2-2
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時に救いの天使は微睡み、困窮する幼子と逼迫した世を救おうとしない。
救いを待つのであれば、成さずして時が過ぎ行くのを待つのであれば、悪魔に魂を売ってでも、事を成す。
宝剣世界イリオトゥローピオ、歓楽街マルガリターリ、サンセット・ビーチ──
潮騒が静かな環境音として、長閑でありながらも海面の煌めきが眩く映る、ここは歓楽街マルガリターリの外れの海水浴場だった場所。
歓楽街マルガリターリは本部から見て産業区ケフリンバーリを過ぎた地点であり、昼も夜も変わらぬ賑わいを見せた場所だった。しかし今は見る影もなく、崩れた天板のアーケードと廃墟の店が立ち並ぶばかり。朽ちたホログラムディスプレイが、風化した月日を連想させる。
偽りの太陽が燦々と照りつける中、リソマンサーたちはこのマルガリターリのサンセット・ビーチと呼ばれた場所に来ていた。その目的は、
「夏です、海です! 水着回です!」
先頭に立ってリソマンサーの一座を導いていたリヴが、くるりと振り返っては宣誓する。なんだそれは、と困惑するリソマンサーたち。
「ミズギってなんだー?」
しもみは水着を知らないようだ。しかし彼ばかりでなく、他のリソマンサーも揃って首を傾げている。どうやら彼らは、人間の文化には疎いらしい。
「見てください、この海を! 透き通っていて綺麗でしょう!」
「それは確かに……」
一行の前に広がるエメラルドグリーンの海は、人間の手が入らぬまま長い時を経たからか、青く澄んだ美しさを湛えていた。
「水着は人数分用意してあります。なんと全て、あたしのお手製です! それでは海で遊びましょう!」
「……」
リヴは大量に用意した水着を見せびらかすものの、リソマンサーたちの反応は薄い。
そもそも、海水浴に来たのはいいものの、どう遊んでよいものかもわからない。おとが主催したサプライズパーティということになってはいるのだが……。
そのおとはと言うと、リヴから全てを聞き及んでいるため飲み込みは早かった。先んじて水着を受け取ると、その場で服を脱ぎ始める……が、
「こら! はしたないですよ!」
ななよがそう言うので、結局男性リソマンサーと女性リソマンサーで場所を分けて着替えることとなった。
「ちぇー、反応鈍すぎー。もっと喜んでくださると思いましたのに!」
女子更衣室として、かつてシャワールームだったであろう場所を借りている。リヴは防護服のまま着替えることもせずに、不満を呟いた。彼女は人間であるため、地上では防護服を脱ぐことができない。頭だけ宇宙服のような透明なヘルメットのようになっているため、その表情はわかりやすい。
「わたしは、悪いとは思いませんが」
「そーですか? いやー、おとさんってマジ神……」
「はあ」
厚手の手袋同士を擦り合わせておとへ向けて拝んでいるリヴ。おとが着用している水着は、水色を基調とした白いフリルの着いたパレオのようになっており、神と言うよりは人魚のような見た目である。
「あたしも……あたしもバカンスしたかった……おとさんと……水着でバカンス……」
結局、リヴは机に突っ伏してはヘルメットの内側が曇るくらいにため息を吐いていたのだった。
「サプライズパーティ、と言う割にアウトドアじゃな」
貧相な体つきの割にセクシーな黒と赤のビキニのひいな。腕に巻いた包帯はこだわりがあるのか、どうやら据え置きらしい。
「……体のラインが出るのは苦手です」
涼しげなシャツを羽織ってセパレートの水着のななよは、腰に手を当ててはメガネをいじり続けて恥じらっている。
「ななよさんてば、恥ずかしがり屋さんですね! ね、うのさんっ」
リヴの視線の先には──うのがいる。数日前に目覚めたばかりでまだ本調子ではないようだが、海水浴は楽しむつもりでいるらしい。リヴに向けてウインクなんてしている。
「ななよちゃーん、せっかくなんだから楽しみましょうよ!」
「本業を疎かにしてはなりませんが……」
「いやあねぇ、相変わらずカタいじゃないのよぉ」
茶化すようにうのは笑っている。それだけ見れば元気そうに映る。しかし、
