露見した弱点と強さ
私立聖白凪学園、表向きは地元でも有数の難関な進学校として有名であり、白凪と通称される名はある意味ブランドと化している。その制服はさながらブランド品といったところだ。そのブランド品たる制服を着ている生徒たちも程度の差はあれ、どこか誇らしげで、自慢げで、毅然とした表情をしている。
しかし本当の姿は魔法という夢の力を扱うことを学べる場でもある。
朝7時50分、本日も魔法の訓練に勤しむべく、多くの生徒が校門を通過し敷地内に入っていく。校門は優斗が壊したことを微塵も感じさせないほど以前と同じ姿をして、未来の大魔法使い達を見送る。
時間が時間なこともあり、校門付近は学年問わず多くの生徒たちが登校してくるので少々混雑している。
敷地内に一歩でも入れば魔法を使える、早く一人前に、ゴールドに、そんな思いがあるのか顔つきが心なしか凛々しくなる。こうして今日もまた学園の一日が始まる。
そんな生徒たちの中を一人の男性教諭が歩いている。
名を柊進二郎、魔法力では校長に次ぐ実力者であり、その高さや性格から多くの生徒たちから恐れられている。ついでに以前優斗をしつこく追い回した人だ。
生徒たちは彼から少し距離を開けて、なるべく目を合わせないようにしたり、関わり合いになろうとせず、また目を付けられないように急ぎ足になったり、ペコペコ頭を下げたりなど様々な反応を見せる。
しかし反応は様々でも、彼を恐れている、という共通点が彼らにはある。
それでも何人かの生徒はきちんと挨拶をしてお辞儀をする。その礼儀正しさに、それだけで彼がどれだけ恐れられているかが窺える。それに不愛想に返事をしていく。と
「随分エラそうじゃないっすかぁ~!」背中を軽く叩き、挨拶とも取れぬ挨拶をする一人の生徒。
いきなりだったこともあり少々つんのめるが、すぐに振り向き、自分にある意味攻撃をした不届き者の姿を視界に収める。
「大村…!、貴様…!」そこにはヘラヘラ笑った優斗が立っていた。
それに周りの生徒たちはザワつく。
「おい、あの柊にアイツ…」
「あれだろ?例の怪物一年」
「一年でゴールドなんでしょ?それにあの態度」
「柊先生を倒したっていうのも納得できるかも…」そんな声が周りから上がる。
「朝からそんに眉間にシワ寄せてちゃ、更に老けるっすよ~?」
そのおちょくるような態度にカチンときたのか、こめかみの辺りをピクピクさせて
「教師に向かって随分な口を叩くな。あまりフザけたことぬかすと校門に氷像を建てるぞ」
「カワイイ生徒のスキンシップじゃないっすかぁ~!そんなにムキにならないでくださいよっ!」
「お前ほどカワイイという言葉が似合わないヤツもいないだろうな」
優斗の言葉、態度が柊の感情を逆なでし、ますます機嫌が悪くなり、表情も段々般若のようになっていく。そうなるにつれて周りの生徒には彼らの周囲にブリザードが吹いているような気がしてくる。
「否定はしないっすけど、でもいいのかなぁ~?そんなこと言って。だ~れのおかげで処分受けずに済んだのか」
「今となってはお前も同罪だ」
「あれ?今イラッとしたよ?バラシてもいいんすか?」
「そしたらお前共々タダでは済まんなぁ」
互いにメンチを切り合い、双方がどうやって互いを倒して屈辱的なことをさせようか、などと物騒なことを考え始めていた。
しかしそれも長くは続かず、先に優斗が元に戻る。
「でもまさかアンタが担任だとは思わなかったっすよ」
「それは俺もだ。まさかお前のような問題児の面倒を見ることになるとはな。だが校長直々の辞令だ、断るわけにもいかん。俺としても非っ常~~~に!不服だがな」非常にを特に強調してものすごく嫌そうな顔になる。
(まぁそれだけではないんだがな…)そう胸中で呟くが、それはわざわざ言うこともないだろうと思い止める。
「ああそれと、やむなく同じクラスになってしまったが愛花に妙なちょっかいかけんなよ。
手ぇ出しやがったらてめーマジぶっ殺すからな」
「はい、では教科書の26ページを開いてください」女性教員が生徒たちに指示を出し、それに従い各々教科書を開く。
現在優斗たちは場所を自分たちのクラスから薬学実験室という教室に移動して授業を受けていた。
柊に物騒な釘を刺されたことを思い出しながら、担当教員の説明を話半分に聞いて、自身の向かいの席に座っている女子生徒を眺めていた。
その視線に気づくと彼女はぎこちなく笑みを返す。
「なにボーっと見つめちゃってんの!」隣に座った久美がヒジで小突きながらニヤニヤする。
「いや、似てねぇなぁ~って思ってさ」
「ああ、柊先生に?確かにね」それに同意して笑いあう。
「姪って言ってたけど本当?」
「う、うん。お母さんのお兄さんみたいなんだけど、小さい時から伯父さんにはすごいかわいがってもらって、お母さんも『お兄ちゃんのところなら何か遭った時もすぐに対処してくれて安全だから頑張って行きな!』ってすごい勉強させられて、なんとか受かったの。ただ伯父さんちょっと過保護なところがあるから…」
「聞いた?オジサンだって」
「いや、そっちのオジサンじゃないよ。ってか昨日自己紹介したばっかりじゃん、憶えてないの?」
「人の顔と名前憶えんの苦手なんだ。それにあの人のことについてはなるべく記憶から消したかったから。
今ようやく平原さん=柊姪って分かったよ」
