1-4.5【おまけ】
【おまけパートについて】
おまけパートには以下のような特性があります
・一人称視点である
・本編の補足である
・本編に直接関係はしない
・読まなくてもいい
あくまで本編や世界観を彩るための短編のような位置付けとして配置しているため、深く考えずお楽しみください。
1-4.5
焼きそば。それは、わしが出会った最高の美味!
初めて食したのは、パトロールついでにふらりと立ち寄った、地下の露店。
自称料理人のそいつは、「旧時代のソウルフードを再現してみた!」と意気込んでおったな。試しに頂いてみると、これがなんとも美味であったのだ! まあ、法外な金を持っていかれたが……それだけの価値があったとは言えよう。とにかく、その美味さと言ったら頬が落ちるほどの、有頂天になるほどの、凄まじいもので。わしがこれで店を出せと進言したら、案の定繁盛店となっておった。ふふん、やはりわらわの言葉は天啓そのもの、リソマンサーの仲間たちも、もう少しわしを敬うべきだと思うがの。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、ななよの執務室──
「──というわけじゃ、この通り!」
頭を下げる。それも、とてもとても深く。
ルビーのやつに頭を下げるなど、死んでもするかと思っていたが、キッカケはごく単純なもので。
全ては、"ジルコンの少女に焼きそばを食わせてやりたい"という、わしの純粋な心から来たもの。それとは別に、ちょっと手持ちが足りないから、それをちょっと助けて貰えないかと、そんな純な気持ちである。うん、わしは純粋そのもの!
「ひいなさん、敢えて言うまでもないとは思いますが」
「……」
「終わりなき夜への対応が急務です。料理のレクリエーションなど、認められません」
「えー???」
なんじゃ、なんじゃこいつは! せっかくこのわしが頭を下げてやっておると言うに、このカタブツめ!
「わしのプリティーキュートで後世に語り継がれるべき究極至極の顔が目に入らんのか?」
「何語ですか」
「目に入らんのか!」
「失礼、視力が弱いもので」
カチャ、なんてクールにそれも優美に、メガネなんていじりよって。様になっておるのう、なかなか……じゃない!
「焼きそば、みなに食べさせてやるぞ」
「内々でお願いします」
「焼きそば、めっちゃ美味しいんじゃぞ!」
「左様ですか」
「ルビー、おぬしも食べてみんか」
「結構です」
……暖簾に腕押し。こやつ、まるでわしの話を聞く気がないようじゃ。
「ん、んむむ……どうしたものかのう」
憎きこのメガネ女は、既に椅子をくるりと回してわしに背を向けている。どうにかして、首を縦に振らせなければならんのに。
「え、えーと……そうじゃ、結束力! 結束力を高めるのじゃ。終わりなき夜を前にして、まだみな集まったばかりで戸惑っておるじゃろ」
「そうでしょうか」
「左様! 特に……その……ジルコンの少女なんかは、なかなか繊細で複雑な性格をしておるでな、打ち解けておらんのではないかと不安になるわけじゃ」
「……なるほど」
よし、よし! なかなか手応えがありおる。ジルコンの童には悪いが、わしの野望のための方便、ということで。
「これは古参であるわしにしかできない、特別なことじゃ。是非ともお願いしたい!」
「……」
メガネ女はようやく、わしの方を向いてくれた。が、その顔は相変わらずの仏頂面である。
「……どうぞ、ご自由に」
「おお!」
なんだ、こやつも話のわかる女ではないか。先程は色々詰った気もするが、まあ過ぎたることは何とやら。水に流してしまおう。
「ただし」
「?」
「シフトの調整はしますが……一切の資金提供は致しませんので、そのおつもりで」
「…………」
こうして、わしの目論見は脆くも崩れ去るのであった。
宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部、待機室──
「厚顔無恥ですね」
グサッ! その瞬間、わしの心に紅く鋭利なトゲが刺さった──
さて、凍りついた笑みのエメラルドの若造を見るのはいつぶりだろう。前回の終わりなき夜以来だから、相当前のことである。
「おひな様には、もう少しまともな金銭感覚を養って頂きたいものです」
涼しい顔でなかなか厳しいことを言いよる。あのカタブツ女よりもやりにくい相手と言われれば、そう。黒ダイヤのように、懐が広くおおらかなリソマンサーが増えないものかな。
「それと、私も忙しい身なのです。ご期待には添えかねますねぇ」
「……ガーネットのことか」
エメラルドの向かいに座って、腫れ物を見るような目でわしを見るその野郎が、ガーネットか。
