始まりはマイナスから
「ハァ…!ハァ…!」
一人の少女が息を乱し、腰まである長い髪が地面と平行になるほどの勢いで森の中を駆けてゆく。傍から見たら分かりにくいかもしれないが、焦りや緊張感、恐怖といった感情が表れていて、必死の形相になっている。徐々に限界が近づいてきているが、それでも速度を緩めることなく時折背後を気にするような仕草をしながらただひたすら駆ける。
ドドッ!ドドッ!その後方から重い大きな足音が響いてくる。少しずつ振動が大きくなり一歩分耳に届くたびに恐怖で圧し潰されそうになる。そして木立の間から白い影が見えたと思った時には、木々を薙ぎ倒しながらその姿を少女の前に現した。
体長は五~八メートルはあろうかというその大きな体躯の獣は白い体毛に覆われている。所々に付着している赤黒い模様はこれまで喰らってきた獲物の血だろうか。思わず目の前の存在によって犠牲になったものたちと並んでしまい、あの一部になってしまうのではないかと想像してしまった。黄色い目がしっかりと少女を捉え、四本の足をゆっくり動かしながら距離を詰めてゆく。自らの力を誇示するようにゆっくり獲物を追い詰め、逃れられない死を体現しているような様は『王者』と呼ぶべき姿であった。
その巨体と雰囲気に圧されしばし荒い呼吸を繰り返しているだけだったが、背中に装備してある刀身が大き目の剣を手に取り、力強い眼差しを向けると果敢に立ち向かっていった。
横薙ぎの一撃を放つ。その剣は確かに獣を捉えるが、傷つけることは叶わず体毛を数本散らすだけだった。その後も何度も斬撃を与えるが大きなダメージにはならず、獣は煩わしそうに攻撃されている右前脚を動かした。身体の大きさの違いもあるが向こうの軽い一撃、もっと言えば少し動かしただけであってもこちらにとっては致命傷になりかねない。ほんのわずかな動きですら命にかかわる。だからこそ常に相手の動きを見て全体を把握しなければならない。少女もそれを分かっているからか少し距離を取った。
少女は鍔部分に埋め込まれている赤い玉石に手を翳した。するとエネルギーがあふれ出し、先ほどまで模様も何もなかった刀身に電子回路のようなものが紅い線で浮かび上がった。数回点滅するとはっきりした紅い光になり、剣全体がエネルギーで満たされてゆく。脈動のように脈打つそれに手を触れるとしっかりと握り直し、相手が動き出す前に再び攻撃を仕掛けた。
斬り上げた刃には獣の血が付き、弧を描くように飛び散る。初めて獣がうめいた。
ダメージを与えた少女は更に攻撃を重ねてゆき、着実に形成を変えつつあった。
しかしいつまでも黙って攻撃されているはずもなく、獣は咆哮を上げると左前脚で少女を踏みつぶそうと振り上げる。しかしそれは避けられるがすかさず噛みつき、薙ぎ払い等反撃を開始。初めの方こそきちんと避けられていたが、ここまでくるのに体力は消耗し、次第に限界が近づいてくるにつれて段々完全には躱しきれなくなり、ついに武器を弾かれてしまった。
剣は獣の体分離れた地面に突き刺さった。すぐにでも取りに行き攻勢に打って出なければならないが、それには目の前のこの獣を引き離す必要がある。いつもならそれができるだろうが、今この状況ではかなり厳しい。少しでも距離を縮めたいと思っているのだが、まるでその意図を読み取っているかのように進路に立ち塞がり妨害をしてくる。武器があれば簡単に捌けるのだが、今は避けるのに精一杯で、距離を縮めるどころか少しずつ離されてしまっている。
あれがあれば切り抜けられるのに…!焦りからか意識がどうしても剣に向いてしまう。そしてチラリと視線を剣に向けた瞬間視界の端に何かが映った。獣が踏みつぶそうとしてきていたのだ。咄嗟に後ろに飛び退いたことで直撃は免れたが、その衝撃で五、六歩分離れた所まで飛ばされ転倒してしまった。辛うじて受け身は取れたのですぐさま起き上がるが、目前に獣の白い前足、その凶悪な爪があった。
意図して避けたわけではない。ほぼ反射的に避けていた。そのため難を逃れられたのだった。
反射的な動きは早い。そのため時に本人すら驚く動きをするが、頭で理解して行動していない分制御が利きにくいため動作自体は早いが、その後に大きな隙を作りやすい。少女も例外ではなく、躱したもののその後のことは考えていなかったため、大きくバランスを崩してしまった。気がついたらうつ伏せになっていることを認識し、まだ生きていることを心のどこかで安堵するが、すぐに背後の気配で現実に引き戻された。
半身を獣の方に向けるとまさにその足が振り下ろされる瞬間だった。
思わず目を閉じ体を強張らせた。
風がほほを通り、大きな金属音のようなものが聞こえた気がした。
しかしいつまで経っても身体を貫く痛みも衝撃もやってこない。少女は恐る恐る固く閉じていた目を開けた。
その目に映っていたのは人だった。黒い衣服に身を包んだ男?が剣で爪を受け止めていた。何が起きているのか分からず放心していると、その人物が少女に顔を向けた。
黒髪短髪、横一文字の口は性格を表すように重く閉じられていて、角度のせいなのか分からないが瞳は紫がかっているように見える。何か言いたそうな表情で少女を見るが、何も言わず視線を戻し剣を右に払い刃を返し素早く斬りつけた。たちまち鮮血が飛び散り、獣はうめき声を上げると距離を取り、この乱入者を威嚇するように睨みつけた。
突如現れた己よりはるかに矮小な存在。しかし今度の人間は単なる獲物ではなく、自らの生命を脅かす存在であると悟っているのか、手を出してはいけないと本能で理解しているからか警戒し、一歩も動かずじっと様子を窺っている。
相手がすぐには動き出さないことが分かると男は凄まじいスピードで距離を詰め、四本の脚全てを瞬時に斬りつけた。特に少女の攻撃もあってダメージを受けていた右前脚は同じ箇所を斬りつけ更に深いダメージを与えた。