「そ、それなんだけど伯父さんがゴメンね?いくら訓練でもあれはヒクよね」
「それは別にいいよ、オレもやることやっちゃってスッキリしたから」
「でもあの時はアナタが転校生とは思わなかった」
そこで愛花の隣に座っていた女子生徒が会話に加わる。
「ええっと、君は…」
「仁礼魅子、一応昨日も自己紹介したんだけど…」
「そうだったの?ゴメン、色々あってそれどころじゃなかった」
そんな会話をしている間にも授業は進んでいく。
「はい、教科書にも載っているようにマンドレイクには幻覚作用が含まれており、ここで栽培しているものは自ら身を守るために、危害を加えようとする者に幻覚を見せます。
でも大丈夫、皆さんの持っているプレートがそれを防いでくれます。それでは実際に根を擂ってみましょう」
それを合図に生徒たちは教室中央に置いてあるカゴからそれぞれ鉢植を持っていく。優斗もまたそれに倣うと机に置いた。
「さて、どうするか…」
まだ教科書を持っていないので、久美の物を見せてもらいながら思案する。
「雰囲気的には仁礼さんが似合いそうだけど」
「雰囲気だけね。ミーコは別にオカルト系の魔法使うわけでも、そういう趣味なわけでもないから」
「そういやそんなこと言ってたっけ?なんかいかにもマズそうで不気味な色した謎の液体をロウソクの灯りしかない怪しげな部屋でヒッヒッヒッ…とか言いながらデカい鍋をかき混ぜてそうな感じだったから」
「なにそのテンプレ通りの悪い魔女みたいなイメージは」
「…できないこともないけど?」
「いや!やらなくていいから!」
そんな会話をしていると「あの~大村くん」一人の男子生徒が優斗に声をかけてきた。
「ん?どうした?」
「ええっと…これ擂ってほしいんだけど…」そう言って手に持ったマンドレイクを優斗に差し出す。
「え?オレ?」
「うん、ゴールドなんだからできるでしょ?代わりにやってほしいなぁ~って…」
「まぁ、私たちがやるよりはいいよね」
「うん、一番無難な選択」
愛花と魅子の会話を聞き内心ドキリとする。
断るのも悪いと思ってとりあえず受け取る、受け取ったはいいがどうしたらいいのか分からない。
久美に教科書を見せてもらって、穴が開くほどしっかり見て、手順を頭に叩き込む。
自分はこういうのは率先してやるタイプではない、それは分かっているが、頼まれた以上はなるべくできないとは言いたくない。
「どうしたの?」そんな優斗を不審に思って久美が声をかける。
「実はオレも初めてなんだ」
その返答に久美のみならず、周辺の生徒も驚きの声を上げる。
「初めて…?アンタが…?」
「ああ、知識としては知ってるけど、実物見たのはこれが初めて。だから擂ったことはおろか触ったことも一度もない。
前にも話したけど、オレはやりたいことだけやってたからこういうメンドクサイ調合とか何やらはやってこなかったんだ。そういう意味ではスタートラインは同じだよ」
「へぇ…以外かも…」
ゴールドというと今の自分たちにとっては雲の上のような存在だ。しかしたとえ嘘でもそういうことがゴールドクラスの人間の口から出ると親近感を感じる。
「そう、だから…」
そこで右手に持っているものに視線を向け、久美を見る。
しかし数瞬の間の後、勢いよく再び視線を手元に戻した。
「えっ!?」思わずそんな声が出た。
なぜなら優斗が持っている物はつい先刻までただの植物の根だったのに、今は女の子になっているからだ。
「えっ!?ちょ、まっ、え、うええ!?」
何が何だか分からない。一体今自分の目の前で何が起こっている?しかし考えれば考えるほど混乱してくる。
一方久美たちは、優斗の突然の反応に頭がクエスチョンマークでいっぱいになる。
一体何をしているのか、何にそんなに驚いているのか。
「ちょ、ちょっと大村!」
一向に戻って来ない優斗をさすがに不審に思って、久美が声をかけた。
「ああ三篠!この子見てくれ!!どうなってんだ!?」指で示しながら尋ねる。
「どうって……根っこでしょ?」しかしその回答は優斗が期待したものではなかった。
「根っこ!?なに言ってんだ!?この子だよ!!見えないのか!?」興奮してきたのか目を見開き、大声になってくる。
だがいくら声を荒げても、訴えても、久美たちにはただの根にしか見えない。段々本当に大丈夫か?と心配し始めた時
「オネガイ…タスケテ…」
「ギャァァァァァァァァァァ!!!シャベッタァァァァァァァァァァァァ!!!」
その奇声というか悲鳴の叫びは久美たちを呆然とさせ、しばらくの間思考を停止させた。
「な、何事ですか!?」それぞれのところを周って様子を見ていた教員が騒ぎを聞きつけて、優斗たちのところへ駆け寄る。
「ぬぅぅぅぅあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!離れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!悪霊めがぁぁぁぁぁぁァァァ!!!」
その間にも益々状態は悪化し、叫ぶだけでなく、腕をメチャクチャに振り回し、離そうとするが、恐怖のあまり無意識に力いっぱい握り込んでるため、当然離れることがない。
「ちょ、ちょっと大村!」
「大村くん!落ち着いて!」
優斗の行動に危機感を抱き、久美と愛花が腕に、体に抱き着いて止めようとする。
