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失うものがなければ怖くないと、誰かが言った。
痛みを恐れる者は、孤独と冷徹を装い、強がることを覚えた。
そうでなくては、あまりに儚く脆く残酷な存在であることを、嫌でも認識してしまうから。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、待機室──
うのは1人で待機室のソファーに寝転がっていた。ぼんやりと煙草を吹かしている。
終わりなき夜は収束した。以前までと比べて圧倒的な速さで。そして、1人の犠牲を以て。
ブラッディストーンのリソマンサー、ひいな。古くからリソマンサーたちを導いてきた存在だっただけあって、その衝撃は大きかった。特に、目の前で彼女を失ったうのにとっては。
ひいなに助けられた、という感覚はあったものの、その時の仔細をうのは覚えていなかった。ぼんやりした朧気な記憶と言うよりも、あの外敵に取り込まれてからしばらくの記憶がないのだ。
どうしようもないやるせなさと、自分自身に対しての疑問。うのは時々、自分の異質さを気に病んでいた。
"不死身"の称号を冠する、曰く"最強"のリソマンサー。納得いっていないのは、自分だけ。死を実感したことはあるのに、何故だか生き残っている。リソマンサーとして生を受けたその日から、ずっと死なずに生きている。
普通リソマンサーが再構成を受ければ、記憶を失う。その前の記憶は一切ないため、誰かに尋ねたり、記憶を証明するものに触れない限りは、過去を窺い知ることができない。うのが最初に見た光景は、多くのリソマンサーに囲まれている光景。今は見知った仲間たちが、自分を"新入り"だとして迎え入れた光景。その前はない。
しかし今、うのはきっと"誰よりも長生き"だ。うのより先輩で、死ぬことのなかった唯一のリソマンサーであるひいなが、先日死んだ。正確には、再構成を受けて記憶を抹消されたのだ。
「……うーん」
深く思考することが苦手なうのは、目眩のような頭痛を覚えて煙草の煙に咳き込みながらゴロンと寝返りを打った。
「うのさん」
「?」
その様子をずっと見ていたのかソファーの影からにゅっとおとが現れて、うのは驚きのあまり咳き込んでしまった。
「ちょ……ちょっと、おとちゃん!? ゲホ、ゲホッ……び、びっくりしちゃったじゃないのよぉ」
シリアスな顔になっていただろうか、と焦ってうのはにこやかな笑顔を作ってみせる。
「申し訳ありません」
おとが視線を下げてバツが悪そうにしているので、うのは起き上がっては「気にしないで」とぱたぱた手を振った。
「で、どーしたのよぉ。なにかあたしにご用事?」
「はい」
おとはわざわざソファーの影から向かいの丸椅子に向かい、ぴんと姿勢を正して座る。
「わたし、うのさんのように強くなりたいんです」
「……」
強くなりたい、そう語るおとの目は真剣だった。うのは寝転がったまま、煙草を吹かしたまま、うのはおとをじっと見つめる。
「おとちゃんも知ってるでしょ、ひいなちゃんを死なせたのは……あたし」
「……しかし、生きています」
「あんなの、生きてるって言わないわ」
記憶を失い再構成されたリソマンサーは、同一人物のようでいて、異なる人物である。幾度もその光景を見届けてきたうのには、わかりきっていたことだ。
「あたしはね、強くないわ。強かったのは昔の話、今はもう全然」
「……そんなことないと思います」
「とにかく、あたしじゃダメ。戦い方だったら……そうねぇ……」
戦闘向きでかつ歴の長いリソマンサーは、うのを除くと数は少ない。
「しぐれちゃんが帰ってきたことだし、彼に教えてもらうってのも……」
代案を提示するうのだったが、おとは首を振った。
「うのさんに教えて頂きたいんです」
「……いやあねぇ」
決まり文句を口にすると、うのは再び天井に目を向けて目を閉じた。
