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次元の魔法   作者: キート
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16/20

もう耐えきれない

「じゃあ本日はここまで。各自、次回までに復習しておくように」

 授業終了を担当教員が告げると、教室内は途端に騒がしくなる。それにリュウキは眉間に皺を寄せるが、気持ちはわからないでもないので、不満はあっても文句は言わない。

「やっと終わったね~」

 そんなリュウキの心情を察してかヨウカが声をかける。隣で授業を受けているが、二人とも真面目なので、授業に関わる事以外では互いに一言も言葉を交わさない。だからといって、真面目に聴いているかといえば必ずしもそういうわけではない。

「ああ、じっとしてるのは退屈だよな」

「だよねー、アタシも体を動かしている方が好きだな。座ってじっとしてるとなんかソワソワしちゃうし」

「落ち着きがないよな。隣にいるからすぐにわかるぜ、こいつ見た目だけだってよ」

「アンタにだけは言われたくないわよ。一生懸命黒板見て話を聴いてると思ったら寝てるし」

「わからないもんだろ?アレ。習得するの苦労したんだぜ。たまに頭がガクンってなるけど」

「そんなくだらないことに集中してるんだったら、新しい技や戦術考えてる方がよっぽどマシじゃない?」

「なるほど、お前はいつもそうしてるのか。人って見かけによらないねぇ」

「アンタねぇ…」

 そんなやり取りをしながら廊下を歩く。次の時間、互いに授業がないためどこかで時間を潰そうかなんて話をしている。いつも通りの穏やかな日常。しかしそれはつかの間の出来事に過ぎず、いつだって突然終わりを迎える。

「リュウキ!ヨウカ!」

 二人の名前を大声で呼びながら、ポルナンが切羽詰まった表情で駆け寄ってくる。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「招集だ、すぐに先生のところに」

 ポルナンの一言に、瞬間的に表情を引き締める。それだけでわかる。

「わかった、オレは先生のところに行く。ポルナン、他はどうなっている?」

「アクティスにはさっき会ったから言った。アリサはまだ」

「じゃあヨウカもアリサを探してくれ。見つかっても見つからなくても五分後には先生のところに向かってくれ。それでアイツは…?」

『アイツ』という単語が出た瞬間、ポルナンも、言った本人も顔を曇らせる。しかし触れないわけにはいかない。

「…まだだ。アイツのいそうなところの見当もつかねぇ」

「そうだな…、とりあえず二人はアリサと…ユウトを探してくれ」

「…やっぱり探さなきゃダメか?」

「ポルナン、人に好き嫌いがあるのは仕方がないが、任務にまで持ち込むな」

「っ!わかってるよ!」

 そう言うと二人を通り過ぎ、ユウトとアリサを探すべくまた走り出した。

 ポルナンの気持ちもわかるが、同じ隊のメンバーである以上声をかけないわけにはいかないし、仮に見つからなかったとしても最低限の事だけはしなけれなならない。ヤツが協力的でないとはいえ、それとこれとは別問題だ。しかしそう簡単に割り切れないのが人間。現地に行った時のことを、これまでの過程を踏まえて考えれば呼ばない方が良い気もする。

「大丈夫?」

 そんなリュウキを心配するようにヨウカが声をかける。

「ああ、大丈夫だ。それより二人を探してくれ、あまり時間がないからな」

 しかしそれはあくまでも個人的な意見。今この時は山縣隊をまとめるリーダーとして振る舞わなければならない。

 気持ちを切り替えると、自身は山縣の元に向かった。







「全員揃ったわけじゃないが時間がない、簡単にだが説明をする。よく聞いてくれ」

 リュウキ、ヨウカ、ポルナン、アクティス、そして最後にやって来たアリサたち五人に向けて説明をする。その表情は全員緊張がにじんでいて、山縣の話を一言も聞き漏らすまいと集中している。

 結局ユウトは見つからなかったが、事は一刻を争うため捜索は打ち切られた。時間がないとはいえ、そしてあまり良い印象を持っていないとはいえ、それでもユウトがいないことに物足りなさや申し訳なさを感じながらもそれは言わずに黙って聞く。

「準備はできているな。それでは今からニイバナ地区へ向かう。何か質問はあるか?」

 それにアリサが手を挙げた。

「あの…ユウトはどうするんですか…?」

「…いないところでこうして話をしているのも仲間外れにしてるみたいで悪いとは思うが、今は時間がない。あいつもそれはわかってる。…あいつには俺から言っておくが、もし会ったらアリサからもフォローしてやってくれ」

「…わかりました」

 仕方がない、自分たちはハンターを目指す者たちだ。優先順位は人命の救助がトップにくる。そのためには、どこにいるかもわからない仲間を待っている暇はない。その間にも救えたはずの命が失われ、奪われてゆくと考えればやるべきことは明白だ。

 わかってる…

 だけどこれでいいの…?




 山縣を含めた六人は急いで門に向かう。その誰にも焦りや緊張が見て取れる。先ほど言われたように今から行われるのは演習ではない。任務、実際の戦闘だ。何が起きるかわからず、何が起きてもおかしくない。そう考えただけで嫌な汗がにじんできて、体が強張る。恐怖がむくりと鎌首をもたげて、今にも飲み込まれてしまいそうになる。そうなったら任務どころではない。そんな葛藤や不安を心の奥に押し込める。

 任務前はいつもこうなる。何度経験しても慣れることがない。

 とにかく今は自分を見失わず、やるべき事をきちんとやらなければ。そう意気込んだ矢先、山縣が急に立ち止まった。つられて彼らも足を止める。いきなり出鼻を挫かれた気分になり、どうしたのか声をかけようとしたが、誰かがこちらに向かってくるのが見えた気がして視線をそちらに向ける。

 そこにいたのは危惧し、捜していたユウトその本人だった。

 こんなところにいたのかと見つけたことに安堵するが、はたと疑問を感じた。

 なぜヤツは反対から来たのだろう。

「丁度良かった、ユウト、今から任務だ。すぐに行けるか?」

 ユウトは山縣の問いかけには答えず、彼らの前に何か投げて寄こした。

 全員がそれに注目する。何だろう、これは。なんかどこかで見たような…よく知っているような気もするけど…

「…指か…?タリガミの」

 若干の疑問を孕みつつも確信を持ったように言う。山縣の言葉にリュウキたちは驚き、もう一度よく見る。

 タリガミ、今回の任務のターゲットである邪神の名前だ。トカゲのような見た目で、口から神経を麻痺させるガスを吐く危険な邪神だ。その見た目から気味が悪いと評判なのだが、一部ではキモカワイイと噂され、愛好家がいるとかいないとか。

