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神は見捨てなかった。困窮に喘ぎ、悲しみに暮れる哀れな戦士たちを。
神は見捨てた。平穏と安寧に胡座をかき、憂いに目を背けた愚か者たちを。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、国道36号線──
「時に……」
リソマンサー数名の列を率いている男は、じゅん。エメラルドのリソマンサーだ。彼は振り向くなり後列の仲間たちに手をやって静止させる。
「地上の調査もまた、我々の仕事です。おわかりですね」
「はーい」
「了解した」
「はいはい」
しもみにかしゅん、かすみがそれぞれ返事をする。その後ろを追って着いてきた、おともまた首を縦に振る。
「どこに行っても、廃墟に廃墟。つまんなくない?」
「戦争の跡……みたいだよな」
しもみがそう言うものだからと、おとは足元にあった黒焦げた何かの物体を拾い上げた。皆の視線がそこに注がれる。
「何かが燃焼したのだろうか……」
「戦争があった、ってのは間違いないかもね。その割にはバリケードとか、そういう設備ないけど」
荒廃した街並みは、如何にも穏やかな日常が突如破壊されたような、そんな佇まいである。まるで、争いに対する準備が施されていなかっむすたようにも見えるのだ。
「しかし、調査することに意味があるのか。一体、何の為に?」
かしゅんが投げかけた疑問に、じゅんが淡々と答える。
「まだ皆さんには説明しておりませんでしたが、我々リソマンサーは地上世界の管理や治安維持を管理者に委託されているのです」
「カンリシャ……?」
「ええ、管理者。なんでも、スーパーコンピュータのようなものなんだとか」
じゅんの言葉では今一つ理解できないのかしもみは首を捻っているが、かすみは考え込むような仕草をしている。
「よく言う、人工知能……AIみたいなの?」
「さあ、そこまでは。地下に住むニンゲンの誰も、管理者の相貌についてはわからないそうで。それでも、生きとし生けるものの全てを管理する存在として古くから存在が知られています」
「ふうん……」
それぞれが、あまり納得のいかないような微妙な表情を浮かべる。おとも自分なりに考えてみたが、AKIとは絵本で知ったような神のようなものだろうか……と思った。
「さて、お勉強はこれからですよ。話を戻しまして、地上は見ての通りの一面の廃墟ですが……その理由は、ご存知ですか?」
「さっき戦争って言ったけど、そういうのが原因?」
「半分正解……ですかね」
かすみの答えは当たらずとも遠からずのようだ。だが、戦争に近しい争いの跡が広がっているのは間違いなかった。
「戦争と言うと、ニンゲン同士の諍いのように感じるかもしれません。しかし、その程度では地上の全てが滅びることなど有り得ないのですよ」
「"その程度"……か」
解説の最中、かしゅんは一瞬眉を顰めた。何か戦争というものに思うところがあるのだろうか。その瞬間を見逃さなかったしもみが、じゅんとかしゅんを交互に見ている。
「正解は、闇──そう、魔物の侵攻。魔物たちが地上へ現れ、抵抗する術を持たない人類は地下へと逃げ延びたと言うことです」
「ま、ニンゲンは魔物に太刀打ちできないらしいからね」
チラリとかすみが視線を投げた先に、防護服に身を包んだ人間が数名、闊歩しているのが見えた。
「あッ、あれ……危ないんじゃねーのか」
しもみが駆け出そうとしたのを、かしゅんが肩を引いて止める。
「待て、早まるな」
「え?」
きょとんとした顔のしもみ。すかさずじゅんが教鞭のように鞭をしならせながら微笑む。
「あれもニンゲンの営みです。旧時代の文明、その産物を掘り当てようと赴いたのでしょう」
「……どーゆーことだ?」
如何にも頭の悪そうなしもみが首を捻る横で、かすみは嘲るように人間たちを眺めている。