男の攻撃により立っていられなくなったのかバランスを崩し、痛みにうめく声を上げながら倒れてゆく。
男は追撃の手を緩める様子はなく、飛び上がると刃を向け、落下速度+重力、更に自身の体重を含めた渾身の一撃を頭に叩き入れ地面へ激突させた。その衝撃は森全体が揺れたのかと錯覚するほどの振動だった。
獣は断末魔の叫びを上げる間もなくその体躯を横たわらせ沈黙した。
少女はもはや放心状態で目の前で起こった出来事を見つめたいた。男が現れてから決着がついたこの瞬間までもぼうっとし、どこか他人事のように感じた。まるで映画を観ているように目の前でストーリーが展開していき、それを眺めているのだが、それと違うのは感情移入がなく、ただ淡々と映像が流れているようでまったく考える暇もなく、何も判断ができないことだ。もちろんそこには感動も興奮もない。
ぼんやりと眺めていたので何が起こっているかも、何をしているのかも分からず頭が追いついていなかった。そのため男が自分の前に来て声をかけているのにも気づかなかった。
「おい」
もう何度声をかけていたのだろうか。その声音は若干のイラつきが混ざっている気がする。そうしてそこで初めて男の姿をしっかり見た。
「大丈夫か?」
あまり関心がなさそうに見えるが、一応心配してくれているのだろうか。声が出ずに視線は男に向けたまま頷く。男はそうか、と一言だけ言うとそれきり何も言葉を発しなくなる。少女は未だしゃがみこんだ状態なので自然と見上げる形となり、しばし見つめ合ってしまう。いい雰囲気に見えなくもない。
その沈黙や眼差しに耐えきれなくなったのか少女の方から口を開いた。
「あの…助けてくれてありがと…」小さい声であったがしっかりと聞こえていたらしく、ああ、と一言。それだけだった。
会話が続かない。彼女自身あまりお喋りする方ではないが、目の前の男はそれ以上だ。無口と言ってもいい。無愛想という言葉では言い表せない、冷めてるという印象だった。
まだ整理がつかないがあの白い巨体の獣の姿が見えないということはこの男が倒したのだろう。武器は自分たちが使用しているものとは形状が違う細身の刀身の剣で、正直武器としては心もとないように思う。しかしそんなことは感じさせない戦いをみせて、これだけで一人で倒してしまったのだから一体どれほどの強さなのだろう。そんな疑問が湧くと自然とそれを聞いていた。
「…あなたは何者なの…?」少し沈黙した後男は「…俺は」と答えようとしたところで物音が聞こえてそちらを見る。何人かこちらへ向かってくる気配を感じると少女に背を向け、地面に刺さった自身の剣を鞘に収める。
そして少女に顔だけ向けると「いずれまた会うだろう。その時にな」と言い残して立ち去っていった。
意味深な台詞の意味を考えながらその背を見送っているとガサガサッ!と反対方向の草むらが揺れる。急いでそちらを向くと「アリサ!」少女の名前を呼びながら少年が飛び出してきた。その後ろにはアリサと呼ばれた少女と同じ赤い衣服を着た少女他二名がいる。
「あ…リュウキ…」少年の名前を呟いた。そこでようやく意識がはっきりとしてきて、彼らと行動を共にしていたことを思い出した。
「大丈夫か!?」
「どこかケガしてない!?」口々に身を案じる声をかけられる。不謹慎だがそれをうれしく感じる。
「うん、大丈夫。大きなケガはしてないよ」細かいキズならけっこうあるけど、と苦笑する。
「なら良かった…。すまなかったな、オレたちが誘導ミスしたせいでお前に負担させちまって危ない目に遭わせた」
「『オレら』じゃなくて『お前が』だろうが!お前がヘマしたせいでアリサは鬼ごっこだぞ!」
「それを言うならお前もだろうが!さんざん溜めてかっこつけた挙句空振りなんかしやがって!」
「なにを!?」「なんだよ!」
「やめなさい二人とも!どっちもミスしたんだからどっちも悪いでしょ!」喧嘩が勃発しかけるがリュウキと共に来た少女によって止められ、尚且つ痛い所つかれて押し黙る。その通りだ。
「まったくもう…。でも流石ね、アリサは。あの邪神を一人で倒しちゃったんだから」
「あ…いや、私じゃないの。むしろ助けられて…」
「助けられたのか?お前が?誰に?」
「ウソだろ?お前って変に謙遜するところあるからな~…。どうせ皆の勝利が~とか運が味方したとかそんなだろ?それかあれか!内なる自分が目覚めて覚醒したとか…」
「ポルナンじゃないんだからそれはないでしょ」
「ちゃんとした人だったよ。えっとね…」
そう言うと先ほどまでの衝撃的な出来事を思い返しながら彼らに話した。それを聞く彼らは信じられないという表情を浮かべながらアリサの話に聞き入っていた。
「…にわかには信じられんな。アリサが手も足も出せずに助けられたなんて…」
「でも特別要請があったぐらいなんだから邪神の強さとしては当たり前かもね。まさかアタシたちだけだったとは思わなかったけど」
「だとしたらそいつ何者だって話にならねぇか?そんなあっさり倒すなんてありえねぇよ…」
「分かんない。聞いたけど答える前にどっか行っちゃったから。皆が来なければ聞けたと思うけど…?」
若干毒のある言い方をするが、こんな風に言えるのも彼らがいるがゆえの安心感、そして少しずつ落ち着いてきた証拠だ。少し前までその命は風前の灯火だったのにだ。それを分かっているからこそ彼らも軽く茶化す程度で済ませられる。
「だとするとだ、ヨウカ。あの場にはオレたち以外にも誰かいたことになるな」
「そうね、全然気づかなかったけどそうなんでしょうね。ポルナンは…いても気づかなそうね」
「コイツはそういう気配とかノーセンスの猪野郎だからな」
「んだとぉ!?けどその通りだ!」