「駄目、でしょうか」
「ん……まあ、あたしなんかでいいなら、構わないけど」
少し拗ねたように言うと、横目でおとの反応を窺ううの。食い入るように身を乗り出しては、うのをじっと見つめている。
「ぜひ、お願いします」
こくりと頷いては、おとは顔を綻ばせた。未だに彼女の笑い顔をまともに見たことがないうのだったが、この顔が喜びを表しているのだということはよくわかった。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、訓練場──
ルーキーもベテランも関係なく、リソスの具合を確かめるためにリソマンサーたちは屋外にある広場を使っていた。通称、訓練場。
どこからか掻き集めた瓦礫を柵に見立て、修練の場として簡易的に設けられているようだ。
「リソスが満足に使えないうちは、魔物じゃなくて仮想敵を相手にした方がいいわね」
「……仮想敵?」
「そう」
うのが薙ぎ倒されたままの不格好な木人形をひょいと持ち上げては、垂直に立たせる。
「これを敵に見立てて、リソスを放ってみる。まずは、戦うイメージを持ちなさいってことね」
「なるほど」
いそいそとメモ用紙に書き込みながら、おとはうのの話に耳を傾けていた。
「そもそもリソスっていうのは……イメージそのものなの。"自分がイメージできるもの"を形にできるってわけね」
「自分がイメージできるもの……」
「記憶を失った子でも、リソスを習得するのは早いわ。それはきっと……宝石にイメージが刻み込まれているからかもしれない」
「……」
おとは自分の宝石に手を当ててみた。記憶を失っているから当然と言えばそうなのだが、何のイメージも湧いてこなかった。ただ、仲間を癒したい、助けたい、その気持ちでリソスを習得してきたのだ。
「記憶を失ってしまっても、なんだかんだ経験で覚えているものなのね。リソマンサーって、不思議だわ」
「……はい」
その経験が自分にないのではないか、おとにはそんな不安があった。前々から感じていることだが、自分は他のリソマンサーとは何かが違うように思えるのだ。
「攻撃のイメージって、どう……やるんでしょうか」
「そうねぇ」
木人形を見やっては、うのは黒炎を指先に灯してみせた。
「あたしはなんとなく、あいつが敵だ〜って気持ちで出してるけど、どうかしら」
「やってみます」
おとはひたすら木人形を睨んでは、あれが敵だ、あれを倒さなくては、と気持ちを奮い立たせてみる。しかし……どうにも、攻撃するイメージが湧かなかった。
「……駄目です」
「うーん……」
2人して首を捻り、考え込む。うまく伝えられずに歯痒いうのに、教えを形できずに気まずいおとの間に、会話は特に生まれなかった。
しばらくおとのイメージを沸き立たせる訓練をしたが、特に変化を得ることはできなかった。そんな折、
「やあ、おふたりさーん! 元気してるかい!?」
やたら陽気な声が背後にしたと思えば、虹色の髪を靡かせたしぐれともう1人がそこにいた。
「しぐれちゃん、つばめちゃん! 2人も訓練かしら」
最近戻ってきたリソマンサーの2人は、おととはあまり面識がなかった。改めて自己紹介しようと、おとは2人にぺこぺこと頭を下げる。
「ジルコンのリソマンサー、おとです。よろしくお願いします」
「あはははっ、これはこれはご丁寧に! 新入りちゃんってばー、かわゆいご挨拶! よきよきですねェ〜」
虹色の髪を持つリソマンサーはパチパチと陽気に手を打ち鳴らすも、隣の白茶金色のマーブルな髪色を持つリソマンサーに小突かれては「てへっ」と舌を出しては黙った。
「……このうるさいのが、オパールのリソマンサー、しぐれ様」
「どもーっ! キミがおとクンだね、実はワタシ芸術を嗜んでいて、制作予定の石膏像のモデルを鋭意募集中でして〜」