「合法の盗掘ってやつでしょ、リスクが伴う代わりに実入りが大きい……とかさ」
「なるほど……じゃ、仕方ねーのかな」
「物分りがいい子は嫌いではありませんよ、しもみくん」
にこにこと穏やかに微笑むじゅん。しかしその笑顔はどこか冷たさを感じる。
「全く……命の危険も顧みず、ノコノコとやってくるとはな……余程の手練か、ただの馬鹿か」
「前者であることを祈るばかりですねぇ……余計なことをしてくれます」
おとはそんな会話の内容から、おそらくじゅんが人間にあまりいい印象を持っていないこと、人間の浅はかな行いで仕事が増えることを危惧しているのでは……と想像するに至った。
「どうすんの? 注意した方がいい?」
何ならこの弓で脅そうか、などとかすみはその知性の割に危なっかしいことを宣うが、じゅんは首を振った。
「下手に関与したところで、我々の品位を落とすだけ。面倒事になってからでよいでしょう」
「……」
そんなじゅんの言葉がどこかドライに響いてしまい、おとは胸の奥がザワザワとするのを感じた。
「あ、あの、危ないなら……危ないと、伝えた方が……」
声を振り絞るようにして意見したおとだが、じゅんは優しそうな笑顔のままで聞き入れない。
「彼らも危険は承知の上でしょう。地上に出る際の避難信号の携帯は義務付けられておりますし、ただでさえ心証の悪い我々ですから下手に出て恨みを買うというのは……」
長々と説法のように告げたじゅんだったが、既におとは行動に移していた。瓦礫を漁る人間たちの元に駆け出すおと。
「行っちゃったけど」
「おやまあ……」
やれやれ、とため息をつくじゅん。
「あ、おとちゃん! オレも行くぜ、待ってろ!」
そしておとの後を追うしもみ。かしゅんも少し考え込んでからしもみに続いた。
「あの、すみません」
おとは防護服で顔色を窺うことができない人間たちに向けて声をかける。
「んー? なんだ、お嬢ちゃん。防護服着ないで外歩いてちゃ死んじまうぜ」
背丈から想像はついていたが、声は男のものだった。持ち込んだカゴに瓦礫の山から掘り当てたガラクタを次々と放り込みながら、おとを見ている。
「わたしは、リソマンサーです。だから、このままでも平気です」
「リソマンサー? こりゃ驚いた!」
「きゃっ!」
リソマンサーという言葉を聞くなり、男はすかさずおとの腕を掴んだ。その力は強く、振りほどくことができない。
「な、何するんですか」
「こんな可愛いお嬢ちゃんがリソマンサーなんてなぁ……ぐひひッ、売っぱらったらいい金になるかもなァ!」
男が仲間にそう呼びかけると、皆が腕を振り上げて喜びを見せた。
「う……売るって……どういうことですか」
「そんなの決まってるだろ? お嬢ちゃんは知らないかもしれないが、地下には奴隷を売り買いするマーケットだってあるんだぜ? お日様の当たる地上にいるリソマンサーちゃんにはわからねぇかもしれないがな!」
「な……」
男が何を言っているかそれほど理解できなかったが、それでも自分の身の危険が差し迫っていることはおとでも理解できた。
「ひ……っ!」
こんな時、どうしたらいいのだろう。どう対処すればいいのだろう。おとは考えを巡らせるが、何も浮かばない。
「おとちゃん!!」
しかしそこに、しもみが駆け付けた。状況をすぐに察し、彼らしくない険しい表情になっている。
「おい、アンタら何してんだ……離してやれよ」
「おっとぉ、彼氏さんかな? でも残念だなぁ、リソマンサーが使う変な術は俺たちには効かねぇんだろー?」
男は小馬鹿にしたように、汚い笑いを上げている。その余裕の表情から察するに、こちらの手の内は読めているということだろう。
「だったら……試してみるかよ!!」
しもみはすかさず胸の宝石に手を翳した。金色の鎖が次々と展開される。
「おー、怖い怖い。あんたの彼氏、怒りんぼさんなのかな? ン?」