そんなやり取りがありながらアリサを助けた謎の男について話し合うが、実際に会った本人が分からないのだから彼らに分かるはずもない。自分たちと同じ制服は着ていないし、どこに所属しているのかが分かるものも身に着けていなかったという話からたまたま居合わせたフリーのハンターではないか、というところを一応の着地点とした。
「ところでだ、その討伐された邪神の死体はどこにある?」新たな疑問をリュウキが口にする。
邪神といえども一応はれっきとした生物なので倒したら霧になって消えるとか、灰に姿を変えるということはない。時間をかけて自然のサイクルの中で消化されてゆくので、倒したらそこには死体として存在するはずである。
周りの状況から考えてもここで戦闘があったのは間違いない。しかし討伐したからと語っていた邪神がいないのはおかしな話だ。アリサを追ってここに駆けつけてきた時から感じていた違和感、その正体が分かった。
一方アリサは今リュウキに指摘されて初めて気づいたようだ。周りを見るが確かに先ほどまで暴れまわり、そこにいた痕跡はあるのだが、なぜか自分を死の直前まで追いやったあの白い体毛の邪神の死体だけがない。どういうことか分からず、驚く半面困惑する。
今までこんなことはなかった。
「まぁ確かに不思議だけど倒したって言うんだからそれでいいんじゃないの?」一同が困惑する中、リュウキ、ポルナンと同じ緑と黒の制服を着た小太りの男子が会話に加わった。
手には先ほどまでアリサが邪神に弾かれた剣を持っている。
「僕らの役目はあくまで邪神を倒して平和に導くことだからさ。死体確認はそのための手段の一つと倒したっていう証明にしかならないと思うよ。それにアリサが目の前でその人が倒すところを見たって言うんだから信じていいんじゃないの?」と言ってアリサに剣の柄を向ける。アリさがそれを手に取ることで武器は本来の持ち主のところに返った。
それを見るとその男子はアリサの手を掴み立ち上がらせた。
「それに腰が抜けるほどびっくりしてる状態であれこれ聞いてもお互いによくないだろうし」
「まぁ…そうだな…」
「そうね、今はゆっくりと体を休ませることを優先しましょ。落ち着いて、思い出したことがあったらまた話してくれる?」
ヨウカが労わるようにアリサを支え声をかけると、アリサも頷いた。
「じゃあ戻ろうぜ。オレくたびれちゃったよ」
「そうだな、常にかっこつけて闘ってりゃそうなるわな」
「んだとぉ!?お前だって似たようなくせにテメェだけ冷静ぶってんじゃねぇぞ!」再びギャーギャー言い合いを始める二人を呆れたように眺める。
「まったくこの二人は…」
「まぁこうじゃなきゃいつもの山縣隊じゃないよね」
「…同意しちゃいけないんでしょうけどね……」
このやり取りを見ると帰ってきたと感じ、どこか落ち着く。彼らの元に帰ってこられてよかったと思うと同時に、結局名前すら分からない正体不明の凄腕のハンターに感謝した。あの男がなぜあの場にいて、自分を助けたのかは分からないが、彼がいなければ自分は間違いなくあの場で死んでいた。そしたらこうして彼らとは二度と一緒にはいられなかった。
――――せめてきちんとお礼だけでも言いたかったな。また会えるかな。
そんな思いを抱きながらアリサたちは帰るべき場所へ帰還していった。
その彼らの後ろ姿を見つめる瞳があった。気配を消してこれまでのやり取りを樹上から見ていた。
彼らの姿が見えなくなると「………あれが俺の…」平坦な声で呟いた。
かつてこの世界は邪神と呼ばれる生命体が支配し、縄張り争いが起こり、戦い、互いを生きるために喰らい合うなどの光景があちこちで見られた野生的で厳しい世界だった。しかしそこにある日二本足で歩き、言葉を喋る生き物、人間が現れた。邪神たちからしてみれば突如現れた小さな存在ではあるが、自分たちのように殺し合ったり、縄張り争いをすることもなく、互いに協力しながら生きているという不思議で奇妙な生物だった。その物珍しさから興味を抱き接近するものたちも現れた。
しかし大きさの違いや性格の違いもあり、邪神たちは時として意図せず結果として人間たちを攻撃してしまうこともあった。
餌にするには腹が膨れないため喰うことは少なく、邪神同士の争いに巻き込んでしまい犠牲となる者たちもいたが、その数は徐々に増加し始めていった。そうすると人間と邪神が対立し、争うようになる。しかし大きさも力も遠く及ばない人間たちは次々に殺されていき、またたく間に絶滅しかけた。
それを憂いた邪神の王は住み分けを行うため、また自らの統制下におくため世界を八:二に分けるような位置で境界線を引いた。それによって邪神たちは一体として残らず境界線の向こうへ去っていった。
そこから長い時間をかけて人口を増やし、文明を築き始めた人類は当時の先祖から何世代も経っている子孫だったため、伝承や昔語りとして邪神の猛威があったことは知っていても、徐々にその脅威は薄れていき、その話自体を忘れ、他人事のようにしか感じられなくなる者たちが多くなっていった。
邪神サイドも同じく似たような思いが芽生え始め、なぜ境界線があるのか、向こうにも大地があるのになぜ出てはいけないのか、住み分けなんてクソくらえ、強いものが支配者だ、と思った一部のものたちは境界線を越えて人間界へ侵攻してしまった。
一五〇〇年前に人類と邪神の間で結ばれた締結が破られた瞬間であった。
一度破ってしまえば後は簡単、流れに身を任せるだけ、誰が何と言おうと止められない。それまで守ってきた邪神たちも触発されるように動きだし、タガが外れたように次々と邪神たちは人間界へ降り立った。
戦乱の世を終え平和に暮らしていた人間たちは戦いの備えをしていない、そんなものも知らない者たちばかりだ。さらに人間には対抗できても邪神という存在と戦うことなどそもそも想定していないので、当然迎え撃つことはできないので、またたく間に邪神によって殺されていき、時間をかけて増加した人口はたったの七日間の間に六割程度まで減少し、築いた文明も滅ぼされ、荒廃した大地や廃墟だけが存在する世界となった。人々は邪神の脅威に怯え、その身を隠すように暮らした。
