1-5
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人々は煌めきの力を手にした。
人々は煌めきを我がものにした。
森羅万象の全ては光と闇に通ずる。
森羅万象の全ては均衡が保たれるべきである。
世界の理は、いつしか破壊された。
日が落ちていく。
空が陰っていく。
予感を知らせる静寂の中で、闇がすぐそこにまで迫りつつあった。
終わりなき夜の到来である──
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、12番通り、終わりなき対策本部──
空を見れば、それは漆黒の夜だった。それまでの黄緑色をした不気味な空とはまた違う恐ろしさを内包している。
「……遂に始まってしまったのう」
空を見上げて呆ける仲間たちに先んじて、ひいながそう呟いた。
「ですが、予期していたことです。まだ人数は足りませんが、我々で乗り越えていくしかない」
ななよが、そして全員が見つめる先には、無数のゲートがあった。深い闇夜においても判別できるほどの、深い闇の門がいくつも形成されていた。
既に地下に対して警報は発令されていて、人間は皆避難していることだろう。
「あいつらをほっといたら、この世界の光が全て食い尽くされちゃう──それを止めるのが、あたしたちの仕事」
うのは指先に黒炎を灯し、視線の先に犇めく魔物たちに向けて突き出した。
「いいわね、みんな! あいつらは倒す、だけど絶対に生きて帰る! 準備はいい!?」
「おー!!」
リソマンサーたちは声を張り上げ、魔物たちを迎撃する態勢を整える。自分たちが倒れて突破されれば、魔物たちは地下へと辿り着いて人間たちを、食い尽くしてしまうだろう。生死を天秤にかけたような、張り詰めた緊張感が漂っている。
「総力戦ってわけかー」
しもみは準備体操をしているが、視線はやはり魔物たちからは外れていない。鋭い目つきで周囲を警戒するかしゅんに、罠の設置に勤しむかすみ、陣頭指揮を任されているため首都周辺図と睨めっこのななよとじゅん、第一陣として出撃が決まっているうのとひいなが最前線で仁王立ちしている。
攻撃手段を持たないおとは、今まで習得した2つのリソスを放つイメージをしながら、仲間たちの様子を窺っていた。
自陣にはバリケードが張り巡らされており、戦場の各地も迷宮のように入り組んでおり、同等の守りだ。すぐには魔物の侵攻を受けないような構造になっている。
地下は言わばアリの巣のように張り巡らされており、その入口は1箇所ではなくイリオトゥローピオ各地に存在する。魔物たちはその入口から人間とその人間が生み出した光を喰らわんと侵攻してくるわけだが、そのままだとあまりにも人手が足りず、防衛は難しい。
終わりなき夜における、リソマンサーたちの戦い方は、至って単純。
自分たちの光を敢えて放出し、目印にする。本能的に光の捕食を目的とする魔物たちを誘導できる、というわけだ。
それはまるで、囮と変わらない作戦。だが、数の少ないリソマンサーにとっては、そうしてようやく太刀打ちできるようになるのだ。
だんだんと迫ってくる、魔物たちの群れ。呆気にとられながらも、おとは自分に与えられた任務を思い出す。
"仲間たちの傷を癒すこと"──それが、おとの役割。
自分で用意したメモを眺めて内容の確認をしていると、突然ドンと肩に何かがぶつかった。
「いったー……」
おとが顔を上げると、そこにいたのはかすみ。先日加入したばかりの、ガーネットのリソマンサーの男だ。
「……ちょっと、何見てんの?」
おとも噂には聞いていたが、とても不遜で横柄な性格をしているらしい。目の前の人物は全くその通りだ。
「髪型崩れちゃったじゃん……セットすんのに時間かかったんですけど」
「……すみません」
ぺこり、とおとはお辞儀をして見せるが、無視だ。
「そう言えば、アンタ誰だっけ」
「……おと、です」
「あーはいはい、ジルコンの人ね。ま、お互い死なない程度に頑張ろー、じゃねー」
かすみは名乗ることもせず、崩れたと言う髪のセットをいそいそと直しながら、持ち場に戻って行った。一体何をしに来たのかと思えば、おとの背後にあった机の地図に罠の設置場所を記していたらしい。おとがそれを覗いてみれば、今回拠点を設置した箇所を中心に、まるで迷宮のようにバリケードと罠が張り巡らされている。