しぐれと紹介された男は白いスーツをはためかせて軽快な挨拶と共に流れるようにおとの手を握ったが、マーブル状の髪を持つ男のリソマンサーが再びキックを入れたためぐるぐる回りながら悶絶している。
「……失礼」
「い、いえ……」
呆気に取られるおとだが、うのはいつも通りの光景に笑いが堪えられずに吹き出していた。
「おれは、サードオニキスのリソマンサー、つばめ。しぐれ様のしもべ」
「は、はい……」
つばめと名乗ったリソマンサーは、よく見るとネコのような獣耳が生えていて、長いシッポもある。そして野性的な装いだ。
「面白い子たちでしょ」
「そうでしょうか」
うのが何故腹を抱えて笑っているのかおとにはわからなかったが、ともかく人柄が悪くないのはよくわかった。忘れてしまわないようにとメモに記録している。
「おまえ、見ない顔だ。何しに来た」
つばめは険しい顔でおとを指差して睨んでいるが、それをうのが割って入って仲裁する。
「まあまあ、つばめちゃん。おとちゃんはね、新しく仲間になってくれた子よ。悪い子じゃないわ」
宥め賺すように言うと、静かに頷いてつばめは手を下げた。そのうちしぐれが落ち着いたようで、再びおとの下へやって来た。
「訓練の邪魔しちゃってごめんねェ、お手伝いできることがあれば協力するゾ☆」
「ホント? いやあねぇ、そう言うのは早く言いなさいよっ」
しぐれの提案に、うのは願ってもなかったと手を叩いて喜ぶ。
「それじゃあ、2人のリソスを見せてもらおうかしら。おとちゃん、参考になるといいわね」
「はい」
メモ用紙の準備はばっちりだ。おとは2人の動きを注視する。
「よーく見ててごらん!」
しぐれが指を鳴らすと、虹色の煌めきがふわりと舞い、絵筆のような形になって右手に集約した。
「プレイ・オブ・カラー!」
まるで目の前をキャンバスのように扱って、さかさかと絵筆を動かしていく。虹色の煌めきはそれに従って、徐々に形を得ていく。
「それじゃいっくよー! 明日を拓け、オパール・"メイク・マイ・デイ"!」
虹色の煌めきはやがて渦のようになり、木人形を包み込んでは虹色の煌めきを鮮やかに撒き散らした。
「わあ……」
そのあまりの美しさに、おとは見蕩れてしまっていた。思わずメモを取るのを忘れている。
「どうだい! 結構自信作なんだよねー」
「すごいわ、しぐれちゃん! 相変わらずカッコイイわね」
1番楽しそうにしているのはうのである。つばめは仏頂面でそれを眺めているだけ。
「次は、おれか」
「そうねぇ、つばめちゃんよろしく!」
「ん」
無愛想に小さく頷くと、つばめが伸ばした手に赤褐色や白茶の煌めきが集約する。まるで鋭利な爪のようだ。
「近接戦闘が得意、遠距離は苦手……」
それだけ補足するとつばめは俊敏な動きで木人形の背後を瞬時に捉え、
「サードオニキス・ワイルドクロー!!」
目にも留まらぬ速さで煌めきの爪を叩き込むと、激しい音を立てて木人形はただの塵と化していた。役目を終えて散る赤褐色の煌めきが、その光景を彩っている。
おとは感心して、しぐれの真似をして手を叩いて見せたが──その他の2人は苦い顔をしている。
「あっちゃー、壊しちゃったわね……」
「つばめクン、ちょっとこれは……」
2人は視線を交わして、その場から逃げ出そうと扉の方を見るも、そこには既にななよの姿があった。
「あ」
間抜けな声を出して硬直する2人と、状況が飲み込めず首を傾げるばかりのおと。つばめは素知らぬふりをしている。そんな一同に向かって、のっしのっしと怒り心頭のななよが地面を踏み鳴らしながらやってくる。
「一体全体何事ですか!」
うのは顔を逸らす。しぐれは即座に土下座をする。つばめは変わらずそっぽを向いている。
ななよがキッとおとを睨むので、おとは首を傾げたまま口を開いた。
「……なんでしょうか?」
どうやら怒られていることも飲み込めていないらしい。無機質なその態度に、ななよはがっくりと項垂れて肩を落とす。
「はぁ……せっかくの力作なのに」
「力作?」