「え、……え、っと……」
ふるふると首を振るおとを見ては、男はまた憚らずに大声を上げて笑い転げた。
「シトリン・バインドチェーン!!」
人間の男目掛けて、金色の鎖が迫る。その喉輪を捉えんとしたその時、
「待て、しもみ……!」
かしゅんが駆け付けるも、制止は間に合いそうにない。やがて鎖が男を捕らえては体を浮かび上がらせ、首や腕に巻き付いては締め上げる。
「んがッ……!? う、嘘、だろ……人間には、効かない、んじゃ」
「何をしている、しもみ! 止めろ!!」
かしゅんは珍しく声を張り上げるが、しもみにその声は届いていないようだった。しもみの胸の宝石には爛々と輝きが集うものの、その体はじわじわと黒ずんでいく。その異様な光景は、おとには何故か見覚えがあった。
「止まりなさい! エメラルド・セーフティリムーブ!」
暴走寸前のしもみを、緑色の光が包む。金色の鎖は掻き消されるように砕け、捕らえられていた男は地面へ落下した。
「おい、大丈夫か?」
「ひっ! ば、化け物!!」
男とその仲間は慌てて逃げ出していく。それを見送ってから、しもみもまた力を失ったように崩れ落ちた。
「あ……」
おとはしもみに駆け寄る。息はしているようだが、胸の宝石が濁ったような輝きになっている。
「しもみ! おい、しもみ!! 返事をしろ……!!」
取り乱したかしゅんが、しもみの体を揺さぶっている。
「心配はいりませんよ、死んだ訳ではありませんから……我々は、不死の存在です」
かすみと共にじゅんがやってくる。倒れ込むしもみを見てかすみも駆け寄ろうとするが、じゅんが制した。
「不死の存在……って。もしや、記憶を奪って蘇生するなどと言うのではないだろうな……!」
「!」
リソマンサーは、宝石がある限り、例え命を落としても蘇る。ただし、その代償に記憶を失ってしまうのだ。
「いえ、そこまでの重症ではありませんよ。少し脅しすぎましたかねぇ」
「……チッ!」
苛ついたように舌打ちをするかしゅん。おとは宥めようと手を伸ばすが、苛立ったまま立ち上がっては背を向けてしまった。
「あの、今のは……?」
おとがじゅんに尋ねると、穏やかな笑みのままでじゅんは答える。
「私のリソスは支援専門でしてねぇ、ななよさんと同等に攻撃が不得意なのですよ。で、これは暴走したリソマンサーを止めるためのリソス……とでも言いましょうか」
「なるほど……」
察するに、じゅんの処置が遅れていたら……しもみは、手遅れになってしまっていたのだろう。
「あまりにリソスを使い込みすぎること、そして感情に任せてリソスを使うこと。これらが暴走と死の原因になりかねません。最悪の場合、ジュエルビーストとなって仲間に牙を剥くこともある」
「死……」
不死の存在とその矛盾。死ぬことはあるが、何度でも蘇る。その度に蓄積されてきた記憶がリセットされる。
感情、記憶。リソスは、それらと密接に繋がるのだろうか。
「故に、我々は感情的に振る舞うことを種族的に否定されている。難儀なものですね、リソマンサーというのは……」
「……はい」
「何故、我々は人の形をしているのか。ニンゲンと同じ姿でいるのか。神様のいたずら……でしょうかねぇ。なんとも皮肉なものだ、ニンゲンらしい生き方をすればするだけ苦しむのですから」
「じゅんさん」
後ろにいたかすみがじゅんを小突く。冗談が過ぎる、脅すようなことを言うな、と諌めたのだろう。
「ええ、わかっておりますとも。しもみくんのことですね」
しもみは既に、かしゅんが背負って担いでいた。宝石はまだ燻んでいるものの、息遣いは変わりないようだ。
「実地研修のつもりが、とんだことになってしまいました。私の監督不行届ですかねぇ」
「……ッ」
かしゅんがじゅんを睨みつけている。それに気付いていながらも、じゅんはいつも通りの表情で受け流した。