自分たちの光で魔物を誘き寄せながらも、夜が明けるまでの時間稼ぎはするようだ。
作戦指揮をとるななよたちの方を見ると、かしゅんに偵察に向かうよう指示を出しているところだ。バリケードをすり抜けるように体を捻っては、身軽な動きでかしゅんは闇の向こうへ消えていった。
「あの……1人で、大丈夫でしょうか」
心配になったおとはななよとじゅんに尋ねる。
「彼なら問題ありません。万が一があれば通信するように命じておりますし、例え命を落としても──」
「……」
ゾワッ、と背筋に寒気が走るような感触を、おとは覚えた。
……例え死んでしまおうと、何度でも蘇る。だが、記憶は失われる。その痛みはまだわからないが、恐ろしいものであるという確信はあった。
「おとさん、あなたは救護を任されているのですから、ここの防衛と治療に努めなさい」
「……はい」
かしゅんのことは心配だが、戦えない自分に何かができるとも限らない。おとは小さく頷いた。
「始めての終わりなき夜で、緊張しておいでですね」
肩を小さく震わせるおとの頬に、じゅんはそっと手を触れた。
「大丈夫。私のリソスは皆さんを守ることができますし、ここにいる限りは安全ですよ」
「……」
そんな言葉では、安心しなかった。おとは、自分の身のことなどどうでもよかった。自暴自棄なのではなく、自分という存在の輪郭が見えていない今、記憶を失うことも消えてなくなることも、怖いとは思わなかった。ただ、身近な誰かを失うことに、恐れを感じているだけ。
「余計なことを吹き込まないでください、じゅんさん。この世界に安全な場所などありませんし、あらゆる作戦には問題点と隙が生じます。油断大敵です」
「おや、そんなつもりはなかったのですがね。ただ、死線を前にしてまで硬直している、そんな可愛い後輩を労っているだけですよ」
「……」
おとはななよとじゅんの顔を交互に見る。あまり、仲は良くないのだろうか。少しピリピリとした雰囲気だ。
「おとさんは……そうですね、うのさんと似ていらっしゃる。仲間の身を案じるがあまり、自分を省みることができない」
「じゅんさん」
やめろ、とばかりにななよが叱責するが、じゅんは構わず続ける。
「自分の身さえ満足に守れない者に、他人を守ることはできない。よく覚えておくことです」
「……」
胸の隅が傷んだが、おとは言い返すことができなかった。その通りだと思ってしまったからである。
しかし、ただじゅんがおとを叱ろうとしただけではなく……まるで、自責の念に駆られているようにも見えた。
「さて、お喋りが過ぎましたね。失礼」
くるりと身を翻しては、じゅんは再びななよとの談議に戻っている。それも真剣な顔で。
「……」
おとは胸に手を当てて考えてみた。うのも、自分と同じなのだろうか。聞いてみよう、と待機していたうのに声を掛けようとしたが、その声はけたたましい警報音に掻き消される。
「第三防衛ラインが突破されたようですね」
ななよが椅子から降りて待機していたリソマンサーを集める。
「うのさんとひいなさんは迎撃に向かってください。しもみさんとかすみさんはまだ待機していること」
「了解!」
「……」
うのと話すことはできなかった。話しかけようとしていたうのは、ひいなとどう迎え撃つかの算段を打ち合わせした後に、紅の煌めきを纏った絨毯に乗り込んで最前線へと運ばれて行った。
「あれは……?」
「私のリソスです」
ななよがリソスを発動していたようだ。どうやら、彼女は便利な乗り物を扱えるらしい。
「以前、クリムゾンハートをお見せしましたが……あれ以上の火力は出せません。私の得意とすることは、遠隔操作です」
いつもリソマンサーを探す時に使用する探査レーダー。それを取り出すと、なんとななよの手の中で紅い煌めきとなって消えてしまった。
「そして調査や分析、解析が私の得意とするところ。私はあまり戦闘には向いていないのです」
「……」
自分と同じなのか、とおとは驚きとともに感心した。それなのに戦いに参じるななよが、すごい人だとも思った。
