根底にあるものの違い
翌日、山縣隊のメンバー六人は第三演習場にて山縣の説明を受けていた。
昨日の争いがあったせいか、不信感やピリピリとした緊張感が漂っている。しかもその現場に当事者同士
がいるので、却って周囲の方が気にしてしまう。
なぜわざわざここで、もう少し期間を空けてもいいんじゃないか、と思わなくもないが、内容を確認すれば仕方がないと納得するしかない。
現在彼らは、飛空起動体という装置の扱いの説明を受けていた。
飛空起動体は邪神との戦闘において少しでも優勢になるように、生存率を高めるために開発されたもので、空中での戦闘を可能にした。これによって従来の陸上戦だけでなく、空への手段を手に入れ、戦い方の幅を広げた。今や世界中に存在するほぼすべてのハンターが使用し、武勲を挙げている。
もはやなくてはならない重要な武器の一つとなっており、各養成機関はその取扱いや運用を必須カリキュラムに設定し、専任の講師が指導するところもあるほど力を入れているのである。
『飛空起動体が使えなければ話にならない』とはここ近年で急速に叫ばれるようになっており、それだけ重要度が高いのだ。
これを専用のベルトに固定し、腰に巻き付け装備するのが基本スタイルとなる。もちろんここの生徒も演習や任務の際にはその格好をする。していなければ注意を受けてしまう。
山縣の実戦に基づいた説明や、彼が実践も含めて行った基本的な扱いの説明をリュウキたちは復習として、ユウトにとっては初めての学びとなった。
そして説明が終わると、それぞれ復習がてら基本動作の確認をする。ユウトにはアクティスが付いて、飛空起動体を手に持ったままのユウトを促し、装着させる。
一度アクティスが手本を見せて、一言二言山縣の補完となるような説明を加えていく。最初は飛び上がることを目標に徐々に滞空状態を維持していこうとアクティスに言われ頷く。
ジャンプと同時に左側に付いているワイヤーを引っ張ると、空気が左右に四つある噴出口から放出され、高く飛び上がる。その後は重心を傾けて移動したり、その場に留まる。という説明を頭の中で反芻すると、左にあるワイヤーをジャンプと同時に引っ張り、地上から一気に離れ、皆を見下ろす高い位置に行く…はずだった。しかし実際はジャンプした分しか飛ばず、ものの二秒もしない内に再び地上に足を着けた。
その動作が終わるとユウトは装置を見たり、手で触ったりして確かめる。何が問題だったのかわからない。
「タイミングは完璧っだったよ。すごいね、最初は合わせるだけでも大変なんだけど。でも、上手くいかなかった理由は…」ユウトが装着している機体を見ると「もう一度やってみてくれる?」と指示した。
ユウトは特に何も言わず頷くと、先ほどと同じ動作をし、そして同じ結果になった。するとアクティスはああやっぱり、と呟いた。
「原因はこれだよ。新品のものはたまに動かない時があるんだ。最初だから固いし、伝達が行きにくいのは解るけど、初めて使う時にそれをやられると焦るよね」
ユウトが問題ではないと言って安心させるように微笑む。そこへヨウカがやってきた。
「どう?意外とすんなりできちゃったんじゃない?」
「機体が良ければそうだったと思うよ。これ新品だからさ」
それだけですべて理解したようで、じゃあ仕方ないわよね、と頷く。
「じゃあアタシのと交換してみる?さっきまで使ってたから温まってるよ」
「そうした方がいいんじゃないかな。もちろん自分色に染めたいって言うならそれもアリだけどね。ある意味そっちの方がおもしろいかもだし」
とは言われるが、特に断る理由もこだわりもないため、二人の勧め通りにヨウカのものと交換してもらった。ヨウカの言葉通りに、受け取った時点でも熱気が伝わってきたので、確かに充分だとよく分からないが思った。
ユウトが装着に手間取っている間に、先ほどまでユウトが使っていた機体を腰に巻き終えたヨウカは頃合いを見計らって実演してみせた。ワイヤーを引っ張ると同時に、空中に飛び出すために地面を蹴り上げた。瞬間何か叫んだ。そして戻ってきたヨウカはユウトに同情するような眼差しを向けた。
「……こんなの渡されてやってみろだなんて、初心者にはえぐすぎるわよ…」
「そんなに悪いの?」
「悪いなんてもんじゃないわよ。固すぎ、伝達もまったくできてない、色々制御できてない部分もありそうよこれ。新品だからってこれはナイわ…。アクティスでもやるのは無理かもね。不良品一歩手前よ」
「それは…とんだハードルだね…」
ヨウカの言い様にアクティスは顔を若干引きつらせる。
自分が見た限りではワイヤーが固そうだな、ぐらいにしか見えなかったのだが、ヨウカがそこまで言うほどだったのか。そして今見たその一連の動作だけを比べても、二人の差がはっきり分かった。
男女の筋力差もあるとは思うが、それだけでは説明が難しいほどヨウカはやりにくそうだった。それに対し、ユウトは特に気にする様子もなく引っ張ってしまっていた。表情なら誤魔化せるが、体の動きはそうはいかない。身近にないが故に変に思わなかった…?考えられなくはないが、経験が物を言うのでやはり違うだろう。
ヨウカは今までに何度も使っているし、扱いにも詳しい。一方ユウトは今が初めてのはずだが、もしかしたらどこかで触ったことぐらいはあるのかもしれない。フリーのハンターとして活動していたのだから不自然さはない。あるとすれば別のところ。
自分がやってもおそらくヨウカと同じことを思ったに違いない。それを感じさせなかったユウトがやはりすごいのだろう。
僕もまだまだだな、と反省した。
この不良品一歩手前の機体だから飛べはしなかったものの、センスはかなりのものがあると分かった。これなら余裕でできそうだよね。
ようやくヨウカの機体を装着し終えたユウトに、さっきまでと同じ事をしてみてくれと指示する。
おそらくあの辺りまで飛び上がるだろうと予想してみる。もしかしたら何も言わなくても空中での移動や滞空ができてしまうかもしれない、と想像しワクワクしてくる。決して不可能ではないだろう、先ほどの様子を見れば分かる。
そんなことを思われているとは知らないユウトは、ワイヤーを左手で引っ張ると同時に地面を蹴り、高く飛び上がる…ことはなかった。ジャンプした分しか浮かばず、ごく普通に着地した。
自分は一体何を考えていたんだろう。いくらセンスがあっても、使いやすい機体だからといっても、彼は初心者なのだ。いきなり成功して、自分たちと遜色なくできる訳がない。少なくとも普通はそうだ。
出来る方が異常、出来なくて当たり前だろう。先ほどまでの様子を見るに、もしかしたら一発で出来てしまうかも…と期待していた。いや、そこで狂わされたと言う方が正しいか。遅まきながらその錯覚を解き、初心者であるという事実を思い出した。
ヨウカは大丈夫だよ、タイミングは合ってるし、後は慣れるだけよ、と励ます。そしてアクティスに促され三度試してみる。二回、三回、四回、五回……。ついには数えることをしなくなってしまい、その間ついぞ一度として成功することはなかった。
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「大丈夫だよ、最初なんだし出来なくて当たり前って言ったらイヤかもしれないけど、気にする必要はないよ。これから少しずつやっていけば絶対出来るようになるし、その方が僕の需要があるだろうからね」
「そうよ、アタシも最初は全然出来なかったからアナタの気持ちがよくわかるわ。アクティスってこう見えてもコレの扱いがすごい上手なの。だからアクティスに任せておけば大丈夫だし、アタシにもどんどん聞いてくれていいよ」
「ヨウカは大変だったからねぇ。誰かの影響を受けてたせいか変な癖がついてたし…」
「う…そうね。むしろその後が大変だったわ…」