 山縣はこの目の前にある物体をタリガミの指と言った。それはすなわちターゲットの殲滅が完了し、任務達成を意味する。

 このように討伐報告をする際、物証となるようなものを持ち帰ってくることがある。死体を持ち帰ってくるわけにもいかないし、その方法もないからだ。その物証を見せて、自らの狩猟や任務を完了させた証としている。

 ユウトのように体の一部を斬り取り、持ち帰る場合もあるとは聞いたが、実際それだけを見るとなかなかにインパクトがあり、気分が悪くなってくるようだ。なかには文字通り首を手土産にしてくる者もいるというのだから恐ろしい。もし単体で首から上だけを投げて寄こされでもしたら失神する…とは思いたくないが、どうなるか想像もできない。

 体の一部を斬り取り、それをこうして提示するということは、討伐してきたことを意味する。しかし残虐性や常人には理解できない思考の持ち主というレッテルを張られてしまう。そのため今ではほとんど行われていないと聞く。

 実際リュウキたちは今まで以上にユウトを恐ろしく感じた。

「これはどうした?」

 それでも聞かずにはいられなかった。というよりも信じられなかった。自分たちとは少し違うだけだと思いたかった。そして何より―――

「片づけてきた」

 一言そう言うとあごで示す。目の前にあるものが全てだと言わんばかりに。

 ユウトという人間の強さは、まだ短期間しか共にいないが知っている。実際に二回も戦っているので実体験としても。悔しいがオレではまだ足元にも及ばない。そして身をもって知ったその強さも、コイツの中ではほんのわずかなのだろう。その力の全貌は計り知れないし、想像もできない。アリサの話を聞く限りでは、そこら辺の邪神程度では相手にもならないようだ。

 タリガミは、どちらかといえば強いというより厄介という感じだ。動き自体は鈍いため捉えやすく、そこまで苦戦する相手ではない。だが麻痺ガスを持っているため、対処を間違えると急激に危険度が増してしまう。しかしそこさえきちんと対応すれば、さほど脅威ではない。だからといってこんな短時間で倒せる相手ではない。仮にも邪神と呼ばれる存在だ、その力も危険度も、生命力も通常の生物とは比較にならない。

 そんな相手を…

 任務はどんなものであっても時間がかかるものだ。報せが入り、準備、移動、監視、調査、そしてもっとも重要な戦闘、これらが含まれる。そして一番時間がかかるのは、ものにもよるが戦闘である場合が多い。

 タリガミ出現が確認され、自分たちに報せが来るまで、時間はそうかかっていないはずだ。仮に学園のすぐ近くだったとしても、せいぜい往復するのがやっとだろう。

 つまり不可能なのだ。この短時間で討伐し、戻ってくるなんて芸当は。

 どうせ指だけ斬り落として持ってきたんだろう、そんな考えが浮かぶ。まだ邪神は生きていて、暴れ回っている。指だけ斬るのは難しいだろうが、決して出来ない事ではないだろう。その方がまだ現実味がある。

 否定したい気持ちでいっぱいだ。口からついて出そうになる。しかしそれが出来る雰囲気ではない。そして何よりコイツだったら本当にやってしまうかもしれないという思いが捨てきれないのだ。

「…まぁ証拠がここにあるんだ。確認に行く必要もないだろうな」

 重苦しい空気の中、山縣が口を開いた。

「よし!出撃する気満々、気合を入れてきてもらったところ悪いが、その必要がたった今なくなったみたいだ。ご苦労だったな!各自これから自由に過ごしてくれ!それじゃあ解散!」

 明るく言うが誰も動かず、微妙な空気が場を支配し続けている。

 ま、仕方ねぇか…。言った本人ですらこう思っているのだ。とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかない。

「あ、そうだ。ユウトは俺と来てくれるか?今回の事についてちょっと話を聞きたい」

 自分が動いた方が彼らも動きやすいだろう。もっとも理由はそれだけではないが。

 ユウトは頷くと、彼らの間を通り山縣と共にその場を後にした。

 彼らの前にあった邪神の指は、いつの間にかなくなっていた。













 最近やたらと視線を感じる。どこに行っても、何をしていても。それがないのは自室に戻った時ぐらいで、一歩外に出ればもう誰かが見ている。もっともその誰かは既にわかっているのだが。おかげで何もできない…わけではないが、それなりに行動は制限させられる。気になるし、面倒だとは思うが、ここまであからさまだと、却ってそれほど不快だと思わないから不思議だ。

 立ち止まり、少しだけ背後を見る。見つかってはならないと思っているのだろうその影は、障害物となるような壁のへこみに身を隠す。じっと見つめ、しばらくするとユウトは歩き出す。それを見た人影も同じように歩き出す。

 …あれで見つかっていないと思っているんだから、おめでたいというか、なんというか…。そう思うが見つかるか見つからないかギリギリのところで、もしくは完全に影から監視されるよりかはよっぽどいい。ただどうせやるならもっとバレないようにやれよと思う。それかもう堂々と姿を見せるか。

 あの任務の日以来ユウトの周りに変化が起こった。それが今まさに実行中である尾行というか監視だ。それはリュウキたちによる話し合いで決まった。勝手な行動を取らせないように見張る、普段どんな行動をしているか知る、その強さの秘密は何か探る、という意味がある。その日ごとにメンバーが変わり、今日の当番はポルナンである。方法は特に決まっているわけではないため、各個人ごとのやり方に任される。

 これまでに三人がすでに担当している。そのいずれも不慣れなため、開始十秒と持たず、撒かれてしまった。しかし諦めず、もはや執念で、その日だけで何度もチャレンジに来られたので、しまいには根負けしてしまった。ヘタに刺激するより、やりたいようにやらせる方が諦めもつくだろうと思ったのも理由ではある。そしてその翌日も人が変わり、微妙にやり方が変わっただけで同じように行われたので、もはや気にしないことにした。

 ただ今日のポルナンのようにここまで下手だと気にするなという方が無理な話だ。慣れていないから仕方がないが、もうちょっとなんとかならないものだろうか。

 特に何かを気にすることもなく歩き回り、時折立ち止まる。ほぼその繰り返しだ。何をするでもどこかに向かうというわけでも、誰と話すということもなく、ただひたすら歩き回っている。いや、ウロウロしているといった方がいいか。ただ単に時間を潰しているだけか?ヒマそうにしやがって。それともオレの尾行がバレて…い、いや!それはないな!そんなはずはない!確かに一瞬バレたかもとヒヤッとしたが、今のところまだバレた様子はない。もし気づいたのならこんなにのんびりしているはずがない。振りきるか、こちらに向かってくるか、それぐらいはするヤツだろう。

もしかして気づいたうえで、あえての知らないふり…?それもないな!うん!絶対ない!…じゃあ何してんだ?ただのヒマ人か?