「さて、しもみくんのこともありますし……早々に帰るとしましょうか」
じゅんの言葉におとは頷く。来た道を戻ろうとしたその時、鈍い音と男の断末魔が遠巻きに聞こえた。
「……!?」
慌ててその方を見ると、そこには……先程まで掘削作業をしていた人間の男たちが、防護服を着たまま、体がありえない方向に曲がり、拉げていた。
「……っ!」
あまりのことに、おとは言葉を失う。そのありえないことを起こしたのは、おそらく……それを見下ろしながら立つ、白い髪の少年だ。
「あ、あ……」
かすみも言葉なく驚いては腰を抜かし、地面に尻もちを着きながら後退している。
「おや、穏やかではありませんねぇ……あれは……」
白い髪の少年と、おとは目が合ってしまう。息の詰まる感覚がして、上手く呼吸ができない。
防護服を着ていない少年。華奢な体に、ラフな服装。神秘的な佇まいで惨劇の現場に存在している。
「……やあ」
おとに向けて、手を振る少年。ふわふわと宙を漂うようにして、こちらに接近してきた。おとを庇うようにかしゅんが立ち塞がる。
「な……何者だ、貴様は……」
「久しぶりだね。花春……悪いんだけど、どいてくれるかい」
ピン、と少年が指を弾くと、突如出現した風圧によって弾かれ、しもみごとかしゅんは吹き飛ばされてしまった。
「かしゅんさん! しもみさん!」
2人はゴロゴロと遠くの地面を転がっていく。そうこうしているうちに、少年はもうおとの目の前にいた。
「あ、……」
あまりのプレッシャーに、おとは金縛りにあったように動けず固まってしまう。躙り寄ってくる少年に対し、何も行動を取ることができない。
「や、キミはどちら様? リソマンサー……なんだよね?」
「は……はい、そう……です……」
「いやだなぁ、怖くないよー。肩の力抜いて、リラックスリラックス」
ぽんぽん、と少年はおとの肩を叩いてくる。しかしそんなフレンドリーな振る舞いに対して、空気がピリピリとするほどのプレッシャーを放っていた。
「名前、聞いてもいい? あ、ぼくから名乗った方がいいかなー。ぼくはね、鶴来 秋希。ぜひ親しみをこめて、秋希って呼んでね」
「わ、わたしは、おと……と、言います」
「おとちゃんかー。それ、誰に貰った名前なの?」
「そ、それは」
「さしずめ、ブラックダイヤモンドってところでしょ?」
「……何故、それを」
「お、やったー。あったりー!」
おとの名前は、うのが考えてくれたもの。それを何故、この秋希という少年が知っているのか。
「あなたも、リソマンサーなんですか?」
「んー、ぼくは違うかな。その辺の一般人だからさ、ぼくは」
そんなわけがない、というのは誰でも思うことだった。尋常ではないプレッシャーを放つこの少年は、ただの人間ではないはずだ。
「あ、あの、何故….…あの人たちに、酷いことを……」
「んー?」
おとが指差す先、人間の男たちが物言わぬ骸となって転がるその様を、少年はまじまじと見つめる。
「あー、ああいうの、いらないかなって思って」
「い……いらない……?」
「それこそ可愛い女の子に手を上げちゃうなんて。男としてサイテーだよね! 霜見もそう思ってくれたみたいだしー、キミたちとやってること変わらないんじゃないの?」
「……」
おとは視線を落とす。確かに、あの時のしもみは男を殺そうとリソスを使い、挙句の果てに暴走してしまっていた。
「そ、それに、しもみさんやかしゅんさんにも、酷いことを……!」
「えー、そう? 別に生きてるから良くない? リソマンサーって不死身なんでしょー? すごいよねー」
まるで倫理観を感じさせない言葉。無邪気に言い放つその言葉の端々に、狂気が滲み出ている。
そして何より、リソマンサーたちに対する深い理解。
この少年は一体、何者なのか。
「……おーい、霞」
「……ひっ!」
顔面蒼白で、地面に伏したまま震えているかすみ。それを冷たく見下ろす秋希と名乗る少年。