おとは粉々になった木人形を見る。ひょっとするとこれは、ななよのお手製だったのかもしれない。修練用だからと気にしていなかったが、思い返せば首なしの胴体があって、腕の位置がちぐはぐで、やや傾いた摩訶不思議なフォルムだったように思う。
「しかし、ななよクンのセンスは計り知れない。いやはや芸術の道は奥深いよ」
「しぐれさん、馬鹿にしていらっしゃいますか」
「ひっ!」
しぐれは1オクターブ上がった情けない声を出しては再び土下座のポーズに戻った。「褒めただけなのに……」と小声でひそひそ喋っている。
「とにかく。いくら新人育成の場とは言え、出過ぎた真似をしないこと! いいですね!」
「はぁ〜い……」
怒りを顕にしながら去っていくななよを見送りながら、一同はへなへなとその場に座り込んだ。
「ななよちゃんね、ハイセンスだから」
「そうですか」
きっとななよは図画工作が苦手なのだろう。おとはすかさずメモに記す。
「まあ、リソスは芸術と一緒。日々進歩さ」
しぐれがそんな大雑把なまとめ方をして、その日の訓練はお開きとなった。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス、26番通り──
「パトロール♪ パトロール♪」
おとの隣をスキップで歩く少女がいた。それは、かつてひいなだった少女である。名前も見た目も変わらないが、その振る舞いは以前の彼女とは全く異なっていた。
「終わりなき夜が収束したばかりで魔物も少ないけど……闇じゃない他の敵もいるかもしれないから、気を抜かないようにねっ」
「はーい、なのじゃ」
うのの注意に元気よく手を挙げては、無邪気に微笑むひいな。これまであった強者の風格も、ベテランの余裕もそこにはない。
「黄昏……ですね」
「そう」
正体不明の敵、光と闇のどちらも取り込もうとする、ニュートラルな存在。仮名として黄昏とななよが名前を付けたのだ。
光と闇、そして謎の第三勢力。それぞれが台頭して、居場所を奪い合う戦い。今はまだ、火種が燻ったままの、静けさの中だ。
「難しいことはわからんのじゃが……わし、何をすればいいのかのう」
「そうねぇ、まだ方針も打ち出されてないし。今のところは、こうやってパトロールして、闇の侵攻を食い止めるのが優先かしら」
ひいなの戦闘能力は、以前に比べて著しく低下している。しかしながら、ズブの素人になってしまったわけではない。あまり指導しなくとも、それなりに魔物を相手取ることはできた。
うの、おと、ひいなの3人はパトロールに出かけている。特別任命されたとかではなく、そういうシフトなのだ。
本部に待機する者、パトロールに出かける者、非番の者と大雑把に言えばそんな区分に分かれているのだ。人数が少ない時は首が回らなかったものの、それなりに人員が確保できた今は、こぞって休みを入れるリソマンサーもいる。だが、ここ最近うのはろくに休みを取っていなかった。そのことを気に病んでか、
「お師匠様ー、明日辺り休みを入れてはどうか!」
などと、ひいなが気にかけている。
「うふふ、ありがと。でもね、休んじゃいられないわ!」
頬をパンパンと叩いては、うのは自分に気合を入れる。だがその目の下には、酷いクマがあった。少し窶れているようにも見えるが、おとにはうのの疲労具合がよくわかっていなかった。
「この辺りだと、魔物はやっぱりいなさそうね……今日はちょっと遠出しちゃいましょうか。イウースリなら近いし……」
「おう!」
「はい」
はきはきとした返事のひいなに次いで、おともうのの提案に頷いた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、旧居住区イウースリ、A地区──
廃棄された人間たちの棲家、旧居住区イウースリ。以前ここのD地区でかすみの宝石獣と戦ったが、今回はA地区に赴いたところだ。以前のような光の反応はなく、雑然とした廃墟の街並みに残酷な静寂が流れていた。