「よなが……いえ、サファイアもまた、戦闘向きではないリソマンサーでしたし、そういうリソスを扱う者もいるのですよ」
「……はい」
自分を恥じることはないかもしれない、とおとは妥協にも似た安心をした。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、第2防衛ライン──
「壮観じゃのう」
ひいなは腰に手を当て、まだ静寂の中の風を感じていた。視線の先には、ぞろぞろと行軍してくるような歩調の魔物たちが跋扈しているのが見える。うのもまた、咥えたタバコを吹かしながら、それを仁王立ちで眺めていた。
「いやあねぇ、2人きりなんて……もっと賑やかだったらよかったんだけど!」
「それだけ活躍できるということじゃ、悲観することはなかろ」
「そーね」
2人は頷いて、それぞれ構える。相対するまで、時間は残り僅か。
「じゅんちゃんもかすみちゃんも帰ってきたし、なんだかんだ前みたいに賑やかになってきたわね」
「んむ、わしとしても安心じゃ。わしにばかり頼られても困るからのう」
「ひいなちゃんはそれだけ強いじゃないのよー」
うのがそうやって評価すると、ひいなは自信ありげに胸を張る。
「ま、なんだかんだ最古参であるからな。その威厳はあるぞ」
「頼もしいわ、ひいなちゃん!」
肘でツンツンと突っつきながら戯れる2人。敵を前にして、まだまだ余裕がありそうだ。
「ここである程度減らしておかないと、みんなが大変だもの。頑張りましょ」
「おうとも!」
2人は駆け出した。最終防衛ラインへの到達までに、無限に湧き続ける魔物たちを蹴散らさねばならない。だから、精鋭である2人が選ばれたのだ。
終わりなき夜は長い。だが、無限に続く訳でもない。夜が明けるまで戦い抜き、最後まで立っていればいい。
戦いの火蓋は切って落とされたばかりだ。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、12番通り、最終防衛ライン──
「よ、元気?」
「!」
櫓から戦況を見ていたかしゅんが周囲を見渡すと、廃墟となったアパートの屋上にしもみが立っていた。
「勝手に持ち場を離れたのか」
「まさか! お前のことが心配でさ、先輩たちには断ってきたし、大丈夫!」
「……間抜けめ」
「なんだとー!?」
しかしかしゅんは、別に嫌がる素振りもなく、櫓の手すりに寄りかかるだけ。夜風に靡く長い髪の中にある、その整った顔は微笑んでいるようにも見える。
「……キザだよなー、ホント」
「黙れ」
「褒めてんだよ」
「そうは聞こえん」
お互いに悪態をつきながらも、話の終わりには笑い声を上げるような、2人はそんな仲だった。
「かすみとは仲直りしたのか?」
「……いいや、まだだ」
「早く仲直りしろよなー」
「……ああ」
先日、かしゅんとかすみは言い争いになって喧嘩に発展してしまった。なんとかしもみが仲裁したものの、喧嘩別れになってしまったのは否めなかった。
歳が近く同性の3人は、何かと一緒にいることが多い。それは、記憶を失う前からもそうだった。
「……うの先輩たち大丈夫かなー」
「問題ない筈だ。先輩ならば、手を抜くことも、油断することもなかろう」
「んー、まあ、弘法も筆の誤り、みたいな?」
「なんだそれは」
「いや不吉だよなー、悪い悪い」
「意味がわからないと言っているんだが」
しもみとかしゅんが見つめる先、第2防衛ライン。先程から眩い光が幾度も点滅している。それはリソスの発動によるものなのだろう。夜闇の中で一際輝くその煌めきが、まだ戦況が優勢であることを示している。
「……ななよさんが対応しているだろうが、迂回する魔物の索敵はできているのか」
「え? あー、まあ……大丈夫なんじゃないの? じゅんさんもいるし、おとちゃんもいるし」
「……だといいがな」
その辺を回ってくる、とかしゅんは櫓を飛び降りて廃道に着地しては別ルートへの回り道へと走る。
「っ、おい待てよ! 置いてくなって!」
しもみもハシゴを慌てて降り、足が縺れながらもかしゅんの後を追った。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、12番通り、終わりなき旅対策本部──