「仲良くやんなよ、こっちじゃ花春と霜見が素敵なお友達なんでしょ?」
「な……何言ってるのか、わかんない……」
「いやだなぁ、それがおまえの望み"だった"から、こんなことになったんじゃなかったっけ?」
「し……知らない! お前、なんなんだよ! さっきから!」
「あはははは、そりゃリソマンサーだし……わかんないよねぇ、かわいそーな霞……」
「……うぅっ」
泣き真似をする秋希に対し、パニックを起こしてかすみは泣きじゃくっている。それだけ、秋希に恐怖を感じているようだ。
「なんか霞が泣いちゃったし、つまんないや。鶉センセ、あとはお願いしまーす」
満足気にそう言うと、指を打ち鳴らしては秋希はノイズ混じりに瞬時に消えた。
やがて静寂が訪れ、へなへなとその場に座り込むおと。かすみは慌てて立ち上がり、しもみとかしゅんの元へヨロヨロと駆け出す。
「……」
無言でしゃがみこんで手を差し伸べたのは、じゅん。穏やかな笑みはそのままだが、やや引き攣った印象を受ける。
「失礼、皆さんを引率する立場なのに体が動かず。それにしても、今の少年は見覚えがあるような……」
「……一体、何者でしょうか」
「さあ、そこまでは……ただ、我々のことに詳しいということはやはり、リソマンサーかそれに近しいものなのでしょうね」
「……」
しかし秋希という少年には、宝石が見当たらなかった。リソマンサー同士に見られる共鳴も、全くない。
おとはじゅんの手を取れず、しばらくぼんやりとしていた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、サロン──
「おとさああぁぁ〜〜〜んっ、ご無事でよかったですぅ〜〜〜〜!!」
「リヴさん!」
ヘトヘトになって帰ってきたおとを出迎えたのは、リヴとうの。じゅんはななよへの報告へ、かしゅんとかすみはしもみをしぐれに診てもらうと2人がかりで彼の私室へ連れて行ったところだ。
「も、もう゛っ、あだじがごいっじょずればよがっだぁ……ごめんなざあぁぁぁい……」
「……?」
おとは、泣きじゃくっては防護服越しに涙を拭うリヴのただならぬ様子に困惑して硬直していたが、窘めるようにうのが2人の肩を叩いた。
「リヴちゃんったら、ずっとこの調子なのよ。あなたたちが変な男のコに襲われたって聞いてからね……」
「ぞ、ぞれもありまずげどぉ、人間が……我々の薄汚い手でぇ、おどざんに触るなんでぇ、もう゛っ、顔向げでぎないでずぅ……ずびびっ」
鼻水を啜りながら、それでもリヴはおとの胸に顔を埋めていた。
「リヴさんは悪くありません。少し、トラブルがあっただけで……もっと、わたしもしっかりしなくては」
「な、なんですとっ! こんなに大変な目に遭っているのに、そんなに爽やかにっ! 遠慮深くて慎ましくって! おとさんっ! もうマジ神尊い……」
「あはははは……」
うのは複雑な笑みを浮かべているが、それでもおとは優しい2人を目にして先程までの恐怖が薄れていくようだった。
そこで、気になったことをうのに聞いてみることにしたおと。
「あの、うのさんは……鶴来 秋希というひとを……知っていますか?」
「!」
うのは驚いたように目を見開く。しかし、次の瞬間にはそれまでのように苦笑いを浮かべてリヴに肘で小突いている。
「えっと……ごめんなさいね、何だか変な名前だけど……あたしには心当たりがないわね」
「……そうですか」
おとの目にもうのが嘘をついたのは明らかで、何か隠し事をしたいようだと気付いた。
鶴来秋希……じゅんたちは覚えがあったようだが、誰もはっきりとした正体を知らないようだ。それなのに、うのは何かを知っている。
「も〜、 そんな不審者なんかのことよりぃ! おとさんが無事に帰ってきたお祝いしましょうよぉ〜〜」
「いやあねぇ、リヴちゃんったら……」
「今からパーティ会場を設営しますから! ああでも、その前にお掃除しなくっちゃ!!」
