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リソマンサー〜Lux et Tenebrae〜  作者: 門間東吾
永遠なる煌めきとその対価
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 宝石の輝きは永遠ではない。だが、手入れをすることで長く輝かせることができる。

 大切に大切にされているからこそ、宝石はより輝きを増していく。

 これは、誰にも大切にされないまま、煌めきだけは保ち続ける宝石の物語。


 宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス『ジュエリーボックス』本部──

「回収、ご苦労様です──」

 ななよは、うのから3つの宝石ウィルを受け取る。その手に包み、優しく優しく撫で上げた。

 うのが1人で帰ってきた時、ななよは全てを察した。その手にある煌めきが、1つでなく3つであったことも。

「ごめん、また……あたしだけ、生き残った」

「仕方の無いことです」

 ななよは、うのを責めることをしなかった。ただため息をついて、執務室に置かれた回転椅子に、どかりと座るだけ。

 これは彼女たちにとって、いつものことだった。

 犠牲が出ることも、仲間を失うことも。

「油断した。責任はあたしが取る」

 うののおちゃらけた態度はどこにもなく、ただ悲痛な面持ちで床の隅を見つめるばかり。

「責任の所在など、どうでもよいことです。ここには、私たちしかいないのですから」

「ん……」

 うのは、静かにこくりと頷く。

「それに、戦力もすぐに補充できる。シトリンとアメジストはルクス放出が凄まじいですが、この宝石──ブルーのジルコンは、損傷が少ない。すぐにでも戦力になりましょう」

「そういうことじゃない!」

 冷徹に言い放つななよが気に食わなかった、うのの怒りはやり場のない怒りで、どうしようもなかったのだ。

 誰を責めることもできない、自分のミスで2人を死なせてしまったのだから。

「……こうしている間にも、テネブライの侵攻は続いている。我々にしか、それを抑えることはできないものですから、どうか気持ちを切り替えてください」

「……そんなこと、できるわけないでしょ!!」

 うのは怒りのままにななよの執務室を飛び出し、力いっぱいに扉を締めた。このオンボロのアジトの壁が壊れんばかりの勢いで。

「……ホント、いやあねぇ」

 遂に涙を流したうの。しかし、仲間が死んでいくことは珍しいことではなかった。

 仲間を失った辛さと、自分が無力である辛さ、その苦しみがうのに涙を流させていた。

 うのも理解している。ななよが冷たい女ではないことも。彼女もきっと、うのに見せないだけで影で涙を流しているはず。そう確信していた。それだけの、長い付き合いだから。


 青いジルコンを抱いた少女。その輝きはまるで炎を宿したように虹色に輝き、透き通る美しさを放っている。

「まるであなたのブラックダイヤモンドのようですね」

 地下に設けられた解析装置を前にして、ななよはうのにそう声を掛ける。ずっと俯いたままのうのも、少し顔を上げてはこくりと頷いた。

「あたしの黒ダイヤは、そんなに綺麗じゃないわよ。これでもダイヤモンドなんて、嘘みたい」

 うのの言う通り、彼女の胸元にあるそれは少し色味がくすんでいるようにも見える。

「長生きしているから、でしょう」

 そう言うななよも、うのに負けず劣らず長生きだった。胸元にあるルビーも、輝きが少し落ちているようにも見える。

「我々を含めた貴石プレシャスストーンは、他と比べて長生きだったように思います」

「エメラルドに、サファイア……ね。元気かしら」

「……ええ」

 遠方にいる仲間に思いを馳せながらも、2人は目の前の少女に目を移す。

「見たことのない子だわ」

 培養槽のような装置の中央には先程の謎の少女が持っていたジルコンの宝石があり、それを媒介にして肉体が形成されていく様が2人の目に映っている。

「分析の結果は、ブルージルコン。この際、ジルコンと呼んでも差し支えないでしょう」

 ななよは端末に付属した操作部に、忙しなくコードを打ち込んでいる。

「内部にファイアが見られる、あなたと同じですね」

「あたしと……?」

 ファイアとは、宝石ウィルの中に秘められた、燃えるような虹色の輝き。ブラックダイヤモンドのうのもそのファイアを持ち合わせていた。

「あたしと似てるのかしら、この子。見た目は全然だけど」

 眼前の少女は、黒髪のうのとは全く違い、青く透き通った髪の短髪の少女。儚さを感じるような透明感があり、うのとは全く異なる雰囲気を持っていた。

「似てないわよ」

「そうですね」

 うのの訴えを無視しては、ななよは最後のコードをカタン、と打ち込む。

「解析及び復元完了。これで彼女もじきに目覚めることでしょう。間もなくシトリンとアメジストの修復に移ります」

「……うん、お願い」

「うのさんはこの方を。ルーキーの育成は慣れていらっしゃるでしょう」

「……まあね」

 培養槽の蓋が収納され、青い少女がこちらへ倒れ込んでくる。それを小柄なうのは易々と受け止めると、まだ冷えた体の少女を温めるべく、上の階への階段を背負ったまま登った。