「いいですね、うのさん。楽しいからと浮かれてリソスを使わないように」
「はぁーい」
未だ体調は万全ではない。リソマンサーの力は無限ではなく、休息も必要なのだ。しかし無理を通して戦い続けたうのは、まだ光が回復しきっていないのだった。
「嫁入り前に無茶しちゃ、玉の輿なんて無理だものね」
「それは諦めなさい」
「あはは!」
果たして結婚願望があるのかないのか、うのはあっけらかんとしていて冗談を言うような元気はあるらしい。今まで通りのうのと遜色ないように思える。
そんなうのの水着は、黒のオフショルダーの大人っぽいデザイン。本人は子供にしか見えないのに、デザインで背伸びをしている。
「このお洋服、リヴちゃんが作ってくれたのよね! すごーい、天才だわ」
「えへへ、もっと言ってくださいな」
全く謙遜することなく、むしろ褒めろと厚かましい。だが、リヴの悪戯っぽい笑みを前に誰も咎めることはしなかった。
「リヴよ、おぬしの分まで楽しんでくるでな!」
「え、あたしも行くんですよー! 置いてけぼりは嫌です!」
「そうであったか、ははははっ」
リヴはどうやら社交的な性格のようで、気難しいリソマンサーたちにもすぐに馴染んで打ち解けたようだ。その様子を見て、おとはほっと胸を撫で下ろした。リソマンサーの面々があまり人間を快く思わないのは、言及されずともわかっていたからだ。
「それでは、参りましょうか」
脱ぎ捨てた服はそのままに、女性リソマンサーたちは照りつける陽射しの下に駆け出して行った。
「海だー!!」
バシャバシャと波を掻き分けては、しもみが海に飛び込んでいる。女性リソマンサーたちがビーチに到着した時既に男性リソマンサーたちがはしゃいでいるところだった。……一部を除いて。
「あれっ、じゅんちゃん、かすみちゃん。どうしたの?」
「おや、うのさん」
「……」
体育座りのようにして、ビーチに座って2人はのんびりしていた。無邪気に遊ぶしもみたちを眺めている。
「マジで帰りたい……」
太陽から目を背けるように顔を伏せているかすみのやる気はゼロだった。しかし、リヴが用意した水着はちゃんと着用している。
「私は、運動をあまり好みませんからねぇ」
「いやあねぇ、おじいちゃんみたいよ!」
「あなたも貴石なのですから、わかるでしょう。年寄りですよ」
「んもー……」
じゅんはニコニコと穏やかに微笑んではいるものの、モノクル越しに邪悪さが滲み出ている。
確かに、うのもじゅんもななよも、貴石と呼ばれるリソマンサーは長寿であることが多かった。戦闘能力もそれに応じて高いとされている。
そんな運動音痴と年寄りを横目に、他の男性リソマンサーは海辺で大はしゃぎだ。その手には銃火器のようなもの……水鉄砲が握られている。
「あれはなんでしょう」
おそらくリヴが用意したもの、と判断したおとはリヴに尋ねる。リヴは胸を張って自信ありげに答えた。
「水鉄砲です! トリガーを引くと銃弾……の代わりに、水が射出されます! 子供のおもちゃみたいなものですよ!」
「なるほど」
自分も遊んでみたいな、と好奇心に突き動かされたおと。じーっ、とリヴを見つめる。
「なにそれーっ、そんな可愛い目で見つめないでくださいよっ! おとさん! ギャップ萌え〜!!」
「?」
リヴの感性はよくわからないが、とにかく水鉄砲が手に入ったおと。ついでにうのも貰ったようだ。
「これもあたしのお手製ですからね! 品質に問題があったらお知らせくださいっ」
「えっ……」
精巧に作られた、頑丈でよくできた玩具である。それをこの愉快な少女が作ったというのか。うのも驚いて目を見張る。
「これくらい、下町じゃ常識ですよ〜」
「えぇ……?」
リヴはとても手先が器用な人間らしい。改めて、とんでもな逸材を迎え入れたんだな、と感心したうのだった。
自分が寝ているうちに、救出した人間の少女が働いていることを聞き及んだものだが、人間嫌いが多いリソマンサーたちがよく許可したものだ、とずっと考えていたのだ。しかし、リヴほどの有能さと従順さがあるのならば納得できる。
「きゃっ!?」