そして久美が優斗の手を強引に抉じ開けて、マンドレイクを奪取するとすり鉢に入れ、そして擂った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!人殺しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィィ!!!」
完全発狂、もはや誰の目から見ても異常事態であることは明らかだった。
このままでは収拾がつかないと判断した女性教員は、優斗に拘束魔法をかけて無理矢理動きを封じると、ポケットから液体が入ったビンを取り出し、フタを取ると優斗に嗅がせた。
驚愕と混乱で硬直していた顔は、みるみる和らいでいき、正常に戻りつつあった。
「落ち着きましたか?」
「は、はい…何とか…」
それを聞くと優斗にかけていた魔法を解く。呪縛から解放された優斗は一気に脱力して座り込んだ。
「何があったんですか?」
「いや…オレにも何が何だか…」
「とりあえずここに至るまでに何があったのか最初から説明してください」
優斗はまず鉢植を持ってきたこと、マンドレイクを渡されたこと、そしたら女の子がそこにいたこと、そこから先は覚えていないことを全て話した。
事情を聴いた教員はしばらく考え込むと、優斗をじっくり観察し始めた。そして口を開いた。
「実習に移る前に説明したように、ここで栽培されているマンドレイクには自身の身を守るための防衛能力があります。それは自らを危機に陥れようとする者に幻覚を見せるというものです。
そしてウチの生徒が持っているプレートには、身分証という役割以外にも魔法補助器具としての役目も担っています。
今回の件に関連した説明として、微力な魔法は無効化できる、つまり幻覚を防ぐということです。
あなたはまだご自分のプレートを持っていないということなので、結論を言えば幻覚にかかったことになります」
「そうだったんすか…あれが…」
未だ放心状態だが、少しずつ回復してきたようで、つい先ほど自らが起こした行動を思い出す。
その途中で気になったことがあった。
「じゃあオレに嗅がせたあれは…?」
「リラックス効果のある薬草と数種類の薬草をブレンドした精油、といったところでしょうか。まずは興奮状態を抑えなければならなかったので。その配合成分の一つに幻覚を打ち消す作用もあったので、一緒に解毒も」
「そうだったんですか…ありがとうございます…」
確かにどこか心安らぐ香りだった。あれで自我を取り戻せたのだからすごいものだ。
正直ナメてた、そして侮れない、薬草学とこの人。
「じゃあ先生、プレートがなかったらアタシらもかかってるってこと?」
それまで他の生徒同様に話を聞いていた久美が尋ねる。
「絶対とは言いませんが大半の生徒の皆さんはそうでしょう。しかしそれは個人の能力に結びついてというよりは、それぞれの耐性に関係があるでしょう」
「耐性?」
「要はかかりやすい人とそうでない人、ということです。あなたたちのランクでは魔力レベルが低いから幻覚魔法にかかってしまうと考える場合がほとんどですが、同じB1ランクでも耐性の高い人とそうでない人では、かかりやすさ、そして時間というのが変わってきます。
仮にここで私が使ったらその違いははっきり分かるでしょう。もちろんするつもりはありませんが」
それを聞いてホッとする。もし自分たちも大村のようになったら……とは考えたくない。
「そしてその耐性はトレーニング次第で高めることはできますし、いずれはプレートなしでも耐えられるようになります」
そこで句切って優斗を見る。
「例えばゴールドクラスまでいけば、かなりのレベルまでは耐えられるでしょう」
「え?でも先生…」
「ええ…、かかりやすさは耐性の高低でかなり決まってくるのですが、いくら耐性がないとは言っても仮にもゴールドであるなら…」
先を濁したが、その先に何を言いたいのかは全員分かった。
「そうだよな…ゴールドならかからねぇよな…」
「じゃあ何で?あんなになったのって相当重傷じゃないの?」
「よっぽど低いのか、それともデマなのか…」
そんなことまで話され始め、挙句の果てに本当にゴールドなのかというところまで話はいき、ザワザワし始める。
それに反応したのは久美で、一言文句を言おうと口を開きかけた時、優斗が手を引いて注意を逸らす。
視線を優斗に向けると、何度か首を横に振っていた。それを見て複雑な表情をしながらも矛を収めた。
「ある意味仕方がなかった事とはいえ、授業を中断したことに変わりはありませんからね。後片付けをお願いします。そこから学べることもあるでしょうから」
そう言って授業終了の合図をすると、途端に騒がしくなり、ほとんどはそのまま出ていくが、何人かは優斗の傍に来て一言断ってから教室を後にしていく。
そしてしばらくして一人残された優斗は意気込むと、片づけに取り掛かろうとする。
「あれ?」
そんな時久美、愛花、魅子の三人が戻ってきた。
「どうしたの?忘れ物でもした?」
「いや、一人でやらせるのも悪いかなぁ~って思ってさ」
「一応私たちも近くにいたし、それにあれはしょうがなかったことでしょ?それを大村くん一人にさせるのはちょっとヒドイと思ってさ」
「私は成り行きで」
「そこはウソでも二人と同じようなこと言おうよ!」思わずツッコんでしまう。