そんな時邪神に立ち向かい、もう一度復興させてかつての生活を取り戻そうと一人の男が立ち上がった。その男はかつて邪神の王と締結した人間の子孫だった。
先祖たちにできて自分たちにできない訳がないと周囲の者たちを鼓舞し、徐々に感化されていった人々は立ち上がり、邪神との全面対決が幕を開けた。
しかし邪神の力は強大で、その圧倒的な力に犠牲者は増える一方、男も負傷した。だが同じ邪神としてこの騒動を止めたい、協力したいという人間寄りの邪神が現れ共闘することになった。しかしそれは同時に反感を買い、人間・一部の邪神VS大多数の邪神という図式が成り立ってしまい、邪神同士での対立も起こった。
邪神に対抗するには同じく邪神の力を使うしか方法はない、との考えに至った男はその身に邪神を宿し、その身を犠牲にしながら戦い、ついに邪神を退け僅かではあるが支配された大地を取り戻した。
そして男亡き後も遺志を継ぐ者たちが戦い、集い、知識や技術を伝承し、後進の育成をするための機関を設立した。
「その源流を汲み名前を変えたのが現在のここ、イラスタード学園だ」やや筋肉質の背の高い男が説明する。
服装はグレーのジャケットに黒いパンツ、年齢は三十代後半から四十代前半ぐらいだろう。この男はアリサやリュウキが所属する隊の責任者であり、指揮官の山縣亮太である。
山縣は傍らに立つ男にそう説明する。同じ部屋にはその男を興味深そうに、また睨むようにして見ている山縣隊のメンバーがいた。
話は約二十分前、アリサたちは山縣に彼の執務室へ呼び出された。いつも任務時にはそこで説明されるので、前回からそんなに時間が経っていないがそれはあまり関係ない。邪神はいつどこに現れるか分からないので今回もそうなのかと予想したが、どうやら違うようなので何の用なのか疑問を持ちながら向かった。そこで山縣に改めて前回の任務の労をねぎらわれ、うれしいニュースだと前置きされ新メンバー加入の話を聞かされた。前々から噂になっていたり、それとなく聞かされたりするのが通例なのだが、まったくのサプライズだったので当然驚いたが、山縣が言うように新メンバーの加入は素直にうれしい。強ければ尚良いとはリュウキとポルナンの談だ。
そして山縣に呼びかけられ、部屋の外に待機していた人物が入ってくるとアリサは目を丸くした。
「じゃあ自己紹介してくれ」しばし無言だったが、ゆっくりアリサたちを見ると「…ユウト・エルラド・ジャパーニャだ」と一言だけ言った。
その表情もまるで興味ないと言っているようできちんと彼らを見ていない。
あまりにもあっさりした自己紹介、そして態度に場に嫌な空気が流れるが、すかさず山縣が「おいおい、もっと愛想良くしろよ。名前だけじゃなくて何か趣味とかさ」となるべく明るく言うが「…特にない」とまるで話はもう終わったというようで更に冷えつかせた。
「あ~…悪いな、こういう奴なんだけど緊張してるせいもあるんだろうな。しばらくすれば大丈夫だと思うから慣れるまでちょっと待っててくれな?」と苦笑しながらフォローした。
「んじゃあお前たちもリュウキから順番に自己紹介していってくれ」そう言われリュウキが一歩前に出た。
「リュウキ・ファリストージだ。山縣隊のリーダーをやっている。最初はここでの生活に慣れなくて大変だと思うが、できる限りフォローするから安心してくれ。これから一緒に頑張っていこう。よろしく頼む」そう言って右手を差し出したがそれには応じず、ただ小さく頷いただけだった。
リュウキは表情を曇らせるがすかさず山縣がフォローに入り、次へ回した。
「じゃあ次はアタシね。アタシはヨウカ・タンエンゼルっていうの。さっき自己紹介したリュウキとは昔からの知り合いなの。同じ隊の仲間になるんだし気軽に声かけてね」と人懐っこい笑みを浮かべた。それに今まで何の興味も示さなかったユウトが初めてヨウカを見て名前を呼んだ。
「…ヨウカたん?」しかしそれは間違っていたが。
ヨウカは笑顔のまま固まったが、後ろでクスクス笑うリュウキたちをひと睨みして黙らせると、ユウトには再び笑顔を向けた。その笑顔は非常に恐ろしいものであった。まさに笑顔の般若。
「よく間違われるんだけどね、ヨウカ『たん』じゃなくてヨウカ・タンエンゼル、『タンエンゼル』だからね。これからはヨウカって呼んでね?」凄みと威圧を感じた。
言外に『次ヨウカたんって言ったらタダじゃおかないわよ?』と言っている気がした。それを感じ取ったユウトは無意識のうちに頷いていた。
「オレはポルナン・ピッツだ!攻撃は最大の防御がオレの戦い方だ!強ぇヤツは大歓迎するぜ!お前見たところかなりやりそうだな!どうだ!この後ちょっくらオレとやりあってみねぇか?」
ユウトはチラリとポルナンを見てすぐに視線を外し、それきり何の関心も示さなくなった。
『もうお前に用はない、下がれ』そんな雰囲気を感じる。
短気なポルナンはその反応の無さに「おい!テメェ何とか言えコラァ!今すぐここでぶっ飛ばすぞ!」と詰め寄るがすかさず小太りの男子が止めに入り、リュウキも協力し引きはがした。
「ごめんね?ちょっと熱いヤツで強そうな人見るとすぐにああなるんだ。でも根は良いヤツだからきっと打ち解けられると思うよ」
怒るポルナンを落ち着かせる役目をリュウキとヨウカに任せてきて、一言詫びる。
「………」やはり何の反応も見せない。
「じゃあ改めて僕はアクティス、アクティス・ブラウン。こんな見た目だけど意外と動けるからね、足手まといにはならないよ」
「よ!さすが山縣隊一の機動力!」
「動けるデブ!」