以前会った時と変わらない、トゲのある小生意気な餓鬼なのだが。再構成と共に記憶を失い、少し雰囲気が違う。
「かすみくん、こちらは血石のひいなさんです」
「んむ、よろしくな若造」
「……ふん」
ぷい、と不機嫌そうにそっぽを向いている。なんだこいつは、失礼な奴だな。
……昔と変わらない。それなのに、もう別人なのか。
姿形は一緒でも、再構成してしまえば中身はまるで違う。それが、我らリソマンサーの常。
「……かすみ、……ガーネットのリソマンサー」
挨拶だけはできるらしいが、生意気さは相変わらずだ。
「しかしエメラルドよ、教育係を任命されることが多いのう」
「そうでしょうかねぇ……大体は、うのくんの仕事だと思いますが」
「同じくらいやっておるじゃろ」
懐かしい。嘗てわしとタッグを組んでいたムーンストーンの……こげつも、最初はエメラルドに教育を受けたのだったか。戦闘の手ほどきも、リソマンサーとしての生き方も。
「……」
いけない。過去に浸っている場合ではないのだ。
「で、その……金の方は……」
「お断りします」
にこにこと、それこそ腹の立つ顔できっぱりと、エメラルドにも見捨てられてしまった。
「わし、どうすればいいんじゃ……金がなくては焼きそば作りなんてできんぞ」
「何故そのようなことを?」
「……それはまあ、ジルコンの童が気になってな」
「ああ、彼女ですか」
彼女の名を出せば、エメラルドは何かを考えているようだ。少し視線を泳がせてから、またわしの方を見る。
「……我々の感知していない、新たなリソマンサー。おひな様は、どう睨んでおいでですか?」
「どうも何も、わしらの仲間……ではないのか?」
「ふ……まあ、それはそうだ」
疑っておるのか、こいつ。まあ……降って湧いたようなことだからな。まさかわしも、戻ってくるなり新たなリソマンサーを目にするとは思わなかった。
リソマンサーというのは、宝石ひとつひとつに紐付いた情報を組み上げて構成したものである。
ふたつとない、この世界で唯一のもの。特殊な生態をしている以外はニンゲンと変わりないと思う。
リソマンサーとして生きて数百年、新たな宝石と出会うことは早々なかった。こげつ──彼女が最後で、それ以降は新しい仲間を迎えることなどなかった。
どこか遠い場所には、他のリソマンサーがいるのかもしれない。だがこんなに突然現れるなんて、どういう兆しなのだろうか。
「エメラルドよ、おまえさんはどう思うのじゃ」
「そうですね」
エメラルドは被っていたシルクハットを手にしては、その中を覗き込むようにして言った。
「敵ならば、排除する。味方であればどうとも致しません」
「……そうか」
疑り深い男ではない。ただ冷静なだけ。それは、わかっているのだが。
「あの特殊能力と申しますか、それを利用するのは手だと思いますよ」
「……」
気に食わない言い方だ。利用する、か。それではあの少女が可哀想ではないか。
「とにかく、あやつのためにみなで親交を深めることをしたいのじゃ。そのための、焼きそば!」
「ほう」
ニヤリ、と好奇の目を向けてくる。こいつがこんな顔をする時は、決まって何か腹積もりがある。
「どれ、多少ならば手を貸しましょうか。かすみくんの社会勉強にもいいですしね?」
チラ、とガーネットに視線をやるエメラルド。
「はあ〜……」
やたら大きなため息をつくと、ガーネットは首を縦に振り、
「アンタ何様だよ……」
と、続けて不遜なことを口にしては、エメラルドが懐から取り出した鞭で引っ叩かれていた。
宝剣世界イリオトゥローピオ、地下第1056層──
ゴォォォ、という送風音と、タン、タンと金属の床を踏みしめる音が雑踏の中でも響く。
「地下って、ホント広いっすよね〜」
ぐん、と伸びをしながらシトリンが感想を述べている。いつもその隣を歩くのは、アメジスト。身長差のあるこの2人組は、気が合うのかいつも一緒に行動しているのを見かける。
「このアングラな感じ、堪らんじゃろ。わしは深層の方が好きじゃな」
「あー、わかるっす……てか、高層ってオレたちでも入れないんですよね?」
「んむ、緊急時以外は立ち入り禁止じゃな。ニンゲンのくせに生意気じゃのう」
地下は、階層によって様相が全く異なる。それぞれ独特な姿を見せるため、わしはあちこちに出向くのが好きだ。パトロールのついでに観光もしている。
「……チッ」
シトリンとアメジスト、そしてエメラルドに許可をとってガーネットも連れ出した。奴は不服そうな顔でとぼとぼ着いてきている。
「レクリエーションの買い物とは、これ如何に……どんな目的があって?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いた」
ここはビシッと決めてくれよう! いざ、わしの威厳を示す時!