「──……ん」

 少女は目覚める。微睡みが腫れると、そこは金属製の硬いベッドの上だった。いや、正確にはベッドではない。鉄クズを無理やりベッドとして扱っているに過ぎなかった。

「起きた〜?」

 隣には軽薄そうな声色の黒髪の少女がいる。うのだった。

「はじめまして! あたしは、うのって言うの♪」

 うのは満面の笑みで少女を出迎えた。

「うの、さん……」

 儚げなその少女は、うのを訝しむように見つめているが、敵意がないことを察知すると、体を起こして周囲を確認した。

 第一印象としては、ボロボロであること。壁は無造作に塗装が剥がれ、照明は切れかけで点滅を繰り返し、床はひび割れている。

 自分のためにとかけられている布団も、ボロ布を継ぎ接ぎにしたような有様で、とてもこの場所が潤っているものとは思えなかった。

「わたしは……」

 少女には記憶がなかった。自分が何者なのか、名前も身分も全てが抜け落ちている。

「あなたは……そうねぇ、会ったことないし、知らないわ。名前も、たぶんないでしょ?」

「おそらく記憶がなくて……」

 自分が何をしていたのか、何をすればいいのか、何もわからない。思い出そうとしても、頭が真っ白になる。まるで、"元から何も存在していなかった"ように。

「心配しないで!」

 うのが、少女の手を包むように握った。安心して、というメッセージなのだろう。

「あなたはあたしたちの仲間。大切な、仲間よ。名前と居場所はあたしたちがあげる、だから心配しなくていいわ」

 少女はきょとんとしながらも、首を小さく縦に振った。今のところ、この黒い少女ぐらいしか自分に関する手掛かりはないし、せっかくの申し出を断るのは野暮というもの。

「ありがとう、ございます」

 透き通る青を持つジルコンの少女は、安心を覚えたのかつのに柔らかく微笑んで見せた。

「名前は……そうねぇ」

 うのは、少しうんうんと首を捻って、ポンと何かを閃いては手を叩く。

「おと、でどう? おとちゃん!」

「おと……」

 その名前を聞いても少女にはピンと来なかったが、それが自分の名前になるのだと言われれば、受け入れるしかなかった。

「おとちゃん、よろしくね〜♪」

 うのの屈託のない朗らかな笑顔を見つめるばかりのおと。このおとという少女はあまり感情の起伏がなく、どこか機械的な雰囲気を感じる。

「今はまだ、ゆっくりしてくれてていいけど……おいおい話さなきゃならないことがあるの。また後でお話しましょうね!」

「はい……」

 ぱたぱたと慌ただしく廊下へ駆けていくうのを見送って、おとは言われた通りに再び眠りにつくことにした。


 うのが駆け出す廊下の奥、そこには見慣れた2つの影があった。その2人の共鳴を感じ取って、うのは慌てて駆けて来たのである。

「しもみちゃん、かしゅんちゃん!」

 親しげに歩み寄るうのだが、2人はうのを凝視しては首を傾げている。

「だ……誰……?」

 しもみは怯えるように立ち尽くしていて、かしゅんは疑いの眼差しをこちらに向けている。

「俺たちを知っているのか」

「あ……」

 かしゅんの問い掛けに、うのはフリーズしてしまう。わかっていたことなのに、ぬか喜びをしてはいつも落胆する。

「うのさん、もう慣れたでしょう」

 そんな冷徹な指摘をするのは、ななよ。2人に続いて地下の階段を登ってきたところのようだ。

「我々リソマンサーは不死身です。肉体が崩壊しようと、ウィルさえ残っていれば、何度でも蘇ることができる。ただし──"代償として全ての記憶を失う"」

「……」

 うのは、ただ悔しそうに顔を逸らしていた。その残酷な事実を、何度も突きつけられてきたのだ。わかっていることなのに、慣れることはない。

「彼らはもう、我々の知っている人ではありません」

 ななよはあくまで感情のこもっていない、冷たい物言いだった。

「シトリンとアメジストに関しては、もう何代目になりますか……残っている人数が少ないものだから、彼らには無茶をかけますね」

「や、やめて……それは……」

 うのは耳を塞ぐ。もう、思い出したくない過去に、目を背けている。

「だ、大丈夫ですか……?」

 しもみのバツの悪そうな顔が、うのの胸を余計に締め付けるが、うのは無理に笑顔を作って、2人へ向けた。

「ごめんなさいね、早とちりしちゃって。あたし、うのって言うの♪ はじめまして〜」

 何度目かの自己紹介を、またいつものようにしてみせるのだった。

「えーと、あなたはしもみちゃん……あなたはかしゅんちゃん……うん、いい名前!」

「2人とも。彼女がこれから教官になりますから、きちんと従うこと。よろしいですね」

「はい!」

「了解」

 無邪気に答えるしもみとかしゅんを眺めて、今度こそは死なせない、と決意を固めるうのだった。


 宝剣世界イリオトゥローピオ、首都ロドフローシティス3番通り跡地──

 それから何日かが経過した。おと、しもみ、かしゅんの3人にリソマンサーとしての振る舞いや戦い方を叩き込み、研修としてパトロールに出掛けることとなった。

 黄緑色の不気味な空の下、4人の影が廃墟の街を練り歩く。

「つまり〜……オレたちは、テネブライとかいう魔物からニンゲンを守るために、戦ってるってワケなんすね」

「その通りよ! ちゃんと覚えてるじゃないの〜」

 あまりにも教えることが多いために、汚い字で書かれたうのお手製のマニュアルブックを用意している。それを読みながら歩くかしゅん、きょろきょろとしながら荒廃した街に圧倒されるおと、そしてスキップでお気楽なしもみ。