「そうだったね。その点キミは変に癖がついてない分こっちとしてはやりやすいし、とってもきれいに出来るようになると思うよ」
さすがに落ち込んだように見えるユウトを二人は励ます。あれだけやっても一度も成功しなかったどころか、一番最初にやった時とまったく変わらなかったのだから無理もない。平たく言えばまったく進歩していない。場合によっては才能がないと思われるかもしれない。
実はヨウカは、ユウト加入前の山縣隊の中で、一番最後に飛空起動体の基本動作を習得していた。その第一歩の空中へ飛び出すということも、二十七回目が最初の成功だった。ちなみに初日では出来なかった。初めて成功した時はうれしかったが、確実に疲労は溜まっていき、それだけ時間をかけたので心身共に疲弊してしまった。成功した喜びで一瞬は忘れられたが、少なくとも失敗を繰り返している時には疲労でいっぱいで、満足に体が動かなくなっていた。
その点このユウトという人はまったく疲れた様子には見えない。あれだけ同じ動作を長い時間繰り返しているのだから、体力的にはもちろん精神的にもかなり疲弊しているはずだ。
それなのにだ。自分が彼の時と比べても、その違いははっきりしすぎている。疲れた表情にはならず、動きも衰えない。
無表情すぎてその心は読み取れないし、不明な部分が多すぎるが、少なくてもタダ者ではないことはヨウカにも分かった。
アクティスの提案で彼らは木陰に移動し、小休止を取っていた。こういうのは根を詰めすぎてやっても意味がないと経験的に分かっているためだ。単純とはいっても、慣れないことをやるのは思っている以上に大変で、考えている以上に疲労が溜まりやすい。そんな状態で無理矢理にでもやってしまえば大事故につながりかねない。たとえ傍目には何ともなさそうにしていても。
ユウトを間に挟んで休憩をしている三人の視線は、自然と動きがある方へ向かう。
「…あれは何をしているんだ?」
しばらく眺めた後、ポツリとユウトが尋ねた。突然尋ねられたこともそうだが、ユウトに質問されることが初めてだったので驚くが、すぐに答える。
「あれは空中での動きや、連携の確認をしているの。普段からやってないといざという時に動けないからね。特に空中での動きは気を抜けないからしっかりやらないといけないのよ」
「コレがあるおかげで空中での戦いも出来るようになったからなぁ。戦えるフィールドが多い方がそれだけいろんなところから攻められるから、有利に立ちやすいと思うよ」
「そのためにはこうして日々の鍛錬や地味だって思える基本的な事の再確認や練習がとっても大事なの。それが最終的には勝敗を分けるんじゃないかなぁってアタシは思うよ」
先日の発言や、それぞれが思うところをやさしい口調でユウトに言う。それがここの考え方のだろう。
崇高な精神で、正々堂々、日々己を律し、鍛錬を怠らない。そんな騎士道精神が根本にあるのだろう。それは素晴らしい。それが誇りなのだろう。
しかしこの男には通じなかった。
「キレイすぎるな」
一言、きっぱり言い切った。
二人は面食らい、思わずそれはどういう意味かと尋ねようと思ったが、それはできなかった。あまりにはっきり言われて口にできなかったからだ。
そんな彼らなど気にもかけず、ひとりでに続ける。
「戦いっつーのはそんな試合みたいにルールのあるものや正当なものじゃない。もっと醜く、凄惨で、絶望が支配しているもんだ。
…戦いは勝ち敗けじゃなく、生き死にだ。基本がどうとか練習がどうとかじゃない。如何にして相手を殺し、己が生き残るか、生命の極限のやり取りだ。それを知らないから恥ずかしげもなくごちゃまぜにし、生温い精神でモノを言えるんだな」
ユウトは一度として二人に視線を合わせず、遠くを見るように語った。逆に二人はユウトから目を離せなかった。
一体この男は何を見てきたのだろう。自分たちとそう年齢が変わらないはずなのに、自分たちとはまるで違う。聞きたいことは山ほどあるが、今のを聞くにそれ相応の覚悟が必要だろう。まだその心の準備ができていない。極端で残酷な答えを持ち、それは自分たちには受け入れ難く、しかしその一言ひとことには重みがあり、これまでの歩みを感じさせるようだ。
ここに来るまでに何を感じ、どう生きてきたのだろう。何をどうしたらそんな風になるのだろう。きっとそれは自分たちには分からない。彼からしてみれば、ぬるま湯に浸かっているように見えても仕方がないだろう。でも仕方がないじゃないか、自分たちはこれ以外知らないし、出来ない。
興味が湧くと同時に恐怖した。そして不用意に過去を聞くようなことはしないと決めた。今はまだ受け止めきれない。
ひとり言というにはあまりにショッキングな内容の話をひとしきりすると、ユウトは立ち上がり、再び練習を開始した。その様子を呆然と目で追ったが、我に返ると急いで追いかけた。
どう思ってるかは分からないが、今彼は真剣に取り組んでいる。だったらそれを後押ししないでどうするというのか。
アドバイスをしたり、何度も手本を見せた。そしてもう何度目か分からないジャンプを終えると、ついに装置の付いているベルトを腰から外してしまった。それまでまったく表情を変えることなく黙々とやっていたので二人は驚き、慌ててユウトをなだめたり、励ます。
「ちょっと休もうか。着けてるだけでもけっこう重いしね、それ」
「そうね。でも最初に比べたらすごく良くなってるわよ。焦らなくてもいいから、もうちょっとだけやってみよ?いくらでも付き合うよ」
「………」
リュウキたちは練習を終えたのかこちらに向かってくるのが見えた。そういえば少し前から空には誰もいなかった気がする。山縣を交えて会話をする三人の表情は晴れやかで、最初は機嫌の悪そうだったリュウキもいつもと同じように見える。
自分は後衛だから戦闘中に彼らのように接近して連携を取らないため、その光景をヨウカはうらやましく思った。
そんな彼らに何の予備動作も前触れもなく、ユウトは手に持っていたベルトを機体ごと投げつけた。
水を差されるどころか、もっととんでもないものを差された三人は咄嗟に、なんとか躱した。
「何しやがんだテメェ!!」
短気なポルナンが怒鳴る。彼だけじゃなくリュウキは表情を険しくし、アリサは驚き、困惑した表情を浮かべる。それもそのはずで、ユウトの行為は攻撃そのもので、弁解の余地はなく、反撃されても文句は言えない。
そんな彼らを無視し、こんなモンなくても俺は戦える、と言うと、ポルナンを指差した。
「おいお前、俺と戦いたいんだったよな?今からやってやる」
全員が驚く。今までまったく見向きもしなかったし、見下されている気もしたのに、一体どういう風の吹き回しか。
しかしポルナンには断る理由はない。
「上等だコラァ!!どんぞこまで泣かしてやるわぁぁ!!!」
先ほどの怒りを込めて怒鳴る。
「いいですよねぇ先生?」
一応は許可を求めるが、どんな答えでも従うつもりはなく戦う気しか感じない。山縣はそれを分かっているのかあっさり許可を出した。そればかりかアリサとリュウキにも参戦するように指示する。
もはや山縣しか止められないと思っていたのに、本来なら止める立場のはずなのにまさか推奨してしまったのだ。
ヨウカとアクティスは絶望し、せめて昨日のような事態にはならないことだけを願った。
******
同じ場所で再びユウトとリュウキは対峙した。誰がこんなに早く再戦すると思っていたか。いや、そもそも再戦すら考えている者がいただろうか。昨日と違う点といえば、観客が四人から二人になり、その内の二人がユウトの前に移動してきたことだろう。同じ場所にユウトとリュウキ以外の二人が加わり、リュウキサイドに立っている。その三人の表情もそれぞれ異なる。
