを見てるだけじゃねぇか。笑顔張り付けて、心で泣いて。恋愛なんて報われないって?誰かが犠牲になるもの?だとしてもそんな報われない話なんてゴメンだね。やっぱりハッピーエンドじゃないと。

 誰が?主人公おれがだよ。

「まぁ最悪の事態じゃなくてよかったんじゃねぇの」

 しかし今回のそれとは関係ない。

「デキ婚とか隠し子じゃなかっただけマシって思えば」

「…それはあまりに極端すぎじゃ……」

「まぁ元気出せやっつーわけだ。大丈夫、明日にはどうでもよくなってる」

「そうか……」

 その気持ちはわからないが、友達として元気づけたいという気持ちはもちろんある。これで少しは元気になってくれればいいんだけど。

 今回は段階を踏まえたので、何も言えないんだろう。不満のぶつけようもないから、抱えるしかなのか。つーか、そもそもそんなの一々報告する必要ねぇだろって思うのは俺だけか?本当に勝手にどうぞって思うし。知りたくもないし、公共の電波や機関をそんなことに使うなよな。とは言わない方がいいかな。

「なんかさ、自分のものだって思ってたんだけど、他にも見てる人がいるんだよな…」

 そりゃテレビだからな。

「おれたち置いてどんどん先に行っちゃってさ…。なんか別世界の人っていうか…。お前も気をつけろよ…油断してるとあっという間に横から掻っ攫われるぞ……」

「大丈夫だ、俺はアイドルやアナウンサーには恋しねぇから」

 軽く流したが、何故かその言葉が耳から離れなかった。


 この日は終始今沢の元気がなく、まるで使いものにならなかったため、放課後の練習はキャンセルになった。俺だけ練習してもよかったんだけど、そういう気にはなれずにそのままにした。

 帰宅し部屋に戻ると、すぐに三種類の単行本を取り出し、ベッドに置いた。その一冊を手に取り、ページをめくった。

 全ての単行本を読み終えると傍らに置き、寝転がった。

 今改めて読んだことで、数々の出来事が鮮明によみがえってくる。そしてもっとも関係の深い人々。レイラ、久美、アリサ。彼女たちの声や仕草も同時に。

 会いたい。会ってもう一度その身に触れたい。声を聞かせてほしい。俺の名を呼んでほしい。思い出のなかだけではなく、現実で。

 しかし彼女たちに会うということは、同時に他の要素にも触れる。敵視される中に舞い戻り、気に食わないヤツと仲良くしなければならないことを意味する。そんな中に再び飛び込んでいったのなら、今度はどうなるかわからない。その先が来るのを信じて耐えられるか。けれどやっぱり会いたい。

「どうすりゃいいんだよ……」









 金曜日の昼休み、優斗の姿は今沢とともに第二部室にあった。ここ最近この場所に来ることが当たり前になり、まったく違和感や居心地の悪さを感じなくなった。前は今沢といてもビクビクオドオドしていたが、今では堂々と入れるようになった。

 以前と見違える変化もありながら、一人の時は、細心の注意と最大の警戒をもって室内の様子を確認するというように、完全には部員として振る舞えていない。果たして自他ともに部員として認められるのはいつの日か。

 二人がくつろぎ始めたところに佐倉がやってきた。この男もよくここを訪れる。なんだったらもう部員じゃないかと勘違いされてもおかしくないほどよく来る。しかし優斗か今沢がいなければ入らない辺り、きちんと弁えている。

 佐倉は床にカバンを置くと、中から厚めのカラフルな雑誌を取り出した。

「あ!お前それ!」

 優斗が指摘したそれは、彼も購読している週刊誌だった。

「いいだろ!どうしても読みたくてさ、学校来る途中で買っちゃったよ!」

「いいのかよ、仮にも学級委員が」

「バレなきゃいいの」

 開き直ると背もたれに背中をあずけて読みだした。

 佐倉も今沢も、あのショックから少しずつ立ち直ってきているようだ。たまに佐倉は不気味な笑みを浮かべ、今沢はどこか遠くを見つめるような表情になる。しかしそれくらいなら許容範囲内だろう。その内戻る。俺もこういうことができたんだなぁと感心する。