「平和じゃのう」
ひいなは呑気なことを言うが、四方八方に廃墟が広がるばかりである。生活感こそ残ってはいるが、まるで世界の終焉を迎えた時のまま時間が静止したようでもある。
「ニンゲンは地上では暮らしていけないそうだが、この光のせいか」
空に登る、偽りの太陽を見てひいなは呟いた。うのもおともそれを続いて見上げる。
「あたしは知らないけど……神様が地上に光を授けてくださった、なんて聞いたわ。きっと闇を消すために」
「……しかし、地下へ追いやられたのはニンゲンなんですね」
「そうみたいね」
うのは眩しさを遮るために、手のひらを天に仰いだ。そのあまりにも強い日差しは、神聖なものでも尊いものでもない。
「この光は、ニンゲンの体を蝕むと言われているわ。地上に出る時は防護服が必要になるらしいわね」
「……なるほど」
おとは以前このイウースリで出会った人間の少女、リヴを思い返していた。人間と言えば彼女しか見たことがないおとだが、防護服と呼べるようなものは身に付けていなかった覚えがある。じゅんが家まで送り届けると言ったきり、おとは彼女と会っていなかった。
そんなことを考えて歩いていると、遠くに人影のようなものが見えた。3人ぐらいいるだろうか。
「あれは……?」
その方角をおとが指差す。うのとひいなもそちらを凝視するが、まだ米粒ほどの大きさでよく見えない。魔物かもしれない、と警戒しながら、うのを先頭にその人影へと接近する。近くまで来れば、それが人間たちであることがわかった。防護服を着た長身の人間と、ボロボロの粗末な服を着た人間の少女──リヴだ。
物陰に潜んだうのたちは、3人の様子を窺う。
「あ、あの子、この前の……前もそうだったけど、防護服着てないわよ」
「本当じゃのう……死にはしないか?」
「そうねぇ、即死ではないけれど……危ないんじゃないかしら」
早く知らせなくては、と駆け出そうとするひいなの服の裾を引っ張ってうのは身を潜めた物陰に引き戻した。
「……おい、テレテレ歩くんじゃねえ!」
「は、はいっ」
リヴはと言うと、防護服の人間に蹴りを入れられて茶髪の三つ編みを揺らしてよろめいた。
「……!」
その瞬間、おとは僅かに動揺した。驚いた、と言うよりは怒りに近い感情だ。
「恨むんなら、お前を捨てた親兄弟を恨むんだな」
「へっへっへ、ここなら誰も見ちゃいねぇ……好きにさせてもらうぜ」
リヴの腕を掴むと、防護服の人間は瓦礫の山へと彼女を投げ込んだ。
「う……」
痛くて立ち上がれないのか、リヴは呻き声を上げただけで動こうとしなかった。
「使い物にならん奴隷め、そこで野垂れ死ぬんだな」
そう吐き捨てて防護服の人間が立ち去ろうとしたその瞬間。
「あんたたち、いい加減に──」
うのもまた、その人間の方へ駆け出そうとした。だが、その時。人間たちの目の前に、闇のゲートが現れたのだ。
「チッ、こんな時に! おい、ずらかるぞ!」
リヴを見捨てて人間は逃げていく。うのは怒りのままにそれを追いかけることはせずゲートの方へと駆けていき、おととひいなもそれに続いた。
「リヴさん!」
おとはリヴの名前を呼ぶ。リヴはようやく体を起こして、瓦礫の山の下から自分を見上げるおとに気付いた。
「お……おとさん……!」
助かった、と顔を綻ばせるリヴ。だが、既に体が弱っているのか起き上がれないようだ。
「おとちゃん、その子はお願い! 光が当たらない日陰に連れて行ってあげて!」
「了解しました」
おとは瓦礫の山を登り、リヴの元へと急ぐ。うのとひいなは闇のゲートへと相対した。間髪入れずに続々と蛇の姿をした魔物がうじゃうじゃとゲートから溢れ出し、喉元目掛けて襲いかかってくる。
「ブラックダイヤモンド・バーンフレア!」
すかさずうのは黒炎を灯し、黒い煌めきを纏っては周囲を焼き払う黒炎を召喚した。その一撃だけで、大半の魔物は光となって霧散していく。