「あのバカ、勝手な真似を……」
おとの隣でぶつぶつと文句を口にしているのは、かすみ。
「しもみさんのことですか」
「そうだよ! アンタも面倒増やされて困ってるでしょ」
「いえ……」
「……」
特に気にも留めずに平然としているおとを見て、かすみは大きなため息をついた。
「ハァ〜……どいつもこいつも呑気だよ全く……」
「……」
何か気を悪くさせただろうか、と不安になるおとだが、かすみは大きな伸びをして話を続ける。
「てゆーかさぁ、いくら誘導ありきだって言っても、他の地下の入口に辿り着くのもいるだろうけど……その辺はいいの?」
「ご心配なく」
かすみとおとの話を聞いていたのか、つかつかとじゅんが歩み寄ってくる。
「シェルター侵入口には、私のリソスによる結界を設置しております。それを破るのは並の魔物では難しいでしょう」
「そうなんですか」
どうやら、エメラルドのリソマンサーであるじゅんは、防御などに特化した能力を持つらしい。
「それに、かすみくん……君が仕掛けた罠もありますから、本隊がこちらに向かっている以上は破られることはないでしょう」
「すごいですね、かすみさん」
おとが手を叩きながら賞賛すると、褒められ慣れていないのか、かすみは照れ臭そうに鼻を擦りながらそっぽを向いた。
「ま……まあ、それほどでもないけど」
謙遜しながらも、その横顔はどこか嬉しそうではある。わかりやすい人だな、とおとは考えた。
そんな談笑の最中、突如ガアガアと騒がしく、鳥のような鳴き声が近付いてくる。
「これは……」
おとがその方向を見上げると、遠くに大きな翼で羽ばたく無数の影があった。
「敵襲です!」
ななよが警戒を口にする前に、誰もが現れた脅威に対して身構えていた。
「そ……空から来るんじゃ、罠の意味ないじゃん!」
慌てふためくかすみだが、その肩をポンポンとじゅんが叩いた。
「ご心配なく、この拠点にも防御結界は張ってあります」
じゅんの言葉通り、接近してくる影は突如顕現した緑の魔法陣にぶつかって勢いのままに弾き飛ばされている。
「じゅんさんがいれば、心強いですね」
頼もしい仲間が増えたことに安堵したおとだが、そのじゅんが首を振る。
「しかしながら、私のリソスを以てしてもあの数を全て防ぎ切るのは難しい。数を減らしておかねばなりませんね」
「その通りです」
おとたちに先んじて、ななよがリソスを放つ。
「ルビー・クリムゾンハート!」
両手でハートマークを作り、無数のハートの煌めきが空飛ぶ魔物に向かって放たれる。ななよが指を鳴らすのと同時に、連鎖爆発のように魔物諸共爆発する。
「うわ、痛すぎるだろそのポーズ」
かすみがポツリと辛辣にツッコむと、じゅんは懐から取り出した鞭でかすみの背中をビシッと打ち据えた。
「いっっった!」
「目上に対する敬意が足りませんね。無駄口を叩く暇があるなら、迎撃をなさい」
「パワハラだろこんなの……!」
ぶつくさと文句を口にするも、かすみは即座にリソスの構えを取る。その様子をにこやかに見守るじゅん。
「ガーネット・ホーミングアロー!」
かすみを真紅の煌めきが包み、指差した方向に煌めく無数の真紅の矢が放物線を描いて放たれる。それは、対象が回避行動に転じても軌道を変える優れもの。多数を殲滅するのにちょうどいい性能だ。
かすみのリソスの一部始終を見届けたじゅんは、満足そうに手を打ち鳴らしている。
その後もかすみやななよのリソスで空からの敵襲は排除され、本拠地を脅かすものは残らず消えた。
しかし安心したのも束の間、ななよのトランシーバーに通信が入る。
『──を観測、至急応答願う……──!』
「……?」
それはかしゅんからものだったが、通信に激しいノイズが入っているためによく聞き取れない。
「ななよです、どうかなさいましたか」
『──……未知の生……──、現在、……行方が──』
「……」
聞き取れはしないものの、緊急事態であることは伝わってくる。
「しもみとかしゅんに何かあったんじゃ!?」
かすみがいても立ってもいられない様子でいるが、じゅんか落ち着くようにと手をやって諌める。
「誰か負傷しているかもしれません。わたし、行きます」