 しばらく今沢と雑談するが、次第に意識が佐倉の手にあるブツにいく。

「どんな感じになった?」

「…オレ?なにが?」

「フォルトニルとマジックエンブレムとデビルイーター」

「まだそこまでいってないよ」

「早く読めよ。気になんだろ」

「買って読め」

「今は無理だなぁ~読みたくても読めないなぁ~。今は買いに行けないしぃ~ここにあるのがそれだけだしぃ~佐倉が見てるからなぁ~」

「ウゼェよ!読めないだろ!」

「ああ~!いいのっかなぁ~言っちゃおっかな~。センセェ!佐倉くんが何かコソコソ持ってきてます!参考資料かもしれないのでイチオウ確認してみます!ってさ~」

「わかったよ!ちょっと待ってろ!今読むから!」

 そう言うとパラパラめくって探し始めた。

「ヒュオオー ヒュルオー  ハァ…ハァ…!どうだ!  あれだけの連撃だ、無事じゃ済んで…」

「おい」

「フッフッフ…ハッハッハ…!ハァーッハッハッハ! ブワァ!!残念だったなァ!効かん!効かんぞ!その程度の攻撃がこのオレに通用すると思ったか!  な…!  クックック…それでは虫一匹殺せないだろうなぁ」

「おい」

「バ、バケモンが…! ザリッ  では今度はこちらからゆこうか 攻撃というものを教えてやろう…! ブワァ! ドシュウウウ!!」

「おいって!」

「なんだよ!今読んでやってんだろ!黙って聞けよ!」

「誰が読み聞かせろっつったよ!効果音までいれんな!ウゼェ!!」

「いや、おしゃれかなって」

「どこがだ、ズレまくりじゃアホンダラ。もういいから、黙読してどんな感じだったかだけ言ってくれ」

 今度はボケずに黙って読む。そして言われた通りの場所を読み終わると、パタンと閉じた。

「で、どうだった?」

「なんつーかさ…展開が遅いっていうの?あんまり話が進んでないんだよね」

「…どんな感じ……?」

「基本ルーギたちが一方的にやられてるだけ。画だけ使いまわしてるような感じで…あんまり入ってこないな…」

「つまらんの?」

「オレ的には」

「まぁ作者も忙しいんだろ。それより今の聞いてるとアレ思い出すんだよ。前回のあらすじがメッチャ長くて、同じところ使いまわしてる…なんだっけ?あヤベェ!ド忘れした!」

「…ドラ〇ン〇ール?」

「そうだ!ド〇ゴ〇ボ〇ル!」

 それだ!と優斗に同意した。

「あ~そうかも。なんかさ、展開が遅いのってそれだけ細かいのかもしれないけどさ、進展がないから飽きるんだよね」

「それわかるかも。もっと早くしてほしい時ってあるよな。そこはもうわかったから!次行って!みたいな」

「そうそう。あんまりボコボコにやられてるとこって、見たくなかったりするんだよね。その分反撃が盛り上がるんだろうけどさ」

 佐倉と今沢が盛り上がっている間、優斗は「展開が遅い…進展がない…」小さく反芻し、何事か考えていた。






 それから一週間が過ぎた土曜日、半日授業を乗り越え部活を終わらせたりと、いつも通りの日程を終えた。時刻は四時三十分を少し過ぎたところ。季節のおかげかまだ昼間のように明るい。