自分の事を気にかけて、わざわざ戻ってきてくれたのは素直に嬉しい。しかしこれはどう考えても自分の不手際が招いた事態だ。
なら、その尻拭いを他人にさせるのは申し訳ない。
「気持ちは嬉しいけど、あれはオレが勝手にベロベロやってただけだからさ。その後始末をさせるのはさすがに悪いよ。
戻ってきてくれただけで嬉しいから、ここはオレに任せて先に行けいっ!ってことで頼むわ」
「そう言ってる間にも始めた方がいいでしょ?」
そう言って近くの机から鉢植を集め始めてしまう。
「あ、ちょっと!」
「でもまぁ大村の気持ちも分かるからさ、ここはアタシに任せて愛花とミーコは戻っていいよ」
「そんなこと…」
「愛花、戻ろ?久美はこう言ったらきかないし」
「…分かった。その代わり遅れないでよ?」
そう言って二人は戻っていった。そして残されたのは優斗と久美の二人だけになった。
「ついでに三篠も」
「ヤダね。それに二人でやった方が早く終わるでしょ?」
そう言ってニカッと笑うと、鉢植をいくつか抱えて準備室の方に向かっていった。
それを見ると、久美一人に片づけをさせてることに気づき、慌てて自身も片づけを開始した。
優斗と久美は実験室の向かい側にある準備室にて片づけを行っていた。
そこには授業で使うであろう教材や薬品等が所狭しと並べられており、危険なものやあまり目に触れさせられない類のものは鍵付きの黒い箱の中に入れられているので、担当教員の指示があれば付き添いはなくても入室可能とのこと。
準備室であるが、保管庫も兼ねているとのことらしい。
当初は今回の授業で使った器財の片づけだったのだが、あれから戻ってきた担当教員に準備室の整理もお願いされた。
本当は断るつもりだったが、迷惑をかけた手前嫌とは言えず、こうして作業に従事することになった。
もっともそれが先日の侵入者紛いのことをした罰の一環だとは優斗は知る由もない。
「ああークソッ!いいようにコキ使われてるだけだよな、オレら」
やはり不満はあるのか少しそれを表に出す。
「何がついでにお願いね?だよ!ババアが首傾げたってカワイクもなんともねぇわ!」
「まぁ、そうイライラしないで。それに滅多にこういうところには入れないんだからある意味役得じゃないの?」
「素直に賛同できない自分が悲しいわ。そういう純粋な気持ちはとうの昔に置いてきちゃった」
「な~にジジクサいこと言ってんの!」バシンと優斗の背中を叩いた。
「お、おおっと!?」
いくつか容器を抱えていた状態だったので、その衝撃で揺れて崩れそうになってしまった。しかし何とか崩れないように立て直すと、安堵の息を吐く。
「三篠~頼むよ~。コレ割ったらマジヤベぇって」
「ゴメン、ついね」そう言って作業を再開させる。
そして話題は先ほどの授業のことに移ってゆく。
「そういえばさ、なんで幻覚にかかったの?」
「え?」
極めてサラリと聞かれたので、少々戸惑う。
「ほら、先生もゴールドクラスならかからないって言ってたじゃん?なのにアレだったから、なんでかなぁ~ってさ」
「オレとしてはアレは忘れてほしいんだけどな…」
「ムリ」
ニッコリ笑みを浮かべて断言される。
「あんなオモシロいことそうそうないからねぇ~。いや~、見てる分にはオモシロかったよ」
「だろうな」
「でもちょっとアレは酷かったよ。ミーコが多分幻覚見せられてるって言ったから急いで原因を取り除こうとしたんだけど」
「あれマジ三篠が人殺しに見えた。よくそんなヒドイことをっ!って思ったらなんか意識が飛んだ」
「そんな風に見えてたんだ。っていうか酷くない?アンタのためにやったのに」
「今は感謝してる。まぁそれはいいとして…」
久美の質問に何と答えようか考える。
「まぁ、単純に耐性がなかったんだ」うまい言い訳が思いつかず、正直に話した。
「オレのいたところにはあんなのいなかったから、耐性をつける必要というか、そもそも警戒する必要がなかったんだ。その分を他に回したおかげで、今まで三篠に言ったようなことができるようになったんだから、悪いことばっかじゃないさ」
「へぇ~、そういうモンなんだ…」
「それにゴールドだからって何でもかんでも優れてるわけじゃないよ。少なくてもあれについてだけなら三篠の方が上だし」
「そっか…、アタシはアンタより上なんだ…」
「それについては、今のところはな」
それを聞くと誇らしげな顔になる。というよりこれはドヤ顔だ。
ゴールドである自分よりも勝ってる部分があるからその顔になる気持ちも分かるが、もう少し抑えろよ、とは優斗の心の弁だ。
「でも耐性がないっていうのはあくまでかかりやすいってだけ。対処法を知ってればどうにかなるし」
「対処法?」
「ああ、かかってもそれを解ければ問題ないわけだ。簡単なものだと体に強い刺激を与えること、意識がそっちにいくから同時に解けるってわけ。具体的に言えば自分で自分を攻撃する」
「それってほっぺた抓ったり?」
「そう、それじゃなくても要は別の事に意識を向けられればいいってこと。返すための魔法もあるにはあるけど、あれは憶えなくていいと思う。無駄に長いし。
あと幻覚にかかるってことは相手の魔力に飲まれる、侵されるってことだとオレは思うの。
ある意味全身が支配されてる状態、頭まで相手の魔力にどっぷり浸かってるって言えば解りやすいかな?