「ニンゲンは……何故、魔物と戦おうとしないのだ」

 かしゅんは懐疑的な眼差しでマニュアルを眺めて、そう呟いた。

「魔物ってのは……闇の存在、と言われててね。ニンゲンが作った兵器も何もかも通用しなかった。その結果が、これね」

 うのがこれ、と指す景色は正に荒れ果てている。無惨にも風化した血と硝煙の香りが、吐き気を催すほどの凄惨さ。

「そのニンゲンは、地下にシェルターを作って生き延びている。地上をこうして歩くのは、戦う力がある私たちでないと無謀だわ」

「……」

 おとはうのの言葉を真剣に聞きながらも、空を見上げた。

 暮れることのない、黄緑色の空。常に天高く上っている太陽。だが、そこから眩しさというものは感じない。スッキリ晴れているのに、まるで眩しさを感じない。

「太陽……見える? あれは、偽りの太陽」

 まるでペーパームーンのように、ただ燦々と輝く光を映像として映したように、太陽はそこに在り続ける。

「かつてこの世界に闇が侵攻してきた時、光の閉ざされた世界になった。だけど、ある日を境に、こうして光溢れる世界になったと言われているわ」

 その理由はうのにもわからない。長生きをできないニンゲンの手記や口伝で知ったくらいだ。

「神様が祝福を授けてくださったんじゃないか、って。あたしが聞いた話じゃそうね」

「神様……」

 おとの見上げる空の向こうに、神と呼ばれる存在が本当にいるのだろうか。偽りの太陽と消えることのない光を生み出したのは、何者なのだろうか。

 まるで光でコーティングされたような、ハリボテの空を見上げておとは立ち眩みがした。

 おとだけではない。穏やかなようで、度重なる戦火を受けて滅びた街並みを見ては、誰も未来に展望など抱けなかった。

 かつてショッピングモールが存在しただろう廃墟まで辿り着くと、突然うのたちの目の前にブラックホールのような闇が現れた。

「……! みんな、構えなさい! これが魔物よ」

 うのの指示に従い、各々が戦闘態勢をとる。ブラックホールの中から、真っ黒な体色の二足歩行の小鬼が、いくつも吐き出されていく。

「ひっ! た……戦えるかな、オレたち……」

「いやあねぇ、あたしがついてるじゃないの。さっさと片付けちゃいましょ」

 これは下級の魔物であると判断して、うのは敢えて手出しをしなかった。あくまで新人3名の実力を見極めるようだ。

「リソスを放つには、イメージが大切。教えた通りにやってみなさい!」

「はい!」

 真っ先に動いたのは、かしゅんだった。訓練通りの動きで、的確にリソスの紫水晶で魔物を狙う。

「アメジスト・アイシクルランス……!」

 凍てつく紫水晶の槍が、小鬼の魔物を貫いては光として霧散させる。

「やるじゃんか、……えーっと」

「かしゅん、だったか。変な名前だな」

「じゃ、かしゅー! オレも加勢するぜ!」

 記憶を失う前はタッグを組んでいた2人は、まるで引き寄せられるように息のあったコンビネーションで相対する。

「シトリン・バインドチェーン!」

 黄水晶の金色の鎖が魔物を捕らえ、それを紫水晶の槍が的確に放たれる。まだ初心者だと言うのに、以前の2人より戦えている……うのにはそう見えた。

 それはありえない事だ。2人がいつも死ぬ度に、まるでぎこちない動きをしていたというのに。疑問には思ったが、特に気に留めず、おとのフォローに入らんとうのは急いだ。

 おとは無感動な瞳のまま、リソスを放とうとしているが、不発に終わってしまっている。

「ジルコン……」