ウンウンうのが感心していると、突然冷たい水を頬に喰らってしまう。水鉄砲の使い方を知らないおとが、暴発させてしまったらしい。
「おとちゃん……やったわね〜!!」
「え、あっ」
うのもお返しとばかりにおとの顔を狙う。しかし、咄嗟に避けるおと。
「うそ、反応早くない!?」
「そうでしょうか」
謙遜したのではなく、単純に自らの身体能力を理解できていないおと。迫り来る水の銃弾を、瞬時に躱す。
「いやあねぇ……やっぱりあたし、リソスの方が得意だわ」
「うのさん!」
「ひっ」
ななよがずっと目を光らせている。誰かと遊ぶでもなく、日陰で涼んでいる彼女だが、その目は常に仲間たちを追っていた。
「せっかくですから、男の人たちみたいに水鉄砲でバトルしたらどうですー?」
リヴが浜辺ではしゃぐ男たちを指差す。随分と白熱した水鉄砲の押収が繰り広げられているようだ。
「ちくしょー、なんなんだよ! お前ら強すぎ!」
びしょ濡れのしもみ。あまり善戦できていないようで、水の補給をするだけでも精一杯。おとたちが視線を投げかけたその時も、つばめから何発か攻撃を受けていた。
「遠距離は苦手。だがおれの狙いは正確だ」
そのつばめの手には二丁の水鉄砲。どうやら、かすみのものをくすねて来たらしい。当の本人は観戦モードだ。
「どうした、しもみ。もう根を上げたか」
なんとかしゅんは全く濡れていない。海風に揺れる長い髪は完全に乾ききっているのだ。それだけで、かしゅんの強さが窺い知れる。
「てかさー、2対1って卑怯じゃね……?」
「それはない」
「フッ、お前が貧弱なだけだ」
「マジかよ」
しもみは持っていた水鉄砲をかしゅんに投げつけると、ギブアップとばかりに手を広げては、携帯ゲーム機片手にのんびり観戦しているかすみの隣に座り込んだ。
「疲れたー、オレは休憩! お前らで頂上決戦やれよ、どっちが強いか白黒付けるってことでさ」
「え、まだやんの」
かすみは肩を竦めては呆れ返ったようにため息をついた。対して2人はやる気がみなぎっているようで、視線で火花を散らしている。
「わかんない、こんなお遊びに本気になれんのマジで意味わかんない……」
「かすみだってゲーム好きだろ? あれと一緒なんじゃねーの?」
「……それは報酬があるしランキングがあるし……って、そうじゃないよ。あれ止めなくていいの? あのバカども絶対ガチるよ」
「そっか、ガチの戦いなら見てみたいよな! 楽しみだぜ」
「……バカがもう1匹いたわ」
しもみの陽のオーラに気圧されたかすみが項垂れる中、観戦にじゅんが加わる。更になんと、どこからともなく現れたしぐれが実況を始めてしまった。
「やば……ガチすぎるんだけど」
「若いっていいですね」
「何それジジくさ……いてっ!」
いつも通り、お仕置きとばかりにじゅんによって鞭で引っぱたかれるかすみ。水着しか纏っていないので、いつもよりヒリヒリとするのか、かなり痛がっている。
そんな男たちの和気藹々な様子を、おとたちはじっくり眺めていた。
「やりましょうか」
メモは肌身離さず持っておりその様子を記録していたおとは、水鉄砲片手に真剣な顔で言う。
「あれは無理よ」
珍しくうのは冷静にそう返した。先程のおとの反応速度を省みて、あれを相手取るのは自分には難しいと感じ取ったのだ。何よりうのは、火力を高めて一撃必殺を狙うタイプ。攻撃を避けられたり無効化されたりすることは想定にないのだ。
「……」
しゅん、と眉を下げたおとは水鉄砲を明後日の方向にぴゅるぴゅると打ち出している。その寂しそうな背中を目にしては、うのも諦めざるを得なかった。
「いやあねぇ、野蛮なのは嫌いなんだけど……仕方ないわねっ」
「本当ですか」
待ってましたとばかりに振り返ったおとの目は、偽りの太陽の輝きを映したようにきらきらと輝いていた。ちょうど、男たちの方もカタがついたようで……砂浜に膝を着くつばめと、髪を靡かせて勝ち誇るかしゅんをしぐれやしもみが取り囲んで囃し立てていた。
「よーし、そうと決まればあの場所をお借りしましょう。しぐれさんに実況を頼んできますねっ」
リヴは意気揚々としぐれの下へ。うのはやれやれと頭を掻きながら、おともいつも通りの無機質な補講で、それに続いた。