 優斗は自転車を置くと家には入らず、そのままある場所に向かった。

 徐々に見える緑が増え光を遮り始めるが、心細くなるということはない。まだ明るいとはいえ、場所が場所なので人の姿はない。もしいるとしたら、それはおそらく――――

 歩を進めていくと鳥居が見えてくる。そしてその足元には、この風景には似つかわしくない漆黒の洋装に身を包んだ男、カムゴがいた。

 カムゴは、まるでここに来るのをわかっていたように優斗を迎えた。

「来て…いただけたんですね…」

 笑みを浮かべているが、どこか申し訳なさそうな様子だった。

「よかった…。顔色も良くなられたようで私もほっとしました」

「すまんな、心配かけた」

「いえ、謝るべきは私の方です。私の好奇心のために、大村様をあのような目に遭わせてしまい…。なんと謝罪したらよいのか…」

「謝る必要はねぇよ。あれは俺がやりたいっつって勝手にああなっただけ。お前は俺の願いを叶えて、連れて行ってくれた。それに感謝こそすれ、怨んだりはしないさ」

 だから気にするな、とやさしく言った。

「…ありがとうございます」

 カムゴは深々と頭を下げた。

「いいって、またよろしくな」

「はい。私の方こそよろしくお願い致します」

 お互いしっかり顔を見た。

「じゃあよろしくついでに一つ聞きたいんだけどさ」

「なんなりと」

「サンキュー。俺さなんであそこでダメになったのかずっと考えてたんだよ。それだけじゃなくて、全体的に思ってたんだけどさ―――」

 そう言って、この一週間考えていた案を話した。

「展開を早める…ですか…」

 優斗の話を聞き終わり呟き、顎に手を添えて思案し始める。

「ああ、時間の流れとかじゃなくて、例えばこのイベントの時とか、それに関連する出来事の時とか、ちょっとした時みたいな感じでさ。どうだろ?できねぇかな?」

 カムゴは鳥居を眺めた。そして優斗と交互に何度か見ると口を開いた。

「…私には出来ません……」

「…そうか」

 どこかでそれは出来ないかもしれないと思っていたので、それほどダメージはなかった。しかし改めて言われると多少のショックはある。

「私一人なら」

「…は?」

「私一人の力では出来ませんが、大村様のお力があれば可能です」

 固まる優斗に対し、得意そうに言った。

 カムゴの言葉の意味を理解した優斗は、こいつ、謀りやがった、と二ヤリと笑った。

「じゃあ俺は何をすればいい?」

「大村様の望む世界を思い描いてください。あとは私が」

「わかった」

 カムゴとともに鳥居の前に移動し、目を瞑りイメージした。

 しばらくするとカムゴは何事か唱え始めた。すると結界のような、水面のようなものが現れ、その中に何かの景色が見えた。やがてそれが治まると息を吐いた。

 カムゴに促され目を開ける。これで準備は整った。

 こっちに戻ってきて二週間、最初はそれまで当たり前だった家や学校など、何もかもが懐かしく感じた。何もない休日、今沢や佐倉と笑い合った休み時間、あんな風に何気ない日々を過ごしたのは、何の力もない俺で過ごしたのは本当に久しぶりだった。おかげでかなりリラックスできた。完全ではないがかなり癒されて。

 だが、それだけだった。イベントもアクシデントも、楽しめるものは何もない。

 朝起きて、学校に行って、寝る。それをひたすら繰り返す。休日はボーっと何もせず、何も起こらずに無駄に過ごす。そんな風に予定通りに、起伏もなく、流れてゆく様を日常とよぶのかもしれない。

 しかしそんなものは退屈すぎる。何の面白味もない。身体が心の奥底から震えるような衝撃、刺激、高揚感。決定的に足りないのだ。何もかもが。

 あんな世界を知ってここにいる現在いま、尚更強く感じる。

 規則通りの生活に嫌気が差し、繰り返しの日々を嫌がったのは、変化を望んだのは、行くと決めたのは誰だ?俺だ。まぎれもない、この俺。それを改めて認識した今、途中で投げ出すことはやはり俺が許せない。

 自分で決めた以上、その務めは最後まで果たさなければならない。

 これが最後だ。

「本当によろしいのでしょうか…?」

 カムゴが心配そうに言う。優斗の身を案じているのが態度からでもわかる。

 あの時はロクに話を聞かなかった。何でも出来ると思いあがっていた。俺なら何があっても大丈夫だと思っていた。今はその浅はかな考えで動き、カムゴに心配をかけてしまい申し訳ない。彼を裏切るような事をしてしまった。

「…心配してくれてありがとな。こんな勝手な真似して、その挙句あんな目に遭った。お前の忠告を聞かなかったばっかりに。本音を言えば怖い、またズタズタにされるんじゃないかって…。…けど、来るべき先のために、勝手ながらお前にも協力してもらった。…次は成功させる。このまま終われるか」

 力強く言った。

「大村様…わかりました。ならば私は持てる全ての力をつかい、大村様をサポートさせていただきます」

「頼りにしてるぜ」

 優斗とカムゴはがっちり握手を交わした。

 そしてカムゴの肩に手を置くと、輝き始めた鳥居をくぐった。その向こうある世界へ。

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