リュウキは前回を思い出したかのように闘志を漲らせ、悔しさから睨みつけているが、なるべく冷静を装っている。油断せず、警戒を緩めない。
ポルナンは一刻も早くぶちのめしたいと思っているのか前傾姿勢になり、非常に好戦的になっているのが姿勢からでも分かる。挑発されたことで怒りがあるのか、青筋を立てている。
アリサはむしろ困惑気味な表情だった。なぜ闘わなくてはならないのか、どうしてこうなっているのか疑問でいっぱいだった。その強さに興味はあるが、自分の身で体験したいとは思わない。無事では済まないことが分かっているから。山縣に言われたからこうしているだけのこと。そうでなければヨウカたちと三人の戦いの観戦をしていただろう。
改めてユウトを見ても、今はあまり強さというものを感じない。だが邪神討伐時や、リュウキとの闘いを見れば強いことなど一目で分かり、その強さを疑いはしない。そしてそれに相手の強さは関係なかった。あれはそんなものに左右されるものではない。にも拘わらず今こうして対峙しているのに感じ取れないのは、それを秘めているからなのだろうか。どれだけ抑えても隠しきれるものではないと思うが。それを感じ取ったポルナンの嗅覚はすごいと感心する。動物的な直感のようにも思えるが。
それともただ単に自分が感じ取れないだけなのか。それほどまでに力の差があると言われても納得してしまいそうだ。ユウトの表情を窺ってみるが、相変わらずの能面で何を考えているか読み取れそうもない。
三人がそれぞれの感想を抱きながらユウトを見ていると、チラリと一度だけアリサは視線が合った気がした。
「始めっ!!」
頃合いを見計らって山縣が合図を出す。それを聞くや否やポルナンが真正面から突っ込んでいった。
身の丈ほどの大刀を雄叫びを上げながらユウトに向かって振り下ろす。派手な土煙が舞い上がって彼らの姿が一瞬見えなくなった。その直後ポルナンが土煙の中から飛び出してきた。しかしいつもと様子が違っていて、自分の意思で動き、出てきたようには見えなかった。そのままポルナンは重力に逆らうことなく、仰向けに倒れた。
昨日闘ったこともあり、リュウキはすぐに仕掛けることはせず、様子を窺っていた。しかし何が起こったのか整理するために警戒を緩めてしまい、体は硬直したままだった。その隙を逃すようなユウトではなく、一足飛びに距離を詰めると、強烈なアッパーを浴びせ、すぐにアリサに照準を合わせると、腹と額に衝撃を与えて仰向けに倒した。
ここまで十秒も経過していない。
一体なんだこれは。
呆然とするヨウカとアクティスを正気に戻したのは山縣の声だった。
勝者宣言が終わると、ユウトは自らが投げた装置の元まで行く。
「だから言ったろ?こんなモンなくても俺は闘えるってよ」
そう言うと装置を踏みつぶした。
ベキッ!
何かが折れる音が響き、煙が上がる。もはや使いものにならなくなった装置を一瞥すると、ユウトは誰も見ることなく、何も言わずに演習場を後にした。
目の前で行われた暴挙と呼ぶべき行動をまたもや呆然と眺めていた。彼はいなくなったというのに、未だこの場を支配しているように錯覚し、重い空気が漂う。
視線がユウトに破壊された装置から動かない。
『俺にこんなモンいらねぇよ』
『言ったろ?こんなモンなくても俺は闘えるってよ』
ユウトの言葉が思い出される。アレは自分たちに向けて言ったのだろうか。
否定したつもりはなかったし、良かれと思って教えていたつもりだった。押しつけがましくしていたのか、だからこんな事態になっているのか、悪い方向にばかり考えが及んでしまう。この状態の装置がユウトの言いたいことや存在を表しているように感じた。
視界の端で山縣がポルナンに近づいていくのが映った。ポルナンが使っていた大刀は半分ほど地面に突き刺さっていた。傷の有無や状態の確認をしているのだろうか、手を当てている。その瞬間ユウトの科白を思い出し、背筋が凍り、慌てて二人は駆け寄った。
「ポルナン!」
名前を呼ぶが反応がない。まさか、そんな―――。
「大丈夫だ。気絶してるだけで大したケガじゃない」
二人の考えていることが分かったのか、安心させるように言う。
「よかった…」
心の底から安堵した様子のヨウカ。
「いくらなんでもそれぐらいはわかってるさ。ヨウカ、リュウキを見てきてくれ。気を失ってると思うから返事や反応がなくても心配しなくて大丈夫だからな」
そう指示してヨウカを向かわせた。
残った山縣とアクティスの間には沈黙が流れた。
「……その様子じゃ、あいつから聞いたんだな。あいつの戦いを」
「…はい」
どうしても返事が重くなってしまう。ちょっと考えればいくらなんでもそこまでしないことなど分かりそうなのに。そう思えなかったのは冷静じゃなかったから、力が圧倒的だったから。しかし一番はユウトという人間を信じていなかったからだ。無意識の内に敵と思って警戒していたのだろうか。それとは反対に彼の言う事は真に受けて、信じてしまったのだけど。
「まずどう思った?それを聞いて」
「……怖いと思いました。想像もしていなかったので…」
「…そうだな」
「必ず生きて帰って来れる訳ではないことはわかってますけど、でも…どこかで自分なら大丈夫だろうというのは否定できません。
アリサの時は仲間がそんな危険な目にって思いました。やっぱり怖いものだと思いました。…でも当事者じゃないせいか自分ならっていうのがどこかにありました。でも、彼の話を聞いたらそれを含めて急に怖くなって…」
戦いは相手を殺して、自分が生きるため。その意味が少しだけわかった。
邪神との戦いは常にそこら中に危険が散らばっていて、死と隣り合わせ。入学する前も後も常に言われ続けている。忘れたことはない。
初めて遭遇したときのことは今でも覚えている。その大きさに驚愕し、金縛りにあったように動けなくなり、殺される瞬間を待つだけだった。そこをとあるハンターに助けられた。そしてその救ってもらった命で別の命を守りたいと思い、ハンターを志した。
初任務では足が竦んで動けずにいるだけだった、何度も失敗して苦しんだ。だけど助けた人々の笑顔や感謝を受けるたびに、また頑張ろう、早く邪神の脅威を取り払い笑って暮らせる日々を過ごせるように、と再度誓いながら戦っている。
だからこそユウトの言う事は受け入れ難い。それは自分のためだけではないか、何も考えていないからそんなことが言えるのではないか、とさえ思った。
アリサの件でも感じたが、やはり任務は危険だ。出発直前に山縣にも言われたので、どこかにはあった。当事者より傍観者のほうが理解できる、そんな言葉を実感した。
アリサという身近な人間が死の一歩手前までいったからこそ、よりリアルに思え、そして解ったつもりになっていた死の恐怖が全身を駆け巡った。
しかしまだどこかで自分なら、という希望的観測があったが、ユウトの言葉で止めを刺された。
だからこそ相手を殺さなければならないと。邪神であれ、人であれ。そうでなければ己の命が消されてしまうから。
今更降りるなどとは微塵も考えていないが、自分がこれまで歩んできた道は、これから歩もうとしている道は、戦う理由は間違っているのか。
「生きてきた環境が違うんだ、考え方やポリシーが違うのも当然だ。それまでがまったく同じだったとしても、俺は違くなると思う。戦いに対する考えが違うのは当然…というより答えを出そうっつー事自体が間違ってんだろうな」
「…どういう意味ですか?」
「この世の中には答えのない問いなんざ山ほどある。その中で自分が最良だと思うものを選んでいくしかねぇんだ。
自分にとっての正義が他の誰かにとってはそうじゃない、なんてよくある…おお、丁度お前らみたいだな。
絶対的な正しさなんてない、あるんだったら教えてほしいよ。そうやってあるはずもない、けどあると信じてる。そんな矛盾した考えを持っているのが人間だ。そしてその答えを見つける=生きる、ってなるんじゃねぇかな」