おとがななよにそう提案すると、ななよは眉間に皺を寄せてしばらく唸っていたが、ようやく口を開いた。
「光で魔物の誘導を行っている以上、1人だろうとここを離れるのは得策ではない……1人で向かって頂くしか……」
「……大丈夫です」
おとは危険を承知の上で、しっかりと頷いた。
「死ぬなよ」
「お気を付けて」
見送ってくれる3人を背に、ななよのリソスである絨毯の上に飛び乗って、おとは仲間たちの下へと運ばれていく。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、第2防衛ライン前──
おとが運ばれた先は、既に突破された後の第2防衛ラインと最終防衛ラインの間。
「……?」
何の物音もしない。ただ、夜風がおとの髪を撫でるだけだ。魔物も、うのもひいなも誰もいない。
「来たか」
「!」
音を立てずに俊敏な動きで現れたのは、かしゅんだ。後からパタパタとしもみが駆けてくる。
「よ、おとちゃん……ぜぇ、ぜぇ」
「だらしない……これぐらいの距離で」
「おっ、お前が速すぎるんだって!」
軽口を叩けるくらいの余裕がある。どうやら、2人は無事のようだ。しかし、
「うのさんたちは……?」
「……」
おとの問いに、2人は困ったように顔を曇らせた。
「うの先輩もひいな先輩も、みんな……消えちゃったんだよ」
「消えた?」
「そうだ、リソマンサーだけではない……魔物さえも」
経験の浅いおとにもわかる、異常事態。この悍ましい静けさは、終わりなき夜では有り得ないことだ。
「交戦地点へ様子を窺いに向かったのだが、何もかもが忽然と消えている。それまであった魔物の群れも、まるで神隠しにあったように……」
「……」
魔物が消えることは願ってもないことだ。だが、うのもひいなも見当たらない。それが何よりの問題で。
首都イリオトゥローピオは広大ではあるが、魔物の群れやリソマンサーが身を潜めるにも限度がある。
「とにかく、1人で行動するのは危険だ。ここからは俺たちも同行しよう」
「……ありがとうございます」
「おう、困った時はお互い様ってな! 助けに来てくれてサンキュー」
「いえ……」
2人と合流したおとは、すっかり気温が低くなってきて肌寒くなった空気の中を進む。ななよから託された探査レーダーには、なんの反応もない。
「そうだ、先程通信した通りが……未知の生命体の存在を確認した」
「未知の……?」
魔物の種類においても多岐に渡るのに、それとは違った存在がまだいると言うのだろうか。だが、かしゅんの顔は至って真面目である。
「まるで、魔物を喰らう化け物……とでも言おうか」
「魔物を、喰らう……?」
かしゅんはその光景を目にしたのだろうか、だとすれば確かに魔物とは違う何かと思うのも無理はない。
「宝石獣とは違うんですか」
「そうだな──……」
かしゅんがその"未知の生命体"について伝えようと口を開いたその瞬間──
「おい! あ……あれ!!」
しもみの声に、2人は彼が後退りしながら指差す方向を見る。
「あれは……!」
崩れたビルよりも、先端が折れた電波塔よりも、それよりもずっと大きな怪物が、ゆらりゆらりと揺らめく焔のように、そこにいる。
それは、突き刺すような昏い光を放つ、眩い闇だった。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、第2防衛ライン──
おとたちが謎の外的と相対する少し前のこと──
「……ふう、粗方片付いたかしら」
うのが額の汗を脱ぐって言う。息切れはしているが、まだ戦えるだけの体力は残っている。
「流石じゃのう、黒ダイヤよ。わしはダメだ……もう、歳かな」
「いやあねぇ、ひいなちゃんだってまだ若いじゃないのよ」
冗談を言う余裕こそあるものの、ひいなの方は体力に陰りが見えていた。肩で息をしながら、ふらふらと立ち上がる。
うのの指摘通り、2人きりでも魔物の数をかなり減らすことに成功していた。と言うのも、以前の終わりなき夜と比較して、魔物の数は少なかったのだ。本来ならば、たった2人のリソマンサーで太刀打ちできるものではない。
「しぐれちゃんもつばめちゃんも、よながちゃんもこげつちゃんもいない……そんな中で戦うんですもの、これぐらい手加減してもらわないとねっ」