「……そうかそうか、そんなにワタシの喋りを気に入ってくれたか! ありがたいことだネ」
しぐれはリヴの申し出を快く受け入れ、リソスで召喚した虹色に煌めくマイクを手に息を吸い込む。
「さあ、次なるはエキスパンションなエキシビションマッチ! ボーイズの次はガールズのファイトをお送りするよォー!」
うのとおとは水鉄砲を片手に、砂浜の上で相対する。リソマンサー同士で競り合うことはもちろんなく、ましてや魔物以外との戦闘など経験にない。何故なら、リソスはリソマンサーには無効化されるからだ。
だからこそ、こういう遊びでしか戦うことなどない。リソマンサー同士は、敵対したことがないのだ。
「さっきは驚かせてくれちゃったけど、同じ手は通用しないわよ!」
あくまでおとの"師匠"を自負するうの。勝負前の煽り文句は欠かさない。
「よろしくお願いします」
一方、謙虚さを欠かさないおと。と言うよりは、あまり自我が出ていないのかもしれない。
「うの先輩、おとちゃん、頑張れー!」
しもみや皆が2人に激励を飛ばす。ななよやひいなも追いついては観戦に回っているようだ。つまり、リソマンサーのほぼ全員がうのとおとの対決に注目している。ただの遊びとは言え、程よい緊張感がそこにあった。
「それでは見合って〜……3、2、1、」
カウントを前に2人は構える。このような武器を手にしたことは2人ともなかったが、構えは既に身についていた。
「ファイッ!」
合図を元に水鉄砲の引き金を引く2人。おとは即座に避け、うのも易々と躱す。
「……さすがだわ」
おとの反応速度はとても俊敏だ。だが、その狙いは正確ではない。
「……!」
おとはもう一度うのを狙って引き金を引くも、上手く当てることができない。
「ぼーっとしてちゃ当たっちゃうわよ!」
「!」
上手く撃てないことに困惑するおとを見据えてうのの水の弾が迫る。間一髪で避けるも、その身を翻した先をうのは狙い澄ましていた。
「きゃ……っ」
ぴちゃ、と淡い水音で被弾したおと。それだけで敗北したことにはならないようで、戦いはまだ続く。
リソスを用いた戦いではない。魔物を相手にした緊張感のある戦いでもない。ただの戯れ、それだけのはず。それなのに、攻撃のイメージが掴めない。
攻撃方法は簡単で、銃口を相手に向けて引き金を引くだけ。だがもちろん、それだけで着弾するのは案山子くらいなもので、そう簡単には行かない。
どうしたら攻撃が当たるか、どうしたら攻撃ができるか。それを考えなくてはならない。
おとは攻撃できなかった。うのの猛攻を凌ぐばかりで、攻撃する隙さえ与えられない。尚もそれはうのの作戦であるが、それを打開する算段を考えなくてはならない。
そのうち、うのの水鉄砲も弾切れする。その隙を狙おう、とおとは回避に専念することにした。そして、
「……あっ、もう……!」
遂にその時がやってくる。今がチャンスと攻撃にシフトチェンジしたおとは、一先ず真っ直ぐうのを狙う。当然それは避けられるが、避けた先を目掛けて素早く撃ち込む。
「それくらい、読めてるわよ」
うのはバク転でそれを回避すると、すかさず走り込んで給水をしてしまった。
「……」
うのを追い詰められもしなかった。その後も手応えなどなく、結局この勝負はおとの負けとなってしまった。
柔らかな波の音が耳に届いている。木陰の下で、うのもおとも砂浜に大の字に寝そべっていた。
「お疲れ様ね、おとちゃん。疲れたでしょ」
「……いえ」
おとは少し疲れを感じていたが、うのはそんな素振りを見せなかった。病み上がりとは思えないくらいに元気そうだ。
2人がのんびり休憩している中、懲りない男たちはじゅんやかすみに水鉄砲を握らせてビリ決定戦なるものを敢行しているらしい。その観戦はせずに、2人だけで休んでいた。
「わたし、うまく攻撃ができませんでした」
「そう? 狙いは悪くなかったと思うけど」
「……ですが、避けられてしまいました」
「なんだろう、魔物じゃないからって遠慮してるのかしら」
「いえ、そんなことは……」
攻撃を躊躇う、ということは特になかった。魔物に対しても、敵であるという認識や倒さなくてはという使命感も、おとにはあった。リソスを使わないこの遊びにおいても、攻撃を試みたが上手くいかなかった。