「………」
「ある者は言う、戦いは生き甲斐だと。ある者は言う、戦いは名声を得るための最善手であると。ある者は言う、戦いとは弱き己との決別の場であり、誇りを持つものだと」
「それは…」
「この世界に名を遺したとあるハンターたちが戦いの果てに出した答えだ。これは正しいか正しくないか、そんなことを聞いても無駄だ。彼らの背後にあるものも違うし、時代も違う。
全部正しいはず、だって彼らは有名だからという意見も出てくるだろうが、では有名でない者の言う事は、いや、そもそも意見を言う事すら許されないのか。そんなことはない、影響力が違うってだけで同じだけ価値がある。
お前たちもそうさ。その脅威を目の当たりにして、弱き民が虐げられているのを見れば、この人たちを助けたいと思うようになり、殺らなければ殺られる殺伐とした世界にいれば己の命が最優先になる」
「…それは彼もそうなんですか?」
「どうだろうな。ま、そんな感じで考えが違けりゃ受け入れにくいし、ちと刺激が強すぎるかもしれん。だがまず学べるところはないか、何故そう言っているのか、理解しようとしなければ何も始まらない。悩むだろう、苦しむだろう、だがそれでいい。それこそが人間であり、生きるってことだ。特にお前たちの時期はそうじゃなければいけねぇ。大いに悩めよ」
そう言ってニヤッと笑った。
先生は答えはないと言った。それはそうだ。
なぜ生きるのか、そんな哲学的な問いに対する答えなんて一つであるはずがないし、一つであってはいけない。正しいというのなら全てが正しくて、間違っているというのなら全てが間違っている。そういうものだと思う。
なんて難儀なんだろう。生きるというのは。人と解り合うのは。
「…先生もそうだったんですか?」
「おおもちろんだ。何度もぶつかり合ったし、自分が正しいって思いあがってた時期もあった。こいつとは一生友達になれないなってヤツもいたし、解り合えないってヤツも…まぁいたよ。けどそれは仕方がねぇ。大事なのは解り合おうとする、認めようという心だ。実際そう思ってからは見方が変わったよ。それもアイツの強さなんだって」
「…大変だったでしょうね」
「そりゃ大変のなんの。何度拳を交えたかわかんねぇ。今にしてみればそんなことしなくてもとは思うんだが、それは経験したからそう言えるんだろうな。
つらい、苦しい、逃げ出したいって分かってる事をやるのはめちゃくちゃ大変だ、しんどい。だからこそ、それを乗り越えられれば大きくなるし、やる価値がある。そしてそれを終えた時に成長したなって実感できるよ」
「じゃあ先生はそういう経験があって良かった…と思っているんですか?」
「ああ、代償はあったけどな。でもそれ以上の価値はあったと思う。だがそれは俺の意見で捨てた方を見るやつもいる。それでもいいさ、そいつが選んだものだからな。そしてお前たちもそうさ、やるかやらないか、それを考えるのはお前たち自身だ。ま、大いに悩んで苦しめ。…そして成長して立派になってくれりゃこれ以上の喜びはねぇよ」
そう言ってやさしく微笑んだ。それは教員としてではなく、人生の先輩としても、どちらの立場からも言っている気がした。
代償という不吉な単語に少し引っかかるが、それは過去とも言い換えられるのではないだろうか。
生まれ変わるには、新しい一歩を踏み出すためには前を、未来を見る必要がある。過去を捨てる必要はないが、離さなければ引きずられたままで、抱え込んだままでは身動きが取れない。未来が大事なのは分かっているが、そう簡単には割り切れない。そこは時間をかけて折り合いをつけるしかないのかな。
他人は自分とは違う、全てを理解なんて出来ない。それは覚えていなければならない。しかし自然と、あいつもそう思っているはず、自分が正しい、これが正解だと決めつけてしまう。
衝突して、傷つけあって、そして成長していく。想像しただけでキツそうだ。だから自分の意見を言わないようにして衝突を避ければ、円滑に物事が進み、生きやすくなる。だがそれでは味気ない。窮屈でひたすら自分を殺しているようなもので、生きているとは言えない。
生きるというのは苦しい出来事の連続だ。つらく、厳しい。けど生きていればそれを上回るほどの楽しい出来事に出会えるかもしれない。そんなあるかも分からない希望を目指し、暗闇の中を歩いていくものなのだろう。
しかし明かりをつければ周囲が見えるようになる。底の見えない暗闇だと思っていたものが、ほんの数センチの段差だと気づける。
逆に暗闇の中にいる方が光を見つけやすい。それが仲間や自分にとって大切な人やものなのだろう。それがたくさん集まった時に、ふと気づくのだろう。自分はもう光の中にいたと。
そしてそれを幸せと呼ぶのだろう。それがデザイン出来るのは生きている間で、生きていなければ出来ない。
つらい、楽しい。そんな相反する思いを抱えながらこれから生きてゆく。今がその分岐点なのだろう。暗いままで、波風立たないままで終わらせるか、傷つくが大切なものを手に入れて終わるか。
だったら光に変えてやろう、幸せだと感じさせてやる。
アクティスは開き直ったように笑った。
対邪神用戦闘員(ハンター)養成機関のカリキュラムというのは、やはりそれぞれの機関ごとに違う。その機関がある地域や土地柄に左右され、それがカリキュラムや方針の違いとなるケースが多い。
例えば比較的邪神による被害が少ない地域では、戦闘訓練はもちろんだが、学科を重視する傾向にある。一方被害が多く、戦いが何度も起こっているような土地では即戦力が求められるので、実戦演習や調査といった任務が多くなるのである。
では彼らのいるイラスタード学園はどうかといえば、後者の色合いが強い。またそこで指導に当たる教員も一流の者たちばかりなので、それを頼りに任務依頼が来ることもあり、自然とレベルの高い任務に携われるようになる。
伝統校としての実績や、教師陣を信頼して前線部隊のサポートという役割も担っており、以前アリサたちが行っていたものがこれに当たる。内容は邪神の調査、周辺に被害が及ばないようにすることだった。
しかし結果としては倒してしまったので、何か注意を受けるかもしれないと思ったが、何も言われることはなく、むしろ流石イラスタードの生徒だ!と高い評価を受け、褒められた。
倒したのはユウトではあったが、彼もここの生徒(になる予定)であるという説明をしたため危険だ、生徒風情で無茶をするなという話題にすらならなかった。やはり他校とは一線を画す存在である。
そのような学校であるため、実戦演習は非常に人気の高い科目であり、ほぼすべての生徒がそれを楽しみにしているといっても過言ではない。
もちろん彼らも例外ではなく、また以前から聞かされていたため、楽しみすぎて前日はよく眠れなかった者が約二名。その内の一人は山縣の説明も話半分に、早く始めろと言わんばかりにウズウズしていた。そして二人とも昨日の事は忘れたように振る舞っている。切り替えが早いのか、ただ単に楽しみなだけかは不明だが。
彼らは第二演習場というやはり広大な面積の演習場に来ていた。擬似的に造られた廃墟の街はあるが、森のような自然物が多いのが特徴だ。
標的となるのは生け捕りにした邪神、大きさは邪神の中では比較的小柄だ。
必要最低限の情報しか与えられていない状態でスタートとなる。それが開示されるのは開始三十~一時間前であり、わずかな時間でいかに作戦を立て、役割分担していくか、冷静な判断で最善と思える手段を考えられるか、などが要求される。
スタートしてからは事前に立てた作戦はもちろんだが、不測の事態に如何にして対応できるかも問われる。
作戦立案力、判断力、そして実戦力を養うのが目的である。