 そんな動きがぎこちないおとへ向けて、魔物が迫っていた。慌ててうのがフォローに入る。

「大丈夫!? 任せてちょうだい!」

 うのが放つ黒炎に魔物は焦がされ、やがて光となって消えていく。

「申し訳、ありません」

 ぺこり、とおとは深々と頭を下げた。どうやらおとにとっては、"イメージ"というものが苦手なようである。

「おとちゃん、大丈夫かー?」

 うのとおとの間に、しもみが割って入ってくる。

「このスーパールーキーに任せなって!」

 などと調子に乗ったことを吐かすしもみは、果敢に次々と湧いて出てる魔物の群れに特攻していく。

「おい、早まるな!」

 かしゅんが後に続くが、あっという間に囲まれてしまっている。

「ああ、もう! すーぐ調子乗るんだから……!」

 呆れながらも、うのは黒炎を放つために詠唱を始める。

「ブラックダイヤモンド・バーンフレア!」

 黒炎を纏った爆発を引き起こし、魔物たちは見事に爆散した。その中心にいたしもみやかしゅんはなんと無事である。

「あれだけの爆発に巻き込まれて、平気だったのですね」

「リソスはね、リソマンサーには効かないのよ。不思議よね」

「……はい」

 魔物を排出していたゲートは失せ、魔物も片付いた。へなへなと座り込むしもみとかしゅんの元へ2人は急いだ。

「あら……怪我してるじゃない」

 しもみやかしゅんはそれぞれ傷口から血を流しており、それに応じてか胸元の宝石ウィルも小さなヒビが入っている。

「もう、無茶して……死んじゃったら、どうするのよ!」

「す、すいません……」

 死んでしまったら終わり。回帰せども記憶を失うリソマンサーであっても、普通の生物と同じことだ。

「これは、治らないのですか?」

 おとがうのに純粋な疑問を投げかけると、うのは残念そうに首を振った。

「肉体の治療は可能だけど、核の再生は不可能よ。専用の機械がないと……でも、肉体と核を切り離すと、記憶が失われてしまう……」

 一度傷ついたものは、もう戻ることなどない。そんな当たり前のことだった。

「……」

 だが、おとは納得がいかなかったのか、傍にいたかしゅんの核に向けて手を翳す。

「……ジルコン・キュアー!」

 自ずと口から飛び出たその言葉が詠唱となり、みるみるうちにかしゅんの核に入った亀裂が塞がっていく。

「……!」

 うのは言葉を失った。まさか、今まで感知していなかった彼女が、そんな特異的な能力を持っていたとは夢にも思わなかったのだ。

「あなた……どうして……」

 思わずおとの顔を覗き込むが、おともまた困惑したように目をぱちぱちとしていた。

「ちょ、ちょっと! それできるんなら、オレにも頼むよ」

「はい」

 おとが手を翳し、もう一度詠唱すると、やはりしもみの核の傷も塞がっていく。更に言うと、副次的な効果として肉体の損傷も癒えるのだ。

「すげー! おとちゃん、回復得意なんだな」

「心強いな」

 お調子者2人組は手を叩いて喜んでいるが、長らくリソマンサーの力を目にしてきたうのには大きな疑問があった。

 このような能力を持つ者は、これまでにエメラルドを持つリソマンサーしか心当たりがない。それもまた、特異的な能力であるし、肉体の損傷は治せても核の傷は治せないのだ。

 この少女は、おとは……ジルコンを持つ彼女は、一体何者なのか。

 尚も、肉体を再生してしまった今、彼女の記憶も無いものだから、知ることはできないのだが。


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