「わたし、リソマンサーとして役に立たないでしょうか」
「そんなことないわ」
珍しく茶化すこともなく、真剣な瞳でうのは言う。
「魔物を倒すだけが、リソマンサーの仕事じゃないもの」
うのは寝転がって、偽りの太陽が浮かぶ黄緑色の空を眺める。おともそれに続いて草むらの上に仰向けになった。
「おとちゃん、みんなのためにサプライズパーティを考えてくれたんでしょ?」
「はい。……リヴさんに、ほとんど準備してもらってしまいましたが」
「それでも、提案してくれたのよね? それ、すごくいいことだと思うわ。みんなは、戦うことばかり考えてるけど……あたしたちだって生きてるんだもの、ニンゲンと同じように楽しく生きる権利があるわよ」
人間とリソマンサーの違いは何か。死の有無か、それとも魔物と戦う使命の有無か。おとには、わからなかった。まだ、人間のことをよく知らなかったのである。関わりがあるとしても、リヴくらいなものだった。
「それをわかってくれてたひいなちゃんは……もう、いなくなっちゃって。今は、すごく似てはいるけど……まるで別の子みたいだわ」
リソマンサーだって死んでしまう。人間との違いは、命が失われるか否か。記憶と引き換えに死を免れることが、果たして幸か不幸か。
「おとちゃんはね、戦うことにはそこまで向いてないかもしれない。ななよちゃんもそうだけど……自分の居場所というか、立ち位置を見つけてほしいの。今回みたいに、みんなを支えてくれる……とかね」
「わたしにできること……あるんでしょうか」
「たくさんあるわよ、なんだってできるわ。それを一緒に探していきましょうね」
「……はい」
うのは無邪気さそのものの、朗らかな笑顔でそう言う。先輩として輝いて見えるようで、そんなうのはおとの憧れであった。
戦うことができなければ、それ以外に役に立つことを探せばいい。うのがそう背中を押してくれた。それが、おとには心強かったのだ。
まだ、自分が何者かもわからない。今まで何をしていたのか、どんな人物だったのか、それを知る人物は未だに見つからない。
そして何故、自分がリソマンサーなのか。そういう運命で生まれてきたのか。それも、いつか知りたいと思うおとだった。
「はーい、それではお待ちかね! スイカ割りのお時間でーす」
水鉄砲合戦が終わってしばらくすると、リヴはリソマンサーたちを再び招集した。そんな彼女は、緑色の謎の球体を抱えている。
「スイカ割り……?」
リヴの持つ緑の球は、物知りなななよもじゅんも知らないものだった。
「んふふ、知らなくて当然かもしれませんねぇ。これはスイカという名前の食べ物でして、フルーツと呼ばれるものです。旧時代の四季に当たる夏には、こんなものを食べていたんですねー」
「そんなに丸くて大きいもの、口に入らない」
つばめが懐疑心に満ちた顔でリヴを見ている。
「そうでしょう! これは割って食べるものです」
「割る?」
リソマンサーたちが首を捻っていると、リヴはスイカを砂浜の上に置いた。近くには長く真っ直ぐに加工された木の棒や白いハチマキが置かれている。
「これも古代文明の叡智! さ、やってみましょうか。このハチマキで目隠しをして、この棒でスイカを叩き割るのです!」
「何故目隠しをするのだ」
リヴは疑問を口にしたかしゅんの方をギロリと睨むと、すかさずハチマキをかしゅんの目元に巻き付けた。
「なっ、何をする!」
「それでは、かしゅんさんに実演してもらいましょう! 皆さんは、目隠しをした彼に、スイカの位置を教えてあげてくださーい」
「なるほど」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべたのはじゅんだった。何かよからぬことを企むような仕草。
「じゅんさん、なんかヤバいこと考えてるでしょ……あだっ!」
その思惑を逸早く察知するも、頭を鞭で引っぱたかれるかすみ。
「何を仰います、私はとても友好的でとても親切ですよ」
「本当に親切な人は自分のことそう言わないでしょ……いだだだだっ!」
今度は耳を抓られている。それでも全く懲りない様子だ。