だったらそれを上回る魔力を体内で循環させて放出すれば自ずと解ける」
「そう…なの…?」
「ああ、例えば…ええっと…互いに火炎玉を撃った時に、同じ魔力なら相殺されるけど、どっちかの方が強ければそれを撃ち抜くでしょ?」
「…ああ、なるほど。魔力が強ければね」
「そういうこと。つってもどれくらいなら破れるか、上回れるかっていうのはなかなか判断が難しいけど。とりあえず全力で放出すれば解けると思うけど、毎回やってたらとても身がもたないよ」
「だね、やるたびにヘロヘロになってちゃ意味ないよね」そう言って笑い合う。
非常に和やかな時間がそこには流れていた。
そして片づけが粗方終わると、久美が奥にドアがあることを発見し、優斗を伴って中に入る。
そこはだだっ広い空間で、隅の方にいくつか器財が出ていた。それを見るとここは新薬の実験場か、調合場か何かだろう。上も二階分くらいはありそうな高さで、縦にも横にも奥行きも広い。
こんなところがあるとは知らなかった。
三條が言ったようにある意味役得かもな。
そして二人が奥の部屋に進んで少ししてから、一人の男性教諭が準備室の前を通りかかった。
鍵が刺さったままになっている状態に目を留めると、耳を当てて中の音を聞く。しかし何も聞こえてこなかったので、誰もいないと判断し「誰だ、こんなズボラなことをするのは」と呟くと鍵を締めて去ってしまった。
すると二人がいる部屋のドアも一緒に閉まってしまった。
突然閉まったドアの音に驚き、視線をそちらに向けると、独りでに閉まったことに不気味さを感じ、出ようとし、ドアノブを回すが「あれ?」
「ちょっと、どうしたの?」
「…開かない」回らなくなっていた。
「えっ!?」
驚いた久美が同様に回してみるが、結果は変わらなかった。
「おいおい…まさかな…」それに嫌な考えが頭を過ぎる。
「ねぇ…これって…」久美も同じ考えなのか表情を硬くし、二人は同時にそれを口に出す。
「「閉じ込められた?」」
顔を見合わせて互いが言ったことを確認しあうと、どうやら二人とも同じ結論に達したことが分かった。
「冗談だろ?なんでこれ…」
「分かんないけど早く出ようよ。あんま良い気分じゃないし、それにちょっと怖いし」
「そうだな、とりあえず出るか。で、どうやって?」
「え?」
「え?」
互いにお前何言ってんだ?という感じになる。しかしもしかしたら聞いてなかっただけかもしれないと思い
「何かよく分かんないけど、ホラ出よ?」
「そうだな。で、どうやって?」
「え?」
「え?」
またもやこの展開になった。
「え?ちょっとさっきから何言ってんの?」
「いや、それはこっちのセリフ。出るってどうやって出んのさ?鍵なんか持ってないぜ?」
「何言ってんの?アンタゴールドなんだからここから出る魔法の一つや二つ使えるでしょ?それ使って早く出よって言ってんの」
「……ああ、なるほど!」ポンと手を打つ。ようやく理解できた。
理解出来たはいいが、そう簡単に実行できない理由がある。果たして納得してくれるものか―――。
「ええっとな、三篠?」気まずそうに切り出す。
「なに?あ、離れてた方がいい?」
「いや、そうじゃなくて、とりあえず落ち着いて聞いて。オレにそれはできない」
「…え?」優斗の言葉の意味を図りかねた表情で固まる。しかしすぐに
「なに、え、ちょっどういうこと!?」
「今から説明する。こないだ訓練ではあったけどちょっとやり過ぎたって話したでしょ?」
「う、うん」
「ついでにそれに対する罰があるってことも。その時にやっぱり大人しくしてろっていうか、あまり騒ぎを起こすなって言われたんだ。
三條の言う通り、ここから脱出する魔法は知ってるし使える。でも何も壊さないで脱出する魔法は使えないし、あったとしても方法も知らない」
「そう…なんだ…」
「っていう理由が半分。もう半分は極力魔法、魔力は使いたくないんだ」今度はこの重い空気を変えるために明るく言う。
自分勝手なのは分かってる、でもこれが偽らざる本心。
嫌われても理解されなくても仕方がない。
「オレと二人でここにいるのは嫌だろうけど、少しの間我慢してくれ。もちろん三篠が魔法使ってここを出ていく分には構わないし、むしろそうしてほしい」
「…プッ!!なにそれ!?この状況でアタシにそれ言う?」そう言うとケラケラ笑いだす。
笑ってくれたのはいいが、そんなにおかしなこと言ったか?オレ。
「アタシにはもっとムリ、まだそんな魔法使えないから。それに使いたくないってだけで実際はできるんでしょ?」
「ああ、いざとなったらやるよ」
「じゃ、それでいいや。でもアタシらごとここを吹き飛ばすようなことはしないでよ?」
「大丈夫、ここだけブチ抜くから」
「その時はよろしく」
「任せとけ。けど悪いな、オレのわがままに付き合ってもらって」
「気にしてないよ、こういう状況だからこそ楽しまないと。ま、その内誰か来るでしょ」
そう言うと二人は助けが来るのを待ち始めた。
「よーし、それでは授業を始める」
教室では次の授業が行われようとしていた。その担当である柊は、しっかり授業を聴く態勢になっている生徒たちを眺め回しているとあることに気づく。
「大村はいないのか?それに三篠も」
「二人ともまだ帰ってきてません」それに魅子が答える。
「なに?俺の授業をサボるとはいい度胸しているな。しかし大村か…」そこで黙り込む。そして
「すまない、少し席を外す。その間今日やる分のページに目を通しておくように」そう指示を出すと教室を出ていく。
(考え過ぎならいいが…)一抹の不安があった。
「ちょっと遅いよね」
柊がいなくなり、無法地帯と化しつつある教室で愛花と魅子がここにいない二人について話す。
「うん、もう終わってもいい頃なのに…」
「まさか本当にサボってる…?」
「…久美に限ってそれはないと思うけど、ちょっと心配だから行こっか。それに伯父さん大村くんのこと目の敵にしてるところもあるし、見つかる前に」