リヴは涙ぐんで興奮しながら、自身の手で魔改造した待機室並びにサロンをモップ片手に縦横無尽に駆け回る。
リヴが来るまでは廃墟同然だったのだが、最近は彼女の趣味なのか近未来的で清潔感のある内装にリフォームされた。
「ここも、綺麗になりましたよね」
てんてこ舞いなリヴの様子を眺めつつおとがそう言うと、うのはタバコの箱を開けようとした手を止める。
「……おちおち気軽にタバコも吸えなくなっちゃうわね」
「そうなんですか?」
うのは愛煙家であるが、他に喫煙をする者はいない。当然リソマンサーとしては異質である。
「煙で汚しちゃうでしょ? せっかくリヴちゃんが掃除してくれたのに」
「なるほど……」
よくわからないがそういうものなんだろうか、とおとは会釈した。しかしそこにリヴが突進しながら駆け付ける。
「そうですか! では今度、空き部屋を喫煙所に改装しておきますね!!」
とだけ吐き捨てては、また慌ただしく掃除に戻っていった。
「リヴちゃん、元気な子よね」
「そうですね」
防護服を着てこそいるが、リヴのその嵐のような行動力で身軽な印象だ。初めて会った時は内気な少女だろうかとおとは感じていたが、全くそんなことはなかったようだ。
「それにしても……」
以前の草臥れたそれがリメイクされて新品同然になったソファーに寝転びながら、うのは天井を仰ぐ。
「じゅんちゃんでさえ遅れを取るような、そんな子がいるなんて。世も末だわ」
「……」
リソマンサーが5人いても、手も足も出ない……おとにとって、秋希とはそんな存在だった。
明確な敵意こそ感じないものの、脅威ではある。少し目を離した隙に人間を数名手にかけることが可能であり、リソマンサーにとっても厳しい相手かもしれない。
「あと、しもみちゃんは大丈夫なのかしら。暴走したって聞いたけど」
「あ……」
帰ってきてすぐリヴに絡まれたため、おとはまだ仲間たちの容態を確認していない。指摘されるまで失念していたが、やはり仲間のことだからとおとは心配だった。
「すみません、様子を見てきます」
「あら、そう? じゃ、あたしも」
今しがた寝転がったばかりだが、ソファーから飛び起きてうのはおと共にしぐれの元に向かうことにした。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、医務室──
リヴが張り切って改装したリソマンサーの本部、ジュエリーボックス。医務室も新設されたが、そこはかつてとあるリソマンサーの私室だったと言う。その荷物が小綺麗な部屋の片隅に追いやられていた。
「しぐれちゃん、来たわよ」
うのがデスクに向かうしぐれに声をかけるとクルクルと無駄に回転しながら、しぐれが入口まで出迎えに来る。
「やあ、うのクンにおとクン! 君たちは元気そうで何よりだ〜」
「いやあねぇ、あたしは謹慎中よ」
うのは冗談めかして言うが、実際にはリソスの減少によって力が弱まってしまったために作戦参加を禁じられているのだ。
その疲れはリヴを救出した時に発現したものだが、大元の理由として考えられるのは黄昏を相手取った時に力を吸われたことだろう。
「ささ、座って座って。しもみクンはちょっと面会謝絶中だがね、他の子は元気そのものだヨっ」
小さな丸椅子を2つ差し出され、うのとおとはそれに腰掛ける。部屋の奥にはカーテンをしてあるベッドが1つと、空いているベッドが幾つか並んでいた。
部屋の奥ではかしゅんとかすみが詰め寄っていたが、こちらに気付いたようだ。
「うのちゃん先輩と……おとさんか。どーも」
気怠そうな挨拶をするかすみに、沈痛な面持ちのまま黙りを決め込むかしゅん。かすみは横目でそれを気にしていた。
「かしゅんちゃん……しもみちゃんのことで、胸を痛めてるのね」
「……違う。己の無力さを嘆いていただけだ」