彼らも情報が開示されてからこうしてこの場に来るまでの三十分間、いつも通りに作戦を話し合い、攻略の方法や進め方を考えていた。
そして時間がきて、山縣が開始の合図をすると、それぞれ別方向に散らばっていった。比較的邪神の居場所は明かされない場合が多いため、大体いつも探索から始まる。今回もそうであった。発見すれば狼煙等の合図を出し、待機する。余程のことがない限り単独で攻撃を仕掛けることは禁止されている。
リュウキたちが探索を始めて少し時間が経過すると、森の方から狼煙が上がった。それを確認して現場へ向かう気配があちこちでする。
山縣とユウトも現場へ急行する。
この実戦演習は生徒が中心になって行うため、基本的に担当教員は指示を出さず、傍観しているだけだ。もちろんあまりに危険な事態や事故に備えて付近で待機はしているが、あまり姿は見せないように心掛けている。姿を見るとどうしても頼りがちになって、本来の生徒たちというのが見えなくなり、彼らの主体性を潰してしまう恐れがあるからだ。
ここまでは山縣隊のある一人を除く全員が参加し、目的を果たすために一丸となっている。
ではその一人の隊員、ユウトが参加していないのは何故か?
一言でいえば指示である。
先日に続く一件でユウトに対する不信感がはびこり、その状態では演習とはいえ共に戦わせることは少々危険であると山縣は判断し、また彼らの戦い方を見せるべく、違いを認識させ考えてもらうために、今回は不参加となったのである。一応は見学は今回だけで、次回からは参加する予定になっている。また、一度は見ておかなければユウトといえど対応しきれないだろうと考え、まずは見せてからというのが一番の理由ではある。
余談だが立案中は参加した方が良いと言われ、本当だったら参加するはずだったのだが、ユウトがこれを拒否したため、作戦内容を彼はまったく知らない。その理由は本人以外誰も知らない。その方が先入観なく見られるといえば見えないこともないが…。
閑話休題。
山縣は近くの木陰から様子を窺い、逆にユウトは堂々とその姿をさらしている。いつ邪神の標的になってもおかしくないのだが、邪神の意識がユウトに向くことはない。それはリュウキ指揮の下、メンバーがそれぞれ機敏に動いてくれているためだ。とはいえ彼らにもユウトに向かって攻撃をさせないようにしている意図があるわけではなく、それはユウトの近くにいるアリサに危害が及ばないようにするための作戦だった。
リュウキが最前線で邪神に張り付き、ヨウカが後方から援護、アクティスが空中を飛び回り、ポルナンが突撃していく。アリサの姿が見えないが、山縣と同様木陰から戦況を見守っており、隙を窺いつつ、不意打ちかトドメを刺す役割なのだろう。気配を殺しながらも力を溜めているのが分かる。存外距離が近い。
連携としては悪くはないし、邪神に対して有効といえる策や攻撃を行っている。この辺は山縣の指導の賜物と言えるだろう。だがレベルが低いとどうしても感じる。
次第に退屈そうな表情になるユウト。もはや見ていないも同然だった。
予想通りにアリサが痛烈な一撃を邪神の頭部に放ち、沈黙させた。
ようやく終わったか、内心呟くと、一足早く帰るために彼らに背を向けた。その目の前に山縣が立っていた。
「どこに行くつもりだ?」
「………」
「せっかくだから最後まで付き合え」
そう言うと山縣は、晴れ晴れとした表情を浮かべているリュウキたちの元へ向かった。
しばらくその姿を眺めた後、渋々山縣の後を追った。
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「よし!ひとまずお疲れさん!こいつはそこまで手こずるような相手ではないから割と油断しがちになる奴らが多いが、そんなことはなかったと思う。割と初心者向けだから、基本を見直すいい機会になったんじゃないか?」
山縣の言葉にリュウキが頷く。基本を見直すのは大事だ、それなりに収穫はあった。けど物足りなさはある。
「全体のチームワークも良いし、個人の能力も上がってるな。特にアリサかな、お前けっこう力強くなったな」
「…そうですか?」
「ああ、腕力がっていう意味じゃなくて、力の入れ方が上手くなったな。前までなら腕の力だけで何とかしてた部分があったが…うん、いい傾向だ。誰か手本になる奴でもいたのか?」
「…ええ、少し」
チラリと山縣の後ろに相変わらず興味なさそうに立っているユウトを見た。
「そりゃ何よりだ。お前たちもどんどん盗めよ。もちろん俺からでもいいし、仲間同士でもいい。一見関係なさそうに思えるものが実は壁を破るカギだった、っていうのはよくあるからな。じゃあ一人ずついくつか言わせてもらうか」
そう言ってリュウキから順番に講評を行った。基本的には褒め、改善点ももっとこうした方が良いというようになるべくオブラートに包んだ物言いをする。なるべく厳しくしないように、生徒の主体性を後押しするような指導をする。もちろん時には厳しいことも言うが。
「―――とまぁこんな感じかな?個人も全体も良くなってるぜ。もちろんさっき言ったような改善点はあるが、それもお前たちなら問題ない。自信を持てよ?けど過信はするな、そして準備は怠るなよ?いつでも最高のパフォーマンスができるようにな」
全体の総括を終え、お開きの流れになる。
ようやく解放される、そう安堵したが、続く山縣の言葉によってそれは消えた。
「じゃあユウトの方から何かあるか?」
その瞬間場に緊張が走った。
今回はユウトは見学者ではあるが、山縣とは別のもう一人のアドバイザーというような立ち位置でもある。
山縣からしてみればそれを含め、外部者からの視点、同じメンバー、そしてこれから参加する者としての立場から見たことや、感じたことを聞きたいのだろうが、ユウトからしてみれば面倒極まりなかった。退屈すぎてよく見ていなかったし、特に何か感じたわけでも考えたわけでもなかった。山縣の思惑とは別に、この中に参加するとは微塵も考えておらず、また参加するつもりもなかった。
「…別に」
弱すぎて話にならない。アリサはまだマシだが、そのぐらいだ。どうしても冷たく、それ以上言う事はできなかった。
せっかく目的を達成し、改善点も見つかり、これからまた頑張っていこう、そう気分が高まっていたという時に冷や水を浴びせられ、不快にならない者はいない。特にポルナンは短気であるため、ズンズンユウトの元に詰め寄り、突っかかろうとしたところでリュウキが制した。
リュウキもまた心情的にはポルナンと似ているが、リーダーとして、そして山縣からの助言もあって、努めて冷静さを意識しながらユウトに話す。
「別にってことはないだろ?何かあるはずだ。先生と同じ意見でも構わない、何でもいい。強くなるためにはどんなものであっても必要だ。それとも本当に何も言えないほど、何も思わなかったのか?」
冷静な物言いながら、糾弾するような口調で言う。やはり心中穏やかとはいかないようだ。敵とは言わないが、かなり仲がよろしくない相手からの意見も積極的に訊こうとする姿勢は素晴らしい。やはり強くなりたい気持ちが強いのだろう。
「特にない」
しかしユウトの返事は変わらなかった。冷たく突き放したのだ。これには思わず絶句した。
それだけにとどまらず、表情を少し愉快そうにすると、まだ何かを望んでいるように見えるリュウキに続けて言った。
「あんなままごと遊びで満足できるならその程度で十分だよな。ここにいる間はそれで充分だろ。せいぜい低レベルなごっこ遊びに興じてな」
嫌味ったらしく、皮肉を言うようにではなく、ただ淡々とユウトの口から紡がれた。
時に何の感情も感じさせることなく、冷静に言われる方がダメージは大きい。また表情とセットになると格段に破壊力が増し、神経を逆撫でされ、怒りを刺激され、我を忘れさせる。
バキッ!!
