十八 遠征二日目
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早朝五時。
冷えた空気の中で、ミナサが牛乳をラッパ飲みしていた。
「……朝から元気だな」
「カルシウムは大事だからね!」
どや顔で言われても説得力がよくわからない。
そんなやり取りをしながら、白馬たちは再び山を登り始める。
しばらくして——
白馬は、前から引っかかっていた疑問を口にした。
「……僕たちってさ」
「ん?」
「テロリスト名乗ってるけど、結局何してる集団なんですか?」
少し間が空く。
前を歩いていた輝が、頭を掻いた。
「難しいこと聞くなぁ」
軽く笑ってから、言葉を選ぶように続ける。
「革命起こす側ってのはさ、外から見りゃテロリストなんだよ。勝てば正義、負ければ悪ってやつだな」
淡々としているが、どこか現実的だった。
「俺たちは、“なるべく人が傷つかないテロ”をやろうとしてる」
「……矛盾してますね」
「してるな。でも、それでもやる」
輝は振り返らないまま言う。
「今の世の中、放っといたら勝手に人が理不尽な目に遭うからな。だったら、多少歪んでも“マシな方向”に持ってくしかねぇ」
その言葉は、正義でも悪でもなくて。
ただの“選択”だった。
「まあ結局さ」
少しだけ笑う。
「俺たちは、自分たちのやってることが正しいって信じてるだけだ」
白馬は、それ以上何も言えなかった。
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気づけば、もう夕方だった。
開けた場所で野営の準備が始まる。
今日の夕飯は——カレー。
「うまっ……!」
白馬は思わず声を上げる。
「具多っ、最高じゃんこれ」
隣でハルがくすっと笑う。
「白馬君、カレー好きなんだ」
「はい、大好物です」
「ふふ、いいね。わかりやすくて」
ミナサはその様子を見ながら、なぜかメモを取っている。
「……何してるの?」
「情報収集」
「何の?」
「機密事項」
絶対ろくでもないやつだ。
「ほら、ついてるよ」
不意に、ハルの指が頬に触れた。
ご飯粒を取られる。
そして——そのまま口へ。
「……あ」
白馬、固まる。
ミナサ、フリーズ。
「ん、美味しい」
「いやそれ俺の……」
「細かいこと気にしないの」
にっこり。
ミナサの手がプルプル震えていた。
(やばい、爆発前だ)
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食後すぐに訓練。
今回は能力禁止。
素手で無力化したら勝ち。
——結果。
「はい終了」
白馬、即退場。
(早くない!?)
雪の上ではミナサがうつ伏せに倒れていた。
「ぷしゅー……」
完全に電池切れ。
(冷たくないのかな……)
ぼんやり見てしまう。
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最後まで残ったのは——
狂花、サヤ、凪沙。
そして、ララス。
静かに、そこにいる。
気配が薄い。
だが——
(圧迫感が弱いわけじゃない)
白馬は本能的に理解していた。
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開始と同時に、サヤが踏み込む。
正面からの圧。
ララスは——受けない。
一歩、引く。
最小限の動きで躱す。
そして横へ滑るように回り込む。
背後。
触れる——寸前。
サヤが振り向きざまに腕を振るう。
ギリギリで離脱。
(今の、取れたのに……!)
白馬は思わず息を呑む。
ララスの強さは“あと一歩”。
だがその一歩が、届かない。
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凪沙が間合いを詰める。
速い。
ララスは受けに回る。
打撃を捌く。
だが——押される。
一瞬、バランスが崩れる。
そこへ——
サヤの追撃。
ララスは無理に捌かず、距離を取る。
明らかに“正面を避けている”。
(……勝てないわけじゃない。でも)
(正面じゃ分が悪い)
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隙を見て、ララスが踏み込む。
今度は凪沙の死角。
首筋へ——
触れる。
「……!」
凪沙の動きが一瞬止まる。
だが——完全には止まらない。
すぐに体勢を立て直す。
その隙を狂花が拾い、
凪沙を弾き飛ばす。
凪沙、脱落。
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続けてサヤ。
ララスは距離を保つ。
狙うのは“隙だけ”。
だがサヤは崩れない。
圧で押す。
逃げるララス。
読み合いが続く。
そして——
ほんの一瞬。
サヤの踏み込みが深くなる。
ララスが入る。
触れる。
だが浅い。
サヤは強引に振りほどき——
そのまま狂花の一撃を受ける。
サヤ、脱落。
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残るは——
狂花とララス。
少しだけ間が空く。
狂花が笑う。
「いいな。だが——軽い」
踏み込む。
ララスは反応する。
だが——
速さも、圧も、重さも違う。
一瞬で懐に入られる。
手首を取られる。
崩される。
終わり。
「……そこまで」
ララスは何も言わず、静かに下がった。
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静寂。
白馬は、息を吐く。
(ララスは強い)
(でも——)
(“決め手が足りない”)
そう理解した。
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二十二時。
訓練終了。
各自解散。
白馬はシャワーを浴びて、ベッドに倒れ込む。
(……強くなってるのか?)
手応えがない。
むしろ——差だけが見える。
目を閉じる。
今日の光景が、何度も浮かぶ。
狂花の動き。
サヤの一撃。
凪沙の間合い。
(全然届いてないな……)
胸の奥に、少しだけ重たいものが残る。
それでも——
疲労が勝った。
思考が沈む。
そのまま、眠りに落ちた。
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その頃——山麓の待機地点。
簡易シェルターに併設されたスパ施設。
湯気が静かに立ち込める空間で、リナとアリスは並んで湯に浸かっていた。
「……あったかい」
リナが小さく息を吐く。
張り詰めていたものが、少しずつ緩んでいく。
「不思議ですね」
アリスは湯面を指先で揺らしながら呟く。
「こんな場所があるなんて」
「戦場のすぐ近くなのに、ですよね」
「はい」
静かな肯定。
しばらく、言葉は続かなかった。
湯の音だけが、やけに鮮明に響く。
「……こういうの、慣れてますか?」
リナが恐る恐る聞く。
「全然」
アリスは即答する。
「むしろ、落ち着かないです」
「え?」
「何も起きない時間って、どうしていいかわからなくて」
その言葉に、リナは少しだけ視線を落とした。
「……私も、似たようなものです」
王族として守られてきた時間。
けれどそれは、“自由”とは少し違った。
「でも——」
リナは顔を上げる。
「今は、少しだけ安心してます」
アリスは、ほんのわずかに目を細めた。
「……そうですか」
その声は、どこか遠い。
「アリスさんは?」
「私は——」
一瞬、間が空く。
「まだ、慣れてないです」
湯に沈めた手を見つめる。
「いつ終わるか、わからないので」
穏やかな空間に、不釣り合いな言葉だった。
リナは何も言えなくなる。
ただ、隣にいることしかできない。
「でも」
アリスはふっと笑う。
「悪くないですね」
「こういうのも」
その笑顔は、ほんの少しだけ自然だった。
リナも、つられるように微笑む。
湯気の向こうで——
二人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。
けれど同時に。
この温もりが、長くは続かないことを——
どこかで理解していた。
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