「アハハ…!ねぇそれ褒めてる?ポルナン?」というような掛け合いがあったのだが、先ほどまでのポルナンとほぼ同じ反応だった。しかしそれに気を悪くすることはなく、よろしくと笑みを向けた。
「じゃあ最後にアリサだな」山縣に呼びかけられて一歩前に出るアリサ。その表情は驚きに満ちており、何かを期待するような瞳をしてユウトを見つめている。
何も言わないアリサに不信感を覚えてヨウカが声をかけようとしたと同時にアリサが話し始めた。
「…私はアリサ・イェーナリッヒ。主に前衛を担当しているの」
「………」
「…ねぇ、この前アラタミからアナタに助けてもらったんだけど、私の事覚えてる…?」
アリサの口から出た言葉に山縣隊のメンバー一同ザワついた。
「え?じゃあこの前言ってたアリサが助けられたフリーのハンターって…」
「この人だよ。間違いない」ヨウカにきっぱり断言すると再びユウトに視線を向けた。
「あの時は名前を聞きそびれちゃったし、私も自己紹介できなかったよね。ユウトっていうんだ。私の事はアリサって呼んで。あと、この前は助けてくれてありがと。改めてお礼を言うね」
「ああ」
ユウトが発したのはこの一言だけであった。
リュウキたちは自分たちとまったく同じ反応のユウトに対し疑問符が浮かぶ。自分たちは初対面だから仕方がないかもしれないが、一応アリサとは面識があるはず。しかしそのあまりの素っ気ない反応に本当に知り合いなのか?という疑問も出る。一度でも面識があるのならそれ相応の反応を示すはずなのだが。助けた、助けられた関係で、その時点からの初めての再会であるならばもっとお互いに話してもいいと思うし、もっとその雰囲気が表れてもいい気はする。
アリサもまたつれない返事に自分の事を、あの出来事を忘れたのではないかと心配になった。自分にとってはある意味運命的な出会いなのだが、この人にとっては特に珍しいことじゃなかったのかもしれない。その表情からは読み取れないが、他のメンバーに比べて視線が自分に向いている気がする。彼らよりは関心があるのだろうか。それが自分の事を覚えているという行動の表れになっているのかは分からないが、そうであったのならうれしい。
今はもう興味を無くしたのか、どこを見ているのか分からなくなってしまったが。
「そうか、お前だったのか。いや、アリサから謎のハンターが倒して助けてくれたとは聞いていたが…そうだったのか…。俺からも礼を言うよ、お前のおかげで俺の大事な部下は命を落とさずに済んだ」
少し視線をアリサに向け、山縣を見ると小さく頷いた。
「じゃあ自己紹介は済んだことだし、今度はここの説明を軽くしよう。お前たちも復習がてら聞いとけよ。特にポルナン!」
「分かってますよ!」名指しされたポルナンは良い返事をした。
「じゃあまずは邪神とはから話すか。え~…」というやり取りがあり、現在に時間は戻る。
「そして今日からここがお前の家になる。変な遠慮はいらんぞ。お前たちもどんどんこいつに絡んでけ、それなりには応えてくれる…はずだ。無愛想だけど強ぇからきっとお前たちも参考になる」
それを聞いてポルナンの目が光った…ような気がした。
「先生が言うんならやっぱりお前強ぇんだな。オレのカンも捨てたもんじゃなかったな。よし!勝負だユウト!お前を倒して山縣隊一の強さを完全にする!」
「よく言うわよ。アリサに勝てないし、リュウキとだってどっこいどっこいじゃない」
「勝ち目がない訳じゃないからな!勝ち目があれば勝てる!何ならリュウキから先に倒してもいいし、アリサからでもいい!けど!今はお前だ!」ビシッと指を差すが、ユウトはまったく相手にしておらず、ため息まで吐く始末。
それにカチンときたポルナンは「くぉんのぉぉ!オレを無視すんじゃねぇぇ!!」飛びかからんばかりの勢いでユウトに襲いかかろうとするが、すかさず隣にいたアクティスが止めに入り、部屋の隅に引きずっていく。
「すまんな、ああいう奴なんだがアレでも一応オレたちの中じゃ攻撃専門のメインアタッカーなんだ。悪気はないんだが強い奴を見るとああなってな。迷惑かけた」
「………」
「でもオレとしてもあいつの気持ちは分かる。リーダーとしてもメンバーの力量をある程度把握しておくのは義務なんだ。だからって訳じゃないし、オレ個人としてもそうなんだが、お前の力に興味があるからぜひ見せてほしいと思うんだが。あいつが嫌だって言うんだったらオレが相手になるし、それかリクエストがあればそれに応じるが…」
ユウトの傍にいたアリサもじっとユウトを見つめ、何を言うかその反応に注目した。
二人の視線を何でもないように受け止めると「…必要ない」と一言、底冷えするような、凍てつく瞳でリュウキを見た。
リュウキはこの時ほどゾッとしたことはないという。今までそれなりに戦い、修羅場をくぐり抜けたがこんな人間は初めて見た。どんな人間になればあんな視線だけで人を殺せそうな、底の見えない暗闇のような瞳になるというのか。言い知れぬ恐怖に体が強張った。
「そ、そうか。ならオレとやるか。オレも強い奴とは戦ってみたくてね、あいつほどじゃないけど」なるべく動揺を表に出さないように努めたが果たして通じているのか。
「…何を言っているんだ。俺はそんな力試しなどする必要がないと言ったんだ」
それまで大した反応らしい反応もせず、口数も極端に少なかったが、今初めて言葉らしい言葉を喋った。しかしこれまでの態度や思いが言葉に出ただけというような、感情の籠っていない、興味のないものだった。
まともに喋ったことにも驚いたが、それ以上にユウトの言葉に驚いた。
「な…なんでだ?」
「お前たちと慣れ合うつもりはないからだ。やるだけ時間の無駄だ」
先ほどまで騒いでいたポルナンたちも思わず彼らの方を注目する。と同時にその台詞に怒りがこみ上げてくる。今ヤツは何と言った?