「ねぇポルナン」

「うひょおう!?!?」

 自分の世界に入り込んでいたために、ヨウカの接近に気がつかなかった。おかげでヘンな声を出してしまい、慌てたヨウカが静かにするように促す。誰のせいだと思ってやがるんだ、このアマ…!

 そーっとユウトを覗いて見るが、特に反応はない。どうやらバレていないようだ。

「で、どうした?時間はまだのはずだろ?」

 今日の当番はポルナンではあるが、一日全てというわけではない。それぞれ取っている授業が異なっているので、一人でやるのは限界がある。あくまでも主に担当する人が当番ということになっている。そのため次に授業や何か用事がある時は、手の空いている人と交代し、支障が出ないようにしている。ついでの休憩も兼ねている。もっともポルナンに限って言えば、それだけが理由ではない。

「アンタこういうの苦手じゃない?ボロ出す前に代わっとこうと思って」

「オレがバレるわけないだろ!今だって…全然大丈夫そうじゃねぇか!」

「バレるわけない…ねぇ…」

 ユウトを見た後、ジトッとした目をポルナンに向ける。

「な、なんだよ…」

「べつにぃ~、アンタらしいよねって話!」

「おい!それどういう意味だよ!」

 食ってかかろうとするポルナンをなだめる。このまま騒いでいたら逃げられてしまうかもしれない。騒いでいなくても逃げられたのだ。それでは何のためにやっているかわからなくなる。

「まぁそれは半分冗談として、そろそろ疲れてきた頃かなって思ってさ。ちょっと早いけど交代しようよ」

「まだまだ大丈夫だよ!…って言いたいけどさすがに疲れたわ。慣れないことはするもんじゃねぇな、主にメンタルが」

 じゃあよろしくと言って、足取り軽く去っていった。解放されたことがよほどうれしいのだろう、普段なら絶対しないスキップまでしている。リズム感が壊滅的で、すさまじくバラバラで見るに堪えないが、本人が楽しんでいるようなので良しとしよう。世の中知らない方が良い事もある。

 まぁ気持ちはわからなくはないけどね…

 内心同意すると物陰からこっそりユウトを見る。先ほどから動いた様子はなく、じっと風景を眺めている。陽気な気候のため、気を抜くとうっかり眠ってしまいそうになる。そのぐらい穏やかな時間が流れている。

 あんな態度をとっているけど、尋常じゃないくらい強い。あんまり仲良くする気はなくて、何を考えているかわからないけど、こうしていると普通の人に見える。ユウトの意外な一面を見た気がした。

 この辺りは邪神の出現率が低いとは言わないが、高くもない。少し高いといったところだ。そのためそう頻繁に出撃要請があるわけではない。また、ここには様々な隊や人がいるので、必ず山縣隊が担当するわけではない。その辺りの事情もあって出撃する機会というのは限られてくる。

 任務となれば常に危険にさらされ、緊張感がまとわりつく。それはいつまでも変わらず、慣れることがない。その反動で普段は思いっきり怠けたり、だらけたりする人もいる。それをわかっているため、教員たちもあまり口うるさく言わない。もちろん全員ではない。

 任務だけでなく、実技や座学と学園での生活は何かと忙しい。けどたまにはこうしてゆっくりするのもいいよね。こうして何もしないで穏やかに時の流れに身を任せて、一日を過ごせるのって贅沢だよね。

 ゆるやかでいいねぇ、なんだかほっとするよ…っておばあちゃんかよアタシはっ!

 ヨウカが一人で盛り上がっていると、背後から自分を呼ぶ声がした。

「あれ?授業に行ったんじゃないの?」

「招集がかかった、すぐに先生のところに行くぞ。あとはオレとお前だけだってよ」

「わかったわ」

 決して多くないとはいえ、邪神はいつ出現するかわからない。以前深夜で、もうすぐ寝ようかというところで、招集がかかったこともある。熟睡中にたたき起こされて、寝ぼけ眼をこすりながら向かったこともある。それを考えればかなりマシであるが、もう少しこうしていたかった。

 これまでの平和な時間が一気に凍りついた。

「じゃあ彼にも」

 今まで見張っていたユウトにも当然伝えなければならない。息を合わせるためにこうしているのだ。ユウトの方に顔を向け、向かおうとする。

「…え?」

 しかしそこにユウトの姿はなかった。一瞬現状を受け入れられず、呆けたが、すぐに周りをキョロキョロし出すがやはりいない。

「ウソ!?いない!!」

「ハァ!?んなわきゃあるかい!!さっきまでそこに…っていねぇぞ!?」

「だからさっきからそう言ってるでしょ!」

 ポルナンもユウトがいなくなったことがわかると慌てる。確かに今の今までここにいたのだ。しかしどうだ、そのユウトはいなくなり、自分たち以外には誰もいない。

「…さっきポルナンと話している間に……?」

「んなバカな!オレと話してたっていっても、伝令を伝えただけのほんの一瞬だぞ!?」

「一瞬でも何でも今いないじゃない!!ってこんな事してる場合じゃないわ、すぐに追いかけましょ!」

「追いかけるっつったってどこに行ったかわかんねぇだろ!」

「そんなに遠くには行ってないはずよ!アタシはユウトを探すからポルナンはみんなのところに行って!」

「よっしゃ!任せろ!」

 そう言うと二人は慌ただしく駆け出していった。まさかとは思いたくないけど、まさかね…










「なんでこうなるんだよ!邪神を相手にする前に仕事増やしやがって!」

「んなこと言ったってしょうがねぇだろ!!学園にはいなかったんだからよ!」

「元はといえばお前がポンコツなのが悪いんだろうが!!やっぱりお前は外しとくべきだったわ!」

「なにおぅ!!」

「やめなさいって!アタシが目を離したのがいけないんだし…」

「…いや、一番悪いのは元凶だよ」

「とにかく今は早く追いつこうよ、まず間違いなくそこにいるだろうし」

「…早くしないと行き違いになっちゃうよ」

 山縣隊の五人はある場所に向かっていた。ユウトに逃げられたヨウカは、あれから学園中を捜し回ったが見つけられず、リュウキたちと合流した。ここまで前回とまったく同じ流れになっていることに気づいた彼らは、反省を後回しにして、急いでユウトを追いかけた。