かしゅんは慰めんとするうのに顔を合わせようとしない。それだけ、悔しかったのだろう。
「かしゅん、お前のせいじゃないって。しもみのバカが出力間違えるからだよ」
「黙れ、お前に何がわかる……!」
「……いや、なんもわかんないけど? ボクに当たらないでよ」
「貴様……!」
しもみがいないことで、普段から犬猿の仲である2人の関係は更に悪化してしまっていた。うのが立ち上がってわざわざ宥めているほどには。見かねたおとも口を開く。
「わたしが、余計なことをしてしまったから……しもみさんも、ニンゲンの皆さんも……大変なことになってしまいました」
「……」
おとに視線が集中し、場が静まり返る。取っ組み合いに発展しようとしていたかすみとかしゅんも、矛を収めたように背を向けた。
「……おとさんのせいでもないでしょ」
「何故、ニンゲンを庇う。お前にあれだけのことをしたと言うに──」
「いえ、かばっているわけでは……」
じゅんが人間を嫌う理由。それは、人間こそがリソマンサーを嫌うからなのか。
しかし、リヴのようにリソマンサーを尊敬する人間だっている。一口に人間と言っても、色んな種類がいるものだとおとは思った。
「ただ、同じ命だと……思ったんです」
こんなことを言えば、人間嫌いのリソマンサーに嫌われるだろうか。おとはそう思ったが、予想外の反応が返ってくる。
「おとちゃんは達観してるネ、そしてリソマンサーの本質をよくわかってる!」
しぐれが手を打ち鳴らしながらおとを褒めちぎったのだ。
「我々はニンゲンを守るための組織。だから、おひな様のようにニンゲンを好きになることが……我々の使命と同義なのサ」
「……」
しぐれの話を聞いてなのか、かしゅんは俯いたまま拳を震わせている。まるで、人間に恨みでもあるかのように。
「ワタシもニンゲンが好きさ、彼らの文化やその営みは賞賛に値する……そう思うヨ。そりゃあ、悪玉だっているだろうけどネ……それだけじゃないサ」
「そうだわね」
しぐれの言葉にうのも頷く。かしゅんは納得がいかないようだが、かすみはそんなかしゅんの肩を叩く。
「意地になったっていいことないっしょ」
「黙れ……お前がしもみのようなことを言うな」
「人で選ぶなよ……お子様かっての」
かすみは大きなため息をつくが、しぐれはそんな2人を見てにこやかな笑顔を浮かべていた。
「しもみクンはそのうち元気になると思うよ。と言うのも、ワタシはよながクンとは違って治療は専門じゃないからねェ、ここにいることしかできないのサ」
「それでも充分だわ。ありがとね、しぐれちゃん」
「んふふ、ブラックダイヤモンドに褒められるなんて光栄だね!」
くるくると優雅に回りながら、しぐれは決めポーズを披露し続ける。それを受け流すように、うのはおとに声をかけた。
「おとちゃん、あなたの意見はあなたが決めていいのよ。ニンゲンが怖いと思うならそれでもいいし、仲良くなりたいならそれでもいい……だけど、これだけは忘れないで」
うのはおとの手を握って、少し背伸びをして目を合わせた。
「あたしたちは、ヒーローなのよ」
「ヒーロー……」
それが、リソマンサーに課せられた使命。うのはそう信じていたし、理解していた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部──
医務室を後にしたうのとおと。かすみとかしゅんは、しもみが目を覚ますまで付き合うと言うので、そのままにしてきた。
「イケメンっていいわね」
「い……いけ、めん?」
「3人とも、いい顔してるじゃない? おとちゃんはどう思う?」
「えっと……」
おとには顔がいいと言われてもピンと来なかったが、うのが満足そうな顔をしているので悪いことではないのだろうと察した。
「うのさんも、顔がいいと思います」
「え、あたし? いやあねぇ、あたしは女のコよ」
「……?」