「そうじゃのう」
周囲にいた残党に各々のリソス放って排除すると、休息を取るために2人は近くの廃墟の壁に凭れた。
「どうする、一旦退避するか」
「……そうねぇ」
2人だけで殲滅しろとの命令は受けていない。ある程度キリのいいところで引き上げて、次のメンバーに交代する……ということになっている。
だから、2人は引き上げようとしていた。その、はずだった。
「……おんや、まだ生き残りがいたようじゃぞ」
ひいなが指す先、そこには群れからはぐれたのか、小鬼型の魔物が1匹こちらへと向かってきたところだった。
「仕方ないわね」
うのが指先に黒炎を灯したその矢先、こちらに駆け出していた魔物はふわりと宙に浮き、どこかへ吸い込まれていく。
「……え?」
その奇妙な動きに、魔物の姿を目で追う2人。その先には、まるで幽霊のように何も無い空間からにゅるりと、未知の生命体が姿を表した。
「なに……あれ」
うのもひいなも言葉を失った。それは魔物とも宝石獣とも説明が付かない、昏い光と眩い闇を放つ、まるで霊体のように透けた、不気味な生物がそこにいたのだ。
「み……見たことないぞ、あんな化け物……!!」
先程のあの小鬼の魔物は、その化け物の腕にへと引き寄せられ、そのままズブズブと溶けていった。
「魔物でもなく、リソマンサーでもなく……」
ありえない光景を目の前にして、うのもひいなも理解したことは──この化け物は光でも闇でもないということ。どちらにも属さない、ニュートラルの存在。
「敵か、あれは!?」
「きっとそう!」
その外敵は、魔物の残党を幾つも飲み込んで、徐々にその身体を大きくしていく。このままでは敵わないと、うのとひいなは退却を選択した。しかし──
「きゃあああっ!?」
2人が動きを見せたのが災いしたのか、逃げ遅れたうのが謎の外的に向けて吸い込まれていく。
「黒ダイヤ!!」
ひいなは手を伸ばして助け出そうとするも、うのと一緒に吸い寄せられていく。
「──……!!」
ぺたり、とその体に張り付いた時には、もう全てが遅いと悟ることしかできなかった。徐々に体から光が吸い取られていく。
「馬鹿な……こんな……イレギュラーに……」
リソマンサーの生命線とも呼べる光を吸い取られてしまっては、もう抵抗することは叶わない。
「黒ダイヤ……」
ひいなは死を悟っていた。だが、彼女にとって"初めて"であるはずの死を、恐れることはなかった。横目で遠くで意識を失って青ざめた顔のうのを見つけて、彼女だけでも助けなくてはと誓いを立てる。
「……こげつ」
最期にひいなが思い出した名前は、かつて共に戦場を駆け抜けた、相棒のリソマンサーだった。
彼女の最期をひいなは知らなかった。ただ、終わりなき夜を前にして、共に生き残ろうと誓いを立てて、それが彼女との最後になってしまった。
「……わしもそちらに逝くからな。ま、おぬしのようなワガママ娘なら……もう、待っていてくれはしないだろうが」
ひいなはうのに向けて手を伸ばした。手遅れかもしれない、しかしそれを判断している余裕などない。
「……おぬしは生きろ、"不死身の黒ダイヤ"──」
意識が朦朧とする中、ひいなは、譫言のように"ブラッディストーン"と呟いた。
……
……
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、第2防衛ライン前──
「……はあ、はあ……!!」
おとたち3人は、謎の外敵から逃れようと必死に走っていた。どれだけ走っても距離が開かず、尚更近付いているようにも思えるほどに、引っ張られる力を感じていた。
「な、なんなんだよっ、あの、化け物……!!」
息も絶え絶えにしもみが叫ぶも、
「喋るな!! 余計な、体力を消費するぞ……!!」
かしゅんが一喝して、慌てて口を塞いだ。
おとたちにも、その巨大な外敵の目的がわかっていた。それは、自分たちを取り込もうとしているということ。
そして、光も闇も関係なく、その力を欲しているということ。
リソスを発動している余裕はない。そんな隙を晒せば、漏れなくあの化け物の一部になるだろう。
魔物をいくつも取り込んだと思われるそれは、キメラのように不気味に、取り込んだ物体の死骸がまとわりついているのだ。