「焼きそば! それこそは、至高なる美味!」
が、それぞれぼんやりしたり変顔をしたりと評価は散々。
「あのさ、ボク帰っていいよね」
「帰るって、なんでだよ」
ガーネットとシトリンが言い争いをしている。ああ、そう言えばそういうこともあったな。若造同士で喧嘩をしているのを見て、微笑ましくなったこともあったか。今や3人ともその記憶を失っている。あの頃の面影を残したまま。
リソマンサーには、相手や自分が記憶を失うことを見越して、親睦を深めない連中が多い。しかしそんなものは怠慢であると思う。同じ戦場に立つ者同士、しっかり結束を高めるべきだ。
「ニンゲンの口にするものが、我々に合うとは思えん」
アメジストは相変わらずませたことを言う。
「食あたりをするわけではないのだから、楽しむべきじゃろ」
「そう……なのか?」
「左様、若い者がそんな目をしてどうするのじゃ」
「……」
……話は、弾まない。全くと言っていいほど。
それぞれ、元あった人格の通りに動いているように見えるものの、関係性は元のように戻ることなどなく、希薄なままだ。
早く昔のように、和気藹々とした3人に戻って欲しい。そのために、焼きそばの買い出しに連れ出したのだ。
「ええと、必要なものはニンジンにタマネギに──」
用意しておいたメモを読み上げていると、背後で言い争う声が聞こえた。シトリンとガーネットである。
「だから、オレはやってないって言ってる!」
「他に誰がやるんだよ、ボクの財布が目当てだったんだろ!!」
様子を窺うに、ガーネットの財布がないらしい。ここはあまり治安のいい場所でもないし、通りすがりにスられたというのがオチだろう。
「落ち着け、2人とも。みっともないぞ」
「うるさい!!」
バシン、とガーネットがアメジストの手を振り払った音がした。どうも……この3人、今回は相性が悪いらしい。頭が痛い。
「まあまあ。この辺りはガラが悪い連中ばかりでな、財布がスられることもよくあることじゃ」
「……アンタ、なんなんだよ! こんなところに連れてきてさ! ボクだって……何が何だか、よくわかってないってのに!!」
「……」
ガーネットが狼狽える理由は、リソマンサーとして不慣れであるからだろう。記憶を失ったことで、自分の身に起きていることを理解できていないのだ。
「それに、こいつらなんなんだよ……さっきから!! 馴れ馴れしくしてさ!!」
「おい」
今度は冷たい目をしたアメジストが、ガーネットの首根っこを掴んでいる。
「お、おいっ、やめろよかしゅー……」
「その態度はなんだ……口を塞いでやろうか……!」
「やれるもんならやってみろよ!!」
「やめないか!」
2人を引き剥がして制止させる。このままではいけない。
「喧嘩をしておる場合か、我々は結束を高めねばならぬのだぞ」
「……チッ、勝手に言ってろよ」
不貞腐れた顔のガーネットは、ひとりでどこかに歩き去ってしまう。
「おい、待てよ!」
それを慌てて追うシトリン。アメジストはこの場に留まっている。
「……」
気難しい顔のまま、遠くを見ているアメジスト。
何とも歯痒い。3人とも、記憶を失う前も、失った後も、大抵は悪友のようにつるんでいたものを。
「わしは知っておるぞ、おぬしたちが仲良くできることを」
「……それは、以前の俺たちなのか」
「まあ……そうじゃな」
「……」
寡黙なアメジストは空を仰いでぼんやりとしているようだった。
無理な話だろう、記憶を失う前のように振る舞えと言われても。わしは他の連中とは違って再構成されたことは最初の1回しかなかったものだから、その気持ちがわからない。