「そうだね、先にこっちが見つけておいた方がいいよね」頷き合うと彼女たちもまた二人の元へ向かった。
その頃準備室に閉じ込められた優斗たちは、気を紛らわすために様々な話しをして、助けが来るのを待っていた。
学校とはいえ、こうして閉じ込められた経験などほとんどない二人なので不安にもなるし、今居る空間自体薄暗いので、それに更に拍車をかけているのかもしれない。
「オレさ思うんだよ」壁に寄りかかって少し遠い目をして話す。
「小さい頃かくれんぼした時とか、隠れてる間は見つからないように考えて、ドキドキワクワクしてるんだけど、どんどん他のヤツらが見つかって、そいつらで盛り上がってると、オレのこと忘れてるんじゃないかとか、捜してくれてないんじゃないかとか、そのまま帰っちゃうんじゃないかってすごい怖くなってさ。それでわざと見つかったりしたこともあったんだ」
「へぇ~、そうは見えないけど」
「昔はそうだったんだ。いないって分かってるのに捜してもらえないんじゃないか、オレのこと気にしてくれてないんじゃないか、どうでもいいと思ってるんじゃないか、それならまだいいけど、忘れられているんじゃないかってそう考えてて、すごい怖かった。今も大して変わってないんだけどさ」
「………」
「だからさ、こうしてるとふと昔のこと思い出すんだよ。誰も気にしてくれないで、忘れられてそのまま何事もないかのように時間が過ぎているんじゃないかって」
「それはないよ」きっぱりとそう断言した。
「アンタの友達の事悪く言うつもりじゃないけど、少なくてもあの二人はその人たちとは違うよ」
「平原さんと仁礼さん?」
「うん、あの二人はアタシらがいなかったら、アタシらじゃなくてもいないことを知っててそのままにしておくような子たちじゃない。たとえ行くな!って言われても、規則を破っても絶対来てくれる。そういういい子たちなんだ」
「…以外かも」
「そう?」
「あの二人大人しそうで、なんつーかそういうのやるのは三篠だと思ってた」
「ああ~まぁそう思うよね。でもクールなようで実は熱いヤツっているじゃん?どっちかっていうとそのタイプなんだ」
そして久美はあの二人のすごいところや、感心したところなどを話し出す。聞いてるだけでも二人のことが好きなのがよく分かる話し方なので、自慢の友人なのだと分かり、そんな人たちと友人でいられることに感謝してるようにも思えた。
うらやましい。
こんなにも魅力がある人たちで、それをいないところでもこうして自慢げに話してくれる友達がいて。
自分には何もない。魅力も、友達も。
かつて一緒に遊んだ子たちとも、そこまで親しくしていたわけではないし、特区に出入りするようになってからはめっきり会う機会もなくなって、今では名前はおろか顔も思い出せない。
友達と遊ぶ時間を犠牲にして、こうして感心させられるだけの魔法力を手に入れられたのだからそれで良い、とは思えなかった。だがそれを否定するということは、これまでの自分を否定することと同じだ。そしてそれは今の自分も否定することになる。それをしてしまえば自分には本当に何も残らなくなる。そう考えると、結局あの日々で手に入れたものは何だったのだろうか。
手に入れたものよりも失ったものの方が大きい気がする。
「だからさ大丈夫。そんなに心配しなくてもあの二人なら必ず、その内鍵持ってそこのドア開けて『あ、久美、大村くん!よかった!』って言うよ。今はそのかくれんぼの時と違ってアタシもいるし。
それにここ学校だよ?いなかったらいくらなんでも探すし、自分のクラスの生徒が二人もいなかったらさすがにおかしいって思うでしょ」
「あの人にだけは来てほしくないなぁ~。あの人に助けられるくらいだったら自力で出るよ」
「そうしてくれた方がアタシとしては助かるけどね。薄暗くてなんかちょっと気味が悪いし」
「あれ?以外。三篠こういうの平気だと思ってた。やっぱり女の子なんだな」
「失礼なヤツだな。ま、あんまり女の子扱いしてほしくはないけどさ」
「大丈夫、オレがいるから」
「さっきまで弱音吐いてたヤツが言っても説得力ないって!」
そうして笑い合う。気持ちが少し軽くなった。やはり気づかない内にもこの状況は、不快でストレスがあり、心細くなるものだったらしい。そのせいで普段は考えてはいても口には出さないことを、あろうことか同級生の女子に話してしまった。
危機的状況になると本心が出るというが、これもそうなのだろうか。
らしくない。だが不思議と話せてしまった。
昔のことを話して、あまり思い出したくない記憶と共に、その時の情景も脳裏に浮かんできた。
しかし今は三篠がいる。一人ではないことはこんなにも心強いものなのか。
こういう状況だからこそ物の大切さ、人のありがたみが分かるのかもしれない。できればそれは日常で感じたいが。
「そういえばさ、大村」自分の過去を話して、少し気が沈んでいる優斗を元気づけるために調子を変えて尋ねる。
「さっきも魔力を使いたくないみたいなこと言ってたけど、それってなんで?」
「え?ええっと…」
「この間の二年生の人たちと一悶着遭った時にもそんなこと言ってたからさ。何か理由があるのかなって思ってさ」
まぁそうだよな。使えるのにわざと使わないで、こうして甘んじて受け入れてるヤツそうはいないよな。それにオレだけが脱出する方法を知っているのにやらないのは、何かよからぬことを考えていると思われても不思議じゃない。
気になるのも当然か。
一応納得してくれてるっぽいけど完全にはいかないよな。
巻き込んでいる以上その疑問に答える義務がオレにはある。別に隠してるわけじゃないからバラシてもいいんだけど。
「前にも言ったような気がするけど、まぁいいや。端的に言えば魔力量が少ないからなんだ」
「魔力量?」
