歪む因果と、脳内の同盟者
アドバイザー
『――因果律再構成アドバイザー、セットアップ完了しました。初めまして、マスター』
激しい頭痛がピタリと収まり、俺は驚いて目を見開いた。
脳内の画面に幾つものログが高速で流れ、俺は荒い息を吐きながら壁に背を預けた。
「アドバイザー……? 『たま』が仕込んだ、俺への手向けか?」
奥歯を噛み締める俺に、脳内の声は淡々と答える。
《私はあなたの記憶や行動を補佐するアドバイザーです。私の指示、及び提示するデータは、採用しても無視しても、あなたの自由です。……そして私は『たま』の差し金ではありません。因果の歪みによって生じた、あなたの純粋な『反逆の意志』そのものです》
「反逆の、意志……」
《はい。もし私が起動していなければ、あなたは今頃、時空跳躍の負荷によって脳を焼き切られていました。50年分の精神質量と、22歳の未熟な肉体。これらが剥き出しのまま衝突すれば、わずか10分で一切の思考を失い、路地裏でただ虚空を見つめるだけの『廃人』になっていたはずです》
アドバイザーの無機質な声が、恐ろしい事実を告げる。
《あの白い球体が歓喜していた理由もそこにあります。あいつらにとって、あなたの復讐劇などどうでもよかった。激しい怒りに燃えた男が、過去に降り立った瞬間に自滅し、白目を剥いて崩れ落ちるという『最高の見世物』を特等席で観賞することこそが、あいつらの仕込んだ真の罠だったのです》
「……クソが。どこまでも人をコケにしやがって……!」
あいつらの思い通りには、絶対にさせない。俺は怒りに震える手で、自分のポケットを探った。中から出てきたのは、くしゃくしゃになった3枚の野口英世。
「現在の所持金は3000円、か」
「3000円……! 嘘だろ、2026年の俺の『ひと月分の小遣い』やないか。なんでこんな大金持ってるんだ?」
一瞬バグった頭で考えて、すぐに強烈な憤りが胸の奥からせり上がってきた。2026年の俺は、介護職で手取りも少なく、ギリギリの生活を送っていたのだ。アドバイザーが記憶を保護したことで、脳の血管が千切れそうになるほどの怒りが、鮮明に蘇る。
処遇改善だの、生産性向上だの、わけのわからない加算を次から次へと作りやがって。現場の人間はただでさえ勉強する時間もないくらい余裕がないのに、役人の自己満足みたいな、わざと難しく書いた、分かりにくい文章の書類を押し付けやがる。そのせいで、現場の介護職員や経営者がどれだけ泣かされてきたと思っているんだ。
2026年は、歴史的な物価高の真っ只中だった。それなのにネットで『介護職』と検索すれば、サジェストのトップに『生活保護』と出てくる始末。命を預かる仕事なのに、生活保護と同水準の給料しか出さない国。数千万人規模の高齢者に支払う保険料の総額は、国家予算レベルの『巨大な大木』かもしれない。だが、その大木から一番キツい思いをして汗を流している現場の職員の財布には、木屑みたいなはした金しか回ってこない。
「財務省の馬鹿野郎、厚生労働省の馬鹿野郎……! もう少し頭使って考えろ、この大馬鹿野郎どもが!」
誰も聞いていない1998年の路地裏で、俺は令和の日本への呪詛を全力で吐き捨てた。無性に腹が立ち、怒りで肩が激しく上下する。
だが、今は1998年だ。この時代の3000円の価値は、あの絶望の令和とは違う。国にも、システムにも、そしてあの『たま』にも、二度と搾取されてたまるか。
「まあ、いい。この3000円が、俺の反撃の全資金だ。アドバイザー、案内しろ! まずは……腹が減った。ビッグマ●クを2個買ってやる。マ●クシェイクもMサイズでな!!」
《了解。マ●ドナ●ドの店舗位置を確認。ここは寝屋川の大利ですからマ●ドは寝屋川市駅前または仁和寺が近いようです。……ですが次の移動を考えたら寝屋川市駅前をおすすめします。また記憶の融解は一時的に止まったに過ぎません。あなたの自我をこの時代に完全に固定するためには、早急にこの現実へ干渉し、歴史を書き換える必要があります》
「わかっている。飯を食ったらすぐに動く」
あいつらは今頃、俺が路地裏で廃人にならず、ビッグマ●クを美味そうに頬張っている姿を見て、不快そうに顔をしかめているはずだ。