「なかなか面白そうな試みですね」
何故だかななよも乗り気で、メガネをキラリと光らせる。
「すごいわ……ななよちゃんもじゅんちゃんも、遊びにはあまりキョーミないのに。リヴちゃんってすごいわね!」
「本当ですね」
リヴの企画力と実行力が凄まじい。うのとおとはその手際に圧倒されて感心するばかりだ。
「お、おい。俺はどうしたらいいのだ……」
困惑するかしゅんの肩をポンポンと叩くのはしもみ。
「とりあえず、そのスイカってのをその棒でぶっ壊せばいいらしいぜ。かしゅー、頑張れよ!」
「そんな無茶な!」
文句を口にするも誰にも聞いてもらえない。この場において、かしゅんは孤独だった。
「さあ、ではこのワタシがスイカとやらに導いてあげようじゃないか! 期待していてくれよ、かしゅんクン!」
「はあ」
「それでは、方角にして南南東に歩くがいい!」
「ナンナントウ……?」
南南東の向きがわからないどころか、そもそもそんな言葉さえ知らない。かしゅんはなんとも絶望的な頭脳をしていた。
「て言うか、方角なんてわかんないでしょ」
かすみがツッコミを入れるも、しぐれの手には方位磁針が。どうやらオパールのリソスで作ってみたらしい。
「しぐれさんの指示では意味不明でしょう。左に2歩、正面に3歩、右に2歩、後ろに3歩です」
「元に戻ってるでしょそれじゃ!」
ふざけ倒す一同に、何やらかすみのツッコミが追いつかない。腹を抱えて笑い転げているのはひいなだった。
「ふざけていないで真面目にやりなさい! かしゅんさん、そのまま真っ直ぐ歩いて右に直角回転し、そのまましばらく歩いてください。左手を正接に伸ばした方向にありますから」
「理解できるように言えよ!」
ななよさえ摩訶不思議な指示を繰り返している。混乱したかしゅんはまるで動作不良のロボットのようにガクガクとありえない動きをしている。その傍らでツッコミが追いつかずに息切れしているかすみ。
「大丈夫か、かすみ?」
「……あのバカどもじゃダメだし、お前が指示出してよ」
「オレに? いやー、こういうのってわかんないけどさ、棒を振り回してたらいずれ当たるんじゃねーの?」
「……………………」
最早ツッコむ気力も失せて、無言でへなへなと座り込むかすみ。
「おい、指示をくれ。俺はどうしたらいいのだ」
困惑しながらもガチャガチャとロボット風に棒を振り回すかしゅんに、ゲラゲラ笑い転げる女性陣。それを眺めて、おともなんだか楽しい気分になってきた。
ただひとつの遊びで、みんなで大騒ぎ。こんな毎日がいつまでも続けばいいな……と、おとは微笑みながらそう願っていた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、歓楽街マルガリターリ、アーケード跡──
「あー楽しかった!」
おとの隣で、リヴが背伸びしながらそう言った。その両腕は大荷物で、今日この日のために用意したであろう物品が所狭しとバッグに詰め込まれている。
「あの、リヴさん。ありがとうございました」
「いいんですいいんです、リソマンサーの皆さんのためになるなら、どんなことだって! あたしに任せてくださいっ」
リヴはおとに向けてサムズアップをする。それを見ては、同じく隣を歩いていたうのが手を叩いて喜んだ。
「うふふっ、頼もしいわ! リヴちゃんがウチに来てくれて良かったわね。ね、ななよちゃん」
「……ええ。ニンゲンも、悪いものではありませんね」
ななよはメガネを直しながら頷く。照れ隠しなのか日焼けを気にしているのか、手で日差しを遮っている。
「わたし、皆さんが仲良くしているのが好きです。とても、嬉しいです」
隣に歩く女性陣と、前を歩く男性陣の背中を見渡して、おとは満ち足りた気分でいた。
朽ちたアーケードのアーチを潜って、ボロボロになったガラスの天井の隙間から覗く、偽りの太陽が作り出す暁の空をおとは眺める。
世界はこんなにも壊れている。しかし、人間を地下へと追いやった魔物が蔓延る最中にも関わらず、空も海もこんなにも綺麗なのだ。
廃墟となったアーケードを歩く中で、違和感のようなものをおとはずっと感じていた。