鈍い音が響き、気がついたらリュウキはユウトを殴っていた。
一瞬時が止まったようだった。
鼻息荒く、怒りに震えながらユウトを睨む。
ユウトはその場に留まりながらも、顔をゆっくりとリュウキに向けた。かなりの力で殴られたのだろう、口端が切れて、血が滲んでいた。
どこまでも冷たい目で己を見るユウトに更に怒りがこみ上げ、胸ぐらを掴む。
「ザケンじゃねぇぞ!!!テメェもういっぺん言ってみやがれ!!!」
激昂し、再度殴りかかろうとするリュウキを慌てて全員で止めに入り、引き離そうとする。が、ものすごい力でなかなかうまくいかない。その力はユウトに対する怒りや憎しみであり、引き離そうとするとますます力が強くなる。
何とか引き離すことに成功するが、喚き、暴れる。常の面影はどこにもない。
ヨウカたちはリュウキを鎮めながらも時折ユウトを睨む。
自分も、自分たちの活動もすべてを馬鹿にされ、否定されたような気分だ。世の中にはいろんな人がいる、それは頭では解っており、ここ最近で身に染みた。まだ完全には理解できていないが、仲良くなろう、受け入れよう、協力しようと歩み寄っている。しかしそれらを否定し、仲良くなるつもりなど毛頭ないなどと言葉でも、態度でも表す輩をどうして受け入れることができようか。
学ぶところはあるかもしれないし、役立つかもしれない。強いのはわかる。けど、まったく協力的でなく、受け入れてもらおうとも思っていない人間の近くにはいたくないし、そもそも関わりたくない。負の影響を受けるだけだ。強ければいい、力があればそれでいい、なんてことはない。それではとても一緒にはやっていけない。あまりにも自分たちに負担が大きすぎて、損ばかりする。そんな思いが彼らの中に浮かんだ。
しかしアリサだけは睨むことはせず、何故そんなことを言うのか、という疑問を孕んだ目だった。その真意を探ろうとし、本心を見ようとしている。できればそれらはユウト本人の口から直接聞きたい、少しでもいいから理解したい、そして同じだけ自分を知ってほしい。
アリサはそう思い、ユウトを見つめた。
俺は夕暮れが嫌いだ。少しずつ夜の足音が近づいて、終わりのない闇が世界を覆い尽くそうとしているようだ。自分の力では止められない、ただ見ていることだけしかできず、己の無力さを感じずにはいられない。
光が消え、暗黒の日々が始まる。希望が消え、絶望に染まる。抗う術はない。ただ諦めて受け入れるしかない。
明けない夜はない、日はまた昇るなどという薄っぺらいキレイごとや、歯切れのいい言葉が蔓延っているが、それはただ単に太陽という物体の上がり下がりや、周期的な話だ。人間の心や環境には当てはまらない。
へたに希望や願いを持つくらいなら、いっそのことひとり暗闇の中を歩いた方がいい。闇の世界の住人となり、ひっそりと誰にも知られることなく死んでゆこう。その方がよっぽどいい。苦しまなくて済む。
そう思っていた。
それなのに何故俺はここにいる。どこで間違えた。
ユウトは屋上の縁から黄昏ゆく空、照らされている景色をじっと眺めていた。元来人付き合いが苦手であり、その性格から単独行動を好み、ひとりになれる場所をここに来てから探していた。そして初日の丁度このぐらいの時間にここを見つけた。立ち入り禁止の看板を無視して、指定席とも呼べる屋上の中でも人目につきにくい扉と反対側に行き、景色を眺める。それが習慣となりつつある。
こうしてひとりでぼんやり眺めていると、つい考えてしまう。日中の出来事や彼ら、今後について。
あまり喋らないが、話す時は思っていることをはっきり話す。よく言えば本音であるし、悪く言えば加減が利かないであり、人付き合いをあまりしてこなかった弊害といえる。それ故、反発や衝突は度々起こる。
一つどころに腰を落ち着ける生活をしてこなかったため、面倒事が起きそうならさっさと立ち去り、目的がまだ達成できていないのであれば、なるべく関わらないようにして、少しでも早く達成できるように務めた。
だからこそユウトにとっても今回のような事は初めてなので、どうしたらいいのか分からないのが正直なところだ。
離れたくても出来ない、関わりは持ち続けなければならない、協力しなければならないということは今までにない経験であり、戸惑いが大きく、煩わしいとしか思えない。それらを含めて、つっけんどんな態度や冷たくあしらうところにつながるが、無論それだけではない。
彼らの言っている事も分からないではないが、やはり無駄であると思ってしまう。それにはここに来るまでの環境や経緯が違いすぎた。そして慣れない、戸惑い隠しでは済まされない部分があり、今回それが爆発してしまった。その引き金を引かせてしまったのは、自分であると分かっている。だからといって何かするつもりもなかった。
山縣は互いに学べる部分があると言ったが、今のところその気配すらない。強いて言えば徒党の組み方だろうか。それ以外では別にない。
これまでと変わらずに、黙々と互いの目的に向かって突き進む。それでいいではないか。他に何がある。それ以外にここにいる理由は、彼らと共にいる意味があるのか。たまに手を組むぐらいで十分ではないか。少なくとも俺はそう思っているし、良好な関係作りなどに時間を取られるわけにはいかない。
ふと何者かの気配がした。もう一度言うがここは立ち入り禁止である。そのためここに来るものはあまりいないが、いてもおかしくない。事実俺がここにいる。そういえば閉め忘れていたなと頭のどこかで考えながら、用が済んだら出ていくだろうと思い、その場を動かず、そのままの姿勢でいた。
どうやら教員ではないようだ。
その人物はしばらくうろうろしていたと思ったら、ひょっこりユウトのいるところへ顔を覗かせた。
「あ…」
そう発したのは山縣隊、ユウトの所属する隊のメンバーであり、一番最初に出会った少女であるアリサだった。
アリサは両手に手の平から少しはみ出るサイズのカンを持っていた。
「ここにいたんだ」
そう言うとユウトの傍にやってこようとする。
ちなみにユウトがいる場所は扉とは反対側なので、人目につきにくい。そして見落としても仕方がないくらいに、細い通路というにはあまりに狭い隙間を通らなければならない。それだけでもよくこの場所を見つけられたもんだと感心する。そしてここも外から見ればほんのわずかな出っ張りでしかないので、とてもくつろげる場所ではなく、むしろ危険である。
「おい、危ねぇぞ」
思わず声をかけたが、心配ないよ、というかのような笑みを浮かべると、ユウトの傍までやってきた。そして片方に持っていたカンを差し出した。その意図を図り、少し考えるそぶりを見せると、何か言うこともなく受け取った。
「よかった、受け取ってもらえないかもって思ってたし…」
「…それは悪かったな」
実際に他のメンバーからだったら受け取らなかった可能性が高いため、あながち間違いでもない。アリサの発言で自分がどう思われているか分かったが、特に気にしない。
「いつもここにいるの?」
「…大体な」