どうにか逃れようとするも、おとは足が縺れてしまい転んでしまった。
「……おとちゃん!!」
しもみが手を伸ばそうとするが間に合わず、おとはそのまま吸い込まれそうになる。
「……!」
このまま死ぬのだろうか、と覚悟したその時。
「オパール・レインボー☆アンブレラ!」
何者かがリソスを放ち、おとの目の前に虹の煌めきを纏った傘のようなものが突然現れた。無我夢中でそれを掴むと、傘は急加速して明後日の方向におとごと飛んでいく。何とか引き寄せられる力から逃れることができた。が、反動で地面に叩きつけられてしまう。
「大丈夫かい? プリンセス」
「……」
おとが顔を上げると、そこには虹色の髪を持つ長身の男性がを差し伸べて立っていた。
「あ……」
その手を取って立ち上がったが、なんといきなりハグを受けてしまう。
「あー、良かった良かった! 五体満足、ぱーぺきに無事じゃあないのッ! 我ながらマーベラスな活躍! ウーン、惚れ惚れしちゃうッ!」
「……???」
どうしていいかわからず、おとは固まっていた。しばらくして、ようやくその男はハグから解放してくれた。
「おーっと、こうしちゃいられない。ウチの助手クンは上手くやってくれたかナー?」
男の視線の先には、別の何者かに助け出されるしもみとかしゅんがいた。どうやら、2人も無事のようである。
「あ、あの、あなたも、リソマンサーですか……?」
「その通り! キミと一緒さ☆」
ウインクしながら気取って語るその男だが、即座に真面目な顔になっては空を見上げる。まだ、謎の外敵がそこに鎮座していたのだ。おとたちがいるのは、その膝元である。
「……っ」
不思議と、あの中にうのとひいながいるように感じた。おとは、2人の無事を祈っていたが……それも難しいことを悟る。
「あれは……一体?」
「それがねぇ、このワタシにもわからないのだよ……終わりなき夜になったと思って慌てて駆けつけたはいいが、状況は限りなく不利だねぇ」
皮肉なことに、新たな敵が出現した代わりに魔物は最早1匹たりとも生き残っていない。それだけこの化け物が力をつけてしまったということなのだが……。
「すぐに退却しよう。得体の知れないものをいきなり相手取るのは……リスクが大きいよ」
「し、しかし……あそこに、うのさんとひいなさんが……」
「ん?」
どうやら2人の気配を感じ取っていたのはおとだけらしく、目の前のリソマンサーの男は化け物を見上げながら首を捻っていた。
「うのちゃんにおひな様が……そうか……それはご愁傷さまだねェ」
まるで知り合いであるかのような口ぶりだが、他人事のように無関心だ。
「助けないんですか……?」
「手遅れだよ、もう。それに、これ以上被害を増やすワケにもいかないよ」
「で、でも……」
おとがもじもじと口篭っていると、男はおとの腕を掴んで走り出した。
「辛いところすまないね、急がなくては!」
「あ……!」
「キミも死にたくなければ走るんだ!」
「…………………っ」
悔しい思いを胸に、おとは奥歯を噛み締めながら走った。このままあの化け物を相手にするのは難しいし、無駄死にするだけだとはわかっている。わかってはいたが、無力な自分が許せなかった。
走って、走って、ひたすら走って、それでもあの化け物から逃れるのは難しかった。再びリソマンサーを吸い込もうと動きを始めたのである。
「う、っ……!」
今度こそ、おとは抵抗する術がなかった。眼前の男に引っ張られて走るものの、引き寄せられる力に抗えない。
しかし、諦めかけたその時──
「ブラックダイヤモンド・フルバースト!!」
黒い炎の光線が外敵を貫き、おとを取り込まんとしていた腕を強引に引きちぎった。
「うのさん……!」
黒ダイヤの力は、正しくうののもの。黒い煌めきが、周囲に飛び散っている。煌めきが薄れていく中に、うのの姿がそこにあった。
「……ごめんなさいね、遅くなっちゃったわ」
ふるふるとおとは首を振る。
「良かったです、ご無事で」
「……」
うのは笑顔ではなかった。とても寂しそうな横顔でいる。すぐに視線を外敵の方へと移すが……すでにその姿はない。
無言で佇むうのの手には、煌めきを失った血石が握られていた。