 行き先はわかっている。仮にいなかったとしても、邪神を放っておくわけにはいかないので、どっちにしても行くことにはなる。

 今回邪神が現れた場所は、サテイナ地区という今は住人が一人もいないゴーストタウンだ。学園からそれなりに距離があるため、前回のように出撃する前に討伐して戻ってくるという真似は出来ない。直前までヨウカが見張っていたためでもある。必ずどこかで出会うはずなのだ、最短ルートであるここを通っていれば。

 邪神とユウトの事を考えてひたすら前に進む。

 視界が開けてくると、廃墟と化した街が見えてきた。ここもかつては栄え、人々が生活を営んでいたのだろう。そう考えると胸が張り裂けそうになる。半ほどまで差し掛かると、人の気配がした。周辺を探り、目を凝らして見ると、前方に人の姿が見えた気がした。彼らはその正体を確かめるために足を止めた。こういう危険な場所に人がいるというのは珍しい、しかし人によってその意味合いが変わってくる。民間人であるなら当然避難させなければならない。だがこれが自分たちのような人や、ハンターであるならばいても不思議はない。もしそうなら何か情報を知っているかもしれない。いずれにしても、それを確かめる必要がある。

 どうやらこちらに向かってきているようだ。あまり考えたくないが、あまり友好的ではない人であった場合、攻撃を仕掛けてくる可能性があり、最悪戦闘に突入してしまう恐れもあるため油断はできない。ひそかに二手に分かれ、いざという時に備える。

 しかしその姿が徐々に鮮明になってくると警戒を解き、張りつめた空気が一気に抜けていった。

 その人物とはお尋ね人であり、懸念していた件の人物、ユウトだった。ユウトは何事もなく、特に気にする様子もなく、一定のペースでこちらに向かっている。

 まだ学園内で捜索中の時、リュウキたちがヨウカの元に装備品を持ってきた時のことだ。捜しても見つからないとリュウキに伝えるが、その時場にいた隊員はみな同じことを思っていた。伝えているヨウカですら伝えながら思っていたのだった。

 ユウトはもうここにはいない、邪神討伐に向かったのではないか。

 誰一人として口には出さなかったが、確信めいたものが彼らにはあった。そのため自分たちとは反対の方向からやって来て、こうして外であっても、ああやっぱりな、と思うだけで特に驚きというものはない。

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 そんな皮肉をリュウキは言うが、特にリアクションすることもなく、一定の距離を開けて向き合ったままでいる。

「知ってるか?この先で邪神が現れたんだってよ。今から行くところなんだが、お前も来るか?」

「…必要ない、既に存在していない」

 そう告げると彼らの真横を通り過ぎようとする。

 これも想像通りだった。確認した訳ではないので、はいそうですかわかりました、と簡単に納得してはいけない。しかしコイツが何もせずに帰ってきたとは考えにくい。いけ好かないが嘘でもそんなことを言うヤツではないことはわかっている。とはいってもやはり信じ難い。このわずかな時間で討伐してきたなんて。

 だがそれ以上に疑問がある。

 何故コイツは邪神の出現、出現場所がわかったのだろうか。

 ヨウカはポルナンに伝えられて、初めて邪神出現を知った。そしてコイツには伝えられることはなかった。いや、伝えることができなかった。なぜならその時にはもう姿を消していたからだ。

 全てではないが、前回と似ている。

 離れた場所から誰に教えられることもなく、邪神の気配を察知するなど可能なのだろうか。

「お前はどうしてわかったんだ?邪神の出現に」

 自分のすぐ横を通り過ぎた直後、リュウキは振り返ることなく尋ねた。

「…わかるだろ、あれぐらい」

 立ち止まったが、リュウキと同じく振り返らずに返事をした。しかし答えになっていない。

「それはお前だからわかるのか?それとも何か他にあるのか?今のじゃあ納得出来んぞ」

 当然更に追及する。謎だらけなのだ、このユウトという人間は。そのセンサーみたいなものの正体が判明すれば多少はコイツの事もわかるだろう。そんな気がする。

「…詳しい事は山縣先生に聞いてくれ、それならお前も納得するだろ」

 そうはぐらかすと結局答えることはなく、また歩き出してしまった。こっちが色々知りたいとはわかっているはず、だが簡単には答えないというのか。やりにくいことこのうえない。

 おもしれぇじゃねぇか。リュウキは不敵な笑みを浮かべた。

「リュウキ、わたしはユウトと一緒に戻る。誰かが付いていないといけないし。リュウキたちは一応確認に行ってくれる?」

「わかった、目を離すなよ。何しでかすかわかんねぇからな」

 頷くとアリサは、ユウトの背中に駆けて行った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 という事の顛末を執務室にて山縣に報告する五人。そこにはやはりユウトの姿はない。

「それで先生、アイツが言っていた事なんですが…」

「ああ、センサー云々の話か。そうだな…どう言っていいのかわからんのだが、達人とかが振り返らずとも相手の攻撃とか、人数がわかるってあるだろ?あれと同じだよ」

「…わかるような…わからないような…」

「つまり口じゃあ説明できないんだ、典型的な感覚的なものだからさ。ま、俺はそれじゃダメなんだけどな。それは置いといて、そういうのは場数を踏んでいくとなんとなくわかるようになるし、そういう時があるんだ。お前たちもねぇかな?邪神でも人間でもなんとなく相手の強さとか、どこから攻撃が来るのかがわかる時って」

「…そう言われると…あった気がします…」

「だろ?まぁそれは戦いの中で、感覚が研ぎ澄まされている間に起こる一時的なものなんだが、それと似たようなもんだ。邪神の討伐を専門にやっていれば、それに対して気配察知が敏感になる、特化されていくんだ。結果目の前にいなくても、どの辺りに出たのかなんとなくわかるようになる」