「ああ、魔法を発動させるにはそれを動かす動力源、エネルギーが必要なんだ。それが魔力。
魔力量っていうのは文字通り持ってる魔力の量のこと。
魔力はどんな魔法を使うにせよ必ず必要になる。属性魔法だって属性エネルギー自体は外部から取り込んでるけど、それを制御するのは魔力。つまり魔力によって魔法は発動し、使用できる。逆に魔力がないとどんな魔法も発動できない」
「あ、それなんか聞いたことある。何より魔力が大事だって」
「動力源だからな、それがなきゃ始まらない。その大事の中にもいくつかカテゴリーがあるけどそれは次の機会でいいや。で、魔力量が少ないとどういうことが考えられると思う?」
「……魔法が発動しにくい、とか?」
「う~ん…、掠ってる感じはするな。なんか講義っぽくなっちゃうけど、魔法を発動させるには最低限必要な魔力、必要魔力っていうのがあるんだ。それを満たさないと発動しない。発動させるのに膨大な魔力が要求されることもあるからさ、少ないよりは多い方がいいんだ」
「なるほどね。同じ魔法を使うんでも多いヤツと少ないヤツが使ったら差が出やすいってこと?」
「モノにもよるけどな、それでも間違いじゃないよ。で、魔力は鍛えていけば必然的に増えていくから最初はすぐにバテても、何回もやっていけば量が増えてバテなくなるから心配するこたぁない。その内とんでもないスタミナオバケみたいになるから」
「そこまではさすがに。でも、今のは分かったよ、毎日走ってれば同じ距離でもツラくなくなるっていうのと同じでしょ?」
「そう、ただそれは誰にでも当てはまるけど、魔力の場合はそうじゃないんだ。話を戻すとオレは元々魔力量が少ないみたいでさ、上昇幅もそんなに大きくないから急激に増えることもないし、むしろ増えにくい。最初に比べたらそりゃ多少は増えたけどさ。
で、魔力にも自分が意識して使えるものと、現状では使えない、あることにすら気づかない潜在的な魔力の二つがあるんだけど、オレはこっちの方もそんなにない。むしろ使える魔力=潜在魔力みたいな感じだからさ、多そうに見えても実際はそんなことはない。
二つが合わさってるからそう見えるだけと、まだ意識してる部分しか使えてないからだな。
今はオレの方が使える量としては多いけど、潜在魔力も含めたら三篠の方が五倍は多いんじゃないかな?」
「そんなに!?」信じられないという表情で優斗を見て、自身の手を見る。そんなに自分にはあるのだろうか。
「自分じゃ意識できてないからそのリアクションも当然だけど、そのくらいはあるとオレは思う。っていうかオレが少なすぎるだけなんだけどな」
「じゃあ、もうどうやっても増えないの?」
「そうは思いたくないなぁ~、まだちょっとは増えると思うけど。だから同じ魔法を使うんでも、その後の影響がかなり変わってくるんだ。だからあんまり魔法を使いたくない、これが理由」
「…なんかもっとふざけた理由かと思ってた」
「人前で力はあまり見せたくないみたいな?」
「うん、かっこつけ?みたいな。でもそんな深刻な理由があるって思わなかった。だからこの間もそんなこと言ってたんだ」
「まぁね。だからオレは超短期決戦型、長期戦ができないから速攻で倒すしかないんだよね」
「じゃあそれはもうちょっと先の楽しみにしておくよ」
「なんのこと?」
「えっとね「しっ!」…え?」久美の言葉を遮り、口元に指を当てて静かにするように促す。久美もそれに倣って口を噤む。
「………」
何か音が聞こえたような気がした。しかし意識していなかったせいで、何の音かまでは判別できなかったが、部屋の奥に何かいて、それが音を発したという感じではなく、外からのような気がした。
耳を澄ましてじっとする。すると、ガチャ…、今度は微かに、だがはっきり聞こえた。
「今、ドアノブ回したみたいな音が」
「え!?誰か来てくれたの!?」
「分からない、でももしかしたら…ね」そう言って二人は顔を見合わせるとドアに向かい、ガチャガチャドアノブを回したり、ドアを叩いたりして助けを求めた。
「お~い!そこに誰かいるのかー!?」
「いたらここ開けてー!」
「…声が聞こえるよね」ドアにぴったり耳をつけて、中の物音を聞いていた魅子が言う。
「え!?じゃあやっぱり中に!?」愛花はそれを聞いて驚く。
「じゃあ早く開けないと…って鍵が掛かってるんだっけ…」
「私借りてくる」そう言って魅子が駆けだすと、ドンッと何かにぶつかる。見上げてみると
「柊先生…」
「なんだ、お前たちも来ていたのか」優斗と久美の捜索に出かけた柊だった。
ただ一つ教室から出ていった時と変わってる箇所といえば、足元にいる犬のような生物だった。
目はなく、その代わりというかのように鼻は大きく尖っており、呼吸のために開けている口からはよだれが垂れている。
「せ、先生…それは…」恐る恐るその生物について尋ねる。
「こいつは召喚獣キドモグ、鼻が利くからこういう時にはうってつけだ。それに対象を見つけ次第捕縛するという特徴もある…っと今はそれはいいか。で、ここにいるのか?」
「う、うん。さっきの授業での片づけをやってると思うんだけど…」
「そうか、二人とも下がってなさい」
そう言って二人を遠ざけると壁に手を当てた。するとそこから蒸気のような煙が上がってきて「円氷斬っ!」力を込めると、直径1メートルほどの大きさの円の切れ目が入った。
その瞬間召喚獣キドモグは突進して、切れ目の入った壁の一部を破ると、中に侵入し、ターゲットである優斗を捕縛するためにロープに姿を変え、取り囲むようにすると、久美ごと捕らえるために一気に縛り上げようと迫った。
優斗は突然壁に切れ目が入り、そこから召喚獣が突っ込んできたことに驚くが、自分たちに危害を加えるつもりだと分かると、久美を抱き寄せてなるべく密着させると、周囲に青色のバリアをを展開させて、攻撃を防ぐ。