「そっか、わたしも前はひとりになれる場所を探して、よくここに来てたんだ。何となく落ち着くよね、こうして景色を見てると」
そう言ってほほ笑みかけてくる。
いったいコイツは何しにきた。まさかコレを渡すためだけなんて言わないだろうな。だとしたらバカとしか言えない。
「こうして二人っきりってあの時以来だね」
「…そうだな」
「…本当に覚えてる?」
じとっと見つめられる。
もちろん覚えている。似たような場面はこれまでにいくつかあったが、これから自分が行くところの、それもチームメンバーとなる人間だ。それを忘れるほど物覚えは悪くない。
体格は随分小柄で、ホントにコイツがハンターか?と一瞬思ったが、ハンターに性別も体格も年齢も関係ないことを思い出し、一瞬でも疑った己を恥じた。そのぐらいの感覚や礼節は持ち合わせている。もっとも相手との力量差も分からないで戦いを挑んでいるという意味では疑ったが。
実際に戦う場面も先ほど見たが、なかなかどうして立派な才能の持ち主だし、あの中なら比べるまでもない、とは言い過ぎか。ここ全体を見てもそうはいないだろう。あくまでここだけを見たらの話だが。
それに山縣に言われて気づいたが、確かにどこか自分と似た雰囲気がする。気のせいと言えば気のせいなのかもしれないが、そこからどうも気にはなっていた。
「まぁな」
「本当に……?」
疑り深いヤツだ。が、そうさせているのも俺の所為か。
「悪いな、こういう性格なんだ。きちんと覚えている。もちろんアンタの名前もな」
「じゃあわたしの名前言ってみて」
「アリサ・イェーナリッヒ…だろ?」
これにはアリサが驚いた。まさかフルネームで言われるとは思ってもみなかった。驚くが、正解、とほほ笑んだ。
「よかった。…ねぇユウトって呼んでもいい?」
「…好きにしろ」
そう答えると顔を外に向ける。先ほどより夜の気配が強くなっていた。
アリサは縁に腰かけると、空中で足を遊ばせた。ユウトはどうするか少し迷い、縁にあぐらをかいた。
自分のすぐ近くに腰を下ろしたユウトをチラリと横目で見る。二人の間はカン二つ分しか離れていない。こんなに近くにいるのは初めてだった。
リュウキたちの言うように、確かに印象は良いとは言えないが、アリサは最初に出会い、その時の当事者なのでどうしても悪い人とは思えなかった。ぶっきらぼうではあるし、関心を示しにくいが、こうしてきちんと返事をしてくれるし、こちらの身を案じてくれる。
本当はやさしい心の持ち主なのだろう、今はそれが彼が付けている仮面に隠れてしまっているだけ。
彼との距離は遠いと思っていたし、住む世界が違うなんて思っていたけど、今はこうして近くにいる、いさせてもらえる。不思議な感覚だ。超人的な強さを持っているけど、この人も私たちと同じ人間で、ささやかな幸せを願う普通の人なのかもしれない。
ユウトの横顔を眺めていると、アリサは無意識のうちに彼の頬に手を伸ばしていた。しかし触れる前に、まったくこちらを見ていなかった彼に阻まれた。
「……何のつもりだ?」
静かではあるが迫力があり、わずかに殺気の籠った瞳で睨まれる。
瞬間、自分がしたことに気づき、ハッとした。
「ご、ごめんなさい…。少し腫れてるみたいだったから…」
「…ああ」
それだけで理解したらしく、ユウトはアリサの手を放し、また視線を外に向けた。
ユウトの頬はリュウキに殴られたために、少し腫れていた。滲んだ血は固まっているが、その痕がしっかり残っているため、そのままの状態で放置したのだと分かる。その姿を見たら触れたいと思っていて、いつの間にか勝手に手が動いていた。
アリサは再び手を伸ばした。今度はユウトも拒まなかったので、その頬に触れられた。少し撫でるようにやさしく触れてゆく。若干まだ熱を持っている気がするが、仕方がないだろうし、そこまで心配するほどではないだろう。むしろ必要以上に心配すれば迷惑だろうし、怒るだろう。
しかしアリサには、迷惑ではあると思うが、ユウトが怒るとは思わなかった。
それは彼がやさしいからだけではなく、きちんと理解しているからだと分かったから。
何も言わなければ、さっきみたいに殺気をぶつけられるし、もしかしたら攻撃と捉えられ、反撃されてしまう可能性だってある。事実止められた時は、次にやれば攻撃するぞという脅しが含まれていた。でもきちんと言えばこうして触れさせてくれる。それはアリサの心情を理解しているからだろう。本人が納得し、その人を理解すれば問題ない。しっかりした人なのだろう。それをすれば今みたいに文句も何も言わずに、されるがままにさせてくれる。内心ではどう思っているか知らないけど。
そこにつけ入るつもりはないが、でも放っておくわけにはいかないよね。
アリサは心の中で謝罪するとカンを持ち替えて、ユウトの腫れた頬に当てた。
「っ!!」
その冷たさに驚き、器用に座りながら距離を開けると、驚いた表情でアリサを見た。そこには何をしやがんだ、というような不機嫌さや敵視はなく、純粋に驚きに満ちていた。
そして実はそれを見たアリサの方が驚いていた。
まだ知り合ってから数日しか経っていないので、何も知らないのは当然だ。申し訳ないがそれでも表情が乏しいということは分かった。
事実、無表情、無関心、冷めた、退屈そう、このぐらいしか見ていない。あとは不満そうな顔とか。それらしか見ていなかったため、こんな表情をするとは思わなかった。
また何も言わないで、されるがままになってくれるのかな、と思っていたりした部分もあった。
「あ…ごめん…。そんなに驚くとは思ってなくて…」
「………」
「ねぇ、ユウト。アナタ救護室には行った?…行ってないよね?その様子じゃ」
徐々に表情は戻りつつあるが、それでも視線はアリサに向けたままだった。
「ホントは行ってきちんと手当てを受けた方がいいんだけど、何もしないよりは…ね」
そう言ってにじり寄るように距離を詰めた。
確かにアリサの言うように手当ては受けなかった。手当てを受けるほどのケガではないし、この程度はケガとは思っていない。放っておいても何も問題はない。それに仮に行こうと思っても行けない理由があった。場所はもちろんのこと、そもそもその存在自体知らなかった。どこかしらにはあってもおかしくないよな、程度の認識でしかなかった。
そんなに心配されるほどのもんじゃないんだけどな…、そう内心呟くが、やがて諦めたように少しだけ距離を詰めて座り直した。
自分を受け入れてくれたと判断したアリサは、先ほどと同じように少し冷気が飛んだカンをユウトの左頬に当てた。
その冷たさに一瞬体を強張らせるが、すぐに何もなかったように真っ直ぐ景色を眺めた。
アリサが応急処置と呼べなくもない処置をしている間、しばらく二人の間に会話はなかった。しかしその横顔を見ていると先日の一件を思い出し、せっかくだからと言うことにした。
「この前はありがとっていうのもおかしいかもしれないけど、ありがとね」
「………」
「わたしには手加減してくれた…んだよね?」
疑問形ながらも、確信しているように言う。
「そのおかげで特に痛い思いもしなかったんだけど、どうしてかなって…」