 それは経験に裏打ちされた一種の技能のような感じだろうか。今の話を聞くと、経験を積んでいけば自然と身に着いてくるものらしいが、自分たちもそうなのだろうか。

「じゃあ先生もそうなんですか?」

 経験を積めばと言ったのだから自分たちの教官であり、前線部隊からの信頼が厚いと言われる山縣はどうなのだろうと疑問に思い、アクティスが尋ねた。なにせ現役時代はハンターNO.1だったと噂されている。本人に聞いてもはぐらかされてしまうので真偽のほどは定かではないが、それは噂などではなく真実だとアクティスは思っている。贔屓目なしに見ても他のどの教官よりも強く、未だに現役の前線部隊の人に慕われているのだ。そしてそのにじみ出る実力、ユウトのように澱んだ得体のしれないものではなく、正統派の強さを感じさせる。二人が戦ったらどちらが勝つんだろう…とそれは今はいいや。とにかくそれらの理由からもまるっきりデタラメではないと思っている。

「完璧とは言わねぇが、…まぁある程度は」

 ある意味予想通りの答えだった。こう言っているが、実際はほぼ完璧に察知できているのだろう。

「つってもこれは距離とか、邪神の強さにも左右されるから一概には言えないんだけどな」

「離れれば感じ取りにくくなって、弱ければ同じように感じ取りにくいと?」

「勿論例外はある。距離はメチャクチャ離れてても、すさまじく強い邪神ならば感じ取れるし、たとえ弱くても近ければ…といった具合でな。これらも個人差があるんだが、まぁ鋭いヤツならどこにいても、どんなヤツでもわかるんじゃねぇかな?強さも正確な距離もわかるって聞くし」

「…じゃあ彼もそうなんですか?…ユウトも」

 おずおずといった感じでヨウカが尋ねる。これらの事が本当なら邪神出現がわかり、報せを受ける前に邪神の元に行く事も、そして到着する前に決着が着いていた事にも全てに説明がつく。そのセンサーを持っているのだから、それだけの強さがあるのは当然といったところなのだろうか。信じにくいことに変わりはないが。

「お前たちの話からするとそうなんじゃねぇかな?詳しい事は俺もわからんが。聞かされていないのなら、言わない理由があるんだと思うが、聞けば少しは答えてくれるだろ。そんなに意地の悪い奴じゃないし」

 いや、聞いても答えてくれなかったんですけど…

 しかしそれは一から聞いたからなのかもしれない。仮説を立て、答え合わせという形でなら答えてくれるのかもしれない。もしくは人によって決めているのか。いずれにしても面倒極まりないし、扱いにくいことこのうえないが。

「まぁ何はともあれご苦労だったな!たしかもう授業なかっただろ?各自しっかり体を休めるように」

 そうしてお開きになる。少しだけユウトの事がわかったが、これは思っている以上に手こずりそうだ。そんな中、アクティスは一人山縣に尋ねた。

「先生、出現場所と思われる場所に戦闘の形跡はありましたが、邪神の姿は確認できませんでした。一体どういうことなんでしょうか…?」

「死体がなかったのか?」

「はい」

「…何だろうな。妙なことは確かだが…スマン、俺もわからない。俺の方でも調べておく、何かわかったらお前たちにも伝えるさ。とりあえず今日はゆっくり休めよ」

 アクティスはわかりました、と返事をすると大人しく執務室を後にした。

「…仕方ねぇとはいえ、もうちょっと…なぁ…」

 山縣の呟きは、広くなった部屋に静かに溶けていった。




















 翌日の午後、アリサは校内を歩いていた。選択授業は午前だけだったので、午後からは自由時間となる。たまに隊の集まりや活動もあるが、今日はその予定も通達も来ていない。

 自由時間があるのはうれしいのかもしれないが、いかんせんやる事がない。というよりもそもそも何をしたらいいのかわからない。行動単位が隊であるため、そうでなくても普段は山縣隊のメンバーと過ごす事が多い。そのため他に知り合いもいないし、個人的に知り合う機会も少ない。あまり社交的ではないのが一番大きな理由の気もするが、アリサはそれを自覚している。彼らがいればそれでいいと思っているので、あまり人脈を広げようとも思っておらず、彼らといない時はこうして一人で過ごしている。この時間はいつも一人になるため、毎回どうしたらいいか困っていたのだ。

 しかし今回は違うようで、先ほどからしきりに周りを気にしたり、教室を覗き込んだりして、まるで何かを探しているようだ。

「いないなぁ…」

 屋上の扉ウラに来たのだが、ここにもいない。

 いるとしたらここかなって思ったんだけど…

 そしてまた当てもなく歩き出した。だが行く先行く先空振りに終わると、精神的に結構参ってくる。

 あんまり興味ないけどここまで来たし、静かだから丁度いいかな。そう思うと、目の前に建つ図書館棟に入っていった。

 図書館棟は、校内でも外れにあるためあまり人は来ない。そしてここに来る目的はほぼ一つに限られるので、自然と来る人を選んでしまう。ましてや、その目的に沿わずに訪れる物好きはほぼ皆無である。だから周辺も、中に入っても人の姿はほとんどない。せいぜい受付の職員くらいで、アリサと同じく生徒とはまだ一度も通り過ぎていないばかりか、姿すら見ていない。

 その方が落ち着くからいいんだけどね。

 アリサは図書の館内閲覧用の机の前に座る。これだけでもなんとなく勉強した気分になる。それに触発されたのか、またすぐに立ち上がり、普段なら読もうともしないが、せっかくだからと何か読むことにした。

 奥へ進むごとに天井が高くなり、その分本の数も多くなってくる。全ての書棚に所狭しと並べられている。これ全部読むのに一体どれだけ時間がかかるんだろう。わたしだったら百年経っても万分の一も読めない気がする。

 何か読みたいものがあるわけではなく、気になったものを手に取り、何ページかパラパラと捲り、戻す。それを繰り返しながら少しずつ奥に進んでいく。途中いくつか閲覧用の机があり、ここでも読めるんだと思いながらいくつか通り過ぎていく。しかしあるところを通り過ぎた時、何か違和感を感じて引き返す。

 机…だろうか?その上に本の山が築かれている。一つだけでなく、机の上全てを侵食している。机の上だけでなく、椅子の上にも、足元にも机の姿が確認できないほど大量に、うず高く積まれている。その一角だけ明らかに今まで見てきたような他とは違う、異様な雰囲気を放っていた。

 ここだけこんな風に積んであるのかなと一瞬思ったが、よくよく見れば、机の上の本が凹を反対にしたようになっている。さすがにそんな変な積み方はしないだろう。そしてそのヘコみから、何かが動いたように見えた。

 人…だよね、あそこにいるの。

 確証は持てないが、普通に考えたらそうだろう。

 一か所にこんな風に本が集中しているのは話でしか聞いていない。こんなにも大量の本に囲まれて、これだけの量を読もうとする人とは一体どんな人なんだろう。ガリ勉タイプかな?それとも頭が良い人で、こんなの大した量じゃないとか言うのかな?