「さすがはお師匠様じゃな!」
尊敬の眼差しを向けるひいな。今までのひいなからは考えられないその態度に、うのは中途半端な笑顔を見せた。
「……いやあねぇ、ひいなちゃんにそんなこと言われちゃ」
「ふふん、口ばかりではないぞ」
ひいなは包帯を巻いたその両手を広げると、ダークグリーンの煌めきを纏い、紅き魔法陣を展開した。
「深紅の光よ、闇穿つ紅き閃光よ! 血の盟約に従い、仇なす者を今こそ穿て! ブラッディナイトメア・ペネトレイト!!」
無数の真紅の槍が、ゲートから湧き出す蛇の魔物を襲う。以前と比べてその数は少ないものの、狙いが正確なために不足なく仕留めている。
「おおー……やるわね、ひいなちゃん!」
「当然じゃ」
誇らしげに胸を張ると、ひいなは鼻を擦って見せた。
「わしは紅の月に魅せられし、罪なる星の下に顕現した高貴な眷属ぞ」
「え?」
うのはひいなが何を言っているのか理解できなかった。が、以前のひいなもそんな小難しい言葉を喋っていたな、と思い返しては懐かしさを感じた。
一方おとは、瓦礫の山を登り終えてはリヴに肩を貸し、日陰へと急いでいた。しかし運の悪いことに、目の前に闇のゲートが出現してしまう。
「……!」
せめてリヴだけでも守ろうと、おとは彼女を寝かせて立ち塞がった。
「おとちゃん!」
おとの危険を察し、即座に駆け付けたのはうの。その指先に黒炎を灯し、ゲートから湧き出す小鬼の魔物へ放つ。
「ブラックダイヤモンド・ファイアクラッカー!」
パチパチと弾ける黒い火花が、魔物たちを錯乱させる。その隙に、うのはおとの手を取った。
「大丈夫!?」
「は、はい……わたしは平気です。でもリヴさんが……」
「リヴって……?」
彼女の名前は知らなかったものの、足元でぐったりとするリヴを見ては、うのは彼女を担いでみせる。
「わかった、この子は急いで避難させておくわ。おとちゃんは一旦退避して!」
「了解しました」
黒ダイヤのリソスが小鬼の魔物を引きつけて隙を作る間に、おとは早足で瓦礫の山を降りた。
「おと、無事か!」
ひいなもやってきて、おとに声を掛ける。既に紅の魔法陣を展開していて、溢れかえる小鬼の魔物に狙いを定めていた。
「ブラッディナイトメア・ペネトレイト!」
簡易的な詠唱で再び槍を召喚すると、小鬼の魔物を豪快に薙ぎ払う。
「ひいなさん、助かりました」
「礼には及ばんよ!」
続いてひいなは紅の魔法陣からコウモリの眷属を召喚し、リヴを担いだまま退避するうのの援護を行っている。だが、彼女を守ることが精一杯であり、小鬼の魔物を倒すまでには至っていない。
しかし、おとは攻撃用のリソスを所持していない。訓練こそしたが、習得には至っていないのだ。
どう立ち回っていいのかわからず戸惑ううのだが、何もしないわけにはいかない、とリソスの発動を試みる。
「ジルコン・チアリング!」
まずはうのとひいなの援護をしなければ、と以前習得した味方の能力を飛躍的に向上させるリソスを使用した。
「おお……!」
ひいなのリソスの威力が格段と上昇した。コウモリの群れだけでも、小鬼の魔物を圧倒できるだけのパワーが備わっている。
「流石じゃな、おとよ! 助かったぞ!」
「は……はい、良かったです」
うのの方を見れば、日陰にリヴを横たえて戦線復帰にと急いでいるところだった。
「ごめんなさいね、お待たせしちゃって!」
「お師匠様〜、ヘルプミーじゃ!」
「よーし、任せなさい!」
うのは黒炎を灯し、まっすぐ狙い撃つように指を突き出した。
「覚悟なさい! ブラックダイヤモンド・フルバースト!!」
極太の黒炎を纏ったビームがゲートごと小鬼の魔物の群れを包み込む。即座に光となっては消え、黒い煌めきがただ舞い散るだけだった。
その光景を目の当たりにしたおとは……自分の力不足を実感し、またうのの力強さに憧れを抱くのだった。
しかし。
次の瞬間、うのがその場にばたりと崩れ落ちてしまった。
「お師匠様!?」