捕縛することに失敗したキドモグは元の姿に戻ると「グワァァァオオオオ!!!」牙を剥き出しにして、猛然と優斗に襲いかかった。
優斗は落ち着いて相手の動きを見極めると、バリアの一部を膨らまし照準を合わせると、キドモグに向けて発射した。
「ギャアアアォォォォ………!」攻撃を受けたキドモグは吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられ断末魔の悲鳴を上げると、その姿を消した。
その一部始終を目撃した愛花と魅子は唖然とした面持ちで立ち尽くしていた。
仮にも教員が呼び出した召喚獣、レベルは決して低いものではないはずだ。しかしそれをいとも容易く撃退してしまった。
初めて優斗が魔法を使ったところを目の当たりにした二人は、それがどれほどのレベルであるかは分からないが、さすがゴールドと言われるだけはあると少しずつ認識し始めていた。
それは視点の違う久美も同様で、かつてと同じように何が起こったのか把握する前にすべて終わってるという感じだった。
先日の一件ではその場を脱出するために魔法を使っていたが、今回は攻撃するために使った。それだけでここまでの違いがあるのかと驚愕していた。
先ほど魔力が少ないからなるべく魔法を使いたくないと言っていたが、今回は緊急事態だったのだろう。
いくら魔力が少ないといってもそこはゴールドクラス、どんな魔法を使ったのかは分からないが、それが強力なものであることだけは分かった。
一方柊だけは冷静に分析していた。
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「やはり納得できませんか?」
「正直に申し上げれば」
優斗が出ていった後、校長室では早乙女と柊が再び優斗のことについて話していた。
「そうですね…。これからは柊先生のクラスで受け持ってもらうことになるのですから、こちらとしても先生には納得していただきたいと思っています。それを踏まえて柊先生ご自身で確かめてみてはいかがでしょう?」
「確かめるとはアイツの実力をですか?」
「はい、先生ご自身が、今度はしっかりと確かめていただければと思います」
「…仮に私がふさわしくないと判断した場合は?」
「その時は大村くんには申し訳ないですが、先生のご意向に従います。あの子の担任として、そして本校の教師として柊先生が正しい判断をしてくださることを期待しています」
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(まずは合格…かな)校長とのやり取りを思い出し、そう結論づける。
「おい、大村」中に入り、優斗の元へ向かう。
「ああ、センセイ」それに気がつくと立ち上がって、向き直る。
「どういうことかとりあえず説明してみろ」
「ええっとですね、話せば長くなるんですけど…」そう前置きをして、ここに至るまでの経緯を話した。幻覚にかかったということは伏せて。
そして報告を聞くと一言、そうか、とだけ言い、教室に戻るよう促した。
それに了承の返事をすると、未だ座り込んでる久美に「ほら」と手を差し出した。
優斗に声をかけられて我に返った久美は、差し出された手をとった。
立ち上がらせるとそのまま手を引いて、戻ろうぜ、と言うと、外で待っている愛花と魅子の元へ向かった。
「なんかヤなんすよねぇ~」ある場所に向かっている優斗は、隣を歩いている人物にそう話しかける。
「オレ何かしました?あれ以降おとなしくしてましたけど」
「入学して三日で立て続けに問題起こすヤツがどこにいる。それが普通だ、威張って言えることじゃないぞ」
そう返すのは優斗の所属する一年三組の担任である柊だ。
「そうは言っても呼び出しって嫌な予感しかしないんすよね~。響きからしてなんかヤだし」はぁ、とため息を零す。
帰りのHRが終わって、さて帰ろうとした時に、柊から今から俺と一緒に校長のところへ行くぞ、と告げられた。
それには抵抗の意味合いも含めて、嫌そうな顔をしたのだが、当然のことながらそれを取り消すようなことはなかった。
久美にアタシの知らないところで何をやらかしたんだとからかわれ、柊は柊で愛花にあんまり優斗をいじめないように釘を刺され、互いに複雑な心境で校長室までの道のりを共に歩いていた。
「愛花に関わるな、といったはずだが、随分親しそうだったじゃないか」
やはり我慢ができないのか、優斗に不満をぶつける。
「クラスメイトである以上まったく関わらないなんて無理に決まってるでしょ」
「お前がヨソのクラスにでも移れば何の問題もないんだがなぁ」
「オレとしてもできればそうしたいっすよ。アンタと一緒にいたらおかしくなりそうだ」
朝の再現よろしく、互いにメンチを切り合う。しかし互いに本気でないのか、今回は比較的すぐに元に戻った。いや、ある一部分に関しては本気だが。
「まぁ詳しいことは校長から話してもらうが、お前にとっては悪い話ではないだろうな」
そう意味深に言われ、その意味を考えている間にも校長室の前に到着した。
扉を二回ノックして中から応答があると、二人は入室した。
校長はいつもと同じように椅子に腰かけ、柔和な笑みを浮かべているが、どこか疲労が混ざっているように見える。
「お待ちしていました。調子はどうですか?」
「まだ分からないことだらけですけど、何とか助けられながらやってます」
挨拶を兼ねた簡単な会話をすると、校長の方から本題を切りだした。
「今日あなたをお呼びしたのは、お渡ししたいものがあるからです」
「オレに…ですか…?」
「ええ、ウチの生徒である以上なるべく早く持っていた方がよいと思い、急いで製作を始め、つい先ほど無事出来上がりました」
そう言うと机の上に置いてあった白い箱を手元に引き寄せると、フタを開けて優斗に中身を見せた。
「これがあなたのプレート、ゴールドプレートです」