 その人物に興味を持ち、覗き込んだ。

「え…ユウト…?」

「…なんだ、お前か」

 そこにいたのは探し人、そしてここにいたのがものすごい意外なユウトだった。こんなところで会えるとは思わず、まさか本に埋もれているとは予想もしていなかったので、思わず目を白黒させた。

 一方のユウトはそれだけ言うと、また視線を落とし、中断していた読書を再開した。しかしすぐに本を閉じると、足元の山に置き、向かいの椅子に置いた本と、目の前の山を退かし、元の位置に戻った。座りなおした後も本は持つが読むことはなく、じっとアリサを見つめた。

 座れってことなのかな…

 そう読み取ったアリサは向かいに静かに腰を下ろした。

「何してるの?」

「…見ての通り勉強だ」

 そう言うと自身が読んでいた本の表紙を見せる。そこには『邪神大全2』と書かれた大判サイズの分厚い本だった。

 アリサは少し腰を浮かして周りにある山の一番上を見る。『邪神~その誕生と繁栄~』『これから世界はどこへ向かうのか』『邪神による終末論』『邪神と人類、生き残るのはどちらか』等々タイトルの本だった。ついでにそのどれもが辞書並みに分厚い。

「べ、勉強家なんだね…」

 いかにも難しそうで、読む気を起こさせない本ばかりなので、引きつった笑みしか出てこない。まず手に取ろうという気持ちすら湧いてこない。

「…なにもやらないよりマシってだけだ」

素っ気ないが、どこか意味深に聞こえた。

 やがてもう興味をなくしたのかユウトがまたパラパラと捲りだす。アリサは黙ってユウトを見る。本と本の間から時折会話をして、眺めるというのはなかなかに新鮮だ。

「すごいよね、そんな難しそうな本が読めるって。わたしなんかテキスト見るだけで眠くなっちゃうよ」

「そうなのか」

「だから数えるほどしかここに来てないんだ。正しい使い方ができないから、自然と存在自体忘れちゃうんだよね」

「なるほど」

「そ、そういう本見たらもうすぐに寝れそうな気がするよ…」

「よかったな」

「…寝れない時のために何か借りていこっかなぁ…」

「いいんじゃねぇの」

 一応それらしい相槌だが、どうにも素っ気ない。というよりもものすごい適当で、興味のカケラも無い事がありありと伝わってくる。というか単純に邪魔なのだろうか。この場所自体とても静かなので、他に人がいたら迷惑なのかもしれない。得意ではないが、何か喋っていないと間が持たないし、なんとなく居心地もよくない。まだ返事らしきものをしてくれただけマシなのだろうか。しかし離れるつもりはない。やっと見つけたのだ。

 アリサは監視役というのは実は了承していない。監視役は他の四人で回されているが、どうしても誰も出来ないという場合に限り、代わりを務める事を了承した。しかし今いる理由はそれだけではなく、普段どんな風に過ごしているのか純粋に知りたかったから、だから学園中を捜し回ったのだ。そして見つけた。

「こ、ここには何度か来てるの?」

 しかしめげない。だがもうそろそろ心が折れそう。

「いや、さっき初めて来た」

「え?初めて…!?」

 それには驚いた。だとしたら随分落ち着いているというか、堂々としているというか。しかしこの状況を見るに、初めてだから勝手がわからず、あれこれと欲張った結果だと思えば納得できる。

「適当にうろついてたら見つけてよ、あってもおかしくないと思ってたし、来たかったからよかったぜ」

「そうなの?言ってくれれば案内したのに…」

 しかしそこではたと疑問を感じた。

「…ねぇユウト、あなたここについてどのくらい知ってる?」

「…どういう意味だ?」

「どんな施設があるかとか、どこに何があるかとかそんな感じ」

「…いや、知らない。部屋と執務室くらいだ」

「!そうだったんだ…」

 そういえば自分を含めて、誰も学園内を案内した覚えはない。彼らには悪いが、わざわざするとは思えないし、先生もまずやらない。生徒同士の方がいいとか適当な事言って。

 だとしたら今までとても不便を感じていただろうし、不自由にさせていただろう。どこに何があるかわからない、どうやって行けばいいのかもわからない。きっとものすごく行動を制限させていたに違いない。アリサはとてつもない罪悪感と、すさまじい申し訳なさに襲われた。

「ユウト、今から時間ある?ううん、なくても来て」

「?おい、何する…!}

 猛烈な使命感を燃やしたアリサは、ユウトの返事を聞くことなく強引に手を取った。

 こんなアリサを見るのは初めてで、またこんな風になるとは思ってもみなかったユウトは呆気にとられ、抵抗する暇もなくアリサに連れて行かれた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 およそ一時間後、再び二人の姿は図書館にあった。アリサは連れ出す前とはうって変わって満足げな表情、対照的にユウトは疲れた様子だった。

「ホントはまだまだあるけど、とりあえず主なところだけね。救護室とか…救護室とか」

「…んなに強調しなくてもわかったよ」

「そう…?でも何かとお世話になるよ?ちょっとした事でもホントは行った方がいいし」

「じゃあ、お世話にならなくなったら一流かな」

 そう返すと背もたれに体を預ける。

 今回回ってきたのは、教員の執務室や座学を行う校舎、エントランス、食堂、救護室と最低限知っておかなければならない場所だ。やる気満々のアリサに引っ張りまわされ、振り回され、一度にそんなに覚えられないと抗議の声を上げたことにより、少し暴走が治まり、さらなる説得で見事鎮静化に成功した。そして色々な理由をつけて今回はここまでと打ち切った。その代わりまた次もやるからと約束させられてしまった。

「とりあえず無事でよかった」

「…?この本たち?」

「誰かさんがムリヤリ引きずって行ったからな、片づけられやしないかとヒヤヒヤしたぜ。誰かさんに強引に連れ出されたしな。誰とは言わないけど」

「…イジワル」

「お互い様だ」

 そうして他愛もない会話に興じる。つい数日前からは考えられないほど砕けた喋り方で、雰囲気も柔らかい。もっと氷のように冷たい人という感じはあったが、なんてことはない。この人もやはり普通の人なのだ。ただちょっと人付き合いが苦手なだけの。わたし以上の人に会ったのは初めてだからビックリしたけど。

 ユウトといると他の人からはあまり感じられない楽しさがある。なんでだろ…?