「うのさん!」
慌てて駆け寄る2人。光は放出しておらず、宝石も無事だ。だが、ぐったりとしていて返事がない。
「お師匠様は倒れ、ニンゲンも危篤……ど、どうしたらいいのじゃ……」
戸惑うひいなだが、おとは機転を利かせてトランシーバーでななよに通信を入れた。
おとも動揺していないわけではない。だが、こんな時こそ落ち着かねばならない。そう自分に言い聞かせ、状況を打開しようと試みていた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、救護室──
うのは鉄クズのベッドの上ですやすやと眠っている。あれから全く起きる気配がないようだが、命に別状はないらしい。と言うのも、
『単なる過労です。リソスの使いすぎとも言います』
ななよの言い分ではそうであったため皆が信じているが、詳しい所見はサファイアのリソマンサーでなくてはわからないらしい。
それでも穏やかに寝息を立てるうのを見ては安心して、『お大事に』と書いたメッセージカードを添えたうさぎのぬいぐるみを、おとはそっと枕元へ置いた。この見舞い方は、リヴに教わったものである。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、待機室──
「おとさーん!」
おとが待機室に戻るなり、ぱたぱたと駆け足のリヴがやって来た。防護服に身を包んでいるが、声は明瞭に聞こえている。
「どうでした? うのさん、お元気でしたか?」
「……まだ眠っているようで、お話はできませんでした」
「そうですか……あたしのせいで、うのさん倒れちゃったから……何かできることないかなぁ」
「リヴさんのせいではないと思います」
「うーん……」
リヴは申し訳なさそうに身を縮めている。リヴを助けたあの日からずっとうのが眠り続けているため、不安なのだろう。
あれからと言うもの、リヴはリソマンサーの本部で働く唯一の人間スタッフとして迎えられた。彼女は親に捨てられ、たった1人で地下で生き抜いてきたと言う。物取りやゴミ漁りなどをして生き繋いできたようだが、それも街のゴロツキに捕まって地上にて"殺される"こととなったようだ。
以前イウースリにいた時も、そうやって地上に放逐されて死を迎える寸前だったと言う。
地下の世界は穏やかなものではなく、弱肉強食である。以前に比べれば豊かに生活を送れるのかもしれないが、物資や資源が足りず、法の秩序もまともな教育もない状態では、治安は悪化するばかりだ。
そんな世界でも、ひいなは地下を好き好んで足繁く通っていたと言う。記憶を失った今では、その気持ちを計り知ることはできないのだが。
「リソマンサーの皆さんには、助けてもらってばかりです。あたし、恩返しできるように頑張りますね!」
「……ありがとうございます」
リヴのまっすぐな思いに触れて、自分も頑張ろうと励まされた気持ちになったおと。うのが倒れた今、不安の広がるリソマンサーたちを、元気付けなくてはならない。
「……そうだ」
おとは少し考えて思いついたことをリヴに提案してみることにした。
「リヴさん、ちょっといいですか」
「はい! なんでしょう!」
これは、おとからリソマンサーの皆に向けたちょっとしたサプライズなのだ。だから、こそこそと耳打ちして、2人だけでナイショの準備をしようと思った。
「い、いいんですか……そんなこと、あたしに任せてくださって」
「もちろんです」
ななよには怒られるかもしれないが、以前それを覚悟でひいなが焼きそばパーティをしてくれた。それに倣っておとも皆を楽しませようと奮起することにした。
リソマンサーの世界は残酷である。記憶を失えば、思い出も失われてしまう。
それでも今ある幸せのために、この世界で生き抜くために、何より人間を守るために。仮初の喜びだとしても、それを糧にして生きていく。それがリソマンサーの姿である。