いや、誰もわからないだろう。どうせ記憶を失うのだから。
「昔のようになれとは言わんが、それなりに仲良くやっておけよ」
「……ああ」
アメジストはぶっきらぼうにそれだけ言うと、ガーネットやシトリンを追いかけていった。
「やれやれ……」
買い物どころではなくなってしまった。まあ、ルクス反応を辿れば探すことは可能だし、わしだけで買い物を済ませておいてやるか。
そう思って歩き出したところを、誰かが呼び止めた。
「ひいなさん」
「ん」
声の先にはなんと、ルビーが仁王立ちしていた。
「なんじゃ、来ておったのか……恥ずかしいところを見られたのう」
頼りない先輩だと思われただろうか。なんだか気恥ずかしい。
「……これを」
ルビーはこちらへつかつか歩み寄ってくると、その手に提げていた袋を寄越した。
「これは」
キャベツにニンジンにタマネギに、わしらの班が買ってくるべき物品が敷き詰められている。
「……金は出さんのではなかったのか?」
「そのつもりでしたが。……必要経費です」
クイ、なんて気取ってメガネのズレを直すと、ルビーはそのまま去ろうとしたので手首を掴んで引き止める。
「ルビーよ、礼を言うぞ!」
「……」
無言で振り返ると、ルビーはいつもとは違う穏やかな笑みを見せた。
「流石は、ひいなさんですね。おとさんだけではなく、記憶を失った彼らの歪みを正そうとなさる。私には、できないことです」
「……はは、そう謙るな。年寄りの悪い趣味だ」
「そうですね」
「いやそこは認めるな!」
ふふ、なんてらしくない笑い方をしてルビーは去っていった。
……さて。
「あの糞餓鬼どもを探してやらんとな……」
人探しは不得意だ。終わりなき夜の後、わしは仲間たちの下を離れ、はぐれたこげつを独り探し続けていたが……見つからないまま、あまりに長い時が経った。
別に気が合うとかそういうことはないが、腐れ縁だ。あのぼんやりしたマイペースな女に振り回されるのが、少しだけ気に入っていたのだ。何か運命的なカラクリがあるのかと聞かれれば、「あるかもしれない」なんて思う。
「……早く、帰ってこい」
おそらく、いやきっと、もう生きてはいないだろう。わしの知っているこげつではないだろう。だから、もし次会った時、どんな顔をして会えばいいのかがわからない。泣いてしまうかもしれない。怒ってしまうかもしれない。そうして、記憶を失った彼女が離れていってしまうかもしれない。
リソマンサーとして生きるには、リソスを放つには、イメージを感じ取る心が必要不可欠である。
だが、その心はそのまま弱みとなる。
難儀な生き物だ。リソマンサーというものは……。
……せめて。
せめて、わしだけは、彼女がどんな人であったかを覚えていよう。わしが生き続ける限り、ずっと覚えていよう。
血、というものは……ニンゲンの生命を繋ぐものであるらしい。だから、わしはそういうものになりたいと思っている。
リソマンサーという生き物の、その全てを繋ぐ存在に、と。そんな夢をこげつに話したら、「素敵」なんて言われたっけな。
ああ、懐かしいことなのに。どうしてこんなに過去を近しいものに思うのだろう。
時が過ぎるのは……あっという間だ。
「……おっと」
思い出に耽っている場合ではない。地下で迷子になろうものなら一大事だ。あのカタブツ女にドヤされる前に、早く3人を見つけてしまおう。
……
……
きっと、月を見たら思い出すだろう。彼女のことを。