「そういえばまだ読むの?ここにあるやつ」

「…もうそんな気分じゃなくなったよ」

「…ごめんなさい。あなたの都合も考えずに振り回しちゃって…」

「そんなに気にしてない、むしろいいモン見られたと思ってるよ」

「?」

「お前があんなに豹変するとは思わなかったよ」

 ククッと愉快そうに笑う。

「っ!あ、あんまり言わないでよ…。自分でもなんであんなになったのかわからないけど…ただ…なんとかしなきゃって思ったら…」

「大丈夫だ、誰にも言わねぇから」

 そう言って笑みを深くする、アリサもアリサで驚いていた。いつも冷静で、人を食ったようにしか笑わないのに、こんなに穏やかに笑うなんて。表情だけでなく、雰囲気もいつもより大分和らいでいる。

 ちょっと失敗しちゃったけど、あの時突発的にでもアクションを起こしてよかった。次の約束も取り付けられたし。無理やりだったけど。

「ユウトって本が好きなの?」

 しばらく雑談に興じた後、周りにある山を見てアリサが尋ねた。

「…別に好きってわけじゃねぇよ」

 困ったように答える。

「あ、そういえばさっき言ってたよね、忘れてた」

「…いいよ」

「ここってね、本当に色んな人が来てるんだ。わたしも全員は知らないけど、単純に強くなりたい人とか、一流のハンターになるためとか、尊敬する先生がいるとか、ブランド名がほしいとか、…故郷を追われた人とか、情報を集めている人とか」

「………」

「ここにあるのもそうだし、さっきユウトが読んでたのも邪神の特徴とか生態が書いてあるものだったよね。ほとんど邪神関連のもの」

「…何が言いたい」

 先ほどまでの雰囲気とは一変し、冷たい空気を纏う。普段よく見ていた何も信じず、一切のつけ入る隙がなく、何事にも無関心な遠い人に。

「さっきも本を読んでいるのは何もしないよりマシって言ったよね。だからただの暇つぶしかなっておもってたんだけど…、この状況を見たら違うってわかるよ。明らかに何かを探してるって」

「………」

「…あなたがここに来たのは邪神が関わってる」

 どう?と心の声が聞こえた気がした。まるで犯罪を暴いた探偵のように得意げに。

 驚くには驚いた。事実だからだ。しかし、それが何かまではわかっていないようだ。ならばそれぐらい知られたところで大して不都合もない。最初にも言ったし、アリサにはある目的があるから邪魔するなと言った。そう言ったのだから邪神関連と予想がついてもおかしくない。このご時世だし。

 どう思われても特に気にならないし、関係ないのだが、あまり騒がれると厄介だ。ならば適度に情報を明らかにして、そのはた迷惑な探究心を満たしてやるのが得策か。

 ユウトがどう言おうか答えあぐねていると、またアリサの方から口を開いた。

「…わたしも同じだから、なんとなく似てるなって感じてた…。お互い何かを追ってるって…」

「………」

「ごめんなさい、勝手な想像でこんな話しちゃって。迷惑…だよね…?」

「…そうでもないさ。少なくてもあてずっぽうで言ってるわけじゃない。何かしらの確証があって言ったんだろ?」

 無言で頷いた。

「自分から言う必要はないと思ってるんだが、今みたいに確証や証拠があるのなら俺も答えるさ。それにこんなんでも、礼には礼で返す。…そうだ、俺はある邪神を追っている。その情報を少しでも得るために学園ここに来た。慣れないが、これもその一環だ」

 近くに置いてある本を軽く叩く。

「そう…だったんだ…」

 自分で言ったのだが、いざ本人から言われると衝撃を受け、動揺する。

「さっき言ってたよな?俺とお前が似てるって。…俺もそう感じた、どこか似た雰囲気がした。互いの心には何かがいて、それを追っている…そう感じた」

「うん…わたしもそうだった。でもユウトとはやり方が違って、リアルタイムの情報を重視してたんだけど。だからここに来たのも随分久しぶりだったし」

「そうだったのか。生の方が直近だし、早く達成出来そうだしな。で、何か収穫はあったのか?」

「…全然。それらしい噂すらなかった。…それにどういうものだったかも全然覚えてないの。ただ、覚えてるのは…黒の体と…紅の瞳」

「俺も似たようなもんだ。紫色の何か、覚えているのはそれだけだ。名前すら知らねぇから、仮に出てきてもわからないかもな」

「そう…だね…」

 そこで顔をうつむかせ、無言になる。

 ユウトは特に何か言うわけでもなく、黙ってアリサを見た。

 お互い追っている相手がいるのか。なかなかに奇縁だ、何かを追う者同士こうして出会うとは。追っている相手はともかくとして、追っている事自体は同じだが、どうも思っているのとは違う気がする。アリサは切羽詰まって必死に、それ以外見向きもせず、ただひたすら追っているという感じはしない。そのために意地でも情報や手がかりを集めているとは思えない。そうするとやはり俺とは違う。まぁ俺みたいなヤツがそこかしこにいられたら世界が崩壊してしまうか。

「わたしもね、最初はユウトみたいな感じだった。少しでも情報が入ってないか先生に聞いたり、手がかりを探しに観測所に行ったり」

 やがて決心がついたのかアリサが話し出す。

「でも段々みんなと仲良くなって、ここが居心地よくなって…帰る場所だって思えて……。その事とか忘れてここでみんなと過ごしてたい、そんな情報入ってこなくていいって思ったの…もう現れなくていいって…」