リュウキもカチンときたが、一応はリーダーとしての自覚からなのかあからさまには表に出すことはしなかったが、眉間に皺が寄った。
「そう言うがな、これも大事な仕事の一つなんだ。オレにもお前にもな。互いの力を知れば戦い方も分かる、それによってコンビネーションや組み立て方に変化が出てくる、ならば当然練習する必要がある。でなければオレたちも、お前も危険になる。互いの力や戦い方を把握しておくのはお互いにメリットがあるし、重要だと思うが…?」
「連携をとる必要がない言っているんだ。お前らはお前らでやれ。俺は俺でやる」
「な…!」そのあまりの自分勝手な言い分にムカッ腹がたつ。
「だいたい勘違いしてねぇか?邪神を殺すのが俺たちの仕事のはず。殺せば方法は何でもいいはずだ。俺一人でやる方が安全で確実に殺せる。お前らに足引っ張られなくてすむからな」
「テメェ…!」胸ぐらを掴み、殴りかからんばかりの勢いでユウトに詰め寄り一触即発の事態になるが、そこで山縣が止めに入り落ちつけ、と両者をなだめる。
「ユウト、お前の言い分も分かる。こいつらはお前と比べてもまだまだだ。お前が邪魔だと言うのも仕方ねぇし、邪神を倒せれば手段は何でもいいというのはある意味真理だ。
だがここは学園であらゆる手法や技術、知識を学び、色んな奴から影響を受けて、戦い方や信念を確立していく場だ。まだお前のような領域まで行かない奴らを育成する場なんだ。その一環の集団戦法であり、連携だ。一応今日からお前はこの隊の一員でこいつらの仲間なんだ。それらしく振る舞っておいて損はないと思うが」
「………」
全員の視線を一身に受けているユウトはまばたきをせずにどこかを見つめた。アリサはそっとその視線の先を追うが壁があるだけで、特別何かを見ているわけではなかった。ここにはない何かを見ている…?
アリサだけがこの中ではユウトの戦いを実際に見ている。あの時はまるで本気を出していないことぐらいは分かるし、その時だけでも自分たちでは足手まといにしかならないことが分かってしまった。まさか仲間になるとは夢にも思わなかったが。
山縣が言ったように自分たちは今日から同じ隊のメンバーであり、これから危険な任務や戦いをしていくことになる。すべてを知る必要はないかもしれないが、一緒にやっていく以上ある程度は知らないといざという時に自分たちが危ないし、苦手なポジションを任せてしまってはユウト自身が一番危険で大変になる。もっとも今から行われるかもしれないリュウキとの力比べではその片鱗すら拝めないと思うが。
チラリと一瞬目が合った気がした。全員が見つめる中ユウトは渋々応じた。無表情ながらそこには不快感が表れている気がした。
第三演習場という立札が貼られ、金網に囲まれただけの簡素な屋外施設へ移動してきた一同。実際にこれから闘う二人から少し離れた場所に立ち観戦するアリサたち。
武器を手に取り、ユウトを睨むリュウキに対し、先ほどまでとまったく変わらない様子のユウト。そんな対照的な二人を見ていると自然と話題はどういう展開になるか、ヤツがどれだけの力を持っているのか、になり注目する。
やがて山縣が二人の元へ行くと準備確認をした。二人が頷くと「それでは始め!」開始の合図がなされた。
リュウキは互いに取っていた距離を詰めるように突進していき、間合いに捉えると右手で斬り上げた。
ユウトはそれをわずかに体を反らしただけで躱した。完全に見切っていなければできない最小限の動きでの回避に驚くが、すぐさま横薙ぎに剣を払い攻撃するが、腰を軽く曲げただけで躱してしまった。
リュウキは諦めず一撃でもダメージを与えようと次々に剣を振るい斬撃を繰り出すが、そのすべてを紙一重で躱してゆく。その場からほとんど動かずに。
力を入れて振るった一撃を眉一つ動かさず躱されると、一旦距離を取った。
「どうした!?避けるばっかりじゃオレには勝てねぇぞ!」これだけの数攻撃してもかすりもしないことに苛立ち始めたのか、分かりやすく挑発する。しかし相変わらずの無表情、無反応でユウトはリュウキをじっと眺める。
「何とか言え!!」更に怒りに火をつけ、叫びながら突進し、勢いそのままの突きを繰り出すが、左足を軸にして半身を左に移動させて躱すと、間近にあった後頭部を右手で掴むと思い切り押して、地面へうつ伏せに倒した。
本気で突くつもりだったので躱された時点では止められない。その後は考えていない訳ではなかったがすぐには対処できない。それには経験不足、冷静さ、そして相手の強さが問題だった。
派手に倒れたリュウキはすぐに立ち上がるが、振り返った先にユウトの姿はなく、自分たちの闘いの審判をしている山縣のところにあった。
何事か喋っていたと思ったら山縣が「ここまでにしよう!終了だ!」と終わりを告げた。
宣言されるとユウトはその場にいる誰にも目をくれることもなく演習場を後にした。
残されたリュウキたち、特に闘っていたリュウキは訳も分からず突然終わりを告げられたので困惑している。
何が起こった?どうなっている?なぜヤツはいなくなった?疑問が次々に浮かぶ。本当に終わったのかどうか、だとしたらこんなにもあっさりしているのか。何もないのか。
「大丈夫か、リュウキ」呆然と立ち尽くしていると山縣とヨウカたちが傍に来ていた。
「強くなってるな、リュウキ。日々鍛錬している成果がよく出ていた。だがちょっと熱くなってたな。俺たちの本業は対人戦じゃないとはいえ、相手さん方も避けたり防いだりもする。けど根本は変わらねぇ。もうちょっと冷静にやればもっと良くなるぜ」
アドバイスを送られるが頭に入ってこない。自分たちが聞きたい肝心な部分を言っていない。
「先生、彼はどこに?」アリサも同じ気持ちだ。
「さぁ?分からんねぇ。敷地内にはいると思うが」
「それもですけどそうじゃなくて。どうして途中で出ていったのかと…」
「ああそっちか。本人曰くこれ以上は時間の無駄だったから、らしいぜ」
その瞬間全員が始まる前の出来事、説得中の時を思い出した。確かにあの時もそう言ってはいたが、本当に終わりにするとは。それもこんな中途半端な終わり方で。
自分たちはともかくリュウキはとても納得できないだろう。無理矢理相手をさせて、更にその相手に軽くあしらわれて、改めて時間の無駄だと言われたのだから。おまけに本人に言わない点も更に怒りに火をつけさせる。