素敵な顔に男も女も関係あるのか、とおとの頭の中は疑問符だらけだった。
「こーんな美人を捕まえて、おとちゃんったら……どうするつもり? うふふふっ」
「……」
うのは楽しそうにおとの腕目掛けて絡んでくる。そんな無邪気な姿からは、闇と相対する時に見せる勇ましい姿は連想されなかった。
リソマンサーにおいて最強の女性。それが、ブラックダイヤモンドのリソマンサー、うの。
そして彼女は、おとの憧れでもあった。
「リヴちゃん、まだお掃除してるかしら……お手伝い、した方がいいかしらね?」
「そうですね」
人間とは千差万別、そうは言っても今日のような恐怖体験をしたおとにとってはあまり良いイメージはない。しかし、少なからず悪い印象以外の感情もあった。例えばリヴのように、リソマンサーを愚直に慕う人間だっている。そんな人のために戦うならば、とおとは思う。
リソマンサーとして戦うこと、その理由は何か。
記憶も何も残らないまま、目を覚ました時から闇との戦いを強いられている。そんなおとが戦う"理由"は何か。
しかし今はリヴの手伝いをしに行こう、とサロン向かっているうのとおと。すると、廊下を見慣れない影が過ぎった。花のような淡い香りが広がる。
「あら?」
いちはやく気付いたうのが、その影に駆け寄る。
「あなた、こげつちゃん……?」
「?」
こげつ、とは人の名前だろうか。気になったおともうのに続く。
「うふふふっ」
それは女性だった。柔らかな笑みを浮かべ、上品な立ち振る舞いで恭しい礼をする。
「お久しゅうございますわ、うのさん」
「よく帰ってきてくれたわね、こげつちゃん!」
白銀の長い巻き毛に、月をあしらったドレス。地上世界でこんな装備でいられるということは、彼女もおそらくリソマンサーなのだろう。
「あら……そちらの方は? お見かけしないお顔ですわね」
こげつの長い睫毛越しに、視線がおとに注がれる。おとは反射的にぺこり、と頭を下げた。
「ジルコンのリソマンサー、おとちゃんよ。最近来たばかりなの」
「あら、そうだったんですの。お仲間が増えるのはおよろしいことですわ……」
再び裾を摘んでお辞儀をするこげつ。その優雅な振る舞いを真似しようとおともロングスカートの縁を掴んだが、上手くいかなかった。
「コツがいりますのよ、おとさんにはお早いみたいですわね」
「……」
恥ずかしそうに頭を搔くおとを見て、少し小馬鹿にしたように笑うこげつ。
「わたくし、ムーンストーンのリソマンサーのこげつと申しますの。お手柔らかにお願いしますわ」
「はい、よろしくお願いします」
リソマンサーという希少な存在の、仲間が増えた。それだけでも心強さを感じたおと。こげつの優美な佇まいを鑑みて、ベテランなのだろうか……と勘繰っている。
「ところで、ひなさんはどちらですの? わたくしが何処へ参ろうにも、どこへでもいらしてくださるのに……」
「あ……」
気まずい顔を隠そうとしながら、言葉を失ううの。
血石のリソマンサーであるひいなが、再起動によって記憶が失われてしまったことをどう説明して良いものか考えているのだ。
「そ、そうね……ひいなちゃんなら……えっと……」
言葉を探しながら話すうの。そのしどろもどろな様子を見かねたのか、こげつは苛立ったように言い放つ。
「隠し立てしたっていいことはありませんわよ? ま、わたくしの目で確かめて差し上げますわ」
「あ、ちょっと!」
強引にうのとおとの間をすり抜けて、こげつは廊下の奥へと消えてしまった。
「あ……」
呆然として立ち尽くすうの。こげつが見えなくなってしまえば、がっくりと肩を落とす。そんな様子のうのが心配になっておとは声をかけたのだが、
「うのさん」
「ひいなちゃんが再構成を受けたなんて知ったら……こげつちゃん……どうなっちゃうのかしら……」
うのは暗い顔のまま俯いて、ただ廊下の真ん中でおとに小さな背中を見せつけるだけだった。