「…それを聞いてどうする?」
「あなたのことをもっと知りたいと思って」
よくも恥ずかしげもなく言えるもんだ。これじゃあ勘違いするヤツが出てきてもしょうがねぇな。
だがうれしいと感じてしまう。余計なお世話だとは言えなかった。
「…アンタに戦う気がなかったからだ。それがわからないほど、俺の目は曇ってるつもりはない。誰でも彼でも戦いたがるのは、狂ってるヤツだけだ」
「じゃあわたしが試合のつもりであの場に立ってたら…」
「もちろんしっかり攻撃してたさ」
アリサを横目で見て断言する。
誰でも彼でも強いと分かれば戦いを仕掛けるのはポルナンぐらいだ。あれを見ればある意味狂ってるというのも納得できる。
あの時何を考えていたかのかは分からないが、相手の雰囲気をしっかり感じ取れるほどは冷静ではあった。もちろんそれだけではなく、そういうのは戦いの経験に基づいて構成されるものだ。その気配を感じ取ることはまだ自分にはできない。それがあればかつての黒歴史はなかったのかなと思った。
どれほど戦えば身に付くのかは見当もつかない。
女だから手加減されたとなってはアリサも見下されていると思い、何か言おうと思ったが、そうではないと知り、やはりこの人は戦士であると実感した。
それについてお礼を言うのは違うと思うが、こちらの気持ちを汲み取ってくれたという意味ではお礼を言ってもいいのかもしれない。
「ありがとね、わかってくれて」
だから改めてお礼を言った。
慣れないことが続き、こんなに裏表なく感情を伝えられて何だか背中がムズ痒くなる。だが悪い気はしない。
何だか気恥ずかしいような空気が漂い、お互いに何も話さない。しかしその沈黙は決して重苦しいものではなく、何も話さなくてもいいような空間であった。
それがしばらく続いた後、不意にユウトが口を開いた。
「…ここでの生活はどうだ?」
「え?」
静寂が破られ、新生活を始めた子供を心配する親みたいなことを言うユウトに驚いた。それに興味ないと思われていると思っていたので、まさか聞かれるとは思わなかった。
突然だったが、聞いていない訳ではないので、素直に思っていることを伝える。
最初はここでの生活に慣れずに心を閉ざしていた、あまり口をきかなかった、そしてひとりでよくここに来ていた、チームワークとか規則とかが煩わしかった、時には理解できずに勝手に行動することもあった。対立もした、少しずつ会話するようになってきた、少しずつ打ち解けてゆくのが実感できた、少しずつ仲間という意識が芽生えてきた、チーム戦では仲間の勝利が自分の事のようにうれしかった、自分の力が必要とされ、勝利に貢献できてうれしかった、居心地が良くなってきた………等々さまざまな話をした。
「今ではここがわたしの帰ってくる場所なんだって思えてきたし、みんなの傍にいていいんだって思えるようになってきたんだ。そのことでお礼言ったら恥ずかしいからやめろって怒られちゃった」
ここまでユウトは大した反応をしていない。それどころか相槌を打つことすらしなかったので、ほぼ一方的にアリサが話している状態だった。
ユウトは内心辟易していた。特に後半。仲間だ、規則だ、チームワークだ、まったく理解できない。
足手まといなんざ邪魔にしかならないどころか、生存率を著しく下げる害悪でしかないだろうに。
結局コイツもアイツらと同じか…。
ふとアリサは喋るのを止めて、じっとユウトを見た。
「…アナタはわたしと似ている。特に最初の頃のわたしと。だからアナタの気持ちがよくわかる。でも、だから大丈夫。わたしがそうだったんだから、ユウトもきっと…」
根拠のない希望のように、吹けば消えてしまうほど儚く脆いそれは願望ともいえる。自分勝手で、己のエゴを目一杯詰め込んだ。
しかしアリサは信じている。リュウキたちを、そしてユウトを。自分勝手に行動し、言いたいことを何の配慮もなくはっきり言って空気を悪くさせ、不協和音の発信元になっているだけではない。根底にはれっきとした信念があることを、結果としてそうなっているだけだと。だってわたしもそうだったから。
それが何かは分からないが、大事なもので、根幹になっていて、形作っているのは分かる。そしてそれは人に言えないことも。自分も同類だから。
じっとユウトを見つめるが、ユウトはアリサを見ない。
「…もういい」
そう呟くとアリサの手を退ける。そして立ち上がると、真っ直ぐどこか遠くを見つめるように言う。
「…俺とお前は似ているかもしれん、だがやはり違う。俺はお前のようにはなれないし、なるつもりもない、なる必要もないと思ってる。
…お前たちはお前たちで好きにやってくれ、俺は邪魔をしない。その代わり…俺の邪魔をしないでくれ。それだけでいい」
そう言うと背を向けて、その場を去るために一歩踏み出した。
何か過去を抱えているという意味では確かに同じかもしれない。しかしその重さがまるで違う。そしてそれに対する思いや覚悟も。ユウトのこれまでの態度から推測していたが、さっきの言葉でそれが確証に変わった。
背負っているものの重さ、抱えている闇の深さ、それによって今までどうしてきたか、その一端を垣間見た気がした。
本当は共通の知り合いであるという特権を活かし、ユウトとリュウキたちの仲を取り持つつもりだった。それだけではなく、アリサのもう一つのミッション、ユウトのことをもっと知って仲良くしたい。そのためには彼の話を聞き、せめて自分だけでも理解してあげようというものがあった。後者の方は達成できたといえばできたが、心の準備が足りなかった。そして前者の方は彼自身からはっきり拒絶されてしまった。
ここはハンターを志す者はもちろん、もう一度基本からやり直したいという人も多くいる。彼の実力からすればどちらも考えにくいし、必要もなさそうだ。だとすると何を思ってここに来たのか分からない。
以前自己紹介の時に目的を果たすため、と言っていたが、それが理由ならば、その内容が明らかになれば自然と分かる。そうすればそこを突破口として、打ち解けられるかもしれない。
しかし不用意にはできない。山縣とアクティスの会話からでも分かる。
だからといって仲間である以上放っておくことはできないし、力になってあげたい、一緒に解決策を探したい。
お節介と言われても何と言われても。
だがそれはどうやら自分の想像以上のものであるようで、力が及ぶか分からない気がする。それ以前に聞くだけでも覚悟を必要とする、そんな予感がする。そして何より彼がそれを拒んでいる。執拗にすれば今度こそ山縣隊は崩壊し、彼らは同じ道を歩むことはできない。
仲良くさせるとまではいかないが、せめて多少は知り合って、最低限連携が取れるようになるきっかけを作ろうと思ったが、却ってその距離は開いてしまった。
どうしたらいいのか分からない。
今は去りゆく背を見送ることしかできない。
でも、ダメなんだよ、そのままじゃ…。
アリサはユウトが消えたドアを見つめた。
夕暮れはほんのわずかな名残りを見せ、世界は闇に包まれようとしていた。