案の定リュウキは怒り狂い剣を叩きつけた。
「あのヤロオォォ!!フザケんのもいい加減にしろぉ!!まるで眼中にねぇかのようにしやがって…!」
悔しさのせいで声は擦れ、顔は歪み、血が出てしまうのではないかというほど深く爪を食いこませている。
決して強いと思っているわけじゃない。敗けることだって何度もあった。邪神との戦いでは死にかけたこともあるが敗北を乗り越え、鍛錬に励み、仲間たちにも助けられて曲がりなりにもリーダーを務めてここまできた。自分の力に満足してはいないがこれまでの経験に基づいた強さ、自信があった。もちろんそれで終わりにしようなどとは思わず、目指す強さを求めてひたすら歩き続け、最強のハンターになるのが目標だ。
どんな相手にも通用すると思っていた。
しかしそれは過信だったのか。気がつかない内にあぐらをかいてどこかで満足していたのか。
今回でプライドをズタズタにされた。
全力で闘って敗けたのなら悔しいがどこかすっきりとして、お互いの力を認め合い、良きライバルとして切磋琢磨していける。
しかし今回はどうだ。山縣が指摘したように躱され続けたことで焦りやイラつき、冷静さを欠いていたのは事実だが、それ以上に踏み込んでしまったのは相手の態度があったからだ。ヤツに対してムカついた。
――――まったくオレを見ていない。
今までは何度も衝突した相手でも、気に食わないヤツでも闘えばきちんとお互いを見て全力で闘った。自分はもちろんだが向こうもきちんと自分を見ているのは分かっていた。そして闘いが終わったら口には出さないが互いに認め合い、すがすがしさがあった。
しかしヤツは違う。敵としても自分を見ず、仕方なく嫌々相手をして、まるでそこにいないかのようにあしらわれた。一度も攻撃をしてこなかったのがその証拠だ。
自分の力が通用しなかったことはもちろん悔しいがそれ以上に眼中にない、敵としても認識されていない、相手にもしてもらえない自分自身に怒りがこみ上げる。
怒りのあまり言葉にならない。しかしその怒りはありありと伝わってくる。こんなリュウキを見るのは初めてでヨウカたちもどうしたらいいか分からない。
誰もが口を開くことを躊躇われるなか、それを破るようにアクティスが山縣に尋ねた。
「先生、彼は一体何者なんですか?」
「…何者って?」
「リュウキは強い、でもリュウキより強い人が大勢いるのも分かっています。けどその人たちにだってまったく、ここまで手も足も出ないほどではないはずです。…正直僕らとは次元が違う強さですよ。アレは」
アクティスに同意するようにヨウカも頷く。ポルナンも一切攻撃しない、たったあれだけのやり取りや動きだけで己とは比べものにならない強さであることは分かった。分かってしまった。だからこそリュウキの怒りや悔しさが分かる。あれが自分だったら我を忘れて本気で攻撃をして、そして倒されていただろう。いや、倒されるだけまだマシか。
「一連のやり取りを見ていれば先生たちが知り合いなのは分かります。逆に先生以外で彼を知っている人はいません。…彼は何者なんですか?」
「…そうだな。まだ何の説明もしていなかったな。あいつ自身があまりお喋りな方ではないんだが、それでもあまり俺の方から言うのもどうかと思ったんだが…。仕方ないか。
だが悪いんだが俺も正確にはほとんど知らない。素性や過去も含めてな。ただあいつは俺がスカウトしてきたんだ」
一体今日だけで何度驚けばいいんだろう。
ここは望めば誰でも入れるようなところではない。入学試験という名の資質検査で基準に満たなければどれだけ有能だろうと、特筆すべき点があったとしても、強くても在籍は叶わない。それは史上初の対邪神戦闘員養成機関としての誇りと伝統があるからだ。だからこそこの学園は将来活躍が確実な、いわゆるエリートが入ることになる。
しかしそれらの試験をパスして在籍できる制度がある。
それがスカウト制度というもので、教員自身がスカウトすれば、一切の試験や手続きなしに入学できてしまう裏ワザのような方法だ。だがこれに該当する者は極端に少ない。
理由は主に二つあり、一つ目は全教員にその権限があるわけではないという点。二つ目が単純にそのような人物を見つけられないという点だ。これは直接実地でその力を見なければならないということに起因する。また教員自身も多忙な身であるため、素晴らしい実力を持った者がいるという噂は聞いても見に行けないのが現状だ。それ以外にも教員同士の対立や職権乱用の防止、汚職事件が関わっていたりするのだが、主には権限保有者が限られている、そして実地での実際の確認という二つだ。ある意味では普通に入学するよりも難しい。だからこそスカウトで入ってきた者は自然と噂になり、あらゆる意味で注目される。
アクティス自身スカウトされた人には何度か会っていて、声を掛けられただけで萎縮したり緊張してしまうこともあった。それだけ纏っているオーラの違いや、凄さを感じる。
まさか彼がそうだったとは。しかも自分の担当教員がスカウトしてきたとは欠片も思っていなかった。
「俺があいつをスカウトしてきたのはもちろん学園のためでもあるんだが、あいつ自身のためでもある。だがそれ以上にお前たちのためでもあるんだ」
「……オレたちの?」ようやくリュウキの意識がこちらに向いた。
「お前は実際に闘ったから分かると思うが、あいつは強い。しかもまだ更に上を目指している。そしてその強さはお前たちとは違う種類のものだ」
それは分かる。一目見ただけでも自分たちとは違う、まるで別世界の人間のようだった。
「お前たちは決して弱くない。だが強さに対してもっと貪欲であってもいいと思うし、人間危機感や緊張感を持った時が一番強くなる。あいつを見ていけば分かると思うが、何かに追われるように前へ進み強さを求めている。
そうしろとは言わないが、お互いに違うからこそ互いに影響を受け合い、刺激を与え合い、高め合っていくんじゃないかと思う。色んな奴がいてそういうことを学ぶ意味も含めて、盗めるものは盗んで、成長してこれからを背負って立つ人間になってほしい。だから俺はあいつをスカウトしたんだ」
上手く言葉に言い表せないが、ここまで自分たちの事を考えてくれていたとは思わなかったので驚き、そしてうれしさがこみ上げる。
