寝屋川市の・・・
スライド式の自動ドアをくぐると、あの独特なポテトの油と甘いシェイクが混ざった匂いが鼻腔をくすぐった。これだ、懐かしい。カウンターの奥には、赤と黄色の派手な制服を着た若い店員が、マニュアル通りの「スマイル」を浮かべて待っている。
メニュー表の数字を見て、俺の頭はまたしてもバグりかけた。
「ビッグマ●ク、280円……? 安っす……」
2026年ならワンコインでも買えなくなっていた王者が、たったの280円。マ●クシェイクのMサイズも190円だ。
脳内の「もう一人の俺」が、あきれたように口を挟んでくる。
《マスター、感動していないで素早く購入してください。》
「あ、あお。……ビッグマ●ク2個。あと、マ●クシェイクのチョコ、いやバニラのMサイズで」
「かしこまりました! 店内でお召し上がりですか?」
「あ、持ち帰りで」
「はい! ビッグマ●ク2点とマ●クシェイクバニラMサイズですね。お会計、本体価格が750円になります」
よし、3000円から750円引いて、残りは2250円。余裕だ。
俺がポケットから千円札を1枚抜き取ろうとした、その瞬間だった。
「――消費税が5%で37円加算されまして、合計787円になります!」
「……は?」
俺の指がピタリと止まった。店員のお姉さんが小首をかしげる。
そうだ、1998年は『外税表記』が当たり前の時代だった。メニューに書いてある数字を足しただけでは、会計は終わらない。レジにきて初めて、1円単位の端数を突きつけられる仕様だった。
しかも、消費税5%。
2026年の10%(あの、持ち帰りと店内で税率が変わる、役人の嫌がらせみたいな軽減税率システム)に比べれば、数字だけ見れば半分だ。天国のような安さのはずなのに、なぜか猛烈にイラッとした。
「本体価格」という言葉の響きが、俺の脳の「介護職のスイッチ」を最悪な形で押しやがったのだ。
(本体価格……基本報酬かよ……)
令和の介護現場を苦しめ続けた、あのクソややこしいシステムがフラッシュバックする。
基本報酬(本体価格)は低く抑えられているくせに、そこに「処遇改善加算」だの「特定処遇改善」だの「ベースアップ評価加算」だの、わけのわからない加算が%で上乗せされていく。基本単位にパーセンテージを掛け算して、地域区分をかけて、1円単位の端数を四捨五入して……。
あの、現場の人間をノイローゼにさせる『加算まみれの介護報酬』のうっとうしさが、この「750円+消費税5%=787円」というレジの計算に完全にオーバーラップした。
「マスター今店員さんを困らせていますよ。そんなんでは財務省や厚生労働省と一緒ですよ。」
脳内の俺がツッコミを入れてくるが、腹の虫が収まらない。
国ってやつは、1998年も2026年も、どうしてこう「後からややこしい数字を乗っけて、現場(末端)からきっちり毟り取るシステム」ばかり作りたがるんだ。
「……1000円で」
俺は少し不機嫌な声で、くしゃくしゃの千円札をコイントレーに置いた。
「はい、1000円お預かりします。213円のお返しになります。少々お待ちください!」
ガチャリと音を立てて開いたレジスターから、100円玉2枚、10円玉1枚、1円玉3枚が、お姉さんの手によって俺の掌に握らされる。ジャラリ、と重たい金属の音が響く。お釣り、213円。ポケットの残金は、2213円。
3000円という全財産から、早くも「国への上前(税金)」を37円引かれた。だが、この腹にたまる怒りこそが、俺のガソリンだ。
紙袋に包まれた、ずっしりと重いビッグマ●クの感触が、手のひらを通して伝わってくる。
俺はそれを受け取ると、1998年の冷たい空気の中に、再び足を踏み出した。
では行こうか反撃の一歩や!! 残2,213円
紙袋に包まれた、ずっしり重いビッグマックを受け取ると、俺は1998年の埃っぽい夕暮れの中へ再び足を踏み出した。
路地裏に入り、待ちきれずに袋を開けようとしたところで、アドバイザーが脳内で淡々と告げた。
『――マスター。一つよろしいでしょうか』
「なんや」
『「国を滅ぼす」「システムを捻じ曲げる」とあれほど豪語した貴方の反撃の第一手が、マクドナルドでのドカ食い(予算787円)であることに、私は深い感銘を受けています。実にショボい第一歩ですね』
「うるさいわ! 50歳の俺らの脳みそが弾き出した介護士の極上の贅沢がこれやったんやからしゃあないやろ! 」
俺は怒りをごまかすように、ビッグマックを大きく一口、怒濤の勢いで噛みちぎった。