「…今はどうなんだ?そいつを求めているのか?それとも…」

「…わかんない、わかんなくなっちゃった。ユウトを見てたらそうした方がいいのかなって思うし…でも…」

「なら、やはり俺とは関わらん方がいい。今のお前にとっちゃ悪影響だ」

 そう言うと立ち上がった。今にもこの場を立ち去ってしまいそうな勢いにアリサは慌てた。

「そ、そんなことない!せっかくこうして出会えたんだからもっと仲良くなりたい!あなたの事も知りたいし、わたしの事ももっと知ってほしい!」

「そういうのは俺以外のヤツに言え、喜ぶぞ」

「…ユウトはどうなの?」

「さぁな」

 そう読めない表情で答えると、一山抱えた。

「とりあえず今はこれを片付けなきゃならんな。手伝ってくれるか?」

 先ほどまでの空気を変えるように、少しおどけたように笑みを浮かべる。

 複雑な気分だ。立ち入りすぎて拒絶されたと思ったが、まるで気にしていない風に思いやってくれるやさしさがある。だからまた近づいてもいいのかと期待してしまう。ただ、今このときは一緒にいてもいいみたい。お願いされちゃったし。ツンケンして、無関心さが目立っていたので、ひょっとしなくてもこれはかなり貴重じゃないか、そんなことを思う。

 できればそれを他の人にも見せてほしいけど、…でもしばらくはわたしだけに見せてほしいな。

「もちろんいいよ。その代わり約束忘れないでよ」

 ほほ笑むとユウトと同様に一山抱えて…はできなかったので、半分ほど抱える。

 ユウトはわかったよとぶっきらぼうに言うが、嫌がってるようには見えず、仕方がないなと言いたげな表情だ。

 そして二人の、どこから連れられてきたか不明である本たちを住処に返すための戦いが幕を開けた。




 それから後も何度も任務や演習の機会があった。しかしそれまでと何も変わらず、任務となれば一人で飛び出してゆき、一瞬の内にターゲットを討伐して山縣隊の出撃を不発に終わらせ、演習ではまったく参加しない。せいぜいが実戦演習で狙われた時ぐらいだ。それ以外では参加を呼びかけられても無視、最初から最後まで傍観を決め込む。さすがに見かねた山縣が注意をするが、よくわからない返事を繰り返し、結局やらない。そのため隊の空気は悪くなる。

 しかしどちらも改善したいと心でも思っていて、互いに悩み苦しんで、時に怒っていた。

 俺だって参加してやりたいが出来ない。

 そんな日々の中で唯一の安らぎや息抜きというものが、アリサと過ごしている時だった。どんなにぶっきらぼうにしても、冷たくしても、突き放そうとしても離れず、いつも気にかけてくれた。あの空間で時に勉強したり、会話している時間は楽しいと感じた気がした。こんな俺を必死にフォローしてくれたり、何とか仲を取り持とうとしてくれて、何だかんだと一緒にいてくれるアリサの存在は大変ありがたい。だが同時に罪悪感でいっぱいだった。

 俺といることでヘンな風に見られているとか、良くない印象を抱かれているとしたら申し訳ない。だってあいつは関係ない。ヘンな風に見られているのは俺で、良くない印象を持たれているのも俺なんだ。離れてくれれば楽になるのに、それもしないので心苦しい。却って苦しめられている。

 もう限界だ…このままじゃ…



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ユウトは学園から離れた所を歩いていた。任務外の外出は基本的に禁止されている。それはもちろん知っている。誰にも見つからないように注意したことからも、一応規則を破ったことに対して罪悪感はあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。足取りがややおぼつかないが、目的地がはっきりしているのか迷いのない歩きだ。

 やがてユウトの姿は林の中に移動し、ボロボロの今にも崩れそうな鳥居を見上げていた。その鳥居の足元には、いつもと変わらない様子のカムゴが立っていた。

「お久しぶりです。いかがでしょうか?」

 何をとは言わず、柔和な笑みを浮かべて尋ねる。

「…カムゴ、元の世界に戻れるか…?」

 しかしユウトは答えることはなく、代わりに力なく己の願望を口にした。

「もちろんです。…お戻りになられますか?」

「…ああ」

「かしこまりました。では前回と同じようにいたします」

 スムーズに受け入れると、カムゴは何か鳥居に向かって呟く。すると鳥居は輝き出し、ユウトはカムゴの肩に触れ、鳥居をくぐった。

 目を開けた先に広がっていたのは、旅立つ前に見た時と同じ景色だった。何も変わりなく優斗を包む。

 優斗は鳥居の足元に腰を下ろすと、頭を抱え黙り込む。しばらくの間無言だったが、やがて口を開いた。

「…覚悟はしてた、あの世界の事も理解してた。…戦いだけなら大丈夫だと思ったよ、その為の力だった。…だけどそれ以外…キツすぎる…。俺が悪いのはわかってるよ、ただあれだけ敵視される中だと、まるで常に敵に囲まれているようで…、気が休まらなくて…苦しかった、つらかった…。だけどそういう設定だったから仕方なかったんだよ…。……あの中にいたら身がもたない…。あれから先、続けていれば打ち解けイベントがあるのは知ってる。わかってるんだけど…もう…耐えられなかった……」

「………」

「こっちでも一人みたいなもんだけど…嫌われては…いないと思う…。嫌われて孤立すんのが、こんなにキツイとは思わなかった…。あいつだけじゃ耐えられなかった…俺が…弱いのか…」

 望んで行ったのに。

 優斗は項垂れてしまった。

 じっと優斗の様子を眺めていたカムゴは一歩、二歩近づいた。

「…大変でしたね。心中お察しします。差し出がましい真似で大変恐縮ではございますが、わたくしの私見を申し上げさせていただくと、今はそのお心を守るためにお休みになられた方がよろしいかと思います。…そして落ち着いたら、また行きたいと思えるようになられましたら、ここにいらしてください。わたくしはいつでも大村様のお役に立たせていただきます」

 それまで黙って優斗の独白を聞いていたカムゴは、労わるように、安心させるように言う。

 今はもう何も考えられない。とにかく休もう、カムゴの言うように。

「…悪いな」

 力なく返事をするとふらふらと立ち上がった。

「わたくしはここでお待ちしております。どうか御静養を」

「…ああ」

 背中を向けると、ゆっくりとした歩みで家路に着いた。

 夕暮れの中を歩く憔悴した背中を、カムゴは神妙な面持ちで見送った。

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