スカウトする側の人間の話は今まで聞いたことがないので何を理由にしているのか分からず、適当にそれこそ話題の一つ程度に取り上げ予想しているだけだったが、初めて聞くそれは教え子のためを思っていると分かった。それはこの人だからかもしれないが。
うれしいが、しかしそれは試練でもある。僅かな時間共にいただけでも分かったあの凄まじい無愛想さ、無関心さ、関わりにくさ。二人きりではとてもいられないあの気重さ、考えただけでも嫌だ。しかもそんな奴とこれから同じ隊で活動していかなければならないのだから悪夢ではないか。だがそれらを踏まえたうえで、自分たちなら乗り越えて成長してくれると思ったからこそ、先生はこの試練を与えたのだろう。その期待には応えたい、何より強くなりたい。けど…
「ま、すぐに理解しろとは言わねぇさ」そんな彼らのジレンマが分かっているのか山縣が言う。
「俺でもあんな風にやられたら怒るさ、間違っちゃいない。それは俺から注意しておく。けどお前たちもきちんとあいつを見てほしいと思う。お前たちなら出来るさ」
そう言ってどこまでもこの人は人を信じている。けどそれが難しいことぐらい分かる。簡単なものほど難しい。
まったく相容れる気はしないが、そしてこれから先も変わらない気がする。しかし尊敬する人物から言われたおかげかやってみようという気持ちがほんの少しだが芽生えた。
どうしたらいいのかはまだ分からない。けど少しだけでも変えてみようと思った。
学べるところか…。胸中で呟くとユウトの姿を思い浮かべた。
夜、山縣隊執務室に二人の男の姿があった。一人はこの部屋の主でもある山縣、もう一人はその山縣にスカウトされ、本日加入したばかりにも拘らず、この数時間で不用意な発言やそぐわない態度により様々な悪影響を及ぼし、最悪の第一印象からスタートしたユウトだ。
二人はソファに腰かけ向かい合って座っている。ユウトは相変わらずの無表情で会話をしている。一応は会話として成り立っている。
「どうだ?今日一日ここで過ごしてみた感想は」
「…別に。何も思いませんよ」聞かれたから答えた、そんな素っ気なさだった。
「そうか?校舎がでけぇとか敷地が広れぇとか、どいつもこいつも似たり寄ったりで面白くねぇとかあると思うんだけどな」ハハハッ!と声を上げて笑う。
「…どこでも何でも構わない。目的が果たせればそれでいい。そのためだったら使えるものは何でも使います」
「できれば手段や道具としてじゃなくて仲間として考えてほしいんだけどな」
それには無言だった。すぐには難しいわな、と苦笑した。
「それでどうだ?調子の方は?」チラリとユウトの傍らに置いた刀に視線を向けながら尋ねる。
「…特に変わりはないです」そう一言だけ返した。
「そうか、それは何よりだ。何かあったらいつでも言ってくれ。僅かだと思うが力になるし、かつての仲間たちに協力してもらって何とかしてやるからな」本当に心配そうに言った。ユウトは無言で頷いた。
「そういえばアリサ助けてくれたんだってな。あの時俺が一緒に行けなかったのが悔やまれる。判断ミスだったのかとか、あいつらなら大丈夫なはずだとか考えちまってよ。お前がいなければアリサはいなかった。改めて礼を言う、ありがとう」
「………」
「ほらいたろ?ちょっと背の小さい赤チェックの帽子を被った女子が」ユウトの表情から察したのかそれに答えるように特徴を言う。そのおかげで傍目には分かりづらいが、合点がいったような顔をした。
「あの後大変だったんだぜ?普段あんまり喋んねぇアリサがやたら話してしつこく聞いてきたからよ。見せてやりたかったぜ。今日はお前と会えてうれしさより驚きの方が強かったんだろうな、そうでもなかったんだけど、実際に見たらお前でもびっくりするんじゃねぇかな」
それはなかなかに想像しづらい。最初の出会いも再会もそんなに喋るような感じはしなかった。見てみたい気持ちはしないでもないが、どうでもいい。
「で、特徴聞いたらお前だって分かったんだよ。驚いたけど、ここで会う前に会ってくれてたから俺も良かったと思うし、お前も少しは気楽だったんじゃないか?取りあえず顔見知り程度ではあるけど知ってる奴がいるのといないのとじゃ違うだろ?」
「………」
「こっちに向かってる途中に会ったのか?それともたまたまそこにいたのか?あそこからならルート上にあった気がしたが…」
「そうですよ。向かう途中で邪神の気配を感じたからそこに行って討伐した。それが結果的にそのアリサって子を助けることになった。ただそれだけです」
いい加減この会話を止めたいのかやや早口で肯定した。それを表すかのように少々不機嫌な表情になる。
そう、助けようと思って助けた訳じゃない。偶然だ。邪神がそこに現れたのも、その彼女がそこにいたのも、それがここに向かっている途中だったのも、そこで出会ったのもすべては偶然。強いて言えば彼女たちでは討伐できないばかりか、全滅していた可能性があることは確かだった。その邪神を自分が討伐して、脅威がなくなったから結果として助ける形になっただけのこと。
ただそれだけだ。本当にそれだけだ。
「…そうか。それならそれでもいい」ユウトの心情を汲み取ったのかそれ以上は言及してくることはなかった。
「ただお前が助けたアリサはな、お前にとっちゃキーパーソンになるかもしれねぇよ」
「…どういう意味ですか?」これまでの表情から一変して、初めて興味を示した反応をした。その瞳もここにはいないアリサを映しているようだ。
「そのうち分かる。取りあえず俺から言えるのはアリサといると良いっていうのと、あいつらをきちんと見て学んで仲間として接してほしいってぐらいか?」
「………」
「俺もあまり小言は言いたくないんだが、教員という立場上そういう訳にもいかねぇんだ。少しはお前自身が気をつけてくれ。じゃねぇと俺も庇いきれない。
何も言わないよりは本当の事を言った方がマシだと思うぜ。あいつらも受け止められないほど幼くないからな」ちょっと説教くさくなっちまったな、と苦笑した。
「まぁお前にもいろいろ思うところはあるだろうが、改めてよろしくな。なるべく長く一緒にいてお互い刺激を受け合おうぜ」歓迎するように笑みを向けられる。長い沈黙のあと一言ええ、と返した。
その表情は少しだけこれからを楽しみにしているように見えた。




